連載小説
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「カノンの誕生日」
時間は遡り、とある聖都にて。
聖都の一角には小さな教会が佇んでいた。
教会には身寄りのない子供達が集まる孤児院としての側面を持っていたが、教会には子供達の活気は無かった。
教会の内部は年端も行かぬ少年少女たちが機械的に移動と行動を繰り返している無機的な光景が広がっていた。
此処には陰湿な虐めや暴力は存在しないが、子供達のはしゃぎ声や談笑も聞こえてくることは無かった。
そして教室の片隅に座り込んでいる少女が一人。
彼女は紙に教室の風景を描き込んでいると別の少女が近づいてきた。

「No49、神父様がお呼びです。」

「了解しました。」

No49と呼ばれた少女は紙とペンをしまい、神父の部屋に向かった。


◇〜◇〜◇


庭の木漏れ日が差し込む廊下を歩いていき、大きめの扉の前に辿り着いた。
扉の前に立ち、二回ノックをする。

「入りたまえ。」

「失礼します。」

扉を開けた先の光景は酷い有様だった。
様々な書類と本が床に散乱し、客人用のテーブルとイスも本と良く分からない箱に占領されていた。

「来てくれたか、まぁ少々窮屈かもしれんがゆっくり腰を掛けてくれ。」

ボサボサ髪の無精髭を生やした男性は、ソファーに申し訳程度のスペースを確保すると、ここに座れと言わんばかりにポンポンと手を叩いた。
足の踏み場を探しながらソファーを目指し、何とか辿り着くとゆっくりと腰を掛けた。

「本当ならばお茶とお菓子も用意したかったが、見ての通り多忙な身でな…そこら辺の箱の中に何か入っていてはずだから適当につまんでいてくれ。」

男性はそう言うと自分の椅子に戻っていった。
このがさつという概念を体現化したような男性こそがこの教会の現在の神父である。
この部屋の元の所有者である前任者が見たら何と思うだろうか。

「神父様、今日はどんなご用件で?」

「あぁ、そうだったな。」
「突然だがえぇと、ナンバー49くんだったかな?」

「はい、そうです。」

「君は魔物についてどの程度まで知っている?」

「はい、魔物は人を惑わし、食らう邪悪な存在であると聞かされています。」

「それで、君自身は魔物をどう思っている?」

「実際に遭遇したことがないので何とも言えません。」

「そうか…」

神父は無精髭を撫でた。

「ナンバー49くん…教団は魔物は人を惑わし、食らう存在と民に言い聞かせているが…」
「実はいうと教団において魔物の実態を把握している人間は殆ど居ない。」

「と言いますと…」

「魔物の事について調べて、その情報を開示で来た人間は殆ど居ないからだ。」

「それは何故ですか?」

「魔物達は皆魅惑的な女性の姿をしている。 魔物を調べていくうちに、彼女達に魅了され、そのまま彼女達の元に行き帰って来なくなる者が後を絶たないらしい。」
「故に、教団は魔物の情報は不用意に魔物に興味を持たせ、彼らの様な未帰還者を増やしてしまう事を恐れ、魔物について調べることを禁じているそうだ。」

「そうなのですか…」

「だが私はリスクを恐れているばかりでは現状を打破できないと考えている。」
「そこでだ…君は魔物の実態を知る勇気はあるかね?」

「命令とあらば、何処へでも…」

私達の居る教会は普通の孤児院を兼ねている教会ではなかった。
身寄りのない子供達を冷徹なスパイに仕上げるためのスパイ育成機関である。
子供は敵の懐に潜り込むのに色々と都合が良い。
時には相手を油断させ、時には相手の良心に付け込める。
またある時には愛玩の対象として相手の懐に潜り込めるからだ。
その為には無駄な感情や自我は削ぎ落され、スパイとしての技術や素養を刃の様に研ぎ澄ましていく。
それが私達だ。

「では、今回君に頼みたいのは魔物の生態調査だ。」
「とある魔界にあるピステーゼという都市に多種多様な魔物達が通う学園があるという、君にはそこに潜入して情報を集めてもらいたい。」

「しかし神父様、私達が教えられてきた技術は全て対人のもの…魔物相手に通用するでしょうか…」

私達の技術はあくまで対人を想定されたものだ。
主な相手は敵国や教団の腐敗に巣食う人間ばかりだった。
だが人外相手となれば話は別だ。
それも天性の魔性を持つ相手となれば私たちが積み重ねてきたものは通用しないと考えるのが常だろう。

「安心したまえ、そう言う君の為にあるものを用意した。」

神父はそう言うと銀色の箱を取り出してきて、私の前に持ってきた。

「神父様…これは?」

「ふっふっふ、まずは開けてみたまえ。」

私は言われるがままに銀色の箱の蓋に手をかけた。

中には悪魔の物と思わせるような角と羽が一対づつ、それに尻尾の様なものが入っていた。

「これは…仮装道具ですか?」

「只の仮装道具ではないぞ、試しに持ってみたまえ。」

角の部分を持ってみると確かな質量を感じた。
角の断面部分を覗いてみると、淡い光を放っており、目を凝らすと奥には精巧な機構が顔を覗かせていた。
確かに、只の仮装道具ではないようだ。

「その角には魔物達のフェロモンを偽装する機構が組まれている。」
「これを付ければ例え魔物の群れの中に放り込まれても彼女達は君を同族として認識するだろう。」

今度は羽の方を持ってみる。
骨格部分はしっかりしており、翼膜部分は布では表現できないような未知の材質で出来ていた。

「その翼には飛翔能力は無いが、余分な魔力を蓄えておく機構が組み込んでいる。」
「貯めた魔力は主に装置の動力源や魔法を使う際に利用される。」

最後に尻尾の部分を持ってみる。
生々しいしなやかさと言うべきか、何とも言えない感触だった。

「尻尾は体内に溜まった余分な魔力を外に放出するアースの役割を担っている。」
「これによって、多少魔力に犯されても魔物化することは無くなるだろう。」
「…もっとも、上位の魔物の魔力を直に受ければ保証はできんがな。」

「アース…?魔物化…?」

良く分からない単語が次々と飛び交い、頭を傾げるしかなかった。

「そうだったな、君たちは魔物の情報についてはまだまだ知らない事ばかりだったな。」
「まぁ、それらについては追々説明するとして、まずは装備してみるといい。」

私は言われるがままにまず角を頭に付けてみた。
すると角は頭皮に吸い付くようにくっついた。

「ふむ、似合っているじゃないか。」

着けた角は何の違和感も無く頭に馴染んでおり、まるで元から体の一部だったかのようだ。
今度は翼と尻尾を腰に付けてみる。

「…動いた!?」

尻尾と翼がまるで自分の意志に呼応するかのように動いた。

「驚いただろう? それは君の意思に合わせて動くように作られているんだ。」

本当に体の一部が増えた気分だ。
だが不思議と気持ち悪さは感じなかった。

「これ程の物を作る技術が教団にあったなんて…」

「あまり深く詮索しないでくれたまえよ、手に入れるのに色々大変だったからな。」

「これを量産できれば魔物の軍勢を内側から打破することも容易いのでは?」

魔物に擬態して魔物の懐に潜り込める道具…
この技術を軍事用に転用できれば魔物との戦いを大幅に有利に進められるだろう。

「そうだな…それも可能かもしれないな、コストの問題を度外視すればな…」

「…?」

「まず、君が今身に着けている物1セット、それを作るために研究費用も含めれば一国を築き上げても釣りが出るほどの労力と出費が掛かっている。」

「…」

「その上希少な素材も多く使われている為、そう簡単に量産できる代物ではない。」
「ここにあるプロトタイプ一式がこの世に存在する唯一の存在と言っていいだろう。」

一国を超える重さを背負った存在を私は身に着けていたのか…

「他に質問はあるかね?」

他に質問したい事…それは

「何故私を選んだのですか? スパイとして優秀な人材なら他に優れている子が居るはずですが…」

「そうだな…君には他の子と違って優れている点がある。」

「それは…」

「感受性だ。」

感受性…それはスパイにとって捨てるべき要因の一部だった。
感受性は陥れる相手に逆に精神を付け込まれる隙を与えかねないからだ。
私はそれを捨てきれなかったから「失敗作」だったのかもしれない。

「今回の任務においてこの感受性は重要だ。」
「今回求められる魔物の情報は教団用に脚色された物でも、論理的に分析されたものでもない。」
「個人の人間が見てどう思ったかの情報だ。」

個人の人間が見てどう思うか…

「だから情報を提供する人間は感性をしっかりと持った者が好ましい。」
「潜入技術に持っていて感受性豊かな人材…君ほど適任な人間は居ないだろう。」

適任…私が…

「ではナンバー49…あ〜やっぱり番号は呼びづらいから君に今から新しい名を授けよう。」
「カノン、それが今から君が名乗る名前だ。」

カノン…私の新しい名前…

「では改めてカノン君、君に三つの指令を与える。」

「はい!」

「まずは一つ、君自身が見て感じたことを報告せよ。」
「私は君の目と耳を通して得られた情報が欲しい。脚色は不要だ。」
「二つ、死ぬな殺すな。」
「殺しは最も己の痕跡を残しやすい行為だ、絶対に避けろ。」
「勿論己の骸も晒すなよ。アンデットとして蘇らせられるのがオチだ。」
「そして三つ…」
「精々楽しみなさい。」

「了か…え!?、最後のは一体…?」

「以上だ。」
「では今日はもう休むといい、明日からは魔物についての知識を私自らレクチャーしてあげよう、楽しみにしたまえ!」

「え、はい失礼しました。」

結局最後の指令は何だったのだろうか
私は疑問を残しながら部屋を後にした。

「ハッピーバースデー、カノン君。 今日が君の新たな誕生日となるだろう。」


◇〜◇〜◇


「待てぇいッ!!魔物めッ!!」

「まさかこの聖都にまで魔物が現れるとはなッ!」

そして聖都の街角、私は聖騎士たちに追われていた…

「擬態用の装備…外すの忘れてました…ッ!」

余りにも違和感がなかったせいで装着したまま外に出てしまった。

この後、神父様が色々と誤解を解いてくれました。


19/01/17 18:37更新 / kahn
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■作者メッセージ
『神父様よりカノンという新しい名を授かった。
一週間後には中立国を経由してピステーゼへと発つ予定だ。
神父様の最後の指令が気になるが、私はただ命令に従うのみ。
気を引き締めていこう。』

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