連載小説
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名誉
「……エルミーナ・ド・ピエーリエンス。この忌まわしき女は教団の剣となるべき聖騎士でありながら、魔族の力に魅了され異端の罪を犯した。本来は火刑となるところを、これまでの功績を鑑み、格別の温情を以って名誉の斬首刑に処す」

 どよめく群衆の中、官吏が淡々と罪状を読み上げる。私が処刑台へ上がると、彼女はこちらを見て、あのときと同じように微笑んだ。他の死刑囚たちがそうであったように、顔色は青ざめている。しかし粗末な服を着せられ、手を後ろで縛られながらも、彼女の瞳は澄んでいた。

「貴方で良かったです。あの時の約束通りにしていただけると信じています」

 小さな声で、しかしはっきりと彼女は言った。色々な死刑囚を見てきたが、彼女はすでに覚悟を決めている。そんな目をしていた。

「……お任せください」

 切っ先の無い、研ぎ澄ました剣を携え、答える。それ以外に返事のしようがない。

 処刑台の近くで護衛を連れ、踏ん反り返って見物している貴族に目をやる。教団の運営にも多大な影響力を持つ伯爵で、その蓄財を象徴するかのように肥えていた。私はエルミーナ嬢が具体的にどのような異端の罪を犯したのかは聞いていない。というより、教団は取り調べの内容を公にしていない。
 知っているのは、この伯爵の息子がエルミーナ嬢にしつこく求婚したが、素っ気なく断られたということ。そして今回の原告は伯爵だ。

 つまり、そういうことなのだろう。集まった群衆もエルミーナ嬢の人柄を知っているからか、明らかに困惑している。

 だがそれを他所に、官吏は死刑の実行を命じた。いつものことだ。死刑が決まった以上、無実かどうかを確かめる権利など、処刑人にはない。命じられれば首を刎ねる、ただそれだけしかできないのだ。
 考えるな……そう自分に言い聞かせ、剣を振り上げた。しかしエルミーナ嬢は群衆の方を向き、まだ背筋を伸ばして立ったままだ。

「貴女は、跪かなくてはなりません」

 そっと囁くと、彼女はようやく動いた。しかし跪くのではなく、一歩前へ踏み出したのだ。


「……わたしは罪人ではない!」


 澄んだ、それでいて力強い声が、群衆のどよめきを止めた。
 一瞬、ぞくりとした。後ろからでよく見えないが、エルミーナ嬢の頬に血の気が戻っていた。まっすぐに前を見て、胸を張って、声高らかに続ける。

「わたしが死を受け入れるのは、ただ友人と家族のため! 罪人のように跪く謂れは無い!」

 官吏たちも、伯爵も、皆圧倒されていた。静まり返った処刑場に、ただ彼女の言葉が響く。

「この首は斬り落とされ言葉を失う、されど心の声は神に届く! 真にこの処刑台で跪くべき罪人は必ずや暴かれ、そして正義の剣を首に受けるだろう!」


 ……ああ、彼女は分かっていたのだ。社会の理不尽さを。そして懸命に闘ったのだ。


「あの女の跪かせろ!」

 目を血走らせ、伯爵が命じた。しかしエルミーナ嬢の言葉に気圧されたのか、周囲の兵士たちは戸惑うばかりだ。

「ラウルさん」

 こちらを振り向かず、彼女は私の名を呼んだ。

「お願いします」

 私は剣の柄を強く握りしめた。立った人間の首を刎ねるのは至難の技だ。如何に処刑人の剣が鋭く研ぎ澄まされていても、水平に振っては重量を活かせない。それに斬られる側も体が安定しない。
 伯爵が繰り返し喚き、ついに兵士たちが処刑台へ上がってきた。このまま彼女を跪かせてもらえば、首は苦もなく斬れる。

 だが、駄目だ。苦しませないと約束した。ならば気高い精神を辱めさせてたまるか。

 剣を後ろへ振りかぶり、彼女の白いうなじを凝視する。狙うは人間の首を支える7個の脛骨、その合間。


 全身全霊を込めて振った剣に、骨を切断した硬い感触が加わる。

 刃はそのまま振り抜いて……


 彼女の首は離れた。



 呆気に取られた群衆や伯爵、兵士たち。彼らの前で、首を失った体がゆっくりと崩れ落ちた。

22/12/12 22:44更新 / 空き缶号
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