連載小説
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桑州
霧の大陸、この大陸はいわゆる図鑑世界の中心に据えられた大陸とは別の大陸である。
この大陸は永らく統一王朝によって一つに統治されていた、しかし先の皇帝が死んだ後、跡目争いから始まった紛争から加速度的に崩壊、いまや戦国乱世となっていた。
この話はそんな大陸の中部、桑州でのお話。

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桑州は首都朱陽の存在する仲州の北東にある。大陸にある五本の大河の一つ朱河が通っていることから、大陸北部と中部をつなぐ玄関口となっている。
桑州は戦乱が始まってからこの方、支配者がコロコロ変わったことにより、仲州と比べればマシなものの荒れ果てている。今現在は祁州の軍隊に制圧されており、北方の覇者、祁州公聯紗眉が支配している。

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今の祁州の太守と本来の祁州の太守は別である。現祁州公聯紗眉は元々硫稜という都市の城主であった。だが戦乱が始まった後、前の祁州公賛泉且を追放して祁州の太守となっていた。
聯紗眉は王朝から爵位を贈られたドラゴン種の家系の出であった。
彼女の聯家は尚武の家風を持つ武人の家で、聯家は王朝に仕えた当初から戦とあらばすぐさま駆けつけた実直さを持っている。そして子孫たる彼女もまたガチガチの武人肌の人物であった、そのこともあって本来の祁州公である賛泉且からは疎まれ、次第に反目し、最終的には賛泉且を逆に叩きだした。
さて祁州は霧の大陸、その北部では最強の軍隊を有している。その強さは翼龍を組織的に軍事運用していることが原動力となっている。他の大陸では偵察がせいぜいの翼龍が、爆弾を抱え空爆を行う強力な兵器として運用されているのだった。
霧の大陸では他の大陸よりも科学技術が進歩している。どの程度かというと他の大陸ではいまだ剣と弓矢が戦争の主力を担っているのに対して、銃や大砲が軍の主力を担い始めていると言えば分かるだろうか、それも火縄銃などではなく一足飛びに火打石銃である。
逆に魔法については後進的である。これは魔物についてと同じように、王朝が自身の権力に対する脅威として魔術師勢力を見なし、彼らの頭を押さえつけたため、相対的に科学技術が伸びたのであった。
これらの銃火器は王朝が崩壊するまでは、主に軍を率いる特権階級が利権を蝕まれる事を恐れその浸透を阻害していた。だが崩壊後は独立した各地の勢力が我先にとばかりに銃を手にした。
祁州軍ではそれらだけではなく翼龍にも目をつけ、翼龍用の爆弾も造り自軍の兵力としていた。
翼龍を使った祁州軍は強く、祁州を始め、露州、閲州、そしてここ桑州を制圧していた。

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桑州の南部の都市任定の郊外にある、平原を切り開いて作られた翼龍場は喧騒に満ちていた。
出撃間近の為興奮している三十頭以上の翼龍の、ギャーギャーという鳴き声とバタバタという羽ばたき音、翔龍管制官の怒声に等しい指示が飛んでいる。
祁州の龍は本来高所から風を掴まえて飛ぶのだが、この周辺には適当な場所が無いため長い滑走路を造って龍を飛ばしている。
その喧騒を聞きながら祁州軍翼龍部隊の桑州駐留部隊の隊長である亞柚は、翼の生えたトカゲと表現するにふさわしい愛龍の上で、鞍に身を預けて出撃までの僅かな時間が過ぎるのを待っていた。その顔には連日の出撃により疲労の色が少しだが窺えた。
ドラゴン種である彼女は、翼龍に乗る経験を小さな頃から積んでおり、今では祁州軍の花形たる翼龍部隊の、その隊長を務めている。主の聯紗眉と幼馴染であったことから陰口を叩かれもしたが、その実力は本物であった。
「翼龍隊長!」
その彼女の背後から翔龍管制官が声をかける。
「お、時間か!」
その声を聞いた亞柚は待っていましたとばかりに飛び起きた。先程までの疲労の色はどこかに飛んで行った。
「あぁ!」
「もう一度確認するが攻撃対象は!」
「分かっている!全部頭の中に入っている!」
「なら良いがな!お前のことだ、もしやど忘れしているかと思ってな!」
「うっさいなー!」
冗談を飛ばした付き合いの長い翔龍管制官は、出撃したくてうずうずしている彼女を見て口の端を釣り上げて笑った。
「それじゃあ幸運を!」
「おう!」
翔龍管制官が下がる、亞柚はそれを見届けてから背後に控える部下達へと振り返る。一部の者を除いて飛行服で着ぶくれていた。それを見てニッと笑い声を張り上げた。
「行くぞ、諸君!今日も、枢州の地を這う獣どもに一発きついのを喰らわせてやるぞ!」
亞柚の声に翼龍士とその翼龍たちが雄叫びで答えた。とくに翼龍の甲高い声は耳をふさぎたくなるような鳴き声をあげた。翼龍士達は全員女であるはずだが男どもよりずっと雄々しかった。
「第一隊、滑走路へ!」
翔龍員が旗を振り亞柚の直卒する第一隊に滑走路へ進入するよう命じ、亞柚もそれに従い手綱を操る。愛龍は胸部に抱えた爆弾を気にしながら、両脚でよたよたと歩いて待機所から滑走路へ進入。滑走路へ進入する時に、今回の出撃に参加しない仲間が龍厩の近くで手を振っているのが見えた。
亞柚が滑走開始位置に着いたことを確認した翔龍員が旗を振りおろす。
「行けぇ!」
亞柚はそれを確認すると同時に愛龍を走らせる。主に答え愛龍は翼を羽ばたたせながら、良くならされた地面を蹴り少しずつ加速していく、そして最後に一際強く地面を蹴って飛びあがる事に成功した。
十分に高度をとってから後ろを振り返る、しっかりと部下達も飛びあがり始めていた。
亞柚は下の様子を眺めながら、全ての翼龍が飛び立つまで空中で大きく旋回を続けた。
三回目の旋回を終えた頃、全ての翼龍が飛び立った。亞柚を基点として陣形を組まれ、翼龍達は南東へと進路をとった。

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今祁州軍が戦っているのは東部最大の勢力を誇る枢州公、藩学信の軍隊だった。枢州軍が祁州軍と衝突するのは今回が初めてではない、というより国境を巡って両軍は常に対立関係にある。
その藩学信はこの霧の大陸における反魔物勢力の最右翼、魔物に対する徹底的な弾圧をおこなうことで知られ、異大陸の教会という宗教組織ともつながりが強く、その洗礼すら受けたと言われている。
そのため魔物たる聯紗眉とは不倶戴天の敵だ。もちろんその勢力の強大さと国家運営の方針から聯紗眉以外の敵も多い。反面常勝無敗の名将としての誉れも高く、味方する勢力も少なくない。
今回も国境をめぐった紛争が、双方の期待しない形で少しばかり規模を大きくしてしまったのだった。亞柚の部隊は、紛争開始直後は翼龍約百頭を擁する部隊だったのだが、現在頭数を六十まで減衰させている。当然翼龍士からも多くの負傷者、戦死者が出ていた。
だが彼女の聞いた話では、もうじきこの紛争も終わるらしかった。枢州軍は今南方の小領主連合軍との戦いに力を注いでいるので、祁州軍と戦いたくなく。また、祁州軍も前祁州公賛泉且を保護し、今なお北方で唯一反聯紗眉の立ち位置を明確にしている円州公灰上巳が、同盟国の援助を得て息を吹き返したので、そちらに掛かりきりだ。
この様に双方他所で忙しいのでさっさとこの紛争を終えたいのだが、だからと言って一度抜いた刀を簡単に鞘に納める事が出来ないので、ずるずると紛争が続いていたのだった。

―――――

まぁ今はどうでもいいや、寒風に吹き荒ばれながら亞柚は頭の中でそう呟いた。今の彼女にとって、間抜けな敵の頭上に爆弾を降らせ、部下と共に生還することが最大の関心事であった。精々、幼馴染にこの紛争を終わらせるなら、さっさと終わらせてほしいぐらいにしか思っていない。
「んんと、そろそろだな」
陸標にしている湖が見えてきた。その湖の上で僅かに進路調整、その際にも翼龍の群れは陣形を崩すことはなかった。
間もなく第二の陸標である廃墟となった街が見えた。それを視認するのと愛龍を吼えさせる。呼応して他の翼龍達も咆哮した、空に空気を切り裂くように高い鳴き声が響く。これが突撃ラッパと同じ役割を果たしている。
目標も確認。後方から前線へと送られる物資の中継基地、そこには大量の物資があった。枢州軍は翼龍に襲われることを恐れて中継基地を頻繁に変更していて、しばらく所在が分からなかったのだが、先頃ここにあることが判明して彼女達が攻撃に振り向けられていた。
地上では翼龍が飛来している事に気が付き、大慌てで迎撃の準備が始められている。手近の兵をかき集め急造の横隊を作ろうと躍起になろうとしてもいた。
それを見た亞柚は身を低くしながら残忍な笑みを浮かべる、もう遅い翼龍達は爆撃態勢に入っている。
翼龍達は少しずつ速度を落とし、平飛行のまま照準の為速度を落とす。降下はしない、水平飛行したままより、いわゆる急降下爆撃をした方が命中率も高い。だが高度を落とす分損害の増大に直結し、武装が充実している枢州軍相手にはそれが顕著だったため、最大戦力にして虎の子の翼龍の損害を少なくするために、この方法が採られていた。
翼龍が中継基地の上空に達する。現状、翼龍爆撃の照準は翼龍士の長年の勘に任せるのが全てで、翼龍士はここだという所で爆弾を投下する、これには一本索を引くだけでよい。今回も亞柚はここだという所で索を引いた。
翼龍の胸から爆弾を解き放たれる、追従する部下達も同じように投下。翼龍一頭につき一個ずつ、計三十個の爆弾が投下された。
三十個の爆弾は空中でばらけながら地上へ向けて加速し、そして着弾。炸裂。
立て続けに地上で爆発が生じた。いくつかは見当違いの場所に着弾したが、それ以外は水平爆撃としてはなかなかの命中率をあげた。地上で敵兵が爆発で吹き飛ばされ、小屋が倒壊し、積まれていた物資が燃え盛る。
と、そこでひときわ大きな、大きな爆発が起きた。物資の中の火薬に引火したようだ、巨大な火の玉が生まれ、衝撃波が周りにあるものを薙ぎ倒し、粉砕した。
戦果を確認した亞柚は溜飲を下げた。上々の戦果であった。
この時ほどの快感は無い、と彼女は思った。たとえ愛した男と愛し合う時でさえこれには劣ると。がそこで、自分は生まれてこの方、恋人など出来たことが無いことに気が付き、内心苦笑した。
彼女は中継基地から離れた所で部隊を集合させ、全員が揃ったのを確認してから、進路を自分達の翼龍場へと向けた。
10/12/31 19:51更新 / 霜降り肉
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■作者メッセージ
こんにちは霜降り肉です。
第一話に架空戦記なのに戦闘シーンねぇよ!
と気がついたので、しょっぱなから外伝としてこの話も一緒に投稿しました。

※注釈
 ・翼竜―魔物娘のドラゴン種とは異なる。恐竜の翼竜の生き残り

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