連載小説
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第一話:大陸への第一歩
 我が母国――【ジパング】を出発し、船に揺られること数日。
 文献では何度か見たことがあるが、実際に訪れることは初めての【大陸】に、僕の鼓動は自然と早くなり、船が港に着くとほぼ同時に、船内を駆け抜け、船員が注意する声を無視し、甲板から一気に地面へと飛び降りた。
 後ろから悲鳴みたいな声も聞こえたが、僕は軽く笑みを浮かべてそれに応え、地面に着くまでの間だ、細く息を吐き続け、足が地へと触れると同時に残りを一気に吐き出し、一瞬にして硬化した筋と唯一動く関節をゆっくりと曲げ、着地の衝撃の全てを身体から素通りさせた。
 一瞬、辺りの喧噪が無くなったが、無事であることを告げるため、ゆっくりと立ち上がり、悲鳴を上げたであろう、甲板から身を乗り出して僕を見ている女性に笑顔で手を振ると、突如空気を地面を揺らす程の声が上がった。
 始め、何で周りの人達が叫んでいるのか解らず、不覚にも臨戦態勢に入りかけた僕であったが、それが歓声であったことが解った途端、己の軽率な行いと状況判断の未熟さに恥ずかしくなり、壊れたブリキ人形の様に周りに頭を下げつつ、バレない程度に後ずさり、人々の歓声の輪から逃げようとした所――

「待て! そこの人間!!」

 ――っと、人々の歓声を切り裂くような鋭い声が僕の鼓膜を揺すり、足を止めさせた。
 僕の事を【東洋人】とも【異国の者】とも呼ばず、【人間】っと呼び止めた所と、声質から女性であると判断した僕は、相手がどのような者であるか大方の予想を付けて、声の発信源へと振り向いた。
 僕を取り囲むように輪になっていた人々が左右に分かれ、そこに現れたのは、案の定、僕等【人間】の女性とほぼ同じ容姿をしている【魔物】と呼ばれる存在であった。
 全身を緑を基調とした滑らかな素材の生地で包み、一部に鱗鎧を身に付けた、一見して、気が強いと解る端整な顔付きの【魔物】がいた。
 は虫類を思わせる鱗鎧と手足に耳、尻尾、そして、背中に担いだ叩き斬る事に特化した
肉厚な大剣――多分、彼女は【リザードマン】と呼ばれる【魔物】だろう。
 厄介な【魔物】に見付かってしまったな、っと思いつつも、逃げる事は不可能だろうと悟った僕は、彼女を正面へと捉えた。
 僕に逃げる意志が無い事を理解した彼女は、戦闘にそれなりに慣れた大男でも扱うのが困難であろう大剣を片手で扱い、その剣先を向けてきた。
「その身のこなしと腰に差した変わった剣――貴様、戦士だな?」
 否定するのは簡単だが、後々面倒である事と、何よりも僕の矜持がそれを許さなかった。
「如何にも、僕は侍と呼ばれるジパング地方の戦士だ」
 侍――聞き慣れない言葉に、周りの人々は疑問符を頭に浮かべていたが、どうやら、この【リザードマン】は違ったらしい。
「ほぉ、サムライとは、わたしは運が良い!」
 リザードマンは向けていた剣先を下へ向け、地面へと刺した。
 いきなり襲い掛かってくる危険性は回避されたが、いつでも動ける様、両足を肩幅に開き、丹田へと力を込める。
「侍を知っているなんて、珍しいね」
「いや、わたしが知っているのは戦士としての名前と、我等以上にプライドに生き、敵に負けた場合は、例え命が助かろうが、自ら腹を切って自害する事だけだ」
 あ〜、うん、まぁ〜……間違ってはいないが、随分と昔の侍が出てきたものだ……。
 ここで彼女の偏見を修正してあげることもできるが、時間が惜しい僕は、会話を先へと進めた。
「確かに僕達侍は生き恥を晒す事を良しとはしないが――これ以上言葉を交わした所で、君の目的が達成される事はないのだろう?」
 僕は片目を瞑り、顎に手を当て、挑発するように言葉を掛けた。
「ふっ……物分かりが良くて助かる――わたしの名前はリーザ、リーザ・ロッケンマイヤー」
 リーザと名乗ったリザードマンは、地面に刺していた大剣を引き抜き、肩へ担いだ。
「新城家が嫡男――新城 兵頭 一磨(シンジョウ ヒョウドウ カズマ)」
 彼女が臨戦態勢に入ったため、僕も名乗り上げ、左手を鞘へ移動し、軽く鍔を押し上げた。
 僕等2人から流れる空気が変わった事を本能的に感じた人々は、輪を広げ、僕等から離れた。
 一般の人が被害に遭わない所まで離れた事を確認した僕は、顎に当てていた右手を柄に乗せ、右足を前に若干進め、右半身の構えを取った。
 僕が構えたのを見たリーザは、左手にコインを持ち、それを空高く弾いた。
 僕も彼女もコインの行方を確認せず、ただ、お互いの姿だけをその目に映した。
 リーザは肩に担いだ大剣をそのままに左半身の自然体。
 多分、飛び掛かってきた勢いそのままに切り落としを仕掛けてくるだろう。
 戦法も何もあったものじゃない、後先を考えない力任せの一撃――故に必殺の威力を持ち、相手を完膚無きまでに叩き伏せれる。
 だとしたら、僕の取るべき戦法は1つのみだ。
 コインの音に集中しつつ、全身の神経を研ぎ澄まし、必要最小限の可動域以外、全ての筋を張り詰める。
 正直、僕等人間が、彼女達【魔物】と真面にぶつかった所で、【魔力】と呼ばれる超自然現象を引き起こせる一種の生命力を抜きにしても、純粋な身体能力等で勝てる見込みなんぞ皆無だ。
 故に僕達の周りに居る人々は、僕が何の抵抗も出来ないまま、負ける事を想像しているだろう。
 まぁ、でも、それが普通の考えであり、真面な思考回路をしている人間の考え方だ。

 ――けれども、僕等人間だって、何もせず、のうのうと生きてきた訳じゃない。
 それに僕の故郷である【ジパング】では、【魔物】である彼女達の事を【妖怪】と呼び、互いに助け合って生きてきたおかげで、手に入れられたものもある。

 ……――キィィン……。

 コインが地面に落ちた音を合図に、その姿が霞む程の加速をしたリーザが僕の目の前に現れ、案の定、肩に担いだ大剣を叩き付けてきた。
 成る程、良い太刀筋だ――が、如何せん綺麗過ぎる。軌道が丸分かりだ。
 剣速も上々だが、そこまでだ。
 これなら、刀を使用する程でもないな。
 鍔を押し上げた指を放すと、自重によって鞘に収まる小気味よい音を響かせ、刀はその役目を終える。
 そして、柄に乗せていた右手を肘を中心に弧を描くように前方に出し、軽く握り込み、人差し指と中指を若干伸ばす。
 リーザの大剣の軌道上に右手を置く形になり、「そんなものでは、わたしの一撃は止められぬぞ?」――っと云わんばかりの表情となった彼女であるが、
僕は変わらず右手を前に出したまま固まる。
 彼女の大剣が、右手に触れるか否かの瞬間、軽く右の手首を内側へズラし、空いた空間へやってきた大剣の腹へ手の甲を押し当て、下に向かう大きな力を利用して押し下げると、線路に置かれた石を踏んでしまった列車の如く、大剣はその軌道を大きくズラし、勢いに吊られたリーザの身体をも崩した。
 前方に前のめりになる形で体制を大きく崩し、大剣とそれを持つ右手によって死角となってしまったリーザの右脇腹へ、逆突きの要領で掌把を叩き込む。
 魔物特有のしなやかさと強靱さを兼ね備えた筋を潰す感触と、堅い何かがその強度を超える衝撃を受けて砕ける音が響いた。

「勝負有り……ですね?」
「………………あぁ、貴様の勝ちだ……」

 触れる瞬間に強張らせた全身を弛緩させ、ゆっくりと息を吐き出して残心を解きながらそう確認した僕に、リーザは下唇を軽く噛み答えると、流石魔物と云うべきか、肋が砕けているにも関わらず、地に突き刺さった大剣を片手で持ち上げて背中に担ぎ直した。
 静寂を突き破り、地を揺する程の大歓声が巻き起こる。
 これで2回目なので、それ程驚く事はなかったが、やはり、大音量と云うのは本能的に身構えてしまう。
 それに、以前読んだ文献によると、男との勝負に負けたリザードマンは自分を負かした男に求婚を申し出ると描かれていたので、リーザが何かを云うよりも先に、大観衆によって聞こえない振りをして、一目散にその場を後にした。




 ……――ほぉ……あのシンジョウと名乗った少年、中々良い筋をしておるな……。
 太刀筋からして、あのリザードマン、幾つかの戦場を経験しており、それなりの腕を持っている筈であろうが、それが全く歯が立たぬとはな。見た所、齢20にも満たぬのに、あの少年は相当なモノを内に秘めておる。
 あれ程の逸材、早々出会えるものではない……あのリザードマンにくれてやるには、少々惜しいな……。
 久し振りの逸材に興味を惹かれたわしは、大観衆の中、逃げるように駆け抜けたシンジョウ少年を追い掛けるべく、人々を掻き分けたリザードマンの前へ姿を現した。
 己の進路を塞ぐ様に立つわしを瞬時に敵と判断したリザードマンは、わしとの間合いを取るべく、若干サイドに飛び退くと、背中に差している大剣を引き抜き、構えた。
「貴様は……ヴァンパイアだな。こんなに日の高い時分に姿を見せるとは珍しいな」
「まぁなぁ、わし程長い生きしてしまうと、日の光も流れる川も少し苦手な位で済んでしまうからの」
「ふんっ……悪いが、今は貴様の相手をしてやる程暇じゃないんだ。そこを退いてもらおうか」
 構えた大剣の剣先をわしに向け、威嚇するリザードマン。
 再び戦場の空気となった事を感じた観衆は、魔物同士という事もあり、輪になる事をせず、遠巻きに眺めるだけであった。
 賢明な判断だな。わし等魔物同士の争いは、先程の人間対魔物や人間同士の争いの比じゃない事が多いからの。
 わしが周りの観衆に気を向けている内に、少しずつ間合いを詰め、己の必殺の一撃を放てる距離迄近付こうとしていたリザードマンであったが、甘いのう。
 わしは何の注意も払わぬ素振りのまま、敢えてリザードマンの間合いに足を踏み入れた。
 何の構えもせず、突然時自分の間合いに入られたリザードマンは、一瞬だけ気が抜けてしまったが、直ぐに気持ちを切り替え、わしに斬り掛かろうとした。

 ……が、しかし――遅い、遅過ぎる。

 わしは上体を一切動かさず、腰のキレと股関節の伸びだけを活かし、一瞬にしてリザードマンの目の前迄移動した。
 リザードマンには、わしが突然目の前に現れた様に感じたらしく、斬り伏せる事も避ける事も適わぬと理解した途端、袈裟斬りにすべく若干持ち上げた大剣の剣先を一気に下に向け、剣の腹でわしからの一撃を防ぐ体制を取った。
 その判断や良し!

 ――けれども、わしにはそんなもの、有って無き物も同然。

 リザードマンの目の前に移動した勢いそのままに、右足を軽く踏み出し、逆突きの左を剣腹に当てると同時に、身体につられて前に動いた左足を大きく踏み留め、全身を一瞬にして固定させた。
 全身を固定する事により、行き場を無くした勢いの全てが、相手に唯一触れている左の拳から抜け、大剣を砕き、未だ尚収まらないその衝撃は、大剣を支えるべく添えていた左腕をもその餌食とした。
 リザードマンの肩から先が、何も入っていない服の袖の如く、衝撃の駆け抜けた後方へ翻った。
 砕け散る大剣の破片を軽く目で追うと共に、己の身に起こっている現象を確認したリザードマンは驚愕に目を見開き、柄から若干残っている大剣を振り回しながら飛び退き、わしとの距離を取った。
 遅れてやってくる激痛に片膝をついて呼吸を荒げるリザードマンを確認し、勝負有りと判断したわしは、残心を解き、軽く息を吐いた。
「ば、莫迦な……日の光りを浴びているヴァンパイアが、これ程の力を発揮するなんて……」
「ふむ、確かに日の光の下では、本来の力の3割も出せんから、加減が上手くいかず、参ってしまうの」
 わしの言葉が余程衝撃的だったのか、リザードマンは痛みに揺れる瞳を開き、柄以外殆ど残っていない大剣を投げ付けてきた。
 常人であれば視認するのすら困難な速度で飛来する凶器を前動作無く放った右蹴りで砕く。
「………………成る程、わたしでは敵わない訳だ……この勝負、貴様の勝ちだ」
「理解が早くて助かるの。では、あの少年はわしがいただくからの」
「まぁ、そうだろうとは思ったが……解せないな。確かにあの少年の腕は相当なモノだが、夜の貴様からすれば児戯にも等しい筈だ」
 おや? ……どうやら、このリザードマンはあの少年の内に秘めるモノ迄は、理解していないらしい。
 だが、そこまで説明してやる程、わしは親切ではないのでな。ここいらでお暇させていただくとしよう。
「――と、その前に……」
 わしは、呟きに気を取られたリザードマンの左真横に移動し、高速詠唱術式による多重詠唱と環状増幅によって、その効果を何十倍にも上げた回復呪文を掌に乗せ、左肩へと直接叩き込む。
 所々砕けた骨が皮膚を突き破り、ほぼ原形を留めていなかった左腕が、淡い光りに包まれると、一瞬にしてその姿を取り戻した。
 あれ程苦しそうに肩で息をしていたリザードマンが、何事も無かったのかの如く立ち上がり、己の左手を何度か握ると、振り回して腕の具合を確かめた。
「こ、これは……しかし、何故わたしを助けた?」
「なぁ〜に、幾ら敵対したとは云え、自分のせいで今後の一生に支障を来しては、寝起きが悪いのでな」
 わしは、もうこれ以上ここにいる必要性を無くしたので、少年が掛けた方向へと歩みを進めた。
「……ふっ、完敗だ。貴様程の剛の者に出会えた事、感謝する」
 その言葉に軽く手を振り応え、宵闇色の外套を翻し、人々の視界から姿を消した。
10/07/27 03:05更新 / 黒猫
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■作者メッセージ
 どうもアッチ方面は余り得意ではないのですが、
 後暫くしましたら何とかソッチもできるようにいたします。

 この度は読んでいただき、ありがとうございます。

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