連載小説
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涙の出会い


「失礼しました」

 小等部の職員室を辞した礼慈は、手にした書類の一番上にきていた全学合同文化祭企画案のまとめを見て、改めて唸った。

 一行目にはリアルおままごと(個人コース)とある。

(大丈夫なのか?)

 魔物娘たちが行うリアルおままごと。一体どこまでが“おままごと”の範囲に含まれるのかと詳細を見ていくと、企画立案はサバト守結学園支部とある。

(ああ、半数くらいは実年齢的に何かあっても問題なさそうだな……)

 向こうの世界から魔物たちがやってきてから早数世代。彼女らの生態については周知されてきてはいるが、幼かろうとも愛に目覚めてしまえば子作りもいとわないという習性は実感としては認識されておらず、いざその場になると戸惑う者も多いと聞く。

 一方でサバトというのは幼い者たちのコミュニティーではあるのだが、それは外見だけで実年齢については様々だ。本当に幼い者もいれば実年齢何十歳という者もおり、更にまとめ役のバフォメットに至っては御歳三桁とも四桁とも言われている。そういった者たちは本当に幼い子たちの場合と違って、相手が戸惑っても重ねた年輪の余裕で対応しているらしい。

 そんな存在たちが小等部校舎で催しを開くのはある意味詐欺なのではないかと、パステルカラーで彩色された企画書を企画案の下から引っ張り出して礼慈は思う。

(大学部じゃだめなのか……?)

 守結学園は幼稚園から大学までを揃えた魔物たちが運営している巨大教育施設だ。学園祭で企画をしたいのならば受け皿が広くて学府の性質上融通のきかせやすい大学部でやればいいのにと思うのだが、

(企画立案者は……教頭ちゃまか)

 教頭ちゃまは全学で教頭の役職に就いているため皆にそう呼ばれているバフォメットだ。彼女が幼女信仰を旨とする宗教、サバトのこの世界における長である。

 彼女が企画したのなら、元来そちらの気のない利用者を積極的に勧誘していく構えなのだろう。ならば、余計な口出しはしない方がいい。

(下手につついてこっちまで取り込みにかかられたらたまらん)

 そう思っていると、突然感情的な声が聞こえてきた。

「……?」

 声のする方に目をやってみると、校舎と体育館を結ぶ渡り廊下に何人かたむろしている。

 ケンカだろうかと思って近づいてみると、どうやらその場に居るのは全員女の子らしいと分かる。
 遠目でも分かる体の形状から、魔物の姿が多いようだ。

 守結学園に通う魔物娘たちはこの世界への進出の嚆矢であるリリムや、その息がかかった者たちによってある程度こちらの世界に馴染めるであろうと判断された者たちが選考されている。
 しかし、様々な種族が共同生活を送るとなるとどうしても諍いは発生する。小等部ともなれば、幼いことも手伝って衝突が増えるのは仕方ない。

 とはいえ、本質的に慈しみ深い彼女らのことなので、仮に人と魔物という明確な力の格差がある構図での諍いであったとしても、大事に至ることはない。それはこの世界の全人類が数世代を経て理解したことだし、礼慈個人としても実感のあることだ。

 なのであの場は放っておいたとしても問題はないし、時間が経てばその内教員の誰かが仲裁に入るのだろう。

 が、

(気付いてるのにケンカを見過ごすのも先輩としてはな……)

 そんな義務感じみた思いから、礼慈の足は騒ぎの方へと向かっていた。
 どのように仲裁しようかと考えながら彼女らのもとに近づいた礼慈は、どうやら一人の女の子を複数人が囲むような状態になっているようだと見て取った。

「おい、どうした?」

 眉を顰めながら声をかけると、少女たちが振り向いた。

「わ……っ?!」

 礼慈の顔を見て人間の少女が半歩身を引く。
 礼慈は生まれつき目付きが悪く、人間の子供には昔から不評だった。長じて年並みの貫禄が付いた今となっては、町を歩けば不良学生扱いされることもある。

 少女たちは突然声をかけてきた礼慈に戸惑いの顔を向けている。
 何かを隠しているような後ろめたさのようなものはない。魔物はともかく、人間の女児がこの顔を前にして礼慈を騙せるほどの腹芸はできまい。
 ケンカやいじめとは関係がなさそうだ。
 人間の少女が引いたため、包囲が崩れてその中心が見えるようになった。そちらに礼慈の注意が向いたのと同時に、鼻に甘い匂いが香ってきた。

 少女たちに囲まれて床に座り込んでいたのは、西陽にきらめく蜂蜜色の髪を長く伸ばした少女だった。

 泣いている少女を心配そうに見ながら魔物の内の一人が言う。

「リリちゃん、ぼぅっとしてたと思ったら、いきなり泣き出しちゃったの」

 ということは、先程聞こえた感情的な声はいきなり泣き出したという少女のものということになる。

(……癇癪か?)

 礼慈としても一時期見慣れたものであった。あれはストレスの顕在化であり、何かしらの訴えでもある。
 少女くらいの年齢の子だと、魔界からこちらの世界にやってきたことによる環境の違いでストレスが溜まってしまい、爆発したのかもしれない。

 ともあれ、

「こんな所で泣いていたらせっかくのきれいな服が汚れてしまうぞ。落ち着けるところまで連れて行くから顔を上げてくれないか?」

 駄目元でリリと呼ばれた少女に言ってみると、少女は目元に手をやったまま頷いた。
 それから少女のしゃくりあげる声はゆっくりと落ち着いていく。
 息を吸い込むたびにぴくぴく動いていた尖り気味の耳が静まり、体に巻き付くようになっていた尻尾も羽も力が抜けてぺたんと垂れた。

 まだ少しぐずりながら、少女は立ち上がる。

 白と水色の、清潔感と可愛らしさを同居させたエプロンドレスに着いた埃をドラゴン娘が払ってやる。少女はそれに「ありがとう」と返して、目元をこすって礼慈を見上げた。

 見上げてくる少女の瞳に礼慈は息を呑んだ。

 深く、奥底の知れない常磐色の瞳。
 永遠をたたえた色彩の中にこれから磨かれていこうとする幼い光が宿っている。
 神秘的なものを感じて知らず魅入られていると、少女がおずおずと口を開いた。

「あ、あの……」
「……ああ、すまない」

 少女の瞳が涙で揺れ、釘付けにされていた目からようやく視線を逸らすことができた。

 目を逸したことに少女が「ぁ……」と不安げな声を漏らす。そこに生まれた気まずさを紛らわすために、礼慈は自分の服に目を向けて、ちょうどよく持っていたポケットティッシュを取り出した。

「涙をふいた方がいい」
「うん……」

 涙の気配が残る声でティッシュを受け取った少女の声が礼慈の耳に心地よく響く。
 思わず伸びそうになる慰めの手を引っ込めて、少女が落ち着くのを待つことにした。

 柔らかく光を受け止める髪や吸い込まれそうな瞳。透き通る声。童話の世界から少女のためにあつらえて送られたかのような可憐なエプロンドレス。それらから感じる印象は精霊や妖精のようだが、先端がハート型になった尻尾や腰から生えた飛ぶためというよりは装飾的な意味合いが強そうな羽から察するに魔物。それもサキュバスであるようだ。

 どのような種族にせよ、魔物であるのなら礼慈から話しかけられるのを怖がってまた泣き出してしまうということもないだろう。
 深入りしようとしている自分に無自覚なまま、礼慈は少女たちに訊ねた。

「突然泣き出すにしても、そのきっかけになった事が何かあったと思うのだが、それについて心当たりはないのかな?」

 少女たちは戸惑いの表情のまま互いに顔を見合わせた。

「普通に話してただけで……」
「何もしてない……よね?」

 魔物と人間の児童たちの意見交換は数秒続き、まとめ役らしいドラゴン娘が皆を代表するように一歩前に出た。

「リリが突然泣き出してしまった理由は一緒に居た私たちにも分からない。しかし、いじめや差別のようなものは一切なかった。そのことは私が家名にかけてちかってもいい」

 仰々しく言うのは自分たちが原因ではないと明らかにしておくべきだと感じさせてしまったからだろう。意図しないままに糾弾するような雰囲気を出してしまっていたかもしれない。

「君がそこまで言うのなら、間違いないな」

 プライドが総じて高いドラゴンのような種族がそこまで言うのであれば、本当にそのようなことはなかったと断じていいだろう。

(この子も泣いているし、この場で原因を追及はできないな)

 あとはリリと呼ばれた少女を保健室に送り届けて、誰か教師に後を任せればそれで先輩としての役目は十分果たしたことになるだろうか。
 そう算段していると、礼慈が周囲の皆を疑っていたと理解したのか、少女が慌てて言ってきた。

「ごめんなさい、お兄さん。みんなは悪くなくって。わたしが、その、体の調子が悪かったんです」
「そのようだ。驚かせてすまない。
 さあ、体調が悪いのならば保健室にでも――」

 言いかけると、頓狂な声が飛んできた。

「コラー! そこの生徒! 無理やりお兄ちゃんになる気じゃな!」

 いまいち意味を取りかねる発言に、しかしその場に居る全員が声の主が誰なのか把握した。

 羽を打ち鳴らす音と共に廊下をすっ飛んで来たのは幼い女の子の外見をした魔物だった。
 女の子は蹄の音をカツン、とたてながら着地すると、礼慈をもこもこの獣毛で覆われた手で指さした。

「そういうのも悪くはないがのう。いたいけな幼女のお兄ちゃんになりたいというのなら、させるべきなのは泣き顔よりアヘ顔じゃろう!」
「大変な誤解があります」

 勢い込む幼女に冷静に返す。

「ふぇ?」と幼女が呟いて出来た間に、人間の少女が「こんにちは教頭ちゃま」と挨拶する。

 彼女こそ、先程思案に上がった教頭ちゃまだ。
 揉め事を聞きつけてやってきてくれたのだろう。そして来てみたらドラゴン娘が人相の悪い上級生から少女や他の皆を守るように立っている。

 礼慈が少女を泣かせたと取られてもおかしくない状況だ。
 どう説明しようかと礼慈が考えていると、泣いていた少女が自分から新たに現れた年上に調子が悪かっただけだと言葉を重ねた。

「ん? そうなの?」

 教頭ちゃまが問いかけてくるので頷く。

「その通りです。俺も教頭ちゃまと同じで、声を聞いて駆けつけたんですよ」
「それは、疑ってすまないのじゃ」

 こころなしかしょぼんとした調子で言うと、彼女はこう付け加えた。

「まあ、これも何かの縁。お主、なかなか素養がありそうじゃし、ここは一つサバト守結学園支部に参加する気はないかの?」
「俺ん家はバッカスの信者なので遠慮しときます」
「なんじゃーそうなのかー ……」
「ええ」

 正確には酒の神バッカスを信奉しているのはサテュロスである礼慈の母であって彼自身は信者ではないのだが、ここで教頭ちゃまの誘いを受けるのは何か危険な臭いがした。

「ちぇー残念じゃのう」

 チラチラと上目遣いで無言の内に改宗を迫る教頭ちゃまに目を合わせないようにしていると、逸した先で少女と目が合った。彼女は何か言いたげに口をもごもごさせている。
 教頭ちゃまが言葉よりも雄弁な視線で礼慈に訴えかけているせいで声をかけづらいのだろう。

「リリ……でよかったか?」
「――あ、は、はい!」

 こちらから声をかけてみると、良い声で返事があった。教頭ちゃまの登場が良くも悪くもインパクトが大きかったようで、涙の気配は声からはすっかり消えている。

「気を遣わせた。許してくれ」
「あ、いえ、わたしも、心配させてしまってごめんなさい」
「いや、そこは別に構わない。だけど、体調が悪いのなら早く保険室に行った方がいい」
「は、はい……あの」
「リリ……リリ……おお、思い出したのじゃ」

 ぽん、と教頭ちゃまが手を打つ。

「ご母堂のネハシュ殿からよろしく、と言われておる。うむ、そうか。お主がリリか」

 どうやらリリの母親について知っているらしい教頭ちゃまは、礼慈たちに向けて言った。

「ではこの子は儂が保健室に連れて行くのじゃ。見たところそう深刻な体調不良でもなさそうじゃし、お主らはあまり気にせずもう帰ると良いぞ」

   ●

 その言葉をもって教頭ちゃまが場を仕切り始めた。
 礼慈などよりよっぽど頼りになる大人だ。後は任せていいだろう。

「それでは、俺はこれで失礼します」
「うむ。ご苦労様じゃったの」
「いえ、俺はなんにもしていませんよ」

 謙遜ではなく本心からそう言って、礼慈は少女たちに背を向けた。
 と、その背中に声がかかる。

「あの!」
「……?」

 振り返るとリリがポケットティッシュの残りを差し出してきていた。

「あの、これ、それと、お仕事中なのに心配して来てくれて、ありがとうございました」
「いや……どういたしまして。お大事に」

 感謝の言葉も意外に悪くないものだと思いながら、礼慈は少女に対して、できるだけ怖くないように微笑んだ。

   ●

「ただいま戻りました」

 生徒会室に戻ると、会計で形部狸の赤殿と、彼女と共に文化祭全体の予算を吟味していた生徒会長のルアナが、上座にある自身の席を指さした。

「ご苦労。集めた企画案はそこに置いておいてくれ」

 二年の時分から二期連続で守結学園高等部生徒会長を務めるルアナはヴァンパイアだ。

 種族全体の傾向として貴族としてのプライドを持ち、人間を格下の存在として蔑むきらいがある彼女たちのご多分に漏れず、ルアナも貴族階級にない者に対しては辛辣にあたっている部分もあった。

 しかしそれも一年ほど前にダンピールの妹共々向こうの世界から連れてきた、元こちらの世界の人間の男性と姉妹揃って付き合い始めてからというもの、それまで作っていた壁のようなものが消え、付き合い辛さはなくなって気さくで世話好きな生徒会長になっていた。
 そんな貴族の姉妹を惚れさせた生徒会顧問の武彦は今生徒会室に姿はない。
 学園の仕事以外にも何かと忙しい人だから別の所で仕事をしているのかもしれない。

(そうでなければこちらは会長に任せて妹の方に顔を出しているのか……)

 そんなふうに考えていると、こちらを眺めている赤殿と目が合った。

「何か?」
「いやな? 鳴滝君、自分小等部で何やらかしてきたんかなと思ってな」
「ああ、それは私も気になるな」

 赤殿とルアナは面白そう。という表情を隠しもせずにそんなことを言った。

「やらかしてきたって。何を?」
「ふふん、しらばっくれても無駄やでぇ」
「先程教頭ちゃまから直々に君をサバト信者に迎えられないかと連絡が来たのだ」

 ルアナの言葉に諦めてなかったのか。と感嘆とも呆れともつかない感想を得つつ、礼慈はミニサイズの水筒を取り出した。

「俺にはこれがあるので。……改宗する気もないですし」

 水筒の中身は酒だ。
 魔物たちが土地から造り上げたこの学園は、ある意味でこの世界のあらゆる法の埒外にある。そのため、酒の神バッカスを信奉するものたちが奉納ついでに日常的に嗜む酒類の持ち込みも学園には黙認という形で許容されていた。

「とはいえバッカスの信者なのは君ではなく君の母上の方だろう?」

 礼慈の場合は母親がサテュロスという、バッカス神直属のような種族に魔物化している。そこを理由に酒類を見咎められた場合もゴリ押ししていた。

「これでも個人的にこいつには思い入れがあるんですよ。俺が生徒会に入った理由の何割かは酒類の持ち込みのゴリ押しに権力の背景を持っておきたいというのと好きな時に生徒会の仕事と称してここで酒を飲めるからというのがあります」

「したたかな奴め。
 私の連日に渡る生徒会勧誘はどれくらい意味をなしていた?」
「それはそれで結構なものですよ。何しろヴァンパイアのお嬢様がいきなりただの人間相手に頭下げたんです」
「そうするのに見合う人材ではあったな」
「だとしたらクラスの連中にしばらく遠巻きにされたかいがあるってもんです」
「いやなに、正当な評価だ。気にするな」

 そう言うとルアナはマントを振った。
 すると、裾からこぼれ落ちるようにして黒い塊が一つ現れる。それは羽を広げて天井に貼り付いた。

 コウモリ。ルアナの使い魔だ。
 ルアナは指の動きで窓を解錠すると、そこから外へと使い魔を放つ。

「では、残念ながら鳴滝礼慈はそちらに宗旨変えをする気は無いようですと伝えておこう」
「よろしくお願いします」
「せっかく力のある御仁に見初められたというのに惜しいな」
「その期待は重いだけですね」
 礼慈は息をついて席に座った。
「さあ、せっかく小等部の企画案を持ってきたんだから手早く仕事を済ませましょうか」

   ●

 礼慈は生徒会室であてがわれた席について、小等部から集めてきた企画案を広げた。
 そしてそのまま通しても大丈夫なもの、要議論なもの、アウト一択なものとに選り分けていく。

 全学合同の文化祭は外部の人間も招き入れる。例年入場者の何割かは魔物化したり伴侶ができたり新しい家族が出来たりして帰って行くが、あまり過激になりすぎても人類側が引いてしまいかねない。その匙加減を判断するのがこちら側の世界の人間である礼慈の大事な役割であり、また魔物たちで構成されている他の生徒会メンバーにはできない仕事だった。
 他にもあった仕事は礼慈が夏休みの補修の後に少しずつ手を加えていった結果ほとんど片付いている。
 何かと引っ張りダコなドワーフや、前任の顧問と愛情を深めるのに忙しいウィル・オ・ウィスプなど、他の役員が居ないのは仕事がないためだった。

 選別作業にしても、大して時間はかからない。手持ち無沙汰になって予算の割り振りをしている先輩二人に目をやる。赤殿の表情を見る限りでは、スポンサーの出資は上々のようだ。これは各学部の生徒会の政治力様々だろう。

「これで企画が本決まりするまで一度暇になりますね」
「そこまで急ぐ必要はあまりなかったのだがな」
「夏休みも家に居たところでやることがなかったものですからつい」

 そう言いながら礼慈はそっと要議論の組に避けていたパステル調の企画を手に取る。

「……会長、小等部でサバトの企画をやるのは詐欺に当たりませんか?」
「一概にそうは言い切れないといったところか……色で言うならグレーだろう」
「ほならセーフやな」
「と商人が言っているので企画は通そう」

 半ば諦めている口調でルアナが言い、赤殿がニヒヒと笑う。

「それで自分、小等部で教頭ちゃまにダメ出しでもしてきたん?」
「ああ、だから押しの強い勧誘が来たのか?」
「いえ、違います」
「じゃあ小さい子たちにイタズラでもしてきたん?」
「だったらここに戻って来れてません」

 何があったのか興味津々な先輩二人に、礼慈はため息交じりで小等部で遭遇した小さな事件の話をした。

「そんなことがあったのか。鳴滝の判断通り、いじめなどではないだろう。ドラゴンが誓ったというのなら、それだけで信用の担保になる……」
「その娘の調子が本当に悪かったってこっちゃな」

 赤殿の言葉に、ルアナは不意に腕組みした。

「いや、しかし全学で教頭をやっていてサバトも率いていてと、それなりに忙しいはずの教頭ちゃまが狙ったようなタイミングでその場に現れたというのは少し引っかかるな」
「そういえば、教頭ちゃまは泣いてた子のことを保護者に頼まれていたみたいでした」
「興味深いな。それなりに予想された出来事だったということか……?」

 少し考えている様子だったルアナは、やがて肩をすくめた。

「いや、鳴滝が遭遇した件とはまったく別のことを頼まれていたのかもしれない。今ここで考えても無駄か」
「あのおヒトが絡みに行ったなら問題も解決しとるやろうしなぁ。しかし、そうかあ。鳴滝君はそこでお兄ちゃんムーブしてもうたから目ぇ付けられたんやな」
「大したことはしてないですよ? 俺なんか居ても大して役に立ってませんし」

 むしろ人間の女の子を怖がらせてしまった分悪いことをした気分だ。

「こういうのは見る側の問題だからな。教頭ちゃまには響くものがあったんだろう」

 ルアナの言葉に礼慈は「そういうもんですかね」と気のない返事で返した。

   ●

 選別した企画の入力を終え、もう少し予算案を練るという先輩たちを残して教室を出る。

 秋口で、日はだんだんと短くなってきている。カッターシャツも長袖にしてはいるが、まだ上着が必要という程ではない。そんな、陽が落ちきるにはまだ早い時間帯だった。

 どこかに寄って行こうかと考えながら荷物を取りに教室へ戻ると、一組の男女が一つの机を挟んで何やら話し合っていた。
 この二人のことは小等部から知っている。友達付き合いが薄い礼慈にして親友と呼べる二人だ。

「あ、礼慈」
「スグ。もう部活は終わったのか?」
「前半だけ部活で後半は文化祭の出し物決めてるんだよ。鏡花のとこのだけど」
「つまりお前はサボり?」
「いえ、英君には剣道部公認でボランティア部のお手伝いをしてもらっています」

 メイド服のキキーモラ、大取鏡花のフォローを受けて相島英は言う。

「普段お手伝いしてもらってるんだからこういう時くらいは労働力を貸してこいって部長に言われたんだよ」
「そりゃまたご苦労なことだ。――ボランティア部はもう出し物決まってるのか?」
「ええ。皆様方のお手伝いをしなくてはいけませんから、自分たちの分は手早く決めています」

 流石、他者に尽くすことに生きがいを感じる種族だ。

「ご予算もそちらの赤殿様に枠を融通して頂いておりますので、彼女に確認して頂ければ一枠分、前倒しでお仕事が進みますよ」
「マジか。うちの鬼畜会計から先出しで予算ふんだくったのか……?」
「ふんだくるなんて、人聞きが悪いですよ鳴滝君。私たちの出し物が早く決まることによるメリットが生徒会のお眼鏡に適っただけです」

生徒会≠ニいうことは会長にまで話が通っているのだろう。抜け目がない。

「ま、お前らの所が先に動いてるからって文句言う所もないだろ」

 それだけボランティア部が皆に与えているメリットは膨大だ。

「一応秘密で頼むな」
「分かってる。生徒会(うち)も絡んでるしな」

 そう答えて机から自分の荷物を取る。

「じゃあ先に帰らせてもらう。二人は頑張ってくれ」

 そう告げて邪魔にならないようにさっさと教室を出ていく。階段を降りながら携帯を見てみると、母からメッセージが届いていた。
 家の一階で経営しているカフェ・バーで使う食材に抜けがあったので買ってきて欲しいとのことだった。
 学園からスーパーに行くとなると少し遠回りすることになる。

(することも特にないし、散歩と思えばいいか)

 お使いを引き受けた旨のメッセージを返して、礼慈は学園を出た。

   ●

(年々並ぶ食材の種類が増えてるな……)

 生鮮食品売場を眺めて礼慈はそんな感想を抱く。

 魔物たちがこちらの世界にも馴染んできたためか、普通のスーパーでも向こうの世界産の食料が並びつつあった。
 見た目的に厳しいものや、食べたら即人間をやめなければならないようなものは置いてはいないが、それでも味の良い品種は数多く、数年前と比べて品揃えも様変わりしている。

 バーで使う向こうの世界原産の果物を購入してスーパーを出た礼慈は、向かいにある公園に足を向けた。

 こちらを通る方が家には早く着けるのだ。
 スーパーの敷地と同程度の広さがある公園は、敷地を二重の生け垣に囲まれ、更に木々が植えられていた。
 花壇や木の密集した辺りには休日の昼になると植物系の魔物たちの憩いの場になっているし、ベンチやすべり台。鉄棒や砂場にアスレチックとなかなか充実した遊具たちはそれ以外の種族にも人気だった。
 夜は夜で、二重になった生け垣の間でそういう@p途に大人気という噂もあるが、礼慈自身は確かめたことはない。
 わざわざ野外でシても汚れたりして不便だろうに、物好きな奴らも居るもんだと思いながら公園を眺めていると、ブランコに一人腰掛けている少女が目に入った。

 蜂蜜色の髪には見覚えがある。

「リリ……?」
「……ぁ」

 呟きに気付いた彼女が振り向いた。
 特に用事もなく名を呼んでしまったことを気まずく感じ、適当に会釈をしてその場を去ろうとした礼慈は、目が合った彼女の瞳から涙が流れていることに気がついた。

   ●

「こ、こんにちは」

 リリはブランコから降りてちょこんと頭を下げ、目元を拭って駆けてきた。
 軽く挨拶して去るつもりだった礼慈も、こう動かれては立ち去れない。

(……まあいいか)

 泣いていたらしい所も気にはなる。話を聞けそうなら聞いてみるのもいいだろう。

「あの、こんにちは、お兄さん」
「こんにちは」

 ぺこりと頭を下げ、握った手を胸元に寄せながら彼女は言った。

「わたし、リリ・アスデルっていいます。あの、あの時お名前きけなかったから、よかったらお兄さんのお名前、教えてくれませんか?」

 丁寧に言われて少し戸惑いながら、礼慈も丁重に聞こえるように注意して自分の名を名乗った。

「鳴滝礼慈だよ」
「れいじさん……レイジさん」

 リリは飴玉でも転がすように礼慈の名前を繰り返す。礼慈の名を口にするたびに口元が嬉しそうな円弧を描くのが、見ていて何ともむず痒い。
 しかしながら彼女はこういう表情をしている方が一層魅力的だった。

「時間を持て余していたところなんだ。リリさえ良ければ立ち話もなんだし、あっちで話さないか?」

 ベンチを指差すと、リリは顔を輝かせた。

「いいんですか?」
「こっちこそ、俺なんかでいいのなら」
「すごくうれしいです! わたしも時間……どう過ごそうかって思ってて、ご本もクラスに置いてきちゃったし……」

 表情に影が差す。礼慈は彼女の思考を他所に向けるために自動販売機を指差した。

「何を飲む?」
「え?」

 リリが戸惑っている間に硬貨を投入する。そうして彼女に顔を向けて、

「人間用の飲み物は口に合わないか?」

 もしかしたら特殊な食性の子かもしれないので念のために訊ねると、リリは「いえ」と首を振って、おずおずと言った。

「あの……、それじゃあミルクティーをお願いします」

   ●

 買ったミルクティーを渡してベンチに並んで腰掛ける。

 水筒を傾け、喉を焼くような酒精を取り込み、礼慈はリリの涙を流したために充血している目を見た。
 常磐の瞳と翳りつつある陽光が合わさって、彼女には悪いがその様は恐ろしいほどに綺麗だ。

(この子から綺麗とか可愛いとかしか感じられないのか俺は)

「あの後、丸く収まったというわけじゃなさそうだな」
「はい……」

(……ミスった)

 痛々しい反応に、余計なことに回していた思考回路を総動員して励ましの言葉を捻り出す。

「体調不良なんてよくあることだ。あまり気にしなくても良いと思うぞ」
「でも、わたし、それでみんなとうまく遊べなくなっちゃって、最近はずっとそうで……わたし、だめな子なんです」
「とてもだめな子には見えないけどな」

 首を振るリリ。
 礼慈は口端を皮肉に歪めた。

「そういう意味ではリリより俺の方がひどいぞ? 友達が最近遊んでくれないからな。一人ぼっちだ」

 突然の告白にキョトンとするリリに苦笑を向ける。
 礼慈は確かに凶相だが、友人がいないわけではない。の、だが、彼は今高等部二年だ。大学まで揃っている守結学園だが、大学は後の楽しみにとっておいて高等部卒業と共に学園の外の世界に飛び込む者も多い。そういうものたちにとってはこの時期は生の転機でもある。
 各々の自意識や事情、信条に縛られて長く異性との関係を深めてこなかったものたちも、卒業という別れが近付いているのを身近に感じて積極的な行動に移ることが増えた。その結果、最近めでたく結ばれるものたちが増えている。

 身近なところでは、教室で会った礼慈の数少ない親友である英と鏡花。
 あの二人は互いに好きあっていながら変に真面目過ぎて幼馴染の関係を進められていなかったのだが、夏休み前になって子作り休学を使う熱愛っぷりで結ばれたことを周りにアピールしてからというもの、同学年内でのカップル誕生率はうなぎ登りだった。

 そんな最近の流れに、礼慈は取り残されていた。

 とはいえ、好いている者もおらず、女性をどちらかというと苦手としている礼慈はそもそもその流れに乗るつもりもない。
 流れに乗っていないこと自体はなんとも思わないが、現状周りの友人たちは生涯の伴侶となるであろう存在との学園生活というシチュエーションを満喫しており、それに割って入るのはためらわれた。

 そのため、友人が多くはない彼は時間を持て余してしまい、役員入りするまでは乗り気ではなかったはずの生徒会の仕事も率先してこなしているという状態になっている。
 それも目立ったものは一段落ついてしまった。
 そのようなわけで、

「君のようなかわいい子とお話ができるのは嬉しいよ」

 だめな子などと言う彼女の自信になるだろうかと思いながら告げると、リリの耳が跳ねた。
 彼女は嬉しそうというよりも焦ったようにそわそわしながら、

「あ、あの……っじゃあ! 私とお友だちになりませんか?!」

 早口でされた誘いに、礼慈は面食らった。
 友達なら不意に出会った礼慈のような男などよりよっぽどふさわしい、今日一緒に居たような子たちが居るだろう。

(むしろ俺なんか友達にしたら人間の友達が寄ってこなくなるんじゃないか?)

 答えを返さずにいると、リリが不安そうな表情になった。

「ごめいわく、でしたか?」

 跳ねていた耳も萎れてしまい、明らかに意気消沈しているリリ。ともすれば、また泣き出してしまいそうな彼女の危うさに、礼慈は「とんでもない」と首を振って安心を促した。

「あまりストレートに友達になろうなんて言われたことがなかったから驚いただけだ。友達になろう」

 そんな言葉で沈んでいた表情が一瞬で輝く。
 その表情を見て、礼慈は自分は正しいことをしたと確信した。

 リリのことはルアナ会長が気にしていたし、どうにも問題の根も深そうだ。先輩として何かしらできることがあるかもしれないし、そういう意味では友達になっておくのは悪くない。
 そんな風に自分の判断が間違っていないことを検証していると、リリがランドセルを開けて小さな袋を取り出した。

「お近づきのしるしに、どうぞ」

 彼女が差し出してきた袋の中にはクッキーが入っていた。

「これは……?」
「今日クラスで作ったんです……あ、みんなで一回味見はしてありますから、その、おいしいと思います」

 袋の中からは甘い柑橘系の香りが漂ってきた。
 廊下で始めて見た時に感じた匂いはこれだったのかと思いつつ、礼慈は「遠慮なく」とことわって一つのクッキーを摘んだ。

 サクッとした軽い歯ごたえと共に、バターと柑橘の爽やかな香りが口の中に広がる。

「うん、美味い」
「よかったです」

 礼慈の感想に心底嬉しそうにしながら、リリもクッキーを摘み、「いただきます」とミルクティーを飲む。
 それに合わせるように、礼慈は水筒の酒を喉に通して、さてどのような話をしたものかと話題を考える。

 自虐で友人の話題を出してしまったが、友達となにやら揉め、今もその状態を引きずっているらしいリリ相手に友人関係についての話題を振り続けるのはいじめのようなものだろう。
 教頭ちゃまに事情聴取はされただろうし、いわば外様の礼慈からあえてその話題を掘り下げるのは興味本位の野次馬のようで好ましくない。避けるべきだ。

 かといっていつまでも無言ではせっかく二人で一つの場を共有している状態に空気が馴染み始めたというのに気まずくなってしまう。
 何か共通の話題として適当なものはないかと考え、礼慈はふと、昔の担任教師のことを思い出した。

「時にリリ」
「はい?」
「小等部にアヌビスのエフテラームという先生が居ると思うんだけど、知ってるか?」

 その名を聞いて、リリは「あ」と呟く。

「エフテラーム先生はわたしたちの担任の先生です」
「それは縁があるな。俺が君くらいの時の担任もエフテラーム先生なんだ」
「そうなんですか?」

 乗ってきたリリに礼慈は少し意地の悪い笑みをみせる。

「結婚したら辞めると言ってた先生がまだ居るということは、まだ結婚できてないみたいだな」
「先生はわたしたちにもけっこんしたらこきょうのピラミッドに戻るつもりですって言ってました」
「そうかそうか。誰か相手は居そうか?」
「分からないです。でも、先生がいなくなっちゃうのはさみしいけど、先生がしあわせになれるならうれしいですから、いてくれるといいですね」
「……ん、まあそうだな」

 汚い話の振り方をしたところを純真な瞳で返答された。こう、生き物として敗北感を覚える。

「……きっと今でも教え導くことに真面目すぎてよそ事が疎かになっているんだろうな。いい出会いがあればいい」

 当時から公正で勤勉だった女教師が運命の相手に出会う機会に恵まれることを罪滅ぼしのように祈り、礼慈はリリへの問いを重ねた。

「あの先生の授業はどうだ?」
「うーん、むずかしいこともあるけど、楽しいです」
「苦手な教科はあるのか?」
「苦手……あ、漢字は形を覚えるのが少し苦手かもしれません」
「ああ、君たちの世界の人たちだとジパングと霧の大陸……だっけか? その辺りの人以外は漢字は馴染むのに手間取るって聞くな」
「絵を覚えるようで、少しむずかしいです。なので最近は図書室でこちらの世界のご本を読んで言葉が使われているところをいっぱい目にして覚えようとしています。そうすると漢字の形がイメージしやすくなるんですよ」
「本か、偉いな。最近はどんな本を読んだんだ?」

 問うと、あまり物語を読まない礼慈でも知っている児童書の名前が出てきた。
 それは幼い女の子が不思議な世界を冒険していくというお話で、

「お家で読んでたらお母さまにしょうらい、あなたもこういう世界に行くことになるかもしれないから自分ならどうするか、考えておいてねって言われました」
「不思議な世界への冒険が決まっているってのは……すごい話だな」

 よくよく考えてみたら、礼慈が生まれたこの世界こそが彼女たちにとっての不思議の国ともいえるのだ。
 リリの母親にしてみたらこの世界で独り立ちすることをそのように言っているのかもしれなかった。
 もしそうだとしたら、

「面白いお母さんだ」
「はい。すごくかっこいいお母さまなんです。それにお姉さまたちも、すごくきれいなんです」
「へえお姉さんたちもいるのか。学園には通ってるのかな?」

 サキュバスは全学通してもそれなりの数が居る。もしかしたらリリの姉が同学年に居るかもしれないと思って問いかけると、リリは「いいえ」と首を振った。

「お母さまがわたしを連れてこちらの世界に来た時に、何人かのお姉さまたちもこちらに来たんですけど、お姉さまたちは学園ではなくて、こちらの世界でお仕事をしています」
「そうなのか。じゃあお姉さんたちを俺が知ってるってことはなさそうだな」
「そうかもです。でも、わたしはそれでよかったなって思います」
「そうなのか?」
「はい。だって、お姉さまたちを知っていたら、すてきなお姉さまたちですもの。レイジさんもお姉さまたちに夢中で私にかまってくれなかったかもしれません」

 そんなことを言う彼女はどこか誇らしげだ。
 家族について饒舌に話す様子から、とても家族仲が良いのだろうということが伝わってきて微笑ましくなる。
 と、リリの方からお返しとばかりに質問が飛んできた。

「レイジさんのご家族はどのようなかたなんですか?」
「そうだな……」

 苦笑いが浮かぶ。
 そも、こちらの世界にまで来る魔物娘たちは地位が高い者が多い。
 そういったお歴々と比べると語るような所は出てこないのだ。それでも彼女らが気にしそうな話題があるとすれば、

「母は数年前にサテュロスに魔物娘化した人間だな」
「そうなんですか?!」

 予想通り、彼女は魔物化した人間についての話題に食いついてきた。

「あの、お母さまは人であった時と何か変わりましたか?」
「変化か……」

 性格の変化、のように感じられたものも、今考えると元々の性格が向かう先を変えるようになったとでもいおうか――

「感情的にどっしりと落ち着いたようになったかな」

 話に聞く程愛欲に一直線というものでもなく、

「前より明るくなって、経営してる店でお客さんとの話を楽しんでるよ」

 礼慈から見た母の様子をそのままに話す。とはいえ結局のところ人間である礼慈としては人から魔物になった母の内面までは正確に推し量ることはできない。どうにも上手い言い回しが浮かばずぼんやりとした説明になってしまった。
 聞き手のリリにしてみれば聞いたところで理解できないことだろうと思ったが、リリは意外にも深く頷いた。

「レイジさんのお母さまはすばらしい方なのですね」
「いや、ただの飲食店経営者だぞ」
「バッカスさまの教えを広めておられるのですよね」
「いや、ただ酒を振る舞って皆と談笑するのが好きなんだ。たぶん布教とか、そういったことは考えていないと思う」

 そうまで他人に家族のことを褒められるのはどうにも落ち着かない。礼慈は話題を転換することにして、語学の教科書に載っている物語の内容を引き合いに出した。

   ●

「それで、イナリのコリンちゃんがですね。『私ならはじめから化けて彼に会いに出て行って病気のお母さまのお世話もするし彼には食べ物だけじゃなくて私のぜんぶをあげる』って言ってたんです」
「過去のトラウマが消えていくようなロマンスが見れそうだな」

 教科書に載っていた狐と男の悲しい結末の物語に魔物らしい落ちが着き、更に他の物語に話題が伸びていく。そうしている内に陽が暮れかけていた。
 空は半ば以上暗くなり、一等星が瞬いているのが見える。

「もうこんな時間か」
「……あ、もう帰らなくちゃ」

 気付けばリリとクッキーを摘み始めてからもう一時間近く過ぎていた。
 結局リリが引きずってしまっている問題については彼女の口から自然とこぼれてくることはなかった。
 その分、意外に弾んだ会話の中でリリがどういった娘なのかは理解できつつあった。

 彼女は端的に言って賢い。読書の成果だろうか。こちらが転換した会話の流れに乗る流れも、話に出てくるクラスメイトの様子について話す言葉の選び方も分かりやすい。
 感心するばかりだ。
 それに、礼慈としてはありがたいことに、リリとは話をしていても疲労を感じることがなかった。

(まあ、魔物の娘とはいえ、子供だしな)

 自分が苦手とする対象からずれていたということだろう。もう少し早く公園に来ていればもっと長く話をすることができたのにと、少し残念に感じられるくらいには礼慈はリリとの会話を楽しんでいた。

「少し、ざんねんです」

 リリはすっかり冷めているであろうに大事そうに抱えていた缶の残りを飲み干した。
 夕日に照らされた蜂蜜色の髪がきらめいている。
 それに見惚れていると、リリが口を開く。

「あ、あの」
「――うん?」

 はっとして受け答えると、リリは缶を弄びながら上目遣いに訊ねてきた。

「あの、レイジさんのことレイジお兄さまってお呼びしてもいいですか?」
「……うん?」

 礼慈には兄弟は居ない。呼ばれ慣れない呼称に頭が一瞬追いつかなかった。

「だめ、ですか……?」

 そのような状態で潤んだ瞳で、更に夕日のせいか顔も赤らめた妖精のような美少女にこうダメ押しされては、無碍にすることなどできようはずもない。

「ああ、もちろんいいよ」

 半ば無意識で応じると、リリはとろけるような笑みを見せた。

「よろしくお願いします。レイジお兄さま!」

18/08/05 11:36更新 / コン
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■作者メッセージ
というわけで、魔物娘図鑑の世界から見た異世界にある、とある学園の生徒を主軸にした作品の第三弾です。
 今回はサバト本も発売間近ということで! アリスちゃんを巡る物語でございます。

 前々作『かたわらのかたわれ』での主人公の親友ポジだった子が主人公として展開する感じです。
 時系列的にも最新の物になりますので前作『血の契り』よりもより濃厚に続き物という感じですが、『かたわらのかたわれ』『血の契り』を読んでいなくても問題ない構成ですのでアリスちゃんが好きなんじゃー。幼い子以外駄目なんじゃー! という敬虔な紳士淑女の皆さまにも安心であるよう努めております。
 ただ、同一舞台で展開する以上は多少は繋がりを持たせておきたい遊び心も作者的にはありますので、お時間余裕のあるお方は前作や前々作など読んでいただけるともちょっと舞台の枠が広く見えるかもしれないです。

 では、例によってちょいと長めの物語となるかと思いますが、アリスの魅力とえっちな感じが存分に出るよう頑張る次第です。
 エロはもう少し後になる感じです。ねっとり系でいく予定……!

 では、お付き合いお願いします。

 感想・投票などあると執筆ペースが上がりますのでぜひぜひ!

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