連載小説
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勇者と名乗るは俺の為
俺は天使のアルなんとか、アルトなんとか、アルトラウテ……長いからアル、に連れられて平野を旅していた。
あいついわく

『お前の住んでいたあの町、いや、あの国には勇者がそこそこいるからな。バランスを考えて他の国に移動しようと思う』

らしい。

そんなわけで俺は俺の意思と関係無く故郷を去ったわけだ。
まあ、故郷と言っても良い思い出なんて全く無いわけで逆に清々しているがな。
一面の緑と青い空を見ながら俺は少し昔を思い返していた。
今までスラムでしか生きられないと思っていた。だがあいつのおかげで案外野宿でも生きていけることを知った。さながら囚われていた鳥籠から出されたような気分だ。
だからあの天使サマには少し感謝している。
いい加減あの汚臭には閉口していたところだったからな。

まあ、文句を言うとするならば。

「ナイ、訓練の時間だ!」

俺の自由が目減りしている事くらいか。

ため息を吐きながらアルから渡されている鉄の剣を鞘から抜き放った。あいつのせいで訓練のくの字のk音が聞こえた瞬間、条件反射的に戦闘準備をしてしまう。ちくしょう、嫌な習慣が身に付いたもんだ。片足を半歩後ろに下げどっしりと構えた。足に強く力を込めたため、ざりざりっと生えた草ごと土の地面が刮げる。

ちなみに、この薄い鉄の棒には刃が取り付けられていない。
天使サマが言うにはこれで何か―――例えば岩とか―――を『切れる』ようになるまでは真剣を渡さないそうだ。
そしてあいつは訓練と言うや否や、いや、言い終わったと同時に、いや、言いながらか。問答無用で大剣とも大槍ともつかない重厚な武器を俺目がけて振り下ろしてくる。もちろん俺の持つちんけな鉄の棒では受け止められないくらいの一撃。それも俺がまともに構えてもいない状態で飛んでくる。
初めの頃は全くそんなものの軌跡が見えないうちに滅多打ちにされていたが、最近ようやく視えるようになってきた。
頭上から風を切り迫る白銀の刃。
普通に考えてかわすには後ろに下がるか、横に跳ぶか。
だが、それでは攻撃の機会は訪れない。
あの理不尽な天使に今度こそ一矢報いるために、賭けに出る。

俺は姿勢を低くしながらアルの方へ突っ込み、やられる前に叩こうと手に持つ鉄を突き出した。

金属と金属とがぶつかり合い、耳が痛くなる音が響く。

俺は愕然とした。せめて鎧の装甲の厚いところでも突けていれば良かったのだが、信じられないことに俺の刺突はアルの武器で防がれていた。
これが意味する事は、まだ俺はあいつを目で追う事すらかなわない事。

「おいおい、嘘だろ」

つい、口が動いた。
今まででも防ぐのが精一杯な速さだったのに、さらにあいつはそれより速く出来ることが判明したのだ。

「ふふ、嘘ではないぞ」

アルがそう微笑むと同時に俺の武器を阻んでいた金属の塊が溶ける。
ああ、溶けるでは語弊があるな。実際に溶けたわけではない。動きが速すぎて溶けたように見えただけだ。

そう呑気に思った次の瞬間、身体が千切れるかと言わんばかりの衝撃が走った。



◇◆◇◆◇◆



俺は全身にまんべんなく痛みを感じながら地面に座っていた。普通ならば上半身と下半身が生き別れしてこの世ともさよならしていたところだが、生きている。
アルが天使の力をフルに使って俺と武器に薄くて強い保護結界を張っていたからだ。
ったく、それにしてもあいつは天使というより狂戦士だ、全く。
痛む体を楽にするため草むらに仰向けで寝転がり、そう思った。天使と聞くと信仰に狂っているイメージがあったが、あれは戦闘狂に違いない。
そう俺に思わせる理由の1つを思い浮かべながら目を閉じた。大剣を振り回す時にいつも見せるあの獰猛な笑みが頭から離れない。美しいとか、凛々しいとかを超越した何か心に濃く焼き付くあいつの―――。

ぶつぶつと呟きながらしばらく目を閉じていると何かが俺の顔の上に落ちる。薄く、軽く、ややいい匂いがするそれはおそらくアルの羽だと分かった。
それであの天使が近くに戻ってきたことを知覚し俺は目を開けた。

「今、何か失礼なことを考えてはいなかったか?」

そこにはリンゴを頬張りながら俺の顔を除き込むアルがいた。ただ果物にかじりつく、それだけなのに綺麗だと思わされる。この場に画家がいればほぼ全員が画材にしたいと思うのだろうか。
やはり、こんなやつでも天使だと思わされる。いつ、どう見ても見目麗しい。

「今間違いなく失礼なことを考えていただろう!」

ごつんとアルの拳が俺の額にぶつかる。
ややがさつで大味で雑な天使サマのジャスティスな鉄拳にまた俺の意識が遠退きかけた。紙一重で意識を保ち、起き上がった俺を見てアルはにこりと笑う。

「よく耐えた。流石いつも私に一方的に伸されているだけはあるな。復活力はお墨付きと言ってやるぞ!」

満足げにあいつは頷きながらそう言った。俺は反論しようと口を開いたが、言葉が俺の喉から飛び出す前にあいつが続ける。

「しかし、今日は良かったぞ。初めて初撃を見切った上で攻めてきたな。上達しているようで何よりだ」

腕を組ながら自慢に鼻をならすアル。いったい何が得意そうにしているか分からず、つい俺はいぶかしげな顔をした。すると、それに気付いたのかあいつは俺の顔を真っ直ぐ見つめる。

「ふはは!ここまで上達が速いとは思っていなかったのでな。私は受け持つ勇者に恵まれたな、と考えていたところだ」

いつもながらやつの口から出る言葉に嫌みや皮肉は感じられなかった。そこで以前、俺の才能があるかないかで論争したことがあったのを思い出す。あの時は3時間ぶっつづけでやってどちらも譲らなかったはずだ。
俺はこの剣について押し問答するのはやめることにした。

「はあ、で、その教団の国に着くのはいつだ?」

「確か、そろそろのはずだが」

アルは目を細めながら地平の果てを見つめた。そして満足げに頷く。俺には見えなかったが、この天使には何かが見えたようだ。

「うむ!もう着くぞ」

そう言って彼女は今まで出していた羽を消した。
そして普通の人間と変わりのない姿になった戦乙女は普通ではありえない怪力で俺を引っ張る。その様子はまるで遠足か何かで目的地を見つけたの少女のようだった。
……まあ、見た目年齢18〜20ちょいでそれをされると少し反応に困るのだが。

「さて、全速力で飛ばすぞナイ!しっかり走らないと着くまで引きずられることになるからな」

獰猛で無慈悲な天使サマは俺の片腕を掴んだまま走り出した。強烈な引っ張る力が利き腕を襲う。
肩が外れる。肩が外れる。肩が外れるっ!
手首をしっかり押さえられ、逃れることができないまま遥か向こうの城下町まで走らされることとなった。



◆◇◆◇◆◇



町の賑やかな様子が見えてきた頃、俺はアルに引きずられていた。
もともとぼろきれのようだった俺の衣服は泥にまみれて余計に汚ならしくなっている。そして、どうやらこの麗しきクソ天使はここの王にすぐさま謁見しに行くらしい。もちろん俺を連れて。
ふざけているようにしか見えないが、あいつは言ったことは必ず実行するのを知っている。
俺はスラムで暮らしていたので服装には頓着しないが、今回会いに行く相手は王サマや貴族サマ。身に付けるものの美しさで権威を示し、相手の身分や能力を持っている物の価値で判断するような連中だ。もし俺が勇者といえど誰が信じようか。
あいつらの頭の中の勇者と言えば頑丈で美しい武具を身に纏い、覇気と後光を発散するお伽の国の産物だ。
俺のように多少改善したが、痩せ細り、みずぼらしい格好の男を誰が勇者と思うのだろうか。俺自身がいまいち信じていないものを他人が信じるとは思えない。
それに、もし力を見せろと言われても、俺はまだアルの実力に遠く及ばない。
このまま謁見すれば良くて牢獄、悪くてギロチンだろう。

「何を心配そうな顔をしている。問題ない、行くぞ」

人間界の常識に疎いらしいこの狂戦士、いや狂天使サマはそう言って笑った。

町に入るとアルは俺の服に着いた土や草を払う。

「まともに走らないからこうなるのだ」

俺は反論したかったが、息をするのがやっとでできなかった。
そして、町の人の目を気にせずアルは歩く。片や立派な鎧を身に付けた見目麗しい女性。片やみずぼらしい格好の痩せた青年。
それはおそらく端から見れば主人と奴隷のように見えるかもしれない。

はっ、馬鹿馬鹿しい。

俺は頭を振ってアルに着いて行く。かなり意識して歩かないとまた引きずられる。あいつは俺と身長があまり変わらない上に大股かつ早足だ。油断ができない。

ついでにこの国の様子を道すがら見ていたが、俺の住んでいた所より少し貧しいらしい。まあ、そんなことはどうでもいい。

俺はそう城下町の様子をうかがいつつ城へと進んだ。やはり、城というものは国の力や権力を示すために立派に出来ている。でかければでかいほど他の国に対して虚仮威しに使えるからな。

「おい、止まれ。城に用があるのか」

案の定、俺らは城門で止められた。
翼を隠して人間と変わらない姿をしているやつと浮浪者のような俺。まず、入れるはずがない。
2人の門番が城門の前で長柄の槍を交差させ通れないぞとばかりに睨みを利かせてきた。

「ああ、ここの王に用事がある。通してはくれないか?」

それがどうしたと言わんばかりの表情でアルは迫る。
流石は天使。当たり前にやることなすことが通るとでも思っているらしい。まあ、分かりやすく翼を見せていればそうなるだろう。だが、あいつは――

『私は戦に赴く言わば神の矛であり、ゆえに私自身が敬われ崇められるべきではない。いざという時、身動きがとれなくなるからな。それに、信仰集めや祝福、そういう役目はエンジェルが受け持っている。だから私は天使だと明かさない。もちろん、必要になれば明かすがな』

と言って収納している。何度も言うがただの人状態だ。

「ふむ、先達の報告と違うな。これぞ歓迎!という感じで出迎えられると聞いたが。ふむ」

とりあえず、俺は一般のノーマルな人間に分かるほどの勇者の気迫?気品?を身に付けてはいない。それに、兵士とはいえ一般人が翼を隠している状態の天使を見抜けるとも思えない。状況と相手の実力を考えろ。
つまるところ、その先達とやらはアイ・アム・ザ・天使な格好で行ったからそうなったのではないか?
俺が心の中で呟く。

そして、礼儀が無いというかなんというか、気持ちを逆撫でするようなアルの言葉に青筋を立てる門番。
一触即発の危うい空気が漂う。

そこに、容姿端麗な青年が通りがかった。気の抜けるような口笛を吹きながら来るものだからつい視線が向こうに行ってしまう。
目と目が合ったとき、門番と俺を見た彼は鼻で笑い、その後アルを見て目を見開いた。

「おや、門番。何をしてるんだい?その人を中に入れろ。入りたがっているのだろう」

俺も目を見開いた。思わぬ味方が現れたからだ。まあ、もっとも、あれは俺の味方というよりはアルの味方といった方が正しいのだろうが。
俺はそいつがアルを見て雷に撃たれたような表情になった瞬間を見逃していなかったためそう思った。

「ですが―――」

高圧的だった門番が急に及び腰になった。つまり、あの高慢な感じのする男はそこそこの貴族様か。俺は幸運を喜ぶと同時に地面に唾を吐いた。俺の腹の底からここにいる誰も分かりゃしない胸糞悪さが込み上げる。

「貴様らは大人しく言うことを聞いていればいい」

そう言った男は門番に返答を促すように間を開けた。もちろん、門番はその時に自分の言い分を聞かせようと口を開けた。
が、あいつは門番が返事をするタイミングを狙って無理矢理言葉を重ねて黙らせた。

「僕を誰だと思っている!僕はラルムハルト=レイグ=ライツォルド。遥か昔、御使い様より姓を賜った名門、ライツォルド家の長男にしてこの国数10年ぶりの勇者ですよ!」

言葉を被せて黙らせたため、必然的に奴の声はでかくなる。それで『勇者』、『名門』、『長男(おそらくだが貴族の)』。そんな嫌みったらしい単語ばかりが耳障りに鼓膜を叩いた。
そしてなにより俺が嫌なことは、あいつと姓が似ていることだ。レイツォルドとライツォルド。あいつの言っていることがでたらめでなければ天使サマの思考回路は化石かと疑うぞ、俺は。
そう思っているところにアルがこそりと耳打ちをしてくる。

「はは、いつの時代の天使も考えが似ているようだ。ライツォルドか、私がナイにやった名前と似ているな」

アルのそんな言葉を俺は適当にあしらった。いつか機会があればあいつを化石と呼んでやる。そんなささやかな悪意を胸に秘め、この件について考えるのを放棄した。
その間にあの男は歯切れの悪くなった門番の言い分を機関銃のように身分、身分、身分で黙殺する。
そして、ラルムハルトは門を開けさせるとアルの前に跪いた。

「お嬢様、エスコートいたします」

その姿はきっと町の女から見れば美しい、またはかっこいいと思うのだろうが、気障ったらしくてかなわない。
それにアルは笑みを返して言う。

「うむ、案内してくれるのならば頼みたい。ここの王に会いたいのだ」

「それなら問題はありません。すぐに掛け合ってお通ししましょう。」

その受け答えをした後、勇者は満足げな顔をして立ち上がった。
そして、俺の方を向いて金貨を1枚投げた。

「おい、そこの。これをやるから失せろ。この方の後の面倒は僕が責任を持って見る」

まるで俺を奴隷か何かと思っているような言葉をあいつは吐く。
もちろん俺はそんな格好をしているため文句は言えない。それに、プライドなんてものはスラムのどぶに捨ててきたし、貴族との面倒事は避けたい。
あいつがアルにご執心で、連れていくとしても別に構わない。あの男はどうやら勇者のようだし、俺より能力が高そうだ。そして元々俺は勇者として働くつもりはさらさらない。だからアルも神サマから与えられた任務とやらを達成しやすくなるだろう。お互い非常に都合がいい。
最小限の野宿の知恵をアルから教わったため、以前より楽に暮らせるはずだ。
戦い方も少しかじったからどこぞの冒険者ギルドに入ってもいいかもしれない。

そんなわけで俺は彼らに背を向けた。
もちろん、金貨はすぐにポケットにしまう。どんな気に食わないやつから貰った物だとしても金は金だ。
そしてこの場を去ろうとした瞬間、首に衝撃が走った。

「すまない、ナイは奴隷なんかじゃない。私の大事な連れだ」

俺は服の襟首をアルに掴まれたらしい。首が締まるとか締まらないとかを気にしていない様子のあいつにぐいっと引っ張られる。不意打ちというのと急所を捉えられているというのとで抵抗はできそうもなかった。
なすすべなく空気の読めない天使の怪力によりアルと気障ったい勇者の間に引きずり出される。

目的を達成できそうで満足げな顔をしているだろうアルと、眼前で俺にだけ見えるように舌打ちをする勇者。
間違いなく、この天使サマのせいで大変な何かに巻き込まれた気がする。

まあ、こんな事を思うのもいまさらだが。


◆◇◆◇◆◇


「おお!ではそなたも勇者だと言うのか!」

あれからとんとん拍子に事が進み、その日の内に謁見が可能となった。どうも、アルの美貌があちこちで話題になっているような会話を聞くかぎりでは、あいつのお陰と言っても過言ではない。もう夕日が沈みつつあるが、普通はこんなに早く全くの部外者が謁見できるとは驚きだ。

そして、たった今アルの話を聞いたとたん王は手放しで俺を勇者だと歓迎した。

「早速我が城内の部屋を手配しよう。泊まる場所を用意していないのならば、そこを自由に使ってくれ。では、また用があれば来るといい」

勇者、その1単語の特徴だけでこの待遇。
俺はため息をついて王の前から去った。

ふざけてやがる、そう思いながら今までの生活を思い返す。そして、吹っ切れて笑った。
これまでスラムで指をくわえながら貴族や平民の生活を見てきたんだ、その分、思う存分贅沢をしてやる。この勇者サマとかいう身分に物を言わせてな。
まずは―――

「やったぞナイ!ここの城の訓練用の施設を一部貸し切りにできると言われたな。早速訓練だ」

アルが昏い笑みを浮かべる俺の背中をばしんと叩く。かの天使はどんな贅沢よりも俺を鍛える手段の方が大事らしい。
質実剛健……というか質実剛拳。
いろいろと疲れが溜まった俺は強烈なアルの剛拳で容易くよろけて倒れた。
どんな状況になってもこいつは相変わらずこんな感じだ。引き続き翼を隠しているので、俺とこいつが恋人同士または主従関係だと勘違いする馬鹿がいて困る。加えて、違うと否定すると調子にのってアルを口説こうとするから可笑しくて腹が痛くなってかなわない。
禁欲とか言う高尚な物を是とする主神サマの天使だぞ、こいつは。恋人なんてありえない。付きまとわれている俺にあからさまに嫉妬と羨望の目を向ける連中にこいつとの関係はもっとドライで互いに利用し合うもの、と教えてやりたくなる。

「ふむ、そんなに疲れているのか。ならば今日のところはゆっくりやすんで明日からにするか?」

こいつは魔を少しでも多く滅ぼすため、俺は勇者という立場を利用していい目を見るため、互いに利用する。まさにそんな関係が現在1番しっくりくる。あいつの顔を見ながらそう思った。
俺の心労を知らず、凛々しい顔をこちらに向けるアル。今日、この表情にノックアウトされた城のやつらは数知れず。
俺は今日何度目が分からないため息をついた。俺は立ち上がりながらアルを睨む。

ついでに、こいつの事はあいつらには『勇者』と伝えておいた。
これならば、わざわざ玉砕しにくる告白隊が少なくなるはずだ。それに、あらかじめそう言っておけば放たれる聖気から天使とばれそうになっても騙せる。

「ああ、今日は飯を食ってもう寝る。訓練は明日の朝からでいいか」

「む、了解した」

俺はあてがわれた部屋に向かい、その扉を開けた。





部屋は綺麗に整理されていて、清潔だった。家具はスラム生まれの俺にも最高級だと分かる豪勢なもので埋め尽くされていた。

「おお、凄いな」

アルは単純に感心していたが、俺は息が詰まるかと思った。

しかし、思う存分贅沢な生活とやらを味わってやると心に決めたからには意地でもここにいてやる。とりあえず、なんとも言えない居心地の悪さを紛らわすためにそこにあった黒いソファーに座る。質のいい綿がぎっしり詰まっているのか、体が深く沈んだ。

「……」

いつも固い物の上にしか座る事がなかったため全く集中ができない。俺はソファーから立ち上がった。

「なかなかいいベッドじゃないか。ぐっすり眠れてしっかり疲れが取れそうだな」

アルが満足げに呟く。そちらを見ると、ソファーと同じく柔らかそうなベッドがあった。実際、アルが座っている部分が大きく沈んでいることから十分過ぎるほど柔らかい事が分かる。
そして、何の冗談か、ダブルベッドだ。
大きく、2人の人間が寝転がっても十分な広さがあり、枕が2つくっついている。
俺はしばらく部屋を見渡し、最終的にベッド横の腰くらいの高さのランプ等を置く机に座った。
棄てられていたレンガを積み上げただけの椅子や廃材のベッドの感覚が染み付いているようで、これが一番心地いい。

そうやっていると、城の召し使いの1人が部屋の扉を開けて入ってきた。
食事の乗ったカートを押している。

「もう時間が遅いので今日はお部屋まで食事をお持ちしました」

そう言ってそそくさと皿をその辺のテーブルに置いて去っていった。そういえばもう夕食には少し遅い時間になっている。
俺は食事が置かれたテーブルに向かった。
ここの王サマが奮発したのか、香ばしい香りと湯気を漂わせる肉料理が山盛りで積まれている。

こんなものは今まで食べたことも見たこともない。
俺は遠慮するわけもなく、料理にがっついた。

アルは天使だから物を食べるのか食べないのか、分からないところがある。が、あいついわく受肉をして下界に降りてきているらしく多少は物を食べる必要があるらしい。

「む、なかなか」

呑気に天使サマは料理を口にする。もちろん俺も食べているのだが、本当にあの天使は呑気だ。『勇者だから』こんな待遇だ。『当たり前』にこんな待遇をされるわけではない。そこのところをあいつはいまいち理解をできていない感じがする。
当たり前にみんな幸せで当たり前にみんな豊か。もしかしたらあいつの頭の中ではそんなお花畑ができているのかもしれない。

そんなこんなで夕食を食べ終わり、着替えをもらい、城での初日は終わる。
風呂に今日は入る気にならず、アルと小一時間口論したのち、俺は机に腰掛けあいつはベッドで、寝ることになった。
疲れているので泥のように眠って、気がついたら明日になっているだろう。そう思いつつ目を閉じた。そのまま、夢も見ず、溶けるように意識が落ちる。

















はずだった。

















夜。

今夜は新月。

闇が部屋の中を深い黒色で塗り潰している。

音はアルの静かな呼吸しか聞こえない。
俺はランプを持ち、こっそりと部屋を抜け出した。
アルが言うには魔法に明るい国には魔力灯なんてものあるらしいが、この国はそんな技術はないらしい。俺は火の灯りを頼りに夜の城を歩いた。

そして、目的地まで行き着いて―――

―――吐いた。

目的地とは、トイレだ。
なぜトイレか、それは吐くためだ。
なぜ吐くのか、それは俺に贅沢は向いていなかったからだ。
つんと鼻につく吐瀉物の臭いとその見た目と口の中の味がさらに胃から物を込み上げさせる。

俺は胃の中の混沌を全て吐いてから嗤った。幸い、魔法により下水が整っているのだろう。便器に吐いたものは全て流される。

俺は生まれは知らんが育ちはスラム。残飯を漁ったり、物を盗んだりして生きてきた。
贅沢な食事とは縁の無い生活だった。

そして、住み処がスラムのため、ほぼガラクタの山のような所に住んでいたため、火は使えなかった。
簡単に言うとそんなわけで肉類を腹一杯に食べたことがなかった。

動物性の脂肪、いや、油全般を胃に入れた経験があまりなく、かつ慢性的に栄養失調気味だった俺の体だ。突然胃に入ってきた大量のソレに耐えられず今に至るわけだ。

「くくっ。ざまぁみろってわけか」

吐いた瞬間にかつてスラムで踏み台にして来た連中の顔が浮かんだ。どいつもこいつも俺を嘲笑うような表情をしていた。
なるほど。
俺はようやく納得をした。
俺は、こんなだから贅沢はできない。贅に溺れなければ堕落はしない。
豪華な家具は落ち着かないから気に入らず、食い物は満足に体が受け付けず、権力?そんな面倒なものはいらない。
だからか、だから俺が勇者に選ばれたのか。
は、ははっ。馬鹿らしい。ようやくいい目を見られると思ったらこのざまだ。

「全部手のひらの上ってことかよ。ったく」

吐き気が収まった俺は壁に拳を当てた。
大きい音をたてて騒ぎになるのは困る。最低限の分別が残っていた俺は震える手を抑えた。

「まあ―――その手のひらの上で踊ってやる。カミサマから望まれた『ユウシャ』とやらの仮面を被ってやろうじゃないか」

俺はそう決めて部屋に戻った。
14/06/24 20:06更新 / 夜想剣
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■作者メッセージ
野草圏です梅雨です。花壇に雑草が生えて雑草が生えて雑草が生えて雑草が生えて雑草が生えて雑草が生えて雑草が生えて雑草が生えて雑草が生えて雑草が生えて雑草が生えて雑草が生えて雑草が。

40個くらいどうしようもない誤字がありました。
いくら書くのに慣れても誤字だけは一向に減りません。
花壇にはびこる雑草も一向に減りません。
いっそのこと来年から雑草育てようかなぁ…。

そして、書き終わってからもう少し心理描写をくどくすれば良かったかなぁとおもいましたね。
さて、夜想剣です、ここまで読んでいただきありがとうございます。

「落ちこぼれ」のほうは
その場のノリと雰囲気で書いていたらやりたいシーンに繋げるにはかなり矛盾が出ることが判明、停滞しております。

そして、今、ナイの口調と性格が不安定なような気がしてなりません。
では、続き、がんばりますので!

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