読切小説
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荒れ野に咲くは黄金の花
 腰に吊り下げたランタンに火を灯す。パッと周囲が明るくなって、思わず目を細める。
 持ち出せたものは最低限の旅装。毛皮のクローク、物入れの革袋、数日分の糧食と水。
 不安になるほど貧相だ。でも夜逃げにはこれら以上に必要なものなんてない。
 さよならだ。


 野盗や野獣どもに襲われたり、水場が見つからなかったり飢え死にしたりはするかもしれない。だがあそこでじわじわと死ぬよりはマシだと思えた。
 最後にもう一度振り返って、深呼吸をする。遠くに見える、生まれ故郷。ちっぽけな城と、ちっぽけな街と、指先程度の防壁。子どもの頃には、あの城下町に住んでいるということがこの上なく頼もしく思えたのに。
 いま見えるのは、くすんだ色で鬱屈した手のひらサイズの牢獄。反魔物、反贅沢、反自由。クソ食らえ。他の奴らは知らない。俺は俺だけが抜け出せるタイミングで抜けだした。

 逃げることに躊躇いはなかった。親は既に死んでいる。姉は貴族が攫っていった。俺の手の中に残ったものは全て背嚢の中にしかない。一から何かを積み立てるというのなら、わざわざ牢獄でやる必要もない。俺は俺が納得した道で生きて、納得して死ぬ道を選ぶ。
 さよならだ。この荒野の道の先にあるのが破滅しかないとしても。


 夜通し歩いてようやく水場を見つけ、そこで火を起こし数時間ほど眠ってから飲食を済ませ、再び街とは反対の方向へ歩き出した。

 野獣でも魔物でも、どっちにしろ襲われるのは怖い。こっちは丸腰だ。槍の一本どころか、ナイフ一つもない。山猫やゴブリンに出くわせば、そこでお陀仏だろう。
 そうなる前に出来る限り前に進んで、どこかの村か町にたどり着ければいい。地図なんて高価なものは当然持っていないし、旅の心得なんてのもろくに知らない。牢獄から抜けだしたところで、真っ暗闇の中を手探りで進むはめになるのはしょうがない。

 城の地下にある牢屋を一度見たことがある。そこもほとんど暗闇で、壁にかかった僅かな松明がせいぜいの光源だった。ひどい臭いが立ち込めていたし、入る気は起こらなかった。
 たぶん、今はまだ牢獄から完全に抜け出せていないんだろう。だが檻からは出る事ができた。今はそれで十分だ。
 御者も通らない、旅人ですら歩かない荒野を、勢いに任せてひたすら歩きに歩く。


 昼はからからに乾いた空気と遮るもののない日差しが身体を苛み、夜は一転して冬のような寒さが襲ってくる。恐らく街はここいらでも過ごしやすい場所にできていたんだな。あの辺りから緑も増え始めるし、町を形成し始めた当初はオアシスだったとも聞いた。

 あの町は貿易の拠点だ。人の行き来は多い。きっといろんな国や団体の応対をしているせいでカモにされたんだろうが、いつの間にか領主は主神教団に心酔していて、方針がどんどんそっちに染まっていくうちに、主神教団に従わないものには重い処罰を与えるようにさえなっていた。貿易拠点の領主というだけなのに、まるで昔話の暴君のように振る舞う。誰も暴走を止めることは出来なかった。貿易拠点の領主という地位にはそれだけの影響力があった。
 過ごしやすい牢獄で少しずつ緩やかに死を迎えるか、暗中模索を続けながら飢えと戦うか。

 戻ったほうがいいんじゃないか、なんて悪魔の囁きに耐えながら、数日ほど歩き続けた。


 すぐに食料が尽きた。水の蒸留なんてこともできなかったから、腹痛を承知で池の水を飲み、汲んで革水筒に保存するしかなかった。すべて覚悟の上だ。
 それでも歩き続けた。腹を減らし、腹痛に耐え、いずれ死ぬ事に恐怖しながら。
 しんどい、辛い、やはり無理だったのかもしれない。いくら歩けども、荒野は終わらない。

 幸運だったのは、それまで野獣にも魔物にも出会わなかったこと。一応それらしきものたちの痕跡があれば避けるようにしたし、茂みの暗がりや岩の隙間などにも近づかないようにしていた。
 生きることにかけて一切妥協しない。生きたいと願いながら死ぬ。納得できる終わりだ。


 そうして、十日から二週間ほど過ぎた辺り。

 距離は200キロメートル以上は稼いだか。厳しい環境の荒野に隣接した街などはなかったし、森も木立も川も見つけることはできなかった。
 優れた旅人であれば、こんなに歩かなくたって既にどこかの村を見つけているだろうし、一宿一飯の恩を返して別の町や村に向かって歩き出しているかもしれない。
 俺にそんな技術も才能もない。ただ運が良かったからここまで歩いてこられた。

 それで結局、俺はただ運が良いだけの男だった。

「……匂いがする」

 思わず呟いたのは、朦朧とする意識を繋ぎ止めるための本能の行動だった。
 鼻をくすぐる、蜂蜜のようなプラムのような、なんだかよくわからないが甘い匂い。
 目を擦り、辺りを見渡した。相変わらず岩と土と低木ばかりだったが、確かに匂いがする。

 ほとんど死んだような素振りの胃が、久方ぶりにぐるりと音を鳴らした。
 荒野で実を付ける果実などあるのか。あるかもしれない。知らないことは多い。
 ひゅうと風が吹き、思わず目を庇いながら下を見ると、クロークに白い埃のようなものが服に絡まっていることに気づいた。埃?こんなところに?
 それを摘みとって見てみると、違った。それは埃ではなく、羊毛のようなものだった。となると、この近くに羊が生息しているか、あるいは牧場がある。それだけじゃない。

「もしかして……匂いは、この毛から?」

 鼻に近づけてみると、疑いは確信に変わった。
 若干くらくらするほどに甘い匂い。舐めても味はしないが、匂いは変わらなかった。


 それからの行動は死に物狂いだった。
 この匂いがする果実にありつければ、なんとか生きながらえることはできるはずだ。
 あと一日二日ほどで餓死するだろうが、おかげで食欲は限界だ。腹が減りすぎていた。
 その場で風上を見極め、残された体力を振り絞って早歩きし、一心不乱に向かう。
 進むごとに匂いは強くなっていく。進んだ先が崖の下などではないことをただ祈った。

 どうやらあの綿は少しばかり距離があるところから飛ばされてきたらしく、涸れた川を越えても焼けた丘を越えてもなかなかたどり着かなかった。それでも匂いがする方向は全く間違っているとも思えなかったし、自分自身でもここまで確信を持てるのが不思議だった。

 山に差し掛かると、さすがに体力が限界に近づいているのを察した。だが恐らく、崖道の先に果実はある。およそ1キロか2キロにも満たない距離。
 そこからは精神力が足を動かした。捨ててきたものを振り返りたくない。こんなところで死ぬわけにはいかない。辛い思いを重ねた先にこそ、幸せが待っている。両親が死んだばかりの時に、姉は泣きながらも俺を勇気づけようとそう言ってくれた。だったら、俺は。
 歩く。歩く。歩き続ける。牛のような歩み。ほとんど全身が死に近づいていて、気怠く重い。
 頭を上げてられない。視界が地面に向く。鼻はいよいよ果実の匂いを捉えていた。歩け。歩け。

 果実を目前にして、いよいよ精神さえもが尽き果てようとしていた。関節が悲鳴を上げ、体中を縛られたかのように鈍くしか動けず、歩くというよりは両足を引きずって、前へ手を伸ばす。

 そうして、俺の霞みゆく視界に映った黄金。
 つるりと湖面のように光を跳ね返す、食欲をそそる橙色の色彩。
 甘酸っぱくもさっぱりとしていて、いくら嗅いでも飽きさせない匂い。
 その半透明の果実の中で、すらりと伸びた少女の美しい脚と、処女らしき未発達の内股。
 最後に俺の耳朶に響いてきた、鈴を転がしたような少女の声。慈しみと労りの言葉。

「――お疲れ様。いまはすこしだけ、おやすみなさい」

 俺の全てが溶けるように薄まっていき、納得を覚えながら意識を手放した。



 ☆



 だったら俺は、なんだと言うのだろう。
 父も母も、俺と姉に看取られながらの往生だった。辛い人生には見えなかった。
 姉は貴族のところへ行った。数いる愛人の一人となるんだろう。美しい姉は無碍にされない。
 俺は、どうだと言うんだろうか。肉親は誰も居なくなった。友人は処罰を受けた。俺は逃げた。

 だから、そう、さよならだ。

 あの街の全てが苦しかった。両親の満足そうな死に顔も、励ましてくれる姉がいないことも。
 どうにでもなるがいい。元からあんなところに愛着が生まれるはずもなかった。真綿で首を絞められ続ける地獄から抜け出して、俺も幸せを掴みたかった。掴もうと手を伸ばすことくらいはしておきたかった。それすらもない人生は嫌だ。だから手を伸ばした。それで納得した。
 辛い思いを重ねた先にこそ、幸せは待っている。姉も、両親からの受け売りだったのか。
 俺だって、こうして死ぬほど辛い思いを重ねた。それなら、少しくらい幸せが待ってくれてたってよかったのに。だが結局死ぬなら仕方ない。あるいは俺がこうして納得することが幸せなのか。

 ああ、なるほど。確かにこれは、幸せかもしれない。
 全身が冷たくも心地良い池に浸かった感覚。死後の世界は甘い香りがするのか。
 あれほど苛まれた空腹も、いまはなんともない。腹痛も治っている。
 喉も潤っているし、全身が瑞々しく整っている。
 歩き通した関節も、今は十分以上に休息をしていて、八時間寝続けたあとのよう。
 珍しく性欲も出てきている。恋人がいないのが悲しいところだが、天国でもきっと作れるさ。

「ふーん、彼女いないんだね〜。いいこと聞いちゃったな」

 おおっと、早速どこぞの天使にでも口説かれるのか、な。

 ――。

 目を開く。
 眼下には、夕焼けに赤く染まる砂と土と岩の荒野。
 それと、俺は何故だか裸でいるようで、橙色の膜の中に座って身体を浸している。
 もう一つおまけに意味不明な状況を言えば、視線を上に巡らすと見知らぬ少女がいた。

 いや、恐らくは魔物だ。少女のような魔物が、俺の頭をゆるゆると抱え、たまに撫でてくる。羊のような巻き角を生やし、髪や腕や胸の辺りをふわふわと羊毛のようなものが覆い尽くしていて、かと思えば胸の下から爪先までまるきり裸で、ところどころに植物を生やしているかと思えば、いま二人が立っている真下に葉のような緑が見えた。

「……つまり、どういう状況だ」
「え?」

 え?じゃないが。
 いや、わかっている。俺は魔物に捕まっていて、その魔物はなぜだか俺の世話をしてくれていたようだ。彼女はおっとりとした微笑みをこちらに向けながら、どうしたの、と目で尋ねてくる。
 さっぱりわからん。ダメだやっぱ。

「俺は……死んだんじゃないのか」

 意識を失う前にかろうじて覚えていることを、ひとまず訊いてみることにした。

 俺が話に聞いた魔物とは、人間を憎悪し悪意を振り撒き殺して食う凶悪生物、らしい。だがそれもうさんくさい主神教団の主張だ。魔物を見たことがない人間を騙すための方便かもしれない。
 魔物だとしても話ができればいい、と思ってのことだった。俺の見立ては正解だった。

「危なかったよー。本当に死んじゃうかもしれなかったから、私も必死だったんだぁ。ふらふらーって歩いてきて、ぱたんって倒れちゃうんだもの。びーっくりした」

 のんびりした口調でどこか他人事のように話す、羊角の少女。どこか嬉しそうな表情。

「……助けてくれたのか」
「うんうん。すごく汚れてたし、疲れてるみたいだったし、人助けのためだったら仕方ないよねーって思ったんだぁ。今はすっごくほっとしてるよ〜」

 俺が行き倒れた時の様子を思い出したのか、彼女は不安げに眉をひそませた。
 よくよく見てみれば、この少女はなかなかの美人だった。幼くも妖艶さがあるというか。

「もしかして、の話なんだが……俺を食べるつもりか?」
「え?なんで?」
「……いや、いい。忘れてくれ」

 あるいはこの話ができる少女は疑似餌のようなもので、油断したところを食い殺す魔物だ――なんていう可能性も、なくはないと思った。だが実際のところ、そのつもりならわざわざ助けない。

 一度少女から目を逸らし、改めて周囲を見渡す。身につけていたものは丁寧に畳まれていた。
 さっきも見たが、やはりここは荒野の崖道だ。天国でも地獄でもない。夢でもない。
 もう間もなく日没するようで、太陽のほとんどが地平線の向こうに隠れていた。
 とりあえず、俺は生きている。ほとんど絶好調の状態で、だ。少女に向き直った。

「そういえば、名前はなんていうんだ」
「えー?名前……うーん。今までお名前が必要になったことがなくてー」

 つまり名無しか。
 この魔物は植物系らしい。この場所から動けず、動こうと思ったこともないそうだ。
 こんな辺鄙なところ、誰も来やしないだろうしな。交流がないのは仕方ないだろう。

「あなたこそ、お名前はー?教えて教えて」
「あー……」

 名前。そのまま名乗るのもなんだか違うような気がする。だって、全てを捨てたつもりだ。

「俺は名無しだ。お前と同じく」
「そっかー、ナナシさんねー。よろしくねー」

 ……うん?なんだか盛大に誤解された気がする。ていうか気のせいじゃないな。

「だから、俺も名前が無いんだよ。ナナシじゃなくて、名無し」
「えー?でも、俺は名無しだーって」
「そうだよ。それでいい」
「うん。じゃあナナシさんねー」

 ……頭が痛くなってきた。
 そうか、こいつはまともに他人と交流したことがない。荒野には誰も来ない。
 話はできても、通じないことがある。そう理解して良さそうだ。冗談もわからないだろう。
 でも、問題はない。次の朝に彼女から離れるつもりだ。なにか頼みたいことでもあるなら、それに応えてから。彼女の中ではナナシさんって名前でいい。次に誰かに会うまで名前を考えないと。

 そんなことを考えていると、さっそく彼女がこちらにお願いをしてきた。

「ねぇねぇ、ナナシさん」
「なんだ?出ていけっていうなら今から身支度するが」
「そうじゃなくて〜。あのね、私に名前をつけてくれないかなぁ」
「名前を?」
「うんうん」

 まあ、俺が初めて出会った相手だというなら、名前をつけてやるのが道理なんだろう。名前がなければ話もしにくいだろうし、私の名前はナナシです、なんて名乗られたらふざけてると思われる。
 ふーむ、名前か。ほとんど無意識的に、空を見上げる。

 すでに日は沈んでいた。今日の月は下弦ながら、そこそこ強く光を放っていた。
 橙色の膜に浸かった俺の身体を見る。彼女曰く、これが果実のようで、水のようでもある。
 果実。わかりやすいのはこれだ。なら、これに因んで考えればいい。

「サニー」
「んー?」
「サニー、っていうのはどうだ。太陽の色の果実を持っているから、って安直だけど」
「サニー……サニー!うんうん、すっごく気に入ったよー!」

 彼女は嬉しさの余りかぴょんぴょんと飛び跳ねて、果実がぶよんぶよんと波打つ。座ったままのせいで、べしゃべしゃと膜が顔に当たる。うわ、なんだこれ。こんな美味いもの食べたことないぞ。
 口の中に飛び込んできたそれを思わず飲み込んでしまい、その味に驚愕した。
 慌てて立ち上がって、身体をサニーの方に向ける。

「なぁサニー、お前のこの果実、毒とかないよな?」
「ないよー。それどころか、疲れも癒やしちゃうし元気になるんだよ?」

 気分を害したのか、俺の言葉にぷーっとむくれて、腕を組む少女。
 この少女が嘘を言うような精神性を持っているとも思えない。彼女が言うなら安心できるだろう。加えて、どうして俺がここまで快調なのかも納得した。つまりサニーが、瀕死の俺にこれを食べさせてくれていたわけだ。そう思うと、なんだか途端に申し訳なくなってきた。
 そういえば、俺はまだ礼も言っていない。

「ありがとう、サニー。俺を助けてくれて」
「え……あ、うん、えへ。助けたっていうか、成り行きだからー。私にもいいことあるしぃ」

 俺の言葉にサニーは照れ、意味ありげな視線をよこしてくる。
 いいこと?助けてもらっておいて情けないが、俺は何も彼女にあげるものはない。

「ていうか、むしろ俺がいると邪魔なんじゃないか?お前の場所なんだから――」
「すとーっぷ」

 慌てて離れようとすると、素早くサニーが俺の腰を掴んできた。その細身に似合わず意外と力があって、成人しているはずの俺が少女に抱き寄せられる。サニーの背丈は俺の首元くらいだが。
 サニーは目を細め、頬を歪める。少女のくせに、やけに色気を放つ笑み。
 思わずたじろいで、顔を彼女から離そうとする。こんな少女に心臓を跳ねさせられるなんて。

「……なんだよ?」
「えへへ……"子作り"、しましょ?」
「――は?なんだって……?」

 言葉を失い、聞き返し、すぐに後悔した。
 俺の頭がおかしくなったのかと思った。だが俺の耳も頭も至って平常通りで、幻聴じゃなかった。
 ますますサニーは笑みを深めて、俺の頬に手を添える。

「あのね。私、綿毛を飛ばしていたの。風に乗っていけーって」
「……あ、ああ」

 思い出す。確かに俺はクロークについていた綿を手にした。

「それでね、この綿毛って、男の人にぶつかったら匂いを出してくれるの」
「匂い……この果実の?」
「うん、そう。これを嗅いだ男の人は、ここまで来るんだって」

 ――話が読めてきた。
 つまり、こいつは。

「だから、ね。あなたは私の、お婿さんなんだよ」

 最初から、俺を交尾相手として見ていたわけだ。

 ぞくりと背筋が粟立つ。下を見ると、少女の小さな手が俺の腰を撫で回している。相手を確かめるような、それでいて扇情的な仕草。重いものを持ったことがなさそうな細い指。
 匂いがする。頭を揺さぶるほど濃厚な、甘い匂い。
 それは彼女の全身から放たれていた。こちらの方へ。

「それとも、私の身体じゃムラムラしないかな……?」
「ッ……」

 改めて、サニーの身体を見る。
 荒野の中で育ったからか、小麦色に焼けた艶やかな肢体。だが肌が乾燥しているということはなく、果実のように瑞々しい。発育は少女だが、健康的な美を感じさせる。細くもなく、太くもなく。

 サニーは自らの前をはだけさせ、こちらに見せつけるように身を反らした。
 褐色の肌のなだらかな丘陵に、先端に淡く実るピンク。無意識のうちに手が動き、サニーの小さな胸を掬い上げるようにして撫ぜる。薄い胸。極上の柔らかさ。
 なんだかわからないが、唐突に性欲が昂ぶり始めている。心臓が早鐘を打つ。息が荒い。

「ん……わ、当たってる♥ おちんちんがおなかにつんつんしてる♥」

 体格差のせいで少し上の位置だが、欲情で勃起したソレは熱を帯びて少女に存在を主張する。
 なんでこんな、ちぎれそうなくらいに硬くなってるんだ。かぶりを振りながら、サニーに尋ねる。

「サニー、お前……俺に、何をした……?」
「なにってー、私のこれ、食べたでしょー?だからえっちな気分になってるんだよぉ♥」

 これ、と言いながら指差したのは、今二人が体を浸しているサニーの果実。

 ――魔物。そうか。合点がいった。いまの魔物は以前と違うと聞いていたが、こういうことか。
 魔物は人間を捕食していた。今は人間を捕まえ、繁殖のための交尾相手とする。捕食ではなく。
 だが、これは魔物なんておぞましいものじゃない。ただの娘だ。サニーだって、至って普通の少女に見える。ちょっと違う点があるとすればこの果実と角と羊毛だが、大したことじゃない。

 そう考えると、途端に主神教団とやらがバカバカしく思えた。奴らは何も知らない、古い価値観から抜け出せないだけなのか。あんなのに騙される領主だってアホくさい。全てがくだらない。

「ね、交尾しよ♥ 私と気持ちよくなって、赤ちゃん作ろ……♥」
「……」

 何もかもどうでもいい。今はただ、彼女の願いを受け入れよう。

 サニーの背に手を回し、唇を重ねる。
 じんわりとした粘膜の接触に、彼女の果実の甘い味が飛び込んでくる。脳を焼き焦がす。
 それがもっと欲しくて、サニーの唇に舌をやり、彼女も舌を差し出してきた。彼女の唾液もまた、どろどろに甘くて欲情を誘う。二つの舌を絡ませながら再度唇を合わせて、互いに口内で遊ぶ。
 全身が燃え盛るように熱い。彼女のことが欲しくてたまらない。舌が彼女と擦れるたび、唇と口内が彼女の舌に弄ばれるたびにぞわぞわと表皮の上を快感が駆け巡っていく。

 ひとしきりそうしたあと、やおら唇を離し、しばらくぼうっと互いに見つめ合う。

「……ね、……ナナシさん」

 こちらに抱きついたまま、サニーは片足を上げ、腰を高くする。熱い吐息。
 片腕で支えてやりながら彼女の秘所に手をやると、既に十分に潤滑していた。そのまま指を滑り込ませると、サニーはびくびくと身体を揺らす。中の締め付けはきついが、それ以上に柔らかい。

「うあ、あ♥ ゆび、おっきぃね……♥」

 腰をくねらせて、素直に快楽を受け入れるサニー。一見して年端もいかない少女が股ぐらを弄られて淫靡に微笑む姿は、それだけで背徳的な興奮を呼ぶ。
 恐らく、挿入しても問題はない。少し指で撹拌しただけで、ぼたぼたと愛液が垂れている。
 内壁を擦りながら指を引き抜くと、サニーの口から息が漏れる。ガチガチに滾ったペニスを握って彼女の淫唇に近づけ、縦筋に沿って亀頭を滑らせる。彼女は蕩けた顔で肩を震わせ、涙を浮かべた上目で見てくる。涙も愛液も、彼女の分泌する液体全てが濃密な甘い匂いを漂わせていた。

「いいよ……♥ ぐちゅぐちゅってして、ふたりとも気持ちよくなろぉ……♥」

 はやくはやく、とサニーはせがむ。
 ぐるぐると渦巻く腰の疼きが強まってきている。目の前の少女とセックスしたい、直接子宮に精液を注ぎ込みたい、という獣的な欲望。それを彼女も望んでいた。理性が焼き尽くされる。

 竿を動かし、秘裂の下部、男を受け入れる穴に亀頭をあてがう。粘性のある水音。
 会って間もない相手だとか、魔物だとか、そういう理性は全て投げ捨てよう。サニーは目を瞑り顎を上げて、こちらに口づけをせがんでいる。可愛い奴じゃないか。問題は何もない。
 お望み通りキスをしてやりながら、腰を押し込んでいく。

「ん、んんっ……♥ んっ、ふぅっ♥ んんぅ〜〜〜っ♥♥」

 唸るような喘ぎを上げる彼女と反対に、こっちは声も出ない。

 彼女は名器なんじゃないか。狭い蜜穴に侵入し始めた際の疑いが、まるきり包み込まれたことで確信に変わる。ぎちぎちと締め付けてきながらも、果汁の粘液と彼女自身の柔らかさでか、スムーズに奥まで侵入できた。内部の存在を確かめるように、膣襞がべったりと竿を舐め回してくる。
 そう、奥まで、ペニスの根本まで挿入できた。少女の体躯では到底無理なはずなのに、彼女の中はやすやすと迎え入れた。だが中古というわけでもなく、生娘らしい肉圧を感じる。
 根本まで入れただけで動かしてもいないのに、もうこれだけで絶頂しそうだ。

 顔を離し、荒い息をつき、彼女はぐっとこちらに強く抱きついてくる。

「かるく、イッちゃったぁ……けど、だいじょぶ、だから……動いて、ね♥」
「っ、サニー……ッ」

 耳元で囁かれる彼女の甘えた声が、最後の導火線となった。

 片腕でサニーの足を引っ掛け背中に手を回し、もう片手で彼女の尻を支えてやりながら、腰を前後に動かし始める。十分以上に濡れているせいで、ぐぬ、ぐちゃ、といやらしい水音が響く。
 すぐに腰の動きが激しくなっていく。常にピッタリ膣壁が密着してくるせいで、尋常じゃない刺激が下半身から脊椎を切り裂き、全身が快感に打ち震える。硬く張った亀頭が内部を押し広げても、すぐに襞がまとわりついてくる。腰を離そうとすれば、逃すまいと膣肉がこびりついてくる。

「あっ♥ ひ、おっき♥ おっきぃ、すごいぃっ♥ あぁあっ♥ はげしぃっ♥」

 淫棒が深く入り込む度に、とん、とん、と亀頭が膣奥をノックして、サニーの口から悦びの息が溢れる。すでに蕩けていた彼女の身体は、もはや全てをこちらに明け渡していた。

「ああああっ♥ これ、すきぃ♥ おくぅ、こつんこつんしてるのっ♥ すき、すきすきっ♥♥」

 腰をぶつけあう度に橙色の果実が波打って揺れ、これ自体に弾力があるのか、二人が快楽を貪る手助けをしてくれる。腰を引けばぶるっと弾んで押し戻し、腰を打ち付ければまた弾んで、緩やかな衝撃が二人の下半身を貫いていく。
 もっとだ。もっと彼女を、サニーを気持ちよくさせたい。

 彼女の首筋に口を近づける。むわっと香る、やはり果実の匂い。汗も果汁として出ている。
 それを舐め取り、首に舌を這わせ、唇を降らせる。

「んやっ♥ くび、だめっ♥ あぅっ、ひっ♥ なめるのだめぇ♥♥」

 彼女の果汁を口に含むたび、どんどん病み付きになっていくのを実感する。腰を動かし続けながらも、サニーのきめ細やかな褐色の肌の上で舌を踊らせ、果汁が出るたび舐め吸う。
 サニーはそれを拒否することなく、それどころかもっと舐めやすいようにと頭を傾け、されるがままだ。こちらの肩にしがみついて、倒れないようにこらえている。

 愛しい。唐突な欲情といい、彼女を舐め尽くしたい欲求といい、絶対に彼女の果実に何らかのことをされてるが、それもサニーのしてほしいことなら構わない。急激に膨れ上がる彼女への感情。肉棒が張り詰め始め、何かが登ってくる感覚。

「ぁ、ううぅ♥ おっきいの来るぅ♥ はぁあ、すきっ♥♥ すきぃ♥♥ ん、ちゅ♥」

 サニーも俺も限界だ。
 首から舌を登り、彼女の唇の中へと入り込ませる。互いに舌を絡ませ、いよいよ強く激しく腰を動かして、前準備にがつんがつんと彼女を突き崩そうとする。
 彼女の中だって、絶対に膣内で射精してもらおうと、竿の全体を奥へ引き込もうと蠕動している。
 四肢の末端が痺れ始め、視界にぱちぱちと火花が散る。それでも腰だけは別の動物にでもなったかのように動き続ける。がくがくと膝が震える。

 下半身に力を込めて、一番奥深くめり込むように欲棒を打ち付け。

「ちゅ、んぅ♥♥ はぁっ、イっ♥♥ うぁ、ひっ、〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ♥♥♥」

 サニーがぶるぶる身を震わせると同時に、熱された白濁が彼女の奥へぶちまけられ始めた。
 どくんどくんと脈動する度に精液が注ぎ込まれ、吐精の快楽が脳を痺れさせる。
 凄まじい快感の中で、膣肉はもっともっとと精液をせがみ、脈動に合わせて内部を収縮してくる。一秒が長い時間に感じられ、射精が終わらない。
 ぎゅっと抱きしめてくるサニー。止めどない射精に、再度彼女の身体がわななく。

 十回、あるいは二十回、彼女の奥に吐き出し続け、ようやく射精が終わる頃にはへとへとになっていた。二人ともその場に腰を下ろし、向かい合うように抱きついて、息を整える。
 ずるりと竿が抜けた彼女の膣からはどろどろと精液が溢れでて、果実の中が白く汚れていく。

「……サニー」

 声をかけると、ぼうっと自分の股を見ていた彼女が顔を上げて、小首を傾げた。
 言おうと思ったことが少し気恥ずかしくなって、思わず顔を逸らしてしまう。

「あー……俺は、これからどうすればいい」
「どうすればいい……って?」
「そのまんまの意味だよ。俺はお前に助けられたから……もっと、恩を返さないといけない」

 んー?とサニーは俺の言葉をよく噛みしめて、

「あー、なるほどー。うんうん、ナナシさんはいい人だね〜。じゃあ、改めまして……」

 少し頬を染めながら、こちらに向き直るサニー。どうやら俺の言っていることがわかってくれたらしい。俺もそれに釣られて、ちゃんとサニーに向き直った。
 おほん、と大げさに咳払いして、それから彼女は太陽みたいに綺麗な笑顔を浮かべた。

「私と、ずぅーっと一緒にいてください」



 *



 その魔物が訪ねてきたのは、あれから二ヶ月ほど経った日だった。

「ああ、そのままで良いわ。別に止めなくていいから」
「んっ♥ ほぉらっ、えらいひともこぉ言ってるからぁ♥ ねっ♥」
「……さすがに、恥ずかしいんですけど……っ」

 リリムという種族を名乗った白髪の淫魔は、こちらを微笑ましそうに見つめながら、終わったこととそれにまつわる用件を伝えにここまで来た、と言った。

「終わったこと……?」
「そう。あなたの住んでいたあの城下町、魔王軍が陥落させてね。今はとっても過ごしやすい親魔物領になってるの。で、ここいら一帯の荒野の魔物たちに提案して回ってるのだけど」

 リリムが胸から取り出した紙を渡され、俺とサニーは繋がりながら一緒にその紙を見てみる。

「……私、字は読めないなぁ」
「あー。バロメッツって、そういうのと関係ないものね。ほら、旦那さんが読んであげるものよ」
「えーと、ふむ……街への引っ越しと協力のお願い?」
「そうそう。ほら、街の外にいるといろいろと危険じゃない?街なら安全ですもの」

 サニーと顔を見合わせて、リリムに目をやる。

「本音は?」
「旦那さんが居ない子と嫁さんが居ない子を引き合わせたりしたいし、すでにカップルになってる人たちのいちゃついてるところが見たいなぁって、リリムとしての趣味なんだけれどね」
「えぇ……」

 誤魔化すように笑うリリムに若干引きながら、サニーにお伺いを立ててみる。

「どうする?引っ越すか?」
「うんー……ナナシさんはどう?あそこに、戻りたい?」

 そう聞かれると、言葉を濁すしかなくなる。だけどサニーにはそれで十分な回答らしかった。

「じゃあ、私たちはこのままでいいよー。ナナシさんが行きたくないなら、それでいいの」
「サニー……」
「まあ、お願いはお願いだから。あなたたちの選択を、私は尊重するわ」

 サニーの言葉にリリムは微笑んで、バサリと翼を広げる。こんな熱い荒野を飛んでくるのも一苦労だろうに、なんだか申し訳ない気もする。でも、サニーの答えは俺の答えだ。

「それじゃあ、また何か会ったら来るわ。必要なものがあれば呼んでね」
「呼ぶって、どうやって」
「リリムイヤーは地獄耳だから、大声で呼んでくれればひとっ飛びよ?」
「えっ、ほんとにー?リリム様ってすごいんだー!」

 おい、サニーを騙すのは止めてください。視線で訴える。ニコっと微笑まれる。おい。

「じゃあね、バイバイ。お幸せに」

 そう言って、リリムは飛び上がってどこかへ向かっていった。
 ……お幸せに、か。

「なあ、サニー」
「なーに?」
「俺はあそこから逃げて、歩き通して死ぬかとも思ったけど、結局は正解だった。そうしないと絶対サニーに出会えなかったし、こうして二人きりにもなれなかった。ありがとう、俺を助けてくれて」
「もー……それ、前も言ってたよ?お礼なんていいってぇ」

 照れた表情で両手をぶんぶん振るサニー。愛おしくなって、抱きしめる。
 ふんわりした羊毛。果実の甘い匂い。お日様よりも暖かい、サニーの笑顔。

「ようやく見つけたんだよ。俺の幸せが、サニーだった」
「ふふ、もぉー。……どういたしまして。もっともっと幸せになろうね、あなた♥」

 荒野に咲く黄金の花は、辛さと苦しさに別れを告げさせてくれた。
 さよならだ。俺にはもう、幸せしか残っていない。
16/06/30 23:28更新 / 鍵山白煙

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まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33