連載小説
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鵬州 1話
霧の大陸、この大陸はいわゆる図鑑世界の中心に据えられた大陸とは別の大陸である。
この大陸は永らく統一王朝によって一つに統治されていた、しかし先の皇帝が死んだ後、跡目争いから始まった紛争から加速度的に崩壊、いまや戦国乱世となっていた。
この話はそんな大陸の東部、鵬州でのお話。

―――――

鵬州は元々大陸最東端にあった半島であったらしい。だが何百年か前に大地震が起きてその影響で、半島は霧の大陸から切り離されて島となった。今は二q程の海峡が二つの大地を隔てていた。
今、夏の日差しを浴びながら鵬州の海岸で、大陸側―――参州の地を眺めている少女が居る。
背丈は高い男と比べてもそん色ない、胸が少々小ぶりだが体つきは整っている、さらに透き通る青空の色をした長い髪は艶やかである。彼女のその顔立ちからは高貴な出であることを窺わせた。が纏う雰囲気は高貴さだけではなく、野暮ったさも同居している、どこかちぐはぐな印象を受けた。
彼女の名前は徐薫羽、人間ではない魔物である。
彼女の眺めている参州は、彼女の故郷である東明がある州だった。その故郷へは2qという僅かにして絶望的な距離があった。
今参州は霧の大陸の反魔物勢力の最右翼、枢州公藩学信が統治していた。

霧の大陸では百五十年以上前に、王朝が悩みのタネであった魔物に対して懐柔策を講じた。内容は、魔物達の話し合いに応じる集団に、爵位と領地を与えることによって臣下として迎え入れて味方とした。領地とその周辺から餌兼夫の若い男達(早い話が生贄)を提供させ、地位や実際の男達という飴を与え続けることによって巧妙に懐柔していき自立心をそぎ取った。さらに少しずつ魔物の移動に制限を加えることにより辺境へ押しやった。同時に鞭として歯向かう者に対しては軍隊を投入して容赦なく弾圧した。
結果、霧の大陸での魔物達は魔王ではなく王朝に仕えるという考えを持ち(少なくとも地位ある者たちは、差はあるにせよそうであった)。別大陸の魔物に比べて思考や教養が人間と近いと同時に、性交に対する積極性がそれほど見られない。
彼女の祖先もまた、その懐柔策で爵位と領地を得た一族であった。種族はサキュバス種、東明の邑守を任されていた。父の代までは。
だが父の代で状況が一変した、二十五年前に実質統一王朝が崩壊してより前枢州公藩学丁の代から魔物排斥の色を強め、そして十三年前、現枢州公藩学信の代になってからそれは頂点に達した。これに反発した周辺の州の太守達は連合軍を結成して枢州を攻めた。彼女の父も東明の所属する参州の太守、参州公に着き従い手勢を率いて出陣した。
結果は連合軍の敗北であった。彼我の戦力比一対六という、圧倒的戦力差を跳ね除けて枢州公は勝利した。彼女の父もその戦いの中で戦死した。
その後、枢州公は打ち破った太守達の領地であった周辺五州を併呑。そして今、枢州公は東部と中部の州を併せて九州を領している。同盟勢力も合わせると十一州ものの勢力である。これは東部、いや霧の大陸最大勢力である。

―――――

徐薫羽は、十年前の冬の日を思い出す。その日、八歳にすぎなかった彼女は、父の家臣達に助けられて鵬州に逃げた。その過程で義姉や従姉妹達といった親族は行方知れずとなり、家臣達も大半が離散した。
今は中立地帯である鵬州で生活している。時折こうやって故郷のある方角を眺めながら。
「―――」
ふとそこで徐薫羽は、自分が誰かに呼ばれているのに気が付いた。海の向こうから背後へ視線を向ける。
「お嬢様!」
そこにいたのは彼女の幼馴染であり、今も着き従っている家臣の一人、欒恵だった。欒恵も魔物で、デュラハン種。金髪を後ろでぞんざいにまとめているのが特徴だ。
欒恵は腰の剣をカチャカチャとならしながら、徐薫羽が立っている方へ走ってきている。
「またこちらにおいででしたか!」
「やっほ、欒恵」
徐薫羽は砂を蹴りながら駆け寄ってくる欒恵に笑いかける。
「やっほ、じゃありません!そうやってお一人で出歩かないでください!」
「えぇー、いいじゃないの」
「良くありません!お姿が見えなくなるたびに大慌てになる我々の苦労も考えてください!」
眉を吊り上げて怒る欒恵を見て、クスクスと笑う。童顔の欒恵は怒っても全く怖くない。むしろ可愛らしいぐらいだった。無論デュラハン種であるため、本当に怒らせると怖いどころでは済まないのだが。
「しょうがないなぁ」
「しょうがないって」
欒恵は額に手を当て、長いため息をつく。
「お嬢様、お願いで―――って、いない!」
額から手を離して徐薫羽に対して説教をしようとした欒恵だが、目の前にいたはずの徐薫羽が居ないことに気が付き驚いて振り向く。徐薫羽はすでに砂浜の横を行く街道へと足を向けていた。
「もー欒恵なにしているの?さっさと帰るよ?」
「え、あ――――あぁ、もう!」
彼女を置いていこうとする徐薫羽に、欒恵は小さく悪態をつきつつもその後を追った。

―――――

鵬州は前述の通り、霧の大陸における最東端にある州だ。このことから別大陸との交易の玄関口となっており、この交易は盛んである。さらに戦火に晒されていないこともあって、霧の大陸の他の州と比べかなり富み栄えている。
広さは北海道と同じぐらいの大きさだろうか、三角形を左に九十度倒した形をしている。
鵬州は全体に峻嶮な山々が連なっており、そのことからそれら大山を信仰対象にする宗教の寺社仏閣も多い。そこで修行をする修験者も多い。
さらにどういう訳か霧が出やすい。他の大陸における霧の大陸の呼び名はここからきている(最も、最初に到着した冒険者が、当時の王朝が鵬州で拘束されて根に持ち、霧のように視界が利かない、つまり物事を見通せない。と皮肉ったのが名前の由来と霧の大陸で言われているので、あまり受けは良くない)
鵬州の州都は雛亭という。鵬州の西部に位置し、すぐ近くに鴻夏という大きな港町が連なるように存在している。別大陸との交易は主にこの二つの都市で行われている。
その鴻夏の街のメインストリートを、人の間を縫うように徐薫羽が歩き、その後ろに欒恵がついてきている。ただし欒恵の機嫌はすこぶる悪い。先程からのらりくらりと逃げ回って反省の色を見せない徐薫羽に怒っているのだ。
「お嬢様!良いですか、せめてどこかに出かけるときは誰かを連れて――」
「いやー、良い天気ねー」
「露骨に話をそらして、誤魔化そうとしないでください!」
「いやーん、欒恵怖ーい」
「子供ですか!」
「まだ二十歳にもなっていないよ」
「とうに成人されていらっしゃいますでしょうに!」
人波に揉まれかけながらも、徐薫羽に説教を続ける欒恵だが、全くと言うほど効果が上がっていない。
「もー、欒恵ー、そんな風に大きな声を出すと周りの人に迷惑だよー?」
「ーーーっ!」
それどころか逆に茶化されてしまった。真っ赤になって怒った欒恵は、徐薫羽を追い抜き、ゴスゴスと石畳を叩くように歩き、主を置いて先に行ってしまおうとした。
「あ、ちょっと欒恵、そんな怒っちゃ嫌よー」
「じゃあ、少しは反省してください!」
「分かった反省して、次から一人ではいかないからー」
「語尾を伸ばさない!」
「もう一人で出歩きません」
ニコニコ笑いながら徐薫羽はそう言った。欒恵は諦めるように溜息をつき、足を緩めて徐薫羽の横につけた。
「あまり安心できないのですが」
「大丈夫よ、ちゃんと反省しているから」
「…訂正します。全く安心できません」
「えー」
わざとらしく口を尖らせる徐薫羽、欒恵はそれを見て再び溜息をついた。
「私はこれから何度溜息をつかなければいけないのでしょうか?」
「なるべく少なくするように心がけますよ?」
「……はぁ」
「なんでため息をつくのよー」
二人は歩きながら同じようなやり取りを続け、目的地に着いた。
目的地はメインストリートから一つずれた区画に存在する二階建ての建物、枢州公の領地から、海路を使って鵬州に逃げてきた魔物や、その家族達の支援をするギルドと呼ばれる組織の支部だ。
正面玄関ではなく、職員用の出入り口から事務所に入る。
「こんにちはー」
「あ、これは徐薫羽様、欒恵様」
そこで働いていた堀の深い顔立ちの壮年の男性が、立ち上がって二人に対して礼をした。
彼はハーマン・モントゴメリー、別の大陸の親魔物領の出身者だ。この支部の支部長を務めている。このギルドは別の大陸の魔物支援組織で、霧の大陸においても活動しているのであった。
徐薫羽はこの組織の、霧の大陸における長である。
もっともそれは名目上であり、霧の大陸におけるギルドの活動を円滑にするための旗印としての役割が強かった。そのため彼女はギルドにおける実権を持っていない、まぁ本人も欲しがらず、かえってそのことから周りからの信頼は厚いのだが。
「どう調子は?」
徐薫羽はハーマンに対して仕事の進捗状況について訊いた。彼女の立場として仕事の報告を受けるが必要があるからだ(口出しは基本的に出来ないし、しない)。
「はい、張州から逃がれてきた一団を、祁州公の勢力下に逃す為の準備が済みました」
張州は大陸南東部にある州で、つい先ごろ枢州公によって制圧された州だ。その張州から戦火を逃れ、魔物を中心とした四十人ほどの難民が彼らに助けを求めてきていた。
彼らを逃す先の土地の支配者、祁州公は聯紗眉と言い、北方で有力な勢力を築いている。
彼女は魔物であり、枢州公とは不倶戴天の敵で、枢州公の領地から逃れた魔物に対して寛容な態度で臨んでいる。このことから彼女達ギルドとの仲も良好であった。徐薫羽とも手紙のやり取りをしている
「一週間後に海路で送る予定です。計画の詳細ですが後ほど書類でお見せいたします」
「そう。この前盤州から鵬州に来た人達は?」
「はい、彼らは鷺陰で受け入れ先が見つかりましたので、そちらに」
「良かった」
それから幾つかの報告を受けた所で、事務所に別の人物が入ってきた。
入ってきたのは緑の髪を肩のあたりまで伸ばしている少女、名前は崔華という。彼女もまた魔物で、種族はエルフ種。
彼女は元々吾州の森でひっそりと暮らしていたのだが、枢州軍によって故郷を追われ鵬州に逃げてきた。今は隣接するギルドの運営している孤児院で働いている。
「徐薫羽さん、どうもこんにちは」
「こんにちは崔華」
崔華は徐薫羽達に軽く礼をした。
「そう言えば徐薫羽さん。先程、馬伍玄さんが来られていましたよ?」
「馬伍玄が?」
馬伍玄は、欒恵と同じく徐薫羽の家臣の一人で、魔物ではなく人間だ。彼女の父の代、それも古くからの旧臣で、徐薫羽にとって爺やの様な人物だ。残り少ない家臣の中でも長老格で、同時に旧領回復に対して最も積極的な姿勢を見せている。最近は徐薫羽の周りから離れ、大陸本土で活動していた。
「何時の間に戻ったのかしらん」
徐薫羽は馬伍玄の皺の多い顔を思い出す。それと同時に彼が常に主張している旧領回復に着いても思いを巡らせた。
彼女は旧領回復に対してそれほど積極性を見せない。確かに先祖が守ってきた故郷は恋しいし、父を殺した枢州公は憎いが、いくらなんでも相手が悪すぎる。故郷東明に帰る為には、どう足掻いても戦場で戦わなければいけない。だが仇である枢州公藩学信は負け知らずの名将。巷では軍神の祝福を受けて生まれたのだとまで言われる戦上手。大して自分は戦場に立ったことすらない、おそらく何らかの軍勢をあげても簡単に蹴散らされるだろう。何より彼女は争いごとを好まない性格であった。
だからこそ、この十年間、故郷を海峡越しに眺めながらも手の届かないものと諦め、鵬州で細々と生きてきた。殺し合いはしたい連中だけでやってほしい、これが彼女の偽りの無い本音であった。戦争などまっぴらごめんなのだ。
「お屋敷の方に貴方が居ないと知って探しまわしているようですよ?」
「何か言っていた?」
「さぁ?ボクは他に何も聞いていません」
徐薫羽の問いに答えた崔華は、事務所に積んであった書類を持ち、失礼しますと言い残してさっさと事務所を後にした。
「うぅん、どうしよ―――」
「お嬢様!家宰様が何か吉報を持って帰られたのかもしれません!一度屋敷に戻り、家宰様の報告を受けましょう!」
唇に指を当て、少し考えようとした徐薫羽の思考を、欒恵の大声が遮った。欒恵もまた馬伍玄と同じく旧領回復に積極的なのだ。
デュラハン種と言う戦闘を得意とする種族である彼女は、それに反さず負けず嫌い、且つ好戦的な性格を持っている。日頃、徐薫羽のマイペースな性格に振り回され、苦労人としての役回りばかりで、そういった性格が発揮されることは少ないが、本来は自身の剣術の腕に自信を持っていた。
そんな彼女だからこそ、その時自分が十の子供だったとは言え、故郷から追い出された屈辱を晴らす機会を欲していた。いつもは徐薫羽に遠慮してそういった言動はしないが、馬伍玄が何か吉報(彼女にとっての)を持ってきたと知って心が躍っているらしい。
その欒恵の様子を見た徐薫羽は軽くため息をついた、子供の頃のやんちゃな欒恵を思い出したのだった。昔は欒恵の方が引っ張り回す側だったと彼女は記憶していた。
ちらりと助けを求めるようにハーマンの方を見る。ハーマンは肩を竦めただけだった。どうやら助けてくれないらしい。
「また引っ張り回されるのねぇ」
「お嬢様?如何なさいました?」
「うぅん、何でもない、じゃ一度屋敷に戻りましょうか?」
「はい!」

徐薫羽の屋敷は鴻夏の東部、その住宅街にある。
元々位階持ちとはいえ、辺境の街の邑守のその娘、本来殆ど政治的な価値のある人物ではなく、財産状況も苦しく、本来はこのような屋敷を持つことはかなわなかった。
だがギルドが彼女に目をつけ、この地のトップとして据えたことからそれが変わった。
鵬州の太守は賀貂惇という。別大陸の文化にかぶれており、騎士に憧れる多少夢見がちな性格をしている。だが、別大陸と霧の大陸本土の狭間にある鵬州を運営しているだけあり、政治面での才能も持っていた。
ギルドが彼女をトップに据えたことを知った賀貂惇は、資金援助を彼女に行い、この屋敷を贈った。彼女に対する支援を通じて別大陸の勢力とも友好関係を築こうとしたのだった(もっとも、あくまで徐薫羽に対してであり、ギルドに対してはびた一文援助していない。また鵬州に教会勢力が寺院を建てようとした際に資金援助を行うなど、両方の勢力を天秤にかけている感も多々あった)。
馬伍玄はその屋敷に戻っていた。鴻夏の街中を徐薫羽達を探したがすれ違い、結局屋敷に戻ってきた所でちょうど徐薫羽達が帰ってきたのだった。
徐薫羽が帰ってきた事を知った馬伍玄は、薄く笑いながら彼女を迎えた。
「おぉ、お嬢様、御帰りなさいませ」
「馬伍玄も、お、御帰り」
徐薫羽は馬伍玄の表情を見て軽く顔を引き攣らせた。だが馬伍玄はそれに構わずに続けた。
「お久しぶりにお嬢様とお会いできたこと、臣は嬉しゅうございます。色々とお話したいことはございますが、実はこの馬伍玄、吉報をお持ちしました。何よりもまずこのことについてお話したいかと思います」
徐薫羽はちらりと背後にいる欒恵を見る。欒恵は馬伍玄の話を聞いて輝かせている。
「分かったわ、とにかくそれの報告を受けましょう」
どうやっても逃れられないと知った徐薫羽は諦めのため息をつき、馬伍玄達と共に自室に向かった。

―――――

「お嬢様、まずは何よりこれをお読みください」
自室で人払いをしてから、徐薫羽は馬伍玄から手紙を渡された。
「皇帝陛下からの親書でございます」
「皇帝陛下から?」
それを聞いた徐薫羽はほんの少しだけ眉を顰めた。
霧の大陸における王朝は二十五年前に崩壊したのは既に述べた。だがこの王朝の生き残りはまだ存在しており、帝位に就いている。この皇帝は章帝という。
問題は王朝崩壊の仕方であった。王朝崩壊の原因となった皇帝を文帝といい、この皇帝が後継者を明確に指名しなかったのが跡目争いを生じさせた原因だった。
この皇帝の子供は長男、次男、三男の三人だった。霧の大陸は長男相続が基本であり、長男が後継に納まるかと思いきや、弟達に恨まれることを恐れた長男が相続権を放棄した。その為二男と三男を擁立する派閥により激しい政争が始まり、さらには首都を中心とした紛争が発生し始まった。だが決着が付かずいつまでもだらだらと続いた。
さらにこの泥沼に拍車をかけたのが、長男が一旦放棄したはずの帝位に野心を抱き、紛争を煽って弟達を共倒れにしようとした。だがこれは失敗、結局三つ巴の戦いとなった。
この紛争に決着が付いたのが文帝の死後五年後、長男と三男を殺した次男が勝者となった。だが次男は帝位を宣言する前に流行り病で死んでしまった。二男には子供がおらず、今度は帝位に就く者が居なくなってしまった。
この間に中央の混乱に飽き飽きしていた地方勢力が、各地で独自の行動を取り始め、結局中央の勢力は疲弊しきって余力を残していた地方勢力によって駆逐された。
本格的に戦乱が拡大したのはこの後である。その後、中央勢力の残党によって長男の子供が探し出され、帝位を自称した。これが章帝である。
この様な背景で帝位に就いたこともあって章帝は、本当に皇室の血が流れているか分からない、仮に流れていたとしても一部の有力勢力にとっては無用の長物となった。現在は中央勢力と合流した南東部の領主連合によって祭り上げられ、枢州公と戦っているはずだった。
そんな皇帝の手紙である、ろくな物ではないと徐薫羽は思った。実際ろくでもなかった。
内容は祁州公と協力して兵を挙げ、枢州公の打倒に協力しろというものだった。無茶な注文である。
「あー、馬伍玄?」
「お嬢様、お嬢様の仰りたいことは分かっております」
じゃぁこんな手紙持ってこないでよ、と徐薫羽は内心ぼやいた。
「ですがお嬢様、鵬州が何時までも中立でいる事ができますでしょうか?」
「賀貂惇様のご意向次第ね」
「どうでしょうか?鵬州公様がどれほど中立国として鵬州を維持しようとしても、枢州公が鵬州を欲すればそれまでかと」
馬伍玄の言い分は尤もである。枢州軍は強大そのもの、対する鵬州の戦力は弱小と言っていい。実際に戦ったら相手にもならないだろう。
「だけど枢州公は鵬州に手を出すつもりはないようだけど?」
これは徐薫羽の憶測ではない。藩学信は鵬州を中立地帯として、手を出さないことを公言しており、軍にもその旨を伝えている。実際、鵬州所属の船舶は非が無ければ危害を加えられたことは無い。
「ですが彼の枢州公がいつまでも鵬州を放っておくでしょうか?鵬州は枢州公にとっていつまでも視界の隅で揺れ動く御馳走のようなもの、枢州公が我慢し続けられなければ?あるいは鵬州公が、中立地帯としての地位を放棄すれば。お嬢様、そうなってはその時我らは無事に逃げる事ができますでしょうか?」
「それは…そうだけど」
言い淀む徐薫羽に、馬伍玄は畳みかけるように続けた。
「お嬢様、いつまでも鵬州で平和な生活を続けられる保証はございません。このままジッとしていては、前途に暗雲が立ち込めることとなりましょう。ここは積極的に行動し、前途に立ち込める暗雲を振り払うのです。皇帝陛下の勅命とあらば大義名分も立ちます」
「相手はあの…枢州公よ?」
「枢州公もただの人間です。不死身でもなければ、軍神でもありません」
「でもね、馬伍玄。祁州公様を説得しなきゃいけないのよ?あの方がそう簡単にうんというかしら?」
馬伍玄に押された徐薫羽は、話題を逸らそうとした。だが言った直後にしまったと思った。
「それならば問題は無いでしょう。祁州公様は元より皇室に対して敬意を払っておられる方です。陛下の勅命ならば快く引き受けて頂けましょう」
祁州公聯紗眉は過去に皇帝を迎えようとしたことがある。彼女の起こす戦争に大義名分が欲しいからだ。
だが、女それも魔物の手は借りられないとばかりに拒否されたことがあった。聯紗眉はそれを不快に思っているだろうが、それ以降も諦めていないとのことだった。ならば今回の事も喜んで引き受けることは容易に想像できた。
「あぁ、でもね?ギルドの皆にも迷惑をかけてしまうし」
「彼らも仲間を枢州公に殺されています。枢州公を倒すことができれば彼らの犠牲も報われましょう。それにこの機会に祁州公との関係を強化すればギルドの行動も円滑に進める事ができるでしょう」
「あ、あぁー」
徐薫羽はなおも反論しようとしたが、皇帝の勅命を拒否できるような物が思いつかなかった。もちろん個人的なわがままなど聞いてもらえない。
「お嬢様、細かいことは私にお任せ下さい。必ずや今回の事を成功させて見せましょう」
にっこりと笑いかけてきた馬伍玄の顔を見て、徐薫羽は本当に面倒なことになったと思った。
10/12/31 19:52更新 / 霜降り肉
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■作者メッセージ
どうも、初めてこちらに投稿させていただきます。霜降り肉と申します。
大したものは書けませんが、架空戦記物を書いていこうかと思います。
本文中の用語についてはここで注釈を付けたいかと思います。
それではこれからも宜しくお願い致します。

※注釈
・霧の大陸―図鑑世界の中心に据えられた大陸とは別の大陸。
 現実における中国のような場所。
 教会等は存在せず、独自の文化を築いている。
 只今絶賛戦乱中
・州―霧の大陸における最大の行政区分
・邑主―街の長、霧の大陸においては街=城なので城主とも言ってもよい
・太守―州の長、県知事や州知事にあたるが、今の霧の大陸の現状からいって、戦国大名と言い換えてもいい
・ギルド―霧の大陸において迫害される魔物たちの支援組織。
・霧の大陸における名前の法則
 爵位や官位を持っている一族の人物は、ファースネームが二文字にすることができる。(一般人は一文字)
・徐薫羽―主人公、ひんぬー

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