連載小説
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因縁と縁(えにし)
 ジュリカとの熱い夜を過ごし、準決勝の日がやってきた。
 魔物と交わり続けると男の体にも変化があるらしく、あまり疲れなくなってきた。つまり悩みも吹っ切れ、最高のコンディションでヅギと決着をつけられる。

 そして、ジュリカも……



「てやぁぁッ!」

 ジュリカが舞台の上を駆ける。深紅の髪を靡かせ、褐色の肢体を躍らせながら、双刀を振り上げた。
 対する相手……紺の髪の女剣士は両手剣を構え、受けの姿勢を取る。彼女もまたサキュバスと呼ばれる魔物で、腰には蝙蝠のような翼があった。剣と魔法をバランス良く使いこなし、すでに三十分ほどジュリカと渡り合っている。

 ジュリカの重い一撃を、サキュバスは剣で横に受け流した。しかし続いて、ジュリカは利き腕である左手の刀で二撃目を繰り出す。するとサキュバスは紙一重で回避し、次の瞬間にはジュリカの上半身がのけ反った。
 蹴りを受けたのである。あの一瞬でジュリカの攻撃を避け、素早い蹴りで反撃……準決勝に勝ち残っただけあって、相当な力量だ。聞いた話によると元人間で、主神の加護を受けた勇者だったという。

 だがジュリカはまだ体力は残っているし、サキュバスも闘いが長引いて疲れが見えている。呼吸が乱れ始めているのだ。内心、焦っているのかもしれない。
 再度繰り出された蹴りをジュリカが防ぐと、サキュバスは地を蹴って跳躍。翼が開かれ、地面から数メートルほどの高さで滞空する。

「これで決めさせてもらいます!」

 宣言するなり、剣を高く掲げるサキュバス。刹那、剣から青白い稲妻が迸った。魔法を使えない俺でも分かる、強い魔力だ。殺すつもりは無いだろうが、それでも喰らえば意識を保っていられないだろう。
 それが、ジュリカへと一直線に放たれた。

 凄まじい速度……ジュリカの負けだと、俺以外の誰もが思ったことだろう。だが俺には、彼女がどうするつもりなのか分かっていた。

「ッラァ!」

 掛け声とともに、ジュリカは双刀を投げつけた。サキュバスにというより、迫りくる電撃に向かって。
 電撃と双刀がぶつかったその瞬間、そこで電撃の進行が食い止められた。金属の塊である双刀が電撃を吸収したのである。
 サキュバスが驚きから隙を作ったのは一瞬だった。しかしその一瞬に、ジュリカは身を捻りながら、脅威的な脚力で跳躍。空中で回し蹴りを出す体勢で、サキュバスに接近した。
 そして……

「うっ!?」

 サキュバスが短い悲鳴とともに、舞台にたたき落とされた。尻尾による一撃をくらったのである。ジュリカの尾は強靭で、炎と相まってかなりの威力を生むのだ。

 ジュリカは着地直後、起き上がろうとしたサキュバスの腹に拳を見舞った。姉のセシリアほどでないにしろ、強烈なパンチをまともに喰らったのだ。サラマンダーよりサキュバスの方が打たれ弱い。ダウンを確認し、審判がカウントを始めた。

「……7、8、9、10! 勝者、ジュリカ・エーベルヴィスト!」

 耳を劈くような歓声が巻き起こった。しきりにジュリカの名を叫ぶ観客もいる。どうやら彼女はかなり人気を集めているらしい……まあ、当然か。

《ジュリカ選手、決勝進出です! 手に汗握る攻防の末、一瞬の決着! 燃えさせてくれました!》

 ジュリカは涙目で倒れているサキュバスを助け起こし、何か言葉をかけて担架に乗せてやった。こういった優しさをふいに見せるジュリカが、俺に力をくれる。

 次は俺の番だ。
 負ける気は無い。因縁に決着をつけ、ジュリカと決勝で闘うため。


《では、準決勝第二回戦ッ! ヅギ・アスター対スティレット!》

 俺は立ち上がった。ジュリカは俺を見つめ、微笑を浮かべる。それだけで、彼女の思いは伝わってきた。俺は彼女に無言で頷き、フレイルを握る手に力を込め、舞台へ向かう。ヅギもまた、グレイブを手に反対側から舞台に上がる。
 相変わらず気だるそうに、しかし戦に向かう男の雰囲気を漂わせ、ヅギは俺と対峙した。今まで人・魔問わず多くの命を奪い、死の臭いが体に染みついたこの男。それなのに、何処か優しく哀しいこの男は、俺を見たまま静かにグレイブを構える。

《ヅギ選手はこの町で最も名の知れた傭兵、昨日はライバルのセシリア教官に勝利。対するスティレット選手は準々決勝が不戦勝、正直実力が測れません。しかし聞くところによると、この二人にも因縁があるとか!》

 司会の声も、すでにろくに聞こえない。敵を打ち倒すことだけに集中し、力の限り戦い続ける。今までそうやって生き残ってきたのだ。

「始め!」

 審判の宣言とともに、俺とヅギは同時に走り出した。俺はフレイルを上段から振り下ろし、ヅギはグレイブを下段から振り上げ、正面から武器同士がぶつかる。手が痺れそうになる重さだが、俺はヅギが浅く踏み込んだことに気づいていた。
 フレイルの長所は防御が困難なこと。柄を防げば慣性で飛び出してくる短棒が、短棒を防げば柄による一撃を受けることになる。だからヅギは距離を離し、先にフレイルを破壊するつもりなのだ。

「随分、慎重じゃないか……はあっ!」

 力を込めて、ヅギのグレイブを押しのけにかかる。しかしヅギも、簡単には力負けしない。柔軟な筋肉を最大限に使い、押し返してくる。

「……旦那、戦いの最中にお喋りするのは嫌いなんじゃなかったっけ?」
「ヅギ、お前に謝りたいことがある」
「興味ない……ねっ!」

 ヅギが瞬間的に力を込めると、俺のフレイルは撥ね退けられた。
 武器を手放しはしなかったが、ヅギの追撃が迫る。峰打ちではなく、フレイルを叩き斬るつもりだ。重量のある刃が振り下ろされる。しかし俺は、自奴に近付いた。

「フンッ!」

 乾いた音が響き、俺はフレイルの柄でヅギの攻撃を受け止めた。ただし刃ではなく、グレイブの柄の部分を受け止めたのだ。一歩間違えば重傷は避けられない作戦だったが、俺の本能はできると確信していた。

「……俺は戦いにしか価値を見出せない。それに誇りを持っているつもりでも、平和に暮らしている奴を見るたび、自分がそいつらに劣る人間じゃないかと思っていた……平和に生きられない、争いしかできない不要なクズだと……」
「……」

 俺が今まで、気づいていない振りをしていた感情。自分が単なる野蛮な人間なのではないかという思い。ジュリカのお陰で、今なら正直になれる。あの激しい交わりと、彼女の暖かさが、そうさせてくれたのだ。

「そして俺は、そんな自分の同類を求め……お前がそうであることを期待していたんだ。……すまない」

 同類がいれば、劣等感が薄らぐ。知らず知らずに打ちにそんな風に思っていた自分が情けなかった。

 ヅギはグレイブを引く。そこへ今度は俺から打ちかかるが、奴の姿が視界から消える。自ら地面に倒れ込み、攻撃を避けたのだ。続いて起き上がりながらの蹴り技に、俺は対応できなかった。
 体をバネにした蹴りは、ずっしりと重く俺の腹に響いた。数歩後ずさり、フレイルを握りなおす。

「……別にいいんじゃないか? クズでも」

 静かな声で、ヅギは言う。その言葉に、侮蔑や嘲笑は一切含まれていなかった。

「今の時代、戦争の犬も必要じゃないか……よっ!」

 ヅギの掌から炎が放たれる。範囲は広いが、ジュリカの熱さに比べれば大したことない!

「うおおおッ!」

 姿勢を低くして炎の下をくぐり抜ける。服の背が焼けるのにも構わず、肉迫、肉迫、肉迫。奴の腹目がけて、フレイルの柄を突き出した。

「ッ!」

 ギリギリの所で、体捌きでかわされる。続けざまに繰り出された二撃目も、グレイブの柄で逸らされた。

「……時代に必要とされている、と?」
「そういうことだなっ!」

 今度はヅギが打ってくる。受け流し、回避しながら、俺は隙をうかがった。

「教団が魔物との敵対を止めるとは思えないし、魔物は魔物で教団の仕打ちを許さないだろう。教団が追い詰められれば、ひょっとしたら神族とやらが動き出すかもしれない。この混沌とした時代は、まだまだ長く続くってことさ!」
「……くっ!?」

 ヅギと俺との間で何かが光った。その瞬間、俺は目に見えない力に弾き飛ばされる。セシリアとの闘いで見せた、あの衝撃波を受けたのだ。空気を瞬間的に加熱し、熱膨張させたのだろう。昔出会った時より、魔法の使い方が巧みになっている……!

「そらよっ!」

 ヅギは吹き飛ばされた俺に間合いを詰める。そして着地寸前に、グレイブを振り下ろしてきた。
 反射的に、空中でフレイルを構えて受け止めるが、その重い一撃は俺を容赦なく地面に叩きつける。衝撃で背骨が軋む。

 だが。



 痛みなら、今まで何度も乗り越えてきた!

「ッオオオオォ!」
「ぐほっ……!」

 起き上がり様に、ヅギの顔面に頭突きを決める。ヅギはよろめいたが、すぐさま体勢を立て直し、続けて繰り出した蹴りを受け止める。こいつもまた、痛みを乗り越えてきたのだ。

「なるほどな……なら俺は!」

 俺はフレイルを横薙ぎに叩きつけ、ヅギが上半身を反らして避ける。ヅギがグレイブで打ってくれば、俺はフレイルで受け止める。この感覚、このスリルこそ、俺の求めている物だ。

「この混沌の時代で、自分で戦場を見つける! 何にも流されはしない!」

 ……親に売られて少年兵となったときから、誰かから戦闘を強要され続けていた。そうしている内に、戦いの中に本当の自分があると信じるようになってしまった。きっと、もう後戻りはできないのだろう。
 だが、後戻りする気もない。逃げられないなら、前に進むしかない。他の誰でもない、俺自身の意思で!

「やっぱり、旦那はその方が似合ってるな!」

 数回、武器同士がぶつかり合う。フレイルによる攻撃を、ヅギは研ぎ澄まされた勘で避ける。そして俺も、ヅギのグレイブを防ぎ、避ける。

 長く攻防が続き、互いの体にかすり傷ができる。しかし、スタミナでは俺が勝っていた。

「てりゃあああァッ!!」

 動きの鈍り始めたヅギの攻撃をかわし、できた隙にフレイルを打ち下ろした。完璧な軌道……避けられるはずはない。

 しかし。その一撃は虚しく空を切った。
 避けられたのではない。外したのだ。どういうことか、一瞬だけ遠近感が狂い、僅かに狙いが逸れたのである。
 俺がここで、間合いを測り違えるなど……

「終わりだ!」

 ……刹那。
 俺の腹に、グレイブの峰が食い込んだ。内蔵まで響く衝撃。
 声さえあげられずに、俺は膝を着いた。そこへさらに、蹴りを喰らう。

「………!!」

 フレイルを握ったまま、俺は倒れた。それでもヅギはグレイブの柄で、俺の腹を執拗に突く。

 審判がストップをかけた。直後に、カウントが始まる。

「……3、4、5……」

 数が積み重なっていく。しかし、体が動かない。呼吸さえも苦しい。

「6、7、8……」

 立たなければ……だが……くそっ!

「9!」









「スティレット!」






 ふいに聞こえた、ジュリカの声。脳がその声を知覚した瞬間、俺の体は力を取り戻した。
 ほとんど自分の意志と関係なく、反射的に起き上がる。そして自分でも驚くほどの速さで、ヅギに肉迫する。

「ウオオオオオッ!!」
「ちっ!」

 迫ってくるヅギのグレイブ。しかし俺は静かに、フレイルでその刃を撥ね退けた。
 そのままヅギの懐に飛び込み……渾身の体当たりをかける。ヅギの口から、微かにうめき声が聞こえた。そしてその瞬間には、ヅギの体が大きく吹き飛び……



 ドサリと、場外に落ちた。



 空中で手放したグレイブが、地面に転がる。観客のざわめきが聞こえ、呆然としていた審判が慌てて叫んだ。

「勝者、スティレット!」

 途端に、闘技場が揺れるかのような歓声が巻き起こった。俺は虚脱感から、息を整えて立ちつくす。
 今出した力……俺自身でさえ、なんだか分からなかった。ただ確かなのは、ジュリカの声がきっかけということだけだ。


「スティレット!」

 再び聞こえる、彼女の声。振り向いた瞬間、舞台に上ってきたジュリカが、俺に抱きついてきた。柔らかな感触と、彼女の心を表したような暖かみが伝わってきた。

 俺は彼女の金色の瞳を覗きこみ、唇を奪う。彼女も遠慮なく舌を絡ませ、より強い力で抱きしめてきた。
 彼女は最早、俺になくてはならない存在になったのだろう。魔物は男を狂わせ、自分無しでは生きられないようにしてしまうという。実際、その通りかもしれない。だが少なくとも、俺は彼女との出会いをきっかけに、良い方向へ向かったようだ。それだけは胸を張って言える。




 観客の冷やかしの声にも構わず、俺達はひたすら、互いの感触を味わった。

11/07/19 00:36更新 / 空き缶号
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