読切小説
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ドラゴンさんに好かれた魔物ハンター
ドラゴン狩りというのは、数ある魔物の退治や討伐の中でも格別の意味を持つものだと魔物ハンターたる僕は考えている。



僕の名前はメルン=キャーディン。

仕事は魔物ハンターである。

諸君に誤解のないよう伝えておくが魔物ハンターにも色々な人がいて、大きく二つに分けることができる。



一つは過激派…教団派と言うと分かりやすいだろうか。

教団派の魔物ハンターは魔物娘達の「討伐」を目的とした人々であり、分かりやすく言えば魔物娘を「殺す」のが仕事である。

実害をなす魔物娘を殺し、問題を解決するのは理にかなっていると思いつつも、彼らを見ると僕は少し複雑な気分になる。


もう一つ、僕が属する穏健派だ。

穏健派は教団派と異なり、あくまで「解決」や「退治」を目指して魔物娘達に接する。

僕たちはなるべく「殺す」ことをせず「交渉」や「取引」でもって魔物娘たちの行動を抑える。

時には魔物娘に対して、人に迷惑のかからない、住み良い場所への移住の世話までしたりする人もいるらしい。

教団派に比べて教団とそれに関わる人々には冷たい目で見られており、熱心な教徒の人からあからさまな侮蔑を向けられることもある。



長くなってしまったが、ざっと言えばこんな感じだ。

そして今、僕はドラゴンの「討伐」に出向いている。

なぜか。

遡ること1ヶ月前。




「おい、お前がメルンか?」

「へ?あ、はい」

「俺の名前はフールだ、ここいらじゃ知らねえやつはいないと思うけどな」


酒場にいる僕にいきなり声をかけてきた男性。

歳は僕よりもいくつか上の20代そこそこだろう。

教団に属する自称「勇者」であり、魔物娘たちをたくさん「殺し」てきたことで英雄視されている。


「はい、ご活躍は存じています」

「お前の話も聞いたぜ、教団はお前のことを嫌ってるみたいだが…特別に俺が雇ってやろうってんだ」

「は、はぁ…お言葉は嬉しいですが、僕よりもずっと優秀な魔物ハンターが教団には何人もいるのでは…?」

「へ、勘のいいやつだな、いいぜ教えてやるよ」


フールは僕に声をひそめて言った。


「ドラゴンを狩りに行きたいんだよ、俺は」

「へ……?い、いや、それなら尚更僕よりも…」

「それがな、教団の腰抜け達は『呪い山のブラックドラゴン』を狩りに行くって言ったらみんな尻込みしちまったんだ」

「……!」


呪い山のブラックドラゴン。

それはこの村から20kmほど離れた、強烈な魔力による嵐が吹きすさぶ『呪い山』のてっぺんの岩穴に住みついているドラゴンの俗称だ。

百年以上前…かつてそのドラゴンは、幾度となく周辺の国を襲い、圧倒的な力でもって欲しいものを欲しいままに奪い去っていたという伝説がある。

最近は全く姿を見せないことから、死んだのではないかとも言われていた。

なぜ今更そんなドラゴンの巣へ行くのだろうか。


「なぜ…?ブラックドラゴンはここ数十年おとなしいと聞いていますが…」

「へへ、それがだな…ドラゴンってのはどこを売っても金になる、あのブラックドラゴンなら魔力の量も多いし、武器にも防具にも薬にも良質な素材になるはずさ」

「……あなたは私利私欲のために、ドラゴンを狩るのですか?」

「違うな、俺はいずれ魔王も倒すんだ……そのためには強くて良い装備と、格好のつく伝説をもってないといけねえ」

「…申し訳ないですが、ドラゴン狩りは非常に危険ですし、ドラゴンの身体を持ち帰るには相応の準備が必要です、僕は辞退します」

「おい待てよ、もうすこし話を聞け」

「失礼します」


彼のあまりに図々しく、自信過剰な物言いに気分が悪くなりそうだったので、早々に席を立つ。

すると肩を掴まれ、怒りが滲んだような声で言われたのだ。


「俺がその気になればお前なんか殺して埋めることもできるんだぞ?安心しろ、お前みたいな雑魚を戦わせる気はねえんだよ…お前はただドラゴンとの戦い方を俺たちに教えるだけで構わないんだ」


そして彼が指差した先には、酒場の外にいる武装した教団員達の姿があった。

断れば殺されると知り、僕は依頼を受けたのだ。





ドラゴン狩りに向かう道中、本当に僕は戦わなかった。

フールの「仲間」は彼に似てガラが悪く、マナーや態度もよろしくなかったが腕っぷしだけは強かった。

僕を含めた男女計6人、ドラゴン狩りはその10倍いても良いほどに大変な仕事だが、彼曰く。


「ドラゴンを殺したら、魔法使いがこの辺で一番栄えてる国に行って支援を要請するのさ、そしたら全員で運び出してから分け前の分配といこう」


生身のドラゴンの身体というのは非常にデリケートなものであり、加工も一流の職人しかできないような物なのだ。

それを一週間以上もかけて運び出せば、すっかりその魔力は外に流れ出して、強靭さも美しさもたちまち失われてしまうだろう。

しかし僕は何も言わなかった。

彼らは僕の意見など聞く気はないようだし、彼らにドラゴンが倒せるなどと思っていなかった。





そして呪い山に着いた時、嵐どころか風すらも全く無かった。

嵐はドラゴンによるものではなく、地中に流れる魔力の脈によって生み出されるもののようで、一年に10日だけ止むタイミングがあるらしい。

魔物ハンターの僕も知らなかったことで、是非調査したかったが、それは叶わなかった。

『呪い山のブラックドラゴン』を前にした他のメンバーは、嬉々として山を登り始めていたからだ。





そして今、ブラックドラゴンはぜえぜえと苦しそうに呻いている。

全高は10m以上あるだろう、身体の大きさは20mはくだらない。

その身体を震わせて息をしている。


僕の背後には3人の仲間が転がっている。

いずれもドラゴンの強烈な呪いブレスを浴び、力が出せなくなったのだ。


今戦っているのはフールと彼の仲間…おそらく彼の恋人であろう魔法使いのミイ。

あのブレスに耐えるとは、さすがは自称勇者だ。

いや、魔法使いが彼のみを特別にサポートしているのもあるのだろう。


ドラゴンは身体中に50を越える矢を受け、魔法による攻撃で怪我を負い、そして刃による切り傷に血を流しつつも、2時間の戦闘を経てなお生きている。

その身体からは強烈な魔力と呪力を感じ、本気を出せばたちまち僕たちは塵も残さず吹き飛ばされてしまうだろう。

しかしドラゴンは呪いブレスをちまちまと吐く以外、なぜか抵抗はほとんどしなかった。

じっと僕たちを見つめている。


「よし!あと少しだ…!くたばれェっ!」


ドラゴンの背中の鱗が弾け、肉が露出する。

赤い血がどろりと溢れている。

ドラゴンは本当に小さな叫びをあげ、そして口を閉じて呻きながらじっとこちらを見続けている。


「へ、へ…ミイ、お前と二人でほとんどの取り分はいただきだな!他の奴らはくたばっちまって、まるで使い物にならねえ…山にでも捨てて帰るか?」

「アタシは何でもいいよ?ま、お金がいっぱいもらえるならそうしよっかぁ」

「おい魔物ハンターさんよ!アンタにも後で分け前はやるから、安心して後ろにいろよな!」


喜びに満ちた、何とも不愉快な声だ。


その声を聞いた僕に、途端に虚しさとも怒りとも取れない感情が込み上げてきた。


ーなぜこんな奴らにドラゴンが殺されなくてはならないのかー

ーなぜこんな奴が勇者なのかー

ーなぜ僕はこんな奴らに付き合ったのかー

ーなぜー


ーなぜドラゴンは、そんな哀しそうな目でこちらを見つめているのかー


「もう、いいだろ!」


僕は、何も考えずに叫んでいた。

ドラゴンの目が少し大きく開き、こちらを見る。

そのドラゴンが抵抗しないことを知ったフールが、攻撃し続けていた手を止めてこちらに目を向ける。


「なんだ?何がいいってんだ?」


いつもの僕ならば意見を取り下げ、黙って見ていたかもしれない。

しかし、一度湧き出た勇気は僕にそれをさせない。

岩の陰から出てフールの方へ歩み寄る。


「このドラゴンは実害を出していない、それにウロコは鎧を作って盾を作って、それでも余りあるほどたくさん落ちているし、もう充分だろう?殺す必要なんてない!」


フールの顔が笑みを浮かべた。


「馬鹿だなお前もよぉ……黙って俺に従っておけば、ただそれだけで良かったのによぉ!」

「ぐ…ぅッ!げほっ!」


フールに腹を蹴り飛ばされたのだ。

薄手とはいえ僕も鎧を着ている、がしかし、それを貫通してモロに食らったような衝撃を与える蹴りだった。

殺す気だ。


「大体よ、お前みたいな奴の力を借りたとなっちゃ俺の汚点なんだよな、うん」

「……僕を、殺すのか?」

「殺すさ、ドラゴンに魅了されて寝返ったのを仕方なく殺害…ま、よくある話だよな?他の奴もそうして処理してやるからよ」


ニヤニヤと笑ってこちらに近づいてくる。

辛うじて立ち上がるが、僕は剣の扱いは不得手だ。

魔法で戦おうにも近距離では分が悪すぎる上に、あちらには魔法使いもいる。

覚悟を決めるしかない。


「やるなら、やれよ」

「そうさせてもらうぜ?死ねよ」


フールが剣を振りかぶった、その時。



「ゥ……グォォォォォァァァァァァァッ!」



ドラゴンの声だ。

怨みに満ちた、恐ろしい鳴き声。


「なッ……!?」

「やばッ…!」


フール、そして魔法使いが闇の中へ消えた。

呪いのブレスが僕の目の前の地面ごと彼らを襲ったからだ。

真っ黒で、邪悪な力が練りに練られたような、強烈な呪力。

数秒浴びただけで二人は意識を失い、ぴくりとも動かなくなった。


「お、おい…?死んだのか?」


おずおずと声をかける。

すると。


「死んではいない、ただ生命に強力な呪いを付けただけだ」


薄く開いたドラゴンの口から、重くて低い声が聞こえた。


「…し、喋れる、のか?」

「……ああ」

「……俺にもやるのか?」

「…………」


俺のその問いかけには答えず、言った。


「なぜ、あんなことをした?」

「え?」

「私があのまま死ねば、貴様とて大きな栄誉を得られるだろう」

「……」


ドラゴンの目に敵意などはない。

いや、初めからそんなものは一切感じられなかった。


「君が、とても哀しそうだったから、かな」

「…………そうか」


ドラゴンは少しの間瞳を閉じ、そして言った。


「そこに並べ、貴様らを山の下まで転送する」

「な、なあ」

「なんだ?」


「せめて、俺に償いをさせてくれないか?」




自分でもなぜそんな言葉が出てきたのか、今でも全くわからない。





「君のその傷が癒えるまでここに居させてくれ、もちろん迷惑はかけないし、君の治療に専念する」

「正気か?貴様は人だろう?そんなことをすれば、またこの男のような者達に命を狙われるのではないのか?」

「この人たちには元から嫌われていたし…それに、たとえ人里に戻っても、天涯孤独の僕に居場所はないんだ…頼むよ」


ドラゴンはため息のように小さな息を吐き、言った。


「好きにしろ」




ドラゴンの傷は、絶命してもおかしくはないほど酷かった。

矢を抜くたび、ドラゴンはふうふうと辛そうにしていた。


「よく…生きているな、これで」

「伊達に長生きはしていない、もっとひどい怪我の時もあった」

「……すまないな」

「貴様が謝ることではないだろう?私は筋の通らないことは嫌いだ、二度とそのことに関して謝るな」

「…わかった」


矢を全て取り終えて、一つ一つの傷に応急手当の魔法をかける。


「フール達は?どこへやったんだ?」

「山の麓へ転移させた、あの呪いなら一年は解けないだろうが他の仲間は気絶しているだけだろうし、死にはしないはずだ」

「そう、か」

「…ふ、ふ」

「どうした?」

「おかしな奴だ、貴様は」

「そうか?よく言われるけど…おかしくはないと思うんだけどな」

「いいや、一度は自分の命を奪おうとした者の心配をするなど、余程の馬鹿者にしかできないことだ」

「中々言うじゃないか、元気になってきたのか?」

「どうだろうな、しかし……痛みはだいぶ減ってきた」

「ならよかった……ッ…!」


少しめまいがした。

魔力の使いすぎだろう。

元からあまり魔力量があるわけではない。

これだけの傷を手当すれば枯渇するのも仕方のないことだ。


「…おい、大丈夫か?」

「あ、ああ、気にしなくていいよ」

「……もう寝ろ、私はここで寝る、人間用の寝床が奥の岩室にあるから、貴様はそこで寝るといい」

「え?人間用のものがあるのか…?」

「…ああ、さっさと行け」

「それならお言葉に甘えて……おやすみ、ええと」

「私はディアラだ、貴様は?」

「メルンだ、おやすみ、ディアラ」

「……………おやすみ」


岩室の奥、そこには家具なども完璧に揃った、人の生活するスペースがあった。

色々と見たいものはあるが、そんな余力はもうない。

大きくてふかふかのベッドで俺は泥のように眠った。





翌朝、岩室から出た俺は驚いた。


「お、おい、傷が……」

「どうした?」


昨日手当した傷が綺麗さっぱり無くなっているのだ。

再生が早いとか、そういうレベルを超えているほど綺麗に消えていた。

それを聞いたディアラはなんだか誇らしげな様子に思えた。


「貴様の魔法のおかげだ、もっと誇れ」

「い、いや…俺はそんな大層なことはしていない、少し止血したくらいだ」

「筋の通っていないことは嫌いだ、誇れと言ったら誇れ」

「それこそ理不尽じゃないか」

「なんだと?」

「はいはい、とにかく今日は大きな傷を治すから動かないでくれ」

「……ああ」


触れてみて分かったことだがディアラの真っ黒な鱗は、濡れたように艶のある光を放っており、フールが欲していたのも分かる気がする。

それは硬くてしなやかで、しかし決して鈍重そうな印象はない。

治療のために背中によじ登り、その鱗の上を歩く。

大きく広がった傷の方は、昨日からあまり変化がないようだ。


「ディアラ、君は…何年前から生きているんだ?」


治癒魔法をかけつつ質問する。

するとディアラはなんだか機嫌を悪くしたようだ。


「……なんだ?いきなり話したと思えばどうでもよいことを…」

「いいや、少し興味があってね…君の伝説は百年も前から語り継がれているし、レリーフなんかにもなっているんだ」

「……その伝説というのは、どんな内容だ?」


僕はそこで口をつぐんだ。

正直に言えば、伝説というのはディアラの恐ろしさを言い伝えるような物なのだ。

そのまま伝えても良いものか、少し頭を悩ませ、そして。


「まあ、君の強さが書いてあるものさ」

「嘘を言っても分かるぞ、貴様は甘いな」


すぐに看破された。


「大方、私が暴虐を尽くしていた時の話だろう?」

「…ああ、恐るべき存在として記録に残されている」

「……そうだろうな」


少しずつ傷に薄い膜ができる。


「なぜ君は、昔のようなことをしなくなったんだい?」

「……」

「ここ最近君が暴れたという記録は皆無だ」

「貴様には、欲しいものはあるか?」


唐突な問いだった。


「欲しいもの?」

「そうだ、今欲しいもの、何でもいい」

「……そうだな……お金、かな」


昨日のことで何か言われるかと思ったが、特にそれについては何も言わぬままディアラは話を続けた。


「金が手に入った後、貴様は何を望む?」

「え…?そ、そうだな…美味しい食べもの」

「それも手に入ったなら?」

「家、かな?寒さと暑さに悩まされない家」

「それさえも手に入れたら、どうだ?」

「そしたら、服でも買うよ」

「莫大な富、美味い飯、広くて快適な住処、きらびやかな服……私もそれを手にしたんだ、その時の私は無敵だった」


ひび割れた鱗をなぞるように魔法をかける。


「その言い方、今では無敵じゃないみたいじゃないか」

「……そうだ、今の私はもう…無敵ではない」

「そんなはずはない、君はこの辺りの魔物や人間の誰よりも強いはずさ」


その言葉を聞いたディアラは笑った。


「はは、ふははっ」

「な、なんだい?何かおかしなことを言ったかい?」

「いいや、貴様はまだ若い……今の貴様もまた、無敵だ」

「え?」

「言っても分かるまい、昔の私もお前と同じなんだ」


その言葉を気にしつつ、割れた鱗を丁寧に取り除く。


「腹が空かないか?私は平気だが、貴様は働き通しだろう」

「大丈夫さ、何日か食べないくらいで死にはしないんだから」

「いいや許さん、貴様は飯を食え、寝室の棚に干し肉や酒やパンも入っているからそれを食え」

「腐ってたら呪うぞ」

「貴様の貧弱な呪力で私に敵うはずがない、いいから行け」


筋張った肉と酸っぱい酒、固いパンをさっさと食べてディアラの元へ戻る。

街にいた時では味わえないような、充足した日々だ。

岩の天井を見上げ、ふとそんなことを考える。


「ディアラ、戻ったよ」

「ああ、身体がだいぶ楽になってきた、貴様のおかげだ」

「ならよかった、君はご飯はいいのかい?」

「食わんことはないが…それほど必要はない、ここは魔力も豊富にあるからな」

「そっか」


傷を見ると、だいぶ良くなっている。

あとは大きな傷が自然に塞がるのを待つだけだろう。


「僕にできるのは……まあ、この辺りかな」

「……なに?」

「あとは自然治癒を信じるだけさ、僕のできることはもうない」

「……もちろん、貴様は完治するまでここに留まるのだろう?」

「ああ、見届けるよ」


するとディアラは僕をじっと見つめた。


「なんだい?」

「後ろを向け」

「え?」

「後ろを向けと言っている、振り返るなよ」


強い口調で言われ、くるりと180度回転する。

背後で何かが動く音がして、するすると布の擦れるような音も聞こえる。

数分後、ディアラの声が。


「こっちを見てもいいぞ」

「ああ………っ…!?」


僕は目を疑った。

そこには褐色肌の、まだ20代半ばの女の子が立っていたからだ。

どことなく気の強そうな、大きくてぱっちりとした目。
形が整った、すっきりとした鼻。
少し気恥ずかしそうに引き締めた唇。
そして、絹のローブを下から押し上げている大きな胸。
すらりとスレンダーな曲線を描く腰。
大きすぎず、痩せすぎでもない色っぽさを醸し出すお尻。
ローブに覆われて見えないものの、上からでも分かる細くて形のいい脚。


「……ジロジロとどこを見ている、何か言うことはないのか?」

「……に、人間になれたのか?」

「………はぁ」


ディアラは少し息を吐き、答えた。


「厳密に言えば人に近い形態を取っているだけだ、この状態でも問題なく力を使うことは可能だが……あの傷ではこの姿になることはできなかった、力を貸してくれた貴様には見せておきたかった」

「あ、ありがとう……?」

「とはいえまだ治ったわけではないからな」

「う、うん…」


魔物娘だということも忘れて僕は友として、ディアラ……彼女と接していたのだと、その時に初めて気付かされた。

人の姿になった彼女は美しく、ドギマギする僕を呆れたような目で見る姿にも僕を惹きつけるものがあった。


「……おい、大丈夫か?昼から貴様はどうもおかしい」

「あ、うん、そうだね…」

「…………」

「…いや、その……」

「まあいい、暇だから話には付き合ってもらうぞ」

「ああ…うん」

「私がジパング地方に行った時の話をしてやろう、そこには『ニホントー』という刀があった……私はそれがどうしても欲しかったから、ある村を訪れーーー」





「なんとその刀は偽物だったのだ、怒り狂った私はその村を焼き払わんとしたが、ジパングに居たドラゴン……『リュウ』が私を止めたんだ」

「ああ…うん」

「リュウのミカと酒を交わしたこと、それは刀よりも貴重な経験だった…と今になって私は思うんだ」

「ああ…うん」

「………聞いているのか?」

「ああ……うん」

「…元の姿に戻った方がいいか?おいっ」


ビシバシと背中を叩かれて我に返った。


「い、いや!そのままでいいよ、うん」

「……次は貴様が話せ」

「え」

「嫌とは言わせんぞ?ほら、何でもいいから」


ぐい、と酒をあおる。

飲み込む時に喉がゆるりと揺れるその動きですら、とても艶かしい。


「それなら…旅先で出会った男の人が次の日にはアルプになって、結婚式に参列することになった話とか……」

「ふむ、いいじゃないか、面白そうだ」

「僕は依頼を受けた場所に向かって旅をしてたんだ、その途中に泊まった宿の旦那が、幼馴染の男が飲もう飲もうとしつこいってーーー」





「そんで、二人とも親友以上の関係になったみたいでね、結婚式の最後には旦那がアルプを抱えて宿屋に走り込んで行ったよ」

「ふっ…ふふ…くだらない話だな」

「だろ?結婚式の参加者がみんなポカンとしてて、本当に面白かった」


酒のビンを手に取り、傾けると一滴も出なかった。

外を見ると、もう闇が広がっているだけだ。

洞窟内部はディアラの炎で付いたロウソクが消えることなく燃え続けているから、既に夜更けだと気がつかなかったようだ。


「そろそろ寝ようか、酒も無くなったし……」

「……っ」


ディアラはなんだかハッとしたようだ。


「酒なら蔵にあるんだ…取ってこよう、私はまだ飲み足りない」

「いやいや、僕が潰れてしまうよ…それに明日の治療に支障が出てはいけない」

「………」

「ええと…じゃあ…」


と、ベッドを見て気がついた。

岩室の中に人間用の家具が一式揃っているのは、彼女が人の形態で過ごしているからだ。


「それじゃ、僕は外で寝るよ」

「何?なぜだ?」

「それはだって……」


僕はまた、少しだけ彼女の機嫌を損ねたようだ。


「私は筋の通らないことは嫌いだと再三言っているはずだ、貴様が外で寝る道理はないだろう?早く寝ろ」


ぼふん、と乱暴にベッドに放られた。


「あ、ちょっ……」

「ふん、早く寝ろと言っているんだ」


壁際に押しやられ、彼女がこちらを向いて寝転んだ。

なんだか気まずいから、僕は壁際を向く。


「おやすみ、ディアラ」

「……おやすみ」



「……………メルン」





翌朝、僕は息苦しさで目を覚ました。


「ん…?な、んだぁ……?」


見ると、上半身にしっかりと細い腕が巻きついている。

背中に当たる柔らかな感触。

ご丁寧に足まで絡められている。


「え?あの、ディアラ……?」

「す…ぅ……すぅ……」


まさか寝相でこうなったのだろうか?

腕から抜け出そうにも、かなりの力で抱きしめられている。


「ふんぬ……っ…!ぐぬぬ……ぅ!」


格闘すること10分、諦めて魔法を使った。

目を覚まさせる魔法だ。


「起きろ、ディアラ」

「っ…?」

「腕、ほどいてくれ」

「……!?あ、ああ、すまないな、寝相が悪くて」


むくりと起き上がり、そそくさと岩室の外へ行ってしまった。

しかしまあ、あのままでも悪い気はしなかったと思う。





「すごいな……」

「なに?」

「うん、すごいよ、怪我はもうなくなってる……ドラゴンっていうのは、つくづく強い魔物娘なんだね」

「何度も言わせるな、これは貴様のおかげなのだ」

「はいはい」


すっかり慣れて軽い調子で受け答えしているが、僕の心の中は乱れていた。


別れを告げる時が、まさかこんなに早く来るとは思わなかったのだ。


あまり滞在を長引かせてもディアラに迷惑をかけるだけだ。

さっさと出て行った方が、余計な未練を抱かずに済む。

僕はディアラが好きなのだろう。

この5日にも満たない同居で、完全に僕は魅了されたのだろう。

彼女を愛してしまっているのだろう。

だが、ダメだ。


「ディアラ、君が治ったから……僕は」

「ついて来てくれ、貴様に見せるものがある」


僕の別れの言葉はディアラの言葉に遮られた。

情けない顔でディアラを見ていると、手を強く引っ張られて岩穴のさらに奥へ連れて行かれた。





「前に…私の過去を話しただろう」

「…うん」

「あの時、貴様に続きを聞かせることをしなかったが……今なら言える」


かつかつとディアラのブーツが音を立てる。

前を向く彼女は、今どんな顔をしているのか。


「……うん」

「望むもの全てを手に入れれば完全に満たされると、私はそう思っていたんだ」

「………うん」

「だが私は気がついた、気がついてしまったんだよ」


ディアラの手は、僅かに震えている。


「満たせば満たすほど、欠けたピースが際立ってしまうだけだと」

「欠けた…ピース?」

「私は、本当に追い求めているものが何か、最初から薄々気がついていたのだと思うんだ」


ぐっ…と、僕の腕を掴む力がさらに強くなる。


「ただ一つ、どんなに強くなっても手に入らないものだ」


着いた場所は真っ暗だった。

ディアラが炎を吐く。

ロウソクに灯された火が辺りを照らす。


「見ろ」


目が潰れるような光が目を襲う。

そこにあるのは。


「これは金塊、普通の金貨もあるし、宝石も、あるいは真珠、毛皮に紙、布や聖なる武器防具、聖水、神具、ありとあらゆる価値のあるものが、ここにはあるんだ」


恐る恐る目を開く。

そこにあるのは宝。

宝。

おびただしい量の宝。


「……これを、君は見せたかったのかい?」

「………」


ディアラは僕の前にひざまづいた。

そして僕の手を取る。

まるで、王子が姫に求婚するように。



「この宝が私のこれまでの人生の全てだ、これで貴様を…いいや…メルン、お前の残りの人生全てを、この私…ディアラ=ヘルバウンに譲ってくれ……!」



僕は、情けなかった。

悔しかった。

僕から彼女に愛を伝える勇気はなかった。

その決断が重いことを知り、無視し続けた自分が恥ずかしくてたまらなかった。

彼女はこんなにも、熱烈に愛を伝えてくれているというのに。

それを断る自分を、殴りたかった。

しかし、それでも断らねばならない。

僕のために、そして彼女自身のために。



「………ごめん、なさい」



ディアラは、その燃えるような瞳を見開いてこちらを見ている。



「……………」



「僕は、君の気持ちに、応えられないんだ」



「なぜだ、なぜだ……なぜだ!メルン!なぜなんだ!」



彼女は僕の手を握ったまま離さない。



「君と僕は、人間と魔物娘だ」

「関係ない!メルンが聞かせてくれたんじゃないか!今の世界には魔物娘と人間の夫婦がたくさん居ると、言っていたじゃないか!」

「そうだ、だけど君は色々な人から命を狙われているドラゴン……そして僕は、これから教団に狙われることになってしまう身だ、お互いのために僕たちは、一緒になるべきじゃないんだ……」

「待て、メルン」



彼女の目には、涙が溜まっていた。



「私はまだ、メルンの気持ちを聞いていない」



言うわけにはいかない。

言えない。

二人とも破滅するのなら、辛くても別れるしかない。

今そんな言葉をこぼしてしまえば、僕は彼女を抱きしめてしまう。

二人で破滅へと進んでしまう。



「………楽し、かったよ」



僕は駆け出した。

出口に向かって。

決して振り返らないよう、ぎゅっと目を閉じて。

その僕を追いかけるような声が聞こえた。



「私は……ドラゴンだ」

「メルンが私のものにならないのなら」

「奪うだけだ」



グァッ!と風を切る音が聞こえる。

翼を羽ばたかせてこちらに飛んできているのだろう。

速い。

速い。

岩穴の出口の一歩手前。

僕の頭上を大きな翼を生やした人影が飛び越え。



出口の前に黒い影が顕現した。



「メルン、止まれ!傷付けたくはないんだ」



ドラゴンの大きな身体で塞がれてはいるが、穴がある。

どうにか動揺を誘って、すり抜けるしかない。



「メルン……ほら、岩室に戻るんだ……私が追っ手なんて蹴散らして、メルンを護ってやる!一生私が護るから!」

「ダメだ…!君の身体だって限界があるだろう!教団の支部はここを取り囲むようにできている、絶え間なく攻め入られたらひとたまりもない…!」

「吹きすさぶ嵐は私たちを守る……!メルン、私と話そう!落ち着いて話をすれば私の言うことが分かるはずだ!」

「いいや、落ち着くのは君の方だ…!彼らがその気になれば魔力の脈なんてすぐに止められる…!二人ともが死ぬなんてハッピーエンドじゃないだろう!」


本当のことだ。

事実、彼女の魔力は今だいぶすり減っているし、地脈をいじることも現在では簡単になりつつある。


僕は短剣を取り出した。

自らの首に当てる。


「め、るん……」

「どいてくれ……!」

「メルン、私は」

「僕は弱いんだ」

「……」

「君を従える力があれば、教団をねじ伏せる権力があれば、追っ手を誤魔化せるカリスマ性があれば………僕も、一緒にいたかったよ」

「メルン、お前、も…私を……」


ディアラの瞳の光が揺らいだ時、僕は駆けた。


「メルン!私はお前を…!」


その声は、僕が唱えた煙幕魔法の爆音でかき消された。





「うッ…ぐ、ぅ……ッ……」


僕は泣いた。

山のふもとの森の中で、泣いた。

これが正解。

彼女には、もっともっと相応しい人間がいる。

僕のような人間では不釣り合いだ。

彼女の幸せのために。



ゆっくりと山道を歩いていると、前から人影が現れた。


「……メルン=キャーディン、だな?」


20人程度の武装した集団だ。

教団のシンボルマークが盾に描かれている。


「何か、ご用でも?」

「ブラックドラゴンに加担した罪がある、ついてこい」

「嫌だと言ったら?」

「殺す」

「僕を殺すなら、2人で充分だと思うけどね」

「心配するな、ブラックドラゴンの首とすぐに会わせてやる」


僕の心の中に、また何かが煮えたぎっているのを感じた。

魔道書を取り出す。


「抵抗を確認、強硬策でいくぞ」


魔力を出し惜しみできる状況ではない。


「ザラフレーム・エーグ!」


爆発で辺りを薙ぎ払う、がしかし、さすがはドラゴン狩りのためと言うべきか、吹き飛ばされるだけで実質的なダメージはあまりないようだ。


「ベルン=ブリアギスト!」


氷の柱を作り出し、相手に向けて飛ばす。


ガッ!ゴッ!
ゴンッ!


「ディアーフォーズ=フェンデル!」


地割れで足元をすくい、挟み込んで足を潰す。


グシャッ!
ブツッ!バンッ!


「貴様ァ!」

辛うじて横からの槍をかわし、距離を取る。

相手の兵士はまだ10人ほどいる。


僕は倒れた兵士の持つ槍を手に取った。


「来いよ……!」






「うおぉぉぉおッ!」


力任せに槍を突き刺す。

目を突かれ、腹を突かれ、足を突かれ。

残りあと3人。

しかし、僕の身体は限界だ。

魔力がない。

前が見えない。

まっすぐ立てない。

槍が持てない。

頭が痺れる。


「しぶとい野郎だが……生け捕りにできたのは中々いいぞ」

「コイツを人質にブラックドラゴンを引きずり出し、集中砲火しましょう」

「ああそうだ、増援もやがてやって来る…仕留めて帰るぞ!」


今のうちに、舌でも噛んで死のうか。

僕が口に力を込めた時だった。



「増援と言うのは……このゴミ達のことか?」



重い声が響く。

燃えた塊が降ってくる。

大きな黒い影が覆う。



「ひッ…!ぶ、ブラックドラゴンだっ!」

「巣穴から…既に出ている…!?」

「これは……教団の馬車……!?」



「メルンを返したら、命は見逃してやる……」



「誰が……っ!いくぞ、お前ら!」






「ぅ……ぐ……」

「メルン……?メルン、目を覚ましたか…?おい!」

「……ディアラ…………」


身体中が焼けるように痛い。

しかし、丁寧に包帯が巻かれている。

ディアラを見ると、泣いている。


「勝手なことをするな…!メルンが死んで何になると言うんだ…!」

「……ごめ、ん」

「メルン、私は教団の襲撃なんて気にしない、そして、あの時はっきりと言えなかった私も悪かった」

「ぇ……?」

「たとえ二人で死ぬことになっても、私はメルンだけを愛しているんだ、メルンが死ぬときは私が死ぬとき、その逆も然りだ!」

「………」


まっすぐな瞳で、ディアラはこちらを見据えた。


「結婚してくれ、メルン」



「僕も……愛してるよ……ディアラ……結婚、しよう……」









1年後のその日その場所


「ブラックドラゴン!動くな!メルン諸共その場で……あら?」

「誰もいませんね……」

「お、奥に宝がありますです!」

「ば、ばかな!せっかく揃えた400人の山登り大変だったんだぞ!」

「くっ……勇者様も魔物を恐れて引きこもりになってしまわれたし……おのれブラックドラゴン……!宝を返したとて罪は消えんぞ……!」





「メルン、ちょっといいか?」

「なんだい?ディアラ」


ドスッ!


「ぐふっ…!な、なん、で…!?」

「メルンが勝手なことをして一周年だから、一発殴ってお仕置きだ」

「そ、そんなことしたら君のお腹の子供に悪影響が………」

「ドラゴンは勝手なものだ、子供に容赦はしない」

「やれやれ………にしても、まさかこんな人里離れた野山に定住することになるだなんてね」

「一年前のあの日、私はメルンのものになり、メルンは私のものになったのだ、二人が幸せならそれでいいじゃないか」

「金貨、少しくらい持ってきたらよかったかな?」

「あんなものに価値はない、メルンが全て捨てて逃げようと言ってくれたから、私は今でも後悔したことはない」

「……うん、そうだね」

「ほら、今日も子供を作るぞ」

「大丈夫になってから毎日セックスしてるじゃん…そんなんじゃお腹の赤ちゃんもびっくりするよ?」

「ええいうるさい!私は筋の通らないことは嫌いだ!ヤりたいからヤる!ほら、早く脱げ!」

「ま、待って!せめて日が沈んでから…!」

「問答無用!」



8人の子に恵まれましたとさ。
19/11/24 07:38更新 / あさやけ

■作者メッセージ
いかがでしたでしょうか。

初の長編読み切りなので、話がブレてたりしたらごめんなさい…。

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