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第9回「城下町の攻防(前編)」
 白い閃光とともに大気が震えた。
 魔女たちが風を纏い、一斉に飛び出す。
彼女たちはひと筋の奔流となり、空に波紋を描く。
その余波を浴びて、見上げる観客たちの髪が揺れた。

「行くよっ!」
 最初に飛び出したのはスカイボードに乗った赤い飛行服(フライトスーツ)の魔女だ。
彼女、ヘザーは大気に流れる魔力の波を捉え、巧みなボード捌きで空を滑っていく。
前方を飛ぶ選手の間を縫うようにジグザグに風を切り、徐々にスピードを上げる。

「きゃあっ!?」
「ごめんねっ!」
 追い抜き様、ヘザーの巻き起こした風にあおられて、選手の1人がバランスを崩した。
お互いの身体を包む飛行魔法の力場が触れ合う紙一重をヘザーは高速ですり抜けていく。
 彼女は持ち前の加速力を発揮し、一気に先頭へと躍り出た。
そして、さらにスカイボードへと注ぐ魔力を増す。
 ボードの縁(エッジ)から溢れ出た魔力の赤い光が宙に残像を引いた。

「…流石はヘザーさんですわね」
 金色の髪をなびかせながら、ゾフィーアが低く呟く。
前方に見えるヘザーの姿はずいぶんと小さくなっている。
 ゾフィーアを始めとした先頭集団の選手たちも必死にヘザーへ追い縋っていた。
だが、互いの力場が生み出す風の所為で思う様にスピードが上げられない。
 その間にヘザーは少しずつリードを広げていく。
これこそが彼女の作戦だった。

 ヘザーの操るスカイボードは空気中の魔力の波を利用する事で、抜群の高速飛行を可能とする。
逆を言えば、非常に魔力の波の影響を受けやすい魔具だ。

 こういったレースでは往往にして、大気はかき乱され、魔力の波が飛行の障害となる。
うねりとなった魔力の波をかいくぐり、味方につけて高速で飛ぶ事は難しい。
それを為し続ける事は選手の集中力と体力を大きく削る事だった。
 これを避ける為にヘザーはスタート直後にトップを奪う事を狙っていた。
序盤でリードを広げ、そのまま逃げ切る作戦である。

「わたくしだって、負けられません…!」
 ゾフィーアはチャンスを伺い、行く手を塞ぐ選手を抜き去ろうとする。
しかし、相手もさるもの、的確に進路をブロックして隙を見せない。
 敵はどうやらベテランの選手らしく、コースを上手く利用して飛んでいた。

 ゾフィーアが抜こうとして飛び出すと敵は急に進路を空けた。
そこへ飛び込もうとした彼女の目の前に大きく張り出した看板が現れる。

「……っ!?」

 金髪の少女は間一髪でそれをかわす。

 背筋をヒヤリとしたものが走る
背後で力場をかすめた看板が揺れ、けたたましい音を立てた。

 看板をかわす為の減速と方向転換で、ゾフィーアはチャンスを失ってしまった。
その後もゾフィーアは幾度と無く、相手を抜こうと攻勢にでる。
だが、敵は建物の壁や曲がり角を使って、巧みにそれを潰していった。

 流石、大会本選な事だけはある。出場する選手は強敵揃いだ。

 ゾフィーアが苛立ち、歯噛みをしていると視界の隅に黒髪の少女が見えた。
特徴的な飛行服に身を包んだ彼女、リーリャもゾフィーアと同じように別の選手に妨害され、立ち往生していた。
 それでもリーリャは諦める事無く、何度も喰らいついていく。
彼女の瞳は只、前だけを。ゴールだけを見つめているようだった。

 それを目の当たりにして、ゾフィーアの心は急速に冷静さを取り戻した。
少女は深呼吸をして、再び飛ぶ事に集中する。
 レースは始まったばかりだ。まだチャンスは幾らでもある。
ゾフィーアはリーリャをチラリと見て、心の中で少しだけ彼女に感謝した。

##########

「さあ、各選手、一斉にスタート!!」
 魔界の空にセイレーンの澄んだ声が朗々と響き渡った。
「最初に選手たちが挑むのは此処、魔王城の城下町を利用したコース!」
 建物の壁面へ投射された幻影の女性がエネルギッシュに実況する。
「迷路のように入り組んだ街路を一番最初に抜けるのは、果たして誰だ!?」

 コースの序盤は城下町を利用する形で設けられていた。

 レースはコースの中空に浮かぶチェックポイントである浮球(バルーン)の輪を順番に潜り抜けていけばよい。
チェックポイントさえ通り抜ければ、どこを飛んでも構わなかった。
しかし、ほとんどの選手は通りを挟む建物の間と間を飛んでいた。
それはこの城下町コースでは浮球の輪が通りの低空に浮かんでいるからだった。

 勿論、建物より高く飛んで安全に迂回する事もできる。
しかし、それではタイムロスと体力の消耗は避けられなかった。
故に選手たちは通りに面した建物スレスレを高速で駆け抜ける。

 今も1人の選手が通りの曲がり角へ高速で突入し…、
スピードオーバーで曲がりきれず壁へと激突した。
「きゃああぁぁっ!!?」

 爆音とともに飛行魔法の力場が壁を削った。
壁材が派手に砕け散り、地面へと撒き散らされる。

 地上で見物した人々が悲鳴を上げ、お互いを庇いあう。けれど、見物客の顔はどこか嬉しそうだ。
魔界の住人たちは落下してきた破片で怪我する程、ヤワではない。
この位のハプニングなら大歓迎なのだ。後でサバトが町を修理してくれるし。

 そして、ぶつかった本人も大抵無事だ。
 壁に激突した衝撃はまず飛行魔法の力場が吸収する。
それでも吸収しきれない場合は飛行服の出番だ。

 バンッ! 激突の衝撃を吸収した力場が砕け、選手の身体が宙を舞う。
次の瞬間、飛行服に込められた防護の魔力が膨れ上がり、彼女の身体を球状に包みこんだ。
 防護の力場につつまれた選手はボヨンと別の壁や屋根にぶつかり、ボールのように何度も跳ね返る。
彼女が最終的に地面へ落ちた後、防護の力場はゆっくりとしぼむように消滅した。

「おおっと!? 派手にクラァーッシュ!! 選手は大丈夫か!?」

 飛行魔法大会で死傷者が出る事は滅多に無い。
目を回して地面に横たわる選手の元に救護班の腕章をつけた魔女たちが駆けつけてきた。

##########

 クラッシュし、墜落した選手の上を後続の選手たちが次々と追い越していく。
その中に緑髪の少女、マイの姿もあった。

「お兄ちゃん。ヘザーちゃん、すっかり見えなくなっちゃったよ? そろそろ、必殺技の出番じゃない?」
 使い魔(お兄ちゃん)の上に跨ったマイは青年に暢気な声でそう訊ねた。
「ダメだ、マイたん! こんな序盤に必殺技を出すのは、技が破られるフラグ…!
今はまだ、その時ではない…!」
 彼はシリアスな顔でそう答える。

「ていうか〜。必殺技といっても、本当に敵を『必殺』しちゃう訳じゃないんだけどね〜。そんな事したら反則だし〜」
「お兄ちゃん、何ブツブツ独り言言ってるの? 脳の病気?」
「うむ、吾輩は読者の皆が分かり易いように解説をだな…」
「ドクシャってだあれ…?」
「よくぞ、聞いてくれました! それは聞くも涙…! 語るも涙…! …はて、読者って誰でしょう?」
 青年は真顔でそう言った後、沈黙した。

 彼はややあって、そわそわと周囲を見回す。

「……マイたん、残念なお知らせがあります」
「なあに?」
 一転して、暗い表情で呟く青年に少女は無邪気な顔を向けた。
「レース中なので誰もツッコんでくれません! 
いや、吾輩は突っ込む方が好きなんですけどね! 男として!」
「…………」
 得意げにそう言い切った彼をマイは無言のまま笑顔で見つめた。

「……さあ、マイたん! レースに集中するだ! ゴールが我々を待っている! キリッ!」
「うん、分かった! きりっ!」

 2人は似合わないシリアスな表情を浮かべると加速を始めた。
11/08/07 23:38更新 / 蔭ル。
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■作者メッセージ
 第7回に書いた飛行魔法大会のルールの記述を変更しました。
「他の参加者への暴力行為(攻撃)は禁止」
大会のルールでは、レースの駆け引きとしての妨害行動は許可されています。

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