読切小説
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鉄壁の騎士と柔軟な鍛冶屋。

街の訓練場となっている場所から、金属のぶつけ合う音が鳴り響く。
ここでは今、鎧に身を包んだ騎士たちが一対一で模擬試合を行っている。
金属の奏でる鋭く高い音は、辺り一帯に緊張感を漂わせていた。


「そこまで」


私は自慢の双戦斧を構え、そこに立っていた。
眼前には倒れこむ一人の騎士団員の姿。
周りには私とその団員を見守る騎士たち。
そう、今まさに一つの模擬試合の決着がついたところであった。


「勝者、ベルテ・フランシスカ副団長!」
「流石副団長!お見事です!」
「いやぁ惚れ惚れしちゃいますね!」
「俺も副団長のように強くならねぇと・・・!」
「『鉄壁』の異名は伊達じゃありません!」


私は部下である団員たちから喝采を浴びていた。
結果は聞いての通り私の勝利だ。
今この騎士団の中で、私に勝てる者は団長くらいだろう。
自慢するつもりはないが、少なくとも実力者であることは自負している。


「惜しかったな。私でよければいつでも相手になってやる」

「はい!ありがとうございます!」

「お前たちも、鍛錬に励むがいい」

『はいっ!!』


闘志と気炎に包まれて、訓練の時間は過ぎていく。
これが反魔物国家都市『マレス』の誇る騎士団。
対魔騎士団ディアレスの日常である。





「副団長、お綺麗だよなー。しかも若いし」

「白くて長い髪に、凛々しい顔つき・・・カッコイイよねぇ・・・」

「でも、体の方は絶壁だよなー」ボソ



「そこの貴様、前にでろ。相手をしてやる」

「え?い、いえ俺は別に」

「直々に相手をしてやるんだ。光栄に思うがいい」ガシィ

「え、ちょ、待っっ!?

アッー!!!」



(無茶しやがって・・・)
(あいつ、死んだな)
(余計なこと言わなきゃいいのに・・・)





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訓練後、私はある場所へ向かっていた。
この都市の数ある店の一つである鍛冶屋。
私の行きつけの武器屋だ。

私は武器を眺めることが好きだ。趣味と言っても良い。
使っている武器は双戦斧だが、使えなくとも良い武器は見ているだけで気分が良い。
だからこの鍛冶屋に来ることが、最早日課になっている。
今日は他にも理由があるがな。


「邪魔するぞ」


店の中へ入ると、奥の方から金属を叩く音が耳に入る。
どうやら作業中だったようだな。
幸い時間はあるから、少々待つことにする。
店内を見渡せば夥しい数の武器が並んでおり、樽へ無造作に突っ込まれた品もいくつかある。
決して出来が悪いわけではない。むしろそこらの武器屋より良い物がほとんどだ。
だかここの鍛冶師にとっては何ら変わらない、一つの品だという。
一体何を考えているのやら。


「ふぃー、さて一息・・・て、あら?」

「邪魔しているぞ」

「あらー。もしかして待ってました?すまないっすね、ベルテさん」


何とも間の抜けた声だが、彼こそがこの店の店主であり鍛冶師。
彼の名は『シース・フォールディン』。
鍛冶師というのに年齢も若く、私とそう対して変わらない。
つかみどころのない奴ではあるが、腕は本物だ。
私の愛用武器である双戦斧も、この店で作られた物である。


「頼んでいた武器を取りに来た。良いだろうか?」

「構わないっすよ。丁度昨日終わったとこですし」


彼には武器の手入れを頼んでいた。
長く使っていたので少し傷んでいたところがあり、相談しに持ちかけたところ格安で整備を請け負ってくれたのだ。
仕事も早いので、何時魔物の襲撃や討伐要請が来るか分からない現状では頼りになる。
それと、もう一つ。


「あと、注文していた鎧の方だが」

「あー、それはもうちょい待ってくれませんか?同時進行って意外と厳しいんすよ」


この店は武器の製造が基本だが、実は金物であれば一通り作れるという。
それは身を守る盾や鎧であっても例外ではない。
その気になれば、日用品でも作れるようだ。
普通はどれか一辺倒だと聞くが、この男は何者なのだろうか?


「うむ、分かった」

「・・・しっかしベルテさんは堅いっすねー」

「私が硬いだと?」


突然何を言い出すのだこの男は。
まあ、今に始まった話ではないが・・・
仕事合間の雑談が好きとのことで、客によく話しかけてるのだそうだ。
だが、今まさに仕事中なのではないのか?
しかし、硬いか・・・


「確かに頭突きで敵をねじ伏せたことはあったな」

「いや物理的な話じゃなくて・・・いつも堅っ苦しいじゃないですか」

「私は騎士団員。それに副団長だぞ。厳格でなければ務まらん」

「そういうもんなんすかねー。もうちょい気楽にいきましょうよ」

「お前が柔らかすぎなのではないか?・・・私を名前で呼ぶのはお前くらいだ」

「鉄壁の副団長様ーとか、なんかありきたりじゃないっすか。それにお客さんでお得意様なわけですし」

「お前の場合、尊敬の念を感じられないだけだ」

「はははー。まあ柔らかいってのはよく言われますよ。性分ですからー。
逆にベルテさんは堅くて硬い鉄壁ですよねー。色々と


店に来ると、大方このように他愛のない会話をすることが多い。
しかし、最後の言葉は私の態度に対してなのか、それとも私の体に対してなのか。
どちらにせよ、彼が鍛冶師でなければ斬り捨てているところだが。
だが、名前で呼ばれて不思議と悪い気はしない。何故だろうな。


「だったら、私も性分だよ。お前と変わらん」

「でもそれならー・・・」

「何だというんだ」





「どうして、そんなに疲れた顔してるんですかねー?」

「・・・えっ?」





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反魔物国家『ミュエル』の一つの都市『マレス』には、教団の他に騎士団が存在している。
教団が悪だと訴える魔物に力をもってして、この都市に近づけさせないがためだ。
団員の中には教団の教えに従い、魔物を排除する思惑を持つ者も少なくない。
私も、どちらかといえばそちら側の人間だ。

私は騎士団の副団長。
魔物は決して相容れないモノであることを私が反しては示しがつかなくなる。
迷いがあってはならない。魔物は掃くべき存在。人間に害をなす。
騎士団へ入った時からそう叩き込まれてきた。


「魔物は、淘汰されるべき・・・」


私は、間違っていない。絶対に。
だから、この違和感は気のせいだ。
この私が・・・魔物に対して気疲れしているなど、気のせいなのだ。


「もしもし、そこのお嬢さん」


そんなことを考えつつ帰路についていると、ふと声をかけられた。
しかし、姿は見えない。気のせいか・・・?
もしや日々の訓練の疲れで幻聴が?早く帰って・・・


「ちょっ!?こっちじゃよこっち!」


よく見ると、足元にローブを被った小さい人物がいた。
ローブに隠れて顔はよく見えないが、いくつか品が並んでいる。
どうやら露天商のようだ。


「一体何の用だ?それに、こんなところで店を出すなど・・・」

「まま、細かいことは気にせんでくれ。それより、いい商品があるんじゃよ〜」


怪しいな・・・検挙すべきか?
品だけ確かめて、危険な物ならば即連行してしまおうか。


「ぶ、物騒な考えはやめるのじゃっ!?わしはしがない商人じゃよ・・・」

「品次第、だな」


・・・うん?今私口に出していたか?
いかん、気をつけなければ。
やはり疲労が溜まっているのかもな・・・


「気を取り直して・・・今回お主に紹介する商品はコレ!」


商人は怪しげなローブの中から白い液体の入った瓶を取り出した。
これは・・・?

「『栄養満点!特濃ホルミルンG』じゃ!!
一瓶飲めば疲労回復!騎士団の訓練程度の疲れなら簡単に吹っ飛ぶぞぃ!
さらに!女性に優しい美容効果も!お肌はつるつるのもちもち!かーっ!羨ましいのう!」


少々安っぽい気がする売り文句を静かに聞く。
私が騎士団員であることを話してはいないが、鎧を着ていれば流石に分かるか。
しかしこれは・・・見た感じ、ただの瓶入りミルクではないか?
ただのミルクにそこまでの効果があったら、少々、いやかなり恐ろしいと思うのだが。
やはり詐欺じゃないだろうか。名前も胡散臭すぎる。
しかし、商品の宣伝というものは誇張せねば売れんだろう。ここは目を瞑ってやることにする。


「さらにさらに!・・・ここだけの話、豊胸効果もあるとか。
バストアップも夢じゃない。まあこっちはどーーでもいいがの」

ピクッ「っ!」

「おやぁ〜?興味が出てきましたかの?」

「そ、そんなわけないではないか」

「まあいいわい。この商品、10本セットで・・・この値段じゃ!」


何やら板のような物を取り出し、パチパチと指で弾いている。
確か、ジパングのソロバンという物だったか?
弾き終わるとソロバンから立体映像が飛び出し、値段を表示している。
・・・無駄に高性能なのだな。ソロバンというものは。


「ちょっと待て。これ、普通のミルクよりも安いではないか」

「ふふふ・・・うちの商品はいいモノを安くがモットーなんでの。
一人暮らしの家計にも優しいのじゃよ。さあどうじゃ?お一つ、いかがかな?」

「・・・くっ」





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帰宅後、衝動買いしてしまった品を眺める。
・・・はぁ。普段なら、あんな怪しげな物は絶対に買わないのだがな。
最終的にあの小人・・・いや商人に気圧されて購入してしまった。
まあ、騙されたとしてもあの値段だ。
普通にミルクを買うより安く済んだと思えば良いだろう。


「何やら、今日は色々とあったような気分だ・・・」


もう今日はさっさと寝てしまおう。
・・・折角だから、一本飲んでみるか。
箱からミルク入りの瓶を一本取り出し、瓶の蓋を開ける。
腰に手を当て、喉を鳴らしながら半分ほど飲むことにする。
特に意味はない。気分だ。


ゴキュッ、ゴキュッ、ゴキュッ・・・

「んっ!?」


な、何だこれは!?う、美味すぎる・・・!
濃厚でまろやかな甘さ、後を引かない喉越し。どれをとっても普通のミルク以上だ!
思わず一本丸々と飲んでしまったではないか!
うむ・・・あまりの甘さに、頭までぼんやりしてきたような・・・
だが悪い気分ではない。むしろクセになりそうだ・・・
も、もう一本・・・


「ハッ!?」


い、いかんいかん。
手から伝わるミルクの冷たさで我に返ることができた。
無意識の内にもう一本瓶を手に取ってしまっている。
何だこのミルクは・・・


「もう寝てしまおう・・・そうしよう」


もっと飲みたい衝動を抑え、ベットに横たわる。
あれだけ美味しく感じたのも、きっと体が疲れているからだ。
飲み終わった時、何故かあの鍛冶屋の顔が浮かんだのも、疲労のせいなのだ。
私は気を落ち着かせ、目蓋を閉じて、深い眠りに落ちていった。









翌日、目が覚めると体の変化に気がついた。
軽い。体が嘘のように軽い。
どうやら疲労回復の効果は本当だったようだ。
これは良い買い物をしたかもしれない。
今までにない軽い足取りで、私は家を出て訓練場に向かったのだった。

・・・この変化が、これから起こる希望と絶望の始まりとも知らずに。





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怪しげな商人からあのミルクを買って3日が経過した。
一日の終わりに飲むのが日課になっており、翌日には疲れが全く残っていなかった。
数はあまりないので、一日一本。飲めば飲むほどくせになる。
だが、一つ問題が生じていた。


「う、むぅ・・・」

「副団長、どうかしましたか?」

「ん?い、いや、何でもない」

「?そうですか。それでは今日もお疲れ様でした!」

「ああ、気をつけてな」


今日の訓練が終わったところだが、どうしようか。
この問題は、早く解決せねば。今後の戦闘に響きかねん。


「うぅ・・・仕方ない、か」


尻込む己に喝を入れ、決心して私はある場所へ向かった。



・・・・・



「・・・邪魔するぞ」

「ああ、ベルテさん。いらっしゃーい」


私が来たのはあの鍛冶屋。
問題が問題なだけに、話せるのはシースしかいなかった。
そして奴は休憩中だったのか、カウンターに座っている。


「あー、もしかして鎧のことですか?ちゃんと出来上がってますから今持ってきますよ」

「そ、その事なんだがな!」

「どうかしましたー?」

「それは、その・・・」

「んんー?何でしょうかー?」





「・・・今の鎧が、キツいんだ」

「・・・はい?」



「だ、だから!胸のあたりが鎧でキツいと言っているんだ!!」



「・・・い、いきなり大声出さないでくださいよー」


そう、生じた問題とは『胸が大きくなった』ことだ。
あの商人も言っていたが、まさか本当に豊胸効果があると思わなかった。
最初はその変化に大喜び・・・ああいや違う、驚いたものだったが。
そのせいで今の鎧のサイズとは合わなくなってしまった。
このような弊害が出ようとは。気持ちは何やら複雑だ。
今は胸部に布を巻き、抑えてはいるが・・・
これでは戦闘にも身が入らなくなる。早くどうにかしたかった。


「ほへー。ベルテさんの枯れた大地にも芳醇な実りが訪れましたか」

「・・・貴様、今ここで処刑されたいようだな」

「それは困りますねー。ベルテさんの鎧、新調できなくなっちゃいますからねー」

「ぐっ・・・!!」


うぅ、だからあまり奴にこの話をしたくなかったんだ。
他の鍛冶屋に行っても良いのだが、他では時間がかかる。
比べてシースは仕事が早い上に、仕事の出来もかなり良い。
それに、こんなことを相談できる友人が特にいるわけでもない。
緊急のこの事態。私が最初にここに来た時点で、他の店には頼まないことは明確である。
私が本気で手を出さないことをいい事に好き放題言いおって・・・!


「それじゃ、さっさと測って手直ししますか」

「ひ、引き受けてくれるのか?」

「?当たり前でしょー?うちのお得意様の願ってもない頼みなんですもん。
それに、急いで直さないとベルテさんが大変だし。これくらいわけないっすよー」

「す、すまないな」

「謝らなくとも、これが仕事ですし。それじゃすみませんが奥の方で着てる鎧脱いできてください」

「分かった」


今『もしや断られるのではないか?』と考えてしまったが。
どうやら引き受けてくれるようだ。いつもの調子で。
・・・いかん、久しぶりに緊張してきた。
たかが測定に何で鼓動が早くなる?落ち着け私。



・・・・・



「そ、それでは、頼む」

「はいはいー。ちゃっちゃとやりますので、ご安心をー」


私の胸の前にシースが立つ。
この店は完全にオーダーメイド。
体に合った鎧を作るのだから、測定もシース自信が行う。
彼は仕事と割り切ってるから、変なこともせず真剣な眼差しで取り組んでいる。
まあ、測定を受けるのは最初っきりだったんだが・・・
久しぶりだからか、私の方が意識してしまう。


「・・・本当に膨らみができてますねー。見てわかるくらいに」

「う、うるさい!さっさと測れっ!!///」



「ほい、終了―。それじゃ作業に取り掛かりますんでー・・・明後日には来てください」

「・・・え、もう、終わりか?」


シースは身体を測る時、計測具をほとんど使わない。
聞けば目測で大体分かるのだとか。
体を触られたがらない女性騎士にはありがたいようで、女性客も多いようである。
・・・その話を聞くと、胸がざわつくのは何故だろう。


「ええ、終わりましたよー。目利きには自信あるんで安心してください」

「あ、ああ・・・それでは、また明後日に・・・」

「どうしましたー?自分の胴体をそんなに眺めてー?」

「!な、何でもない!では失礼するっ!!///」

「ご来店お待ちしてまーす」





・・・私は何故『もっと見て欲しい』などと思ってしまったんだろうか。
胸に靄が残ったような感覚だけが、残っていた。





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ミルクを飲み始めてから5日目。
胸のキツさはさらに高まり、鎧で動けば少し息を荒げてしまう程だ。
団員たちもその様子を察したようで、「大丈夫ですか?」などと心配されてしまう始末。
私は副団長。しっかりせねば、団員たちに不安を与えてしまう。
訓練終了後、私は即座に鍛冶屋へと向かった。


「邪魔、するぞ」

「待ってましたよー。それじゃ奥の試着室へどうぞー」

「ああ・・・」


鎧を受け取り、試着室へと入る。
今までのよりも胸に空間ができている作りだ。
この胸の苦しみからようやく解放できるのかと思うと嬉しく思う。


「・・・ん?・・・・・・!?」


しかし、その違和感にはすぐ気がついた。
新しく作られた鎧でも、サイズが合ってないのだ。
・・・どういうことだ!?


「おい、シース!」

「はい?どうしました?珍しく名前なんて呼んじゃって」

「えと、その・・・サイズがまだ、キツいのだが・・・」

「・・・ええっ!?」


シースが驚きの声を上げた。
珍しく焦っているようだ。
中々良いものが聞けた・・・ってそうじゃないっ!
私は何を考えている!?


「これはどういうことだ?サイズの測り間違いなぞ、あってはならないことだぞ?」

「ちょっと待て!今確かめる!」

「ふえっ!?ああ、いいぞ・・・」


慌てて試着室に入ってくる。
すると、シースは目を丸めて驚いているようだった。


「ベルテさん、鏡見た?」

「いや、見てはないが」

「・・・2日前より、明らかにでかくなってるんだけど」

「・・ええっ!?」


私は驚きを隠せなかった。
たった二日で鎧のサイズが合わなくなる位にまで成長していたからだ。
・・・今考えれば三日で膨らみができることもおかしかったが、あの時は深く考えていなかった。


「少し、計測具で測ってもいいか?」

「えっ!ああ、た、頼む・・・」


シースは計測具を持ち出し、私の胸部に近づける。
シースの顔が近づくことで、私の顔も熱を持っているように思えた。
呼吸も少し、荒くなる。


「んっ・・・♥」

「へ、変な声出さんでくださいよー・・・」

「す、すまんっ!!///」





「・・・やはりサイズがでかくなってやがる」

「たった二日でか?・・・というより、口調が変わってるぞ」

「えっ?あーいやぁ、思わず素が出ちゃいました。ご無礼をお許し下さーい」

「今更、別に構わん・・・」


今までの態度は接客用だったということが今明らかになった。
素を見せた客というのは、私が初めてなのだろうか?
シースも顔がやや赤くなっているように見える。
だとしたら・・・何やら嬉しいな・・・
!?今私は何を・・・!


「これは今までにないケースですねー。・・・成長が今一気に来たんですかね?」

「そ、そうかもしれんなっ!!?」

「・・・えーと、どうしました?」

「えっ!?何でもないぞっ!!何でも・・・///」


シースの顔を直視できない。
私はこの男、シースの一面見れて何故嬉しいと思ったのか、整理がつかないからだ。
自分でも分からない、自分の気持ち。


「はぁ・・・じゃあまた作り直しですねー。とりあえず今日出来たものを使ってください。
そっちの方が少しは楽でしょう。また明後日までには作りますんで」

「だ、大丈夫なのか?」

「もうこうなったらトコトン付き合いますよ。胸の成長が止まるか、俺の腕が勝つか。
もはや根比べですねー。まあ心配しなくても一時的なものでしょうよー」

「そう、だといいがな・・・」

「・・・らしくないっすね?心配せずとも、いくらでも合わしてあげますよ。それじゃまた後日」

「・・・ああ」





いくらでも付き合う。その言葉に胸を躍らせている自分がいることに。
私はまだ気づかなかったのだ。





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ミルクを飲み始めて一週間。胸は未だに成長を続けている。
もう飲まない方が良いと思うのだが、私の体はそれを許さなかった。
我慢すればするほど、渇きが増してくるのだ。
これ無しでは生きていけなくなる。そう思うほどに。


「今日の訓練は、これまでだ・・・解散」

『ありがとうございました!!』



「なあ、副団長、最近少し変わったんじゃないか?」

「そうよね〜。益々何か綺麗になったっていうか、刺々しさがなくなったっていうか」

「何か、色っぽいよな・・・模擬戦の時の声、ちょっとエロかったぜ」

「アンタ、サイテーね・・・」

「鎧も最近変えているっぽいし。そういや鎧、前より大きくなってるよな」





騎士団の中でも、このような私が変わったという噂が増えてきた。
事実、訓練にも身が入らず、ぼんやりしてしまうことがある。
自身の体も、胸部が疼く。僅かな衣擦れ声が出てしまうほどに。
このままではいけない。そうは思いつつも、原因であろうミルクは止められない。
私は、一体どうすれば良いんだ・・・

重い足取りで街を歩いていると、シースの鍛冶屋の前に着いていた。
ああ、そうだ。今日は鎧を受け取る日だったな。
最近では寝る前に、何故かシースの顔が浮かぶ。そして胸が苦しくなるのだ。
まるで何かが足りないと訴えているかの如く、疼きは収まらない。
・・・ここで考えても仕方がない。店に入ろう。


「・・・シース、邪魔するぞ」


名前を呼ぶことに違和感もなくなってきた。
親しい男など、今までにいた試しはなかったのだがな・・・


「いらっしゃい・・・ベルテさん?どうしました。顔が赤いですよ?」

「何でもない、大丈夫だ・・・それより、鎧の方を・・・」



・・・・・



「・・・まーたサイズが上がってやがるよ」


シースの言う通り、サイズが上がって鎧が着れなかった。
否、着れるのだがまだ苦しいという感じだ。
締め付ける違和感が取れることはない。


「なあベルテさん。何か、変なことしてるんじゃないでしょうねー?」

「へ、変なことだと!?」

「例えば、何やら怪しい薬を飲んでるとか、道具を使っているとか・・・」



ガタンッ!



「ふざけるなっ!!
私は対魔騎士団ディアレスの副団長!!
ベルテ・フランシスカだ!!!
そんな物使っているなどと思うのか!?
お前は私がそういう奴だと思っていたのか!!?」




私は椅子から立ち上がり、シースを怒鳴り散らしてしまった。
冷静になって考えれば、筋違いも甚だしい。
事実、私はあのミルクを飲んでいる。
それが止められず、今このような問題を起こしている。
私はそんな物を使っているし、そういう奴なのだ。
何が副団長だ。
事実を指摘されただけで、狼狽え、怒鳴り散らすなど。
何が・・・騎士だ・・・
彼に嫌われても当然だ。自分の非を認めず、相手を傷付ける奴など。
だが、彼は・・・


「すみません。失言でした。
ですが、もし何か悩んでいる事があるのなら。何か、抱えているものがあるのなら。
いつでも俺を頼ってください。俺にも、何か手伝わせてください。
ただの、一介の鍛冶屋かもしれませんが。俺にできることがあれば何でもします。
ここまで来ちゃったんです。一緒に何とかしましょうよ?頼りないし生意気かもしれませんが。
一人でなんて、抱え込まないで・・・もう我慢なんてしないでくださいよ・・・
あと、少しでも疑って、本当に申し訳ありません・・・」


シースは謝罪し、そして笑って受け入れてくれた・・・
私は、それ以上何も言えず。黙って家に帰ることしかできなかった・・・





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私は部屋で、ただぼんやりとしていた。
シースの笑顔が、頭から離れなかった。
それと同時に感じる渇き。私の体はあれを求めている。
私は一本の瓶を手に取る。


「こんな・・・こんなものがあるからっ!!!」


私はそれを床に叩き割ろうとした。しかし、できなかった。
まるで手に吸い付くように手から離れようとしないのだ。
いや、私が手から離そうとできないだけだ。未練がましく、離せない。


「これが、なくなってしまえば・・・」


はっきりしない思考で、蓋を開ける。
そうだ。これがなくなってしまえばいい。
明日以降、これを飲むことがなくなればいいわけだ。
それに、これは疲労回復の効果がある。
今まで体の疲れは取れていた。今思い悩む疲れも、これで取れるはず。
ならば・・・

おぼつかない頭の中、私は全ての瓶を手に取り。





残りのミルク全てを飲み干した。





甘く蕩けた味が、頭の中に広がる。
身体の芯まで染み込むような濃厚な味。
今までにない幸せが満たされていくようだ。
無我夢中で飲んでいた。進行形で膨らむ胸などお構いなしに。
今まで思い悩んでいた自分が馬鹿らしくなるくらいに。
もっと。
もっと、もっと!
もっと、もっと、もっと!!
この甘美な旨味を、もっとぉ!!



だがそれもすぐに尽きてしまう。
体の疼きは収まるはずもない。
喉の渇きが止まらない。渇いて渇いてどうしようもない。
胸の苦しみが収まらない。締め付けられて仕方がない。
何が足りない?今の私に足りないものは何だ!?
教えてくれ!誰か・・・誰か、助けてくれ・・・!
私を満たしてくれぇ!!!






―もう我慢なんてしないでくださいよ・・・






ああ、そうだ。
・・・彼だ。彼なら・・・きっと・・・♥





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夜も更け、辺りは暗い闇の中。
フラフラとした足で、前に進む。
まるで獲物を求める獣のように。
進む先にはもちろん、あの店。

扉の前に立つと、金属を打つ音と彼の匂い。
彼が中にいると、はっきり分かる。
もう店は閉まっているが、扉を叩く。
どん、どん、どん、と力を込めて。

すると、音が止み、扉へ近づく足音が聞こえる。
彼の匂いも強くなる。
もうすぐ。もうすぐだ。

扉が開く。彼の顔と体が見える。
ずっと、ずぅっと見たかった、彼の顔が。
ここまで来るのに何度も考えた彼の体が。


「ベ、ベルテさん!?一体どうしたんですか・・・!?」

「シースぅ・・・」

「とりあえず中へ・・・ドア閉めますから・・・」


ばたん、がちゃりという音を確認したのを最後に。
私は・・・


「ああ・・・シース・・・・・・」

「!?本当にどうしたんだ!?ほらしっかり!!」





「・・・助けて、くれ・・・♥」





私は彼を押し倒した。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





もう止まらない。止められない。
彼に覆いかぶさる形で、腕を固定する。


「ベルテ、さん!?むぐっ!?」

「んぅ、むちゅぅ♥れろぉ、あむ、くちゅ♪ふぅ・・・ぅぅん♥」


貪るようにシースの唇を奪う。
今まで求めていた渇きが、僅かに潤う。
あのミルクにも勝る味が、こんな近くにあったとは。
いや、今だからこそこんなにも美味に感じるのだろう。
空腹は最高のスパイスとはよく言ったものだ。
でも、まだ足りない。


「ん・・・んぅ・・・♥はぅん・・・♥じゅるるるるぅ・・・♥」

「んん!?んむーーーーーー!?」

「ぷはぁ・・・フー、フー・・・♥」


シースの口内にある涎一滴でさえ吸い尽くす。
甘い。まるで蜜のようだ。呼吸でさえ忘れてしまう。
名残惜しいが一度口を離す。シースの顔もよく見たい。


「ベルテさん、落ち着いたのか・・・?」

「最初から落ち着いてるぞぉ?私はなぁ・・・♥」

「どこがっすか!?目ェ据わっちゃってるし!一旦離れましょ?ね!ね!?」

「やだ。離したら逃げるだろ?これは仕方のない事なんだ♥」

「ちゃ、ちゃんと説明してくれなきゃ、逃げますでしょーよそりゃ!!」


どうやら説明しない限り抵抗するようだ。
面倒だが、私も彼から愛されたい。触れられたい。
だから、全部。心の内を全部話すことにした。


「私はなぁ・・・お前が、シースが今愛しくて愛しくて仕方がないんだぁ・・・♥
あれを全部口にして、ようやく気づいたんだ・・・私はシースが一番欲しかったんだと・・・
この数日、この店に来るのが楽しみで仕方なかった。今まで、ずっとそうだった。
他愛のないやり取りが、くだらない掛け合いが、全部楽しかった。
でも隠してた。本当の気持ちを無意識に押し込んでいたんだ。
魔物だってそう。排除すべきだと思ってたけど、それでは駄目なんだ・・・
もっと良い方法があるはずなんだ。今のままでは何も変わらない。
だが、私は副団長だから。皆の手本にならなくては。だから心を押し殺した。
我慢してたんだ。気持ちをずっと抑えてた。気づいてはいけないと頭のどこかで思ってた。

でも、お前は言ってくれたよな?一人で、我慢しなくて良いって、言ってくれたよなぁ?♥
私はその言葉に救われたんだ・・・たったその一言を求めていただけだったんだ・・・
だから、気持ちに背くのはもう止めだ。もっと素直になれば、苦しい思いもせず、向き合えると・・・気づいてしまったから・・・」


「・・・・・・」


シースは黙って私の話を聞いていた。
思考がまとまらなくなっている私なんかの話を真摯に受け止めてくれている。
そうやって、いつもお前は私の一言一言をちゃんと聞いて、拾ってくれているんだったな♥


「そんな思いを、ずっと一人でそのちっぽけな胸にしまいこんでたってことなのか・・・?」

「もう、ちっぽけではないがな・・・お前を想って、はち切れんばかりだ・・・♥」


私はシースの手を取り、自分の胸へと押し当てる。
一瞬手を強ばらせたが、お構いなしだ。
ああ、気持ちが良い・・・♥
想い人に触れられるだけで、こんな幸せな気持ちになるなんて・・・


「うわっ、柔らかっ・・・!」

「でもな・・・まだ胸が苦しいんだ・・・多分、急に大きくなったせいなんだがな?
だから、私の胸を揉みしだいてくれないか?この疼きを止めてくれ・・・///♥」

「・・・ベルテ、さん・・・」


・・・シースは自ら手を伸ばし、私の胸を鷲掴みにした。
優しく丁寧に、揉みほぐしていく・・・
どんどん胸が熱くなっていくのが分かる・・・
今まで出したことのないような声も出てしまう。


「ふあぁ・・・もっとぉ、もっと強く搾ってくれぇ・・・♥♥」

「いやしぼるって・・・こ、こうか・・・?」

「ああああっ!出るっ・・・!出てしまうぅ・・・♥」

「出るって何がっ・・・!?」


胸の先へ、何かが昇ってくる。
頭の中では不安と期待が駆け巡り、真っ白に埋め尽くされる。
次の瞬間、今までに味わったことのない快感が私を襲う。
自分の胸から、液体が排出される感覚・・・
妊娠しているわけでもないのに、母乳がシースの顔や体めがけて吹き出したのだ。
一体何だというんだぁ・・・これは・・・♪


「うわぁ!?ぼ、母乳!?あ、甘い・・・じゃないよっ!何で出てくるの!?おめでた!?」

「そんなわけないだろぉ・・・こんなこと、シースにしか許してないんだからなぁ・・・///♥」

「そ、そう言われると照れるんだけど・・・・・・」

「でもまだだ・・・まだ足りないぃっ!!♥♥」


私はシースの服を思いっきり脱がす。
そして私自身も生まれたままの姿になる。
こんな早業が自分でできると思わなかったが、反射的に体が動く。
頭より早く、体が動く。それだけだ。


「口や胸だけでは足りんっ♥私の膣をっ!子宮をっ!おまんこを以てして!
私を満たしてくれっ!♥お前でいっぱいにしてくれぇぇぇっ!!♥♥」


最早私の頭の中に恥や外聞はなかった。
目の前の欲求を満たす。それ以外考えられなかった。
だがシースは、応えてくれた。


「箍が外れすぎじゃないのか・・・?まあ、いくぜ・・・!」

「あっ・・・ふはぁあぁぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁん♥♥♥」


ずんっ、と自ら腰を落としたと同時に、下から打ち付けられた。
その剛直は奥にまで一気に刺さり、破瓜の痛みも吹き飛ぶ程の快楽であった。
シースの熱が、私に染み渡ってゆく・・・
まさか、せいこうがこれほどとは・・・♥


「大丈夫か・・・?」

「ああ、あひぁ・・・♥」


トんでしまって何が何やら分からない。
ただ愛しき人が私の身を案じ、私の下腹部にあたたかさが広がっている事は理解できた。
もし、動かされてしまったら・・・
私は、どうなってしまうのだろう・・・♥


「う、くく・・・これ、やばっ・・・!」

「ふあぁ、ああああああっ!!!♥♥」

「ちょぉ!?待って・・・!うあぁっ!!」


はあぁ♥動いてるっ♥
いや違う、私が動かしているんだ♥
理性など関係なく!本能で求めているんだ!♥
気持ちいい♥きもちいいっ♥


「このっ・・・!動きすぎ、だ・・・!」ムニィィ!

「あはぁっ♥またおっぱいぃ、つよくっ、うぅん♥もんでくれるのかっ?・・・はぁあぁ♥」

「おいおい、まだ出るのか・・・!」

「むねぇもまれてっ、みるくぅ・・・♥おちち、だすのきもちぃっ♥」

「一体何で・・・むぐぅ!?」

「もっとぉ・・・ちょくせつぅ♥すってくりぇっ!♥すいつくしてぇぇえ!!♥」


いまだはり続けるむねをぉ・・・シースの顔に押しつけるぅ♥
いいよぉ・・・もっとすってぇ・・・♥
しーすのくちで、ちゅぅちゅぅすってくれっ♥
はうぁ・・・したでぇ、ぺろぺろいいよぉ・・・♥
おまんこにもぉ・・・っ!だしてっ・・・♥
しーすのみるくっ♥はやくだしてぇっ♥
はやくはやくはやくぅぅぅぅ♥♥♥


「ぷはっ!もう・・・限界っ・・・!!あああああっ!!!」

「はわぁああああぁあああああぁああああああ♥♥♥」


とまりゃなぃぃ!きもちよすぎるぅぅうっ!!♥
からだびりびりすりゅのぉぉぉ!!♥♥

ふはぁ・・・あぁ・・・
しゅごいぃ・・・♥
しきゅうにぃ、たぷたぷそそがれてりゅぅ・・・♥
しーしゅの、こだねぇ・・・♥
うあ・・・?あ、あちゅいぃ・・・・・・?

あつい、あついあついあついっ!
か、体が熱い・・・!
頭から何か・・・!尻の方もむずむずとぉ・・・!
体が何か、変化していくっ・・・!?


「んんうっ・・・!ああああああっ!!」

「はぁはぁ・・・ベル、テ・・・さん・・・?」


熱さが、少し収まった。思考も幾分か、正常に戻った。
だがシースは驚愕した顔をこちらに向けている。
まるで信じられないモノを見るような眼で、私を見ている。


「ベルテさん・・・そ、それは・・・!」

「はぁ、ふぅ・・・わたしは、いったい・・・」


何気なく目をやった鏡を見るとそこには。





一匹の魔物が、男を襲う姿がそこに映っていた。





シースの精を受け、私の体は変化していた。
髪で隠れていた耳は白い毛に覆われ形を変え。
尻の上部、尾骨からは白く細長い獣の尻尾が生え。
左右の側頭部からは牛のように鋭い角が飛び出していた。


「こ、これは・・・この、姿は・・・」

「ベルテさんが、魔物に・・・」


私は、魔物になっていた。
排除すべき存在としていた魔物に。
この都市に望まれぬ魔物に。
騎士団が戦うべき相手である魔物に。

シースを襲う、魔物になってしまった。


「は、ははは・・・私が魔物・・・わたしが・・・」

「ベルテさん、落ち着いてください」

「人間じゃ、ない・・・ただの、まもの・・・」

「・・・・っ」


私は魔物になってしまった・・・
誇り高き騎士でも、副団長でもない。
もうただの魔物なんだ・・・
あはは、まもの・・・あはっ♥あはははぁ♥
あぁ、あたまがふわふわしてきたぁ・・・♥
わたしはまものぉ・・・はじもほこりもなーんにもない・・・
でもしーすがいればいいやぁ♥
あはははははははははははははー♥



「わたしは、まもの・・・あはっ♥まものなんだぁ・・・♥」








「落ち着けっ!ベルテっ!!」




スパァン!!






「えっ・・・?」




両頬の鈍い痛みを感じる。
頬を叩かれたのだ。
叩いたのは、シースだった。


「たとえ魔物になろうとも、ベルテはベルテだろう!?
自分一人だけ想いぶちまけて何終わらせようとしてんだよっ!!
ただの魔物の一人なんかじゃない!!俺の大好きなベルテだ!!
だから自棄になって自分を見失わないでくれよっ!!!
自分を・・・俺の好きなベルテを、捨てないでくれよっ・・・!」


「しーす・・・?」


「俺はベルテが好きだっ!
今更卑怯かもしんないけど!ずっと好きだったのは俺も同じなんだよ!
俺の武器や鎧、使い込んでくれて・・・俺の作ったものがベルテを守ってるんだって・・・
嬉しくてしょうがなかった!俺は鍛冶屋だから、それぐらいしかできないから・・・
けど何でもないフリ装って、名前を呼ぶにも適当な理由つけて、話すだけで充分だった・・・!
クールで、強くて、誇り高くて、皆に優しくて、綺麗で、でも胸の事気にしてて、そんな一面も可愛くてっ!一人で何でも無理をして・・・っ!それを隠せてると思ってて!ほっとけなくて!!
そんなベルテが!大好きなんだよ!

だから壊れないでくれ!負けないでくれ!姿が変わったくらいで、心まで崩れないでくれ・・・
俺が支えるからっ・・・ベルテには心から笑っていて欲しいからっ・・・!!
俺がっ!ずっと一緒に、傍にいるからっ!!!」





私の頭に、光が灯った。
優しくて暖かなその光は頭から全身へ流れ出るように行き渡り。
体の全てを優しく包み込んだ。



彼の言葉が、『私』という存在を取り戻してくれた。



「シース・・・」

「!・・・何だよ、ベルテ・・・さん」

「・・・今更『さん』付けするな馬鹿者」

「・・・ごめん、ベルテ」

「・・・シース。いいのか?私は、魔物になってしまったんだぞ?」

「どうってことない」

「もうこの街には・・・この店には、居られないんだぞ?」

「構うもんか。ベルテが一緒なら」

「・・・シース・・・!」


私は彼を抱きしめた。
彼の鼓動が。彼のぬくもりが。
私に安心を与えてくれる。
もう魔物になった恐怖や不安など、どこにもない。


私はもう、この暖かさを手放さない。





・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・





その後、私たちは親魔物領へと移り住んだ。
騎士団や人の目を避けるのは大変だったが、都市に住む私の師や快いシースの友人たちの協力もあり、すぐに隣国の親魔物領へと亡命することができた。
騎士団長には気づかれていたようだったが、何も言わずに黙っていてくれた。
ありがとうございます、団長・・・

私が何で魔物化したのか。原因はやはりあのミルクだった。
あれはホルスタウロスという魔物の母乳。
普通の物であれば問題はないのだが、特濃ともなると大量の魔力を含み、女性が飲めば同種族のホルスタウロスへと姿を変えてしまうという『呪われた物品』だ。

だから、今の私はホルスタウロス。
温厚で大人しい性格で、胸が大きく、子を産まずとも胸からミルクが出せる牛の魔物。
でも少しだけ違うのは。
冷静で凛々しい顔つきであること。クールな性格であること。武器が扱えること。などなど。
つまり人間の私の部分がちゃんと残ってるのだ。愛する主人のおかげでな。
まあそれでも前より穏やかでのんびり屋になったと、言われるのだけどね。

もう一度、あの商人に会うことがあれば、一度叩きのめしたいものだな。
もちろん、お礼の言葉を添えて、な。

現在私は鍛冶屋の妻。そして従業員だ。
夫の作った品々を店に並べたり、お客の対応をしたり。
他にも偶に、街の私設軍隊の訓練指導や自警活動もしていたりと中々に忙しい。
でもそんな日々が楽しくて仕方ない。
共に悩み、共に喜ぶ人がいることが。愛しき人と共にいられることが。
人間としての部分と魔物としての部分を、両方愛してくれることが。
私は自由に生きている。縛るものなど何もない。
今、私は幸せだ。



「こんにちは〜」
「こ、こんにちは・・・」



おや?どうやらお客が来たようだ。

やあ、いらっしゃい。





ようこそ。鍛冶屋『フリーダムド』へ。

13/05/30 18:46更新 / 群青さん

■作者メッセージ

ここまでお読みいただきありがとうございます。
いかがでしたでしょうか?

今回は本家様の『魔物娘図鑑Uワールドガイド 魔界自然紀行』より記載されている、
『特濃ホルスタウロスミルク』を使用させていただきました。
反魔物国家では『呪われた物品』とされるこのアイテム。
ホルスタウロスへの魔物化ってあまりないなぁと思い、筆を取らせていただきました。
もっと時間をかけて面白い物語にしたかったのですが、私にはこれが限界でございます・・・
これでも中々難産でしたし、まだまだ修行が足りませんね・・・


そして割とどうでもいい話なんですが、登場人物の名前の由来が一応あったりします。
『ベルテ』はドイツ語で斧を意味する言葉で、『フランシスカ』は投擲武器で用いられた戦斧のこと。
『シース』と『フォールディン』は両方ともナイフの用語からきています。
明日使えない無駄知識ですね。「だから何?」という話でごめんなさい・・・


こんなところにまで目を通してくださったことに感謝の念を送りつつ、
他のお話を書く作業に戻ります。
ありがとうございました。

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