連載小説
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第二話:一寸先は魔物
「――参ったな……完璧に道に迷ってしまったぞ……」
 リザードマンとの戦闘を終え、逃げる様にその場を後にした僕は、何処かの店に寄る事もせず、出店の食べ物を2、3点程購入し、これまた逃げる様に街を出たのだが、如何せん未知の国だけ有り、地理が全く解らず、気が付いたら怪しげな森の中を彷徨っていた。
「船で買った地図に依ると、もうそろそろ小さな村に出る筈なんだけどな〜……」

「た、助けてくれ〜〜〜〜〜っ!!!!」

 地図に視線を落としつつ歩いて居た僕だったが、助けを呼ぶ声を聞き、急いで地図を折りたたみ懐にしまい乍ら、声の発生源へと駈けた。
 土が向きだしだが、人や荷馬車が通れる位の舗装をされた道を駆け抜けると、突然開けた所に出た。
「……これはまた凄い事に……」
 どうやら僕の勘は当たっていたらしく、目的の村に着いたのは良いが、非常に拙い状態になっていた。
 外部の脅威から村を守るための石造りの外壁は、その殆どが崩れ、中に点在している人家が丸見えだが、その人家も数得る程しか無事なのがない。
 木々の影に隠れつつ、村の状況を把握していると、崩れた外壁の間だから、一人の男性が飛び出してきた。
「ひぃいっ! ひぃいいいいっ!!」
「何処に行く、人間」
 息も切れ切れに飛び出した男性の後ろから、褐色の肌に特殊な幾何学模様を施した、起伏の激しい身体の女性が、無骨な作りの大剣片手に声を掛けた。
 逃げ切れたと思った所に訪れた突然の言葉に、足を縺れさせ、顔から地面に倒れる男性。
 急いで立ち上がろうとするが、足に上手く力が入らず、尻餅をついたまま後ずさり、女性から距離を取る。
 男性の緩慢な動きとは反対に、女性はしっかりとした足取りでゆっくりと男性へと近付く。
 こう云ってしまっては難であるが……完璧に狩る者と狩られる者の構図だ。
「オマエはわたし達の村に来るのだ。もしそれが厭なら――」
 地面に突き立てた大剣を肩に担ぎ、空いた左手の人差し指を男性へと向けた。
「わたしと戦い、勝て」
 男性の方は最早言葉が出ないらしく、唯唯首を左右に振り、尻餅をついたまま後ずさるだけだった。
 見るからに戦闘に長けた肉体を持ち、定期的に村を襲っては、【男狩り】という夫捜しを行う――成る程、資料から得た通りだな。
 そうなると、ここで彼を助けたりするのは簡単だが、あの所々から煙が上がっている村の中には、未だ複数の【アマゾネス】が居る事になる。
 単騎ならばどうにか対応できる自信はあるが、流石に【魔物】相手に多対一は勘弁被りたい。
「――それと、先程からそこに隠れている者、姿を現せ」
 木陰に隠れ乍ら、どうするべきか悩んでいると、突然、【アマゾネス】が声を上げた。
 多分、僕の事を云っていると思うが、正確な位置迄は把握されていないと判断した僕は、白を切ってこのまま静観を決め込もうとしたが、前動作もなく【アマゾネス】が尻尾から何かを放った。
 高速で飛来する謎の物体は、咄嗟に小首を傾けた僕の頬を掠めた。
 ……位置迄完璧にバレていましたか……。
 自分の未熟な隠形技術に歯噛みしつつ、素直に木陰から姿を現した。
「随分と奇妙な格好と得物を持っているが……オマエも【戦士】であろう?」
「勿論、僕は【侍】だ」
「っ?!」
 それまで僕に向けられていた視線に値踏み以外の何かが含まれた。
 これは【興味】かな?
 それとも――
「サムライ……ポルドゥール村の恐ろしく強い男が確かそれと聞いた事がある……気に入った! オマエを伴侶にする!!」
 やっぱりか……【侍】だからと云って誰もが強い訳ではなく、ピンキリなのだが、大陸に於いての希少価値からか、こうなってしまうのね……。
 先程まで追っていた男性はどうするのか?――っと尋ねようとしたが、いつの間にかいなくなっており、話しを逸らす機会を失ってしまった僕は、大きな溜め息を一つして、【アマゾネス】との間合いと気配を確認した。
 彼女迄の距離は直線で約10間。今目の前に居る【アマゾネス】以外は未だ僕に気付いて居ないみたいだけど、ここで戦闘をしてしまえば、それも時間の問題。
 両の腕を組み、如何にしてこの状況を穏便且つ素早く対処するか考えていると、突然、【アマゾネス】の後ろの壁に、僕にとっては非常に宜しくないシルエットの影が現れた。
「ネイル、いつまで掛かっている、そろそろ引き上げ――」
 僕と目が合うと、言葉を切らした新たに現れた【アマゾネス】。
「スフィーか。今丁度――」
「サムライだ!!」
 新たに現れたスフィーと呼ばれた【アマゾネス】は、そう叫ぶと同時に突っ込んできた。
 常人には、認識できるかどうかの速度で急接近してくる【アマゾネス】に対して、最早考えている暇なぞないと判断した僕は、既に目の前迄移動してきている彼女に、申し訳ないとは感じつつ、一歩前に出て剣の軌道の内側に入り、
振り下ろされた大剣を握っている腕自体を上段で回し受け、流した勢いそのままに、半身になって【タメ】を作り、腰の切れを活かした裏拳を顎の斜め下から上に目掛けて叩き込む。
 幾ら【魔物】とは云え、人間の形をしている以上、人体の弱点である顎の、それも最も衝撃が脳内に響く、斜め下から上に叩き込まれれば、只では済まず、首が余り宜しくない伸び方をし、白目を向いて口頭から泡を吹き、手にしていた大剣が地面に落ちると同時に、大剣の主も膝から崩れた。
 残心を解き、握り込んだ拳を緩める。
 【魔物】であるが女性には変わり無いため、足下に転げさせておくのは心苦しいので、失神して地面に伏しているスフィーを肩に担ぎ、ネイルと呼ばれた【アマゾネス】の近くまで歩み、地面にゆっくり下ろすと、背中に膝を当て、両肩を持ち、一息に気付けをした。
「ぐっ……ガハァッ!!……はぁ……はぁ……」
「ん、気が付いたなら良かった」
 僕の声が間近で聞こえた事に驚いたスフィーは、飛び上がって立つと同時に距離を取った。
 そして、再び戦闘態勢に入ろうとしたスフィーの肩にネイルが手を置く。
「止めておけ、スフィー。コイツはオマエが勝てる相手じゃない」
「止めろだと?! 巫山戯んじゃないよ!! さっきはゆだ――」
 それ以上の言葉は続かなかった。
 後ろに振り返ったスフィーの土手っ腹に、ネイルは大剣の腹を思い切りぶち当て、そのまま身体を回転させて、最早壁として機能していない石造りのオブジェクトに凄まじい勢いで叩き付けた。
 金属製の巨大なハンマーでも打ち据えたかと思う程の轟音を立て、壁はその機能を完璧に失い、崩れた。
 折角気付けをしたのに、人間では原形を留めない程の勢いで壁に叩き付けられ、再び失神したのを確認したネイルは、僕に振り向いた。
「スフィーは族長とわたし以外には負け知らずの猛者だ。しかも、この通りわたしでも気を失わせるのに手加減なぞできない程頑丈だ。それを、オマエは一撃のもとにくだした。オマエは――」

 両の口の端が持ち上がり、立派な犬歯が姿を見せた。
 面白くて仕方がないと云った感じの表情だ。

「とても強いな」
 大剣を肩に担ぎ、半身の構えを取るネイル。
「それ程でもないよ。さっき君に簡単に隠形を見破られてしまう位だからね」
 相手から向けられている肌を刺すような気配に、最早徒手で凌げる相手ではないと判断し、ネイルに気付かれぬよう鯉口を切った。
「謙遜するな。わたしもあれはマグレだからな」
 自然体から若干腰を下ろしつつ、両足を開き、いつでも飛び出せる体勢となる。
「マグレでも、実戦でこなせれば充分だよ。その強運が生死を分かつのさ」
 右半身となり、身体の後ろに刀を位置させ、ネイルから次の一手を見えぬようにする。
「ふっふっふっ……【戦士】としての心得も充分――益々オマエが欲しくなったぞ」
 僕から感じる雰囲気から本気である事を悟ったのか、犬歯を見せる獰猛な笑みを浮かべたまま、尻尾が小躍りする。
「あははぁ〜、それは光栄だ」
 右半身の構えから更に身体を開き、いつでも最大加速で刃を走らせる準備をする。
「ならば、諦めて――」

 身体を大きく沈め、両足の大腿筋が隆起する。
「我が伴侶となれ!!」
 余りの膂力に地面が足形に陥没する。
 成る程、確かに先程のスフィーという【アマゾネス】よりも彼女の方が上だ。
 スフィーは私の右目でも捉えきれる速さであったが、ネイルは辛うじて追える程度だ。
 只、まぁ、残念だけど、この眼帯の奥の左目からは【視えて】いる。
 右目で見る事を完璧に諦めた僕は、右目を閉じて左目に集中し、彼女の動きを捉える。
 おっ、僕が目を閉じた事で、若干動きが鈍ったが、直ぐに戻るとは、流石だ。
 左目が眼帯の僕は、右目を閉じれば両目を瞑っている様に見えるから、この反応は、当たり前といえば当たり前か。
 僕は自らの制空権である上下前後左右3メートルの間合いに彼女が入った瞬間、足首を捻り、その円運動を関節を通過する毎に加速。
 最初こそ小さな動きであったが、下半身を通過する頃には、その円運動が最大となり、腰のキレを更に強大なものとし、キレの反動で前にでた右腕に吊られ、刃が鞘を走る。
 錆び防止を兼ねて刀身に塗られた油を潤滑油として刃の加速は対数関数的に上がり、鞘という楔を抜けると同時に最大となる。

 ――一閃……。

 制限されているとはいえ、左目でも残像しか確認できない刃が走った。
 日々の鍛錬により絞り込まれた広背筋と腕の筋肉と骨を極める事により、常人では骨と筋が砕け引き千切れる程加速した刃を一つのブレなく止めて残心を取る。
 僕の左隣を駆け抜けたネイルが数メール進んだ所で立ち止まり、振り返ってきた。
「………………チィッ! 得物をこうも見事に壊されちゃ負けを認めるしかないね」
 僕は残心を解き、刀を鞘に収めて、後ろに振り向いた。
 そこには、地面に斜めに突き刺さっている大剣の刃に視線を落とし、根本から先を失った元大剣の柄を握ったネイルがいた。
「わたしの身体を両断できた筈なのにそれをせず、戦力だけを削ぐ……完敗だ」
「そうかい、それなら僕を――」
「だが、オマエを諦めたりはしない」
「………………」
 開いた口が塞がらないとはこの事を云うのだろうな。
 使い物にならなくなった元大剣の柄を投げ捨て、ファイティングポーズを取るネイル。
「いや、そのさ……もう勝負は着きましたよ?」
「確かにわたしは負けた。だが、我々【アマゾネス】はこれ程まで優秀な遺伝子を持つ男を見逃すという愚行はしない」

 それに――っと続けようとしたが、突然ネイルが言葉を止めた所で、漸く僕は自分の置かれている立場を理解した。

 包囲されている。
 しかも、10や20で済む量ではない。
 多分、僕とネイルとの戦闘の音に引き寄せられ、襲撃した村の中にいた【アマゾネス】が全員来たのだろう。
「人間は我々よりも体力が極端に低いと聞く。オマエの体力が切れるのが先か、我々全員が斬り伏せられるのが先か、試してみようではないか」
 その言葉を合図に、【アマゾネス】の包囲網が徐々に縮まって来る。
 最早形振りを構っている場合ではないので、斬り伏せるのも止む無しだが、この人数、いけるか?
 ネイル程の手練れはいないとしても、皆戦闘に特化した【魔物】だ。
 その鍛え上げられた骨と筋を断つとなると、この刀では数合が良い所、下手をしたら最初の一合で駄目になってしまう。
 しかも、この【アマゾネス】という種族は、多数での戦闘に慣れているらしく、包囲網の縮め方といい、僕へのプレッシャーの掛け方といい、非常に厭らしい。
 この動き方を見る限り、どうやら、【アマゾネス】本来の戦い方というのは、先程の一対一ではなく、この様な多対一なのだろうな。
 ――っと、幾ら冷静に状況判断をしても、僕の旗色が悪い事に変わりはない。

 ……仕方無い……不本意ではあるが、ここで歩みを止められてしまう事に比べれば、遙かにマシだ。

 僕は大きな溜め息を一つして、ネイルへと視線を向けた。
「一つ、確かめたい事があるんだ」
「ん?? 何だ?」
「僕は君達【魔物】に対して殺意はない」
「あぁ、先程のオマエ行動からして殺意がないのは解る」
「只、力の加減を誤ってしまい、不慮の事故が発生してしまう可能性があるが……それはどうか目を瞑って欲しい」
「ふっ、オマエ程の男を捕まえるのに、多少の犠牲は覚悟の上だ」
「そうか……ありがとう……それを聞いて安心したよ」

 僕は身体を脱力させ、頭部の後ろにある眼帯の結び目に手を掛ける。

「それじゃ――」

 一気に紐を引き、眼帯を外す。
 ゆっくりと瞼を開けてネイルへと向ける。

「なっ?! そ、その瞳はっ??!」
「殆ど解放しないから、死ぬ事はないと思うけど、少しばかり、痛い思いはしてもらうよ」








 地は抉れ、白煙を燻らせる黒く焼け爛れた大地に、自らの足で立っているのは、周りを見回しても僕以外誰も居ない。
 これ程の惨状でも無傷の眼帯を拾い上げ、左目に装着する。
 あちこちで地に伏せる【アマゾネス】の呻き声が聞こえるが、声を出せるのは生きている証拠であり、加減を失敗しなかった事に安堵した。
 目的地であった村が壊滅してしまい、これからどうするべきか顎に手を当て悩んでいると、地に伏せている【アマゾネス】の一人が両手に力を込め、震えながらも上体を起こした。
「くっ、くぅぅ〜……これ程までの魔力を有しているとは、オマエ【インキュバス】だったのか……」
「【インキュバス】?……あ〜、成る程、大陸ではそう呼ぶのか」
 でも――っと僕は付け加えた。
「確かに僕は、本質的な部分では君達の云う【インキュバス】かもしれないけど、正確には違う――のかな?」
「???……」
 自分自身でも良く解っていないので、僕はそれ以上は答えず、余り気持ち的には良くないが、地に伏せっている【アマゾネス】達をそのままに、次なる目的地へと歩みを進めた。



 ……一時はどうなるかと思ったが、これは良いモノが見れた。
「【禁珠眼】か……しかも、相当な上質の珠を使用しておるな」
 地下数千メートルに存在し、想像を絶する圧力と熱を受けて作られし至高の宝珠に、高僧による気の遠くなる様な時間を掛けた呪いを施した、最高クラスの魔具。
 その力は、扱える者が扱えば、この通り、辺り一面焼け野原にする事なぞ造作もない。
 わしも実物を見るのは大戦以来何百年振りかになり、本来の力を一切出さずにこれ程のモノとなると、今迄見てきた中で最も強力であると考えられるが――。
 姿を消して高木の上から眺めていたが、先程まで一磨が立っていた場所に降り立つ。
「しかし、その分、【禁珠眼】に吸われる精は途轍もなく大きくなり、理性を保つ所か生命の維持すら危険な筈だ」
 けれども、あの少年はその様な感じには全く見えない。
「解せぬな……それに力を解放した瞬間のあの違和感……」
 姿を現した事により、【アマゾネス】が何かをわしに云おうとしてきたが、降り立つと同時に展開した魔法陣を一気に解放し、意識を刈り取って黙らせる。
「……まぁ、良い。孰れ解る事だろう……」
 わしはそう結論付け、少年の後を追う事にした。
10/08/07 01:21更新 / 黒猫
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■作者メッセージ
少々時間が空いてしまいましたが、第弐話になります。

ここの所ずっとバトル続きとなってしまいましたが、
そろそろアッチ系も入れたいな……っと思いつつ、
何とかしていこうと考えております。

今回も読んでいただき、
ありがとうございます。

また、ご縁がありましたら、
よろしくお願いいたします。

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