読切小説
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モンスターズアパート


 片桐妖怪荘。

 2階建て、ワンフロアあたり3部屋の合計6部屋。全ての部屋はワンルームでトイレ共同、風呂なし。

 そこにはアパートの名前どおり、魔物しか住んでいない。偶然にも住人それぞれ文化がかなり異なり、仲良くやっていると思えばケンカする、面白い住人たちである。

 小鳥のさえずりが爽やかな、午前7時。

 事件は突然発生する。



「ぎゃああああああ」



 アパートの3号室から、とてつもない悲鳴が響き渡る。



「…………」



 それを聞いて不機嫌な寝起き顔をしているのは、悲鳴のした3号室の右隣の2号室に住むメドゥーサの川島さん。



「うっるさいわねぇ……」



 蛇の髪を掻き、あくびを1つ。

 重く長い体を引きずって、隣の現場によろよろと向かう。向かっている間にも部屋からは「ああああああ」「ふおおぇああ」と悲鳴がする。



「ちょっと藤崎さん!?すんごい悲鳴で迷惑なんだけど!」



 一喝して扉をドンドンと叩くと、悲鳴がピタリと止まり、ゆっくりと扉が軋みながら開く。



「川島さぁ〜ん……」



 何やら甘い匂いのする茶色の物質が目に塗りたくられた藤崎さん(リャナンシー)が、目潰しされた人のように目を閉じてフラフラと手探りしながら飛んでくる。



「ちょっとどうしたのよ……大丈夫?」

「大丈夫というか全然状況が分からなくて……昨晩から彫刻をつくってまして、気が付いたら眠っていて目を開けたら染みるような激痛が……」

「とりあえず顔を洗うといいわ。お湯がいいかも……」



 人肌くらいの温度に沸かした湯でゆっくり顔の物質を取り除く。

 全て取れたようで、顔をタオルで拭いた藤崎さんは、自分の部屋の惨状に再び絶叫することになる。



「なにごとぉぉぉおおお!?」



 藤崎さんの顔に付いていた物質と同じものと思われる茶色のドロドロしたモノが、天井の中心から大量に染み出ていた。部屋の真ん中にあった見事な石膏の彫刻はドロドロに汚れまくり、部屋中が甘ったるい匂いに包まれている。



「わ、私の……徹夜して完成した彫刻像が……うう」



 ペタリと床に落ちて涙を流す藤崎さん。

 それの後ろでドロドロの滴る天井を眺める川島さん。



「これは多分、上の自己中姉妹ね」



 川島さんは藤崎さんを肩に乗せて部屋を出て、階段を上り、藤崎さんの上の部屋……6号室に向かう。

 部屋の前に立つと、藤崎さんの部屋に充満していた匂いが扉の隙間から漏れている。



「南さん、南さん!」



 ドアノブをガチャガチャ回すと、鍵が掛かっていないようで扉が開いた。

 中に上がり込んだ2人は眼前に広がる光景に顔を真っ赤にして動きを止めた。



「ん……ふふ、さゆりったらぁ……ココ、すんごく濡らしちゃってぇ……」

「ひゃんっ……お許しを……ああ、お姉さまぁ……っ」



 来客の存在にも気付かないリリラウネ姉妹の繰り広げる痴態の限りを目撃してしまった2人は、居たたまれなくなり玄関の外へ。



「なんか……すごかったです……///」

「は、ハレンチにも程があるわ……!」



 蜜の影響でムラムラと煮える欲情を抑えながら、川島さんは勢いよく、もう一度突入を試みる。

 が。



「ぎゃーっ!!?」



 緑色に光沢が閃く鋭い刃物が、あと一歩踏み出していれば川島さんの首がハネられていただろう位置にあった。間一髪この刃物を回避した川島さんはリンボーダンスの体勢になり、冷や汗をダラダラと流している。

 そこにいたのは4号室の住人である、マンティスの飯塚さんだった。



「あ、危ないじゃない!!」

「…………(じぃー)」

「何か反応してよ!無表情はやめて怖いから!」

「……割り込まない方がいい」



 鎌を収める飯塚さん。右手の親指で6号室の扉を示しながら、首を振る。



「あそこに割り込めば……呑まれる」

「呑まれる……」

「別の意味で……喰われる」

「でもこのままでは私の部屋が南さんの蜜漬けになっちゃいますよう」

「……それなら、いい案がある」



 飯塚さんは5号室の扉の前で鎌を出し、一息で切り刻んだ。

 川島さんと藤崎さんは白目をむく。



「あんた……方針変えないといつか警察沙汰になるわよ」

「さよなら……和田さんの敷金……」



 2人の言葉を聞かず、そのまま飯塚さんは5号室の中へズカズカと押し入る。しばらく一悶着の物音がして、飯塚さんは5号室の住人を引きずり出した。

 グリズリーの和田さんは、男性キャラが印刷されたカバーの抱き枕を抱き締めていた。



「ヒドいのだぁ〜……飯塚さ〜ん」

「起きろアニオタ……朝だ」

「他人がライフスタイルに口出しはイカンのだ〜」

「……腐ってろ腐女子」

「あんまりなのだぁ〜……」



 うなだれながら和田さんは立ち上がる。



「ふぃ〜……朝っぱらからなんなのだ?悲鳴はするし扉は斬られるし起こされるし……」

「後半はお前だ」

「私のお部屋がリリラウネの蜜漬けなんですよう」

「それはご愁傷様なのだ……じゃあ私は寝るのだ〜、これにて」

「行かせん」



 首を掴んで引き戻される和田さん。



「そんでぇ〜?私にどうしてほしいのだ?」

「……下に引っ越してもらう」

「「引っ越し?」」

「蜜の問題がどうにもならない以上、それを利点として生かす必要がある……蜜なら、コイツが一番だろう」

「なるほど!」

「嬉しいけど発生源が困るのだぁ〜」



 抱き枕を部屋に戻した和田さんが再びうなだれる。



「蜜は嬉しいけど、私の部屋の状態を見て何か気が付かないのだ?」

「…………」



 壁から天井から腐女子ホイホイのポスターが大小並んで埋め尽くし、棚には薄い本やフィギュア、抱き枕カバーのイラスト各種。

 飯塚さんはしばらく凝視し、淡白な結論を出す。



「ごみ溜めだな」

「ごみ溜めとは何事かぁ!!」



 和田さんは激昂した。



「いいか飯塚ぁ!BLとは……もといアニメとは文化なんだよ!サブとは言ってもカルチャーなんだよ!伝統なんだぞ!?長編アニメーションは手塚治虫がたった1人でシステムを作ったんだぞ!それを愚弄するとは死刑に値し――」

「う る さ い」



 気がつけば和田さんの目の前から飯塚さんは消え、ギラリと鋭利に輝く鎌が和田さんの喉元にあった。

 強烈すぎる殺気と圧迫感にガチガチと震える和田さん。



「引っ越すか……引っ越さないか……」

「ひ……ひっこしましゅ」



 これにより蜜の問題は、1人の趣味の犠牲によって解決された。







  1号室……浜口さん(ファラオ)
       西野さん(アヌビス)

  2号室……川島さん(メドゥーサ)

  3号室……和田さん(グリズリー)

  4号室……飯塚さん(マンティス)

  5号室……藤崎さん(リャナンシー)

  6号室……南 のばらさん(リリラウネ・姉)
        さゆりさん(  〃  ・妹)






「暑いのぅ」

「暑いですね(パタパタ)」



 1号室には長くから片桐妖怪荘に暮らしているコンビがいる。『上京』という言葉の響きに憧れを抱き、砂漠と遺跡だけのただの空き地(浜口さん談)のエジプトから東京に乗り込んだのだが、何をしようか全く考えていなかったために見事に順応できず、国籍を日本に移して日本語を猛勉強し片田舎のこのアパートに引っ越したのだそう。

 それがファラオの浜口さんと従者であるアヌビスの西野さんだった。

 ちなみに《いっそ名字を統一せんか?》と浜口さんの提案を西野さんは却下した。『主と同じ名字にするのは恐れ多い』と西野さんは言ったが、内心は『婚活に影響する』だそう。



「エジプトの日中は毎日セ氏40は超えるからまだ良いが、湿気というものがあると厳しいのぅ」

「そうですね。日本の夏は厳しいです(パタパタ)」

「じゃなぁ……ところで西野」

「なんです?(パタパタ)」

「扇いでくれるのは結構じゃが、ワシは酢飯ではない」

「近くに住む人間のお婆さんは、こうやって冷ましてました(パタパタ)」

「じゃからそれは酢飯であろう。やめんか」



 扇ぐのをやめると、ムンムンの湿気を含んだ空気が浜口さんを包む。



「……やっぱり扇いで」

「はい(パタパタ)」

「酢飯ではない」



 この微妙なコント感が2人の日常である。



「かゆっ!」

「どうされました?」

「蚊じゃ!この部屋には蚊がおる!ワシの高潔な血を吸いおった!なんたる無礼じゃ殺してくれる!」

「そんな大げさに騒がなくても……いいですか?スカラ様」



 人差し指をピンと立てて話す西野さん。



「一寸の虫にも五分の魂。蚊だって生きるために、スカラ様の高潔な血液が必要なんです。逆に言えば、スカラ様の血を吸った蚊は末代までスカラ様によって生かされたのですよ?」



 その説明を聞いて悪の笑みを浮かべる浜口さん。



「たかだか五分、じゃろう?」

「スカラ様。怖いです」

「末代まで生かされるというなら、あの下等生物、末代まで祟ってやろうぞ……ククク」



 そのとき扉がノックされた。その向こうから「回覧板ですよぉ」と若い女の声がする。



「呼んでおるぞ」

「呼んでますね」

「早く出んか。客じゃぞ?」

「客は客でもスカラ様にお客様です」

「うぬは従者であろう」

「回覧板はここの家主が受け取るべきかと」



 押しつけ合いの最中も扉はノックされ、「浜口さーん?西野さーん?回覧板ですけどー」と声が続く。

 ついにはケンカが始まった。



「うぬが出よ!」

「スカラ様が出てください!」

「暑いのに動けと言うのかや!?」

「私と取っ組み合いしてる時点で動いてます!」

「命令じゃ!行け!」

「力があるならハナからそうしてください!」



 ファラオである浜口さんの能力にしたがって、西野さんは折れた。

 扉の向こうには、回覧板を持った激しく光る塊が。



「暑いですねー」



 アパートの近所に住むラーヴァゴーレムの坂本さん。夏の日差しによって溶岩が熱され輝いていた。



「最近なんていうんですかねー、地球温暖化?それのせいで暑くて暑くて……」

「真夏くらいは溶岩を固めてくださいよ。光りすぎで坂本さんの顔が見えません」

「固まるか固まらないかは生理現象ですから」



 回覧板を受け取って扉を閉める。

 坂本さんの閃光によって目がチカチカした状態で部屋に戻ると、クーラーを付けて「快適快適♪」と涼む浜口さんが目に止まる。



「…………」

「おぉ、対応ご苦労じゃったなー」

「何がご苦労だこの未婚年増がぁぁぁ!!」

「ぐふぉ!」



 腹に打ち込まれた拳によって浜口さんはわずかに宙を舞い、彼女が床に倒れる前に西野さんはエアコンを切ってコンセントを抜く。

 それらは一瞬であった。



「くおぉ……き、効くぅ〜……」

「貴様の奔放な暮らしのせいで家計は火の車……エジプト時代の暮らしはこの日本じゃ通用しないんだよ!」

「わ……分かった分かった。すまんかった、平に伏すから」



 普段は大人しい西野さんだが、持って産まれた管理好きの性格の影響でお金の事になるとスイッチが入るのである。



「……はぁ。暑くてしょうがないなら、洗面器に水を張って足を付けてください」

「はいはい……」

「はい、は一回!」

「……はい」






「………………」



 飯塚さんは常に無表情を貫く。

 それは種族柄と言えばそうなのだが、飯塚さんの場合は普通以上、全く動じない。この前うっかり部屋の灯りを付けたまま眠りこけて後日届いた電気代請求の異常な額にも動じなかったという精神力なのだ。



「………………」



 しかし、その精神力は人知れずガラリと音を立てて崩れた。

 飯塚さんは表情こそ無を保っていたが、顔面は蒼白となっていた。



「…………増えた」



 フラフラとした足取りで彼女は6号室に住むメドゥーサの川島さんのもとを訪ねる。

 ノックして少し経ち、扉が開く。



「あら、飯塚さんじゃない」

「……相談があってきた」



 中に案内された飯塚さん。部屋にはちょうど遊びに来ていたリャナンシーの藤崎さんがいた。



「ほうほう、なるほど体重が……」

「………………(こくり)」



 経緯を聞いて藤崎さんは頷く。



「別に飯塚さん、増えたようには見えないけど?脚はスラリとしてるし、ボディーラインはキレイだし……」

「し、しかし増えたのだ……確かに、数値が高くなってて……」



 無表情でも、かすかに気恥ずかしそうな様相を見せる飯塚さんに2人は心の中で萌えていた。



「最近ケッコー食べてるからね、私たち」

「まあ、何といってもアレがありますから……」



 3人は百円玉を5枚ほど手に、1階の3号室へと向かう。



「和田さーん」

「はいなのだ〜」



 割烹着を着たグリズリーの和田さんが出迎える。



「1瓶ずつくださいな」

「はいはい、ちょうど預かるのだ」



 全員からお金を取ると、和田さんは部屋の奥から黄金色の蜜が入った瓶を3つ持ってくる。



「最近、私これを使ってビジネスを始めたのだよ〜」

「へぇ、正規で売ってるんだー」

「ううん、近所の公園で無人販売所を設置したのだ」

「置いとくだけですか!?」

「そ、それで売れ行きはどうなのよ……?」

「売れてるのだ。10個中8個が万引きされてるけど生産コストが掛からないから問題ないのだ」



 2人は揃って「ダメだコイツ」と思った。



「……というわけで」



 3人は再び川島さんの部屋に戻る。



「原因はおそらくコレにあると思います」

「うん。私も思う」



 彼女たち3人は都合が合った時に集まってお茶会をする。以前は緑茶に煎餅だったものが問題児であるリリラウネの南姉妹が垂れ流す蜜によってメニューは蜜入りクッキーとミルクティーに変わり、摂取カロリーがダブルスコア的に増えたのである。



「……とりあえず」



 飯塚さんは立ち上がる。



「和田を太らせてくる」

「根本的解決になりませんよう」

「ではどうすればいいんだ……?」

「逆にあんた、報復しか浮かばなかったんだ……」

「やはりここは、運動です!U・N・DO!」



 藤崎さんは自室から何枚かのDVDを持ってくる。それを川島さんと飯塚さんの前にマジシャンがトランプを広げるように並べる。



「選んでください飯塚さん。『ビ●ーズブート●ャンプ』ですか?それとも『コア●ズム』がいいですかね?あ、もしくはこっちの……」

「私、あんたほどアクティブな芸術家は見たことないわ」

「却下しておく」



 飯塚さんはテレビの前で腰を回すような人ではなかった。



「飯塚さんはどんな風にして痩せたいのよ?」

「そうだな……無理なく、が一番だ。体が資本なんでな」

「元々ダイエットは『体を健康にする』という意味がありましたっけ」

「ところで同じように食していて、お前たちは変わらんな」

「川島さんは下半身の蛇の動きがありますからね」

「藤崎さんだって羽を動かして生活してるし」

「私の運動……マンティスとしての運動……」



 飯塚さんは1階に向かう。2人は反射的に飯塚さんの背を追う。



「どうしたんです?いきなり1階に向かうなんて……」



 3号室のインターホンを押すと、当然、扉の向こうから和田さんが出てくる。



「ありり?和田さん、どうしたのだ?」

「……切り捨て御免(シュッ」

「ギャーッ!!?」

「きゅ、救急車ぁ!!警察ぅ!!」

「飯塚さん人の健康を害する運動をしないでください!」

「マンティスは獲物を狩るのが運動だからな」

「そうは言っても限度があるでしょ!」

「どどどどうしましょう川島さん!首からの出血が全然止まりません!」

「首を圧迫すれば……止まる」

「「飯塚さんは黙ってて!!」」



 片桐妖怪荘は今日も平和だったとさ(ぇ
14/09/03 15:10更新 / 祝詞

■作者メッセージ
 それから和田さんは命に別状無し、飯塚さんはなんとか示談で済みました。

 無事でないのは祝詞のギャグワールドでした。

 リリラウネ好きの方々すいません

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