連載小説
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4.ときめきと手コキ
 それからの俺達は無言だった。
 彼女――桜羅さんはネットサーフィンを再開し、俺は洗い物に手を付ける。
 買ったばかりの洗剤とスポンジでわしゃわしゃと泡をこすり付けて汚れを浮かす。キュキュっとなるまで水で流し終えたあと、食器を乾かす水きりカゴが無いのに気づいた。仕方がないので置いてあったティッシュを数枚とって水気を拭う。
(極端に物がないのは普段家にいないせいなのかな)
 シンプルな食生活を考慮してもここまで生活感が希薄なのも珍しい。おそらく彼女は日中ほとんど家にいないのだ。
 普段何をやっているのかは知り様もないし聞けなくなった。でも今日このとき、自室でパソコンなんかを弄っているのは俺が居るせいだろう。タイピングとか明らか不慣れな感じだったし。
(不自由だろうな)
 俺を突き放すようなキツイ言葉はむしろ当然。仕方ないとか言える立場ではない。だが、申し訳ないと感じるのは違う気がする。誤解を恐れず言うのなら俺がここにいるのは彼女のせいなのだから。
(もうちょっとふてぶてしくしてもバチは当たらないんじゃないか……?)
 美人に凄まれると委縮してしまうのはどうしようもないとしても、顔色を窺ってへいこらするのはやめようと思った。それはあまりに卑屈だし失礼だ。堂々たる態度で胸を張って俺の思うように、

「風呂場に来い。始めるぞ」

 ……チンコを出すとしよう。


 ○


 2度目の行為でも体勢は最初と変わりなかった。
 浴槽の脇に置かれた風呂椅子に座るよう言われ、腰掛けた俺のすぐ隣に桜羅さんが膝立ちになる。桜羅さんの右手は俺の右腰に添えられて豊かな乳房は俺の左腰に押し当てて固定、伸ばされた左手は我が愚息を握った。
 違うと言えばその服装。さっきはブラウスにジーンズというシンプルに魅力を引き立たせる恰好だったわけだが、今はスポブラにスポパンというストロングスタイル。ほのかに割れた腹筋は目に眩しく、押し当てられた薄い布地の向こう側でそそり立つ胸ポッチが余裕で認識できてしまうほどである。最高。
 ちなみに俺は全裸だ。脱げと言われたらハイと頷くほかなかった。まあ前回もパンツ一丁でシゴかれたわけだし今さら恥じらいとかそういうのは、めっちゃあるけど、我慢だ。「なら桜羅さんも脱いでくださいよ」とか言えちゃえばな〜。
 女性の素肌とが触れ合う刺激は尋常ではなく、動かされてもいないのにビクビクと下腹部が反応してしまう。ふっ、と俺の肩に頭を当てた桜羅さんが笑った。
「もう零れそうじゃないか。いい傾向だ、手間が省ける」
 指摘されてかぁっと胸が熱くなる。俺の愚息は早くも先走りを溢れさせていた。
「手を汚すのも面倒だ。こうやって、素振りだけでどこまで行けるか試してみるか?」
 陰茎に添えていた左手を肉棒に触れないギリギリで動かして見せる桜羅さん。何と嗜虐的な笑顔だろう、お澄まし顔からのギャップが可愛いすぎる。
 厳しい言葉でコミュニケーションを打ち切られた俺にとって、行為が始まるところでこうも語りかけてくれるのは嬉しさしかない。どんなに歪んだ言葉だろうと拾わずにはいられなかった。
「いいっすよ、試してください」
 それを表に出したのは悪手だった。俺の言葉で我に返ったのか、桜羅さんは眉をひそめてしまった。
「……冗談だ。魔力を流すためには肌で触れ合う必要がある」
 語気が少し弱い。この行為に前向きでいてくれることは素直に嬉しいが、距離を置こうとしてくるのは寂しかった。
「始めるぞ」
 仕切り直しだ、と言外に伝えてくる硬い口調で。
 反り返った男根の皮に掌を密着させて桜羅さんが手コキを始める。
「うぁ……」
 1度目の時は味わう余裕などまるで無かった感触。都合6回ほど搾られたわけだが、制御できない興奮と地に足つかない混乱に苛まれているうちに終わっていた。
 けれど現状を把握して自分の意志でここに座った俺には、桜羅さんが与えてくれる性感を味わうだけの余裕がある。
 小麦色の肌は吸い付くように馴染み、シコシコと竿を擦り上げる手つきは気紛れに勢いを変えて飽きさせず、シュリシュリと敏感な亀頭を撫でさする掌は優しげでも不意にカリ首へ引っかけて甘い痺れを生ませることも忘れない。
(やべ……これは……)
 超絶技巧が冴え渡るのはもちろん、素肌同士が触れ合う心地よさと言ったら筆舌にしがたい。さながら湯船に浸かった時のように身体は脱力していった。反対に、湯気が立ちそうなほど肉棒の熱は増していく。弛緩と緊張の狭間で俺は感動に打ち震えた。
「すげえ……気持ちいい……」
「――っ」
「っふぉ!」
 ぬりゅん、とすっぽ抜くように滑り握られて情けない声が出た。湧き出る先走りで既に亀頭はテカりきっている。
「余計なことを言うな、黙っていろ」
 肉棒をしっかり握り直しながら桜羅さんが言う。俺の肩よりも低い位置に頭があるのでどんな表情かは伺えない。
 すみません、と反射的に口に出しそうになった俺は言葉を呑み込んだ。
 違う、ここで下手に構えては関係の発展なんて望めない。喧嘩上等で相手の前に立つことが大事なのだ。俺がどうしたいかを伝えなければ。
「いやです」
「……なに?」
 ぴたりと。
 心地よい手が止まり、ギギギと凍てつくような視線が上がってくる。
 そんなんで怯んでいられるか。急所をさらけ出した男の捨て身っぷりを舐めないでいただきたい。
「黙ってなんていられませんよ。こんなに気持ち良いんですもん。桜羅さんだって『うまい』って言ってくれたじゃないですか」
 はたして3分クッキングと手コキを同列に語って良いものかと考えたが、知ったことか。気持ちは同じはずだ。
「お礼が言いたいんです。マジでめちゃくちゃ気持ちイイです。ありがとうございます」
「私はお前に礼を言った覚えはないが」
「俺が嬉しかったんだから良いんです」
「……そうか」
 はー、勢い任せで言ってやった、変な汗が噴き出てヤバい。密着してる桜羅さんにも伝わっちゃってるよなこの動悸。全裸で青い主張とか変な扉が開いちゃいそう。
 と、こわばっていた身体を僅かに和らげた瞬間。
 俺の身体にギュウと押し当てられていた桜羅さんの胸の奥がドクンドクンと脈打っているのに気が付いて、
「――生意気な」
 ふっと離れた。
「えっ?」
 桜羅さんが立ち上がったのだ、熱に浮かされていた身体が急激に冷めていく。女性の高めな体温が失われただけではない、心まで冷たくなる寒々しさだった。
 まじ? 地雷踏んだ? すんませんデカい口ききました足でも床でも舐めますんで止めないでくださいとプライドぶん投げ土下座の覚悟を決めたところで、不意に視界に影が落ちる。
 桜羅さんは立ち上がり、座る俺の正面に立っていた。顔を見ようと上げた視線が突き出たおっぱいに阻まれる。表情が見えない。
「私が甘かった。手ぬるい真似をするから調子に乗らせてしまう」
 フワサっとポニテを揺らして膝を折るとその豊かな双丘が俺の眼下に広がるわけだが、本当に巨大い。桜羅さんは上背もあるので屈んだところで圧力は変わらず、その暴力的なスタイルが放つプレッシャーに俺は思わず身を引いていた。が、
「逃げるな」
「ぅおっ!」
 ぐわしと。文字通りの急所を握られて動けなくなる。しかもこの感触は、
「本気でやる。暢気な声などあげる暇も与えん」
 知ってるか?
 剣ってのは片手で振るより両手で振った方が強えェんだとよ。
(け、剣○……!?)
 いきり立った息子が桜羅さんの両手に挟まれた時、脳裏に浮かんだのはそれだった。


 ○


 両手で攻めれば単純な刺激も倍になるか。
 否、五指に掌という片手に6、両手で12の要素はそう単純なものではない。各々を巧みに組み合わせれば加算ではなく乗算になる。これは母の教えである。
 私は父への興味がなく、この年になるまで異性との肉体関係は皆無だった。幼い頃に母から教わった手淫の技を実際に振るうのはこれが初めてだが、修めた技術はそうそう損なわれることはないと確信している。
「う、ぁああ゛ッ……!」
 この情けなく呻く男を見れば、私の技量は明らかであろう。
(うるさいな)
 私はいま集中しているのだ。雑音は邪魔でしかない。
 ただ、全身を震わせて気持ち良さそうにする姿を見れば不思議と苛立ちはしなかった。むしろ気分は高揚する。
「どうした。気持ちが良いならそう言ってみろ」
 軽口を投げるが返事は期待していない。ちゅこちゅこくちゅくちゅと、右手の指全体でカリ首をねちっこく擦り上げて悲鳴を上げさせる。指先でドアノブを捻るように回し攻め、溢れ出る先走りを掌で受け止めつつ、びくびくと激しく脈動する肉幹を左手で扱きあげて勢いにのせてやった。鈴口がパクパクと切なげに収縮する様は絶頂が近い証左だ。
「……ん、ぐ゛ッ……!」
 しかし、男――空人龍馬は、歯を食いしばって堪えた。ひび割れた薄氷の上に立っているような状況で、なおもあがこうと言うのか。
(ふっ、ふふふふ)
 ああ可笑しい。お前のかよわい抵抗など私の気まぐれひとつで消し飛ぶというのに。尻を締めようが竿に力を込めようが、お前の先走りを溜めてヌメった掌で亀頭をぢゅくぢゅく撫でてやればそら、
「ぅぅぅぅうううう゛っ!!」
 まだ耐えるか。ならこれはどうだ。
 両手からの激しい攻めに身を固くしているところに、ふぅーっと吐息を吹きかける。湯気立ちそうなほどに熱い肉棒を冷ますように。すると僅かに緩んだ管の先からコプコプと透明な露が流れ、ダムが決壊するように濁汁が溢れだして、
「う゛ッ! ぉッ……!」
 こない。ビクンビクンと竿を跳ね上げる癖に、肝心のモノが出てこない。
 なんだこいつは。童貞ごときが私の攻めに耐えるだと?
 いや。怒ってなどいない。感嘆しているのだ。さっさと吐き出せば楽になるところをこの男は瀬戸際で凌いでみせている。意地というやつだろうか。1回目で情けなくドピュり散らしていたのを思えば驚異的な成長だ。
 魔力と精というものは精神に依存するところが大きい。こいつが「出したくない」と本気で思っているから肉体が応えているのだと予想する。そこまでする意志は分からないが。
(私が「本気でやる」と宣言したからそれを上回って勝ち誇ろうと? それとも、出せと言われて素直に出してしまうのが悔しいのか?)
 まあこいつの思惑はどうでもいい。いくら先延ばしにしようが出させることは規定事項。焦る必要はない。
(……それにしても)
 くん、と匂いを嗅げば空間に満ちた汗臭さが鼻腔を貫く。その臭いの元凶たる雄の象徴を見下ろした。
 分厚い亀頭はパツパツに傘を張り、エラが際立ったカリ首は敏感に快楽を貪る。竿はヤケドしそうなほど熱く鉄のように硬い芯を感じさせるが裏筋には野太い血管がドクドクと脈打ち、生物的な躍動感を主張していた。筋に指を這わせた先にはパンパンに張りつめた袋が横たわり、丸々と膨らんだそれは内部に大量の精子を溜め込んでいることを窺わせる。
 臭いが最も濃い場所、子種袋だ。フニフニと左手で弄ぶ。
(妙に落ち着く)
 これを触っているとやけに心が安らぐのだ。竿が怒張しきる前のコロコロとした感触も良いが、隆々と猛りきった後のせり上がった感じもまた良い。文字通り急所を握っているという安心感か、この玉は私を魅了してやまなかった。いちど試しに口に含んでみるのもいいかも知れない、と顔を近づけたその時だった。
「出るっ!!」
 陰嚢がキュッと竿の付け根まで持ち上がるのでハッと我に返る。
 これは射精の予兆。キン玉に夢中になりすぎて反応が遅れた。右手に握った竿がぐぐと収縮し、溜め込まれた子種たちが我先にと出口へ向かって駆け出していた。竿を握る手に力を入れようが止まらない。その発射口の先は私の顔面だった。まて心の準備がまだ、
「――っ」
 ぎゅうっと目を瞑ったのは反射的な行動だった。自分の身体とは思えないほど全身が強張る。恐怖、怒り、興奮、忌避。あらゆる感情がない交ぜになってその来るべき瞬間に構えたその時
 竿を握っていた私の右手ごと何かが上から押してきて、亀頭が下に向いた。
 ドュ、ドプ、ドブッブピュ、ビュグ、ブビュプッ
 溜めに溜めた精子はおびただしいまでの濃さと量で解き放たれる。スポブラのコットン生地にびたびたと張りつき、勢い止まらず私の喉元にまで襲いかかって鎖骨も谷間も満遍なく汚していく。直だろうが布越しだろうがお構いなしの熱さ。熱湯に浸かった時のように触れたところがピリピリする。
(――う、あ)
 吐精が落ち着いた頃、恐る恐る目を開けた視界に広がったのは汚らしく白に染まった私の胸部だった。
 垂直だろうとお構いなしに貼り付く濃さとあまりの量に戦慄する。これをまともに受けていたら顔面パックは免れない。視界も呼吸もザーメンで塞がれるという最大級の恥辱であったろう。度し難い。
 それを回避できたのは紛れもなく男の功績だった。こいつは直前に左手で竿を握りしめ、無理やりに軌道を変えたのだ。
 絶頂冷めやらずで肩で息をしている男は左手を私の右手に重ねたままなのにも気づかず、アホ面を晒していた。
(礼のひとつでも)と息を吸ったその瞬間、

 ドッドッドッドッドッドッ

「っ♥」

 私は自分の心臓が早鐘を打っているのに気が付いた。いやそれだけではない。
 顔が熱い。息が苦しい。腹の底が……切ない。
 太股をすり合わせた私は、恥部が湿っていることを自覚した。
19/07/02 16:46更新 / カイワレ大根
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