連載小説
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綾香と零次と決意
目の前には、遠くからでも見上げる程大きな洋館があった。
その威圧感に圧倒されながら私はコンコンとノブを叩く。
すると、直後に女性の声が返事をして来た。
「はい」
鈍い音を響かせながら扉が開かれる。
奥から現れたのは鳥の羽根が生えていたり、羽毛が犬の尻尾の様に生えたメイドが現れる。おそらく彼女も魔物だろう。
私は彼女に尋ねる。
「こちらはアンジェラ・ナイルさんの御自宅で間違いないでしょうか?」
「はい。そうです」
メイドは私の顔をじっと見つめ、どう対応して良いのか分からないと言う感じに首を傾げた。
人と接待するのは苦手なのだろうか?
「えっと、あ、あの、ど、どちら様でしょうか……?け、結婚式の、ぅう受付は、まだ行っていないのですがぁぁ…………」
「……えっと、それもあるのですが……」
メイドの顔に冷や汗がにじみ、震え始め、さらには涙目になる。大丈夫だろうか。このままだと彼女が倒れそうだ。
彼女が意識を手放さない内に要件を話してしまおう。
「あの、私はアヤカ・トオカ。アンジェラさんの結婚相手のレイジ・トオカの姉です」
「ーーーーッ!」
名乗った瞬間、メイドは氷の様に固まった。
「……あの、大丈夫ですか?」
「…………こ………」
「こ?」

「ーー今度はレイジ様の御姉様がやって来たああああああああああああああああああああああああああああああああああああーーーーーー!!!!!!!」


暫くして。
「うちの使用人が御迷惑をお掛けしました」
この屋敷の夫人、カイラさんが謝罪してきた。
「いえ、あの、メイドさんは大丈夫ですか?」
あの後、絶叫したメイドは意識を失い、もう一人のメイドに運ばれていったのだ。
「ええ。あの娘、あがり症で初対面だといつもああなの。気を悪くする必要はないわ」
「そうですか」
「あれでも腕は良いのよ?慣れれば平気だし、気もきくし、仕事も接待意外は完璧なんだから」
「はあ」
「あれで接待も出来れば完璧なんだけど、でもそこが可愛いのよね」
いわゆる「どじッ娘メイド」である。どじな姿が可愛いと言うが実際に会うと不安しかない。
「あ、そうだった。そう言えば、貴女レイジ君のお姉さんなんですって?」
「ええ。そうです」
「本当、レイジ君に似ているわね。やっぱり貴女も異世界から?」
「!」
私は驚き戸惑った。まさかこちらの世界でいきなり『異世界』と聞くとは思わなかったからだ。
「そんなに驚かなくて良いわよ。レイジ君から聴いたの」
「そうですか。……ええ、そうです。向こうの世界で事故が起きてしまって、気が付いたらこちらに」
「そう。勝手が違って困ったでしょう?魔物にもなったみたいだし」
「はい。事故の後、気を失ってしまい、漂流していた所をネレイスに助けられました。魔物にはその時に」
「フフ、魔物も良いものだから、これからの人生、楽しく過ごすと良いわ」
「はい」
カイラさんは微笑んだ。
「そう言えば、ネレイスって言うことは、もしかしてミラちゃん?」
「はい。そうです。確かアンジェラさんとは姉妹同然の仲と聞きましたが?」
「そうよ。彼女は元々孤児で、私達はそんな彼女を引き取ったの」
その話はミラから聞いていた。
ミラは元々人間で、産まれてすぐに両親が亡くなり、たまたま居合わせたカイラさん達に引き取られたのだ。周りが魔物の環境で育ったために性格は元々あんな感じだったらしい。
ミラの話だと、アンジェラさんが生まれたのはミラが引き取られてすぐの事だった。
ミラはアンジェラさんを妹の様に想い、アンジェラさんもミラを姉の様に慕った。
しかし、ミラが十二歳を迎えたある日、事故が起きた。
アンジェラさんと海辺で遊んでいる最中、ミラは波に浚われてしまったのだ。
後に助けられたのだが、その助けたのがネレイスだった。その時はまだ人間で、溺れていたミラは放って置けば非常に危険な状態だった。そこでネレイスはミラを自分と同じ種族にしたのだ。
その後、ミラは無事カイラさんの元へ帰ったのだが、ネレイスと化したミラにはもう生活環境が合わず、一ヶ月程で家を出て行ったそうだ。
それからはネレイスとして過ごしていたが、たまには家に帰っていたそうだ。
「でもあの娘、最近帰って来ないのよね。前はちょくちょく帰って来てたのに」
「それは……」
実を言うと、それは私のせいだ。ミラが漁に出ているとき、私を助けたのだが、元々彼女が住んでいた所が狭かった為に引っ越したらしい。そのせいで詳しい現在地が分からなくなり、帰れなくなったそうだ。それを聞いた時、尚更住所とかどうなっているのか気になった。
「まぁ、良いわ。あの娘は今元気?」
「ええ、後で来るそうです。あの……夫と取り込み中だったので私だけ先に来ました」
今更だが、私は一人でここに来ている。
理由は……、今言った通りミラとトニーが性交祥に励んでいた為である。
仮にも義妹の結婚式の前にしないでしょ普通‼馬鹿じゃないの?ッてか馬鹿よ馬鹿‼って言うかトニーもトニーよ!何押しきられてるのよ!こう言う時くらい断りなさいよ馬鹿‼
「…………ちょっと待って。今なんて?」
流石のカイラさんも空気を読まないミラに対し、怒のあまり固まってーー

「ミラ、結婚していたの?」

ーーいたが怒っていたわけではなかった様だ。
「え?」
もう、この世界ってどうなっているのだろう…………?
「えっと、はい」
「いつ!?」
カイラさんの顔が近づく。正直真剣な表情が恐い!
「一週間前です‼私とミラと夫で重婚しましたぁ‼」
カイラさんに気圧されて思わず大声で返答した。
「本当に!?嬉しいわ!娘もそうだったけどあの娘も婿なんか来ないと思ってたもの‼」
酷い言われようである。と言うか零次はいったいどんな女性と付き合っているのだろうか?
「アンジェラさんってどんな方ですか?」
「ミラちゃんを見ていれば解るでしょ?」
「ああ…………」
零次も中々苦労していそうだ。
「あの、零次、……弟は何処へ?」
「ああ、今式場の準備を手伝っているわ」
と言ってカイラさんは奥の扉に目を向ける。
おそらくその先に零次がいるのだろう。
「…………」
「会って行く?」
私の心情を察してか、カイラさんは優しく微笑んだ。
扉の奧に零次がいる。そう思うと胸が高まる。だが同時に締め付けられた。
このまま会っても良いのだろうか?
「……出来れば今すぐそうしたいのですが、その前にひとつ良いですか?」
「何かしら?」
「こっちに来てからの零次の様子はどうですか?」
「……それは、どうしてかしら?」
「私は、零次と離れて暮らしていました。なので弟とアンジェラさんの馴れ初めを知りません。彼が何故アンジェラさんを好きになったのか、アンジェラさんと出会ってどう変わったのか」
「…………」
カイラさんは優しく微笑んだまま、私の話を聞く。
「私が知っている零次は、無表情で、無感情で。そんな彼にどう接して良いか分からず、いつも素っ気ない態度をとってしまいました。だから私は、不安なんです。またそんな風に接してしまわないか。もしまたそんな態度をとってしまったら、ここに来た意味がなくなってしまう。それが、恐いんです」
「大丈夫よ」
「ーーえ?」
そう言うと、カイラさんはまた奥の扉に目をやった。
すると、扉の奥から微かに声がした。
「やっと終わったね!」
「ああ、正直疲れた。ウェディングケーキが倒れそうになったときは本気でビビった」
声は二つあった。それぞれ女性と男性の声だ。段々近付いて来る。
「はは、でも揺れただけで良かったじゃない」
「だな」
二人のやり取りはとても楽しそうだった。
「で、どうする?」
「何が?」
「この後結婚式まで時間があるし、一発ヤっとく?」
「却下だ」
「えー!」
「『えー!』じゃねぇ。普通結婚式の前にしねぇだろ!馬鹿じゃねえの?ってか馬鹿だ馬鹿!」
「ちょっと、酷いよそれ!」
その声が近づくにつれて、私の胸は高鳴った。
男の声に聞き覚えがあった。
聞き慣れた声だった。でも私が知っている声ではなかった。
そして、扉が開かれる。
彼を認識した途端、私は立ち上がった。
彼は、私を見て驚愕した。
「……姉貴?」
「零次‼」
私は喜びのあまり彼に抱き付いた。今まで上手に接せなかった彼に、今度こそ歩み寄ろうと決意して。


零次とアンジェラさんの結婚式が終わり、披露宴パーティーが行われる。
招待された皆が主役の二人を祝い、乾杯する。
そんな中で、私は一人、バルコニーで物思いに耽っていた。
零次は変わった。良く喋るようになったし、良く笑う様になった。
「前会った時はただのムッツリだったのにね……」
「誰がムッツリだ」
独り呟くと、後ろから声を掛けられる。
「こんな所で一人とか、映画の観すぎなんじゃないか?」
余計なお世話である。
「綺麗なお嫁さんとは一緒じゃなくて良いの?」
「そのお嫁さんが行ってこいって言ったんだよ」
零次は私の隣に並ぶとワイングラスを手渡した。
「未成年の癖にお酒なんて、まだ早いんじゃない?」
「まあな。でもこの国だと成人は十八歳からだし、俺は今日で十九歳だ。文句はないだろ?」
「そっか。もうそんな日なのね」
私は感慨深くワインを口にする。
時計やカレンダーがない為に忘れていたが、今日は零次の誕生日だ。
「もしかして結婚式もそれに合わせて?」
「まあな」
「良いわね。思い出に残る結婚式じゃない」
私は若干皮肉っぽく言う。
「姉貴も結婚したんだろ?」
「私達の場合式なんかあげてないわ。口で結婚したって言ってるだけ」
「そうなのか?」
「だってこっちはセックスしたらもう夫婦みたいなものだもの」
「そっか」
零次はワインを口に注いだ。
正直意外だった。零次とここまで話せるなんて。
「そう言えば姉貴も魔物になったんだって?」
「ええ。そうよ」
「普通の人間に見えるけど、一体何の魔物になったんだ?」
「ネレイスって知ってる?」
「知らん」
そう言えば零次は神話等に興味はなかったか。漫画にさえ興味がないものね。
「ネレイスはギリシャ神話に登場する海神ネレウスの娘達の事よ。こちらの世界だとポセイドンの魔力を持ったサキュバスの一種ですって」
「姉貴がサキュバスとか、合わねえな」
「同感」
「でも、それにしては全くの人間にしか見えねえぞ?」
「魔法で化けてるのよ。ネレイスのまま陸に上がったら干からびるわ」
「魔法!?」
零次は意外そうな顔をした。
「魔法使えるのか!?」
「魔物になれば使えるわよ」
使えるまでの過程は省略する。とてもじゃないが話せない。
「はは、まさか姉貴まで魔法使えるなんてな」
「フフ、そうね」
零次はふと笑う。私も釣られて笑った。
「……零次、ひとつ聞いて良いかしら?」
私は笑みを引っ込め、零次を呼ぶ。
「何だ?」

「お父さん達は、私の事どう思っていたか分かる?」

ワインの甘さが残るのを感じながら、私は零次に聞いた。
「分からん」
零次は即答した。
私は目を伏せ、「まぁ、分からないか」と呟く。
だが、
「でも」
と零次は続けた。
「姉貴の服が出てるファッション誌とかを毎回買ってたくらいだから、少なくとも嫌いではなかったんじゃねえか?」

……何それ。

私は笑みをこぼし、呟いた。
「凄く狡いわ」


披露宴パーティーも時刻は半分を過ぎた。
会場ではテーブルが避けられ、中央で社交ダンスが行われた。
穏やかな曲に合わせて、男女二人のペアでダンスをする。その中にはクレア達の姿もあった。ナイル家と面識があったのか招待されたのだろう。後で声を掛けておこう。
「さぁ、主賓はホールの中央で踊ってきなさい」
「姉貴は良いのか?」
「生憎、夫をもう一人の奥さんが占領してるから」
会場では来賓客に紛れてトニーとミラが踊っていた。ミラは十二歳までここで育ち、ダンスも習っていたのだろう。上手く踊れているのだが、トニーは始めてなのか全く踊れていない。足を踏んでばかりで思わず笑いそうになる。
「寂しくないのか?」
「大丈夫よ。後で横取りするから」
私は笑いながら言い放つ。
私もトニーを愛しているのだ。嫉妬しない訳がない。
零次は私を見て顔をひきつらせる。こんな表情初めて見た。
「そっか。じゃ、行ってくる」
零次はその場から立ち去る。
その後ろ姿は、もう私の知る零次ではなかった。
「本当に変わったわね」
不思議と嬉しく感じる。今の彼はとても幸せそうで、楽しそうだ。
「末永くお幸せに」
私は零次の背中にそっと投げ掛けた。


さて、この後はどうしよう。
まだ曲も途中だからトニーを横取りするには早いし、クレア達に声を掛けようにも二人もダンス中だ。
「…………」
私は来賓客を一通り見回す。
男性は皆燕尾服だが、女性はそれぞれ美しいドレスを着飾っていた。
特に零次と踊っているアンジェラさんは先程までウェディングドレスだったが、着替えて来たらしく赤い瞳と同様の赤いドレスで、とても似合っていた。
「……綺麗な服」

ーーだが、私なら、もう少し手を加えるだろう。

あの人なら青のシルク生地を使い、クールで上品なイメージに。
あの人なら肩を大胆に見せて目を奪う様な妖艶な演出を。
あの人ならーー
あの人はーー
あの人の場合はーー
こうして、私は来賓客を眺めながらその人に合ったドレスを頭の中で仕立てていた。
そうしていると時間はあっという間に過ぎていき、トニーを横取りするのをすっかり忘れ、結局トニーを奪ったのは最後の曲が流れ始めてからだった。




披露宴が終わり、零次達に挨拶をした後、私達はリフォームが終わった洞窟に帰って来た。
そして次の日から、トニーは本格的に漁師の仕事を始めた。
泊も漁船も調達し、仕事が出来る環境が出来たのだ。
ミラもトニーの漁に参加し、トニーをサポートしている。
彼女が魔法で魚を誘き寄せ、トニーはそれを網で掬う。そうして大量の魚が捕れるのだ。
一方私は、洞窟内に仕事を設け、服を仕立てていた。
それをレブラム村で売り、たまにいろんな街の洋服屋と交渉して取り扱ってもらっていた。
それから更に時が過ぎ、トニーは漁師としての腕や目利きを磨き、やがて彼が売り出す魚はその全てが油もちょうど良く、状態も良好な物だと言われるほどの評判を得た。
ミラはあれからちょくちょく実家のナイル家に顔を出して行っているらしい。
会うたびに義父とアンジェラさんに抱き付かれるそうな。中々愛されている様だ。
そして私はーー

「社長、今回会議で絞られたデザイン案ですがーー」
「ええ。最終的にシルビアさんの案にしようと思うわ」
「承知しました。では、早速製作段階に回します」

ーーファッション企業を設立させた。
きっかけは、偶然私の服を見たカイラさんが、私の服を気に入ってくれたからだ。
それからナイル家から資金提供を受け、会社を設立し、巨大なファッション企業へと育った。
社員も増え、有望なデザイナーも芽を生やしつつある。
企業が大きくなるにつれ、仕事も忙しくなる。需要が増えれば供給も増やさなければならない。夜勤等も最近は多くなっている。正直辛い。
だが、仕事をやり終えた後はやはり気持ちが良いものだ。
それに、今は愛する人がいる。
今日はやっと仕事が終わった所だ。たまには夫に甘えても良いかもしれない。
「さて、今日はこれで帰らせて貰うわ。貴女も無理をせず早めにあがりなさい」
「はい。お疲れ様でした」
アヌビスの秘書にそう告げて私は鞄を取り、会社の建物を出た。
空を見上げると、もう辺りは真っ暗だ。


「…………」


私はふと両親を思い出した。
最期まで私に冷たく接し、そして応援してくれた両親を。
「お父さん、お母さん、私、頑張るわ。世界中の皆が私の服を気に入ってくれるような、世界一のファッションデザイナーになるから」
両親はもう居ない。だが、どこかで『頑張れ』と応援してくれている様な気がした。


帰宅後。

「はぁ、ただいま〜‼」
「おっと、お疲れさん」
自宅に着くと、私はトニーに抱き付き、顔を彼の胸に埋める。。
「アヤカ、最近妙にトニーにくっついてる、と言うかトニーにべったりしてないかい?」
「最近会えない時間が多いもの」
「まぁ、気持ちは解るけど……」
『アヤカもらしくなってきたね〜』とミラは心底思った。
「はは、まぁ、最近は有名になってきて、新作が出る度に話題になってるんだろ?すげえよ」
「……ん、……フフ」
トニーに頭を撫でられた。素直に嬉しい。ドキドキする。
「ねぇ、トニー」
「ん、どうした?」
「今日、エッチしない?」
「ーーッ!」
トニーの顔が赤くなる。
「おやぁ、今日は随分積極的じゃないか」
「ちょ、別にそんなんじゃッ!」
「まぁまぁ、今日は三人仲良くヤろうよ!」
「……もう、仕方ないわね」
「ちょっと待て、俺の意向は無視か?」
「トニーに拒否権なんてないさ」
「どうせいつも流されるし」
「ーーグッ!」
痛い所を突かれたとばかりにトニーはうろたえる。
「それに満更でもないでしょう?」
「…………まぁ、な」
「フフ」
私はトニーの唇にキスをした。
15/12/07 12:01更新 / アスク
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■作者メッセージ
はい!
と言う訳で、この話もやっと終わりました!
やっぱり執筆が終わると気持ちいいものですね。

次はまだ完結させていない『《真の勇者》とは?』を書いて行くつもりです。と言うかこっちでフラグやら色々立てといて続きをやらないのもどうかと思うので。
あぁ、でもなんか他にも色々やりたいのがあって困る!
もしかするとそっちを先にやるかも知れないです。
ああ、悩む‼

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