読切小説
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バニップちゃんと別れ話
俺の彼女はバニップだ。

大学時代から付き合い始めて5年になる。

同棲を始めて2年とも言う。

仕事は小説家だが…どんな小説を書いているのかはよく知らない。

家で働いているのに家事も(〆切が近い時を除いて)きちんとこなし、俺が仕事から帰った時には温かいご飯とお風呂、ベッドメイクまで完璧である。

彼女は感情表現に乏しく、笑みを浮かべることなどほぼないどころか、泣き顔も全く見せたことがなかったりする。

それは種族的なものもあるし…仕方がない、告白する時に覚悟はしていた。

だが最近、俺はある恐ろしい懸念を抱えている。


彼女は俺のことを愛してなどいないのではないか?


と。

5年も付き合って何を、この疑いを聞いた人はそう思うだろう。


だが前述した通り彼女は俺に感情を一片たりとも漏らさない。

それはあまりに徹底していて、冷淡な態度にも思えるそれは長年の蓄積で俺の心に重くのしかかっていた。


そしてセックスである。

彼女は性欲にかなり忠実なタイプだ。

小説の〆が近い時、家事も手につかず荒れに荒れた彼女は俺を自室に監禁、逃避のためにあばらを折るほどの力で四六時中巻きついてインスピレーションが降りる(俺が気絶する)までセックスし続ける。

また、朝に弱い彼女は二人で寝ている間に俺をぐるぐる巻きにし、3時間ほどセックスするまで離さないのだ、俺が大遅刻する時はセックスした時がほとんど。

それほど頻繁には行かないが…デート中にトイレやラブホに強引に引きずり込まれるのもザラだ。

挙げた通り、彼女は性欲に基づいて俺とセックスしている。

おまけに彼女は尻尾を含めて4mを超える巨体で、俺に巻きつくとご自慢(?)のGカップに俺の顔を埋めてしまい、キスどころか顔も見られない。


考えれば考えるほど不安になる。


寡黙な彼女は1日で「おはよう」「いただきます」「ごちそうさま」「いってらっしゃい」「おかえりなさい」「おやすみなさい」以外に喋らないこともままある。

こんなことで愛を疑うなんて最低だと思うし、自分でも重いと分かっている。

だから告げずにいた。

告げられずにいた。



しかしその日は違った。

会社の忘年会で気が大きくなっていたのかもしれない。

お酒のせいで心が緩んでいたのかもしれない。


「君って彼女いるんだっけ?」

「え?あ、はい、同棲中です」

「同棲かぁ、結婚すると嫁の嫌なところが見えてきて困るぞ…酒癖が悪いとか、寝相が悪いとか、いびきがうるさいとか、セックスが多いとか…特に魔物娘な」

「………」


結婚。

考えたことはあったが、同棲でこの調子では幸せな結婚生活なんて想像もつかない。

俺よりも15歳年上のその上司に相談を持ちかけることにした。


「あの、実は………」


「ふむ、彼女さんからの愛を感じない…か」

「…そうなんです、彼女は文句も何も言いませんが逆に俺に対してなにも特別な感情を抱いていないんじゃないかって…」

「なるほどなるほど、わかったよ」


上司はきっぱりと言った。


「別れた方がいい、今すぐでないにしろ…お互いのためにそれを早めに告げておくべきだ」

「…やっぱり、そうですか」

「ああ、いらない葛藤を生むなら酒でも飲んで勇気を出すんだ、さあググッと」

「ありがとうございます…頑張ります…」


その日俺はいつもの数倍のお酒を飲み、べろんべろんで帰ることになる。


「ありがとぉございましたぁ、彼女と相談しまふ」

「酔ってんなー…一人で帰れる?」

「楽勝でふ、さいならぁ」



「部長、あんなこと言っていいんですか?またいつもの適当じゃないでしょうね」

「魔物娘に魅入られたんだからいいに決まってるだろ?」

「それはそうかもしれませんけど…もしも破局したら…」

「あり得ないな、あ、そうだ」

「はい?」

「あいつの明日明後日の仕事は俺がやるから、それとあいつの有休を後2日分申請しておいてくれ」

「はあ、やっておきますが…何故です?」

「魔物娘と結婚するやつはな、大抵一回はセックス漬けにされるんだ」





雲を踏むような足取りで家に到着。

着いたのは午前1時前、日付が変わるまで飲み歩くことは今までなかった。

その特別感がまたさらに俺の気持ちを大きくさせた。


「たらいまぁ」


家の戸を開けると、開きっぱなしのリビングの扉からめちゃくちゃになったリビングが見えた。

小説の〆切が近いという話は聞いていない。

背筋が少しだけ冷え、ゆっくりと靴を脱ぐ。


「お、おーい…?」


リビングはティッシュの箱が落ち、椅子は倒れ、カレンダーが歪み、洗剤は床に転がっていた。

ごくりと唾を飲み、完全に冷えた頭で彼女の部屋のノブを回す。


「どうした…?今日も…」


扉を開く前にあちら側から開き、俺は中に引きずり込まれた。

がちゃん、と鍵を閉める音。

真っ暗な部屋をPCの明かりだけが照らしており、彼女の顔がぼんやりと見える。

話す間も無く、ぐいっと胸ぐらを掴まれた。


「おかえりなさい」

「あ、あの…?何か怒ってる…?」


彼女の眼はいつもの澱んだ黄色い眼ではない。

やや血走った目でキッとこちらを睨んでいるのだ。


「酒臭い」

「あ、ああ、忘年会って言っただろ?」


ビシッと指を指した先は時計。

そういえば11時には帰ると言ってたっけか。


「ごめん、ちょっと色々あって」


彼女の眼は俺を睨んだままだ。


「ごめんって…話があるんだ、その…これからの俺たちの関係で…」


すると、珍しく目を見開いた。

手をゆっくり離し、代わりに尻尾でギチギチと俺の身体を締める。

胸元に俺の顔を埋めさせる、いつものセックスの体勢へ移る。

彼女はしばらく黙っている。

心の準備をしているのだろうか。

その数分後、口を開いた。


「………いいよ、なに?」

「俺たち、さ」



「もう、別れよう」



そう告げた瞬間。

彼女がぎくりと動きを止めた。

俺を胸元から引き離し、尻尾に巻いたままこちらを見つめる。

大きく見開いた目が黄色く輝いている。


「嫌いになったわけでもないし、むしろ愛してる、君と一緒に生活できて良かったと思ってるよ」

「でもさ、俺は…君にふさわしくないから、君が愛するに足る人間じゃないと思うし…この関係はお互い良くないと思う」


「…何それ?」


彼女が押し殺したような低い声で言う。


「あなたが私に、ふさわしくない?」

「…うん、そうだろ…?だから君は、きちんと気に入った男と時を過ごすべきだ、愛することができる人間と」


俺の言い訳がましい言葉は彼女に遮られた。


「ごめん、なさい」


「え?」


青白い光に照らされた彼女の美しい顔。

黄色い眼は輝いていて、その輝きが俺の顔に落ちた。


「泣いてる…の、か?」

「ごめんなさい…ごめんなさい」

「お、おい…なんで謝って…」


途端に彼女は俺に抱きついた。

俺を捕食する抱き方ではない。

縋り付くような、下からの抱きつきだ。


「私、あなたに何かひどいことをしたかもしれない、あなたの気にくわないことをしたかもしれない」

「何言って…」

「お願い、捨てないで、あなたがいないとダメなの、お願い、他の女の二番煎じでもいい、お願いだからそばにいさせて」

「お、落ち着いて」

「セックスが嫌?顔が嫌?身体が嫌?料理の味が嫌?家事の出来が悪い?仕事が遅い?稼ぎが悪い?お金が足りない?臭い?汚い?趣味?全部?」


再び尻尾が、ぎちぎちと音立てて強く巻きつく。

いつもはその羽毛で気持ち良さを覚えるが、今回は違う。

その奥の硬い皮で直接締め付けられている。


「ぐッ……ぅ…!?」

「言ってよ、ダメなところは全部変える、死ねって言うなら死ぬよ、ねえ」

「お、ちついて…く…れ…」

「ねえ、お酒に酔ってるの?明日になったら全部忘れるの?私はあなたのことを片時も疎ましく思ったことはない、君が嫌なら言ってよ、ねえ」

「くっ…う…」

「ねえ、このままセックスしようよ、そしたら分かるから、何もかも分かるから」


苦悶の中眼を開く。

彼女の『表情』を初めて見た。

その時初めて理解したのだ。


彼女がセックス中に俺を抱きかかえるのは、抱き枕のような扱いだからではないし、セックスのために都合がいいから、という理由ばかりではない。

表情を見せたくなかったのだろう。


彼女が感情を表さないのは、表せないのではない。

隠していたのだ。

ずっと俺にその想いを告げられず、胸の奥で溜めていたのだろう。

だからこんなことを言っている。

思えばその羽毛に隠された素顔が綻んでいたであろう時、彼女は顔を覆ったり尻尾で隠したり。

目の中でぐるぐると渦巻く感情が見える。


俺は咄嗟に、パニックになった彼女の拘束に渾身の力で抗った。


「う、おォッ…!」

「ねえ、逃げないでよ、お願いだから一緒にいてよ」


上半身が嫌な音を立てる。

構わずに尻尾から出ると、今度は俺から抱きつく。

そして。


「ねえッ…一緒に……っ!?」


キスをした。

これまでほとんどしたことのないキス。

彼女はキスをすると恥ずかしそうに顔を伏せ、いつもよりもさらに静かに黙りこくってしまう。

今回は舌は入れないし、お互いを蹂躙するものではない普通のキス。

10秒間、たっぷりと愛を込めてキスする。


「っぷぁ…あ、み、見ないで…」


上気した顔はトロトロのふにゃふにゃ、熱っぽい瞳がきらめいている。


「…かわいいよ、うん…やっぱり可愛い」

「…え…?」

「俺、勘違いしてたんだ」


固まる彼女を抱きしめたまま、心境を包み隠さずに吐露する。

彼女の愛に疑問を抱いてしまったこと、ずっとそれで悩んでいたこと、彼女の心に気づいてあげられなかったこと。


「ごめん、本当にごめん」

「………謝るのは私の方だから…」

「…」

「さっき、私ちょっと期待したの」

「え?」

「結婚…してくれるのかと思って…」


恥ずかしそうに笑みを浮かべる。

愛おしい、見たこともない表情。


「……そっか、なら」

「え?」


手を取り、握りしめる。


「都合のいい話だし、後出しかもしれないけど…俺と結婚してください」

「えっ…えぇっ…!?」

「いいよな…?だってさっき…期待って言ってたよな…?」

「………は、はい…」


その愛おしい顔をいつまでも忘れない。


そのまま俺たちは結ばれた。

蹂躙ではない。

一方的でもない。

愛に溢れる営みを。


「…可愛い、もう我慢できない」

「えっ?ちょっ…あッ…♡」



「は、恥ずかしいからあんまり見ないでよ……?」

「ッ〜〜♡あっ…あっ♡あぁッ…♡」

「んあっ♡あふっ…んにゃ♡んんっ…あぁっ…あぁんっ♡」

「ちゅー、チューしてっ♡あむっ♡ちゅっ…んっ♡」

「あぁッ…〜♡あ〜っ♡お〜っ♡」

「おぅ…♡うふぅ♡きゅーけー、休憩…あぉっ♡」

「もう6回目っ…だよ…♡え?まだ……?あっ♡」

「うぅっ♡うーっ♡あ〜っ♡」

「赤ちゃんできたかりゃ♡もういいよぉっ♡お〜ッ♡」

「もう…♡もうお昼だよ…?え?う、うそ…んッ♡んぉっ♡」

「いぃっ♡イぐっ…いぎゅっ♡」

「はぁッ♡あんっ♡あ〜っ♡あはぁっ♡」

「ご、ごはんつくるかりゃ♡おなか…え?すいてない…?あっ♡し、しんじゃうよぉ♡」

「うっ〜…♡うぅっ♡まだイぎゅっ♡イくっ♡」

「ゆるしてぇっ♡もうむりっ♡むりぃ♡」

「出してぇっ♡こんなのこわれるかりゃ♡あーっ♡」

「さすがに…し、しっぽで巻いたら手出し…えぇっ♡どうやって…♡ご、ごめんなさいぃ♡」

「許さないから…♡今度めためたに絞り…ぃっ♡」

「はーっ♡はひゅっ…♡絶対赤ちゃんできたぁ…♡」




「複雑骨折してますね」

「えっ」


彼女…いや、嫁さんとヤりまくって数日後、どうも締め付けから抜け出した時から痛んでいた肩がおかしい。

そう思って受診した整形外科で言われた。


「というかあんた、腰もバキバキに痛めてますね」

「え…いやまぁ…その…」

「どうでもいいけど、ギプスつけて安静にね」

「ハイ…すみません…」

「産婦人科の方の奥さんにも注意いってると思うからね、奥さんに求められ過ぎるからって毎日セックスは腰に負担があるからね?」

「あ…ハイ…」

「魔物娘の性欲に付き合ってたら体壊すから、いい?ともかく」


と、隣の部屋から黄色い声が。


「えーッ!旦那さんから求められて2日間寝ずにーっ!?」

「先生…声が大きいです…」

「ごめんごめん、いや…でも‥そりゃあおめでたになる訳だわ…」

「み、見た目によらず…結構すごいんです…よ」

「いいなーっ…ねぇねぇ、その話もっと聞かせてよっ、うちの旦那は整形外科医なんだけどここ1週間セックスレスでさぁ」

「え、ええっ…でも…」

「なになに?」

「……先生だって魔物娘じゃないですか」

「そうなのよー、「疲れたから」って旦那がすぐ寝ちゃうのは私に色気が足りないのかしらねぇ」


シーンとなる整形外科の診療室。

やがて先生が口を開いた。


「…師匠って呼んでいい?」

「いやです」








(ある新聞より抜粋)


ペンネーム羽毛ラミア先生の新作小説!

あっという間にミリオンセラー達成のレジェンドノベル!

いつもの純愛ラブラブ小説とは打って変わってどエロい方向に!

バニップの主人公と人間の男が繰り広げるエロチックラブロマンス!

高評価の声も続出!
「これで旦那とラブラブになりました!男を落としたい魔物娘は読むべし!」(女性・産婦人科医・Aさん)
「女房に絞られ続けています、たすけて」(男性・整形外科医・Aさん)
「出勤できません、家から出たいです」(男性・部長職・Bさん)
「この本のおかげで四人目です、旦那も仕事に行かずに愛してくれるようになります」(女性・主婦・Bさん)

※なお羽毛ラミア先生はしばしの産休の後連載を再開します。
19/12/29 19:29更新 / あさやけ

■作者メッセージ
なんか思ってたのと違うけどまぁいいや。

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