連載小説
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第一夜
迂闊だった。
山で五年も猟師をやっていれば、いつもの狩場など庭のようなもの。そう思って今日も出かけたはずだった。
まさか、魔物の山賊団が裏山に住み着いていたなどとは、夢にも思わなかったのだ。

山中で人の声がすると思い近づいてみると、そこでは野武士のような恰好をした妖怪女たちが酒盛りの真っ最中だった。
まずいと思いすぐに逃げ出したがもう遅い。獲物を見つけた熊のような目をした魔物たちが飛びかかってきて、あっという間に捕えられてしまった。
飢えた魔物に捕まった男がどうなるかなど、わかりきっている。有無を言わさず犯されるかと身構えたが、ここで意外なことが起こった。
頭領らしきアカオニが私を見て何かに気づき、ニヤリと悪い顔で笑うと手下に手出しをしないよう命じた。そうして私は、奴らが根城にしている、何年も放置された古い砦へと引っ立てられてきた。
そのまま地下の土牢に入れられ、今に至る。日の光が届かず時間は定かでないが、もう半日は経っているような気がする。

牢の中はじめじめとしていて暑かった。
格子の向こうは十二畳ほどの広間となっており、何人もの魔物が代わるがわる見張りにやって来ていた。
奴らは、本当に魔物だけの山賊団らしい。
ここに来てからというもの、女の姿しか見ていない。
見張りの女たちにもやはり暑さはこたえるのか、皆ほとんど肌着一枚で歩き回っていた。
汗でじっとりと濡れた薄布が乳房に張り付き、青やら緑やら人間離れした肌の色が西瓜のような形に浮かび上がる。その先端は、どれもぷっくりと尖って着物を押し上げていた。


訳もわからず牢に入れられ、ただ悶々として時が過ぎるのにいい加減嫌気が差した頃。
地上への扉が開き、幾人かの人影が降りてきた。
一人は頭領のアカオニ。そしてその後ろにいたもう一人は……
「あんたっ!」
「……志乃っ!」
懐かしい声と姿が胸を高鳴らせた。
牢に駆けよってきたのは、半月前に一緒になったばかりの最愛の妻、志乃だった。
私も思わず駆け寄り、格子越しに手を握った。今朝家を出たばかりなのに、柔らかな手の感触が久方ぶりに感じられる。同時に髪の匂いがふわりと鼻をくすぐる。間違いなく、志乃の匂いだった。
「よかった……本当に無事で……」
「お前、どうしてここが……?」
かけたい言葉は山ほどあったが、思わず問いが口をついて出た。山に馴れていない志乃が、こんな穴倉に来ていることが信じられなかった。
「匂いですぐにわかったんだよ。あんたに魔物の嫁がいるってことがな」
答えたのは、後ろにいたアカオニだった。
「いやなに、別に人のダンナでもあたしらは構わないんだがな?嫁が同じ魔物なら、ちょいと情けをかけてやろうかと思って、村へ行って探させたのさ。……というわけで」
アカオニは志乃に向けて言い放った。
「百貫文持ってきな。それでダンナは返してやるよ」
「百……って、そんな大金、ウチにあるわけないじゃないか!」
志乃が声を荒げる。しかしアカオニは、ニヤニヤと卑劣な笑みを浮かべたままだった。
「別にいいぜ?イヤだってんなら、コイツは今日からあたしらのモンだ」
アカオニの視線が、私に向けられた。
「あたしら全員で、朝から晩まで体じゅう嬲り尽くしてやるよ。イヤだって言っても泣いて叫んでも、無理やり押さえつけてブチ犯す。全身あたしらの汗と汁でべっとりになるまで、毎日ここでヤりまくるんだ」
私を見て舌なめずりしながら挑発するアカオニは、今すぐにでもそうしてやると言わんばかりのギラついた目をしていた。
その時、アカオニの視線を遮るように、志乃が私の前に割って入った。自分より頭一つ高い相手の顔を、毅然として睨み返す。
「いいよ、払おうじゃないか……だけど、五日だけ待ってくれないかい?今すぐには無理でも、その間に何とか工面してみせる。だから、それまでは……」
それを聞いたアカオニは、さらに口の端を吊り上げた。
「いいぜ。五日だ。あんたは金を持ってくる。その代わり、五日の間はあんたのダンナにあたしらは手を出さない」
「破ったら承知しないよ。手下どもにもよく言っておきな!」
「志乃……お前……」
女同士の取引が交わされる間、渦中にいる私はどうすることもできず、格子の向こうでただ狼狽えるしかなかった。
私の声を聞いた志乃は振り向くと、力強く私の手を握った。
「大丈夫。全部あたしが何とかするから。あんたはここで、少しの間辛抱しておくれよ」

そうして、この土牢での日々が始まった。







第一夜

志乃が帰ってから、一晩が経った。
一晩、とは言っても昼も夜もわからぬこの穴倉では、おそらくそのくらいだろうと推し計ることしかできないのだが。
人質である私への扱いは、思っていたほどひどいものではなかった。
粗末とはいえ食事は出るし、見張りに言えば牢を開けて厠へも行かせてもらえる。
ただ、この暑さと湿気だけが不快だった。

見張りの魔物たちは今日も今日とてほとんど裸のような恰好で牢の前をうろついている。
今は鬼の一族らしき二人の女が、褌に晒し巻きといういで立ちで見張りをしていた。
肌を濡らす汗が、松明の灯りに照らされてぬらぬらと光っていた。
「しっかしお頭もひでぇよなぁ?こんな目の前に男がいんのに、手ェ出しちゃいけねぇなんてよぉ……こっそりヤっちまうか?」
緑肌の女が、こちらを見て恨めしそうに言った。
「やめておけ。他の女の匂いがついたら、あの嫁がすぐに気づくだろう。手は出さないというのが取引だ」
向かいに立っていた青肌の女がたしなめる。
「だよなぁ……あぁクッソ!見てたらムラムラしてきちまった……」
そう言うと女は、あろうことか私の目の前で褌をずらし、自らの秘所を指で弄り始めた。
普段からやり馴れているのであろう手つきで股間に指を這わせると、割れ目に沿ってなぞるように上下に動かす。私の体を上から下まで舐めるように目線を動かしながら、同時に空いた手の指で乳房の先端を引っ掻く。
くちゅくちゅという水音が穴倉の中に響き、女の顔が紅潮していった。
青肌の女がため息をついた。
「まったくお前は辛抱のない……だが、望みがまったく無いというわけでもないぞ?」
「あん……?どういう……ことだよ?」
興奮して荒い息の中から女が答える。
「『私たちは彼に手出しをしない』。これが取引だ。つまり……彼から私たちを襲ってきた場合は不問ということだ」
そう言って青肌の女はほくそ笑んだ。赤い舌がチロリとその唇を舐める。
「ははッ!確かになぁ!……おいお前!さっさとこっち来いよ!……ハァ……あたしのナカにならいつでも……ハァ……出していいんだからな!」
興奮しきった緑肌の女は格子に体を押し付け、しきりにこちらを挑発してきた。格子の隙間からは乳房が突き出し、指で押し開いた割れ目を私に見せつけていた。
「ほら、鍵はここにあるから、欲しければいつでも取りに来い?手でも口でも胸でも、好きな所に出させてやろう……」
青肌の女も手に持った鍵を舌でひと舐めすると、豊かな乳房に挟んでそれを見せつける。

なんて下品な連中だ、と私は呆れかえっていた。
同じ魔物でありながら、我が妻である志乃ははるかに慎みのある女性である。
もちろん夜になるとそれは激しいものだが、欲望を丸出しにして襲ってくるのではなく、しっとりとした手つきや言葉使いでこちらの方をその気にさせてくれるのだ。
私はうるさい山賊たちを無視して目を閉じ、志乃のことを思い浮かべた。
初めて志乃と出会ったのも、この山だった。山中で迷っていた旅の女性を見かけ、助けようと声をかけたのが始まりだった。
近づいてみると、この世のものとは思えぬ美貌、白糸のような銀髪から、すぐに魔物だとわかって一度は身構えた。しかし彼女は男と見て襲い掛かるようなことはせず、素直にこちらの話を聞いてくれた。隣国の戦から逃れ、行くあてがないという彼女を家に住まわせ始めてから、美しく気立てのよい彼女に惹かれ、夫婦になると決めるまでにそう時間はかからなかった。


「あんた……あんた!」
声が聞こえて目を開けると、格子の向こうに愛おしい志乃の姿があった。
「志乃……!」
立ち上がって格子に駆け寄る。見張りの二人は、いつの間にか持ち場へ戻っていた。
「もしや、金が用意できたのか……?」
「いいや、とりあえず家の全財産は持ってきたけど、まだ足りなかったね……お金は少しずつ持ってくることにしたんだ。明日は知り合いに頼んで、できるだけ貸してもらってくるよ」
「そうか……すまない。俺が不甲斐ないばっかりに」
妻に苦労をかけていることを思うと、己の迂闊さが恨めしかった。
「お前……体は大丈夫か?ちゃんと飯は食べてるのか?」
「もう……あたしの心配なんてしてる場合かい。大丈夫だよ。……それより、着替えを持ってきたよ。ここは随分と蒸すからね」
そう言うと志乃は手にしていた風呂敷を格子の隙間から差し入れた。妻の細やかな気遣いに、私は涙が出そうな思いだった。
「すまない……ありがとう」

それから村の様子などについて二言三言の話をした。こんな囚われの身でありながら、志乃と少し話しただけで随分と気力が甦ったような気がした。
「……それじゃあ、今日は帰るよ。体に気をつけて」
「ああ、お前も、どうか無理はしないでおくれよ」
別れを告げ、志乃の体が格子を離れた。そのまま立ち去るかと思われた、その時。
志乃がチラリと背後を振り返った。見張りの二人はこちらを見ていなかった。
不意に志乃が私の襟をムンズと掴み、私の口に唇を押し付けた。
長いまつ毛が私の眼前に迫り、唇を甘美な感触が包み込む。
と思った次の瞬間には、長い舌が唇を割って口内に這入ってきた。ならば負けじと私もそれを迎え入れ、二つの舌が蛞蝓のように絡み合う。
志乃は私の唇を貪るように、私の歯の裏側まで舐め回し、私の舌に吸い付く。唾液が私の口内に流れ込み、私の喉を潤した。
貪るような口吸いは、そう長くは続かなかった。火照った顔で私を見つめたまま、やがて志乃は唇を離した。その舌先は、名残惜しそうに糸を引いていた。
「……待ってるからね」
恥じらいながら小声でそう言うと、志乃は踵を返し、足早に立ち去っていった。

私はしばらくの間呆けた顔で立ち尽くしていた。
普段は貞淑な志乃だが、時折あのように情熱的に迫ってくることがあった。その落差がなおさらこちらの興奮をかき立てる。
事実、私の股間は先ほどの口吸いだけで、痛いほどに怒張してしまっているのだった。
21/06/23 20:02更新 / 琴白みこと
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