連載小説
[TOP][目次]
汚された花嫁衣裳 ― マジックミラ〇号 ―
「・・・・・・」

沈んだ表情で場末の雑居ビルへと向かう一人のホルスタウロスの女性。
その後ろを一人の男性が静かに尾行していた。
女性の名前は「若葉響」。
そして彼女を尾行しているのは彼女の夫だ。
その表情に浮かぶのは困惑だ。

〜 若葉・・・助けてやるからな・・・・! 〜

彼女の夫の彰が自らの指から魔界銀製の指輪を外すとそれを展開し、ナックルダスターへと変える。
若葉が雑居ビルに消えるのを確認し彼もその闇の中に身を委ねた。
彼がなぜ探偵まがいのことをしていたのか、話は数日前に遡る。



― ベルデ探偵社 ―

所長であるベルゼブブのベルデッド三世が率いるこの探偵社は調査員が彼女一人しかいないのにも関わらず、依頼の達成率は群を抜く。

ブーン〜!

一匹のハエが彰に纏わりつく。
彰は咄嗟にハエを払おうとしてしまうが、此処でソレをするのはお勧めできないとココを紹介したグランマから教えてもらっていたので思い止まった。

「1号!クライアントに興味があってもじゃれてはいけないと教えたはずだがな?」

ベルデッドの声が響いた瞬間、「1号」と呼ばれたハエはそそくさと彰から離れる。
そう、この探偵社の調査員は「ハエ」だ。魔神であるベルゼブブの異名の一つには「糞山の王」というものがある。
彼女は職能として辺りのハエを自分の手足のように使うことができるのだ。
流石に、「ハエ」に尾行されていると普通の人間、いや魔物娘ですら思いもよらない。
故にどんな調査内容も1日もあれば大概のことは全て知ることができた。

「グランマから聞いているよ。奥さんを疑っているんだって?」

あの夜に感じた違和感。
それは日に日に強くなる。
そして・・・・彼はその違和感の正体について知ってしまった。
「薄い」のだ、若葉の母乳が。
毎日交わっている以上、母乳を濃く感じることがあっても薄くなることは今までなかった。
当然体調の問題もあるだろう。
だが、心に根付いた不安は彼を追い詰めていく。
若葉が他の男に身を委ねることなんてあり得ないが、それでも・・・・。
思いつめた彼はグランマに相談し、この探偵所を紹介してもらった。

「まあ、魔物娘が浮気はしないが、ホルスタウロスの母乳はそれなりに価値がある。因縁つけられて母乳を絞られることもあるな。アメリカでボロい商売をしていた魔物娘が最近摘発されたっけ」

「そんな・・・・!」

「調査料金は2万。結果は保険のダイレクトメールに偽装して送付するから安心して欲しい」

「お願いします・・・。」

彰は契約金を支払いベルデ探偵社を出た。
彼が探偵社を離れたのを密かに尾行させたハエ1号を通して確認すると、ベルデッドは徐に受話器を取った。

「ああ、アタシだよ、京香。グランマが言っていた通りにウチに来たよ。そっちの具合はどう?そう、じゃあそっちも嬢ちゃんに言い聞かせなよ?多少強引でもさぁ・・・」

受話器を置き、ベルデッドは懐から黒革のシガーケースを取り出すとその中からパンチカット済みの葉巻を一本取り出した。
彼女はその薔薇色の唇でコロナサイズの葉巻を咥ると、葉巻用のガスバーナーで手慣れた仕草で火をつける。
フィリピン葉巻のタバカレラ独特の堆肥に似た香りが執務室を包み込む。
葉巻に十分に火が回ったのを確認するとベルデッドは火口を契約書に押し付けた。
みるみる内に契約書が灰となっていく。

「これも渡世の義理ってヤツでね。彰くん・・・悪く思わないでくれよ?」

火に照らされ、ベルデッドは心底楽しそうに笑みを浮かべた。



「・・・・・・」

彰はゆっくりと慎重に進む。目指すのは雑居ビルの二階にある「ポンポコ回春堂」、いわゆるアダルトショップだ。
ベルデッドからの調査報告書には毎日14時頃に若葉が店に入っていく写真が収められていた。
はじめは若葉が店に行くのを止めることも考えたが、それでは肝心な大本がそのままだ。
ほとぼりが冷めた頃合いでまた若葉を狙うことも考えられる。
故に、彼は会社を密かに休んで、こうして若葉を追っているのだ。
調査書に店のオーナーは刑部狸の「高ノ宮京香」とあり、魔物娘であることは不幸中の幸いといえる。
しかし、それだからと言って若葉の身が安全であるとは限らない。



手足を縄で縛られ、その豊満な乳房に凶悪な搾乳機を装着させられた若葉。

「ゲへへ、今日は乳の出が悪いなぁ。そうや刺激を与えたろ!」

悪人顔の狸が取り出したのは全体にブツブツとしたイボを取りつけた小さな子供の腕ほどもあるバイブ。

「い・・・いや・・そんなのは・・・」

若葉の顔が恐怖に歪む。

「奥さん、こんなに熟れた身体をしててこれくらい飲み込めるでっしゃろ?」

狸がバイブのスイッチを入れる。
モーター音を響かせながらウネウネと蠢くバイブ。時折、逆方向にもウネるのがさらにイヤらしい。

「へへへへへ・・・・」

狸がバイブをもって若葉に近づく・・・・。

「彰くん・・・助けてぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」



「待ってろ若葉!!!」

彰が今時凌辱モノのエロ漫画でも見ないベタベタな妄想から我に返ると、ドアノブに手をかけて中に入る。
彼が店内に足を踏み入れた瞬間だ。

「?!」

シュッ!

見えない糸に手足を絡み取られ、そのまま天井に吊るしあげられる。

「苦ッ!!」

インキュバスとしての身体能力で引き千切ろうとするがビクともしない。
武器も打撃武器である変形ナックルダスターだけ。糸を切り裂けるようなナイフは一本も持っていなかった。

「おやおや、お早いお着きで」

刑部狸の少女が道化じみた仕草でお辞儀する。

「この!!!若葉をどうする気だ!!!」

「どうするか?侵害やな〜〜ウチの所に来たんのは若葉はんからで?」

彰が怒りを向けても目の前の刑部狸 ― 高ノ宮京香 ― は動じない。

「まぁ、せっかくやから生まれ変わった若葉はんを愛しの旦那はんにも見てもらおうか。準備はええか!」

奥の扉がゆっくりと開く。

「・・・・・・若葉」

そこにいたのは異形の「花嫁」だった。
ホルスタウロスの特徴の一つである角は金と赤の飾り紐に彩られ、白無垢はかなり深くスリットが入り、開けられた胸元からは豊満な果実が顔を覗かせていた。
ともすれば下品ともいえる意匠ではあるが、その見たことのない純白の生地のおかげか清楚な印象を見る者に抱かせる。
それは性欲に溺れることを是とする魔物娘の為の花嫁衣裳といえた。

「彰さん、どうかしら私のコーディネートは?」

若葉の背後から聞き覚えのある声が響く。
いつも若葉の衣服の仕立て直しに訪れる衣料品店の店主、ジョロウグモの雲崎楓だ。

「楓さん?これは一体・・・」

「それは・・・」

若葉が雲崎を制止する。

「私が頼んだの・・・・彰くん怒らないで聞いてね」

数週間前、試着した花嫁衣裳を汚してしまい弁償しようとしたが、雲崎からはある交換条件を出されたこと。
それは「ホルスタウロスのミルクを必要量提供してくれれば、弁償しなくていいし新しい花嫁衣裳を一着仕立てること」。

「彰くんごめんなさい!この母乳も全て彰くんのモノなのに勝手に使っちゃって・・・」

そう謝る若葉に彰はどう答えればいいかわからなかった。
流石に勝手に盛り上がってカチコミかけようとしていたとは口が裂けても言えなかった。

「拘束させてもらったのは無用の諍いを避けたかったからよ。今拘束を解くわね」

雲崎が軽く手を叩くと、拘束していた糸が消失し吊り上げられた彰がそのまま落下する。

ドサッ!

「ッ!」

「彰さん、若葉さんに近づいてみて。この匂いに覚えはないかしら?」

彰は半信半疑ながら若葉に近づく。
彼女からは毎晩閨で感じていた匂いを強く感じる。
それは・・・

「若葉の・・・母乳?」

「そうよ。彰さんは牛乳から繊維が作れるって知っているかしら?手触りはシルクで強度は木綿並み、まさに理想の繊維よ」

「もしかして、この花嫁衣裳に使われているのって・・・・」

「提供してもらった若葉さんの母乳で作成した繊維よ。私の所には搾乳機はないから知り合いの京香に頼んだの。彰さんに余計な心配をかけさせてしまってごめんなさい」

流石に彰にも事の真相が分かり始めた。
恐らくグランマも彼女の紹介してくれた探偵もみんなグルだったのだろう。
そして、若葉の花嫁衣裳が完成した時期にこの場所へ彰が来るように誘導されたのだ。
あり得ない不安に踊らされて、空回りしていた自分の姿を想像し羞恥のあまり彰は顔から火が出るかのようだ。

「感想はどうかしら?」

彰が若葉を見る。
とても可憐で美麗、そして煽情的だ。
結婚式でウェディングドレスを着た若葉も綺麗だったが、その数倍「魔物」である彼女の淫靡さを引き出していた。

「とても綺麗です・・・・」

「彰さん、仕掛けはそれだけじゃないわよ?京香、準備はいいかしら?」

「もっちのロンやで!!」

京香が壁の近くにあったボタンを押す。

シャァァァァァ

自動で全ての窓にカーテンが下りる。
闇が全てを覆い包み、暖かな色の間接照明が点灯する。

「?楓さん・・・・これ・・いっ!」

「どうしたの彰く・・・キャァァァッァァァッ!!!!!!」

太陽光から人口光へと変わった瞬間、若葉の着ていた花嫁衣裳が突如スケスケになってしまったのだ。
当然、真正面にいた彰には若葉の「全て」が目に入っていたわけで・・・・
クドいようだが、和服を着る際に下着をつけないのは「様式美」である。
彰が「ソレ」を目にした瞬間、思わず股間を押さえて中腰になってしまう。

「ホルスタウロスのミルクは味もいいけど濃厚な魔力を含んでいる。繊維に加工してもそれは健在で、私は特定の光に反応して透明になるように繊維自体に仕掛けを施したのよ。お気に召したかしら?」

恥ずかしがりながら、自らの胸と股間を手で隠す若葉の痴態に、彰は心の中で雲崎に賛美を贈っていた。

〜 楓さん・・・・グッジョブ! 〜 と。

「うぅぅ・・・恥ずかしいよぉ・・・」

楓は静かに若葉に近づくと、その場に蹲った若葉の耳元にそっと何事かを囁いた。

「たまには羞恥プレイもマンネリ解消にいいでしょ?」

・・・事実だった。
今彼女のソコは熱く滾り、泉のように湧き上がる濃厚な蜜を陰唇で抑えるのがやっとだ。

「うぅぅ・・・・」

「ねぇ彰さん。若葉さん着なれない花嫁衣裳のおかげで疲れたみたい。少し介抱しててくれないかしら?」

「でもここは・・・」

彰が京香を見る。

「ウチは問題ないで。ふとんは奥の引き戸の中や。ウチらはこれから酒盛りに行くさかい、落ち着くまでいていいんやで。この店に金目のものは置いてへんし、ドアもオートロックや心配あらへん。あと・・・・隠しカメラもないんやで?」

ニヤニヤと笑いながらそう話す京香。

「・・・・・」

一度滾った彰の「ソコ」は中々元に戻らず、それは若葉も同じようだ。
ピンク色に上気した肌で熱っぽく濡れた瞳で彰をみる若葉。

「・・・・すみません」

「ほな雲崎はん行こか。あと汚したらちゃんと掃除しとくんやで?」

そう言うと京香は彰たちにウィンクした。

「彰くん・・・二度目の初夜をしよ?」

二人がドアの向こうに消えると、若葉が彰を背後から抱きしめた。
・・・・どうやら明日は有給を取らなければならないようだ。


「いいことした後は気分がいいわ。ずっと温めていたアイディアを世に出せたし」

夜道を歩きながら、楓は胸元のアイオライトのペンダントを街灯にかざす。


― アイオライト ―

日光の当たる角度によってその色を変えるこの石は、所有することによって本来の自分を見失いそうになった時、その人らしいアイデンティティを呼び覚まし、本来の自分自身を取り戻す助けとなってくれるとされる。


「京香の目から見て彼女達はどう見えたかしら?」

「そうやなあ・・・・人間以上に人間らしい魔物やな。大概、魔物化すれば人間は魔物としての本能に引っ張られる。でも若葉はんはそうやない。あんさんも若葉はんの乳の張りに気付いてはったろ?」

「そうね・・・ホルスタウロスは愛しあえば愛し合うほどに乳が分泌される。私たち魔物は乳がんになることはないけど、母乳の溜めすぎで体調を崩してしまうことはあるわ」

「ホルスタウロスの夫婦はお楽しみの後に余った母乳を売るのは普通やし、それで飯を食っている連中も多い。でも若葉はんみたいになまじ人間の価値観を持っとると、母乳を売るのに抵抗があるのは当然や。コイツは難儀なことやで?」

京香が目を閉じる。

「旦那の彰はんは話の分かる人やったから事情を説明したら協力してくれるはずや。売ったホルミルクで二度目の新婚旅行へ行ったらとでも言うたらきっとノってくるで」

「私もそれとなく相談してみるわね。若葉さんには健康的で淫らな生活を送って欲しいもの」

「そうと決まったらまずは酒や!店はいつものペイパームーンでいいか?」

「そうそう!この前グランマが掘り出し物のテキーラアネホ(テキーラの古酒)が入ったって言ってたよ」

「なんやて!こうしちゃおれんわ!店まで走るで!!」

「ホント、京香ってテキーラのことになると目の色が変わるんだから!」

「そう言うあんさんもあそこのアイリッシュコーヒーを気に入ってるんやろ?」

「まあね。意外と難しいカクテルよ?アイリッシュコーヒーって」

「せやかて、この前みたいに飲み過ぎてペイパームーンでいきなりポールダンスすんのは遠慮してな?」

余談だが、蜘蛛はカフェインを与えると酩酊状態になる。
アラクネやアントアラクネ、ジョロウグモ、アトラクナクアに試してみよう。
もっとも、好奇心に身を任せた結果、人生の墓場へ行くことになろうが人間辞めさせられようが当方は関知しない。

「そういう京香ちゃんもテキーラの飲み過ぎで開けた自分の胸に横線を引いて洗濯板〜ってやってたんじゃない!」

「ほんまか!ウチ記憶ないねん・・・・・・」

「ここにその動画が・・・・」

「ギャー!!!消せ!!消し去らせ!!!」

いつも余裕のある表情をしている京香が取り乱すのを見て楓がからかう。

「ペイパームーンにつく前に追いついたら消してあげるよ!」

「待てや!!!こんガキャぁぁぁ!!!!!!」

夜の街を走りながらじゃれ合う二人の魔物を、昇ったばかり満月が見下ろしていた。
19/05/04 09:31更新 / 法螺男
戻る 次へ

■作者メッセージ
ちょくちょく書かれている彰と若葉が持っている魔界銀製のナックルダスターにもなる指輪ですが、実際にあるシルバーリングが元になっています。ヴィヴィアンウエストウッドのナックルダスターというモデルで作者も愛用していますよ。もっとも実際に使用したら一発でダメになりそうですが・・・・。
リクエストは感想欄で常時受け付け中です。また、こんなド底辺作者とコラボしたいという変態ゲフンゲフン、奇特な方がいれば感想欄にてご相談ください。

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33