読切小説
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平和とは
今日はシュトゥルム国にて勇者が選ばれる日だ。そしてその者を私は『真の勇者』として導き、世界を魔の手から救い出すのだ。




「では、貴殿の活躍に期待しておるぞ。」
「…御意。」

天界から人間界へやってきた私は丁度城から一人の男が送り出される所を目撃した。恐らく彼が勇者なのであろう。空からでも力を感じる。私はすぐさまその場所へ舞い降りた。

「おお、天より女神様が舞い降りて来られた!」
「なんと美しい…!」

周りの者が私に敬意の眼差しを向け崇める中、勇者は仮面の隙間からただじっと私を見つめてくる。その視線からは周りの者の様な崇める視線ではなく、何も感情の籠っていないただただ『視ている』だけの視線であった。私は少し不気味に感じた。

「……貴方が選ばれし勇者ですか?私はヴァルキリー。名はリスティナ。貴方を真の勇者として導く為天より遣わされました。この世に平和をもたらすため、共に巣食う魔を討ち滅ぼしましょう!」

私の言葉に民衆が呼応し、その場が沸き上がる。しかし、彼は軽く頷くとスタスタと歩き始めた。随分と無愛想な男だ。

「では、行って参ります。皆に神の祝福があらんことを…。」

私は集まった民衆に挨拶を済ませると急いで男の後を追った。




「…………。」
「……そう言えば、まだ貴方の名を聞いていませんでしたね。名を何というのですか?」
「…………。」

男は私の質問に答えない。それどころか此方を見ようともしない。本当に無愛想な男だ。苛立ちを覚えた私は彼の目の前に回り込んだ。

「質問には答えたらどうですか?」
「………………キリュウ。」

かなりの間があったが答えてはくれた。彼の名はキリュウというらしい。

「キリュウ。良い名ですね。……キリュウ、貴方は勇者に選ばれましたが、まだ未熟です。ですが安心しなさい。私が貴方を立派な勇者にして差し上げます…ってちょっと待ちなさい!人の話は最後まで聞くものですよ!?」

私の忠告を意に介せず、彼は無言のまま歩き続ける。つくづく無礼な男だ。力はあるようだが本当にこの男に勇者としての素質があるのだろうか?




あれから無言のまま、平原を歩き続けているのだが、肝心の行き先をまだ聞いていない。彼は一体何処へ向かっているのだろうか?

「キリュウ、貴方は何処へ向かっているのですか?」
「……気配のする所だ。」
「気配?」
「貴様、それでもヴァルキリーか?」
「なっ、私を侮辱するのですか!?」
「……では訊くが、我々の目的は何だ?貴様は国を出る前に何と言った?」
「忘れる訳が無いでしょう?魔を討ち滅ぼしましょうと……ぁ。」
「漸く気付いたか。間抜けなヴァルキリーだ。」
「くっ……!」

つくづく無礼な男だ。しかし、目的を失念するとは何たる不覚。初めての地上での任務に緊張しているのだろうか?気を引き閉めないと……!

暫くしてふと、男が足を止めた。

「……いる。」
「……確かに微弱ですが魔の気配を感じます。気を付けなさい!」
「言われるまでもない。」

草むらの方から魔の気配が感じられる。微弱ということはスライムやゴブリンといった所か。
彼は腰に携えていた大剣を引き抜く。黒く輝く無骨な大剣だ。

「こっちからいいにおいが……あっニンゲンだー!」

出てきたのはゴブリンだ。普通ゴブリンは徒党を組んで現れるのだが、珍しく一体のみだ。彼なら問題ないだろう。

「キリュウ、勇者としての初めての戦闘です!さぁ、目の前にいる魔物を殲滅するのです!」

私は彼を鼓舞する。しかし、彼は構えもせず微動だにしない。

「な、何をしているのです!?早く魔を討ち滅ぼしなさい!」
「……断る。」
「えっ…!?」
「俺は無益な殺生は好かん。ましてやこんな小娘……。ゴブリンの少女よ。怪我をしたくなければ早々に立ち去るが良い。」
「な、何を言っているのですか貴方は!?貴方は勇者なのですよ!」

私の必死の説得にも応じず、彼は剣を構えない。それどころか敵に背を向ける始末だ。

「……何だか知らないけど、チャーンス!あたしの男になれー!」
「危ないっ!!」

背を向けた彼にゴブリンは飛びかかった。

――――ガシィッ!!

「「Σ(ビクゥッ)」」

しかし、何と彼は背後から飛びかかったゴブリンに見向きもせずその頭を鷲掴みにしたのだ。予想だにしなかった行動に不覚にもビックリしてしまった。

「……去れというのが聞こえなかったのか?小娘。」
「は、離してぇー!」
「『ロックバインド』」
「あ、あれ?体が動かない!?」
「石化・拘束魔法を掛けた。俺が唯一使える魔法だ。ある一定の条件が揃わないと使えない上に効力は5分ともたないがな。だがそれで十分だ。…………ヌウゥンッ!!」

彼は動かなくなったゴブリンを宙へ投げると、落ちてきたところをタイミング良く大剣の腹に当てるようにして振り抜いた。

「きゃああああぁぁぁぁーーー……!?」

吹き飛ばされたゴブリンはあっという間に見えなくなってしまった。

「……行くぞ。」

そして剣を収め、何事も無かったように彼は再び歩き始めた。暫く呆然としていた私は慌てて彼の後を追った。そして再び彼の目の前に立つ。

「待ちなさい、何故討ち滅ぼさなかったのです!?あれは人を襲う魔物で、倒すべき悪です!」
「さっきも言ったが、俺は無益な殺生は好かん。」
「貴方こそもう目的を忘れたのですか!?」
「忘れてなどいない。」
「だったら何故!?」
「貴様は、ヤツから殺気を感じたか?」
「…………え?」
「確かにヤツは俺に襲いかかってきた。だが殺気なぞ微塵も感じなかった。貴様等の言い分では魔物は人を襲い殺すことを厭わない狂暴かつ残忍な存在らしいが……本当にそうか?」
「どういう事です?」
「貴様等の言っている事は本当なのか?」
「当たり前です!貴方は我が主を疑うのですか!?」
「疑うもなにも俺は勇者として選ばれたが、国の者や貴様の様に妄信的な信者では無い。他にも……あの国からは俺の他にも既に何人もの勇者や名のある戦士、魔法使いが旅立ったが、全て『亡命』扱いにされている。貴様等の言っている事が正しいなら矛盾している事になるがそれは何故だ?」
「そ、それは……。」
「本当は奴等は殺戮など行ってはいないのではないか?だとすれば貴様等がやっていることこそ一方的な殺戮になるのではないのか?」
「……………………。」
「これではどちらが悪か判ったものではないな。」

言葉に詰まる。私が何も言い返せないと判断した彼は話を打ち切り、再び歩き始めた。その後も彼は襲い来る魔物の攻撃をかわしては頭を鷲掴みにし、石化の魔法を掛けては返り討ちにしていた。彼が言うにはこの魔法は脳に直接働き掛ける魔法の為、相手の頭を掴まなければ発動出来ないようである。時間も短いが発動条件を限定している分効果は絶大で、魔法に掛かった相手の身体はダイヤモンドの様に硬くなり、身動きが一切とれなくなる。また、硬質化させた事によって魔物には一切の傷やダメージは与えてはいないのだという。ただただ本当に、その場から強制的に立ち去らせるのだ。優しいのか甘いのか……そのくせ私に対しては無礼極まりない。私の思う真の勇者像とはどんどんかけ離れていった。それと同時に、彼の言葉が私の中に留まり、私の中で彼と同じ疑問が沸き上がってきていた。





「此処は……。」

彼と旅を続けてはや数ヵ月、とある大都市へとやって来た。

「親魔国家『サザーランド』。此処なら俺の疑問の答えが見つかるやもしれん。……これを羽織れ。」

彼が寄越したのは魔法使いのフードの様なもの。これで正体を隠せという。私はそれを羽織ると、彼と共にサザーランドへと足を踏み入れた。

「賑やかな国ですね。しかし、至るところに魔物の姿が……。」
「親魔国家なのだから当然だ。……あれを見てみろ。」

彼が指を指した先には人間の男性とサキュバスが手を繋いで歩いていた。見回してみると、そこかしこで人間の男性と魔物が仲睦まじくしている。とても幸せそうだった。

「どうやら、貴様等の言っている事は嘘の様だな。」
「そ、そんなはずは……きっと彼等は騙されているんです!」

そう言うものの目の前の風景に私の中の疑問はどんどん膨れ上がる。これはまやかしではないのか?しかし、彼らの笑顔は紛れもない本物で。私は自分で自分の事がわからなくなってしまった。私の求める平和な世界は形は違えど今まさに目の前に広がっていて……。しかし、魔物は我々に仇なす敵だ。悪だ。でも……わからない。わからないわからないわからないわからないわからないわからないワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイワカラナイ…………!

「……い、おい!」
「っ!?」
「どうした?」
「すみません、ボーッとしてしまって……。」
「……宿屋で休め。調査は俺一人でやる。貴様は足手まといだ。」
「すみません……。」

無礼な物言いにも返す言葉がないくらい混乱している。彼の言う通り今は休むべきだ。私は彼に支えられ、宿屋へと向かった。




「はぁ…はぁ…。」
「……ではな。」

彼は私をベッドへ寝かせるとすぐさま出ていった。

「一体私はどうしてしまったのだろうか……?」

誰も居ない部屋で一人呟く。我等が主よ。私はどうすれば良いのでしょう?そう問い掛けるも返事はなく…。これは試練なのか?それとも疑問を抱いた私に対する罰なのか?

「……キリュウは大丈夫でしょうか?」

彼は強い。無礼で無愛想だが、優しい心の持ち主だ。そんな彼だからこそ勇者として選ばれたのではないか?私はいつの間にか彼の事ばかり考えていた。そんな中、突然頭の中に声が響いてきた。

『リスティナよ。彼の事を守り、彼を真の勇者として成長させるのは貴女の役目。彼に寄り添い、彼の目指す平和な世界を作るのです。良いですね?』

この声は我が主…!?

「我が主よ、私は一体どうしてしまったのでしょうか?私はこれからどうすれば良いのでしょう…!?」
『既に貴女は答えを見つけているはずです。それを認めるか否か。それは貴女次第です。』
「認める……?何を……?」

そう呟くがそれに対する返事は返ってこなかった。




「……調子はどうだ?」

彼が戻ってきた。手には夕食を乗せたトレーが乗っている。

「もうそんな時間ですか……。」
「とりあえず食え。……安心しろ、魔界の品物は入っていない。」
「頂きます……。」

あまり食欲は湧かないが、折角持ってきてくれたのだ。有り難く頂こう。

「……この国はどうでした?」
「……皆幸せそうにしている。犯罪等起こり得ぬだろうな。俺も道中、独り身の魔物に何度か声を掛けられた。」

何故だろう。その言葉にチクリと胸が痛んだ。

「……それで、どうしたのですか?」
「俺には連れがいると言ったら残念そうに去っていった。お幸せにとな。……何を勘違いしたのやら。」
「そうですか……。」

その言葉に安堵と不思議な怒りの両方の感情が出てきた。……嫉妬?馬鹿な。嫉妬など許されざる大罪のひとつではないか。私は頭を振り、馬鹿な思いを追い出す。そしてその事から逃げるように話題を変えた。

「……先程、主神様からの御告げがありました。」
「ほう……?」
「貴方を真の勇者にするのは私の役目だと。貴方に寄り添い貴方の望む世界を作りなさいと……。」
「……それが主神の声だったのか?」

私はコクンと頷いた。彼は暫く黙っていたが、何かに気付いたのかカーテンと入口のドアに鍵を掛けると私にフードを脱げと言ってきた。私はわからないまま彼に従いフードを脱いだ。すると、私の姿を見て彼は意味深な深いため息をついた。そして、私にある事を告げた。それは私にとって信じがたい事だった。

――――半分堕天している。

鏡の前に立つと神の遣いの象徴でもある私の純白の翼の右半分が、漆黒の翼へと変貌を遂げていた。私はショックのあまりへたりこむ。私はこのまま堕天の道を歩むしかないのか?私は……もう、神の遣いでは無くなってしまったのか……?

「情けない……何を凹んでいる。貴様には落ち込んでいる暇などないはず。堕天しようがしまいが、この世界を平和な世界にする。それが貴様の願いなのではないのか?堕天してしまったから無理だ等と抜かすのなら、貴様の願いや覚悟は所詮その程度だったという事だ。いつまでもそうやって絶望の底に沈んでいるがいい。」

彼の言うことは尤もだ。反論するところが見つからない。私の願いは所詮この程度だったのか。

「明日此処を立つ。それまでに貴様のすべき事は何か、考えておくがいい。」

そういって彼は部屋を出ていった。

「私の願い……私のすべき事……。」

わからない。ただひとつ分かること。それは…………私は、こんなにも…………弱かったのか…………。






「う、うぅん…………はっ!?」

いつの間にか寝てしまっていた様だ。カーテンを開けると辺りは闇に包まれる真夜中だった。睡眠を取ったのにも関わらず相変わらず体調はすこぶる悪い。

「…………ん?」

室内の光が窓ガラスに反射し映し出された部屋の中、ふと目の端に映ったテーブルに置いてある折り畳まれた一枚の紙切れ。普段なら気にも留めないものだが何故か気になってしまい、私は手に取った。

「これは……。」

何かの地図だ。十字が刻まれている場所がひとつ。ここに何があるというのか?反対側を見ると無骨な字でこう書かれていた。

――――聖堂。

聖堂……この地だとダークプリーストが堕落神とやらを崇め祈りを捧げる場所。こんな所に何があるというのだ?分からない。だけどコレは彼の残したものだ。なら行かねばならない。ここに何があるか知らねばならない。『私』が『私』で在るために。私の存在する意味を知るために。私は言うことの聞かない体に鞭打ち、地図にある聖堂を目指した。そんな私の姿を見ていた彼の事など気付かず……。

「………………。」




「此処ですね……。」

堕落神とやらが祀られている魔物達の聖域。魔物の為に存在する聖堂。

「…………。」

私は静かに中に入ると真っ直ぐ祭壇へと向かう。祭壇には魔界銀で作られた十字架が掲げられていた。ステンドグラスから差し込んでくる月の光に照らされ、妖しくも美しい輝きを放っていた。

「…………おや、これは思いがけない珍客ですね。」
「っ!?」

背後から声が掛かり、私は慌てて振り向き身構える。暗闇の中、コツコツと聞こえる足音。その暗闇からゆっくりと姿を現したのは此処に住まうであろうダークプリーストだった。

「こんばんは。こんな夜更けにどうなされました?天の御遣い様。」
「…………此処にいる全ての魔物を滅ぼしに来た。と言ったら……?」
私は彼女を睨み付けながらそう口にする。実際はそんな事出来はしないのだが……。

「嘘ですね。」

だがそんな私の考えなどお見通しだと言わんばかりに彼女は即答した。

「……何故そう言い切れるのです?」
「貴女の目を見れば分かります。今貴女は迷っていらっしゃる。自分の在り方について……。違いますか?」
「…………。」
「そんな迷いのある貴女では私を殺すことなど出来ませんよ。」

そういうと彼女はにこりと微笑み、私の後ろ……最前列の席に座った。

「どうぞお掛けください。信仰する神は違えど、同じ神に遣える身として貴女の悩みを聞きましょう。」
「…………。」
「胸の内のモヤモヤしたものを吐き出すだけでも気持ちが楽になりますよ。」

魔物に話したところで何が変わるとも思えない。だが彼女の言うことも尤もだ。私は彼女と対面するように別の列にある最前列の席に静かについた。

「…………それで、貴女の悩みと言うのは?」
「…………私は、ヴァルキリーで貴女達と敵対する身です。今までも貴女達を憎み悪としてきました。しかし、旅の初めに勇者に言われた事、そしてこの国の風景を見た私は持ってはならない疑問を抱いてしまった。……魔物は本当は人間を殺したりしないのではないのかと。私達が魔物を殺す行為は本当に正義だと言い切れるのか?と……。そうしてその疑問はあっという間に大きくなり、その疑問により私の身体にも変化が訪れました。」

私はローブを脱ぎその姿をさらけ出した。背に生えた純白と漆黒の翼を。

「私はもう貴女の言う天の御遣いではありません。しかし、貴女達の様な魔物でもありません。半端者です。これまで私はこの世界を救うために生きて戦ってきました。しかし、今の私には天の御遣いを名乗り世界を救うことなどもう出来ません。かといって魔物になどなれる訳もない。では私の存在とは一体……?私はこれからどうすれば良いのか……わかりません。」
「…………確かに私達魔物はその昔人を殺害、蹂躙する異形な悪そのものの様な存在でした。それは紛れもない事実です。しかし、私達魔物の王が今の魔王様……サキュバスとなり、その魔王様が人間の勇者と恋に落ち夫婦となった今、全ての魔物はサキュバスの……人間の女性の体の様な姿で生まれ、そして人間を、特に男性をこよなく愛する存在となりました。今では人間を殺すことなど考えただけで酷いときには昏睡状態に陥ってしまいます。最悪罪悪感により自ら死を選ぶでしょう。私達魔物がこの姿になってもなお天界の者やその信者と戦うのは、再び異形の姿となり、人間を……最愛の夫を殺してしまうのが怖いからです。本当は戦争などしたくはないのです。」

そんなバカなと思ったが、彼女の目は真剣な目をしていた。どうやら本当にそうらしい。

「それで、貴女はその悩みを勇者様に話しましたか?」
「……いいえ。ですがこう言われました。堕天しようがしまいが、この世界を平和な世界にするのがお前の願いではないのかと。その程度で無理だと言うのならお前の願いや信念は所詮その程度でしかない。と」
「…………厳しい様ですが私もその方と同じ意見です。堕天して天の御遣いではなくなっても、この世界を平和な世界にすることは出来るはずですよ。私達魔物の事情を知った貴女なら尚更です。」
「魔物の事情……。」
「そうです。私達魔物は人に襲いかかったとしても、絶対に殺しはしません。種の繁栄……いえ、愛する人との幸せな一生を過ごす事を望んでいるにしか過ぎないのです。それはつまり殺し合いのない平和な世界を望んでいる。貴女が堕天する前にも抱いていた、人々が平和に暮らす世界を作る事と何も変わりありません。」
「それは本当に本当ですか……?」
「はい。嘘偽はありません。私達が信仰する堕落神様は確かに聞こえは良くないかもしれません。ですが私達が夫を愛し、幸せな時を共に過ごす事を何よりも重んじておられる素晴らしいお方です。……別にこれは批判している訳ではありませんが、何かの犠牲の上で成り立つ平和と、全てを受け入れる事で成り立つ平和。どちらがより難しく、また素晴らしいものか……、聡明なヴァルキリーさんならお分かり頂けると思いますよ。」
「…………。」
「また、堕落神様は迷える貴女を温かく受け入れてくれる事でしょう。貴女が完全に堕天し魔物となった際、きっと堕落神様の素晴らしさを理解して頂けると思います。……さぁ、共に祈りましょう。この世界が愛に包まれる平和な世界になるように……。」

そういって彼女は手を組み、目を閉じて祈りを捧げる。堕落神……。貴方の思想を理解するのには時間が掛かるでしょうが、全ての者を受け入れ、愛を教え、幸せに導くというその理念には賛同します。そして私は彼女に倣い、祈りを捧げた。




「……礼を言います。貴女と話せて色々と見えた気がします。」
「お役に立てたのなら何よりです。貴女が魔物になり、堕落神様の信者になることを願っていますよ。……それと、勇者様との甘い日々を過ごせます様に。とね。」
「最後のは余計です!……全く。」

冗談にも返せる余裕が出てきた。私の中で色々吹っ切れたのだと思う。

「……では、失礼します。」
「はい。貴女達に、堕落神様のご加護があらんことを。」


そうして私は彼女と別れた。

二人の言う通りだ。堕天しようがしまいが、私のやるべき事は変わらない。私はヴァルキリーとしての使命を果たす。この世生きる全ての者達に平和と安寧をもたらすこと。それが半魔となった私の使命だ。主神様と袂を別つのは心苦しいが、堕天してしまっている以上、もう私は天界へはもう二度と帰れない。ならば誰にも恥じぬ様、誇れる事をするのだ。それがせめてもの罪滅ぼしだ。

「あれは…!」

宿屋へ戻る途中、見慣れた後ろ姿を見つけた。キリュウだ。そう言えば今日旅立つと言っていた。私は急いで彼の後を追った。

「キリュウ、待ってください!」

追い付いた私は、彼の背に声を掛ける。彼は振り向くと大剣の切っ先を私に向けた。相変わらず仮面で表情は分からないが、きっと険しい表情をしているに違いない。

「覚悟は決まったのか?」
「……はい。貴方やダークプリーストの言う通りです。堕天しようが私がヴァルキリーであることに、やるべき事に変わりはありません。変わりあるとすればそれはひとつ守るべきものが増えただけです。人も魔も天も……全ての者に平和と安寧を。」
「……その道は辛く厳しい蕀の道だ。かつての貴様の同胞達と刃を交えなければならない時が来るだろう。貴様が敬ってきた主神にも刃を向ける覚悟はあるか?」
「…………えぇ。私はもう二度と天界へは帰れない。ならば誰にも恥じない様に誇れる様に生きる。キリュウ、貴方と共に……。」
「…………ならばその覚悟、我が前に示してみよ!」

彼は剣を構える。凄まじい気迫だ。しかし、気圧される訳にはいかない。全てを救うと決めたのだから。

「魔に堕ちし戦女神よ。魔物として、見事勇者に打ち勝って見せよ!……ヌウゥン!!」

だからもう、迷わない……!

「ハアアアアァァァッ!!」






あの決闘の後、私達は魔界へと降り立った。降り立ってからは私の堕天の進行はとても早かった。濃密な魔力もだが、この地を治めるリリムとの邂逅が影響したからだろうか?今はもう完全に堕天している。しかし、心はとても晴れやかだ。私の隣には相変わらず無礼で無愛想な、それでいてとても優しい愛する夫がいる。こんなにも素晴らしい事はない。ひとつ不満があるとすればそれは、彼から私を求めてくることが滅多にないというくらいだろうか。……最近知り合ったアポピスに思いっきり濃縮された淫毒でも分けてもらおうか?それを何かに混ぜて飲ませればきっと獣の如く愛してくれるはず。その為にも今は……。

「……では行くぞ、我がヴァルキリー『リスティナ』よ。」
「はい!」

今日もまた、私達は戦場へと向かう。魔物も人も天界の者も全ての者が平和に暮らせる世界を作るために。
14/06/16 01:10更新 / 夜桜かなで

■作者メッセージ
お久しぶりな方はお久しぶり。初めましてな方は初めまして。
身の回りの環境の変化や腰痛の慢性化等で長らく書くことから遠ざかっておりました。
リハビリを兼ねて書いてみましたが、如何だったでしょうか?お目汚しとなっていなければ幸いです。
連載物もちゃんとお話書かないとなぁ・・・。

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