読切小説
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ほぶのそら
「でっかい事は、イイ事だぁ!」
 えーーっと。
「それって、妬いてるの?」
 僕は妻の胸を見た。
 ちぇいすとぉ!
 飛び蹴りが飛んで来た。

 ゴブリンの妻が娘を生んだ。
 普通ならゴブリンの娘となるのだが、今回どうやら少し違うらしい。娘はホブゴブリンと言うらしいが、僕にはよく解らなかった。娘は娘だし、子供のゴブリンと余り違わないように見えた。
 最近までは、だが。

「うおぉぉぉっ、すげぇ、でけぇー」
 第二次性徴に入ってすぐ、既に母親を胸の大きさだけでは凌駕してしまった娘が空恐ろしい。
 それと妻よ、君がそれを凄いと言うのはどーかと思うぞ。人間的な考え方で申し訳ないが。
 妻はまるで、宝くじを当てたかのようなはしゃぎようだ。

 生存本能って奴かな。
 人間だって今より原始的で、命が容易く脅かされている大昔は、乳房自体が信仰の対象だったくらいだ。大きい事は、すげぇー事だったのだ。豊穣と子孫繁栄を願って。ゴブリンがホブゴブリンを"凄く"感じるのは、それと同じなのかもしれない。

 ただ今は、そんな時代ではない訳で。
 始終ぼーっとして、それは大人になれば、蕩ける笑顔という奴で、男を魅了する武器となります。お父さんとしては、いい男を選ぶ選択肢ができていいと思います、が。
 とてとて歩く姿は可愛いのですが、正直運痴です。
 勉強も余り得意ではないようで。
 ホブゴブリンというのは、そういう子らしい。
 大丈夫だろうか……。

 父さん、とても心配です。
 妻はあんなんだし。
「うおぉぉぉぉ、(以下略)」

 散歩に出かけると、娘はよく堤防の南斜面に腰掛ける。
 それで、ぼーっと空を眺めている。
 こういうのを、"上の空"ならぬ"ホブの空"とか言うのか……などと。

「しりうす!」
 急に娘が天を指差して、そう言った。
 シリウス。全天で一番明るい恒星だ。
 ちなみに今は昼間だ。しかし、あれは冬の星だから夏の今頃、見えていれば、確かに娘の指差す辺りにあるはずだ。
 見えているのかな?
「……んとぉ、こっちかな?」
 左に五度、指差し方向を修正する。
 見えていないらしい。
 それから娘は次々と星の名前を口にしては、まるで色ピンを天に差して行くように指差していく。
 そして十分も経てば、娘はすっかり夏の昼の空に、冬の夜空を再現してみせてしまった。
 凄いのだが、凄いと褒めて良いものやら。
 褒めたけれど。
 太陽の光に隠れて見えない、昼の空の星々なんて普通の人から見れば、昼行灯という言葉があるくらいで、意味をあまり思いつかない。
 まあ娘も、あまり深い意味はまだ考えていないようだけど。
 これから考えるとか言っていた。
 たださしあたって、星座にまつわる伝説をおとーちゃんから聞きたかったらしく、その後で僕は、星の見えない真っ昼間の空を見上げながら、それを娘に話し聞かせた。
 娘はぽやぁ〜として、何処かうっとりするような表情でそれに聞き入っていた。まるでその、星の光を許さない昼の太陽の輝きの中に、星々の神話の瞬きを見るように。
 あるいは、太陽光に満ちた銀盤の上に星を並べるのが、楽しいのか……。
 おとーさん、よくわからないよ。

 ただ最近ちょっと思うのが、ホブコブリンって僕らとは違うのかな?
 物の捉え方や、時間に対する執着みたいものの違い。
 慌てずのんびり屋で、他人が決めた価値観やペースに頓着しない。
 それで成績なんかは悪いのだが……。
 いわゆる、我が道を行くという奴で。
 もしかしたら、この娘の時間の流れ方は、僕らとは違うのかもしれない。

 だとしたら、それはまぁ、いいことか。
 それはまぁ、良い悪いじゃなくて、個性だもの。
 父親として、そう思う訳で。
11/01/13 03:51更新 / 雑食ハイエナ

■作者メッセージ
構想と執筆と並列作業で2時間。思い浮かんだ光景を無調整でお届けしています。
ちなみに奥さんのゴブリンの名前は五分 凛。(ゴブリンと打つ度の誤変換するので)

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