連載小説
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ワームの世界
 手元に本がないと、どうにも落ち着かない。眠る時さえ手放すことも惜しい――。

 それが私、セラ=ロッジの癖だ。

 まだ自分と他人の区別さえ曖昧な幼少の頃から本に触れ、本と共に過ごした私には無理もない癖なのだろう。



 だから私は今――手元に本がないことに気付き、あたりはまだ薄暗いというのに目を覚ましていた。

 「……今、何時だ?」

 なにやら周囲の景色が違う。確か司書室で寝ていたはずだから、古めかしい木目の天井が見えるべきなのだが、私が寝呆けているのでなければ、周りはどう見ても屋外だった。
 暗い闇に覆われた空、それを遮る木々の葉。森の窪地か何かか……?

 「……ふぁっ」

 一度あくびをして、手を大きく伸ばす。意識が鮮明になり、私はすぐに違和感に気付く。

 「…………嘘だろ?」

 とぐろを巻いた深緑色の蛇。びっしりと鱗に覆われたそれが私の腹部までつながり、腹部から胸部にかけても同色の鱗が連なる。二の腕と首筋だけが僅かに、人間の肌を露出させている。


 「…………そうか」

 私は、魔物になったようだ。



 長い蛇身に鱗とくれば、旅人を襲うラミアではないかと推測したが……。ラミアにしては上半身に鱗が多すぎる。
 私は文献で見た程度だが、ラミアは旅人に警戒心を与えないため上半身は只の人間の姿だという。この姿はどう見ても人間ではない。
 両腕も巨大な鉤状の爪が付いた、装甲化したものへ転じている。

 爬虫類型魔物のリザードマンではないかとも考えたが、脚がない。これも違う。

 ならば……。


 「……なるほど。ドラゴンか」

 天を覆う巨影。都市ひとつを焼き尽くす、魔物の中でも最上位に位置する存在。
 おそらくその一種の魔物だろう。

 「ちっ……ペンはなしか」

 服も当然なく、全裸ということに気付いてかあっと頭に血が昇る。蛇身を無意識的にくねらせ、林の中に身を隠した。
 おそるおそる顔を傷つけないよう爪の手で顔を触るが、眼鏡もなくなっている。それでも視界にこれといって差がない。

 「魔物になって視力改善?」

 ふっと冷笑が洩れた。馬鹿馬鹿しい。
 いつも仮眠室でそうするように体を地面に横たえると、自然と蛇身がゆるやかなとぐろを巻く。自分の脚の感覚が自分の足先に当たるという奇妙な体験だ。



 私は枢密院の開架図書館の司書だ。つまりは枢密院に勤める神官やその他職員向けの書物を管理する役職だな。
 当然、司書である以上様々な分野の書物は読み漁ったし、魔物に関する書物ももちろん触れたことはある。私の権限で読めるもののみだが、いずれは閉架図書館の司書へ繰り上がり出世する身――焦ることはないとかまえていた。

 「……まさかここで魔物化とはな」

 魔物化。詳細なメカニズムまでは解明されていないが、確認されている百ほどの魔物のうち、人間の女性へ魔力を注ぎ込み、自身と同じ種族の魔物へ変異させる性質を持つものがいる。
 女性の一人旅は厳禁、男女ペアでの旅も自治体の許可が必要という処置も、これを警戒してのことだ。

 なぜ警戒するか? 魔物化した人間は、その記憶を受け継いだまま魔物となるという。つまり人間側が秘匿している情報――結界の発生源や教団の新兵器なども漏洩してしまうということだ。


 正直、人間の知識を受け継ぐなど半信半疑だったが、皮肉なことに私自身が魔物となったことで確信した。

 こんな下賎な姿になろうと、私の知識は変わらない。今もう一度司書試験を受けろと言われれば、容易に合格することも可能であろう。

 「ふ、ふふっ……」

 この姿で試験を受けているさまを想像し、思わず笑いが洩れる。

 私は思いのほか絶望していない。この身が変わろうと、私の飽くなき知識への探究心と書物への愛は変わらないのだ。

 「さて……。ここがどこかを把握するのが先決か」


 羞恥心を振り切り、全裸同然の姿で森の窪地にもう一度蛇身をくねらせる。絶えず脚を擦っているような感覚だが、そこに不快感はない。

 「感覚も魔物化するということか?」

 面白い。どこかでノートを見つけ、この様子を記録していこう。




 日が昇るまで私は、近くの泉でまず己の姿を確かめた。
 長く伸びた角に、鋭利な牙。ドラゴン属の魔物の特徴が顕著に出ている。顔や短めの髪だけが人間の時の面影を残しているのも面白い。

 ドラゴンとは、魔物であるにかかわらず非常に高い知性を持ち、会話すら出来ると聞いた。東方の地ジパングでは亜種ドラゴンが水神として祀られているという……。私にふさわしいではないか。


 「それに……。なかなかの美人になったな。私も」

 どうしても机仕事で徹夜することも多い身。女としての魅力が僅かながら消えていることを自覚はしていたが、今は違う。
 才色兼備という言葉が今の私には良く似合う。眼鏡でバランスが崩れていた顔立ちも怜悧なものに戻り、神官どもの目を釘付けにして離さない美貌だろう。

 「悪くないな」

 最近魔王が代替わりし大きく変質した魔物たちは、男を誘惑するための美貌をもつという。その方向性は様々で、ただ乳の大きいだけの下品なものから、ドラゴンのような女神のごとき神々しさをおぼえるものまで。

 私もドラゴン属の魔物となったので、より高次元の美が備わったのだ。

 「ふふ……あははっ!」

 知と美を兼ね備えた存在。なんと愉快だろう。

 「折角だ。男の一人や二人でも捕らえてみるか……」

 と、呟いたところで気付く。それでは下賎な魔物と一緒ではないか。
 危ないところだった。一度顔を洗い、気を引き締める。

 当座の目標はノートを手に入れ、『聖都』を目指すこと。そしてそのノートを対魔物学の神官にでも手渡すこと。
 結界に阻まれるかもしれないが、私の知性を見れば衛兵どもも気付くだろう。私が枢密院図書館の司書セラ=ロッジだということを。




 辺りが明るんできて、私は移動を始めた。
 その歩みは人間だった頃より遥かに速い。木々を爪で薙ぎ倒し、小動物を踏みつけて進む。
 多少下品ではあるが、これも爽快だ。

 まさか私の知らないほど遠くの森にいるとは思えないが、私の知る限りの森ならば半日ほど進めば抜けるだろう。
 ああ、そういえば魔物に怯える必要もないのだった。


 「……ところで、なぜ私はあんなところに?」

 私が魔物化したとなれば、何らかのドラゴン属の魔物が私をさらい、魔力を注いだということになる。
 何のために? いやそもそも……なぜ魔物は女性を魔物に変える?

 知識があるということは当然、反目する可能性も十二分にある。魔力攻撃が通じない相手など魔物にとっては天敵も同然であると言うのに。


 「……面倒臭いな」

 情報が少なすぎる。いっそノートを手に入れたら、近くの魔物どもに聞いてみるのもありかもしれない。
 魔物に聞き込みか。一層、蛇の道は蛇の様相が出てきたな。


 多少大回りにはなるが、ユナーのあたりにでも行くとしよう。ちょうど親魔物であるし……そこで食料とノートを調達し、情報を集め『聖都』に凱旋する。

 「まさか人類の癌がこんなところで役に立つなんて」

 先日ようやく親魔物だと尻尾をつかんだあの街が、よもや私の役に立つとは。証拠を持ち帰るのもいいだろう。この姿なら街を守る低俗魔物や人間など何の障害にも……

 「っ……なんだ?」

 どうしてか急に頭痛がした。木々を薙ぎ倒していた爪が震えている。
 私の爪が邪魔者を振り払うその様子を想像すると……また頭痛とめまいがする。

 「馬鹿な。怖いのか?」

 相手は人類の汚点だぞ。正気でありながら魔物どもに味方するという愚かな連中だ。近く教団の遠征隊が到着する手筈ではあったが、私が裁こうと特に問題はないだろう。
 親魔物の連中など、いくら殺しても罪には……

 「っ……ああっ!」

 脚が止まり、木々にもつれて倒れてしまった。
 呼吸が荒い。まるで徹夜明けのような鈍痛が頭を揺さぶっている。

 「はぁ……落ち着け……。何を怯えている」

 よくわからないが、何かの拒絶反応のようだ。そういったことを考えるのを、体が拒否している……?
 魔物になると体質が変化することは知っているが、これも一種の体質なのか?

 「わけがわからんな……」

 はぁっと一度息をついて、また立ち上がる。
 あれこれと仮説を立てながら、私は森の中を進む。




 昼過ぎになり、私は森を抜けた。東に『聖都』の大聖堂が見える。この距離だと、ざっと百キロはあるか。

 脳内にある地図を参照し、私のだいたいの位置を割り出す。

 「……好都合だ」

 ちょうどユナーの近くだ。確か周辺で目撃されていた魔物はワーキャットやワーウルフ。どちらも危険性の高い魔物だが、今の私には何の障害にもならない。


 勇んでユナーに突撃したはいいが、その街の様子は大きく変わっていた。
 青い髪、ピンと突き立った獣耳――ワーウルフどもが闊歩していた。

 「わうう? おねえさん、誰?」

 まだ十歳にも満たないであろう小さな女の子が、私の足元に寄ってくる。魔物の幼生……いや、元は人間の女の子だったのだろう。
 ワーウルフは魔物の魔力を拡散させやすい。魔物を受け入れ、自らが魔物化するとは……。なんと愚かな。
 もし私がまだ人間の姿だったなら含み笑いをしていただろうが、今の私には複雑な心境だ。


 「セラ=ロッジだ。『聖都』で枢密院の開架図書館司書をやっている」

 「せいと? きいたことある。わうう。おねえさん、あのおっきなしろからきたの?」

 「そうだ。何か、ノートとペンはないか」

 わうっ、と元気よくその少女は鳴いて、近くにいた親らしいワーウルフに駆け寄る。割烹着を着ているところを見ると、やはりこいつも元人間だ。
 ワーウルフ化したのに人間としての習慣を持っているのか。なるほど……。


 しばらくして、幼いワーウルフが(庶民には似つかわしくない)羊皮紙を束ねたノートとペンを持ってくる。親は私に対して警戒のまなざしを向けている。
 ……なんだ? ドラゴンは同族にとっても警戒の対象なのか?

 「……私はこれで失礼する」

 何かこの場にいたくなくて、私は足早に立ち去ることにした。

 「わう。じゃあねー」

 無邪気な声に軽く手を振り、踵を返す。



 ふと気になり、街の反対側――山に通じる方へ回ってみる。

 「もっと、もっとほしい。もっといれてぇ! わう!」

 まだ年端も行かない十歳ほどの少女のワーウルフが、茂みの中で青年を強姦していた。青年にまたがり腰を自ら動かし、聞くに堪えない淫乱な音をだしている。青年は困惑とも歓喜とも取れる表情で、だが止めようとしない。
 耳を澄ませばいたるところで犬の鳴き声に似た嬌声が響いている。年齢は様々で、子どもや私と同年代の女が多い。

 「…………」

 僅かに胸へ手を触れると、ぱらぱらと音を立てて胸部から腹部にかけての鱗が剥がれ落ちる。
 人間だった頃より豊満になった胸があらわになる。

 私は勃起した乳首に、爪の先を這わせる。

 「きゃっ……!」

 蛇身の先まで電撃に似た快感が走りぬける。あまりにも想像以上で、くたりと腰から力が抜けてしまう。
 轟音をたてて体が崩れ落ち、でも両手は止まらない。

 「はぁっ……だめっ……とまんないいっ……」

 ぱきりと音がして、蛇身と上半身の付け根――秘所のあたりを覆っていた鱗が砕ける。ためらわずそこに爪先を突っ込む。返しのついた爪が、まるで男根のように私の膣の中を乱暴にかき回す。

 「ひゃあんっ! だめぇっ……っ」

 数十秒しかかからなかった。私は絶頂に達し、くたりと背中から力が抜ける。爪を抜くと、ぬったりとした液体が手を染めている。

 「えへへ……」

 なんだろう。きもちいい……。
 でも、まだ足りない。

 「……おねえちゃん? わう」

 「……ああ。なんだ、おまえか……」

 倒れた私の視界に、あの幼いワーウルフがうつる。正気に戻れば、もう周りで溢れていた喘ぎ声はない。

 「おねえちゃん、おとこ、いないの?」

 どくん、と大きく体が鼓動する。

 「……そ、それが。それがどうした」

 「わう。なんか、かわいそう……おなにーだけって、かなしいの。わう」

 少女はそう言って丈の長いワンピースをめくる。綿で作った幼児用の下着がべっとりと濡れていた。

 「は、ははっ。おまえもいないんじゃないか」

 その笑いには私らしい余裕がなかった。

 「……わうう。でも、すぐにみつかるもん。まいにち、おねえちゃんとさがしてるもん」

 なんだ……。人間からワーウルフに堕ちてすぐ男探しか。


 「おねえちゃんは、おとこ、さがさないの?」

 鼓動が早くなる。

 「ふ、ふん。男など、別に…………」

 いや……そうだ。
 この美貌があるのだ。男を一人か二人、侍らせてみるのも悪くない。
 私にはこの力と、知性と、美貌があるのだ。

 新しいことに挑戦してみるのも悪くない。


 「感謝しよう。ワーウルフ。新しい目的が出来た」

 「わう。どういたしましてっ」

 可愛らしく笑うワーウルフを撫で、私はまた人間には到底追いつけない速さで走る。
 私に釣りあう男を探して。



 夜も更け、私はノートにわかったことを記していく。
 主に主観的な事柄を。魔物と転じた身にしか書けないこと。魔物と転じた者にしか得られない経験だ。

 「ふふふ……。これを寄贈すれば……」

 私の名も更に知れ渡ることになる。セラ=ロッジの名が、人類の英知に生を捧げた偉大な先人と共に語られる……。なんと素晴らしいことだ。

 魔物の身に堕ちながらも、衰えぬ知性と類稀なる美貌の女。ああ……素晴らしい。

 「早くっ……おとこ、ほしい……っ。あんっ……」

 現実の私は、記述を終え泥沼の中で自慰をする。何度絶頂に達しようと、体が落ちつかない。

 こういった欲にも、正直になることにしたのだ。
 『聖都』に凱旋するまでは、私は大地に君臨する魔物の王ドラゴン。抑える必要もないのだから。





 『変異二日目・朝

 私の体に変化はない。司書の心得二十か条をそらんじることも容易な程度には、私の知性も変化はない。当然だ。
 今のところ、既知のことは昨日記したとおり。私の人間的性格は何ら変質することがなく、魔物化が人として死より恐ろしいという教団の教義にも異を唱えるべき時なのかもしれない。
 私はそれを、身を以って証明できるかもしれないのだ。
 一部の偏狭な学者が語るように……教団も変わるべきなのかもしれない』


 そういったことを私はノートに記し、首筋の鱗にしっかりと挟み込む。そして私はまた草原を走る。男の気配を探して。


 私は失念していたが、このノートを対魔物学のバイブルの一冊とするためには、やはり一日二日程度の記録ではだめだ。色々な状況を私が体験し、私自らの主観と先人の知を結びつけ、矛盾を叩き、真実へと昇華させる。
 それこそが必要なプロセスだ。

 「はぁっ……男、男はいないか……」

 私の息は荒い。当然だろう。
 自慰ごときでおさえられるはずもないのだ。あの……なんだったか、昨日寄った村に取って返し男を略奪すべきだったのかもしれない。
 だが面倒だ。それに、どうにも気が進まない。




 昼になり、私は近くの川に生息する水牛を食した。ドラゴン属の爪をもってすれば水牛などただの食料に過ぎず、初めて食べた生肉の味は私の心を潤した。

 「……どうにも疲れるな……」

 思えば、どうして私は相手が官吏の連中や司祭などでもないのに堅苦しい口調なのだろう。職業病か。そういえば慢性的に肩こりに悩まされていた気がするが、これもそのせいか。

 「やめたやめたっ。もっと素直にいかないと」

 素直に、ということで私は上半身を沿って地面に擦りつけ、めまぐるしく様相を変える大地によってわき腹や膣の周りといった性感帯を刺激した。魔物ならではの荒い自慰。

 「はぁっ。これ、きもちいいかも……っ!」

 歓喜に体が震える。歩行に必要のない両手も乳首を慰めることに使った。

 だらだらと体から様々な体液が大地にこぼれるが、それもまた背徳的な美であり、私に強い悦びを与えていた。

 今の私からは強烈な女としての魅力があふれ出ているのだろう。近くに童貞でもいれば間違いなく飛び出てくる。

 「おとこ! おとこはどこっ」

 変異して以来動体視力も強化されていた。馬と同程度がそれ以上の速さで動きながらも、目ははっきりと周囲を捉える。岩の陰。木の陰。湖のほとり。

 日が落ちるまで私は色々な場所に体液をふりまき、そして湿地に身を落ち着ける。


 「はぁー……きもちいい……」

 泥の中で体をくねらせると、良質で暖かい泥が体を優しく包み込んでくれる。どっぷりと浸かって、気まぐれに蛇身を動かす。


 「おとこ、いないなぁ……」

 どうしていないんだろう。えっと、何だっけ……そうだ、旅をしてはならないっていう教団のお触れがあった。あれがもしかすると出たのかもしれない。

 「なにかあったのかな」

 私がこの魔物になって二日だが、私が魔物に変異するまでにかかった時間はわからない。その間に何かがあったのかもしれない。
 確かジミー・ウェルズの書によれば魔物化のシークエンスは……

 「……まあいいや」

 別に思い出したところでどうということもない。私は今ここにいて、そしていずれ『聖都』に戻るつもりなのだから。あのノートを完成させて。

 「あ、そうだ。忘れないようにつけとかないと」

 泥から這い出てノートをとりに行こうとすると、近くの流木が私の乳首を撫でた。「ひゃうんっ」と声を上げて倒れ、そこからはもう終わりない自慰がはじまる。

 「だめぇっ……おとこがいなきゃ、だめぇっ!」

 湿地帯の泥を巻き上げ、ドラゴンらしい派手な自慰を続け、私の夜は更けていく。




 『変異三日目・朝
 私の体に特に変わりはない。知性も相変わらず保たれ、私は頭もよくて美しい女として変わらずあり続けている。
 ただ、男が欲しいと強く思う。もう私は独り身なんて嫌なのだ。毎夜毎夜暖かいがどこまでも無機質な泥だけが体を包むなんて、なんと空しい。他の魔物に顔向けできない。
 早く男を見つけたい』


 私の体力はまったく衰えない。
 ドラゴンが不死身といわれるように、ドラゴン属の何かの魔物となった私も、一晩中ほとんど眠らずに自慰しようがまったく疲れない。朝食を抜こうと何も変わらない。

 でも私は近くの草原の羊を数匹食べ、また進む。今度は日の昇る方へ。

 「昔読んだな。こういうおはなし……」

 太陽の向こうには船があって、そこに女神様がいる……だったかな。
 あの時はまだ素直だった。いつからあんなひねくれた、人の目に敏感な女になったんだろう。

 「でも大丈夫。今の私は、純粋なまま……」

 子どものように純粋でありながら、大人すら舌を巻く知識を誇り、娼婦すら裸足で逃げ出すほどの美貌と性技を兼ね備える。まさに無敵だ。

 「だから、おとこ! おとこがいないとっ!」

 私の女としての心はどこまでも、男を、私の子宮を叩く男根を求め続ける。



 皮肉なことに、半日かけて草原、森、廃村、湖、山を移動しようとも、男には出会わなかった。
 何かのろわれているのだろうか。

 会うのはただ同族の魔物ばかり。草原にいたワーシープは私を見て気絶し、森にいたジャイアントアントは一斉に巣に逃げ帰る。廃村にいたゴーストたちは気配を消し、山にいたドワーフは警戒心を剥き出しにしていた。

 「どうして。どうしてみんないじわるするの……?」

 私は別に傷つけるつもりなんてないのに。ドラゴンだから? ドラゴンが強すぎるから……?


 悲しみはより、男への渇望を強める。もう走りながら自慰しようと性欲は抑えられない。もういっそ女相手でもいい――そんなことすら思うようになっていた。


 岩山を砕き、草原を掘り返し、わずかな窪地があればそこに体を押し付け男の残り香を探る。私のすべては男を探すことを望み、体がそれに答えている。

 「おとこぉ……おとこぉ……!」

 大地を荒らしまわれば騎士か教団兵あたりでも寄ってくるかと思い大暴れしたが、低俗な闇精霊ぐらいしか寄ってこない。

 「どこだ……おとこ…………」



 そうしてまた日が暮れ、体を泥沼に横たえる。沼はわずかに霜がついていて、相当遠くまで来たことを知る。

 「遠くって、どこから……」

 ああもう。考えるのが面倒くさい。

 私はまた、男を求めて疼く体を自ら慰める。
 乳首はわずかに赤く膨れ、じっとりと濡れている。もうずっとこんな状態だ。でもそれが幸せ。
 早く赤ちゃんを産みたい。おっぱいをのませてあげたい。たくさん子を産んで、たくさんしあわせになるんだ。


 「ああ、おとこ……どこ。どこにいるの……」




 『変異 四か五か六あたり 日目
 もう書くことがあまりない。これといって変化はないし、私の魔物化も止まったのだろう。そうなればこれを書く必要もないか。一応持ってはおくけれど。
 体は変わらず男の体を求めて熱を発し、とにかく男が欲しい。
 男がどこかにいれば。私はしあわせなのに』


 もうこれを書いている時間ももったいない。

 私は出発する。男を探して、ひたすら走る。

 人里はない。今の私にはへっちゃらだけど、かなり寒いところだと思う。ただ、昼下がりになって降ってきた雪の冷たさが目新しくて、私は積もった雪の中で火照った体を冷やした。


 そうして。夕暮れの頃。


 「おとこ……おとこのにおいっ!」

 私はついに見つけた。雪の中にあるキャンプのあと。燃えた燃料のにおいに混じって、濃厚な男のにおいがする。
 すうっ、はあっと何度も何度も深呼吸して、男のにおいを体中に行き渡らせる。


 「こっち! こっちにいるううう!」

 においは薄くなっても残っていた。激しくなる雪の中を走り続ける。雪崩が私を邪魔しようと、私はひたすら走り続ける。

 どうどうと鳴るのは私が走る音なのか吹雪なのかもうわからない。前もよく見えない。ただ、男がこの先に間違いなくいることだけは、私が生まれながらもった魔物の本能が教えている。



 見つけた。


 「おとこおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 私は吠えた。雪がそれに共鳴し、遠くを何か大きな生物と歩く男が振り向く。
 短い髪の、とってもかっこいい男。鎧を着ている。騎士かな。

 「まてええええええええっ!!」

 雪で滑る地面を蹴散らしながらまっすぐ走る。男が横にいる生き物に乗り、それが大きな翼を広げる。
 あれは……ドラゴン?

 「クソッ! こんなところにワームがいるなんてな……!」

 男は私を見てそう言う。私はあまりにも嬉しくて、にっこりと笑っていた。
 目が合ったから。私に気付いてくれたから。私のことを意識してくれたから。


 「まってええええええええっ!!」


 私はまた走る。空飛ぶ男を追いかけて、雪山をくだって、凍った原を通って。
 どんな炎が飛んできても、矢や剣が落ちてきても、足元で誰かが騒ごうとも。

 夜になっても朝になってもずっとずっとずっと追いかけ続けた。

 私の求めた男がいるんだから。ぜったいぜったいにがさない。








 にげられた。

 「はぁっ……まって……いか、ないで……」

 どさあっと地面に体がたおれて、あれだけ元気に動いていた体が、びりびりしびれてもう動かない。

 心はひたすらセックスしたいセックスしたい子どもがほしいって言ってるのに、体が動かない。何か食べないと、動けない。

 「ごはんー……ごはんー……どこー……」


 いつもより何倍もおそく体が動いて、近くのひつじをむしゃむしゃ食べる。ぐうっとお腹がなったから、近くにたくさんいたひつじや牛をぜんぶ食べた。

 「はぁー……おとこ、どこ……?」

 どこにいるんだろう? 早くセックスしたい。はやくしたい。ぐちゅぐちゅって音だしたい。男をぐるぐる巻いてゆっくりセックスしたい。


 ぱしんと音がして、私のしっぽに何かが当たった。ふりむくと、少年が、けんをかまえてぶるぶるふるえている。

 「よ、よくも。よくもじっちゃんの羊を!」

 向こうのほうでおばさんが「早く逃げて!」とさけんでいたけど、そんなことはどうでもよかった。

 「おとこ……みぃ、つけ、たぁぁぁぁぁぁぁ!」

 私はその少年をしっぽでからめとって、ぎゅうっとだきしめた。ばちばちと魔力が音を立てて、私と男をつつみこむ。

 「はぁっ……おとこぉ……しあわせぇ……!」

 少年の顔に私はたっぷりと胸と乳首をこすりつける。たくさんたくさん待たされて、やっと男を手に入れた私の乳首はすぐにぬれて、膣からだらだらとえっちな液がでてくる。


 「わっ、は、はなせっ! 化け物っ!」

 少年がうでやあしを動かして、私の胸をもんでくれる。私はうれしくなってもっともっとぎゅーっとだきしめる。

 「わぁ……たったぁ。じゃあ、セックス、しよー?」

 あっという間に少年の男根はたっていて、ぼろぼろになった服をぬがしてあげた。私も少年も裸で、とってもどきどきする。だらだら口からよだれが出てとまらない。

 「ねぇ、いれてぇ。私の膣に、いれてぇ……」

 「な、なんだよっ。なんだよおまえっ!」

 少年はもう真赤になっていて、大きな男根も真赤になってどくどくふるえている。私が手でぐいっとしごくと、白い精液がぶしゃっととびでた。

 「精液っ! でたっ! でたぁっ!」

 私は口で飲んで、こぼれた精液を爪にからめて膣の中にいれた。とってもおいしいけど、でもそんなのじゃ満足できなくて、私は少年を両手で抱いて、まだ勃ちっぱなしの男根を、私の膣にぐっと押し込む。

 「ひゃあああんっ!」

 体ががくがくふるえて、でも私の腰は元気よく動く。「あっ」とか「やめっ」とか男も喘いでいて、私はますます楽しくなって、乳首を男の口の中に入れる。
 ちゅうちゅうと吸ってくれて、ほとんどすきまのない膣がどろどろの液でさらにぬるぬるぐちゃぐちゃになる。
 腰をふるたびにえっちな音がたくさんでて、私も男もどんどん楽しくなる。

 「ねぇだしてっ。なかにだしてぇっ!」

 ぎゅうっと膣をしめつけると、男が「ひゃあっ」とびっくりして、あつい精液が子宮を満たしていく。

 「やった……やったぁ…………」

 子宮の中でたくさんの精子があばれまわって、私の子どもを作ろうとがんばっている。

 赤ちゃんがほしいから、私はもっともっと、セックスをつづけた。





 「……おい魔物」

 「なぁにー? せいえき、たまったぁ?」

 わたしはとってもたのしみで、膣の中に手をいれてじゅくじゅくならした。

 「……あ、あとでせ、セックスしてやるから、あの山に行って薪をたくさん拾って来い」

 「ひろったら、してくれるのー?」

 少年がうんっていってくれたから、わたしはまた山にのぼった。とおくでなにか、少年とおばさんと老人が話をしていた。

 たくさんまきをひろって、少年にわたした。

 「できたよぉ。じゃあ、セックス、しよー?」

 「ま、まだだ。次は、あっちの森からたくさん木の実と、これ。この薬草をとってこい」

 「わかったぁ」

 わたし、すっごくかしこい子だから、がまんもできるもん。

 しっかりおぼえた薬草とたくさんの木の実をとってきて、わたしは少年をぐるぐる巻きにする。

 「えへへー。もうまてないー♪」

 「ま、待った」

 「やだぁー。もう膣がひくひくいってるもんー」

 少年はきょろきょろしたあと、まっすぐわたしを見て、怒った顔でいった。

 「オレは男だ。オレがいないと、赤ちゃんつくれないぞ。オレが嫌がることを無理やりするなら、オレは逃げてやる。それでもいいのか!」

 わたしはなきだした。

 「やだぁー! あかちゃんつくれなきゃやだー! にげちゃやだー!」

 少年がすこし笑って、わたしのほっぺたをなでなでしてくれた。

 「無理やりなんて、よくないんだぞ。ゆっくり、赤ちゃんつくっていこう」

 「うー……わかったぁ」

 わたしはかしこいから、待つことだってできる。

 ゆっくりでも、ぜったい赤ちゃんつくれるから。何回も何回もセックスすれば、ぜったい赤ちゃんできるもん。



 夜になって、一人でオナニーしていると、なんだか声がきこえてきた。

 「……じっちゃん、あれでいいの……?」

 「ああ。放浪の学士殿が言うに、ワームってのは、子作りのことしか考えていない魔物じゃからな。あれでいいのじゃ」

 「…………なんか、かわいそうじゃない?」


 「……ほほう? アンゼル、おまえもなかなか、スミに置けん男じゃな。まさか魔物を娶ろうなんて」

 「ち、違う! ただ、なんか、さ…………」

 「あのでかいおっぱいに誘惑されたか? わかるぞわかるぞ」

 「ち、ちがうって! でもじっちゃん、魔物なのに、そんなこと……」

 「ワシは別に、魔物が嫁だろうと構わんよ。羊と牛を食われたときは腸が煮えくり返ったが、あんな働き者の嫁がいれば、食い扶持には困らんじゃろうし」

 「……でも、魔物だよ?」

 「ああ、アンゼルは知らんかったか。ミーラさんにはもう言うたが……最近の魔物はどうにも、人間の、特に男にはそれはそれは友好的らしいぞ。ま、夜伽事が大好きみたいじゃがなぁ!」

 「…………なんか、そのことしか頭にないみたいだけど……」

 「なんて言いながら、なんじゃ。その手にあるのは。おまえがガキの頃使っていた勉強本じゃないか」

 「……いや。ちょっとでも、普通の女の人になったらいいなって」

 「はっはっは! 魔物に勉強を教えるのか! こりゃあ将来は教団の賞金首かもなぁ!」

 老人は楽しそうに笑っていた。


 「……それに、これ。あの魔物の鱗にはさまってたんだ。読めないけど」

 「んん? ノート……? 変異? なんじゃこれは……? 随分達筆な字じゃな。大人、それも相当な学者か何かの、研究レポートかのう……? これをあの魔物が?」

 「きいても『おもいだすのめんどくさいー』とか言うから、何か知ってるとは思うんだけど……。なんだろう?」

 「うーむ……わからんな。ただ、魔物が持っていたとなると、何か思い入れでもあったのかもしれんな」

 「……不思議だなぁ。魔物って」

 「なんじゃ? もっと知りたくなったとかノロケる気か? ん?」

 「ち、ちがうって!」


 あしたのセックスのことを考えると楽しくなって、草原でばたばたしっぽをふった。




 何回も何回もセックスをじらされたり、むずかしい話をいっぱいきかされたり、なんだか色んなところをいっしょに歩いたりしたけど。

 アンゼル(名前おぼえたよ!)はかなりかっこいいあたまのよさそうな男で、そんなあたまのよさそうな男なのに、どうくつやもりの中につれていくといきなりセックスしてくれたり。わたしもびっくりするほどはげしくて、どきどきしちゃう。

 アンゼルはわたしに、『ふつうの、おとなしい女の人』になってほしいみたいで、わたしが子どもを産めたらいいよっていうと、よろこんでくれた。

 じっちゃんからも「子どもができたら夫婦になってよいぞ」っていわれて、夫婦になることはとってもしあわせなことだから、わたしはさらにがんばってまいにちまいにち運動して、子どもができるようにがんばって。


 「やったぁ……♪」

 やっと、わたしのおなかがぽっこりふくらんできた。

 あとどれくらいたったら、わたしの子どもが産まれるかなぁ。




 わたしはいま、とってもしあわせです。

 かっこいい夫と赤ちゃんといっしょにいられて、とってもしあわせです!


12/11/27 00:57更新 / 地味
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■作者メッセージ
 読んで頂きありがとうございます。
 ワームの世界、お送りいたしました。
 ネタとしては健康クロス様がワームの図鑑を公開された時からあったのですが、その時は前作を執筆中でした。


 今回の話について入る前に、前回の「セイレーンの世界」についての謝罪を。
 自分で読み返し、かつ皆様の(主にvote数や感想等から見た)ご意見から鑑みまして、あれは良くないだろうと、深く反省致しました。
 どこがと申し上げるとやはり、原典には全くない「男をとっかえひっかえして遊ぶ」というところでしょう。


 また、このシリーズとしてのコンセプトからも著しく外れたものであったことは事実です。長く書かなかったせいなのかはわかりませんが、私自身がコンセプトをブレさせてしまいました。
 特に久々の正規の話だと期待して読んでいただいた方々、本当に、申し訳ありませんでした。


 そういう意味で、今回は出来るだけ早くあげることを心がけました。

 設定は原典に沿ったものであり、そこにわずかに私の作れるテイスト(魔物化した女性のパーソナリティや、連想されうる文化等)を混ぜ萌えを演出する――という、このシリーズのコンセプトをできるだけ踏襲したものとなるよう努力致しました。

 また、前回と比べ書いている時も楽しかったです。これが大事なのかなと思いました。

 テイストとしては、やや異色な気もしますが、そこに含めた『魔物化モノとして必要な萌え成分』はなるべくブレないよう心がけました。
 ですが、やはり不安は拭えないので、皆様の感想をお待ちしております。



 以下は完全な蛇足ですが、これを書いている際たびたびダニエル・キイス氏の『アルジャーノンに花束を』が頭をよぎり涙腺が緩みました。

 最後まで読んだ後に最初から読んで頂くと、何か違ったものが見えてくるかもしれません。そういったことをして頂いた方には、私から最上の感謝を贈らせていただきます。

 これからもなるべく忘れてはならないことを忘れないよう、そして読んで頂いた皆様に楽しんで頂けるよう、努力して参ります。

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