連載小説
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中編
その知らせが『銅島花火工房』の元に届いたのは武志と結婚して迎えた三度目の正月が開けた頃だった。

その日が仕事始めという事で、納期の迫った仕事の段取りを葵は仕事場に籠って考えていた。納期が迫っているのは県外にある馴染みの神社で、納期や期日にうるさい白蛇が居るだけにうかうかはしていられない。

「たた、大変だ!!葵、大変だよ!!!」
「なんだい、この寒いのに元気だね。そんなに元気なら今から一発、アタシの下でハッスルするかい?」
「ハア…そんな冗談を言っている場合じゃ、ハア…無いんだよ!!」
頭の中で段取りを組み立てさて始めようかと思っていると、おっちょこちょいなアタシとは対照的に何事にも落ち着いている夫が仕事場に血相を変えて飛び込んできた。そしてインキュバスの癖に軽い下ネタで顔を真っ赤にするような夫がアタシの下ネタに全く反応しない事態に強い違和感を覚えた。一体何がそこまで彼を慌てさせるのだろうか。
「そんなに慌ててらしくもない。一体どうしたのさ。」
「こ、これ…これを見て!!いいかい、見ても落ち着いて…暴れちゃいけないよ!?」
「どこまでアタシを暴れん坊にすれば気が済むんだって…何だ、この紙は?」
「見ればわかるさ!!。」

「こ、これは『ジパング花火競技大会』の招待状じゃねえか!!」

それは立派な花火師となるべく師匠の門を叩いた時から一つの夢として、目標としていつか出場したいと願っていた魔王主催の花火競技会への招待状だった。

その大会は国内で最高峰の花火師が技の数々を披露する国内最大級の祭典であり、集まるスポンサーや観客は他とは比べ物にならない位多く、政治家や海外のゲストなどの大物、普段ではなかなか衆人の前に顔を出さない魔王と勇者までもが顔を揃えることでも有名だった。

その祭りに出場できると言うのは花火師にとって最高の名誉であるし、一つのステータスにもなっている。
葵が弟子入りした師匠はこの大会に何十年と連続で出場しているが、この大会にかける師匠の意気込みは並々ならぬものがあった。普段でも大変に厳しい人であり、『どんな仕事も自分の出来る最上の仕事を』というモットーを有言実行しているひとだが、大会で披露する花火を制作する時期が迫るといつも以上に神経質になり、ほんの小さな手抜きや間違いも許さず、完璧になるまで何度も作り直しをさせられたものだった。

そんな師匠の元で十年間修業し、独立を認められて五年…まさかこんなに早くアタシがあの舞台に立つ機会が巡ってくるなんて正直な話、葵自身全く考えてもいなかった。

「間違いじゃないかって急いで大会本部に問い合わせてみたけど、確かに貴社に招待状を送付いたしましたって言われて…驚いたやら嬉しいやらでもうぐちゃぐちゃだよ!!」
「若手枠だが…間違いなく出場できるんだもん、な。」
正確には若手の花火師を育てようという一環で新設された創業十年未満の中から選ばれる『若手枠』での出場、ではあったが何はともあれあの大会に出場できるのには間違いない。
「うん、うん。夢が叶ったね、おめでとう!!」
「馬鹿、泣くんじゃないよ。」
「グスン、だって嬉しくて…悲しいわけじゃないのに涙が止まらないんだ!」
勿論アタシもその知らせを聞いてとても嬉しかったし今まで経験した事のないような高揚感を感じていた。
だが、目の前で体面など気にせず男泣きに泣きじゃくる夫はどうやらアタシ以上に感激しているようだ。

「よし、年明け早々だけど今日は奮発してごちそうにしよう!!」
「お、おう。」
「初めてなんだから赤飯も炊かなきゃね!!」
「いや、それは違う。」
「もう、今日ばっかりは葵にどんな無茶な要求されてもOKしてしまいそうだよ〜。」
「言ったな、今言質しっかりと取ったぞ、お前。いくら後悔しても遅いからな?例え泣き叫んでも辞めないぞ!?」
「バッチこいさ!!それじゃ早速買い物してくるから留守をよろしくね!!」
「お〜う、気をつけてな。」
「いってきまーす!!」
「いってらっしゃーい。」



まるで台風が過ぎ去った後のような静けさに包まれつつ、作業場に一人残された葵はとりあえず近くにある椅子に腰かけた。
試しに頬をつねってみたが、痛かった。やはりこれは現実らしい。
「夢、か。」
招待状を見つめながらぽつりと小さく呟く。
確かにこれは葵の夢への切符だ。しかし、葵が武志と出会っていなければ到底つかめなかった夢だと確信していた。

三年前、無理矢理武志を襲ったその数日後に彼は荷物をまとめてあの洞窟にやって来た。
元々勤めていた役所を早期退職し、この『銅島花火工房』の経営を担当すると彼が言ってくれたのだ。
正直にいうと、あの当時の経営状況はあまり芳しいものでは無かった。
自分でいうのも厚顔無恥だと思われてしまうかもしれないが、腕の方には致命的な問題は無かったと思う。あの厳しい師匠が太鼓判を押してくれていたし、受注された祭りでも観客や主催者の反応は上々だった。

だが、接客や営業はてんでだめだった。
まず、この国でさえ『怪物』として敬遠されてしまうウシオニのアタシの元に花火を注文しようなんて者は少なかったし、勇気を出して店まで来たはいいが、アタシの姿を見て逃げ出す者さえいた。当然だと言えば当然だと思う。自分でももし立場が逆であればこんなならず者の象徴である様な種族が店頭に立つ店に注文に来たいとは思わないだろう。

今なお秘密にしているが、夫が見惚れ、変化をつけずに花火を見せたいという気概を感じたと褒めてくれたあの花火は変化をつけなかったのではない、つけたくても変化をつける分の火薬を仕入れる事が出来なかっただけの事だ。しかもその現実を憂い唯一の親友である赤鬼と数日間飲み歩き、不貞寝したあげくに熱心に感想を語ってくれたあなたを照れ隠しと憂さ晴らしに犯しまくりましたなんて情けないことは口が裂けても言えるはずがない。墓場まで持っていく覚悟だ。

そんなどうしようもないアタシと客の間に武志が立ってくれた。
彼は本当にアタシの花火に心酔してくれたようで、それは熱心に宣伝や営業をしてくれたのだ。その姿勢はまさに献身と言う言葉がふさわしいものだった。花火の需要があると聞けばどこだろうが積極的に顔を出してはアタシの作る花火を売り込んでいた。

「いつもすまないな。」
過去に一度だけ、夜の激しい営みを終えた後に謝罪の言葉を漏らしてしまった事がある。
何故そこまで気分が落ち込んでいたのかは思い出せないが、アタシがウシオニでなければここまで彼に迷惑はかけなかっただろうに、と思うといたたまれなくなっていたのは確かだ。
だが、アタシの言葉を聞いた武志はにっこり笑うと
「葵が作る花火の素晴らしさを一人でも多くの人に知ってもらいたいから、こんなことなんでもないよ。」
と言って優しく抱きしめてくれたのだった。

気がつくとアタシは涙を眼に一杯貯めつつ、夫を限界まで搾り取っていた。
完全に理性が吹き飛んでしまったのは後にも先にもあの日の夜だけだ。

そうした日々が半年続き、気がつくと武志が工房に来るまでにきていた一ヶ月の仕事量の三倍に近い量の仕事が一ヶ月で『銅島花火工房』に寄せられるようになっていた。

武志の影響は注文数だけではなく、如実に花火にも表れていた。
今まで魔力が不安定で扱いも思うようにいかなかったのが嘘のように安定し、思い通りに操れるようになっていた。
特に激しく夫から精液を搾り取った次の日に作る花火はいつも以上に仕掛けのコントロールも色合いもよく、好評を博した。その花火を見た師匠に一言「やっと安心して貴方の花火を見る事ができますね。」と初めて褒め言葉を貰った日は、思わず嬉しすぎて初夜のようにエキサイトしてしまったのは今となっては笑い話の一つだ。

そうやって確実に信頼を獲得しながら花火の技術を磨いていき、一年後には洞窟の側にあったこの空家を土地ごとローンを組んで買い取り、新たな『銅島花火工房』を立ち上げ、二年後にはホームページを開設した甲斐もあり県外からの注文を受けるほどにまで成長した。

そして現在、それらの成果が実を結び夢にまで見た大会への出場を決めた。
今までの事を振りかえって胸に浮かぶのはただただずっとアタシを支えてくれた夫への感謝と愛。
だからこそ、夫への感謝と愛を込めた誰も作った事のないような花火を作りたいと心から思った。
それを夢の舞台ででかでかと披露してやろう。
「よーし、やってやろうじゃあねえか。敵は上等、味方には最高の旦那がいる、恐いもんなんかねえや!!」
大きく深呼吸し、辺り一面に響き渡るような声で葵は叫んだ。

「とりあえず、まずは今まで頑なに拒まれたあいつの後ろの処女を…今日いただくとしますかね♪」
目標もとりあえず今からすることも決まって葵の心は晴れ晴れとしていた。










武志が処女を散らした二ヶ月後

「うーん…」
葵は師匠から借りた古今東西の花火が克明に記載された本を睨みつつ、悩んでいた。

「みんな考えることは同じ、か。」
葵は未だに競技会での演目について悩んでいた。
何事においても歴史あるものの中で新しいものを作り出すのは難しい。
魔物娘らしいド派手な仕掛けモノにせよ、人間が磨きあげてきた繊細な技術にせよ、葵がこれは新しいと思い考えたものはことごとく過去に発表されているものばかりだった。
「王道と覇道…どちらの道も険しいもんだ。」

新しいものを生み出すと言う事にも頭を悩ませていたが、そこには若手でありアシスタントや弟子すらいない小規模の工房だからこその悩みもあった。
それは通常の業務をこなしながらだと、どうしても競技で披露する花火制作に裂ける時間が少なくなってしまう時間的制約や、使用する火薬は勿論タダでは無いのでスポンサーもいない資金の少ない『銅島花火工房』では多くの花火を披露することは経済的に厳しいと言った問題があるのだ。一応主催側からある程度の資金援助はあるが、あまりそれをあてにするわけにもいかない。

「お茶が入ったよ〜。」
眉間にこれ以上皺が寄らないぐらい渋い表情を浮かべた妻を見かねたように夫がお茶と和菓子を持ってやってきた。
「ああ、ありがとう。」
夫が入れてくれたお茶を一口啜る。口一杯にお茶の豊かな風味が広がり、凝り固まった疲れや考えがほぐれていくようだった。甘さが控えめな和菓子の甘味も疲れた頭を優しく癒してくれる。
「どう、進捗具合は?」
「……進展ナシ。」
痛いとこを突かれ、下を向きながらぎこちなく答える。
「…そっか。」
「…。」
「…。」
元々得意では無いが、気を使ってくれている事がひしひし伝わるこの沈黙と空気は苦手だ。全身がむず痒くなってくる。

「なあ、武志はどんな花火が見てみたい?」
それをごまかすため、そして何か解決の糸口が欲しくて武志に質問する。
「え?急にどうしたの。」
だが、今まで花火に関して意見を求めた事がなかったので夫は面喰ったようだ。
「ほ、ほら。お前はアタシ以上にアタシの花火をよく見てくれているだろ?だから夢の舞台にはお前の意見を聞いておきたいと思って、さ!!」
アタシの言葉を聞いた武志はうーんと唸りながらしばし考えた後、お茶の入った湯呑を弄びながらぽつりぽつりと語り始めた。

「涼や静寂を感じさせるような、花火とかどうかな?」
夫の口から出たのは今まで考えもしなかったワードだった。それまでアタシは如何に会場を盛り上げるかという事しか頭になかった。その考えとは正反対の言葉にアタシは虚をつかれた思いがした。
「涼や静寂?」
「うん。きっと他の参加者はさ、沢山の花火や物凄い技を次々に披露するんだろうと思う。でもうちの職人は葵一人だし、用意できる花火も小玉が精々十五発に大玉が三発…。」
「…。」全く以て彼の言う通りだった。
「そんな少量の花火ではどんなに同じ土俵で競っても負けてしまうし、例えどんなに葵の花火が優れていても埋もれてしまう。なら、いっそ他の参加者が考えもしないジャンルで勝負する方が何よりも良いんじゃないかなって思うんだ。」
「なるほど…。」
「そこで真夏に開かれるこの競技会で涼や静寂を感じさせるものはおそらく他の業者さんも作らないだろうし、盛り上がる祭りの中で休憩じゃないけどゆったりと見ることができる一幕があったらお客さんも喜んでくれるんじゃないかなって。」

じっと見つめる武志の真剣な目を見つめ返しつつ、改めて葵は目の前の夫を見直していた。
常日頃、葵の作る花火を誰よりも考えてくれているとは思っていたが、ここまで細かく考えているとは思わなかった。しかも経営者としての目線は葵にとってはとても新鮮だ。どうしても職人として技を競う事ばかり考えていたが、夫の言うように演出で勝負するのも立派な戦略の一つだ。

「実はこう考えるようになったのは、この間テレビで一枚の絵を見たからなんだ。その絵は年の瀬の京都を描いた絵でね。薄い青い色に塗られた町並みと画面一杯に降り注ぐ白い雪が綺麗で…。画面から溢れる静寂が痛いほど伝わってきた。」
武志は思い出したように胸ポケットからスマートフォンを出し、何かを検索しながら話を続ける。
「その絵の青を見た瞬間に、葵の作る花火を思い出した。正確にいえば葵の魔力に宿る色は青緑だけど…その青の中に葵の青緑が居るような気がしたんだ。」
ほら、これがその絵。そう言って武志は一枚の絵が画面に表示されたスマートフォンをアタシに手渡してきた。

「こりゃ…凄い。」
その絵は武志が言ったように京の町並みが描かれた絵だった。
鰻の寝床とも言われる昔ながらの京の町屋の瓦屋根が所狭しと並び、画面奥には五重の塔が見える。
その屋根はどれも真っ白な雪が降り積もり、画面には牡丹の様なあつぼったい雪の華が降り注いでいる。

そして画面は薄く、静かな青色に満たされている。

その青が堪らなく美しかった。

葵はその絵を呼吸するのも忘れて見つめてしまっていた。そんな葵に武志は優しく話しかける。
「この絵が美術館で他の絵と共に飾られているのを見た時、周りの派手な着色の絵に全然負けていないって思ったんだ。むしろ周りが絢爛だからこそこの美しさはより一層際立っているんじゃないかとさえ思った。だからさ、そんな花火が作れたなら、うちの花火もお客さんに喜んでもらえて、印象に残るんじゃないかなって思うんだけど…。」

どうかな、そう言って武志ははにかんだ笑顔を浮かべたのだった。










ジパング競技会まであと二カ月


「っん、もっと…もっとぉ♡」
まだまだ日が高い午後のひと時、葵は受付に座る夫を無理矢理に組み伏せ喘いでいた。
「激しっ、それ…に、もう七回目じゃない!?」
「まだまだ、足りないのさ♡」
「そんな、殺生な!!」
「黙って花火の元をアタシに寄越しなさい♡」
いつものように『銅島花火工房』に夫の喘ぎ声と悲鳴が空しく響く。

このように昼間の情事が定番となったのは数ヶ月前からだ。
確か武志の記憶が正しければ、自分が花火のアドバイスをして葵が今までが嘘のように新作の花火を作り始めたころからだ。
なんでも「新作は異様に繊細で、魔力が死ぬほどかかる!!だからその分、今まで以上に精液をアタシに寄越しな!!!」というのが妻の言い分で、今までの様に夜の分だけでは新作は作れないのだそうだ。

「…まあ、気持ちいいのは間違いないけど。」
悲しいかな、妻からもたらされる強烈な快感に逆らえず、今日も武志は妻にたっぷりと精を吐き出した。
散々に武志を犯し、意気揚々と作業場へと引き返した妻とは対照的にふらふらになりながら散らかった事務所の片づけをする。

「すみませ〜ん、こちら『銅島花火工房』さん…ですよね?」
すると性交後の甘い匂いが充満する店内に聞いた事の無い明るい声が響く。
「はい、少々お待ち下さい!!」
咄嗟に自分の服装を確認してお客様に粗相のないことを確認し、急いで受付に顔を出すとそこには今まで見たことも無いような絶世の美女が立っていた。
「ああ、どうもこんにちは☆」
「こん、にちは。ッは!?ご、ご用件はなんでしょうか?」
あまりの美貌に思わず生唾を飲んで見とれてしまう。
だが、一瞬で妻の不機嫌な顔が脳裏に浮かび、見ず知らずの女性にのばした鼻の下を気持ちと共に引き締める。
「私、リリムのレーンと申します。以後、お見知りおきを♡」
「え!?あの、レーンさんですか?」
強烈な誘惑はリリムだからかとどこか納得したが、名前を聞いて驚いた彼女は…。

「はい。魔王の母に立ち替わり『ジパング花火競技会』の委員を務めている、あのレーンですよ☆」

彼女は現魔王の実の娘であり、ジパング統治を担当していると言われるリリムのレーンであった。
その名はジパングに住む者には馴染み深かったし、彼女が言ったように『ジパング花火競技会』の委員や当日の司会を務めていることは勿論知っていた。
「その、レーンさんがわざわざこんな田舎までいらっしゃるのはどんな御用件があってなんでしょう、か?」
だが、そんな彼女がわざわざこの『銅島花火工房』を訪れる理由が何一つ浮かばなかった。
「(何か悪い事でもしてしまったのか?一応葵の師匠には全体の流れや今までの通例などを何度も確認はしたけどなにか大事な申告を忘れてしまっていた、とか!?)」
想像もしていなかった事態に武志は目を白黒させるが、レーンはマイペースに微笑みつつのんびりとした口調で話し始める。

「そんなに慌てないでくださいね〜。こちらに何か不備があるとかそういう話じゃないので☆」
「はあ…。」
「それより葵さん、えっと奥様はどちらに?」
「奥の作業室におりますが。」
「少し奥様と旦那様にお話したいことがありますので、呼んで来ていただけますか?」
「はい、ただいま!!」
葵や自身の夢に不吉な影が迫っているような気がして、武志は急いで頭を下げ作業場へと走った。


「お待たせしました、花火師の銅島葵です。」
葵にレーンの来訪を告げると、武志同様その意図が分からないと顔に疑問符を浮かべつつ作業を辞めて武志と共に事務所へと向かった。
受付で待っていたレーンは興味深そうに見本の花火を眺めていたが、葵が顔を出したことに気がつくとにんまりと笑顔を浮かべ話しかけてきた。
「銅島葵さん、初めまして☆リリムのレーンです、以後お見知りおきを♡」
「ああ、よろしく…。」
葵もこのような人種と出会った事がなかったのか、珍しく自分のペースを乱されているようだ。
「それで、妻と話したいこと、とはなんでしょうか?」
珍しい彼女の一面も見たかったが、それよりも今は目の前で楽しげに笑う淫魔の来訪意図が知りたかった。

「ああ、実は競技会で披露する花火の演出を説明して貰いに来ただけですよ☆」
「「え?」」
「ほら、そうやって内容を把握しないとプログラムも組めませんから〜。」
「なんだ…。」
「そ、それなら前もって連絡くれてもいいじゃないのかい?」
武志と葵は同時に安堵の息を吐き出すが、葵はそれだけでは気がおさまらないのかレーンにくってかかる。
「ごめんなさい☆忘れてました〜。さ、そんなことより説明をお願いします!!」
「……。」
しかし、目の前のリリムはウシオニの怒気をのらりくらりとかわしつつ、マイペースに答える。柳に風、豆腐に釘、暖簾に腕押し…まさにそんな言葉がうってつけな彼女の態度にさすがの葵も一つの気持ちを持続させるのは難しいのか口を閉ざし複雑な顔をしている。
「あと、もし何か要望や主催者側に質問があればこの機会に言ってくださいね☆」
そんな憮然とした様子を全く気にしていないかのようにレーンは葵にとびきりの笑顔を向ける。
「要望、なぁ…。」
だが、要望と言う言葉を聞いた葵は何かを思いついたのか、一つにやりと笑って口を開いた。
「何かありますか?」
「どんな要望でも聞いてくれるのかい、委員さんよぅ?」
「内容次第、と面白そうなので焦らしてみましょうか☆」
「アタシからの要望は一つだけだ。」
「ほほう。」



―――銅島花火工房が花火を打ち上げるのは、一番最後にしてくれ。




そう言って葵は挑戦的な目線をレーンに向け、武志は葵の考えている事が分からず慌てふためき、レーンは不敵な笑みを浮かべたのであった。
13/07/26 15:45更新 / 松崎 ノス
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■作者メッセージ
ちなみに作中で例に上げた絵は東山魁夷の「年暮る」という絵です。

本当はすぐに後篇を書こうかなと思ったのですが、銅島花火工房の成り立ちや武志が尽力した過去を少し書いた方がいいかなあと思い書いてみました。

あとリリムのレーンは完全に自分の遊びで登場させてみました(笑)。

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