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天野美緒の回想4
 板チョコ製のドアをくぐって、リビングに案内された。ビスケットやワッフルでできた床や家具、飴細工のシャンデリア。土足厳禁で、スリッパはふわふわのマシュマロ製。

「ほら、座りなよ。食べかけだけど」

 勧められたソファはシフォンケーキ。背もたれにかじった跡があったけど、座るとすっごいフカフカ。幸せな気分になっちゃう感触。
 現実離れにもほどがあるけど、現実だったわ。お菓子の家も、そこに住む魔女も。

「紅茶とコーヒー、どっちがいい?」
「あ、じゃあ紅茶で」

 私が答えた直後、ティーポットとカップが勝手に飛んできて、湯気を立てる紅茶を淹れてくれた。

 マルガちゃんは家に入った途端、学校の制服からいかにも魔女っぽい黒い洋服と、とんがり帽子(こっちはすぐに脱いだ)という格好に変わった。おとぎ話と違うのは、マルガちゃんはお婆さんじゃないってことと、その服がやたらセクシーなこと。胸が思いっきり開いてて、ちょっと暴れたら乳首見えちゃうんじゃない? ってくらい。
 下半身も裾が短くて、白くて作り物みたいに綺麗なふとももに、ガーターベルトが丸出しだった。女の子同士なのに何だかドキドキしちゃった。というか、お肌綺麗すぎ。

 紅茶に映る自分の顔を見ながら、身の安全も心配になった。だって迷い込んできた子供を太らせて食べようとする魔女だったでしょ、ヘンゼルとグレーテルの話って。
 なんか色々パターンがあるらしいけど、私が子供の頃聞いた話だと、グレーテルが魔女を窯に閉じ込めて焼き殺して、兄妹揃って家に帰った。でもふと空を見上げると、魔女の婆さんが箒に乗ってどこかへ飛び去っていくところだった。

 魔女が死んだりするもんかね! お菓子の家には気をつけな!
 そう言って高笑いしながら。

「安心してくつろいでよ。人間を食べるなんてイマドキ流行らないし」

 私の思ってることを見透かしたみたいに、マルガちゃんは笑う。

「……魔女にも流行り廃りがあるわけ?」
「まあね。その辺も含めて、知りたいことは教えてあげる。お菓子でも食べながら、ね」

 あの子がパチンと指を鳴らすと、今度は大皿が飛んできた。一口サイズのプチシューを山盛りにして。

「ああ、ボクたちのお菓子は食べても太らないから、安心して」
「……ホントに?」
「ホントホント。魔法で作ってるから。むしろ体の調子、良くなってない?」

 そう言われて、ああ、そういうことだったんだなと思った。最近感じる高揚感も、夜ぐっすり寝られるのも、便秘が治ったのも、お菓子に込められた魔法のおかげだったんだ、って。
 少なくとも、食べても太らないっていうのは本当だろうなとは思ったわ。マルガちゃんもハリシャちゃんも、スタイルめっちゃいいし。露出度高い服になって尚更際立ってたし。

「じゃあ、いただきます」

 狐色のプチシューを摘んで、口に入れる。空気をふくんだ生地がプシュッと潰れた。昨日のと同じ、濃厚なカスタードの味が広がった。自然に笑顔になっちゃう。
 マルガちゃんも「割とよく出来たかな」なんて言いながら、美味しそうに食べてた。紅茶も良い匂い。

 で、そのとき玄関の方から「ただいま」って声がした。ハリシャちゃんが帰ってきたんだ。マルガちゃんと一緒に「おかえりー」って返す。

「……あら、くつろいでくれてるみたいね」

 リビングに現れたハリシャちゃんも、服が変わってた。紫の生地に銀糸で刺繍がされた、何となくアジアンテイストのローブに。頭には帽子じゃなくフードを被ってて、チョコレート色のお肌と相まってエキゾチックな雰囲気。マルガちゃんのより露出度は低いけど、胸はちゃんと谷間を出してた。

「マルガが案内したんじゃ、怖がらせちゃうかと思ったけど」
「そんなことしないよー。ただ箒にムリヤリ乗せて宙返りしただけだし」
「いや、メチャクチャ怖かったから。ってかまだパニクってるよ私」

 私がツッコミを入れている間に、ハリシャちゃんは買い物袋の中身を棚へ移していた。お茶の葉とコーヒー豆をね。

「二人とも普通の人じゃないとは思ってたけど……魔女が実在したって何よ……」
「ま、この世界の魔女狩りとかは、ほとんど勘違いかでっちあげだったみたいだからね」

 話しているうちに、棚に置かれたコーヒーミルが勝手に豆を挽き始めた。ハリシャちゃんはコーヒー派みたい。

「例えば薬草とか、天文とか、そういう知識がズバ抜けてる人を周りが魔女だと思い込んだり。嫌いな人を魔女だとでっち上げたり」
「だけどごく稀に……わたしたちの世界から本物の魔女も来てたみたいね」

 フードを脱いで綺麗な髪を出して、ハリシャちゃんもソファに座った。そしたらまた大皿が飛んできた。今度はチョココーティングされたマシュマロの山。
 お菓子は美味しいけど、それ以上に二人の話が気になってた。

「それってつまり……異世界、ってやつ?」
「うん、そう。ボクが生まれたのはドラゴニアっていう国の山奥でね。この森は故郷をイメージして作ったの」
「作った」

 いきなりスケールの大きいことを言われた。お菓子の家ばかりか森まで作ったとか、どこまでも想像をぶっ超えてる。

「ボクたちだけでやったわけじゃないけどね」
「ま、ゆっくりしていきなさい。貴女が言ってた『つまらない毎日』も、今日からマシになるかも……」

 そう言うハリシャちゃんの笑顔はなんというか、妖艶だったわ。魔性の女、ってヤツ?
 でもなんとなく優しくて、思いやりがある……そんな子だと思った。

 マシュマロもふわふわで美味しいし、紅茶も良い香りで、段々安心してきた。そしたら逆に、ワクワクした気分になっちゃった。二人のことをもっと知りたいっていう気持ちが、また湧いてきたの。

「ねえ、魔法ってどこで習うの? 異世界にはそういう学校とかあるの?」
「あるけど、ボクは全部お母さんから習ったよ」
「わたしはマルガのお母様に弟子入りしたの」
「じゃあ、お母さんも魔女なんだ?」

 いいなー、って思った。まあもしかしたら魔女のお母さんも勉強勉強うるさいのかも知れないけど、話してて実りがありそうなのは二人を見れば分かったもん。

「あ、ちなみにボクたち、正確には魔女じゃなくて『ダークメイジ』っていうの」
「どう違うの?」
「一番違うのは見た目だね。魔女は一生子供のままで、ダークメイジは大人にもなれるから」

 ニヤッと笑って、見せびらかすように開いた自分の胸を指さすマルガちゃん。ちょっとだけイラッときた。ちょっとだけね。

「あと、魔女はみんなサバトっていう組織に入ってて、大悪魔バフォメットに仕えてるの。ボクたちダークメイジは基本孤立主義」
「どっちが上とかはなくて、方向性の違いね。魔女は自分を含めた集団のみんなのために。わたしたちは自分の欲するままに力を使う」

 話してる間に、ハリシャちゃんのカップにコーヒーが注がれた。なんかトルコ石みたいな水色に、金色の装飾が入ったカップ。なんかあの子のエキゾチックな感じに似合ってた。
 マルガちゃんの方は皿のお菓子だけじゃなく、シフォンケーキでできたソファもむしって食べてた。私も真似してみたら、これがフワフワでしっとりしてて、紅茶によく合うのよ。

「まあ、人間からは一緒くたにされることが多いし、わたしたちも面倒だから魔女って名乗ることも多いわ」
「呼び名には拘らないよね。サバトの方はどうだか分からないけど」
「ふーん……お菓子作りとか空を飛ぶとか以外だと、魔法でどんなことできるの?」

 ダークメイジ、って名前が気になって、ちょっと訊いてみた。なんかゲームの敵キャラっぽい感じがしたから。

「色々できるよ。病気を治したり、作物の成長を早めたり、未来を占ったり……」

 ああ良かった、と思う答えだった。ここまで来て実は悪い魔女でした、なんてなったら酷過ぎるし。
 けど、その後。

「あと得意なのは、人間を怪物に変えることかな」
「ぶっ!」

 さらっととんでもないのが出てきて、思わず紅茶を吹いちゃった。すぐに布巾が飛んできて、ビスケットでできたテーブルを拭き始める。お菓子のお皿は吹き出す瞬間に自動で空中に退避したから被害なし。
 むせ込んだわたしの背中を、ハリシャちゃんが笑いながらさすってくれた。「大丈夫?」って。でもその手つきはなんとなく、私が逃げ出さないようにしている気がしたわ。

「マルガ。友達を怖がらせちゃダメでしょ?」
「アハ、ごめんごめん」

 ハリシャちゃんはまるでお母さんみたいな口調で、マルガちゃんを嗜めた。私は何回か咳をして、気管に入りかけた紅茶をなんとか追い出した。
 もうこうなりゃストレートに訊いてやることにしたわ。

「け……結局、良い魔女なの? 悪い魔女なの?」
「それは見方によって変わるわ。わたしたちのことを知った上で、貴女が決めなさい」

 ハリシャちゃんは優しく諭すように言う。

「例えば、『大人になれなくなる魔法』と『子供のままでいられる魔法』。どっちが良い術で、どっちが悪い術だと思う?」
「……どっちも同じ?」
「そう。見方によってネガティブにもポジティブにもなる。どんな魔法もそうよ」
「いや、でもさすがに人を怪物にするって……」

 それもポジティブに捉えろっての?

 すると、マルガちゃんが棚に向けて手をかざした。中段あたりに置かれた紫色の水晶玉(っぽく見えるデカい飴玉。ぶどう味)がふわっと浮き上がって、あの子の手に乗った。

「じゃあ、見せてあげる。ボクが魔物に変えた女の子」

 白い指が色っぽい動きで球体を撫でる。なんかえっちな手つきだった。
 そしたらだんだん、玉の表面に映像が現れた。

「はい、これが人間だったとき」
「うわ!」

 思わず声が出た。そこに映っていたのは確かに人間の女の子だった。肋骨が浮き出て、骨と皮だけってくらいガリガリに痩せて、全身傷だらけの女の子。その手をマルガちゃんが優しく握って、椅子に座らせていた。

「言っておくけど、この子は元々奴隷で虐待されてたの。わたしたちが乱暴したわけじゃないわ」
「この後儀式をしたんだけど、半日かかったから最後まで飛ばすね」

 正直ドン引きしたけど、すっと映像が消えて、再び現れた。今度は……鎖で椅子に縛り付けられた女の子が悶えているところ。苦しいんでいるのかと思ったけど、何かおかしいことにすぐ気づいた。
 どんどん肉付きがよくなってたの。骨の形そのままみたいな手足も、肋が浮き出てお腹だけが膨らんだ体も、綺麗で健康的な女の子の体に近づいていった。どこがとは言わないけど、膨らむべき所も膨らんでいって。

 私はいつの間にか見入ってた。
 髪の毛が盛り上がったと思ったら、二本の角が生えてきて。
 腕の皮を突き破って、デカい爪みたいな骨が出てきて。
 その骨を鱗と皮が覆って、腕が翼になって。
 脚にもゴツゴツした鱗が生えて、爪は鋭く伸びて。

 鎖が突然千切れたかと思うと、女の子は半ば怪物になった体で立ち上がって、今度は四つん這いになった。すっかり魅力的になっちゃったお尻から、ちょこんと飛び出た尻尾が、長く伸びていく。
 かと思えば、足元に水溜りができていた。

「魔物になるのって凄く気持ちいいから、思わず漏らしちゃう子って結構いるのよ」
「ともあれ、ワイバーンのできあがり」

 ワイバーン。ゲームで聞いたことがあるモンスター。背中に翼があるんじゃなくて、前脚がそのまま翼になってるドラゴンの一種。
 でもその子は手脚と角、尻尾以外は人間の形をしてた。元の面影はあるのに、ずっと綺麗で可愛くて強そうな、女の子の怪物になってたのよ。ぽーっとした笑顔を浮かべて、ね。

「人狼やアンデッドならともかく、ドラゴン属に変えることができる魔女は……なかなかいないわ」
「お母さん直伝の秘術でね。ドラゴニアは竜の国だから、ボクたちもドラゴンやワイバーンとは縁があるんだ」

 二人の話はちゃんと聞いていたけど、それ以上に妙な興奮を感じてた。人間が人間じゃなくなる様子に、ね。こんな恐ろしい力を自在に振るえるのって、どんな感じなんだろう。

 私にもこういう凄い力があれば、どんな人生になるのかな。
 もしそうなったらケンちゃん、ビックリするだろうな。
 人間よりもっと凄い自分になるのって、どんな気分なんだろう。

 そんな考えが頭を巡ってた。

「……これってさ、もう人間には戻れないの? 女の子じゃなくて、完全にドラゴンの姿にするとかは?」
「ああ、ワイバーンは自分の意思でいつでも竜の姿になれるよ。人間には戻れないけど、人間に化けることはできるし」

 うわぁ、超カッコいいじゃんって思った。
 倫理的なことなんてどうでもいい、魔法ってスゴイ。そう思っちゃった私は元々ヘンタイか、それともサイコパスだったのかな。それもどうでもいいコトだけどね。

「こういうのに興味湧いた? ならもうすぐ楽しいことになるよ」

 マルガちゃんが意味ありげに笑って、紅茶を一口飲んで。
 そして、とんでもないことを言った。

学校の女の子、一人残らず魔物化させる予定だから
「ちょっとマルガ、機密事項よ」

 唖然とする私。ハリシャちゃんは相方をたしなめたけど、マルガちゃんは「いいじゃん別に」って笑ってた。

「だからさ。ミオちゃんもダークメイジになって、一緒に楽しまない?」
「え……」

 魔女になれる?
 その瞬間、嬉しさが顔に出ちゃったかもしれない。二人がどれだけ恐ろしいことを企んでいるかなんて、気にもしないで。やっぱり私って元からサイコパスの素質があったのかもね……二人に出会わなかったらどうなってたんだろ。まあ母親がやたら厳しくて父親の影が薄い家庭って、子供が犯罪者になりやすい環境らしいから……とりあえず親のせいにしとくわ

「……なれるの? 私が?」
「なれるよ。ハリシャも元は人間だったし」
「ダークメイジになるには欲望が必要。何が欲しい、何がしたいっていう強い欲がね」

 話している間、空になった私のカップへ自動的にお茶が注がれる。けどお茶菓子を食べる手も止まって、二人の話に聞き入ってた。

「ボクたちみたいな力があったら、使ってみたい? 現状を変えたい?」
「……うん」
「人間であり続けることに、何か意味を感じる?」
「……何も」

 分かってたよ。あ、引き摺り込まれてるなって。でもさ、人生変えるなら今しかないって思った。日常がつまらない、なんて贅沢な悩みかもしれない。ワイバーンにされる前の、あの女の子みたいに、もっと辛い思いをしている人なんてたくさんいるでしょうね。けどそんなの何の慰めにもならないよ、私の辛さは私の問題だから。

 どっちにしろ、いずれ怪物にされるなら、いっそこの二人と同じ立場になってみたい。
 二人が叡智を授けてくれるなら……それで欲しいものを手に入れられる。多分、ケンちゃんも。

「……なら、素質は充分。どうする?」

 決まってる。

「なる」
「ふふっ、決まりだね。お茶飲んじゃったら儀式しよっか」
「今日は帰れないと思うから、家に連絡しておくといいわ」

 私の答えを聞いた二人は、嬉しそうというか、ホッとした様子だった。ま、その理由も後で分かったわ。




 あの子たちはどうしても私を仲間に引き入れたかったのよ。自分たちが欲しいものを手にいれるために、ね。
23/06/19 21:19更新 / 空き缶号
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