読切小説
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地 獄 の ゆ り か ご
「お客さん、ここよ。伝説の修行場、呪泉郷」
 その日、二人の修行者がその地を訪れた。
 そこは中国の奥地にあるという秘境。
 伝説の修行場として名高い地である。
 二人は片言の妖しい日本語を操るガイドに導かれて呪泉郷に辿り着いたのだった。
「あー、だめよ、お客さん!勝手に入っちゃ!」
 二人の熱く滾った血は最早我慢の限界だった。
 ガイドの説明も制止も振り切って、二人の武道家たちは点在する泉の真ん中に突き刺さった竹の棒に飛び移った。この修業は竹から竹へと飛び移ることで脚力を鍛え、同時に体重をすべて足の指で支えることから超人じみたバランス感覚をも鍛えることを目的としたものである。伝説の修行場というだけあり、その苦痛と効果は常人には図り知ることは出来ないであろう。
 …………………だが。

ばしゃーーーーーーーーーーーんっ!!!

 一人のハゲ、もとい修行者が泉に蹴落とされた。
「あいやー、落ちてしまたかー!」
 ガイドの顔からは血の気が引いていた。
 ハゲは何の変哲もないただの水に落ちただけなのに、ガイドの顔はそれ以上に恐ろしい出来事を予感させるものだった。この泉には三国志演技において、かの諸葛孔明をも苦しめた南蛮の毒泉のような危険性は皆無なのだが、それ以上の恐ろしい秘密が隠されていたのである。

「その泉は熊猫溺泉(ションマオニーチュアン)!二千年前、パンダが溺れたいう、悲劇的伝説があるのだよ!以来そこで溺れた者、皆……パンダの姿になてしまう呪い的泉!」

 かくして、泉に落ちたハゲはパンダになってしまったのである。


 …………………………………なお
 ここまでやってしまってアレだが、この上記のエピソードはこれから始まる本編とは一切関係がないので、読者諸君は綺麗さっぱり忘れていただいて構わないということを追記しておく。







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「ハフハフ……ずずっ………プハー!達也の作る御飯は美味しいネー♪」
「チュンファ姉ちゃんは本当に美味しそうに食べてくれるね」
 見てるこっちが幸せになりそうなニコニコ顔で、ワーパンダもといレンシュンマオのチャン・チュンファはドンブリを空にしてしまった。お約束というように頬っぺたにはご飯粒が一杯くっ付いている。
「おかわりする?」
「是、拜托您了!……えっと、ハイ。おかわりくだサイ♪」
「大丈夫、チュンファ姉ちゃんのおかげで少し中国語はわかるよ」
 ドンブリを受け取った少年はニコリと笑顔を返した。
 少年の名前は仲田 達也。
 今年中学生になったばかりの13歳の少年である。
 ちなみにチュンファは近所の私立大学へ中国から留学してきたことになっている女子大生である。一般的な中学生と魔物娘で大学生に接点などないように見えるのだが、ところがぎっちょん。そんなもの面白いんだか面白くないんだかわからないセラエノ空間をも発生させる魔物娘SS世界には通じない。
 とても衝撃的な出会いを二人は果たしているのである。



あれは、2年前のこと

達也が小学5年生の時のことだった

 俗にいう鍵っ子(あのギャルゲ会社関連のキャラに非ず)である達也は、その日も学校が終わるといつものように真っ直ぐ家に帰ってきた。両親は共働きで不在。自宅であるマンションに帰っても誰一人『お帰りなさい』と声を掛けてくれない。だが彼は寂しさを一切感じていなかった。
 何故なら少し前に中古ショップで購入した初期型のスーパーファミコンと言わずと知れた国民的RPG『FINAL FANTASY W』が待っているからである。もっとも、穢れも知らぬ純粋だった彼はカッコいいアイツが「おれは しょうきに もどった!」などとふざけたことを二回目に言い出すとは夢にも思っていないですとも。
 ルンルン気分で家の鍵を取り出しながら階段を上ると、そこには廊下でうつ伏せになって倒れているチャイナ服姿のパンダ娘がいたのである。何事かと慌てて駆け寄ると、息も絶え絶えになりながら彼女は言うのだった。

「……ヘ、ヘルプミー…デース。アイアム……ハ…ハングリー…ネ」



「本当に達也のおかげネー。あの時も達也がご飯くれていなかたら、ワタシ……このトーキョの寒空で世紀末覇王みたいに豪快に天に召されていたかもしれないデース」
「チュンファ姉ちゃん、ここは東京じゃないよ。はい、ご飯」
「わーい♪いっただきまーすネー♪」
 ドンブリご飯を受け取ったチュンファはやはり笑顔のままご飯を掻き込んでいく。この日のオカズはかなり多めに皿に盛られたキャベツと豚肉の味噌炒めをメインに、チュンファ好みに少し酸味を強く漬けられた白菜の漬物、そしてカツオの二番出汁で作ったワカメと豆腐のシンプルな味噌汁。すべて達也の手作りである。
 味の濃いキャベツと豚肉の味噌炒めは白米によく合うらしく、チュンファは味噌のよく絡んだ豚とキャベツをご飯の上に乗せて食べていた。ちなみに現在チュンファのご飯はドンブリ飯5杯目である。彼女の家の炊飯器は一斗炊きの業務用炊飯器なので、毎日食事の世話をしに彼女の家を訪れる達也の食事の苦労はまさにお察しくださいというレベルなのであった。
 しかし、チュンファの美味しそうに食べる顔を見ると達也のそんな苦労もすっかり消えてしまう。作り手冥利に尽きるとはこのことで、中学校に入学したての少年であるにも関わらず、もうすでに『いっぱい食べる君が好き』という属性にも目覚めているのであった。
「達也〜、達也もこっちデ食べるネ?」
「あ、ごめん。こっちの方を先に片付けないと…」
 すでに6杯目のドンブリも半分近く消化しているチュンファだったが、達也は対照的に使った鍋などのキッチンの後片付けに大忙しだった。最近食器洗剤の性能がダダ上がりしている訳なのだが、油汚れというものは作者の経験上時間が経てば経つほど落ちにくいのである。ええ、そりゃあもう落ちにくいというか、いつまで経っても落ちないような気がするほど油汚れというものは頑固なのである。
「うぅ……ごめんヨ…。ワタシ、食べる専門だから…」
「大丈夫、気にしないで。俺こういうの好きだし、それよりもチュンファ姉ちゃんが美味しそうに食べてくれて嬉しいし、そんな美味しそうに食べてくれる姉ちゃんを見てるの好きだから」
「た、達也……我非常高兴…う、嬉シイです…けど、恥ずかしいネ」
 なお、彼女が家事をすると家の中でまるで大災害が通り過ぎたように壊滅的な状況に陥る。例えば洗い物をすれば食器を握り潰し、食事を作ればありふれた食材でヒドラの毒を生み出すぐらい恐ろしいことが起きるのである。もしも彼女が達也の住むマンションの隣の部屋に住んでいなかったら、翌日にでも『火曜サスペンス劇場 魔物娘密室猟奇殺人事件〜パンダって意外と目が怖い〜』というスプラッタ・サスペンス劇場の幕が上がってしまうと言っても過言ではなかったであろう。ただし犯人は被害者とかいう反則展開である。
「……ワタシ、待つネ。ご飯、いっしょ食べた方おいしいヨ」
「チュンファ姉ちゃ」

ぐぅ!

「…………………ごめんヨ」(--;)
「……なるべく早く終わらせるからね」
 あれだけ食べたご飯はどこへ消えてしまったのかと頭を悩ませてしまう腹の音をチュンファは立てて顔を赤らめた。大食い早食いキャラである彼女もこういったところでは乙女なのだが、視界の端に見えるドンブリと業務用炊飯器、大皿いっぱいに盛られたキャベツと豚肉の味噌炒めのせいでちょっと…ちょっと?否、ものすっっっっっっごく可愛くない。
 後出しになって申し訳ないが、この二人の関係。
 すでにご理解していただけると思うが、この二人、付き合ってます。
 中学一年でハイスペックなお姉さんと付き合ってるとか勝ち組だろ。
 もげろ。ちぎれろ。捩じ切れろ。



―――――――――――――――――――――――――――――――――



「…はふぅ♪お腹いぱい食べた後はこれに限るネ〜♪」
 あの恐るべきドンブリ飯と山盛りのオカズを食べるだけ食べると、チュンファはまるでパンダが自堕落に笹の葉を貪り食いながら古タイヤに抱き着いて遊ぶかのように達也を抱きしめてゴロゴロしている。その姿は上野動物園で人気のパンダのように愛らしかった。
 ちなみにこの二人、男女のお付き合いをしているのだが、そこは色々と怪しいところがありすぎて確信出来ないから推定女子大生とガチでマジモンな上につい数ヶ月前まで小学生だった男子中学生のカップル。お互いに想い合ってはいるものの、達也が18歳になるまではエッチはしないことを約束している。キスぐらいはするだろうと思われるかもしれないが、キスも頬っぺたにするという健全具合。今現在の最大級の愛情表現こそ、このパンダ抱きで二人してゴロゴロし合うことなのである。
 地味に羨ましい。
「………姉ちゃん、良い匂い」
「うん………毎日全身シャンプーしてルからネ」
 毎日のように全身の毛を丸洗いしているおかげで、すっかりチュンファは全身是やさしいアジエンスの香りとなっていた。魔物とは言えど、そこはアジア人。アジア人の髪質を考慮して作られたというかのシャンプーはチュンファの毛質にもジャストフィットしているようだ。
「…………それはそうとさ」
「どうしたネ?」
「………………………何となく、また太ったような気がするんだけど?」
「……ッッ!?」
 グニグニと達也がチュンファのお腹を揉む。
 するとまるでスライムのような絶妙に幸せになれるやわらかな感触と共に、とても確かな弾力が達也の手に返ってくるのである。もっとも「口では太った?」などと聞いても、罪作りなことに彼はポッチャリしたチュンファのことが大好きだった。
「こ、これはデスね?」
「うん」
「全部バイト先が悪いデース!!!」



社長「かぁぁぁぁぁぁぁッ!!答えよ、社員!弊社、カロリー不敗は!!」
社員「砂糖は邪道ッッ!!!」
社長「点心ッッッ!!!!」
社員「軽食ッッッ!!!!」
二人「「デブも狂乱ッ!!見よ、カロリーは一桁に抑えているぅぅーッ!!!」」




 以上は彼女のアルバイト先における社訓である。
 日本全国にチェーン店を展開する有名ドーナツ店『カロリー不敗 マスタードーナツ』でチュンファはアルバイトをしている。もちろん先述の通り、彼女が家事をするとまるで大災害の痕のようになってしまうため、厨房スタッフではなく用心棒を兼ねたレジ打ちとしてチュンファは雇われている。もっとも店にいちゃもんを付けに来る頭に『ヤ』の付く自由業の方々ぐらいなら店長夫妻による最高にラブラブしたこっぱずかしい名前の必殺技で駆逐出来るので、彼女の用心棒としての仕事は悪質なセクハラをしてくるお客から女性スタッフを守り、不届き者に対してにセクハラ行為をやめるように説得(物理)するだけの簡単なお仕事です
「お店のドーナツ美味シーのデス!美味シーのがいけないデース!バイトにも社員割引を適用してクレるから、ついついたくさん買ッテしまうのデース!ポイントまで付けてくレル。うちにポイントでもらえるポンデニャンコのグッズが増えるのもバイト先の陰謀なのデース!!」
「いや、陰謀って…。てか本当に増えたね、ポンデニャンコ」
 部屋にはどこかで見たようなドーナツをたてがみのように頭に巻いた黄色い猫っぽい生き物のぬいぐるみが増えていた。このぬいぐるみをもらうには、かなりたくさんのポイントが必要なので、つまりカロリーが一桁であろうとチュンファは買い過ぎな上に食べ過ぎなのだ
「……達也?」
「ん〜?何?」
「お腹揉む、やめてほしいヨ」

ぐにぐにぐにぐにぐにぐにぐにぐにぐに…♪

「あ、ごめん。気持ちよくってつい」
「ワタシ、何だか複雑な気持ちヨ〜」
 チュンファとしては、健全な中学生男子なら彼女の豊満わがままボディに目が眩んで、せっかく大胆無敵に放り出した大きな胸の谷間に夢中になってほしかった。しかし達也ときたらそんな目の前に広がる美味しそうにたわわに実った遥か遠き理想郷(アヴァロン)よりも、出来ることなら永遠に隠し通したいお腹のお肉に夢中なのである。
「お姉ちゃん、達也の将来が不安ヨ〜」
「いや、これ本当に気持ち良いんだよ。…………あ、将来と言えば」
「どしたネ?」
「姉ちゃんって後何年ぐらい日本にいられるの?」
「そうデスネ………組織から格安で戸籍も買いましたし、大学の学籍も買収出来ましたから、とりあえずマジメに授業出テ単位をゲットしていけば卒業までは確実デース。もう組織から足洗たから、粉売り高レートマンション麻雀もしなくて良いのでポリスの厄介の心配ないネ。出来たらワタシ、日本で学びたいこと、タくさんあるから大学院行きたいと思ウヨ」
 チュンファの口から危ない単語が次々と飛び出してくるが、まだまだ純粋な青少年の達也には、幸いその言葉の意味がよくわかっていなかった。よくわかっていなかったが、それでもチュンファが少なくとも後5年ぐらいは日本にいてくれることに達也は安心した。
「そっかぁ」
「デモ、急にどしたのネ?」
「………………あのね」
「うん」
「俺さ、後5年で18歳になるんだよ」
「…………そうデスよ?」
 達也が何を言わんとしているのかチュンファにはわからなかった。
「だからさ、後5年で俺は18歳になるの」
「………むむむ?」
 顔を真っ赤にして達也は再度18歳宣言をするのだが、チュンファには伝わっていない。
「……日本の法律だとさ、男は18歳で結婚出来るんだよ」
「……………………………あっ」
 ようやく彼の言わんとするところを察したようだ。
 そしてそのことに気が付くと、今度はチュンファが顔を真っ赤にする番だった。嬉しくて恥ずかしくて、どう表現したら良いのかわからない感情が胸の中で生まれ、緊張と歓喜でみるみるうちにじっとりとチュンファは汗をかいていた。
「……ずっと一緒にいようよ。俺まだガキだけどさ、5年もあったら身長だって姉ちゃんより高くなるし、頑張ってイケメンにもなるから。結婚したらずっといられるってテレビで言ってた……と、思う」
「……謝々、ありがとう。我愛你」


 冬のやわらかな日差しが降り注ぐマンションの一室でのお話。

 たまには何でもない日常の、何でもないやりとりを切り取ってみる。
14/11/28 23:44更新 / 宿利京祐

■作者メッセージ
色々なことから解放された宿利京祐です。
はじめましての方ははじめまして。
お久しぶりの方はお久しぶりで御座います。
久しぶりに生まれたてホヤホヤの新しい魔物娘でお話を作ってみました。
まぁ、いつもよりマイルドなノリですw

さて今回のキャラですが
仲田 達也=仲 達→司馬懿仲達
チャン・チュンファ=漢字に直すと張春華
ということでわかった方は多数だと思います。

では最後までお付き合いしていただき、
まことにありがとうございました。
またどこかでお会いしましょう(^ω^)ノシ

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