読切小説
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二人だけの白い檻
 自分が特別ではないことを最初に理解したのは、幼馴染が僕の兄を懸念していると知ったときだ。
 兄は家族と言う贔屓目で見ずとも優秀だった。逞しい大きな身体に周囲を明るくする軽快な物腰。農作業で疲れを見せる事もなく、手ぶらで狩りから帰ってきたこともない。
 対照的に、僕はと言えば目も当てられない。男女と呼ばれるのが常の、細く白い身体。農具を半日も振るのすら難しい。狩りは罠を仕掛け捕まえることはあるが、兄のように手ずから仕留めるなんてとてもじゃないができない。

 年を重ね、特別ではないという泥の様な呪縛は沈殿し続ける。それとなく兄に相談したら、一日中一人で暗い部屋に篭ってるからそんなことを考えるんだ、と笑われた。
 だから僕は、胸の内で温めていたことを打ち明けた。「この村を出ようと思う」と。
 村での暮らしは、恵まれている方だと思う。労働がほとんどできない僕は、代わりに知恵を出していた。それでも人手不足に変わりはない。
 しかし、考えてしまうのだ。ここではないどこかに、自分にふさわしい、自分を認めてくれる場所があるのではないかと。
 長老たちへの説得は骨が折れたが、農業や狩猟の改善案と向上案の提起、それに年に一度は戻ることを条件に許可を貰えた。

 最初の内は野道の長距離の移動に苦労したが、今では余裕を持っている。運動は苦手だったが、唯一馬の扱いは得意だったのは幸いだった。
 幾つかの山を越え、川を越えた。村を巡り、街を巡った。それでも、求める場所には未だ辿り着かない。

「そもそも、本当にあるのかな……」

 つい、弱音が口を突いて出る。もう何度も繰り返した思考だが、結局のところ、無意味に過ぎない。あると信じなければ、足が止まってしまう。無価値な自分に戻ってしまう。

 頭を横に振って悪い方向へ向かう意識を押し出す。意識を切り替える意味でも地図を再確認し、はたと周囲を見渡す。

「ここ、何処だ……?」

 地図にはある筈の曲がり角も、川も見当たらない。木や草、果実などもどことなく違って見える。

 ある可能性が頭に浮かぶ。数か月前に寄った街で聞いた噂話。
 いつも通っていた道が違って見えたら直ぐに引き返さなければいけない。何故ならその先は、魔物が巣食う魔界であるかもしれない――という内容だ。
 道中、魔物に遭遇することは何度かあったが今までは運よくやり過ごせていた。そのせいで気が緩んでいたのかもしれない。急いで来た道を戻ろうと反転した……のだが。
 視野が急に広くなる。目の前に現れたのは崖。帰らせまいと立ちはだかるそれは、明らかな異常。
 慌てて馬を引き留めようとした。彼も思いもしなかったのだろう、急転換を無理やりに引きとどめた結果――僕の身体がふわりと浮く感覚。

「え」

 僕は投げ出されていた。目に映るのは宙を舞う荷車に積んでいたものたちと、奈落めいて先の見えぬ崖の狭間。

――何もできず、何も得られず、こんなところで死んでしまうのか。

 失意の念を抱えながら崖の下へと落ちる。
 気を失う直前、傍で何かが勢いよく過ぎていく音が聞こえた気がした。




 意識が浮上し、全身が何かで濡れていることに気づいて、飛び上がって身を起こす。
 体についていたのは粘度のある液体で、どことなく鳥の卵の白身を思い起こさせる。よもやアンデットとして甦ってしまったのではないかと焦ったが、この分だと問題はなさそうだった。
 安堵していれば、ふと、視線に気づく。薄暗くて見えないが、小さな子供の輪郭が見えた。あの高さから落ちたのだ、普通なら無事ではあるまい。周囲は広いが人影もなし。彼、あるいは彼女が助けてくれたと考えるのが自然だろう。

「君が助けてくれたんだよね? ありがとう。僕はクルト。君の名前は?」

 自分でも意外なほど平常に言葉がすらすらと出た。けれども返事は「うー?」という女の子らしき高い声。ひょっとしたら、いや、ひょっとしなくても助けてくれた人は別の場所に行っているのかもしれない。流石に死にかける体験をして頭が混乱していたのか――頭をどうにか整理しようとしていた、そのとき。
 日を遮っていた雲が通り過ぎたのか、光が差し込む。そうして露わになった彼女の姿に、言葉を失ってしまった。
 黄金色の身体。肌を隠す服もなく、僅かに透けたそれはどう見ても人間のものではない。
 彼女は魔物だ。距離をとろうとするが、地面についた液体で滑り思うように動けない。立ち上がれないまま何かないかと、透明の粘液で濡れている服を探るが何もない。
 そうこうしているうちに、彼女は四つん這いで迫っていた。息がかかるまで近づかれて、目を瞑る。もはやここまでかと、走馬灯のように村の光景が瞼の裏に浮かぶ。
 だが、恐れていた終わりは来ない。代わりに何か胸に押し付けられ、背中を撫でられる感覚。目を開けば、彼女がその小さな体で抱きしめられていた。

「あ……」

 魔物ではあるが、彼女はまだ見た目の通り子供なのだろう。子供は感受性も高いと言われている。もしかしたら、僕の怯えを察したのかもしれない。
 彼女が顔を上げる。その太陽の様な笑顔に、憑きものが落ちるように安心してしまった。




 彼女が危害を加えないと分かった以上、僕も彼女に怯えることはなかった。こうも簡単にほだされてしまったのは、彼女の無害そうな容姿と、村に住んでいたころから魔物よりかは畑を荒らす獣の方がよっぽど害があると思っていたせいか。
 彼女は姿は子供であるが、思考や言葉は生まれたばかりの幼児のようで、意思疎通に若干の難があった。
 身振り手振りでここから移動したいことを伝えると、彼女は地面や僕に着いた透明な液体を足元に集めた。彼女はスライムと呼ばれる魔物の一種であり、また僕を助けてくれたのがやはり彼女であると確信を得られた。
 立ち上がった後も、彼女は僕の腰に手を回し離そうとしない。足には彼女の透明なスライムの部分を纏わりつかせている。多少の歩きにくさはあるが、さして問題はないかとそのままに、無事だったものはないか探すが見当たらない。
 手ぶらのまま、彼女に寄り添われしばらく歩けば洞窟があった。光る苔が生えていて、こそげば日の光が届かなくなっても明りになるだろう。一先ずはと腰を下ろせば、彼女は腕を組んでくる。柔らかい感触は、不思議と嫌ではなかった。
 それでも目を背けていれば、顔を覗き込んでこちらを見てくるのでバツが悪くなる。というのも、彼女はどう見ても服を着ていない、つまり裸であるのだ。未発達なものとはいえ、直視するのは憚られる。無邪気に見てくる彼女に対し、後ろめたさが湧く。

 ぐう、と音が鳴る。自分のお腹から出たのだと流石に分かった。空腹にせよ、食べるものが無いのは仕方ない。少し休んだら、探しに行かなければ――と考えていたのだが、急に何かに口をふさがれた。
 何かと言うのは、当然彼女だ。彼女は恋人がするかのように、舌を捻じ込んでくる。予想外のことのため、何も考えられずになすがままにされてしまう。
 冷たいものが舌に触れる。どことなく安心する味。いつの間にか、僕はそれを飲み込んでいた。よほど空腹だったとはいえ、スライムを、それも命の恩人を食べてしまうなんて――と慌てて彼女の肩を掴んで、口を離す。
 そうして距離をとって見た彼女の表情は、今までとは様相が違う。捕食者のように口角を歪める彼女は淫靡さを伴っていて、背筋がぞくりとした。
 どくん、と心臓が激しく音を立てる。追い立てられるように血流が加速している。原因は何か? 彼女の一部を飲み込んだせいに決まっている。

 油断した――と改めて目をやった彼女の姿に、同じはずなのに違う景色が映る。曲線が多く、艶がある四肢は幼いながら男を誘っているように見える。粘液そのものの身体は、今にも男のモノを銜え込むだろう。
 いや、そんなことを考えたいわけではない。それなのに暴走する思考は歯止めがきかず、邪な妄想が駆け巡る。
 振り払いたいそれを助長させるように、彼女は体を密着させてくる。感覚が鋭敏になったせいで、僅かに発達した双丘の柔らかな感覚に意識が向いてしまう。
 嵐が過ぎ去るのを待つべく目を閉じ、呼吸を整え落ち着かせていたのだが、急に腰のあたりが涼しくなる。まさかと思えばズボンを脱がされていた。認めたくはない、今までにないほど怒張している自分のソレが目に入ってしまう。
 逃げようとしたが、足に纏わりついていたスライムが硬化し動かない。彼女は下着も抜かそうとしてきたが、ソレが引っかかっていた。布が擦れる刺激に達してしまいそうになるが何とか堪えたことももつかの間、彼女は下着ごと一物を手で包みだした。
 粘りのある液は薄い布を浸食していて、直接触れられているようだった。ひやりとした感覚。それでも萎える気配は微塵もなく、むしろより高度を増していた。
 上下に擦られる。じゅぷっ、じゅぷっ、と粘着質な音が響く。自分でするのとも、娼館で女性とするのよりも何倍も気持ちいい。
 彼女はそんな僕の反応を確認すれば、嬉しそうに更に動きを加速させた。

「うぁ……!」

 未知の快感に、あっという間に果ててしまう。激しく脈打ち、彼女へと取り込まれていく。手の動きは止められず、限界まで絞られる。
 僕から出された精液が、彼女の中に浮遊しているのが見える。しかしそれもやがて体内へと吸収され、溶けるように消えた。
 自分もあんな風に取り込まされてしまうのではないか――鳴りを潜めていた恐怖が再び現れた。後ろ手に下がろうとしたが、手が無かったはずの壁に触れる。僕らを囲むように、逃がさぬように、いつの間にか白く硬い膜が展開されていた。
 口を閉口させていると、再び口づけられる。抵抗する気力もなく、口に入る彼女を嚥下する。先程までの激しい射精が嘘のように、隠していた布がずれて顔を出している僕のモノは雄々しさを取り戻していく。

 彼女は、当然のようにソレに跨り、全身で飲み込んだ。
 魔物の中には男の精を搾り取って殺すという存在もいると、村にあった特に古い文献で読んだ記憶がある。自分も干からびるまでそうさせられるのかもしれない。だが逃げられもしない。
 彼女を飲まされるのが終わっても、途中途中で口の中を甘い飴のように何度も何度も舐めつくされる。甘い味が広がる。

「……! ……!」

 合間合間に、嬌声の他にも舌足らずでつたない言葉ながら彼女は何かを言っていた。その言葉が僕の名前であると、ようやく気付いた。
 彼女は僕の名前以外、言葉を口にしていない。彼女は僕のことしか見ていない。僕の事しか考えていない。
 気がつけば、手が勝手に動いていた。彼女を逃がさないよう抱きしめる。たとえ今だけだとしても、同じ人間ではなかったとしても、こんな二人だけの世界も悪くはない。そう、思えた。

 これまでは受け身であったが、こちらも彼女の動きに合わせ腰を動かす。今までよりも奥深くに突いたとき、快楽によるものか彼女が全身を震わせているのが分かる。それは自惚れでなければ、互いに受け入れあえたことの歓喜にも感じた。
 行為は一人のものから二人のものになり、より激しくなる。水気のある音が僕たちを囲む壁に反響して、淫猥なことへの自覚、そして背徳を助長させる。
 限界を悟り、彼女を抱きしめる。彼女からも抱きしめ返され、互いの存在を確認し合いながら、確かな幸福の中で僕らは達した。

 精神の伴った射精に精も根も尽き果て放心していると、彼女はまた舌を入れてくる。こちらも彼女を味わい尽くすように舌を絡める。彼女の中に入ったまま隆起する一物。それをまだ足りぬと言うように、締め付けられねだられる。
 宴の終わりは、見えない。




 崖の下。
 誰も知らぬその場所で、二人だけの世界は小さな白い檻に囲まれ、揺られ続けている。
15/09/24 14:31更新 / 鍛田ウーン

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