連載小説
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裏祭り【甲虫相撲、改めム⚫︎キング】
屋台が立ち並ぶ本殿から離れて、ここは神社の裏に広がる鎮守の森。
普段は静かなはずのそこには妙な熱気が立ち込めていた。
祭囃子の音は遠く、あたりを照らしているのは提灯お化けが暗めに灯した光だけ。
森の中の開けた広場の真ん中には土俵が作られ、その上にはアイドルのような格好をしたカラステングが飛んでいた。

「良い子のみんな。育てた自慢の虫は連れてきたかなー?」
マイクを持った彼女に答えるのは、良い子と言うのにはどうしても無理のある野太い男たちの声だった。

「もちろんだー。俺はこのために仕事をしているといってもおかしくねぇ」
「カラステングちゃーん。俺だー」
「ごめんなさい。私夫持ちでーす」(満面の笑顔)
「僕のモスマンの勝つ確率は80%」
「モスマンなんかで勝てるわけねーだろ俺のマンティスにかかればイチコロだぜ」
「………(頑張る)」(頷くマンティス)
「おいこら、お前そいつワームはワームでも、ミミズじゃなくて竜だから。虫じゃないから反則だから」
「あら、御機嫌よう」
「うおお、オオナメクジさんだ。去年の優勝者。あの人の土俵すべてを粘液で覆う荒技はやべぇだろ」
「お前知らないのか?。あれはあんまりにも強すぎるからって、今年から禁止になったんだぞ」
「そりゃそうだよな。勢い余って滑って土俵から吹っ飛んでいくソルジャービートルたちを見ちまったらなぁ」
「ああ、オオナメクジにひっくり返されるソルジャービートルという光景は凄まじかったぜ」


「ほいほーい。みなはん、券はちゃんと買ったかいな?。もうすぐ締め切るで」
刑部狸が賭け札を販売しながら回っている。
「おう。ねーちゃんこっちにもくれ。俺はモスマンに賭けてみるぜ」
「おおきにー。頑張ってーや」
金と賭け札が交換される。

あらかたはけてほとんど空になった木箱を運びながら、刑部狸は隅に移動して暗がりに声をかける。
「守備はどうや?」
「問題ありません。十重二十重に張られた罠をかいくぐれるものはいないでしょう」
「ホンマやな。この大会がおじゃんになったら大損や。ビタ一文払わんで」
「了解しております」
「あんさんらがちゃあんと仕事が出来たんやったら、また雇ったるさかい、気張りーや。クノイチはん」
「御意に」
暗がりから気配が消える。


「それでは第一回戦を始めます。厳正なくじ引きの結果、選ばれた最初の組み合わせはー!」
カラステングの声に今まで騒がしかった男たちが静まり返る。
「西、狙うは大番狂わせ、私の鱗粉は男も女も狂わせる。サイケデリック・サイコレディ。モスマンだー」
わぁぁぁ。カラステングの紹介に場内が湧く。
西の小屋から現れたモスマンはどぎついピンクや黄色、青といった様々な極彩色の模様をしていた。
人によってはかわいい、と称するかもしれない。
「あのモスマンなんだか普通のよりもカラフルじゃね?」
「当たり前だ。僕の嫁だぞ。普通のモスマンと同じな訳がない。何種類もの媚薬を使って、その成分を自らの体から作り出せるようになった特殊個体だ。負ける姿など微塵も想像できん」
「こいつ今、堂々とドーピング宣言しやがったぞ」
「審判、反則だ」
男が喚きながらモスマンの夫を掴む。
「何をする。離せ!」
「だーりんになにするのー」
紹介されたモスマンが自分の夫に掴みかかった男に向かって、魔術で鱗粉を撃ち放つ。

”サイケデリックこうせん”
カラフルなビームがビカビカチカチカしながら発射される。
「ぎゃああああー、目がいてー。目が痛くて見えないはずなのに美女が見えるー。おーい、姉ちゃん今行くぜー」
男は叫びながら森の中へ走って行ってしまった。
何かの罠が発動したような音がするが、場内には届かなかった。

ドーピング、ドーピング。はーんそく、はーんそく。
場内には響くドーピングと反則のコール。モスマンの賭け札を買わなかったものたちからのコールだ。
「あー、どうしましょうか。やっぱり反則負けにしますか?」

「その必要はない。ドーピングをしたいならば、好きなだけするといい。それで強くなれるならな」
東の小屋から真っ黒な甲皮に覆われた筋骨隆々な長身の、デビルバグが現れた。
場内が一瞬静まり返り、次の瞬間。
割れんばかりの歓声が巻き上がる。
「デビルバグさん、いやデビルバグ様!。待ってたぜー!」

「あなたが許可するのならばいいとしておきましょう」
カラステングが気を取り直して紹介する。
「東、でかぁぁぁい、説明不要っ!。ダマガスカルから来たぞ、デビルバクちゃんだー」
2メートルを超える長身を持ったデビルバグ。でかいだけではなく。全身をはち切れんばかりの筋肉に覆われている。
観客の声援に応えてポージングをする。筋肉がさらに膨らんでいる。

「サイコ対マッスル。初めっから異色の対決だー。君はどっちに賭けた?。間も無く試合開始ですっ!」
カラステングのアナウンスに場内の熱気は最高潮に達する。


しかし、それに水をさす警告音が鳴り響いた。
「なんや、何が起こったんや!?」
「申し訳ありません。向こうに予想以上の手練れがいたようで、罠の8割を突破されました。ここに到達するのも時間の問題かと」
「あんさん、自信満々やったのになんちゅう有様や。さっきの話し通り残りの金は払わんで。前金も返してもらいたいくらいや。ボケ」
悪態を吐く刑部狸をよそにどんどん警告音は大きくなる。
「ホンマに危ないみたいやな。なら、はよ逃げよか。捕まってしもたら、どうもこうもない」
「ご理解ありがとうございます」
フン。近くの木箱を蹴り飛ばしながら刑部狸は声を張り上げる。

「祭りはしまいや。全員とっとと逃げるで。嗅ぎつけられよった」
「はぁ、なんだよそりゃ」
「金返せー」
刑部狸に向かって男たちは口々に文句を飛ばす。

「ほたえな!。捕まりたいゆうなら、そこで喚いとれ。金が返して欲しかったら、うちの店に来ぃ。仰山サービスしたるわ。なんならウチが直接相手したってもええ」
刑部狸の鋭い視線に会場の男たちの金玉が縮み上がる。
「ま、今回のことはウチが悪かった。やから、金は返したるからうちの店に来たってな」
刑部狸は先ほどとはうって変わって柔らかい笑みを浮かべる。
「逃げる道はうちのモンが案内しちゃるから、安心しい。ほな、またな。今後ともご贔屓にたのんます。さよなら」
彼女は消えたそれこそ影も形もなく。残ったのは木の葉一枚。

会場の男たちはおとなしくその場を後にするのだった。


空っぽの会場にたどり着いた妖狐はほぞを噛む。
「せっかく賭博会場を摘発できると思ったのに、すんでの所で逃げられちゃった」



後日、
「此度の失態。真に申し訳ございませんでした」
刑部狸の事務所で彼女に土下座するクノイチたち。
「ええよ。うちも鬼やない。許したろ」
その言葉でも彼女たちはまだ安心することはできない。
「やからな。ちぃーと一つ、うちのお願い事を聞いてもらいたいんや。もちろんタダとは言わんで。タダほど恐ろしいモンはないからな」
そう言いながら、刑部狸は彼女たちに10円玉を投げてよこす。
「頼むで。ホンマ」
目が笑っていない笑顔で刑部狸は言うのだった。
16/06/15 23:39更新 / ルピナス
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■作者メッセージ
甲虫相撲に大人たちが金を賭けないはずがない。
普通にこれ、別の連載立ち上げられるんじゃ…。

方言はいろんなところが混ざっているかもしれませんが、雰囲気重視でスルーしてやって、つかぁさい!

もう裏祭りを書いてしまうなんて、俺って。
確かに裏って好きですが。

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