読切小説
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トイレのお化けさん
ぎしり、と大きく床板が軋んだ。
くすんだ木目と目が合い、思わずごくりと生唾を呑んだ。
歩を進めるたびに、積もった埃にくっきりと足跡が残っている。

…………大丈夫かしら、ここ。いきなりバキッと床抜けたりしない?

「…………………」

昼休みの喧騒が、どこか遠い。
いや、どこかとか言っておいてなんだけど、当たり前のことか。
正午というのも疑わしいくらい不気味に薄暗い、ここに来る生徒なんざいるまい。
電灯はバキリと割れて、床にはボロリと穴が、天井にはペシャリと蜘蛛の巣。

「……何やってんだろなー、僕」

ホント、なんでこんなところに来たのか。
別に、体育館倉庫なり、プール裏なり、人気のないところは別にもあったろうに。
よりにもよって、なんで取り壊し予定のこんな廃校舎に潜り込んでいるのか。
いや、マジレスするとただ昼メシ摂りに来ただけなんですけどね、はい。

「しっかしまー、すげー埃……。いつから使ってないの、ここ」

教室の机も撤去されていて、弁当を広げられるような場所はパッと見当たらない。
というか、椅子と机がセットであっても、埃が積もってるようなところで弁当を広げたくない。

そんな感じで、ちょうどいい昼食スペースを探していた時だった。

――…………すん。

「……ん?」

まるで、鼻をすするような、そんな音が聞こえた。
……誰かいるの? こんなとこに?
そういえば、クラスの連中が変な噂をしているのを思い出した。
あれだ、『トイレのなんとかさん』。旧校舎のほにゃらら階のトイレでうにゃうにゃしてると。
…………うーん、曖昧すぎる。いやだって、ホント横から聞いただけなんだもんなぁ。

「んー……」

まぁ、花子さんでもなんとかさんでもなんでもいいや。
お化けなんてないさ、どうせ、隙間風がそれっぽく聞こえたんでしょ。

「あぁ、でもトイレなら座れるし、水場だから埃もちょっとはマシかな」

怖いもの見たさに肝試しに行く口実にも聞こえるけど、特に他意はない。
もう机と椅子は諦めて、せめて座れればと、本当にそう思っただけ。
コンクリート地べたリアンも悪くないけど、いい加減ズボンを砂埃で汚すのは面倒くさい。
もっとも、綿埃で汚れる方が面倒な気もするけども。

「あ、あった」

トイレ。
当たり前だけど、男子トイレの隣には女子トイレがあって、誰もいない廃校舎だから、ちょっと興味も湧かないでもない。
入ることがないし、どんな風なのか気にならないでもないよね。
……いや、入らないけどさ。

(……教室よりはマシ、かな)

男子、トイレを覗き込んだ感想は、端的にそんな感じだった。
ボロボロべしょべしょ汚いけど、埃もそんなになくて、アンモニア臭がするでもない。
これならまぁ、及第点だろう。

「失礼しまーす……」

と、言っても誰もいないのだけど。










「ハァイ…………」









え。
ハァイ。って、え。

「……………………………」

えー……。
さっき、たぶん、ハァイって返事が聞こえたハズ。
そう言い切れないのは、このトイレにまるで人のいる気配がなくて、ひどく静かだからだ。
まるで幻聴だったみたいに、そんな気がしてならない。

「……………………………」

それからも、特に人の声はしない。
やっぱり、気のせいだったのかな……?



…………んーんんんん。



「も、もしもーし……?」









「ハァイ…………」










あ、いる。誰かいるんだ。
へぇ、穴場だと思ってたけど意外と先客がいるもんなんだなぁ。
いると分かったら、ちょっとホッとした。もしかしたら、僕と似たような人かもしれない。

「あ、あー、えーっと、お邪魔しま……す? うん? まぁいっか、あの、ちょっとここでお昼を食べさせていただければー、みたいな?」

わーお、誰かと話すの久々すぎて自分でも何言ってるか分かんねー!
コミュ障丸出しで気持ち悪がられたりしないかなぁ。
と、内心ガクブルの僕に声の主は気を悪くした様子もなく、

「ハァイ…………」

と、壊れたラジオのように繰り返しただけだった。

(向こうさんもコミュ障さんかしら?)

僕は呑気にそう思った。
まぁ、人がいることを気にする神経質なタチじゃないってんなら、僕がいても怒るまい。
端っこ至上主義の僕は、とりあえず一番奥の個室に行って、ドアノブを捻った。

ガチャ。



「バァ?」



青白い、お化けがいた。
歴史の教科書に出てきそうな、真っ黒なドレスに身を包んだ、血の気のない青白い女の子。
髪は絹みたいに真っ白で、王冠のような真っ黒なティアラがよく似合っている。

ていうか、そんな呑気に観察している場合じゃないんじゃないかしら。
そのお化けさん、なんかヤバそうなお化けなのさ。

「へェ? アンタ驚かないの?」

さっきまでの言葉だと、ちょっと変わった女の子なだけなんだけど。
何がヤバいって、その下半身。
スカートがまるで鉄格子のように伸びていて、檻を作っている。
その中でごうごうと青い炎が燃え盛っていて、まるで昔のランタンみたいだ。

そして何よりも、このヤバそうなお化けが、とんでもなく可愛い。
まるで、この世のものとは思えないほどに。

でも悲しいかな。
そんな恐ろしい存在に会ったとして、僕はどうにも間の抜けた反応を返すことになった。

「………………え、あっはい。ど、どうも?」

非常識な存在に遭遇しても、身に沁みこんだ習慣とは抜けないものらしい。
咄嗟にあっはいって言ったり、とりあえず会釈する悪癖は、さぞかしお化け少女には滑稽に映ったようで。むっちゃ笑われる羽目になった。





「クフッ、こんなところでお昼って、キミ変わってるね?」
「………………えへ」

膝の上に広げた弁当箱を覗き込み、お化けさんは余韻を引きずるようにクスクスと笑っていた。
ごくりと玉子焼きを飲み込んで、とりあえず伝家の宝刀愛想笑いを彼女に返す。
いや、笑うしかないでしょ、これ。
なんで僕は、学校の怪談にしれっと並んでそうなお化けさんと談笑してるのか。
いや、話してみると意外と怖いお方でもなかったんだけどさ。

「……えー、お、お化けさん? は、またどーしてこんなところにおらっしゃるんですか?」
「さァ? もう、だいぶ昔過ぎて忘れちゃった」

他人事のようにそう言って、お化けさんは興味津々に僕の一挙一動を見つめている。
これ、俗に言う死ぬほど憑かれてるアレじゃないかしら。
黙々と箸を進める僕と、黙々と火を灯らせるお化けさん。
傍から見るとどう見ても憑りつかれてるんだよなぁ…………。

「なんか喋ってよ、つまんない」
「えっなにそのキラーパス……」

沈黙に飽きたのか、お化けさんの無茶ぶりはなかなかおぉうとさせられる。
コミュ障の僕に何を求めておられるのか。

「え、えーと……あ、僕は、足利昴って言うんですけど、そういえばお化けさんの名前は?」
「私? 別にハナコさんでもなんとかさんでも名無しの権兵衛でもお化けさんでもなんでもいいよ? そう呼ばれてるんでしょ、スバルくん?」
「えー……」

からかうようにニヤつきながら、お化けさんはそう言う。
もしやさっきの忘れてるってのも適当で、僕はおちょくられれてるのかしら。
っていうか、じゃあ僕は何と呼べばいいのか。いやなんでもいいって言ってたけど。

「じゃあ名無しのゴン―――」

ゴゥ、と、青白い飛び火が頬を掠めた。

「…………麗しのお化けさんで」
「そんな畏まらなくてもいいのに、クフフ」

脅しておいてこのふてぶてしさ。何だろう、クラスメートの連中と似た臭いがするぜ!
まぁ、一応? 女の子? 相手にふざけた僕も悪いんだけどさ。
慣れないお茶目はするもんじゃないぜ、燃える。

「お化けさんって、地縛霊か何か? もしかして立ち入っちゃった僕は憑り殺される系です?」
「フフフ、そんなんじゃないわ。たまに来るキミみたいな子を脅かすのが趣味の、ただの悪霊みたいなものよ。まぁ、あんまりおいたしちゃうと捕まえちゃうかもねェ?」

そう言って、彼女は檻を撫でてうっとりと恐ろしい笑みを浮かべた。
ていうか、悪霊て。言っちゃったよこの人!

「は、はぁ……」
「アラ、信じてない? まぁ、別にいいけどね」
「い、やぁ……お化けなんて初めて見たもんでして……」

お神酒と塩でもお供えすればいいのかしら。
あぁ、そういえば鯖の塩焼きあった。これで祓えたりしない?

「鯖の塩焼き、いります?」
「くれるの? じゃあもらおっと♪」

鯖の塩焼きをつまんだ箸をお化けさんに向けるという、大変お行儀のよろしくない行為は誰に咎められることはなく、お化けさんはご機嫌にパクリと鯖の塩焼きを頬張った。
ていうか、ナチュラルに食べたよお化けさん。透けるとかなんとかないんですか?

「ん〜♪」

頬を押さえながら舌鼓を打つお化けさんに、なんとなく無意識に警戒してた心がほぐれる。
たぶん、悪い人じゃないやこのお化けさん。

「ご馳走さま♪ なかなか悪くないけど、塩分もうちょっと控えた方がいいんじゃない?」
「あっはい」

おぉっとダメ出しされたぜ。悪霊なら塩で祓えるかなーって藁にも縋るほどでもない軽いノリで出した冷食の塩サバにダメ出しされたぜー、何を言ってるか分からないと思うがー。
まぁ、冷食とはいえ自分の弁当の感想もらえると、ちょっとむずがゆいものがあるけど。

「それにしてもスバルくん、なんていうか普通ね」
「え? えー……そりゃまぁ別に……僕、勇者の末裔とかそんなんじゃないですし」
「そうじゃなくて」

戸惑う僕に、お化けさんは首をひねって続けた。

「私と普通に接するのね、って」
「あ、あぁー……」

普通、だったかなぁ……?
お化け見た人の反応の普通って何だろうなぁ……?
オーバーリアクションで呪怨よろしくあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛って叫べばいいの?
どうも、って会釈する僕の方がそれと比べりゃ異常のような……。

「や、やぁー……だってホラ、お化けさんも僕に普通に接してるじゃん?」
「そりゃ、スバルくん普通の子だもん。勇者の末裔的な陰陽師的なアレだったら、それこそバリバリ呪ってるかもしれないよ?」
「わー、勇者の末裔的な陰陽師的なアレじゃなくてよかったー……」

茶化す僕に、お化けさんは先を促すように鋭い視線を送ってくる。

「え、えぇーと……それと同じですよたぶん! 要するに、お化けさんって、僕がお祓いするぞー、この世から去るがいいーみたいなキャラじゃなかったから普通なんですよね?」
「気の抜ける言い方だけど、平たく言うとそうね」
「でしょ? お化けさんも祟り殺すぞおんどりゃあみたいなキャラじゃなかったから、僕も普通なんですよ。そういうのだったら逃げてるかもですけど」

って、まぁ何をナチュラルにお化けさんを受け入れてこんな話をしてるのか。
本当は、そうじゃなかっても逃げた方がいいだろうに。
いやまー今更逃げても手遅れ感がするけども!

「…………ふーん? 変わってるねェ……、スバルくん」
「あ、あははー……よく言われますー」

非日常の代表的なお化けさんがそれを言うのか。
キリよく弁当も食べ終わり、僕は弁当を適当にまとめた。

「アラ? もう行っちゃうの?」
「そろそろ予鈴が鳴っちゃいますしね」

腕時計を見てみると、昼休みも残り10分だ。
なんというか、久しぶりに楽しい昼休みを過ごしたせいか、随分短く感じたぜ。

「………………そっかァ」

心なしか、檻の灯も小さく寂しげに見送るお化けさんに苦笑いする。
ものっそい分かりやすいなこの人。
僕はバイバイと、彼女に手を振った。

「また明日の昼休み」
「!」

パッと明るくなったお化けさんを尻目に、僕はトイレを後にした。
あぁ、楽しかった。




















あぁ、憂鬱だ。

◆ ◆ ◆

「やっほーお化けさーん。また来ましてよー」

翌日の昼休み。薄暗い心安らぐ廃校舎にて。
昨日と同じく、二階の廊下の奥の男子トイレにて。

「ハァイ…………、まさかまた本当に来るとは思ってなかったわ」
「おぉーう、また明日って言ったですのに」

いつも悪そうに口の端を釣り上げているお化けさんは、昨日よりも少し嬉しげに見えた。
薄暗いトイレを、煌々と青白い灯が照らしあげ、僕は涸れた洋式便器に腰を下ろした。

「……アレ? スバルくん、その手どうしたの?」

弁当を広げる僕の手に貼られた絆創膏や、手首に巻かれた包帯。
恐らくそれのことを指さしながら、お化けさんはきょとんと首を傾げた。

……目敏いなぁ。

「いやぁ、ちょっと料理で失敗しましてー」

不器用なもので、とお茶を濁す。
お化けさんは特に気にした様子もなく、へぇっと相槌を打った。

「お弁当、もしかして自分で作ってるの?」
「ほとんど冷食と夕飯の残りですけどねー」

今日のおかずは、玉子焼きに野菜炒め、ミートボールとほうれん草のお浸し。
まともに今朝作ったのは前者の二品だけ。
それでもお化けさんは感心したようにお弁当を覗き込んでいた。

「私はもっぱら母さまに作ってもらってたから、すごいって思っちゃう」

あー、やっぱり、幽霊なんだし、そうだよね。
僕と同じで、普通にお母さんとかいるよね、うん。
一瞬、お化けさんのお母さんってどんな人だ……!? って考えちゃったぜ。

「あ、はは……まぁ、料理嫌いじゃないので」
「この玉子焼きは? スバルくんが作ったの? 一口ちょうだい」
「聞いちゃいねぇ」

返事も待たず、お化けさんはひょいっと玉子焼きを摘まんで一口で頬張る。
あらはしたない。

「アラ美味ふぃ……んくっ。もう一口もらってもいい?」
「どうぞどうぞ、もうご自由に」

美味しいと言われたら毒気も抜ける。
ていうか、よくよく考えてみたら、別にそんな大したことじゃないけど、自分の料理を他人に振舞うなんて友達みたいなこと、これが初めてだなぁ。
いやまぁまさか、その相手が会ったばかりのお化けさんとは夢にも思わなかったけど。

「こういうの、ちょっと憧れてたのよねェ。誰かのお弁当のおかずを貰ったりみたいな」

奇しくも、考えることが似たところに落ち着いた。
もしかしたら自意識過剰かもしれないけど、お化けさんと僕は似たところがあるのかもしれない。

「…………なんなら、お化けさんの分も作ってきますか?」

だから、ちょっと気まぐれが起きた。
下心はあった。お化けさんともうちょっと仲良くなってみたいとか、そんな感じ。
だから、ちょっとそういう気持ちが見抜かれないように気取ってたかもしれない。

「ホント? 私、見ての通り味にはうるさいわよ?」

不健康にクマの刻まれた目を細めて、お化けさんは少女のような笑みを浮かべた。
これだけで、頑張って作ろうと思うには、十分だった。

「あはは、それは腕が鳴りますね」
「期待しないで待ってるわね」
「えっ、ちょ、ひど」

けっこう言うこと言ってくれるお化けさんだ。
これは意地でも気合い入れて持ってきてやらう。

そう固く決心して、今日も昼休みギリギリまで、お化けさんと雑談に興じた。



「お化けさんお化けさん、スバルくんですよー」

またも翌日。廃校舎の二階の以下略。
もう、昼休みにここに来るのが、僕の密かな生きがいみたいなものになっていた。
お化けさんも歓迎するように、べろべろばーっと天井から生えてきた。

「いらっしゃーい。楽しみに待ってたわ」

そこまで言って、お化けさんがじっとこっちを見つめた。
はて。顔に何か付いていただろうか。

「ねェスバルくん、額の絆創膏どうしたの?」
「あぁ、ちょっと階段で転んだんです、こう見えてドジっ子なので」

髪で隠してたのにバレちゃった。
お化けさんはふーん? と適当に相槌を打ったけど、すぐに目を光らせた。
たぶん、僕が手にお弁当を二つ下げてたからだと思う。

「ホントに作ってきたんだ、言ってみるものね」
「あはは、一つ作るのも二つ作るのもそんなに手間変わらないですもん」

お弁当を手渡し、二人していただきますと合唱。
なんだかむずがゆい。

「アラ? このハンバーグ……冷食じゃないのね? こっちのきんぴらも……」

お弁当を開いて、お化けさんはきょとんと首を傾げた。
というか、箸を片手に、弁当を開く西洋風のお化けさん……すごくシュールだ。
傍から見れば、お化けと昼食を共にする僕も相当なものだろうけど。

「へっへー、今日は全部手作りなのです。ちょっと張り切っちゃったぜ」
「………………」

誇らしげに胸を張る僕に、お化けさんはぽかーんと間の抜けた表情で僕を見下ろす。
…………んん? 何だろうこのリアクション。
…………ひょっとして気合い入れ過ぎて引かれてるのかしら。
何それつらい。

「えー…………、お化けさん?」
「……あぁ、ごめんなさい。ちょっと驚いちゃっただけ」

ニコリと、お化けさんは取り繕うように微笑んだ。
引いてるわけじゃ、ないのかな?
なら、ちょっとホッとする。

「スバルくん、やっぱり変わってるねェ」
「え、味付け?」
「味付けは、美味しいけど」
「口に合ってるようなら何よりです」

あぁ、そうそう。
こうやって友達と適当に駄弁りながら昼ご飯を食べるって、やっぱいいな。
僕しか、このお化けさんとは一緒にお昼できないし。ちょっと優越感。

「なんならこれから毎日作ってきましょうか?」
「…………ううん、いいわ、悪いしね。あと、そういうこと軽々しく言っちゃだめよ?」

ちょっと困ったように微笑んで、お化けさんは僕の頭をそっと撫でた。
初めて触れたけど、お化けさんの手はヒヤリと冷たかった。

けど、優しかった。

◆ ◆ ◆

それからも、僕は昼休みになると毎日お化けさんのトイレに行くのが日課になっていた。
時に駄弁りに興じたり、時にかくれんぼとかしてみたり、時にお化けさんの昔話を聞いたり。
そして、今日も僕はお化けさんのところに向かっていた。

「やっほー、お化けさーん」

いつものように、僕はお化けさんを呼んだ。
すると、ぺろんと背中が涼しくなった。

「ハロー」
「うひゃぁぁあああ!?」

お化けさんが、背後からYシャツをめくっていた。
慌てて飛びのき、バクバクと鳴る心臓を撫でおろし、落ち着くように呼吸を整える。
お化けさんは、じっとクマの刻まれた瞳を僕に向けていた。

「ねェ」

ぎくり、とした。
いつもより、怖い声音だった。

「その背中の痣、なに?」

瞳の中には光がなくて、まるで怒りすぎて表情が消えたみたいだ。
まるで、夏のTVの特番に出てくるお化けみたいだった。
これは、知られたらまずい。そんな気がした。

「い、や、あ、あはははは……! ちょっと交通事故にあっちゃって……!」
「うそ」

バレた。いや、まぁ、幾つも幾つも痕があるし、そりゃバレる。
あぁ、どうしよう。頭の中が何も考えられずにぐるぐると堂々巡りする。

「スバルくんさ」

パクパクと、お化けさんの口が動く。
眉根一つ動かず、瞬き一つせず、表情筋の固まったまま。

「いじめられてるの?」

呆れと諦めと、大きな怒りを孕んだ声音。
僕は、何も言えずに視線が泳いだ。まるで叱られる子供みたいな気分だ。
別に後ろめたいことじゃない、ただ、何事もなかったように振舞いたいのだ。

「……い、いやいやいやいや、べ、別にいじめられてはないですよ!」
「………………………」
「ほ、ほら! うちのクラスってお調子者ばっかですから、じゃれ合いがエスカレートしたり!」

冷めた目を向けるお化けさんに、しどろもどろに説明する。
別に困ってない、と。

そうだ、なんてことはないんだこんなこと。
学校が終わるあと2年弱、適当にあしらえばリセットなんだ。
それまで負けなければ僕の勝ちなんだ。

お化けさんは、じっと僕を見つめていたけど、小さくため息を吐いた。
どうやら分かってくれたらしい。

「スバルくん、背中こっち向けて」
「へっ? えっ、はい……?」

脈絡のない言葉に戸惑いながら、僕はお化けさんの言葉に従った。
はて……、これ、何されるのかしら?
そう思ってたら、またもペロンと背中のYシャツをめくられた。

「ひぇ」
「じっとしてなさい」

ぴしゃりと言われて、うひぃと黙る。
お化けさんはブツブツと何事かを呟きながら、そのヒヤリとした手を背中に当てる。
すると、その触れている部分からじんわりと優しい温かさが広がった。

「…………あれ?」

じくじくと鈍く痛んでいた青痣が消えていくような、そんな錯覚を覚える。
いや、錯覚じゃない? 無理に首を捻ってみると、蹴られた跡が無くなっていた。

「……簡単に、手当しといてあげたわ。これからは怪我しないようになさい」

ポン、とお化けさんが背中を叩く。
手当……って、ケ○ルか何か……?

「お、お化けさん凄いんですね……え? 何ですこれ、魔法的な何か……?」
「魔法的な何か、っていうか魔法よ。なんか気が付いたらできるようになってたの」

気が付いたら魔法使えるようになってたって。
お化けスゲーな。さすがファンタジー。

「あ、はは……、なんか、何から何までありがとうございます、お化けさん」
「別に。お弁当のお礼よ」

つん、とそっぽを向くお化けさん。
まったく、どこが悪霊なのかこの人は。ただの普通の、優しい人じゃないか。
学校の怪談も失礼極まりないなぁ。

「……えへ」
「……ふん」

僕はなんとなく照れくさくて笑ってて、お化けさんはそっぽを向いて鼻を鳴らしてた。
今日の昼休みは、特に話も盛り上がらなかったけど、それでもあったかかった。





(さて、帰るかな……)

上靴袋から下靴を取り出して、誰もいない裏口で履き替える。
授業が終わる前には荷物をまとめて、終わった瞬間に教室を出れば絡まれない。
自意識過剰、と笑う声が聞こえても、気にする必要がないことはもう分かってる。

(明日のお弁当、ちょっと気合い入れなきゃ)

今日の昼休みに、妙につんけんしてたお化けさんの顔が脳裏に浮かぶ。
あぁいう娘がクラスにいたら、なんて思うけどクラスメートだったら話してなかったかもしれない。

(……お化けさん、生前はどんな感じだったんだろ)

お化けさん。
僕なんかを物珍しく構って、お弁当の交換っことかに憧れてて、いじめに怒りを抱くお化けさん。
うーん……、クラス委員長とか?

(あ、でも保健委員も捨てがたい!)

我ながら呑気だったと、今思えば。

まさか、クラスメートがいそいそと帰る僕を追いかけてくるほど暇だとは今日日思ってなかった。

ドンッ。

(あ)

蹴られた。背中。せっかく治してもらったのに。
肺から空気がごふっと溢れた。
暮れかけてる空が、ぐるんと回転して、アスファルトに顔がぶつかる前に、なんとか手をついた。

「アーシーカーガーくーん?」

あぁもう、またかよ、飽きないな今日も。
心の中で悪態を吐いて、痛む背中をこらえて立ち上がる。
足がガクガクするし、なんか息もしづらいけど、何とか立ち上がる。
振り向いても振り向かなくても蹴られるから、振り向かない。

「無視かよ、オイッ」

ドッ、と、今度は尻を蹴られた。オイ、尾骶骨を蹴るな。痛いんだよ。
足がもつれたけど、今度はこけるほどではなかった。

「お前さー、最近調子乗ってない?」

後ろから響く声は、まるで壊れかけのラジオみたいだ。
僕を蹴る口実を喋るだけで、お化けさんみたいな人間味がない。
イライラとか、蔑みとか、そんな感情しかないこもってない。

「昼休みどこ行ってんだよお前、どっか行っていいつったか俺?」

ドッ、また尻を蹴られた。同じところを蹴るな。
蹴られた勢いで、そのまま駆け出す。

「あ?」

逃げる僕の耳に、そんな間の抜けた声が聞こえた。
そうなんだよ、蹴られる義理だって別にないじゃないか。
今度からもう、みっともなくても何でもいいからパパッと逃げよう。
でないと、またお化けさん怒らせちゃう。

「てめっ、逃げんなアシカガァ!!」

怒声が聞こえた。遠くの方で。
ちらりと振り向くと、すごい勢いで走ってきていた。
たかがいじめっこの分際で、何をそこまで僕に固執しているのか。

(って、呑気に、してる場合じゃ……!)

このままじゃ追いつかれる。
あぁ、あいつ部活入ってたっけ、走りこんでるやつは違うな!

「はぁっ……はぁっ……!」

走れる、さっきまでそう確信してたのに。
緊張で強張った足も、いつもより動いてるように思うのに。
それでもあいつよりは全然遅かったようで。

「オラァ!!」

ドッ、と、走る勢いに任せた蹴りが、脹脛をむしった。
粗い靴裏に勢い任せに蹴られて、思わず舌を噛みそうになった。
どっちにせよ、痛みと衝撃に耐えられず、顔からこけることになったが。

「はっ、根暗オタクのくせに、逃げてんじゃねぇよ……」

痛い、痛い、熱い熱い熱い、右の脹脛が痛い。
思いっきりラバーが擦れた、皮膚が熱い、骨が痛い。
顔も頬から鈍く痛い。頭がぐあんぐあんする。手も足も、震えて力が入らない。

「お前、何? 何無視してんの? お?」

鼻っ柱が熱い。泣きそう。
あぁもう、呑気にしてんなバカ。早く帰ってればよかった。

「なっ……にさ、今日は、やけに絡むじゃん……」

それはもう粘着質なほどに。
わざわざ放課後に、それも追いかけてくるほど暇だとは思ってなかった。

「最近あんまし遊んでやってなかったから、な」

な、っという言葉の勢いで、背中を踏みつけられる。
走ったばかりで呼吸も整ってないのに、また肺から空気が押し出される。
人をマットか何かとでも思ってるのか、こいつは。

「こぉんなされてもわざわざ学校来てんだから、俺らに遊んでほしいんだろ? あ?」

ぐりっ、と、踵が食い込む。
ちげぇよ。学校行かないと後でロクなことにならないから来てんだよ。
いじめられて引きこもって、それが将来どういう傷になるかも想像できないのか。

「ってか、お前も変わってるよな。普通こんだけされたら先生にチクるなりなんなりしね? ドM?」

ちげぇよ。もう、先生に言ったよ。
そしたら、クラスでいじめはないかって皆に聞くだけで終わったよ。
お前ら元気に白々しくありませーんて答えてたろうが。

あぁもう、くそ。ホント、生きにくいな。ロクでもない。



「妬ましいわね」



ぞくりと、背筋の凍る声が聞こえた。
よく耳に馴染んだ、生気なんてあるはずがない声だった。

「……あ? 誰かいんの?」

どこからともなく聞こえる声に、あいつはキョロキョロと辺りを見回す。
あかんあかん、僕は踏みつけられた背中も気にせず慌てて立ち上がろうともがく。

「てめ、何逃げようとしてんだアシカ――」

彼の悪態は、最後まで言い切ることはできなかった。
唐突に、何の脈絡もなく、邪悪な微笑みを称えた少女が現れたら。
ましてやその娘が、青白く、燃え盛る、幽霊のような出で立ちであれば。
たぶん僕でも絶句する。

「………………は?」

何が起きているのか理解できない。そんな、間の抜けた声だった。
そんな棒立ちの彼に、お化けさんは、不意に手をかざした。

「ねェ、妬ましいわねアンタ。人を踏んづけて笑ってられるその態度、妬ましいわ」

まるで仮面でもかぶっているかのように笑ったまま、彼女はスッと手をあげた。
まるでその手に引っ張られるかのように、あいつの体が無造作にふわりと浮き上がる。
僕は、ただその様子を見守ることしかできなかった。

「は? え、なんだよこれ……?」
「人を踏む気持ちってどんな気持ちなの? ちっぽけな征服欲が満たされる気持ち、教えてくれないかしら?」
「う――――おわっ!?」

何が起きているのか分からない、そんな風に困惑していたあいつの体が、お化けさんが指さした方向にまるで石礫でも投げるかのように簡単に吹き飛んだ。
そのまま、吹き飛んで、吹き飛んで、校舎を曲がって吹き飛んで、見えなくなったころにバシャンと大きな水音が耳に響いた。
たぶん、プールにぶち込まれたんだと思う。お化けさん恐るべし。

「……ふん、つまらないわ。よくもまぁ、いつまでたっても飽きない人種がいるものね」

小さくぼやいて、お化けさんはくるりとこっちに振り向いた。
もう、さっきまでの何とも言い難い怒ったような表情のお化けさんじゃなかった。
でも、やっぱり何とも言いがたそうな表情をしてた。

「…………怪我しないで、って言ったのに」

あ、はは……、ごめんなさい。
泣きそうで、怒りそうで、どうしようもなさそうなお化けさんに、申し訳なくえへっと笑ってしまった。

「……スバルくん、放課後、何か用事あった?」
「…………いえ、特には」

短く返すと、お化けさんはそう、と答えた。

「じゃあ、ちょっと私に付き合ってよ」

断れるはずがなかった。





「私、自分のこと悪霊って言ったけど、正確には違うの」

日も暮れて、青白い灯だけが頼りの旧校舎のトイレにて。
いつものように僕は適当な便器に座って、ふわふわと浮かぶお化けさんを見上げていた。
怪我もまた治してもらって、もう痛まない。

「スバルくんさ、この世界とは別にもう一つ異世界がある、って言ったら信じる?」
「えっ……っと、うーん……。お化けさんが言うなら、信じます、かな?」

何せそう言うお化けさんこそファンタジーの体現である。
異世界とか、ライトノベルも赤面ものだけど、魔法を実際に使って見せたのは彼女だ。
今さら怪訝に思うほどのことでもない。

「素直だねェ、ホント」
「お化けさん相手だし」

話す人が一人しかいなかったら、嘘をつく理由もない。
両親は幼いころに他界したし、他県に受験したから親戚も近くにはいない。

「……コホン。まぁ、そういう異世界があって、そこには魔王とかそういうのがいるのよ」
「あ、なんとなく分かりました。ファンタジーRPGにありそうな所ですね?」
「……大まかに合ってるところが虚しいわね……」

呆れたような視線を送るお化けさんに、ふふんと胸を張る。
要するにデルクエとかそういうアレな世界観なのだろう。
しかし、また何で急にそんな話を?

「その異世界から……まぁ、言葉にするとバカらしいんだけど魔力っていうのが流れ込んでてね」
「うんうん」
「それに影響されると、女の子は魔物になっちゃうの」
「女の子限定ですか」
「男の子も稀に影響されるけど、その話は置いておきましょ」

ふむ、なるほど。
何となく、察しはついた。

「たぶんスバルくんの考えてるとおり。私、魔物なのよ。ウィル・オ・ウィスプっていう、何年も昔に死んだ幽霊の魔物よ」

膝を抱えて言うお化けさん。
お化け、ってだけでも素っ頓狂な話だったのに、異世界の魔物とまでくると何だか本当にゲームか何かの話みたく遠いところの話に聞こえる。

「へぇ……、そうなんですか」
「わァ、雑なリアクション。結構シリアスに話したつもりなのに」
「やぁ、だってそれで何が変わるわけでもないですし」

お化けさんはお化けさんで、魔物でもお化けさんに変わりない。
個人的には、やっぱり何で急にそんな話をしたのか、それが気になる。

「…………フフ、スバルくんらしいわね」
「それほどでもありません」
「……さっきも言ったけど、私は死んだ幽霊の魔物。たぶんこれも察しがついてると思うけど、元はかなり昔にいじめられて自殺したここの生徒なのよ」

……あぁ、やっぱりそうなんだ。
友達に対する憧れとか、怪我に敏感なのとか、だからだったのか。
そう一人納得してると、お化けさんはサラサラとつづけた。

「だから、ね。いじめられっ子の先輩として忠告しとくけど、スバルくんもうここに来ない方がいいよ。というか、学校にだって来ない方がいい」

………………え、いや。
それは……。

「ここに来る生徒なんてアンタくらいだから、悪目立ちするよ。悪目立ちしたら、それだけでいじめられるし、でも学校に来なかったら変に悪目立ちしてもいじめられないし」

確かに、その通りだ。
学校に行かないと将来に差し障る。そう思ってるけど、不登校なんて世間から見たらいじめの兆候と感じ取るに違いない。
仮にそれで現状が解決されなくても、保健室通いなり何なり手段はある。
こっそり行ってこっそり帰る。人目につかないよう変なとこにも行かず。

「でも、そうなったらお化けさんは?」
「別に、何も変わらないわよ」

容易くそう言うお化けさん。でも、僕はさっきお化けさんが言った言葉が脳裏から離れない。
何年も昔に死んだ幽霊の魔物。
じゃあ、その何年間、お化けさんは何をしていたのか?
ずっと、ここでふわふわ浮いてたんだろうか。一人寂しく。

「とにかく、もうここに来ちゃダメよ。分かった?」

いじめられて、追いやられて、死んでもずっと一人で。
そう思うと、自然と口が動いていた。

「いや、です」

だって、いやだ。
お化けさんは、じっと僕を見下ろしていた。

「僕は、毎日、ここに来ます」
「…………なんで?」

短く返されて、なんでか? って考える。
たぶん、すごく簡単なことなんだけど、すごく言いにくかった。
でも、言うなら今しかなかった。

「だって、僕お化けさんのこと大好きですもん」

優しくて、面白くて、悪い顔ばっかしてるのに笑ったらやたら可愛くて。
僕なんかのことを心配してくれるお化けさんのことを、はっきり僕は好いている。
いじめられなくても、心配してる将来がどうにかなっても、大好きなお化けさんがまたずっと一人になるかもしれなくて、また僕みたいな誰かと仲良くなるかもしれない方が、ずっと嫌だ。

「いじめとか、どうでもいいんです。僕にとっては、お化けさんと駄弁ってる方が重要なんです」

何でもないことがこんなに支えになるなんて、思ってなかった。
たぶん、これからお化けさんに会わない方が、僕にとっては酷だ。
それだけ、言いたいこと言い切って、僕は我に返った。

ものっそい恥ずかしいこと言ってる。
今さら自覚して、僕は慌ててお化けさんを見上げた。

「……〜〜〜〜っ」

お化けさんは、顔を覆ってそっぽを向いていた。
よく見てみると、檻の中の灯も、キャンプファイヤーのように轟々と燃え盛っている。

「あ、……あの、お化けさん?」
「〜〜っ、ダメ。こっち見ないで、燃やすわよ」
「あっはい、ごめんなさい」

脅されて、僕は視線を下げた。
……これは、怒っているのだろうか。
ロクな人付き合いしてないのが祟ったか、ひょっとして何か地雷でも踏んだか。

そんなこんなで悶々としてると、落ち着いたのか、スッとお化けさんが天井から降りてきた。
僕も、ドキドキしながら視線をあげた。

「…………その、ね」
「…………はい」
「…………スバルくんの気持ちは、嬉しいわ」
「…………はい」

これは、フラれる流れではないだろうか。
あーあ、と内心諦めていると、お化けさんは予想とはずれた言葉を紡いだ。

「でも、その反面、そんなに素直に好意をぶつけられるアンタが妬ましいの」

え? と首をかしげると、お化けさんの顔には影が差していた。
お化けさんは、小さな声で続けた。

「私、すごく重い女よ。愛する人はずっと傍に居てほしいし、私以外だれも見てほしくないの」

薄暗い男子トイレが、お化けさんの灯で煌々と照らされる。
その炎を閉じ込める、真っ黒な檻を、お化けさんは指でなぞった。

「死ぬまで、いや、死んでもずっと一緒に居たいし、根暗だし、嫉妬深いし……」

きっと、好きな人を永遠に縛りつけちゃうのよ。
不安そうにそう続けると、青い炎が一層激しく燃え盛った。
なんだか、いつもと調子が違うから、こっちまで調子が狂う。

「お化けさん……それって、遠回しな告白?」
「……………え?」
「自意識過剰だったら見逃してほしいんですけどさ、僕のことが好きで、死んでも一緒に居たいってことです?」

そう尋ねると、お化けさんの表情が固まった。
それからたっぷり十秒後。
ボンと、血の気ない青い顔が、茹でダコみたいに真っ赤になった。

「……〜〜〜〜っ! そうよ、悪い!? 私の方が、ずっとずっと、下らないことで笑ったり、寂しいときに寄り添いあったりしたいのよ!! 何か文句でもあるの!?」

お、おぉう。こんな焦ってるお化けさん、初めて見た。
一気にまくし立ててもまだ足りないのか、お化けさんは息継ぎして続けた。

「こんな重たいこと、好きな人に言いたくなかったのに……スバルくんがあんなこと言うから!」
「べぇ……っつに……、その、重たいなんて……」

普通、そうなんじゃないのかな。
好きな人とは一緒に居たいと思うし、僕もお化けさんが他の野郎と話してるとこなんか想像しても心穏やかじゃない。
あぁ、そう考えると僕も重い男なのかもしれない。

「なら、その……僕でよければ、ずっと一緒に居ますよお化けさん」
「…………〜〜〜〜っ」
「その代わり、僕の傍にずっと居てください、お化けさん」
「……アンタ、ホント変わってる……」

口元を恥ずかしそうに隠し、お化けさんはごにょごにょと文句を言った。

「……じゃあ、私のこと名前で呼んでよ。私、『お化けさん』なんて名前じゃないわ」
「え? でも、名前は忘れたって……」

問いかける僕に、彼女は呆れたように肩をすくめた。

「嘘に決まってるじゃない、いい? 私の名前は―――」



◆ ◆ ◆

知ってる? 旧校舎男子トイレの噂。
出るんだってさ。何が? 何がって、お化けに決まってるでしょ。
なんでも数年前にいじめで自殺した女生徒でね、魅入られちゃうと異界に連れて行かれちゃうんだって。
え? そんな非科学的な話信じない?
でもね、去年一人、ウチの生徒が旧校舎前の目撃証言を最後に失踪しちゃったんだよ?
今度の肝試し、そこ行ってみる? あはは、このビビりんぼめ。

うん? お化けの名前? さぁ? 『お化けさん』でいいんじゃない?
21/12/11 16:43更新 / 残骸

■作者メッセージ
お久しぶりです、つーか半年ぶりです。糸吉ネ土です。
ですですです。緊張してますです。

今回は私が書きたいウィル・オ・ウィスプが書けて大満足です。
人によっては「こんなんウィルちゃんじゃないだろいい加減にしろ」って言いそう。
だが私は謝らないぞ。

落ちも雑くて話もちぐはぐですけど、こんな話をここまで読んでくださりありがたい限りです。
まぁいればの話だけどな!!

というわけで、そろそろお暇します。
以上、お粗末さまでした。

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