連載小説
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二大悪魔!ネビロスとサルガタナス!!
俺は焦っていた。

この俺、笹凪良平(ささなぎ りょうへい)は現在非常に危機的状況下に置かれているのだ。
…そう、金欠という名の危機に!!
いつまでも結果を出せない俺に、ついに本家からの最後通告が来てしまったのだ!!

『あと3日。それまでにそれ相応の実績を上げなければ援助は打ち切りとする。尚、打ち切られた後には貴方を本家に連れ戻します!ていうか、早く帰っておいでよ弟く〜ん!!』

という手紙が…ポストに入っていたんだぁぁぁぁ!!!!



魔術師家系の嫡男でありながら、一般的な魔術の才に恵まれなかった俺は、幼い頃より召喚術に傾倒した鍛錬を続けてきた。もっとも、鍛錬と言っても召喚士にはその才さえあれば鍛錬すべきところは基本理念のみである。よって、基本理念確立後はもっぱら召喚の実践となった。

最初は黒猫くらいの使い魔しか呼べなかった俺も、年月を重ねる毎に徐々に腕を上げていき、今となっては下級の悪魔を呼び出せるまでには成長した。これは日々の努力が実を結んだと考えて良いだろう。
だから俺は油断していたのだ。いや、緩みきっていたのだ。俺は。

ある日、いつものように悪魔研究を行っていた俺の元に同業者兼友人の日野本浩平が訪ねてきた。
いつものように扉を開け放った俺に衝撃が走った。だってそこには、青肌の角とか尻尾とか生えたいかにも強そうな女の悪魔が一緒に居たからだ。
しかも、話を聞いてみるとかの有名な『地の王アマイモン』だというではないか!

俺は落胆したぜ。ああ、落胆したとも。軽い挫折に近いな、あれは。

だって、浩平は俺よりも遥かに魔術の腕があったものの、召喚術に関しては俺の足元にも及ばない奴だったからだ。
召喚術に関しては上を行っていると自負していた俺の心は粉々に打ち砕かれた。…それに彼奴ら、事あるごとにイチャイチャしやがって。童貞の身にもなれってんだい!!

…話がそれたが、とにかく、俺は今夜!アマイモンを超える悪魔を呼び出さなくてはならない!!

理由は簡単だ。“あいつに負けるのがなんとなくムカつくから”。

そう、それだけでいい。理由などは最早必要ないのだ。…ついでに本家への報告素材とかにしちゃったりね。うん、おまけだよ。おまけ、おまけ。

俺は書物の散乱した部屋の中央、魔法陣の描かれた場所の前まで歩いて止まる。
そして大きく両腕を広げて天を仰ぎ見る!…いや、まあ天井なんだけどね。

大きく息を吸う。すると、古びた魔導書から漂う黴臭い匂いを一気に吸い込んでしまいちょっと咽せる。

「げっほ!げほぉ!!おえぇぇぇ!!!!…はぁ、はぁ、はぁ!よし!もう大丈夫。そいじゃあ、ちゃっちゃと召喚しちまうか!!」

再び、大きく息を吸うー

「げほ、げほっ!!ゴハッ!!…いや、もう深呼吸はやめよう。命に関わる気がする。」

なんというか…俺の部屋って存外、汚かったのだな。


気を取り直して俺は両手を天に掲げて詠唱を開始した。

魔方陣は俺が研究の中で編み出した独自の改良を施したものを描いた。魔力も十分に蓄えてきた。触媒には、海外のマジックショップから取り寄せた超高級、一級品を使用。この大判振る舞いに、平時の俺なら卒倒していただろう。しかし、俺は今ちゃんと立っている!!当然だ、これから呼び出すのは、かの名高き6精霊のうちのどれかなんだからな!!金をケチったりなんかしたら、それこそ八つ裂きにされちまいそうだぜ!

ちなみに詠唱も俺独自の改良を加えておいた。
さあ!詠唱が終わり、俺は魔力を一気に魔法陣に注ぎ込む。

「ふはははは!!10年間、ペンダントの中に溜めに溜めた膨大な魔力。その全てを魔法陣へと注ぐ!!」

確かにこれは勿体無い。もう数年したらより召喚を確実なものとできただろうに。

だが、後悔はしていない。だって、俺にはあいつを超えるという大事な目標があるのだから!

「おや?魔法陣が光り出したぞ。…この魔力、質、量共に凄まじい!!」

魔法陣の輝きは次第に強まっていく。

眩い黄金の輝きに俺は思わず目を閉じたくなる。
しかし、俺はそれを無理やりこじ開ける。

「そうだよ…こんな貴重な体験、滅多に出来るもんじゃないしな。見ないのは損ってもんだぜ!!」

やがて、光は中央に凝縮されていく…。

球体となった光は未だ光の強さを上げている。そこには確かに何かの存在が確認できた。
いや、確認せざるを得なかった。と言うべきか。
それほどまでに凄まじい量と質の魔力が魔法陣の中から感じ取れたのだ。

「おお…!!おおっ!?おおぉぉぉ!!!?」

ぼふん。

アレ?なんかえらくコミカルな爆発音。なんか規模も小さいし。

でも、煙の量だけはやけに多い。なんだか、拍子抜けな登場の仕方だ。…もっとこう、ピカーン!みたいな感じで出てきて、『問おう、貴方が私のマスターか?』みたいなこと聞いてくるかと思ってたのに。

「まあ、この際そんなのはどうでもよくて…とにかく、どんな悪魔が出てくるのか…!?」

やがて、煙が晴れ、中から魔力源たる存在が姿を現す。二体とも。ん?あれ、二体??

「召喚に応じ、馳せ参じました。マスター。我が名はサルガタナス。」

「同じく、召喚に応じ、馳せ参じちゃいました。ネビロスですぅ!」

魔法陣の上に現れた2人の女性。最初に口を開いた方は黒髪ロングで、艶やかな髪質をしている。ツン目だが、なんだか綺麗な顔をしている。っていうかめっちゃ美人!?
2人目の方は赤髪ツインテでやはりツン目であるが、どことなく丸みを帯びた目筋をしていた。…1人目より、ちょっぴり胸小さい。というか1人目の女性が豊満すぎるのだけどね。

「…って!それより、今なんて言った!?」

「?私たちはただ自己紹介…しただけなんですが?」

「うん、名前しか言ってないと思うけど…。」

小首を傾げる2人。だが、俺は納得できない。だって…だって、こんな…!!

「大悪魔が美女2人なんてぇぇぇぇ!!!!」

今年1番の大声。…多分、隣の人に怒られそう。明日とかに。

「ま、マスター?その…女では不服でしょうか?」

「否!!そうではない!!…俺は…俺は嬉しいんだ。」

「う、嬉しい?…あたしたちみたいな大悪魔呼べたから?」

自分で言っちゃうんだ、大悪魔とか。

「…いや、それもあるが…なにより俺は、君らが女の子であったのが限りなく嬉しい!!もう、鼻血出そう!!!!」

「そ、それは…私たちを、その…奉仕させる目的で…?」

「も、もしかして貴方、あたしたちを性処理係として呼んだの!?」

「あ、いや違う!違うって、断じて違う!!…俺はな、愛でたいのだよ。」

「…は?」

「愛を、注ぐ相手が欲しいんだ。そして、愛を注いでくれる相手が欲しい。」

「…ふーん、なるほど。あんた童貞ね。」

ネビロスと名乗った美女が鋭い一撃を俺に浴びせる。うむ、確かに私は童貞だ。

「だから何だと言うのだ?あと12年もすれば魔法使いになれるんだぞ?すごいことじゃないか。」

「…自分で言ってて虚しくならないの?」

馬鹿め…虚しいに決まっていよう!

「…さて、冗談はこれくらいにして、本題に入りたいのだが?」

一つ溜息を溢して腰に手を当てる。仕切り直すときはいつもこうしている。まあ、癖みたいなものだ。

「じゃあ、まず一つ目の質問。君たちは、俺の召喚に応えた悪魔、使い魔として考えていいのかな?」

9割方、間違いではないだろうが、一応確認しておいたほうがお互いのためにもいいと考え、俺はこれを最初の質問とした。

「はい、喚ばれた以上は全力でお手伝いさせていただきます。」

「戦闘はあたしに任せてちょうだい!これでも腕っ節はサルガタナスよりずっと強いんだから。」

ぐっ、と力こぶを作ってみせるネビロス。それは見事なまでに山を作る。

「ほうー…これは、また…見事なもんで。」

「ふっふっふっ…!これでどうだ、ふんっ!」

ネビロスがマッチョポーズを取ると、彼女の身体のあちこちに筋肉が盛り上がる。
しかし、そのどれもが彼女の女性としての美しさを損なわないように微妙なバランスで適度に付いていた。

生まれてこのかた、魔術や研究に明け暮れて晩年もやし確定である良平にとっては彼女の身体は理想そのものであった。その理想を前に良平は目を輝かせて見入っていた。
そんな良平の様子を見て嬉しくなったネビロスはさらに自らの身体を見せつける。

「やめないか、ネビロス!お前、それでも女子か!?」

それを見ていたサルガタナスが堪らず止めに入る。

「なんでよ、サルガタナス。あたし、今すっごい気分良かったのに〜…。」

「だからと言って、筋肉を見せびらかす女がいるか!…まったく、貴様はもう少し自分の性別を考えてだな…」

「そういうあんただって、今時そんな古風な喋り方しちゃって…そんなだから彼氏が出来ないのよ!」

「なっ…!?貴様だって今まで出来た試しが無いではないか!!」

「ま、まあまあ、2人とも落ち着いてー」

「そ、それは…あれよ。あたしに釣り合う相手が居なかっただけよ…。」

「ハッ!それもそうだな。お前のような雌ゴリラと釣り合う者など、雄ゴリラくらいしかおるまい。」

「な、なんですってぇぇぇ!!」


「…。」


わいわい、がやがや…。

「…。」

どんちゃら、バタバタ…。

「…。」

ドタバタ、ドタバター

「いい加減にしろぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」

「っ!?」

「っ…!」

部屋中に響き渡る俺の怒声。それにより2人はピタリと動きを止めた。
…ふぅ、これでなんとか部屋は壊されずに済んだか。

「…。」

とりあえず、大声を出してみたものの、幼少より研究に没頭していたため喧嘩の仲裁とか生まれてこのかた行ったことも無かった俺は続ける言葉が思いつかず、口吃る。

そんな俺の様子を見て、サルガタナスが膝を折った。

「申し訳ありません、マスター!…本来なら、常日頃暴走しがちなネビロスの諌め役たる私が、このような醜態を…!!…誠に申し訳ありません!!」

「…あたしも…悪かったわ。仮にも主たる貴方の部屋で喧嘩なんて…。大人気なかったわね。」

な、なんだ…案外素直に言うこと聞くんだな。俺はつい怒声を放ってしまったさっきの自分を悔いながら、2人に謝罪を述べた。

「あ、いや…俺も、すまなかった。勝手に呼び出しておいて、怒鳴ってしまって。」

「そ、そんな!マスターが気にすることではありません。私がしっかりしていなかっただけの話であって…。」

「そーそー。この石頭が頑固なのがいけないだけだから。」

困った表情で必死に俺をフォローしてくれるサルガタナスに対して、ネビロスはひらひらと手を振りながら、またも同僚を挑発する。

「貴様…反省の色が見えないのだが、私の気のせいだろうか?」

囁くようでいて、しかし重い声色でそう言いながらサルガタナスはゆらりと立ち上がる。
体からは黒いオーラと、その顔には紅い双光が輝く。

「…あら?あんたがあたしに一度でも勝てたことがあったかしら?」

対するネビロスも煽るような口調でほくそ笑む。



両人ともに臨戦態勢に入ったところで俺は2人の肩にポン、と手を置いた。

「はい、そこまで。」

「ハッ!…も、申し訳ありません!!私としたことがまたもや挑発に乗ってしまい…!」

我に返ったサルガタナスがペコペコと頭を下げてくる。…うん、こいつはなんというか…とにかく真面目なんだな!

俺はネビロスの方にも期待を込めた眼差しで、微笑んで見せる。

「う…そんな目で見ないでよ。……悪かったわよ。」

一瞬、顔を赤らめたネビロスはバツが悪そうにぷい、と顔を背けてしまった。
…うん、こいつはツンデレだな!

なんとなく2人について理解したところで、俺は次なる質問に移った。

「…で?結局のところ、君らは悪魔なのか?」

「はい。…あ、いや。元・悪魔と言ったほうが良いかも知れませんね。」

「?それはどういう…?」

「実は…」


このあとサルガタナスの口から話された内容は、俺にとって俄かに信じがたいものだった。

先ず、悪魔を含めた多くの魔物と称される者達は、現魔王の力によってすべからく女体化を果たしているということ。
彼女たちは人間を愛しており、自身達が雌個体しかいないため、特に男を好んでいるということ。
…そして、彼女たちの主食が男の精液であるということ。

どれもこれもが、今まで俺が魔物に対して抱いてきた勝手なイメージを見事に打ち砕くだけの破壊力をもつ事実だった。


「…そして、我々は次のような愛称で呼ばれています。」

「魔物娘。」

勿体振るサルガタナスを見かねたネビロスがオチを言ってしまう。
直後にサルガタナスが凄い形相でネビロスを睨みつけていたが、俺は気にせずネビロスに補足説明を求めた。

「一つ質問だ。お前らの世界の魔物は全て、魔物娘になっているということでいいんだな?」

「ええ、20年前に最後まで抵抗していた大悪魔を降した以降は、旧時代の魔物達は確認されていないわね。」

「そうか…。」

すべての魔物が女ぬなっているのか…。うん、大ハーレムだな。

自分でも意味のわからないことを考えながら俺は次の質問に移る。

「魔物娘からは魔物娘しか産まれないとのことだったが…そうなると人間はどうなる?お前らが世界を制しているのだとしたら、狩られる一方の人間はどんどん魔物に変えられて、いずれ滅びてしまうのではないか?」
…おまけに言えば、魔物は出産以外にも様々な要因で産まれるそうだ。そうなるとますます人間側に不利なのではないか?

「……。」

図星だったのか、ネビロスは顔を顰めて黙り込んでしまった。

相棒の様子を見兼ねてか、さっきまで落ち込んでいたサルガタナスがネビロスの代わりに答えてくれた。

「その通りです。既に我らの世界の純人間数は全盛期の三分の一にまで数を減らしております。…このままいけば、純粋な人間としての種族は確実に滅びるでしょう。」

「な…!」

「…ですが、我らもそこまでバカではありません。この事態への対応策は初期の頃より最重要研究目標として、魔界最高の学者達に打開策を探らせています。」

「…だが、未だに解決には至っていないと。」

俺の言葉に今度はサルガタナスが黙り込んでしまった。

楽天家に見えたネビロスもこの件に関しては沈黙を続けていた。


…ふむ。ならば俺がやるべきことは決まったな。

そう決心した俺は徐に2人に声をかけた。

「ネビロス、サルガタナス。俺は決めたぞ。」

「?何を…ですか?」

「?」

小首を傾げる2人を見て満足そうに頷いた俺は、軽く息を吸い堂々と宣言した。

「その問題、俺が解決する!!」


















「…ってことがあったのだ。」

サルガタナスは王魔界のバー『淫魔の口付け』のカウンター席に座り込み、怠そうにカウンターに身を投げ出していた。

「まあ、それは随分と大仰な事を申される殿方もいらしたものですね。」

先ほどからずっとサルガタナスの愚痴を聞いていたバーテンダーのエキドナは、そう言って目の前で項垂れるサルガタナスに優しく微笑みかけた。

「冗談ではない。我ら魔物が長年かけても未だに解き明かせていない謎を、高々十数年生きただけのヒヨッコに、暴かれてたまるか。」

良平の部屋にいた時より、随分と毒舌になったサルガタナスは深い溜息を吐いた後、再び愚痴を漏らし始めた。

「私とネビロスの2人を同時に召喚したことで驕っているのだろう。…随分誇らしげに宣言していたからな。」

「まだ解明できてもいないのにね。」

「まったくだ。…それに奴め、いやらしい目で我らを見つめおってからに!!」

急に怒り出したサルガタナスは手にしていたグラスを思わず握り割ってしまう。

「おわっ!?す、すまん!!」

「…あらあら、これで何個目だと思ってるの?」

サルガタナスの不始末に、エキドナは笑みを浮かべながらも背後に禍々しいオーラをメラメラと放出していた。

「す、すまん……ネビロスのツケにしといてくれまいか?」

サルガタナスは自らの不始末を、あろうことか無関係のネビロスにツケようとしていた。

「もう、仕方ないわね。それじゃあ弁償代はネビロスの給料から差し引いておくわね。」

しかし、エキドナもそれを諌めるでもなく、寧ろあっさりと承諾してしまう。

「今までのグラス代と…あと、この前壊したテーブルと椅子もな。」

「じゃあ、扉の方もツケとくわね。」

にっこり笑顔のエキドナが、何も知らぬネビロスに更なる借金をかせた。

「扉?…ああ、それもこの前壊したんだっけ?」

「ええ…貴女、酔った勢いで扉ぶち破って帰って行ったじゃない…覚えてないの?」

「うう〜ん…まったく覚えてないな。」

やれやれと溜め息を吐いたエキドナは、扉の修理代もネビロスにツケておいた。

















「さて、今日は何から始めるか。」

良平は自室の古ぼけた木製椅子に座り込み、ぼー、としていた。

ネビロス達の召喚の後、しばらくして俺は、魔力消費を考えて奴らを送還した。…まあ、大悪魔二体をいつまでも現界させるのには結構魔力を使うのだ。その証拠に、俺は使い魔送還の後、倒れるようにして眠りこけてしまったのだから。

「うーん…とりあえずは使い魔も確保したことだし、そろそろ本家の方にも成果を提出しなきゃならないしなぁ。」

ちなみに、この成果とは、先の二大悪魔召喚では事足りない。
そもそも、召喚術に特化している俺がこの程度を召喚したところで本家の奴らは納得してくれないのだ。

「…やはり、ここはゲートの確立を急ぐべきか。」

ふと、そんな事を考えているとー

「おっはよー!!今日も元気バリバリなネビロスちゃんだよー!」

賑やかな悪魔が現れた。

「また、勝手に出てきたのか。…お前、ほんとに使い魔か?」

こいつはよく勝手に出てくる。昨日契約したばかりなのに、あの後、ベッドでぐっすり眠る俺にこいつはいきなりダイブ…いや、プレスを仕掛けてきた。しかも、夜中の3時に。
それから、何度送り還しても勝手にこちら側へ出てきてしまい。俺は半ば諦めた様子でこいつを部屋に置いていた。…その後もちょくちょくイタズラされたが。
とにかく、こいつは俺が今朝一番に送還したのに、今また勝手に召喚されてきたという訳だ。…まったく傍迷惑な悪魔だ。俺の体力も考えてほしい。

「おい…俺はまだ2時間しか寝てないんだぞ。頼むから俺を寝かせてくれ。」

「ハァ?そんだけ寝れば十分じゃん。…それよりも、あたしと遊んでよ!」

俺の懇願虚しく、ネビロスは元気いっぱいにソファからこちらに身を乗り出していた。

俺は軽く目眩を覚えた。いや、疲労からというのもあるが、それとは別に何かこれからについての不安というか、漠然とした危機感があった。

…このペースでこいつに出てこられたら、あと3日も保たない。早急になんとかせねば。

「ネビロス。」

「ん?なぁに?」

…猫なで声。何故かこいつは俺のことをひどく気に入っているようだった。
思い当たる点が見当たらない俺は、とりあえずご厚意に甘えることにしていた。

…だが、それだけではだめだ。結局のところこいつは勝手に出てくる訳で、俺の3日の寿命が縮まることはあれど、伸びることはまず無い。

だから俺ははっきりいう事にした。

「あのな、このペースでお前に勝手に来られると俺はお前の現界維持の為に魔力を使い果たしちまうんだ。3日のうちに。だからな?俺が呼んだ時以外は、出てこないでほしい。」

「…。」

言った。言ってしまった。

俺の命のためとはいえ、こんな荒療治をしてはそれこそ俺の寿命が今日のうちに尽きてしまうのではなかろうか。そんなことを考えて、俺はネビロスの怒りの鉄拳に備えて…

「あ、そう。…それより、そこのジュース取ってくんない?果汁100%ってやつ。」

…。

そうか。
怒るもなにも、はなからこいつは俺の体力のことなど眼中に無かったらしい。

こいつの説得は絶望的であると悟った俺は、渋々テーブルの上のオレンジジュースを手渡す。

「ん。」

寝転んだまま、後ろ手で受け取ったネビロスは小さく呟いてそのままテレビに見入ってしまう。

「…。」

おばはんかお前。
これで煎餅でも揃えばー

「バリバリ…モグモグ…」

…。

食ってる。
そういえば台所の棚に、ぽたぽたが置いてあったっけ?

ネビロスはソファに寝転んだまま、煎餅食ってTVを観ている。実に自堕落な光景である。

本家からの支給が年を追う毎に減るにつれて、俺の私生活もかなり倹約的になったと思う。
そんな俺からすれば、今のこの光景は羨ましさを通り越して、最早憎悪を抱く光景となっていた。

「…おい。」

だから声を掛ける。

「…なに?」

俺の不躾な呼び声に、不快感を露わに振り返るネビロス。…やばい、怒ってる。
…いや、ここで引き下がることは出来ない。俺にだって負けられない戦いがある。ましてや、倹約に関することならば尚更引き下がれない。

「お前ー」

「お前じゃねぇだろ、ネビロス様だろコラ?」

「あ、ハイ。サーセンした…。」

開始1秒で玉砕された。















俺が玉砕されてから2時間が経った。

「〜♪」

…ネビロスは相変わらず俺の家に居座っている。ソファに寝転び、煎餅食いながら…つまりは2時間前とまったく同じ体勢のままTVを観ている。途中、何度か寝返りを打ったりもしていたが、結局は最初の姿勢が良かったのか元に戻った。

その間、俺は彼女の身の回りの世話をしつつ、部屋の掃除、洗濯、買い出し、食事の用意…もちろんネビロスの分もだ。というか、ネビロスの為に作らされたようなものだ。俺はそのおまけみたいな。
そうして、俺は食事を終えた食器をキッチンに運び、洗い物をー

「…って、やってられるかぁーーー!!!!」

ガァー、と俺は雄叫びを挙げる。

「い、いきなり大声出さないでよ!耳が痛くなっちゃったじゃない!」

ジンジンと痛む耳を押さえつつネビロスは俺を睨む。

「お前の耳などどうでもいいわ!!それより、なんでマスターである俺がお前にこき使われなきゃならないんだっ!!」

「なんですって!?…あんた、あたしにそんな口聞いて、どうなるか分かってんでしょうねぇ?」

身体から魔力を滲み出させて凄んでくる。…だがしかし、俺は怯まずに立ち向かう。

「どうしてくれると言うのだ?」

「っ!」

…おーおー、顔を真っ赤にして。よほど悔しかったのだろう、頭から煙が出るほどに真っ赤になっている。おまけに頬をぷっくりと膨らませて…いや待て。…あれ?なんか可愛いぞ??

「…むぅー。」

「…。」

…ヤバい。なんかめちゃくちゃ可愛い。ど、どうしたというのだ!?何故俺はこんなにもこいつを愛らしく感じているのだ!?

「…貴様、魔法を使ったな?」

「はぁ?使ってないけど。…なに?使って欲しいの?」

依然、むくれたままにネビロスは口を尖らせて悪態を吐く。…だめだ。そんな姿さえ可愛く思えてしまう。

どういうことかは分からないが、今の俺はこいつを可愛いと感じてしまうらしい。となれば、今はこの場から一旦離れた方がいいだろう。

「?…何よ、私の顔になんか付いてるの?」

あまりにジッと見つめ続けた所為か、ネビロスは困惑した表情になって、ジリジリとにじり寄って来た。

「!今こっちに来るな!来るんじゃない!!…はぅ!?」

俺は慌ててネビロスを突き放そうと手を伸ばした。…そして、その手は見事にネビロスの控え目バストを鷲掴みにした。

「あ…。」

「…え?」

違和感に気付いたネビロスはピタリと立ち止まり、ゆっくりと目線を下に落とす。

「…。」

ムニムニ。

「…。」

一瞬、フリーズしたネビロス。やがてその顔が徐々に赤みを帯びていく。

ま、まずい!

「あ…いや、これは…ですね?え…と?」

ここで押さえ込まねば取り返しのつかないことになると本能的に感じ取った俺は、必死に弁明しようとした。しかし、気が動転するあまり言葉が出てこない。

そうこうしているうちに、ネビロスの顔が茹で蛸並みに茹で上がっていた。

「…ネビロス?」

「……こっ」

「こ?」

「こ、こ、こ…このヘンターーーーイ!!!!」

バチコーン!
…そんな効果音が似合う強烈な平手打ちが俺の柔らかお肌に叩き込まれた。

「ぷべらっ!?」

仮にも大悪魔のビンタに、俺はクルクルと宙を舞って部屋の隅の本棚へと落下した。

ドンガラガッシャーン!

衝撃によって本棚は真っ二つに割れ、俺は大量の本と共に崩れ落ちた。

「ぐっ…がはっ!」

左右に積み上げられた本に肩(?)を借りつつ、俺はなんとか上体を起こした。

「いっ…つつ。さ、流石に堪えたぜ。」

「マ、マスター!!」

全身の痛みに耐えつつ、なんとか起き上がった俺の元に慌てて駆け寄ってきたのは弾き飛ばした張本人であるネビロスだった。

ネビロスはオロオロしながら、今まで見たことない表情で俺の身体を念入りに見回す。

「ネ、ネビロス?どうした?」

「だ、だってマスターが…!私がマスターをぶっ飛ばしちゃったから、怪我してないか心配で…!!ご、ごめんなさい!!」

どうしようどうしよう、とネビロスは頭を抱えながら右往左往している。

…心配するなら最初から殴り飛ばさないでほしい。


とはいえ、こいつの意外な一面を見られたことにはなんとなく喜んでいた。だからー

「別に心配しなくても大丈夫だぞ?俺はどこも怪我してないし、痛くない。」

嘘をついてみた。

いや、本当は全身が軋むくらい痛いし、骨も何本か逝ってる気がするが、ここは黙っておいて問題ないだろう。それに、このくらいの怪我なら、日頃の魔術の実験で数えきれないくらい負ってきた。今更、どうということもない。

「ほ、本当に?本当になんともない?」

心底心配した様子でネビロスは俺を見上げてくる。その眼は微かに潤んでおり、擦り傷の一つでも見せたら泣き出してしまいそうだった。

「うぅ…ますたぁ…。」

…大袈裟だが、なんとなく悪くない。一人暮らしを始めてから人に心配されたことなんて皆無(過保護な本家のお姉ちゃんはカウントされない。というかあの人は常に俺の心配をしてくるから次元が違う。)だった俺は、こんなにも親身になって自分の身を案じてくれるネビロスに少なからず好感を持ってしまった。

「…ネビロス。」

「うにゅ…?」

ぽん、と目の前で目尻を濡らす俺の使い魔を頭に手を乗せる。そして撫で撫でと摩ってやる。すると、彼女は心地よさそうに身を細めた。

…なんだかこんにも豹変されると逆に怖いが、とにかく俺の心配をしてくれていることには違いないので、やっぱり撫でてみる。






暫くネビロスを撫で撫でしながら至福の時を過ごしていた俺は、怪我の痛みなど忘れてひたすらに彼女を愛でることに没頭していた。

「…う〜、ちょっと!いつまで撫でるつもり!?」

「おっと、落ち着いたか?」

突然、眼下から響いた鋭い声に俺は慌てて手を離した。

…どうやら正気に戻ってしまったらしい。いや、宥めるために撫でていたのだが、落ち着いたら落ち着いたでなんだか寂しくも感じられる。

「…どうだ?」

顔を赤らめて俯くネビロスに俺は優しく微笑みかける。未だ俺の脳内は幸せ気分でいっぱいのままだ。

「…ふ、ふん!そんだけ余裕があるなら大丈夫なんじゃない。…心配して損したわ。」

と言って、そっぽ向いてしまった。…どうやら本当にデレモードはお終いらしい。なんだか名残惜しい。

「ところでお前、なんだか妙に俺のこと心配してくれてたな。…なんでだ?」

素朴な疑問。俺としてはネビロスのデレモードを見れただけでも充分なのだが、なんとなく理由が気になって何気なく聞いてみた。

それに、またツンデレが見れるかも知れないという淡い期待も密かに抱いていた。
しかし、ネビロスは予想外にも呆気なく答えてくれた。

「?そんなの当たり前じゃない。私はあんたの使い魔なんだから。」

そんなことを言って見せたのだ。

「で、でもお前、俺のこと見下してなかったか…?」

「それはそれ。あくまでも私はあんたの僕なのよ?主人の身に危険が迫れば全力で助けるに決まってるじゃない。」

…お前の攻撃で危機に陥ったわけだが。

だがしかし、彼女は俺のことを既に主と認めていたようだ。

…なんだ、こいつはとっくに俺を認めていたのか。

さっきまで変に焦っていた自分が急に馬鹿らしくなってくる。
だから俺は笑うことにした。

「…ははっ、ははは…!!」

突然、大口を開けて笑い出した俺にネビロスは不信感丸出しでこちらを見つめていた。

「な、なによ急に笑い出したりして…。気持ち悪いわよ?」

そして、こんなことを言ってくる。

…でも俺はもう焦ったりはしなかった。だってもうこの子の本音は分かったんだから。あ、いや、本音かどうかは分からんが。

「…ふふっ。」

でも、まあとにかく。彼女が信用にたる存在であるのはほぼ確定のようだ。

だってー


「…マスター。」

「ネビロス…」

…こんなにも信頼した眼差しを俺に向けてくれるのだから。





「あ、そうだ!」

ふと、ある事を思いついた俺はポン、と手を叩いた。

「?なに?」

「ネビロス、ゲーム…好きか?」

「ええ、悪魔時代にも様々なゲームを人間としてきたもの。…それで、私が勝った時は魂を頂いていたの。」

ペロリと舌舐めずりし妖艶に微笑むネビロス。その顔を見た俺は背筋に悪寒が走ると共に、彼女が伝説の大悪魔であることを改めて思い出させられた。…ぶっちゃけさっきまで忘れてた。いや、でもあんなババアみたいなことされたら忘れるに決まってる。

「ふふふ…。」

ゲームと聞いて、ネビロスの中で変なスイッチが入ってしまったように思う。あれから不気味な笑みを浮かべながら悪役っぽい笑いを堪えきれずにいるようだ。

俺は嫌な予感がして、

「お、お手柔らかに…。」

と言って見たものの。

「さぁて?それは保証できないわね。」

と返されてしまった。更に彼女は続けて、

「ところで、何のゲームをするの?」

と聞いてきた。…ふふ、その言葉を待っていた。

俺は懐から取り出したS○NY製のゲーム機を大袈裟にネビロスの前に突き出した。

「格ゲーで勝負だ!!」

ゲーム画面には屈強そうな男が何人か映し出され『鉄○』とタイトルロゴが大々的に表示されていた。

…ふふふふ、俺はこのシリーズを初代から遊んできた、謂わばベテランだ。いくら賭け事に長けた悪魔であろうと、こんな近代遊戯には疎いはず!

「ああ、『鉄○』?いいわよ、やりましょ。」

あ、あれ…?

「ネビロス、『鉄○』知ってるの?」

「知ってるも何も…私、それ初代から遊んでるわよ?」

…な、なんてこった。どういうわけか分からんがこいつは俺と同じくらいこのシリーズと長い付き合いだったのか。…こ、これは覚悟せねばならんか?

「…や、やっぱりお手柔らかに。」

「いやよ。やるなら本気で…それが私のポリシーだから♪」

「…。」

ひ、ひえぇぇぇ!!

















王魔界・某所ー


淀んだ、どこか淫らに感じられるピンクの瘴気に包まれた室内。霧の合間から見える壁の材質からしてここは城内であることが分かる。

石造りの城、それは中世ヨーロッパを思わせる趣でありながら、やはりどこか淫らなデザインにも見える外観を持っていた。そしてそれは、ベルサイユのマリーアントワネットもビックリな程巨大で広大な敷地を庭として有していた。


「…おや、サルガタナスではないか。久しいな。」

瘴気に包まれた城内で豪勢な玉座に腰掛けるのは、銀髪紅眼の妖艶な美女だった。美女はその恵まれたスタイルを見せつけるように露出度の高い黒の衣装を纏っていた。
その眼前、跪く影があった。

「…お久しゅうございます、第24王女メルリアン殿下。」

長い黒髪を大理石の床に垂らし、切れ長の鋭い両眼をメルリアンに向けるサルガタナス。

「お前が自ら妾の元に来るという事は、余程重大な案件ということじゃな?」

見透かすように眼を細める王女にサルガタナスはピクリともせずに答えた。

「流石は殿下、ご名答でございます。」

「…ふん、そう腰を低くすることもないぞ。今、この部屋にはお主と妾しかおらぬ。防音の結界も張ってある。」

つまらなそうに呟くメルリアンの言葉に、ようやく反応を示したサルガタナスは一つ溜め息を漏らした後、ゆっくりと立ち上がった。

「そういうことは先に言え、メルリアン。」

「はは…偶には臣下の態度を取るお主を見るのも面白いと思ってな。」

無礼な物言いのサルガタナスに、メルリアンは毛ほども気にした様子もなく寧ろ楽しげに笑っていた。
このことから両者が単なる主従の関係にないことが伺えた。

「して、何の用じゃ?お主ほどの大悪魔が手こずる相手となれば、やはり…」

「いや、教団関連ではない。…新しく私のマスターとなった男に関して少しな。」

答えを急くメルリアンに掌を見せて制したサルガタナスは俯きがちに答えた。

それをどう解釈したのか、メルリアンは身を乗り出してはしゃぎだした。

「おお!お主にもようやく伴侶が出来たのか!!いや〜こりゃめでたいのぅ!」

「待て!どうしてそうなる!?違う、そういうのではなくて…その、あの男の目的に問題があるというか…なんというか。」

「?なんじゃ、身体目当てとかかの?」

「だからどうしてそっちの考えしか出てこないのだ!!」

「いや、すまんすまん…つい、そっちばかり頭に浮かんでしまって。…母譲りかの。」

「…まったく。」

呆れるサルガタナスに、ヘラヘラしながら謝るメルリアン。奇妙なこの状況を魔王配下の者が見ればよほど不可思議に見えるに違いない。

暫く笑った後、メルリアンは真剣な面持ちになって問うた。

「…して、その目的とは?」



「………この世界を救う。」









15/12/17 10:36更新 / King Arthur
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