連載小説
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とある男の企みとその顛末
 ある日の午前中、食堂にて自分は一人で遅めの朝食をとっていた。
 『あの日』以来、やや一人の時間が増えた気がする。勿論毎日の搾精は変わらず執行されるのだが、これまでのようにどこへ行くにもルリエかシルエラが同伴するといったような事は少なくなった。
 ある程度信用されているという事だろうか…。この間の件は結局失敗だったわけだが、これもその成果であるというなら無駄ではなかったのかも知れない。代償は高く付いたがなんにせよ、自由に出来る時間が増えた事は嬉しい。

「…隣いいかね?」

 見れば一人の男が隣に立っていた。外見上は元の自分より若干年上といったところだろうか。しかし此処での見た目の年齢があてにならないことは既に自分の経験が証明している。

「勿論、どうぞ。」
「ありがとう。」

 特に断る理由も無い。彼のことは最近この食堂で良く見る機会があった。積極的に一人で食事をとっている捕虜に話しかけているようだ。自分もこの施設に来てから他の男性と話すのは久しぶりである。むしろ純粋に興味があった。



「…私が協会に居た頃は、こんな時間に目を覚まして朝食を摂るなど考えもしなかったものだがね。」
「教団の方でしたか…。」

 この施設に入れられるのは魔物によって戦犯と断じられた者達だ。当然教団関係者は多いだろう。口ぶりからするとかなり高位の聖職者だろうか。

「いかにも。君は…見たところ兵士だね。将官ではない、何か…特別な戦果を挙げた一般兵といったところか。そして運悪く魔物共の目に止まってしまった。」
「正解です。そこまで判るんですね。」
「まぁここに来る者は限られている。…その様子だとだいぶ酷い目にあっているようだね。」
「はは…。」

 比較対象が無いので何も言えないが、やはり搾られている方らしい。

「…それにしても酷い場所だ。話には聞いていたが…。」
「貴男方にとっては特に屈辱でしょうね。」
「…冒涜だ。人類に対してのな。ここでの我々は奴らにとっての家畜、この食事も家畜に餌をやっているに過ぎん。であるというのに、ここの人間共ときたら不様に飼い慣らされおって…。」

 彼の言葉に感情がこもり始める。
 それは確かに一つの事実だ。この場所にそういった側面は確実にあるだろう。
 しかし家畜の生活の方がマシだと思わせる人間社会の暮らしはどうなのか…とも、ここでしばらく生活して思うようになった。捕虜の中にはここでの生活を受け入れ、魔物とむしろ仲良さそうにしている者も見たことがある。
 …恐らくこの辺りに、魔物の実態が秘匿されてきた理由の一因があるのかもしれない。

「……。」

 気付くと目の前の彼がじっと此方を見つめていた。まるで値踏みするかのように…。そして何かを決心し、口を開いた。

「此処から脱出する気はあるか?」
「…は?」

 今さらそんな言葉を聞くとは思わなかった。そんなことは此処に来た初日に半分以上諦めたのだ。正直どれだけの規模があるのか想像もつかない地下迷宮、配備されている魔物も相当の実力者であり、さらに収容されている人間には全員に追跡用の虫が寄生している。脱走など企てようものなら一時間も経たずに捕まりまとめて懲罰房に叩き込まれるのがオチだ。

「…実は此処に捕虜を装った勇者を潜り込ませてある。」
「…!?」
「彼女を暴れさせ、その隙に集団で一斉に脱出する手筈だ。追跡虫は気になるが追って来られない所まで逃げてしまえば問題ない。安全な場所まで移動してからじっくり取り除けばいいだろう。」

 まぁ言われてみればその通りだ。…本当にそう上手く逃げられるのならば…だが。そして何よりの問題は…

「勿論、協力してくれるなら君の身柄は教団が保護しよう。その身体で出来る仕事も斡旋するし、生活するには困らない筈だ。」

 そう、運良く逃げられたところで人間の世界で野垂れ死んでは意味が無いのだ。だがこの男はそこも保障してくれるという。
 さてどうしたものか…。

 一瞬、ルリエとシルエラの顔が浮かんだ。もし自分がこの男と共に逃げ去ったら彼女らは怒るだろうか、悲しむだろうか…、或いは特に感傷も持たず別の男を捕まえに行くのだろうか…。




「…ありがたいお話ですが、私はご一緒出来ません。」

 断った。

 色々と考えたがやはり今日話したばかりのこの男を信用してホイホイついて行くべきではない。彼の作戦の実現性には疑問符がつくし、そもそも魔物の秘密を知った自分を教団がどうするか分からない。彼の出した条件を信じるとしても良くて一生飼い殺し、悪ければ脱走に協力だけさせて処刑もあり得る。
 彼はしばらく黙り、やがて口を開いた。

「…残念だ。君も既に堕落していたか…。まぁ此処の生活が気に入ったというのならそれもいいだろう。せめて我々の企みが成功するよう祈っていてくれたまえ。」
「ええ、健闘を祈ります。」

 「この背教者め!」と罵倒されるかとも思ったが…意外にも彼はあっさりと受け入れてくれた。その場は穏便に別れ、食堂を後にする。

 それにしても勇者まで投入してとはなかなか思い切った話だ。わざわざ捕虜を装って潜入させ……



………ん?

……、

…。





「…やられた。」


 なぜ会話中に違和感を持たなかったのか。
 彼は捕虜を装って勇者を侵入させたと言った。つまりその事を知っている彼自身もまた、捕虜のフリをして潜入してきたのだ…この作戦の為に。つまりこれは対処的な脱走作戦ではなく、計画的な救出作戦なのである。
 それを自分は拒否した。
 それは彼らからすれば魔物の側に付いたに等しい。その場合、そういった人間をそのまま放っておくだろうか…。
 ここに居る限り、人間は魔界の魔力増産に嫌でも協力する事になる。それを理解した上でここに残る選択をするという事は、即ち教団の敵となったに等しいのではないか…。
 そうなると、この計画の目的についてもう一つの可能性が浮かび上がる…。

 捕らえられた人間の抹殺。

 冷静に考えればこれ程教団にとって厄介な拠点も無いだろう。放置すれば事実上無限に魔力を生産し続ける魔力増殖炉…見逃す手はない。しかし施設の守りは鉄壁、戦力は強大…。
 ならばどうするか…工作員を送り込んで燃料を駄目にしてしまえばいいのだ。燃料とはつまり…捕らえられた人間の男性である。

 普通に考えれば狂気の発想、悪魔の所業だ。…が、先程の男の発言に鑑み、敵に飼い慣らされた同胞を敵と同等に憎むというならば…、或いは堕落そのものこそを悪と定めるならばあり得ぬ事ではない。
 そして可能性は確信へと変わる。

「呪詛、か…。」

 考えがそこに至ってすぐ、魔術的に自らの体をスキャミングした。やり始めた時はまぁ、念の為だったのだが悲しいことに見つけてしまったのだ。発動すれば死に至る類のそれを…



ーーーーーーーーーーーー



「これは……どうしたものですかね。」

 下手に動いて状況を悪化させたくはないためとりあえずルリエに相談してみた。

「…というか、よくこんなの発見出来ましたね。やはり貴方魔術師になるべきだったのでは?」
「自分でもそんな気がしてきましたよ…。」

 確かに進路を誤ったのかもしれない…とは言っても魔法学校の授業料は騎士学園や兵科訓練校と比べて高めだそうなので、志して行けるものでもなかったかもしれないが…。

「…で、コレについてですが、仮に発動したとしても私が隣に居れば即無効化出来るレベルのモノです。勿論、今この場で解呪することも可能ですが…」
「…その場合相手にもそれがバレると。」

 あの男の目的が自分の予想通りだとするならば、同じ呪いを受けた者が大量に居るはずだ。もし自らの企みが発覚したと知ればその瞬間全ての呪いを発動させかねない。

「その通り。申し訳ないですがしばらくそのままで居て頂きます。でも安心して下さい、貴方の命は絶対に守ります。シルエラ!」
「ふぁい。」
「所長に連絡を。ただくれぐれも内密に、所内の魔物にこの事が知れればパニックになります。」
「ふ、ふぁい!」

 ルリエの命を受けシルエラがふらつきながら部屋を出て行く。その足取りは頼りなく、膝は笑い、今にも崩れ落ちそうだ。…以前ルリエの『制裁』を受けて以来、全身が性感帯となってしまったらしい。立場上他人事ではないのだがなんだか申し訳ない気持ちになる。





「しかし…貴方はその脱出計画に乗らなかったのですね。」

 シルエラが出て行った後、ルリエはぽつりと呟いた。

「…あんな計画に乗れませんよ、たとえ呪いの件が無くても。成功するとは思えない。そうでしょう?」
「無理ですね。」

 きっぱりと言い切った。

「でも本当にそれだけですか?仮により緻密な、成功率の高い計画を提示されたら…?」
「それは……。」

 …その場合どうだっただろうか。本当に自分は人間の世界に帰りたいのだろうか?
 生物的強者の庇護の下で精と引き換えに衣食住を保障され、性の快楽で心を縛られる家畜の生活…。片や社会的強者の支配の下で衣食住を得るために労働を強いられ、金と圧力で自由を縛られる…生きるために生きる奴隷の生活。人にとって真に幸福なのはどちらだろうか?

「逡巡…もし人間の世界よりここでの生活を気に入り始めているのなら我々にとっては喜ばしいことです。今回のことと合わせて所長には報告しておきましょう。貴方の評価も大きく改善する筈です。」

 こちらの自問自答を余所に彼女はそう言って話を切り上げた。

「さて、私たちは…」
バァン!!
「た、たいへんれふ!」

 部屋の扉を乱暴に吹き飛ばし、さっき出て行った筈のシルエラが戻って来た。あの身体で無理に走って来たのだろう、その緊迫した様子とは裏腹にその顔面は快楽で酷いことになっていた。

「どうしました?」
「転移陣が…教団の兵が侵入してきました!」

「「…まずい!」」

 外部からの侵攻…この可能性には思い至らなかった。そもそも彼が作戦の全容を話していないことは明らかであったのに…そしてこのタイミングである。先程の呪いの解析を感知された可能性が高い。即ちこれから敵が取り得る手とは…

「この区画における収監者の現在の姿を投影します!今朝会ったという男を探して下さい!すぐに身柄を抑えなければ!!」
「了解した!」

 ルリエが短く呪文を唱えると空中に大量の画像が現れた。…こんなに居たのか。

「え…え?教団兵を止めに行くのでは?」
「そんな事は他の者に任せておけばいいのです。並の教団兵ごときどうとでも出来る戦力がここにはあります。紛れ込んでいるという勇者も相応の相手をぶつければいい!しかし彼を放置すればそれが一気に無力化されかねない…」
「…例えば呪いを利用して人質を作るとか。」
「ええーーッ!?」

 シルエラが唖然としている。確かにそのまま聞けば意味不明だろう。救出すべき同胞に致死の呪詛をかけ、更にそれを敵に対しての人質にしようと言うのだ。だが彼女ら魔物を理解すればするほど、この作戦の有効性が分かる。それはつまり教団も魔物を深く理解し、その上で滅ぼそうとしているという事…人間界に帰る気が一気に失せた。

「…居た、こいつだ!」

 そんな事を思いながら出てくる画像をザッピングし、遂に目的のものを見つけた。

「分かりました。寄生している蟲を使って位置を特定します。」
「その蟲で動きを止める事は?」
「やめておきましょう、下手に刺激して呪いを発動されたら厄介です。……居ました!教団兵と合流する気ですね。先回りして止めます、一緒について来て下さい!」
「り、了解!」

 呪いの発動から守るため彼女から離れるなと言われたことを思い出し、慌てて後を追いかけた。



……………………………………

 石造りの廊下を一人の男が駆けてゆく。以前仕掛けた転移陣を起動した後、あらかじめ調べておいた最短ルートを通ってそこを目指していた。
「…まさか魔物ではなく人間に看破されるとはな、侮っていた!いや、そもそも人選を誤ったのが……奴は見込みがあると思ったのだが…。正直コレは使いたくなかった…。」

 そう呟くこの男の名はバルトラン・ギス。ルリエ達が追う今回の首謀者である。
 彼の言うとおりこの転移陣と人質作戦への切り替えは最後の切り札、もしもの時の為の保険だったのだ。
 確かに魔物にとって捕らえた人間の男は貴重な魔力源である。それは教会へ上がってくる様々な報告により明らかなようだ。
 奴らは人間の捕虜への執着が非常に強い。そしてそれは捕虜が男であった場合更に顕著であり、ある報告によれば交戦中にも関わらず男を捕らえた瞬間に戦線を離脱していく個体すら居たという。故に、男性の捕虜を人質にすれば相当に有利な状況に持ち込める事は間違いない…。が、しかしそれは彼我の戦力がほぼ対等な場合においての話だ。その『大事な』捕虜を守る為にこの施設に配備されている戦力は魔王軍の一個師団に相当し、更には明らかに幹部クラスと目される個体も複数確認されている。つまり万が一人質を『損切り』されればひとたまりも無いのだ。
 よって、この任務の最良の形とは更正の見込みある者少数の救出とそれ以外の捕虜の殺害であった。そして救出が不可能ならば捕虜全員を殺害、全員が無理なら可能な限り殺害して脱出である。だが今回は目標とはほど遠い段階で計画が露顕してしまった。今の時点で呪いを掛けてある男全員を始末したとしてもこの施設の、ましてや魔界勢力に十分なダメージを与えるには至らないだろう。
 …ならば捕虜を人質として魔物に攻撃を加える、そしてあわよくば幹部一人の首でも落とせれば僥倖と…。さすればこの失態も罪に問われることは無いだろうと、そう考えたのだ。
 何よりこの作戦には国の存亡をも左右する、重大な意味がある。

 故に、彼は急いでいた。人質作戦は情報の周知が鍵である。我々が指先一つで大切な捕虜を殺害出来る事を説得力を持って敵の将に示さなければならない…。その為には敵と対峙している教団兵と合流し、その場で一人殺して見せるのが最も有効だ。
 だが呼び込んだ兵は少ない。そんな大規模な兵力を長期にわたって待機させておく事など出来なかったのだ。敵の戦力が本格的に投入されれば長くは持たないだろう。その前にたどり着かねば…

「こんな事なら俺の独房に陣を仕掛けておけばよかったか…」

 万が一起動前に発見された時自分が疑われないよう、自身の房から離れた場所に設置したのが裏目に出た。
 彼がささやかな後悔をしつつ目的の場所へ続く階段へ進もうとした所で、その階段から二つの影が飛び出した。





「間に合いましたか…。」

 正面に男を睨みルリエが通路の中央に立ち塞がる。

「ルリエさん…足速いですね……」

 相当な全力疾走であったにも関わらず彼女の呼吸には一切の乱れは無く、その顔は汗一つかいていない。こちらは脚に魔力を乗せ加速した状態で必死に追いついてきたというのにだ。…おそらくこちらのスピードに合わせてくれたのだろう。


「貴様ら…!?そこをどけ!!」

 ルリエを挟んで正面、そう吠えた男は確かにあの時食堂で会った男だった。あの時の余裕は最早無く、その顔は焦燥と疲労に塗れている。戦力のみならず精神的にもこちらが有利な状況にあるという事だ。しかし相手は必殺の呪詛を持っている、死を覚悟でヤケになられたら事だ…ならばここは無用な挑発を避けて先ずは穏便に投降を勧めるのが定石だろう。

「言葉遣いがなっていませんね…捕虜は捕虜らしく立場を弁えなさい。今大人しく投降するなら1ヶ月の懲罰房行きで勘弁してあげましょう。」

 ちょ…

「それともこのまま、そのささやかな反乱を遂行しますか?あの『自称主神サマ』の下らない教義に殉じて?あんなモノの下で無駄に人生を浪費する位ならば、ここで永久に精液を生産するだけの生体部品にでもなっていた方がまだ有意義と言うものです。…あるいは他に何か別の大義でもありますか?まぁあったとして特に興味もありませんが。」

 こちらが意見を挟む暇も無く盛大に挑発してくれた。言わんこっちっゃない。相手方の顔にみるみる血が上ってゆく…。

「貴様ァ…ッ、我等が教義を、教団を!愚弄するか!!それに捕虜だと!?私をあんな家畜にも劣る屑共と一緒するな!奴らのように心まで堕落してはいないッ!!」

 そして彼はおもむろに右腕を掲げた。

「あと勘違いするなよ、優位にあるのは我々だ!私の術を解析したのだろう?今この瞬間に数十人の捕虜の命を絶つ事も出来るのだ、お前の後ろに隠れているそいつもな!!」
「捕虜を殺した瞬間、貴方も終わりですよ?ここがどれだけの戦力を抱えているかご存じでしょう。」
「心配要らん。全員を一気にはやらんさ、一人ずつだ。…さあ、道を開けなければ先ずそこの男を殺す。早く退け!」

 そう言ってこちらを指差してきた。最早ルリエを信じるしか無い。ここまできたら解呪も間に合わない。

「貴様…我等の計画を暴いたのみならず、あろう事か魔物に助けを求めるとは…、まさに人類に体する裏切り。その罪万死に値する!」
「貴方が彼を裁くと?」
「堕落には罰が必要なのだ!そう、堕落した者は死なねばならん。死なねば…死ななければ!安易に走る者は…、苦難から逃れる者は!まして人としての生から逃れるなど…!」

 血走った目がドロリとこちらを睨む。その顔はこの短い時間の間に狂気に染まり切っていた。


「そう…まだ弾はあるんだ。一人くらい…いいじゃないか…。罪深いお前だけはここで殺しておかなければ!お前のせいで不公平が出るのだ、皆平等に罰を受けられないのだ!!…悔しかろう?他の多くはこれからも堕落したままのうのうと生きてゆくのだ。お前の生はここで断たれるのになぁ……………シネェッ!!」

………、

……。

 しかし何も起こらない。

「……シネェ!!」

 男がこちらを指さして奇声を上げるもそれは闇へと続くこの石廊に虚しく響くのみだった。

「な…!」

「長話をありがとう。…お陰で術式を編む時間が出来ました。そしてこれで…」

 ルリエが右足を上げ、

「終わりです!」

 打ち下ろした。
 鈍い破裂音が響き彼女を中心に発生した波動が身体を貫く。その揺らぎは速度を上げながらどこまでも広がってゆく…。


「何を…した!?」

 身体は何ともない。向こうの男も同様のようだ。

「領域の設定が完了しただけです。この術は一定範囲内で発生した別の魔術の制御を任意で奪うことが出来ます。つまり貴方が呪いを発動しようとした瞬間にその発動権は私に移り…当然私はすぐに発動をキャンセルするので呪いは不発になる。因みに一定範囲とは先程の波動が届く範囲…この施設全体です。」

 とんでもないその内容を彼女は事もなげに言い放った。

「本来はバフォメット等が扱う高等魔術なのですが…一応覚えておいて良かった。」

「バカな…そんな事が……」

 男は右手を掲げ何度も力を込める。更には魔術詠唱まで始めたがやはり何も起こらなかった。

「バフォメット級の魔術…貴様魔王軍幹部だな?ならば…」

 瞬間、男の足下が爆ぜる。
 矢の如く飛び込んでくるその右手には銀閃、術を維持したまま動けないルリエの胸元へ男のナイフが迫る。

「せめてその首だけでも貰い受けるッ!!」

 その凶行を知覚したと同時に、自然と体が前へと滑り出していた。

「「ッ!?」」

 二人が同時に呻いた。一人は苦痛に、そしてもう一人は憤怒にだ。
 魔力で硬化しただけの手の甲は、男の研ぎ澄まされた刺突を受け止めるには足りなかったらしい。だがそれでいいのだ。
 この領域で魔力による強化が可能かすら自信が無かった。それが出来なければ刃は掌を貫通し、この身の胴体へも届いていただろうがそれでも良かった。この致命の一撃さえ回避出来たのなら、あとは彼女が勝負を着けるだろう。

「上出来です!」

 痛む右手に力を込め右へと受け流す。同時に左脇から白い影が飛び出し、その右手が無防備になった男の顔面を捕らえた。

「おが……」

 純白の指先に力が篭もる。その細く滑らかな指一本一本にどれ程の握力が秘められているのか、掴まれた男のほほ骨と頭蓋骨がミシミシと音を立てた。男の手からナイフが落ちる。

「ルリエさん…」
「……分かっています、殺しはしません。」

 魔王の血は人を殺める事を許さない。
 バンと破裂音が響く。男の顔面を掴んだその掌から一本の光条が放たれ、頭蓋骨を貫いた。
 ゼロ距離から魔力射撃を食らった男はひとたまりも無く、ルリエが手を離すと同時に床へと崩れ落ちた。その目はぐるりと裏返り口からは泡を噴いている。ズボンの前は漏らした精液でぐっしょりと濡れて…と思ったら施設の精回収機構が起動しあっという間に乾いてしまった。
 いずれにせよ、しばらくは目を覚まさないだろう。

「それと残念、私は『元』幹部です。」

 そして最早返事を返さないそれに、ルリエは最後に無慈悲な現実を吐き捨てた。

「さて、私達も教団兵の所へ向かいましょうか。…ただその前に右手を。」

 言われて思い出す。刃を受け止めた右手の甲は貫通こそ免れたものの抉られた傷口からは血が滴っていた。彼女はその手を取るとそのまま傷口に舌を這わせる。

「先程の術のせいで瞬時に治療するには魔力が足りません。なので応急処置です。あと…ありがとうございました。」

 彼女が舌を離すと同時に出血は止まっていた。更に痛みもすっと引いてゆく…。
…引いてゆくが代わりに舌で舐められる感触が消えない。しかもリリムの舌である。痛覚以外の感覚がどんどん過敏になりとてもくすぐったい。この何とも言えない気持ちを視線で彼女に訴えかけるも

「痛いより気持ちいい方がいいですよね?」

 悪戯っぽい笑みを浮かべて一蹴されるのだった。




 また性感帯が増えてしまう…。




…………、

……。

 倒した主犯の男を担ぎ教団兵が侵入したという場所へと駆け込むと、現場はそれはもうひどい有り様だった。

 …色々な意味で。



「男は好きに犯せ、女は拷問に掛けろ!邪教の信徒はすべからく、堕落の淵に沈めて差し上げろ!!」
「救済せよ!」「救済せよッ!!」

 煽情的な格好をした修道女の集団が兵士達を襲っている。周囲には粉々に砕かれた剣や鎧の残骸が散乱し、男は終わらない輪姦の餌食に、女は様々な体液を垂れ流しながら失神し無残に打ち捨てられていた。


「…よりによって堕落神の教団を呼び寄せたんですか?」
「緊急事態だと思ったのでな、助力を仰いだ。戦利品を万魔殿に持って行かれるのは痛いが致し方ない。流石と言うべきか…私が駆けつけた時にはもうコトは終わっていたよ。」

 その光景を後ろから眺めていた所長にルリエが確認する。魔界に存在するという、主神とは相反する教義をもつ教団だ。ここへ連れて来られる際にも同じような格好をした女性を見た気がするが、どうやら今回は援軍らしい。

「…あらァ、ソレが今回ノ主犯かシらぁ?」

 突然背後から声がかけられた。
 ゾッとするほど妖艶な声…、自らが通ってきた場所、気配すら感じなかったそこにそれは突然現れた。

「これはこれは司祭殿、ご協力感謝いたします。」
「いいノよー。愛スべき人の子ラを守ルためですものォ♪こちラのお仕事は完了シたわァ…デ、こノ子はどんな風ニ愛シてあげルべきかシらネェ?」

 司祭と呼ばれた、やや豪華な衣装に身を包みそしてとてつもない魔力を身に纏った修道女が、先程まで自分が担いできた男を見て言う。おそらく彼女がここに居る魔界の教団兵達のリーダーなのだろう。恐ろしいまでの美貌…慈愛に満ちたその顔立ちには、しかしどこかサディスティックな笑みが浮かんでいた。

「人ト魔物トの愛ニ満ちた将来ヲ奪おうとスるとは…やはリ彼には絶対的に愛が足りなイのだワ。人はもっと愛されなければならないノ…さシあたり…万魔殿ノ最下層デ2万年程愛の責め苦ヲ受けさせまシょう。それからそれかラ…キヒヒヒャ!!」

 目の前の惨状も含めなんだか怖いので一刻も早くこの場を離れたくなった。

「…そう言えば敵には勇者が居たはずでは?」
「あー…、コレのこト?」

 ルリエが最後に残った懸念について疑問を挟むと堕落神の教団の司祭は軽く手を薙いだ。
 すると何も無い空間からどしゃりと音を立てて落ちてくる。

「あぅ…………」

 それは一人の女だった。金色の長髪を背に流した美しい女…いや、年齢的には大人の女性というにはやや幼く見える。少女と言った方が適切かもしれない。

「とりアえず万魔殿デ1ヶ月程拷問ニ掛けてみまシたァ。最早普通ニ立って歩こうとスるだけデ絶頂ヲ繰り返シますワ♪」

 いったいどのような拷問が行われたのか…魔物の行う事であるからおそらく苦痛によるものではないのだろうが…。少女の身体はその美しい髪ごと謎の桃色の粘液で濡れそぼり、その乳房は見たこともない大きさに膨れあがって断続的に母乳を噴き出していた。胸だけではない、尻たぶにも太股にもむちむちと柔らかそうな肉が付き、どう見ても戦士とは思えない身体にされている。
 あちらの教団では最高戦力として大切に育てられ、尊敬と羨望を一身に集めていたであろう少女が無残なものである。

「ア…ボウヤ、万魔殿はネ、時ノ流レが特殊なノ。興味ガあったラ何時でも遊びに来てネ?歓迎するワ♪」
「司祭様、宗教勧誘はまたの機会にしていただけますか?」
「あラ、つレない…♪」

 司祭が突然にゅっと顔を寄せてきて焦ったがルリエが助け船を出してくれた。流石にまだこの勇者の様な身体にはなりたくない。


「…なにはともあれ、これで一件落着だな。」

 所長が言う。奥を見るとちょうど教団兵の最後の一人が失神し動かなくなるところだった。










「さて、これにて尋問は終わりですが…」

 施設のかなり下層の方に備えられた尋問室、そこに自分は来ていた。
 参考人として呼ばれたのだ。周囲には施設の幹部が揃い踏みしている。因みに尋問自体はルリエが志願して担当した。尋問相手は自分達が捕らえたあの男である。名はバルトランというらしい。
 尋問においては計画の全容から協力者の有無、作戦を指示した者の名前まで順当に聞き出していった。あの後施設全体を総点検したそうだが新たな仕掛けは見つからなかった。また呪いについても全囚人が自分も含めて検査を受け、速やかに解呪された。その上で尋問を行ったがどうやら本当にこれ以上の隠し弾は無さそうだ。男は観念したのか尋問には終始素直に答えていた。

「…彼に何か言いたいことがありそうですね?」

 そう、この男はルリエの質問に答えながらもその間の殆どはこちらを凝視していた。その表情に浮かぶのは凄まじいまでの憎悪。その怒りを更に増幅させながら、男は口を開いた。

「この裏切り者め…」

 その声は低く、絞り出すようで

「堕落者め、落伍者め、背教者め!敗北者め!!今この時も同胞が戦っているのだ!魔物とではない!人としての生を戦っているのだッ!!それをお前は放棄して…逃げ出して!お前だけが…!!許されると思っているのか!!」

 激情のままとうとうと流れ出る罵倒の羅列…しかしそのどれもが悲しいほどに響かない。独善的な狂信から的外れな非難を垂れ流すその様は無様で滑稽で、哀れですらあった。

 おそらく彼が本当に信仰しているのは神ですらない。彼自身が作り上げた人間の在るべき姿。敢えて困難な道を往き、神への不満も社会への不満も決して口にせず、ただ与えられた境遇も運命も受け入れて日々を精一杯生き、快楽の誘惑に負けず自らを律し、高き志を持ってひたすらに努力し老いて死ぬ…そんな美しくもおぞましい理想の人間像…。それが支配者の欲望を具現した、模範的な奴隷の姿でしかない事にこの男は気付いていないのだろうか。

「魔物そのものより魔物の誘惑に堕落した人間を憎むという人種も存在します。そして、得てしてそういった者の方がたちが悪い。」

 ルリエが忌々しげに言う。これまでの戦いで似たような思想の持ち主に遭遇したことがあるのかもしれない。そしてその評価はおそらく間違ってはいまい。何故ならそういった考えに至る者とは大抵教団の言う高潔な精神に狂った者か…或いは魔物の存在により自らの地位が脅かされる立場の者達であるからだ。この男もまた、そうやって洗脳され歪んで来たのだろう。

「…まぁ貴方の思想は置いといて、こんな無茶な侵入作戦までしてこの施設の男性を殺害しようとした本当の理由は何ですか?我々の魔力生産能力に打撃を与えるためだけにここまでするとは思えないのですが。」

 自分も途中から疑問に感じていた。最初は施設の魔力生産を止める事が最終目的だと思っていた。確かに施設の存在は教団及び反魔領にとって脅威だろう。しかし、考えれば考えるほどあまりに困難な任務だ。相当な準備も要る。そこまでしても魔界の魔力生産を邪魔出来るだけ、…割に合わない。対価に見合わない作戦を行うということは裏を返せばそうせざるを得ない事情があるという事だ。そして今の自分にはその事情についておおよそ想像がついてしまう。

「……。」

「………このままでは…国が滅ぶ」

 しばしの沈黙ののち、やがて男は口を開いた。

「…魔物の実態について民衆が気付き始めた。怠惰な者達は次々と亡命を企て、魔物に庇護を求める者まで出始める始末。…このまま民が流出していけば…国が立ち行かなくなる!!」
「…自業自得ではないですか。」

 ルリエが呆れた様に一蹴した。

「…人の精神の堕落が問題なのだ!!このままでは誰も彼もが自分さえ良ければいいという…!利己的な人間になってしまう!!だからこそ、身勝手な者には…怠惰を貪る者には!天罰が下るとッ!示す必要があったッ!!」
「民が逃げ出すような国の現状を省みる気は無いと…。」
「堕落に屈する気は無い!!」

 もし自分がこの男の住む国に生まれていたらやはり魔界か親魔領に亡命するだろうと思った。

「…そんな国なら滅ぶべくして滅ぶのだ。自壊するのを待つまでもない、我がハートの軍勢がすぐに滅ぼしてくれる。民の一人に至るまで蹂躙し、魔界に飲み込んでくれよう。」

 『ハートの女王が治める国』から派遣されてきたというジャバウォックが唸るような声で口を挟んだ。

「…で、それならば守りの薄い親魔領の集落を襲っても良かった筈…わざわざここを狙った理由は?」
「…ここで捕らえられた捕虜を皆殺しにし、それを記録して持ち帰れば魔界には捕らえた男を処刑する施設があると宣伝出来る…。魔物の側に下ろうとする者も居なくなるだろう。」

 それを聞いた瞬間、室内に凄まじい殺気が溢れかえった。空気が震え、壁面や床に亀裂が走る。…ここに来たばかりの自分であれば失禁していたかもしれない。

「…分かりました、もう結構です。今後の貴方の処遇ですが…」
「好きにするがいい。私は主神の教えに殉ずる。死して魂は神の御許に導かれるだろう…」
「死ねると思っているんですか?」
「は?」

 いつの間にかルリエの手には小さな注射器が握られていた。中に満たされているのは深紅の液体…

「やめろ…そんなものを入れるな……」

 後退ろうとする男の腕を万力の如く力で押さえつけると彼女は躊躇無くその針を突き立てた。

「…!?貴様ッ…よくも穢らわしい魔物の血を…!!」
「黙りなさい。この血を提供したメロウに申し訳がない。貴方が若返りの薬を飲んでいない事はもう調べがついているのです。」


 暴れる男を軽々と押さえつけ、ルリエは続けた。

「さて、貴方の身柄は万魔殿に引き渡す事となっていますが、その期日までは指定されていません。」

 言いながら彼女はその手に何かを取り出す。

「引き渡しの日は何時でもいいそうです。つまり…私達がその気になれば…、10年後、いや20年後ということも可能だということ…。このまま引き渡してしまえばここの魔物達の気が済まないので…協議の結果貴方には当分の間懲罰房に入っていて貰うことになりました。」

 彼女が取り出したのは1本の短刀。…よく見ればそれは男の持っていたナイフであった。通路で対峙した際、最後にルリエを狙った凶刃。あのあと回収していたようだ。
 そして彼女は刃の付け根を二本の指で抓むと、まるでビスケットを割るかの如くポキリと折り取った。その後その刀身を素手で粉々に握り潰す…。数秒後にはその手の中には殺傷力の無いナイフの柄だけが残った。

「所長、この者に加える罰のメニューは私が最初に決めて良いのでしたね?」
「無論だ。こいつの担当も今は懲罰房の中だからな。その場合、脱走者を捕らえた者に優先的に管理権限が与えられる。」

 彼の世話を担当していた魔物も現在お仕置き中であるらしい。管理監督不行き届きとのことだ。…まあ、不憫だがやむを得ないだろう。

「では…」

 所長に確認を取ると、彼女は先程折ったナイフの柄に指で魔術式を書き込み始める。狭い面積に緻密に刻み込まれるその式の内容は、高速で綴る指の動きに遮られ読む事ができない。
 …やがて書き込みが終わると、彼女はおもむろに自分の服の胸元のボタンを外し、僅かに空いた隙間からその棒きれを胸の谷間に突っ込んだ。彼女の豊乳は短刀の柄など軽々と飲み込み、あっという間に見えなくなる。

「?」
「?」

 そしてそのまま自らの胸をこね回し始める。
 …彼女は普段から胸の傷を隠すため、魔物にしては珍しい露出の少ない服を着ている。今日の装いもまた、首下までをしっかりと包む白を基調とした装飾の少ないドレスである。しかしそれが逆に、大きく盛り上がった双丘の存在感を際立たせ、力に沿って自在に形を変えるその魔性の柔らかさを視覚的に伝えて来た。
 
「…こんなものですかね。」

 やがて行程が終わったのかそう呟くと、胸元の隙間から例の棒きれを取り出し、その棒を男の目の前に掲げた。シンプルな造りのそのナイフの柄の表面には青白く輝く魔術式がびっしりと刻まれている。
 そしてその棒の先を男の手に押し付けた。

「…!?な、何だこれは…ッ!?」

 男の手に棒の先が触れた瞬間、書かれた文字がひとりでに動き出す。それらは蟻の様に列を作り、触れた男の手をめがけて流れてゆく。そして触れた箇所から肌の中に吸い込まれるようにして消えていった。

「これは…呪詛か!?いったい何をした!!」

 彼の体には今のところ変化は見られない。その事が逆に不安を掻き立てていた。

「魔界においてはありふれた簡単な術です。ちょっとしたゲーム等に使われる事もありますね…。適当な物体に刺激を記憶させてから相手の体に流し込む、それだけの術。ですが…」

「私の魔力は少々特殊でして、特に操作をしなくても勝手に精を求め続けるのですよ。魔力が尽きない限りそれこそ永遠に…そこに精を魔力に変換する循環式を付け足せば…ほら、永久機関の完成です。」

 ね、簡単でしょ?とばかりにルリエが解説してみせた。つまるところこれは…

「簡単に言えば、これは先程までこの棒が受けていた刺激が貴方の『とある部分』に永遠に加えられ続けるという呪いです。その『とある部分』が何処かは想像がつくかと思いますが…。呪いが『そこ』に辿り着くまであと数十秒程。…あ、因みに最初に私が注入した魔力が尽きるまで射精せずに耐えきる事が出来れば、この呪いは魔力が補給されず術式を維持できなくなり消え去ります。せいぜい頑張ってみて下さい。」

 …それは酷な条件というものである。彼女の肉体の凶悪さは自分自身身をもって経験している。特にあの胸には以前顔を包まれただけで失神寸前にまで追い込まれたのだ。
 
「ただ参考までに申し上げれば私の肉体はリリムのそれと変わらないそうですよ?」
「…ひ!!?」

 ガタンと椅子を弾き飛ばし、男が立ち上がる。彼は顔を青くし一目散に正面のドアを目指して駆けだした。

「だ、出せ!出せえッ!!」

 拳で扉を叩き、魔術施錠されたノブをガチャガチャと引っ張る。その行動が無意味であることを知ってか、周囲の魔物達も彼を取り押さえる事もせず傍観するのみ。

「ここから出てどうするというのです。あと十数秒で解呪の方法でも探しに行きますか?それとも皆の前で快楽に狂うのが恥ずかしいですか?…ダメです。貴方はここで無様に果てなさい。さあ、あと5秒…4…」

 呪いの発動が秒読みに入った。それが聞こえているのかいないのか…男は半狂乱で扉と格闘を続けている。そしてその努力も虚しく、その時は無情に訪れる。

「出せッ!!出してくへッ!?」

 空気の抜けるような間抜けな音が男の口から漏れた。同時にその脚が力を失い、へなへなとその場に崩れ落ちる。まるで下半身の骨が消失してしまったかのようにぐにゃりと弛緩していった。一瞬にして腰が砕けたようだ。

「おっ………おぉ……」

 呪いの発動と同時に射精まで導かれたのだろう。股間には染みが広がり、まだかろうじて動く両腕がそこに纏わり付く『何か』を必死に押し退けようとしていた。しかしその手は何も掴むことはなく虚しく空を切り、そうしている間にも彼の表情はみるみる狂ってゆく。

「そんな事をしても『そこ』には何もありません。そしてその刺激には今後絶対に慣れることは出来ないし、感度は上がることはあっても鈍る事はありません。諦めてその感触と永遠に付き合っていくのです。」

 果たしてルリエのその言葉が聞こえていたかは定かでないが、男の目に僅かに光が戻る。上半身に僅かに残された力を振り絞り、すぐ隣に居たデュラハンの腰に縋り付いた。

「お、おい!?」

 突然のことに彼女は動転する。しかし男が求めたのは彼女自身ではなく、その腰のモノだった。

「…あ!」

 彼女が止める間もなく彼は奪ったその剣を自らの股間に突き立てる。

「あ…」
「あ…」
「あ…」
「ごはああああぁぁぁ…ッ!!?」

 飛び散ったのは血ではなく霧のように視覚出来る程に濃厚な精気だった。
 魔物の携帯する武器である。当然魔界銀製である可能性を考えるべきだったが極限状態の精神ではそこまで考えは及ばなかっただろう。…そしてそのギリギリの場所で保っていた精神に魔界銀製の武器がもたらす強烈な快楽がトドメを刺した。


「ぁ……………」

 男の首がガクリと落ち、それまで起こしていた上半身からも完全に力が抜け床に崩れ落ちる。精液を搾り尽くされた股間からは最後に熱水が迸り、床に水溜まりを作ってゆく。


「…………。」


 気まずい沈黙が流れた。

「…この展開は想定外でした。まあ気絶したところで呪いの効力は止まらないですから、きっといい淫夢〈ユメ〉が見られるでしょう。ではこのまま懲罰房最下層にある搾精装置を一つにつき一日ずつ体験させていってください。途中気絶したり発狂したりしたら治療して最初からやり直しです。…私からは以上で。」
「お前…何百種類あると思って……まあいい。連れていけ!」

 所長の掛け声とともに、扉の外で待機していた兵士が気絶した男を回収していった。

「…計画が失敗してよかったですね。もし一人でも犠牲になっていたのなら、こんなものでは済ましません。」
「そうだな…だがこのような計画を実行した奴の本国もただでは済まさん。既に軍本部へは事の顛末は報告した。近いうちにリリムかダークマターか…相応の戦力が報復に差し向けられるだろう。」

 閉じていく扉の向こうをめがけてルリエと所長が言う。その声に名も知らない幹部のうち何人かがうんうんと頷いていた。






「さて所長、二つ程お話が…」

 片付けが終わり、そうルリエが切り出す。幹部達は部屋の隅で談笑に花を咲かせておりこちらのことは気にしていない。聞いているのは所長と自分だけだ。

「何だ畏まって…?」
「一つは今回の件で私は被害を防ぐため大魔術を使用しました。その補填のため先程の男…バルトランから搾れる精で精製出来る魔力、1ヶ月分を請求したいと思います。」
「それは構わないが…少々水増し請求な気もするが…いいだろう。今回の功績を考えれば……しかしいいのか?」

 所長がチラリとこちらに視線をやった気がした。その意図する所は分からないが、ルリエには伝わったようだ。
 彼女は首肯する。

「お気になさらず、それともう一つですが…」

 今度はルリエがこちらを見た。

「彼…ミハイロフスキーこそ今回の立役者です。彼が敵の陰謀に最初に気付き、その後も終始魔物の側に協力的に動いてくれました。」

 …確かに端から見れば図らずも魔物の為に行動していたことになる。バルトランが怒るのも当然と言えば当然だった。
 更にルリエは続ける。

「しかも彼は敵からの脱走の打診を拒否しています。…よって、最早矯正の必要は無いものと考えます。速やかに彼を釈放し、相応の顧客へ紹介していただけないでしょうか。」
「…!?」

 ルリエから信じられない言葉が飛び出した。
 そもそも自分がここに入ることになったのは彼女に傷を負わせた事に起因する。そして彼女の気が済むまでは絶対に解放されない筈であった。その彼女が自分を釈放してくれと所長に頼んでいるのだ。彼女に認められた嬉しさと一抹の寂しさが心をよぎる。

「なる程…ということはもうお前の気は済んだということか?」
「…はい。」
「そうか………………だがダメだ。」
「はい!?」

 拒否されるとは思っていなかったのか、ルリエが素っ頓狂な声で叫んだ。

「何故ですッ!?彼が居なければ、或いは敵側についていたらこの施設の男性が全滅していたかもしれないのですよ!?」
「彼の貢献については異論は無い。だが…」

 一旦言葉を切り、所長はルリエを見つめた。

「お前…完全に情が移っているだろう。」
「な…!?」

「知っているぞ。お前が夜な夜な資料室でA〜Sクラスの顧客の名簿を漁り、その名前を写しては消し、かと思えば突然泣き出したり…」
「うわあああーーーーー!!」

 ルリエが声を張り上げて遮る。あのような彼女を見るのは初めてだった。しかし気になる単語…顧客とはつまり……

「未練ありまくりではないか…。そんなに手放したくないならお前が買い取ればいいのだ。」
「…私の体の状態はご存知でしょう!この体で一人の人間を愛せばどうなるか…」
「そこは………………まあ…頑張れ。」
「そんな無責任な!」
「体の事情で負担を掛けるのならそれ以外の所で埋め合わせればいい。今回の件でボーナスは弾んでやるから何か気の利いたプレゼントでも買ってやれ。」
「本人の前で言いますかそれッ!?」

「ちょっと…」

 所長はルリエを引き寄せ、顔を寄せて声を落とした。

(まあ落ち着け、落ち着いてよく考えろ。……仮にここで彼を釈放したとするだろう?性格に難は無く魔術の素質もある。教団の教えに洗脳されておらず柔軟な思考が可能、頭もそう悪くない。加えて今回の貢献だ…十分優良顧客に紹介出来る条件なのだ…、一般市場に出せばすぐ売れるだろう。その後は購入した魔物に可愛がられやがて恋仲となり幸せな家庭を築き…いずれ子を成してゆく。お前の事もいつかは忘れてしまうだろう。片やお前の体と魔力がある程度落ち着くまでにはまだ50年以上かかる。その間一人きりで…いや、体が治ったからといって相手が見つかるとも限らん。魔物からインキュバスが生まれるようにならない限り競争倍率は上がり続ける…。想像してみろ、下手をすれば今日の事を後悔しながら数百年を独り身で過ごす事になるのだぞ。)

 今日この日を思い出して枕を濡らすその姿を想像してルリエは顔を青くし、ガタガタと震え始めた。

(これはチャンスなのだ。お前と一ヶ月近く過ごして精神的に無事な人間は珍しい。しかも前に一度、お前のものになる意志を示しているそうじゃないか。)
(あ、あれはシルエラが勝手に…)
(本人の意志がどうだろうが言質を取ったもん勝ちだ。…お前はお人好し過ぎる。そこが人望を集めた部分もあるが…ここはエゴを出す所だぞ!)

(わ……分かりました。とりあえず先程の話は保留で…暫く考えて……先ずはもっと好感度を上げてから………)
(こ、このヘタレめ……)

 
「…お待たせしました、さあ部屋に戻りましょうか。」

 話し合いが終わったのか、ルリエがもどって来た。こちらの手を引き、早足で尋問室を出ようとする彼女は何故か顔を背けている。しかし、先程の所長への要求を聞いてしまった。故にここで言っておかなければならない事がある。また断られたとしてもだ。

「あの…ルリエさん?」
「はいッ!!何です!?」

 予想外の勢いで聞き返された。だがここで気圧されている場合ではない。

「先程の所長とのお話ですが……」
「あ、あれはこちらの話です!それにあれはやっぱり保留で……」
「やっぱり自分はルリエさんの処に居たいです。」
「ほにょああああーッ!!?」

 奇声とともに彼女の体がガクンと仰け反った。

(あ、イッた。)
(イッたな…。)
(イッてる…。)

 いつの間にか隅にたむろしていた幹部達がギャラリーと化していた。

「あ、あなた…二度目は無いと…、言ったでしょ……!!」
 
 ガクガクと震える脚を内股にしながら彼女こちらを指差す。その顔は真っ赤に染まっていた。
 その様にこちらの鼓動も高鳴る。

「はい。でもやっぱり貴女は…」
「いいえ聞きません!」
「んぐっ!?」

 理由や言い訳、謝罪…色々と伝えようとしていた唇は彼女のそれで強引に塞がれた。

「んんーーーーーッ!!?」

 唇も歯も侵入してくる舌に軽々と突破され、口腔中が蹂躙される。荒々しく舌に絡みつき扱き上げたかと思うと歯茎や上顎を優しく擽る。強烈な媚薬である彼女の唾液をこれでもかとすり込み、咥内の至る所を次々と性感帯に改造してゆく…。

「んごぉっ!?」

 まず舌が絶頂した。巻き付く様に絡んだ舌に先端までを扱き上げられ、唇で食まれて…。
 次に上顎が。舌先に柔らかくなぞられて感じるむず痒さが臨界を超えたのだ。脳に響く絶頂感に意識を持っていかれそうになる。
 その次に達したのはなんと肺だった。媚薬と化した彼女の呼気に犯されていたのだ。
 更に流し込まれる唾液を嚥下した喉が、続けて流れ落ちた先の食道が、胃が…次々に絶頂を迎える。
 股間は何時漏らしたかも分からない精液で大洪水であったが、最早気にしている余裕も無かった。
 粘膜で彼女を感じるのは初めてだった。想像を遙かに超えたその威力に体が打ちのめされる。

「……むぁ。」

 彼女の唇が離れる。
 しかしそれでこちらの口が解放されるわけではない。そこに残留する魔力は全く変わらない技巧で、咥内を蹂躙し続けるのだ。
 無意識に両手が口を押さえにかかる。その行為に何の意味も無いと分かりつつもそうせざるを得なかった。
 しかし、やがてその力さえも快楽に奪われ体中の筋肉が弛緩する。そして崩れ落ちる身体を彼女に抱き止められた。

「……忠告はしましたからね。今度は逃がさないと…。私のかわりに後悔し続けてください。」

 見上げた彼女の顔は目尻に涙を浮かべながら、しかし淫猥に蕩けていた。そこ初めて見る表情に見守られながら、意識は遠ざかってゆく。





「…………でもありがとう…いつか絶対に…幸せにしてみせますから…」

………、

……、

…。






「では所長、私はこれで…。どうもありがとうございました。」

 失神したミハイルを担ぎ、肌のツヤが増したルリエは満面の笑顔で尋問室を後にしようとする。

「お…う……。お前男の方からあんな事言わせて……いや…まあいいんだが……。とりあえず、壊すなとは言えんが治せる程度にしておけよ…。」
「無論です。…あ、魔力の補填はやっぱり結構ですので何か別の形でお願いします。」
「お、おう…。」



 所長に見送られ、尋問室の扉が閉まる。残された施設の幹部達は二人の気に当てられしばらく呆然としていたが……

…やがて正気に戻ると後ろを振り返り、一斉に壁を殴り始めた。


16/10/11 00:44更新 / ラッペル
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■作者メッセージ
 結局あと2話に分かれてしまいました・・
 話の展開上バトルっぽい描写が入ってしまいましたが難しいですね。

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