連載小説
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第十一話「果てしなき修行 〜〜竜騎士槍術訓練〜〜」
 しっぽりと濡れた夜も明け、太陽が昇り始め、ドラゴニアの遅い朝がやってきた。

「なんだか、数日のうちに色々とあったが、やっと今日から竜騎士になるための訓練が始められるな」

 ザックは、朝の点呼を終えて、訓練に参加するため、中庭に向かってユードラニナと一緒に歩いていた。激動の数日間を思い出すと少し遠い目になる。

「そうだな。だが、これから始まる竜騎士の訓練も厳しいぞ。気を抜かずにな」

 変な意味でやり切った感が漂っていたザックの気の緩みをユードラニナが締めた。

「ああ、そうだな。ここからが本番だもんな。ありがとう、ユニ」

 自分でも気の緩みに気が付いて、ユードラニナに微笑みかけた。

「ば、馬鹿者。パートナーとして当然のことを言ったまでだ。礼など不要だ。それより、早く行くとしよう。訓練教官が待っているぞ」

 ユードラニナに追い立てられ、ザックが訓練が行われる中庭に出ると、そこで準備体操していた十数人の男たちの視線が彼の方に向けられた。ザックはここ数日で注目されることに慣れたのか、その視線を意識して感じないようにした。

「あなたが候補生のザック君?」

 オーソドックスな緑色の鱗をしたワイバーンが声をかけてきた。

 薄い水色の髪にアイスブルーの瞳をしているが、その色合いを無視するような温かい微笑を浮かべていた。

 彼女の首には、赤い宝石のついたチョーカーが輝いていた。

 これはドラゴニアでは結婚首輪と呼ばれるもので、夫がいる竜がつける既婚の証の装飾品である。

「私は、竜騎士団の第十教導隊、通称竜の穴部隊の隊長をしているヘルガです。あなたの訓練を指導するので、よろしくお願いします」

 ザックはやたら丁寧な教官に少しうろたえながら「よろしくお願いします」と頭を下げた。

「そんなに堅苦しくならなくていいですよ。候補生の間、あなたの所属は第十教導隊になります。任務など命令は基本、私経由で行われることになっています。他の部隊の隊長から何かお願いされたら、できうる限り私に一声かけてください」

 候補生は他の隊の隊長や隊員から色々と雑用をお願いされることがあるらしかった。

「それと騎竜のユニも第十教導隊所属になるんだけど、零特預かりになっているから、そちらの仕事兼任ということでよろしくね。でも、単身での出張はないから安心してね」

「わかった、ヘルガ。ザックのことをよろしく頼む」

 ユードラニナがザックの隣に並んでヘルガに頭を下げた。これでは子供を学校の先生か何かに預ける保護者みたいだとザックは思ったが、あながち違ってもいないので何も言わなかった。

「わかっていますよ、ユニ。あなたが選んだ人ですから、ちゃんと責任もって一人前の、どこに出しても恥ずかしくない竜騎士にしてみせます。信じてください」

 大船に乗ったつもりでと、ヘルガはちょっと控えめの自分の胸をポンッと叩いた。

「さて、ザック君。見たところ武術の心得はないよね?」

 ヘルガはザックに確認するように問いかけた。

「はい。……無いです」

「別に気に病むことはないわ。無ければ習えばいい。何か始めるのに遅いということはないのよ」

 引け目を感じていたザックにヘルガは優しく言った。

「武術の心得がないから、基礎の基礎から説明とか必要だと思う。でも、いちいち、どこまで知っているか確認するのも面倒だから、知っていることでも黙って聞いておいてくれますか?」

 ザックは当然のことと了承した。

「じゃあ、まずは、竜騎士の槍の説明をします」

 ヘルガはザックたち候補生が持っているものと同じ槍を手に取った。

「これは竜騎士の槍。竜上槍という突撃槍の一種です。攻撃方法はほぼ突くだけという、実にシンプルな武器です。でも、だからと言って侮らないでくださいね。シンプルゆえに誤魔化しが利きません」

 翼膜のついた手を突き出して、槍を横にしてザックに全体が見えるようにした。

「この槍の三分の二を占める円錐になっている部分が穂先と言います。言うまでもないですが、攻撃する部分です」

 ザックもそれぐらいは知っていたが、約束通り、黙ってうなずいた。

「穂先の先端から、切っ先、胴、鍔と分けられます。先端の手のひら一枚分が切っ先、根元から同じく一枚分が鍔、残りが胴となります」

 ワイバーンの手のひらではなく、人間サイズの手のひらであることは彼女が指で示す範囲で理解できた。

「ですが、きっちりした境界線があるわけじゃないですから、切っ先、胴、鍔の区分はだいたいでよいです」

 使う部分を指示をするときに必要なので区分しているだけと追加補足した。

「穂先以外の部分が柄です。鍔のすぐ近くを鍔元、柄の一番端、この飾りのついたところが柄頭、もしくは石突といいます。これで槍の各部の名称は全てです。質問はありますか?」

 単純な構造なのでザックはすぐに憶えてしまい、「ありません」とはっきりと答えた。

「よろしい。それじゃあ、この槍の構えですが、鍔元を持って、柄を腕で抱え込み、脇を締めます。手の平が上を向くようにして、槍を下から支える感じです。これが基本の臨戦態勢です。中段の構え、正眼の構えと言うのですが、特に何も言わず構えといえば、これと思ってください」

 ザックも言われた通り構えてみた。ヘルガはそれを見て、「もう少し脇を締めて」など修正して、ある程度修正すると「まあ、そんなもんでしょう」と微妙な合格をザックに言い渡した。

「切っ先を上げておくのは意外と疲れますよね? 待機状態や、準臨戦態勢では、切っ先を下げておきます。これを下段の構えと言います」

 その言葉にザックはほっとして、切っ先を下げた。限界までにはなっていないが、中段の構えのままだと、かなり腕が疲れた。

「でも、注意しないといけないのは、下げすぎて地面に引っかけてしまうことです。そうなったら、ドラゴニアの地下に住むワームの女王、グランドマザーにちなんで、『グランマに突きを入れた』と笑われて、騎竜には『グランマと浮気した』と拗ねられてしまいますから気を付けてくださいね」

 下がりすぎているザックの槍を、ヘルガが自分の槍でちょっと上に掬い上げるように持ち上げた。

「竜に乗るようになれば、槍が地面につくなんてことにはならないんですけどね」

 旧魔王時代のドラゴンやワイバーンはかなり大きいために、その背中に乗って地面を突けという方が逆に難しい。

「でも、槍を下げすぎると、中段に戻す時間がかかります。下げすぎないことは重要ですから、下段の位置もしっかりと身体に叩き込んでください」

 そう言ってヘルガは、下段から中段へと素早く構えの位置を変えてみせた。

「あと、待機状態には槍を肩に担ぐように持つ形もあります。号令で、『休め、槍』と言われたらこうしてください」

 ヘルガは今度は自分の槍を傘を差すような感じで肩に担いだ。

「ただ、この状態は切っ先を下げているよりも臨戦態勢に移りにくいので、待機状態でも緊急度の低い状態、休憩などの時になります」

 そして、ヘルガはそこから中段の構えに戻してみせた。ヘルガが楽々としているので、ザックには下段より移りにくいようには見えなかった。

「楽そうに見えるでしょう? 一度やってみてください」

 ザックは言われたとおり、担いだ状態から槍を中段の構えにしようとしたが、振り下ろした時に槍の切っ先が下に流れてしまい、なかなか構えが落ち着かないことがわかった。

「いずれは、どんな体勢からも中段の構えにスムーズに移行できるようになってもらいますけど、今はそこまで求めません」

 ヘルガに言われて、この重い槍をそんなに自在に扱える日が来るのかと不安になったが、それを顔に出すほどザックは軟弱ではなかった。

「攻撃は、先ほども言いましたが、突きのみです。他もないことはないのですけど、今は突き以外を覚える必要はありません」

 きっぱりと言い切った。ザックは他の方法が気にならなくはないが、色々言われるよりはましと好奇心は封印することにした。

「突きには二種類あります。一つは構えのまま突進力のみで突く、据え突き」

 ヘルガは横に向いて、中段の構えのまま前に進んでみせた。

「もう一つは突進力に加えて自分自身でも槍を繰り出す、押し突き」

 回れ右して、元いた場所に来た時に空気を切り裂くような鋭い突きを繰り出した。そのすさまじさにザックは息をのんだ。体を傷つけない魔界銀製の槍であっても、突かれたら穴が開きそうに思えた。

「据え突きができないと、押し突きはできません。ですけど、槍を繰り出す練習は槍を自在に操る練習にもなるので最初から練習します」

 ヘルガはザックによく見えるように向かい合うように正面に向き直った。

「構えの状態から腰をひねり、腕を突き出す。突き出しながら手首をひねって、突き出し切った時は手の平は下に向きます。基本練習では、槍は真っすぐに突き出すようにしてください。まずそれができないと意味がないです」

 ザックも言われてやってみたが、意外と槍がふらついてしまった。

「普通の槍の場合、足で踏み込むのですが、竜に乗る竜騎士は必要ないです。下手に踏み込みを加えると、変な癖がついて竜に乗ってから困りますから」

 槍の重みに引っ張られて足を踏み出すのをヘルガに注意された。

「突きの練習の時に色々と指導していきますので、すぐにできなくても大丈夫です」

 優しく言われたが、すごい落ちこぼれの生徒であることはザックも感じた。

「構えと突き。この二つは大事な基礎です。この二つの訓練に終わりはないです。現役の正規竜騎士でもこの訓練は欠かさずに行っています。目指すところは遥かな高みです。なので、最初から高望みせずに、地道に力をつけていくことです。いいですか?」

 ザックの心の中はお見通しとヘルガは真面目な顔で釘を刺した。

「では、訓練を始めましょうか。まずは、ザック君をみんなに紹介しないとね」

 そう言ってから中庭に散らばっていた他の候補生を呼び集めた。

 集まってきた他の候補生は誰もがたくましく、ザックは今さらながらに自分の体格では場違いなことを思い知らされた。

 候補生のパートナーである騎竜たちも、柱の陰や屋根の上から出てきて、彼らの後ろに並んだ。ユードラニナいわく、「候補生の騎竜は、候補生の練習を柱の陰からちょっと心配しながら見守るものだ」そうだ。屋根の上は、その変則バージョンらしい。

「はい。皆さん。今日から皆さんと一緒に竜騎士を目指す、ザック君です。仲良くしてくださいね」

 ヘルガは全員集まったのを確認するとザックを紹介した。ザックは彼らに一礼した。

「ザックです。槍はおろか、剣もまともに握ったことはない素人ですが、立派な竜騎士になれるよう頑張ります。よろしくお願いします」

 その挨拶に候補生とその騎竜たちは温かい拍手をして、ザックを歓迎した。ザックは一応は受け入れられたと、内心ほっと胸をなでおろした。

「さて、皆さんも知っての通り、ザック君は伝説の青き隻角竜、ユードラニナを騎竜に指名して口説き落とした英雄さんです。でも、本人が言った通り、一目でわかるほど、武術の基礎は全くないので、あんまり無茶させないようにしてくださいね」

 ザックはその追加説明はいらないと心の中で思ったが、文句を言うわけにはいかないので黙ってもう一度頭を下げた。

「じゃあ、みんなで下段の構えでランニングします。二列縦隊に整列。ザック君は最後尾に入ってください」

 きびきびとした動きで整列する他の候補生に混じってザックは、何とか指示されたところに整列した。

「ついに訓練か……」

 正式な訓練という経験がないのでザックは今さらながら緊張した面持ちになった。

「ヘイ、ブラザー」

 暗い表情をしているザックの隣にいた金髪を短く刈り込んだマッチョな大男が、爽やかに笑みでザックに声をかけてきた。

「あ。えーと、ザックです。よろしくお願いします」

「知ってるさ。さっき自己紹介したばかりだろ、ブラザー? 俺の名前はトミー。これから長い付き合いになる。よろしくな、ザック」

「はい。こちらこそ、トミーさん」

「ああ。最初に言っておくが、ヘルガのヘルは地獄のヘルだからな。ようこそ、地獄の一丁目。仲良く血反吐を吐こうぜ、ブラザー」

 爽やかなスマイルに似合わないトミーの台詞にザックの顔が引きつりそうになった。しかし、ヘルガが笛を鳴り響かせたので、前を向くしかなかった。

「ザック君。みんなでランニングする時は、ランニング用の訓練歌がありますから、後について歌って覚えてくださいね」

 ヘルガは最後尾のザックに思い出したように言ってから、

「さあ、みんな。軽くランニングして、身体をあっためますよ。ちゃんと歌って走ってくださいね。下段の構えで合同ランニング、開始!」

 ヘルガが今一つ迫力に欠ける号令をかけた。

 笛で調子をとると、それに合わせてランニングがスタートした。少しは足には自信があるザックだったが、結構ゆっくりなペースだったのでちょっとだけ安心した。

「♪騎竜と竜騎士 ベッドイン」

 そして、ヘルガが歩調に合わせて歌い始めた。

「♪騎竜と竜騎士 ベッドイン」

 ワンフレーズを歌うと候補生がそれを繰り返し歌う。リズムに乗れるので意外と走りやすいとザックは感心した。



『竜騎士団の訓練歌』

騎竜と竜騎士 ベッドイン
騎竜が転がり こう言った
お願い欲しいの
しごいて!
お前よし
オレよし
準備よし!

日の出とともに 起き出して
抱いてと言われ エッチする
意地っ張りは クソッタレ
パイズリ
フェラチオ
噴出す精

ドラゴン属が 大好きな
オレが誰だか 教えてよ
1、2、3、4、ドラゴニア竜騎士団!
1、2、3、4、愛する竜騎士団!
オレの竜!
貴様の竜!
我らの竜!
竜騎士団!


人から聞いた 話では
ワイバーンのは 飛んでるマンコ
準備よし
感じよし
具合よし
全てよし
味よし
すげえよし
お前よし
オレよし

スカした美少女 もういらない
オレのオンナは 騎竜だけ
オレの槍が 折れたなら
優しくなでて 勃たしてよ
胸に挟んで しゃぶってね
勃たせて膣に 射精する

ドラゴン属が 大好きな
オレが誰だか 知ってるか?
1、2、3、4、ドラゴニア竜騎士団!
1、2、3、4、ラブラブ竜騎士団!
オレの竜!
貴様の竜!
我らの竜!
竜騎士団!


「……」

 ザックは魔物らしい歌詞に歌いながら苦笑した。

 しかし、いつまでも笑っていられなかった。なにしろ、槍を持って走るのがこれほど疲れるのかと思い知らされた。

 荒事には自信はなかったが、走るのには少しは自信があったザックでも、何度もよろけてこけそうになっていた。

「はーい。それじゃあ、停止しまーす。いっちにっ!」

 中庭を三桁に迫るほど周回して、ヘルガは先頭で後ろ向きになり、停止の号令を発した。

 号令で隊列が止まり、候補生たちのほっとする空気が流れた。ザックも隣のトミーに励まされ、助けられながら、なんとか走りきることができた。

「はじめてにしちゃ、上出来だぜ。ブラザー」

 トミーがさわやかな笑顔で親指を立てた。

「トミーさんのおかげです」

 余裕のありそうなトミーに内心「すごい体力だな、ここの人たち」と、自分の場違い感を感じずにはいられなかった。

「ザック君。よく頑張りました」

 ヘルガがザックのところまでやってきて、完走したことを褒めた。

「はい。あ、ありがとうございます」

 ザックはそれに笑顔で応えたのは、少しばかり男の意地でもあった。

「でも、言い忘れてたけど、竜騎士は槍を左右どちらでも使えるようにします。ランニングでさっきみたいに左回りの時は右手に槍を持って、右回りの時は左手に持つようにしてください。では、右回りいきましょうか。各縦隊、外回りで方向変換」

 二列縦隊が方向変換のためにそれぞれの列ごとにUターンして進行方向を変えた。ザックはトミーの言っていた地獄の一丁目の意味を理解した。ただ、その理解はまだ甘いことを後々知ることになるのだった。



「意外と体力ありますね。感心しました」

 右回りのランニングを終えたあと、ザックは膝に手を置いて肩で呼吸していた。座り込まなかったのは、座り込んだら立ち上がれない気がしたからであった。

「では、先程教えた槍の突き動作の練習に入ります。各員間隔を開いて、左右五百回づつ。始めてください」

 ザックはその言葉に顔を上げて、休憩もなしに? と顔に出した。

「まだ、準備運動ですよ?」

 ヘルガの無情なほどに柔らかい笑顔は、ザックの心の声にばっさりと切り返した。

 候補生たちが中庭に広がって槍を突き始めると、ヘルガはその上を旋回しながら、各人の突きをチェックして回った。

「突いた槍は死に体です。突くより速く引いてください」

「いい加減な百回の突きより、丁寧な一回の突きです。気持ちを込めて突いてください」

「槍を受け取るとき言われたでしょう? その槍は第二のラマだと。そんなふぬけた突きで騎竜を満足させれるのですか?」

「腰を入れて突いてください。そんな腕だけで突いてもカウントしませんよ」

「切っ先が下がってますよ。あなたの槍は敵にお辞儀しているのですか?」

 ザックのみならず、他の候補生もヘルガに注意され、誰かが注意されるとカウントが上がらないので、五百回というのは実質、八百ぐらいになっていた。当然、ザックが一番注意されていた。

「気にするな、ブラザー。いつものことだ。誰かが何かを言われるんだ。今日はブラザーだっただけだ」

 トミーが慰めてくれたが、なんとかお礼を言うのがやっとであった。腕は鉛のようになって、握力も怪しくなって槍を落とさないでいたことが奇跡に思えた。

「それでは、各自、自主訓練にかかってください」

 ヘルガは全体訓練は終了と告げて、ザックのところまでやってきた。

「初日でここまで頑張ったのは大したものです。ですが、体力が不足しているのは明白です。しばらくは、ランニングと突きの練習で体力をつけることとしましょう」

 ヘルガはザックの状態を確認して、ザックの今後の訓練方針を決めた。

「は、はい……が、がんばります」

「ユニ、訓練用の竜の血を持ってきて」

 ヘルガはザックの訓練の様子を柱の陰からじっと見守っていたユードラニナに声をかけた。

「竜の血って……」

 ザックはその名称に顔を青ざめさせた。

「心配はいりません。名前はアレですが、実際は魔界葡萄の果汁です。これを飲めばどんなに疲れていても疲労回復、じっくり休んだごとくリフレッシュします。でも、訓練はきついところでするのが効果を発揮しますから、訓練用のはそれを薄めたもので、ちょっと回復する程度にしています」

 ユードラニナが桃色の液体が入ったガラス瓶を持って駆けつけてきた。

「ザック、これを」

 差し出されたガラス瓶を受け取ろうと腕を上げようとしたが、なかなか持ち上がらなかった。

「無理そうなら、ユニに口移しで――」

「い、いや。みんなの前でそれは、ちょっと……」

 ザックはなんとか気合を入れて腕を上げて、震える手でそれを受け取った。

 少しユードラニナが残念そうな顔をしていたのは、見なかったことにして、苦労して口をつけて竜の血を飲み干した。

「……ふぅ……」

 ザックは倒れる寸前だった体力が戻り、自分のものじゃないと思うほど重かった腕が、重くても自分の腕と思えるほどには回復した。

「竜の血は、本来は厳しい訓練をしても、その後に騎竜とイチャイチャする体力復活のためのものです。訓練終了後に薄めていない竜の血を配ります。なので、訓練中は限界ぎりぎりまで訓練用でも竜の血に頼らないようにしてくださいね」

 ヘルガに苦言を言われザックは申し訳ないと頭を下げた。

「では、体力も戻ったでしょうから、訓練再開しましょう。そうですね……中庭を一周走って、突きを十回。回れ右して、逆向きに一周走って、突きを十回。これを一セットにして……まずは、三十セット。頑張ってくださいね」

 ヘルガの言葉にザックは顔が引きつった。

「ユニはザック君の突きをチェックしてあげてください」

「わかった。任してくれ」

 ユードラニナは神妙な顔で頷いた。

「多分、大丈夫ですけど、手抜きの突きをカウントしていたら、訓練終わりませんからね」

 ヘルガが笑顔で忠告したのに、ユードラニナは口をへの字にして「当然だ」と返事した。

「じゃあ、ザック君。頑張りましょう。愛しい騎竜にかっこいいところを見せて、あそこを大洪水にしてあげなさい」

 背中を押されて、ザックはインターバルランニングを開始したのだった。



「おはよう、ザック。調子はどうだい?」

 ザックは自室でユードラニナと一緒に朝食をとってから訓練のために中庭へ出ようとしたところで金髪短髪マッチョの同期候補生と顔を合わせた。

「おはようございます、トミーさん。毎日筋肉痛ですよ。特に腰が」

「はははは。それは俺もだ、ブラザー」

 トミーは笑いながら自分の腰を何度か叩いた。

 今日で、ザックが竜騎士の訓練を開始して一週間が経った。三日目ぐらいまでは訓練終了の頃はボロ雑巾のようになっていたが、次第に体力がついたのか、今ではヨレヨレの雑巾ぐらいで終了するようになった。昨日は初めて訓練用の竜の血のお世話にもならずにすんでいた。

「でも、俺みたいな武芸の素人なのに、みなさんの仲間に入れてくれて嬉しです」

 ザックは中庭に出て、他の候補生とあいさつを交わし、準備体操をしながら感謝の言葉を口にした。

 一緒に訓練をし始めて、改めて自分が他の候補生とレベルが天地ほど違うのを感じずにはいられなかった。聞けば、候補生のほとんどのものが、それぞれの国元では名の知れた武芸者で通っていたのだから、当然と言えた。

「何言ってるんだ? 俺たちは竜を愛する者同士、仲間なのは当然だろ? 武芸の強さなんて、竜を愛する心の強さに比べれば、無価値に等しいさ」

 トミーの言葉に他の候補生もうんうんと頷いていた。

「でも、最初はビビったけどな。あのユードラニナさんを騎竜に指名したって、どんだけ豪胆な男なんだって」

 懐かしい思い出のようにトミーは豪快に笑った。

「そうそう。竜好きを自認する俺らでも、ユードラニナさんには近づくことすらできなかったからな」

 他の候補生たちもその話に乗ってきた。

「俺、実を言うと、ここに来てすぐ、騎竜選びのころに近づくのにチャレンジして、ちびったことあるぜ」

「お前もか、ブラザー!」

「まあ、男性竜騎士団員は一度は通る道だな」

 ユードラニナが人間を近づけないように発していた竜の気当たりのすごさを改めてザックは思い知った。それと同時に、チャレンジ精神あふれる竜好きの彼らにユードラニナが攻略されていなくてよかったと心から感謝した。

「まあ、でも、今では自分の騎竜が一番だけどな」

「そりゃあ、当然だぜ」

「ユードラニナさんに近づけなかったことで自分の竜好きを疑っちまって、そんな俺を竜の方から好きって言ってくれたらなぁ」

「惚れてまうやろうが!――だよな?」

 候補生の全員がうんうんと頷いていた。ザックは意外とユードラニナの竜の気当たりがキューピッドになっていると知って、これからどうするんだろうとちょっと不安になった。

「そんなユードラニナさんを騎竜に指名して、拒否されても追いかけて、説き伏せて、べた惚れさせて自分の騎竜にしたザックは、俺たちにとっては英雄みたいなもんなんだぜ?」

「そういうことさ、ブラザー」

「それにさ。俺たちがいくら鍛えても竜の強さには遠く及ばない。竜たちも俺たちの強さに惚れているわけじゃないよ」

 精悍な候補生たちが、柱の陰や屋根の上で見守っている自分たちの騎竜の方をちらりと見て苦笑した。単身で竜と戦える人間など主神の加護を受けた勇者でも一握り、大勇者、大英雄ぐらいだろう。

「とはいえ、自分の騎竜にかっこいいところみせたいから、鍛えるのは続けるがな」

 トミーがにかっと笑ってウィンクした。ザックはその言葉に強くうなずいた。そして、初めて他の候補生たちと腹を割って話せた気になった。

「さあ、盛り上がってるところ悪いですけど、訓練始めますよ。まずは合同ランニングから」

 中庭にやってきたヘルガが手を叩いて訓練開始を告げた。候補生たちは表情を引き締め、整列して訓練を開始した。

 ランニングと突きが終了して、ザックはいつものようにインターバルランニングを始めようとすると、ヘルガに止められた。

「だいぶ体力もついてきたみたいなので、今日から新しい訓練を追加します――トミー君」

 ヘルガに呼ばれてトミーがやってきた。

「ザック君、これから君には槍相撲のやり方を教えます」

 ザックはヘルガからゴム製のキャップを渡された。それを教えられた通り、槍の切っ先にはめ込んだ。

「槍は魔界銀でできているから、突いたところで相手を怪我させることはないです。それでも突けば気力を奪って気絶させてしまいます。それでは訓練できないですから、この訓練はキャップをはめて行います」

 それからトミーと向かい合うように立つように指示された。

 向かい合って立ってみて、改めてザックは差を感じた。トミーの身長はザックよりかなり上だが、それ以前に鍛え方が違いすぎる。身体の厚みが、ザックがサンドイッチ用の食パンなら、トミーは喫茶店の厚切りトーストであった。

「それじゃあ、足は肩幅程度に開いて、平行に。相手との距離は、お互いの槍の穂先の胴、中央が合わさるぐらい」

 ザックは言われるままにトミーとの距離を調整した。

「槍相撲は、足を今の場所から動かしたら負けになります。あと、槍を地面につけても負けです。相手の身体で攻撃できる箇所は、相手の槍を持っていない方の肩だけです。ルールはこれだけです」

 ザックは手押し相撲みたいなものだと理解した。

「じゃあ、実際にやってみましょう」

 ヘルガはやってみるのが一番理解が早いと、槍相撲を開始した。

 結果はなすすべなくザックは連敗した。

 槍で攻撃しようにも槍を横に押されて肩に当たらない。逆に相手の突きはザックの肩を確実に突いてくる。槍を合わせての押し合いでも力負けして地面に槍の先をつけられたりする。散々な負けっぷりであった。

「槍相撲は槍を意のままに操る訓練として、定番の訓練です。勝負は経験値がものをいいます。初日で経験者に勝つのは、よほどの天稟がないと無理です。だから、心配しないでください」

 ヘルガはザックを慰めてから、他の候補生全員を呼んだ。

「経験値をためるには、色々な相手とやった方がいいでしょう。というわけで、これからは突き練習が終わったら、全員、ザック君と槍相撲をしてください」

「了解です。ザックを必ず、槍相撲界の横綱に育てますぜ」

 候補生たちはザックを鍛えるのにノリノリだった。

「よーし、まずは俺からだな」

 ひときわ体格のいい候補生が対戦相手に名乗りを上げた。

「よろしくお願いします」

「おう! 槍相撲は腰の入った突きをタイミングよく繰り出すのがコツだ。攻撃は最大の防御だ」

 開始早々、駆け引きを無視した強烈な突きでザックは吹っ飛ばされた。

「す、すまん。大丈夫か?」

 体格のいい候補生が慌ててザックに駆け寄って手を差し出した。

「だ、大丈夫です」

 ザックは頭を振りながら、差し出された手をつかんで起き上がった。

「ジャン。ザックは初心者なんだから、少しは手加減しろよ。おめーのいつも全開全力は確かにすごいけどよ」

 そういって、次の対戦相手が前に出た。今度はザックよりも小柄な男で、ザックもこれならと気合が入った。

「体格が自分よりも大きい場合は、力押しじゃなくて相手の槍を上手く操って最小の力で最大の効果を発揮するようにするんだ」

 そういいながら相手の槍は、ザックの槍に巻き付くように動き、槍を巻き取られた。そして、タイミングよく槍をはね上げられ、ザックの槍は自分の手から離れ、空中に投げ上げられた。ザックは空中に飛んでいる槍を地面に落とさないように必死にキャッチするしかなかった。

「マイケル。お前こそ、手加減してやれ。そんな技を使えるの、お前ぐらいだろう?」

 槍をはね上げたマイケルを横にどかせて次の相手がザックの前に立った。

 ザックよりもやや大柄で、候補生の中では平均的な体格と言えた。顔立ちが整って、どことなく気品がある。貴族の子弟っぽい雰囲気だった。

「槍相撲は駆け引きが重要なんだ。攻守を上手く使い分けるのがコツだ」

 ザックの力量に合わせてくれたようで、さっきまでのように一撃で終わることはなかった。しかし、突いても手ごたえがなく、突かれると足が動きそうになる。全く敵わないのは変わりなかった。

「相手をよく見て、攻めるタイミングを計るんだ。むやみに攻めても勝てないぞ」

 何度か攻撃をしたがまったく通じず、最終的には相手の軽い突きで足が動いてザックは負けてしまった。

「フェイントを巧みに使って、相手のスキを作る。戦術面の訓練にもなる。意外と奥が深いだろう、この槍相撲は?」

 貴族の子弟風の候補生が爽やかな笑顔でザックに説明した。

「なるほどー、そうだったんだな。コネリーに俺がなかなか勝てないのはそのせいか」

 一番最初に相手だった体格のいい候補生、ジャンが感心しながらうなずいていた。

「ジャン、いまさらかよ」

 皆が一斉に笑い出し、ザックもつられて笑った。

「さあ、まだまだ相手はいるぜ。早く一勝できるように頑張ろうぜ」

 ザックは結局、候補生全員を三周ほど対戦して、全敗で終わった。

「まあ、最初はこんなもんだ」

 教官のヘルガは全敗を気にすることはないと肩を叩き、あとはインターバルランニングをするようにザックに命じて他の候補生たちの訓練を見て回った。



「なあ、ユニ」

 寮の食堂で夕食を食べた後、自分の部屋に戻ったザックがユードラニナに真剣な表情で呼びかけた。

「なんだ、ザック?」

「ユニは槍相撲はできるのか?」

 ザックが初めて槍相撲をした日から今日で三日が経っていた。だが、候補生たちとの対戦成績にいまだ白星は輝いていない。

「竜騎士団では定番の訓練の一つだからな。一応、できるぞ。……練習したいのだろう?」

 ユードラニナは軽くため息をつきつつも、テーブルを脇に寄せて槍相撲ができるスペースを作った。

「なんだ。お見通しか。ユニにはかなわないな」

 ザックは頭をかきながら照れ隠しに頭をかいた。

「そ、そんなこと、騎竜であれば、当然だ。私は誰よりもザックを理解しているぞ」

 尻尾で床をぺちぺち叩きながら顔を赤らめていた。ザックはそれをほほえましく見つめた。

「そうだな。じゃあ、訓練に付き合ってもらうお礼に、ユニに負けた数だけ今晩、ユニが好きなようにするというのはどうだ?」

「それは本当か?」

 ユードラニナの目がぎらぎらと光った。それを見て、ザックはさっきの発言が非常にまずいものだと気づいたが、今更、無しなんて言えるわけもなかった。

「あ、当たり前だろ? 男に二言はない。だけど、練習になるように手加減はしてくれよ」

 そして、ザックは槍相撲に負けるたびにユードラニナにその場で犯された。後払いだと朝まで特訓して未払いになったらいやだかららしい。

 最終的にはお互い、服を着るのが面倒になり裸で槍相撲して、練習しているのかセックスしているのかわからない秘密特訓となったのであった。



 ザックとユードラニナの槍相撲凌辱プレイ――もとい、槍相撲秘密特訓も三日目も過ぎた。ザックはここ三日ほど秘密特訓でほぼ寝ていなかった。

 ザックは負けず嫌いであるため、何度負けてもユードラニナに再挑戦する。そのたびにセックスすることになり、寝る時間が無くなるのは当たり前だった。

 そのせいか、ザックは目の下にクマを作り、幽鬼のような様相を呈し、対照的にユードラニナは艶々ピカピカで、幸せオーラが可視化しそうな勢いであった。

「大丈夫かい、ザック君?」

 貴族の子弟風の候補生、コネリーがザックを気にかけて声をかけた。

 肉体的な疲労は、竜の血によって回復できる。だが、人間の意識が強いうちは睡眠は適度に取らないと精神的に疲労が蓄積されてしまう。コネリーはそれを知っていて、最近寝ていないというザックを心配した。

「ふふふ。コネリーさん。俺は大丈夫。それよりも、今日は勝ちますよ。やっと見つけたんです。槍相撲の必勝法を」

 肩を揺らして笑う姿にコネリーは軽くため息をついた。

「ザック君、今日は休んだ方がいい」

「コネリーさん、俺に負けるのが怖いですか?」

 面倒くさい少年のようなザックの返しにコネリーは肩をすくめた。

「まあ、そういうなら、見せてもらうとしようじゃないか」

 そこに教官のヘルガがやってきて、ザックとコネリーを訓練場の中央で向かい合わせ、他の候補生たちをその周りに囲ませた。

「さて、ザック君。それでは君の考えた必勝法を見せてもらうとしよう」

 コネリーは槍を構えた。ザックはそれに薄い笑みを浮かべた。

「では、見るがいい。これが槍相撲の究極必勝法だ!」

 ザックは槍を持っている手の方の肩を突きだし、反対側の肩を引いて、上半身だけ半身の構えになった。

「……」

「驚いて声も出ないだろう? 俺もこれを思いついたときは、恐ろしいものを考え付いてしまったと、寒気がしたほどだ」

「えーと……」

 なにやら酔いしれるザックに何と言っていいかコネリーは言いよどんだ。

「ふふふ。攻撃できる方の肩は角度が悪く突くことはできない。これで負けることはない。あとは、槍を地面につかないように気を付ければ、無敵! ああ、自分の才能が恐ろしい」

 三日連続の徹夜で妙なテンションのザックは額に手を当てて天を仰ぎ見た。

「それで、どうやって攻撃するんだい?」

 ちょっと会話が成り立ちそうにないザック相手にコネリーが恐る恐る質問した。

「ふふふ。抜かりはないよ。こちらの槍は前に突き出しているので、いつでも攻撃可能だ」

 そういって、ザックは槍を突き出した。しかし、コネリーはその攻撃を受けてもびくともしなかった。

「あれ?」

 ザックは何度も槍を突き出した。しかし、結果は同じだった。

「なぜだ!」

「肩を出した状態での突きは腕の力だけの突き。十分に腕力のあるジャンみたいなものならいざ知らず、ザック君の腕力ではそれでは体を動かすことはできないよ」

 コネリーは攻撃の効かない理由を説明し、説明通りにザックの突きを軽く耐えていた。この状態のザックの突きはボクシングで言うところの、ジャブに近い軽い攻撃であるため、KOは難しいのであった。

「そんなはずはない!」

 ザックはやけくそに力を込めて突きを繰り出した。

 しかし、コネリーはそれを見極めて、タイミングを合わせて肩を引いて攻撃を受け流し、槍の胴に槍を添わせて軌道をずらし、ザックのバランスをくずさせてた。ザックの足は転ばないようにバランスを保つため一歩前に踏み出してしまった。

「勝者、コネリー」

 教官のヘルガの無情な宣言にザックは絶望し、グラウンドにひざをついた。

「完璧だと思ったのに……なぜだ?」

「ザック君……」

 コネリーが声をかけようとしたのをヘルガは止めた。

「ザック君。君が考えた作戦は、腕力が強ければ、必勝の作戦となっていただろう。勝つことを考えて、この作戦を立案したことは素晴らしいことだ」

 ヘルガはザックの隣にしゃがみ込んで話しかけた。

「しかし、残念なことに、これは勝負ではなく、訓練だ。勝つことに大きな意味はない」

 ヘルガの続く言葉にザックは彼女をにらんだ。

「確かに、勝負に負けると悔しい。特に騎竜の前でだと、男の矜持があるだろうしな」

 ザックの視線を肩をすくめていなした。

「でも、この槍相撲の目的は三つある。一つ目は槍を力強く突くこと。二つ目は槍を自在に操ること。三つ目は攻撃の虚実を身につけ、相手の虚実を見破ること。勝ち負けは目的じゃないんだ。そして、この三つができると勝利が得やすくなる」

 ザックはヘルガの言葉にうつむいた。地道な努力をすっ飛ばして、安易な勝利を得ようとする自分の意地汚さに今更気づいた。

「まあ、これに関しては私も少々、指導がまずかった。反省している」

 ヘルガは少し申し訳なさそうにザックに謝った。

 今まで、竜騎士団に入団してくる男と言えば、凄腕の傭兵や、歴戦の戦士、精鋭の騎士、もしくは元勇者という武術の才に溢れた人間ばかりであった。そう言った人間であれば、槍相撲も数日で平均レベルに達して、先輩たちといい勝負をしてしまう。ザックのような武術の初心者とは基礎が違った。

「でも、今日のアレはアレだったけど、ここ数日のザック君の上達具合は目を見張るものだったよ」

 コネリーがそう言うと、他の候補生たちも同意の声を上げた。

「それほど急成長をするには、かなりの練習をしたのだと思う。それはすごいことだと胸を張っていいと思う」

「コネリーさん……」

 顔を上げて、コネリーを見上げたザックの顔は、さっきまでのめんどくさい憑きものがすっかり落ちていた。コネリーはうんと頷いて、ザックに手を差し伸べた。

「急ぐ必要はない。訓練は裏切らない。ザック君はザック君の道を着実に歩めばいいと思う」

 コネリーの手を取り、ザックは立ち上がった。

「ありがとうございます、コネリーさん。それにみんなも」

 ザックはさっきまでの自分の態度に恥じ入りながらも素直に皆に謝った。

「ヘルガさん、すいません。最初に言われていましたよね。一歩ずつ確実にって」

 ヘルガにも改めて謝った。

「失敗は誰でもある。お互いによい経験と思うとしよう」

 ヘルガはこれで一件落着と笑顔を見せた。

「それから、ユニ。特訓、付き合ってくれたのに、ごめん」

 最後にユードラニナにも謝った。

「気にするな、ザック。共に竜騎士を目指すんだ。特訓に付き合うぐらいどうということはない。それに、特訓しているザックは格好よかったぞ」

 ユードラニナは穏やかに首を振って優しく微笑んだ。

 そうすると、ザックは候補生たちに囲まれ、「無茶しやがって」「心配させんなよ」などからかわれた。

「それにしても、ザック君はどういった特訓をしたんだい? ユードラニナさんに協力してもらったようだけど、参考に教えてくれないか?」

 コネリーが気になっていたことをザックに質問した。他の候補生たちもそれは知りたいらしく、ザックに教えてくれとせがんだ。

「いや、大したことじゃないですよ。ユニに槍相撲の相手をしてもらったんです」

 ザックは苦笑して特訓の内容を話した。

「……えーと、ユードラニナさんと対戦したというわけかい?」

 コネリーの顔が引きつった。

「はい。ああ、もちろん、手加減してもらってですけど」

 ザックはお恥ずかしいと頭をかいた。

 コネリーは内心、「それは上達するはず」と納得した。

 この槍相撲は候補生の訓練の一つだが、独身竜たちの間でもゲームとして定番でもあった。竜同士の槍相撲はハイレベルな攻防でお金が取れるレベルである。ただ、「こんな槍じゃなくて、第一の槍に突かれたいの!」と絶叫しながら槍相撲をするものもいるので、一般人の観戦は見送られていたが。

「ああ、それから練習に付き合ってもらったので、一勝負して負けたら、その場で押し倒されてセックスされるという条件もつけてました」

 ザックの言葉に、柱の陰の騎竜たちの目が光った。

「負けたらセックス……」

 コネリーが絶句した。

 そして、騎竜たちがいつの間にか、ユードラニナの周囲に集まっていた。

「うむ。あれは、なかなか良かった。甘々のラブラブセックスももちろん素晴らしく好きだが、勝負に負けた相手を押し倒して、自分の自由に、思うままに腰を振る。もしくは、自分のして欲しいように命令する。自分のプレイの好みを、気持ちいいところを、好きなやり方を相手に知ってもらうのに、これはいい方法と思うぞ」

 ユードラニナの言葉が終わるころには、騎竜たちは壁に掛けてあった予備の槍を持参して自分のパートナーのところに飛んで行った。

「槍相撲は大事な基礎訓練よね?」

「早く一人前の竜騎士になってもらうには特訓も必要よね?」

「負かした相手を好きに犯すなんて、ドラゴンなら一度は夢見ることだものね」

「いつもは優しいのを、激しくしてもらうなんて、す・て・き」

「いつも我慢している声をきかせてもらおうーっと」

 騎竜たちに迫られて屈強な男たちが顔をひきつらせてしり込みしていた。

「ザック君、君という男は……いや、これが竜を愛する力のなせる業ということか。悔しいが、私はそれでは君に及ばないようだ」

 コネリーはザックの方を見てそう言って、天を仰いだ。

「えーと、あの? どういうことですか?」

 ザックは何のことかわからずに首をかしげた。

「どういうって、ブラザー……。こっちが主導権持っているならまだしも、竜の好きに犯されるとなったら、竜の血を何リットルも飲むことになるってことだよ!」

 試合巧者のコネリーはすでにパートナーの騎竜に瞬殺され、騎乗位で犯されていたので、代わってトミーが答えた。

「それって、普通ですよね?」

「なん……だと?」

 あっさりと答えたザックにトミーが驚愕の表情を浮かべた。

 特訓がなくても、ザックはいつもユードラニナとの営みで数時間しか寝ていなかった。幽鬼のような様相になっていたのは、睡眠不足というよりも、色々と精神的に追い詰められてのことだった。

「こらこら。後輩に負けてるなんて、ダメじゃない」

 トミーは槍相撲関係なく、無条件で押し倒されていた。

 こうして、中庭で野外交配演習が急遽行われたのであった。

 教官のヘルガは、この騎竜との槍相撲をすぐにカリキュラムに取り込んだ。

 竜の中には、積極的に自分の好きなプレイなどを言い出しにくいものも多い。

 何十年と連れ添っているペアが、ふとしたきっかけで『え? お前、こういうの好きだったの?』なんて、はじめて竜騎士が自分の騎竜の好きなプレイを知ることは意外と珍しくない。

 今回、ザックによって生み出された訓練方法は、『勝ったご褒美として好きなことをお願いできる』という、竜にとって自分の性癖を言いやすい環境が整っている。プライドが高めの竜にとっても、勝者の特権を行使するという名目はありがたいし、敗者の相手に拒否されにくい安心感もある。

 こうして、ザック式槍相撲訓練法は誕生したのだった。

 ザックは竜騎士団の歴史に候補生であるにもかかわらず、その名を刻んだのであった。

「ザック君は、試合には負けたが、勝負には勝ったといったところかな?」

 ヘルガがザックの肩を叩いた。

「できれば、試合に勝ちたいですけど」

 ザックはそれに苦笑でしか答えられなかった。

「それは君の精進次第だ。さて、私もみんなのを見ていたら、自分もザック式をしたくてしょうがなくなったので、あとは自主訓練とする。ダーリンのところに早く行かないと、帰り道にお汁の雨を降らしてしまうからね」

 ヘルガは教官の顔からメスの顔になり、ハートマークの瞳孔で笑みを浮かべて、翼を広げて大空に舞い上がり、皇都内の最大速度で空に消えていった。

「ザック」

「どうしたの、ユ――?!」

 ユードラニナに呼ばれて振り返る途中でザックはユニにキスをされて押し倒された。

「ユ、ユニ?」

 キスから解放されたが、馬乗りになられたザックは困惑した。

「私たちも他の候補生たちに負けてられない」

 そう言って、恍惚な表情を浮かべるユードラニナに、ザックは「他の候補生たちのに我慢できなくなったんだろう?」とは言わない。

「そうだな。俺たちは歩み始まったばかりだからな。この果てしなく遠い竜騎士の道をよ」

 ザックたちも遅ればせながら野外交配演習に加わり、竜騎士団本部に朝から嬌声を響かせたのだった。
18/09/29 07:48更新 / 南文堂
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■作者メッセージ
 今回、書き溜めていたのがここまでなので、またしばらく間が空きます。
 のんびり待っていてくださると幸いです。

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