わたしは、森の泉のほとりで泣いていた。

　「どうして……っ。どうして、わたし、こんな……」

　蒼色の翼。三本指の細長い脚。どれも、おぞましい。

　わたしが魔物になったなんて……！


　いつわたしが魔物になったのかはわからない。

　ただ、何かぼんやりと覚えているのは……寄宿学校の音楽室にいて、ピアノの掃除をしていて――気がつくと、あのおぞましい魔物の前にいて、わたしの前で二匹の魔物が楽しそうに話していて。
　わたしは零れ落ちるように木の上にあった足場から落ちて、翼を広げてこの泉まで着地していた。恐怖と絶望だけで、でも死ぬことは怖いから、知らずに体が飛んだんだ。

　人間は飛べないのに。わたしは翼を広げ、傷一つなくこの泉に降り立っていた。

　「ちがう。ちがう……魔物なんかじゃ、ないもん……」

　魔物はとっても怖くて、人間を襲う。襲って食べてしまうならまだしも、連れて帰っておぞましい魔力で魔物にしたり、恐ろしい実験に使うらしい。
　教団の遠征部隊の人たちが誰も帰ってこないのも……魔物が作った新兵器で全員やられてしまったからだって。

　そしてわたしも、魔物のおぞましい魔力で、魔物にされてしまった…………。

　「はぁ……くっ……」

　息が苦しい。昔からそう。嫌なことがあると、胸がぎゅっと締め付けられて、息が苦しくなる。音楽を学ぶために別の学校に入ると決まった時も、初めての歌の発表の前の日も。

　「はぁ……あっ。た、す、けて……」

　地面に倒れて、手を動かすと蒼い翼がばさばさと動く。腕を伸ばせば鈍く光る羽が姿を見せ、それがわたしの腕だってことを、つきつけてくる。

　「やだ。やだ……！」

　ぜぇぜぇという息が、やがてひゅうひゅうとかすかにもれるだけになって、わたしの意識は、途絶えた。

　「なに、してんの？」

　緊張感のない声が、最後に耳にまとわりついて。






　目を開くと、緑の肌、緑の髪の女の人が前にいた。

　「あ。起きた。珍しいね、セイレーンがこんな森で倒れるなんて」

　少し体を起こす。大きな花の中に立つ、裸の女の人。街にもなかなかいないような美しい人で、変わった色と足元の花以外なら、別に変なところはない。

　「あ、あなたは？」

　「ん？　あたし？　あたしはパイアー。あんたは？」

　「わたし……アンジェ＝フォスラ」

　わたしは普通に名前を言っただけなのに、パイアーさんは不思議そうな顔をした。

　「あれ？　セイレーンっぽくない名前ねー。なんか呼びづらいし……」

　「セイレーン……？　セイレーンってあの、海辺の魔物……？」

　船乗りが最も恐れる魔物だ。空からいきなり襲い掛かってきて、そのまま連れ去っていく恐ろしい鳥の魔物。

　「海辺だけじゃないんだけど……って、あんた、もしかして『成り上がり』の子？」

　「え？」

　パイアーさんはにやっと笑った。

　「じゃあとりあえず、そこの泉で自分の姿見てみなさい。特に顔」

　言われるがままに、ふらふらしながらも泉に近づいて、自分の顔を見た。

　「うそ……」

　教会のシスターさんよりずっとずっと綺麗な女の人がそこにいた。
　わたしの顔じゃない。でも、わたしの顔かもしれないとも思う。ただ、女としてずっと綺麗になっている。子どもっぽさがなくなって、でもどこか、親しみやすい。

　「こ、これ、わたしの、顔……？　鳥じゃないんだ」

　「なわけないでしょー？　まーた人間どもは嘘ばっかり教えてんのね」

　けらけらと楽しそうにパイアーさんが笑う。

　わたしは改めて、自分の体をよく見てみた。
　確かに、腕や脚は鳥になっているけど……服もちゃんと、かなり奇抜だけど着ているし、胸もだいぶ大きく、形も良くなっている。長い尾羽も、ちょっと体が動くとふりふりと動いてかわいい。
　髪も、結びも何もなかった黒髪ストレートから、左右で結い上げた変わった髪形になっている。奇抜だけど、不思議と悪くは見えない。

　「そ、そんなに悪くないかも……」

　わたしは思わずつぶやいていた。

　「でしょ？　魔物が人を喰うなんてのも全部ウソ。当たり前じゃない。あたしら、人間が大好きなんだから。特に男は」

　「う、嘘だ！　こんな、こんな恐ろしい爪があって、ドラゴンだって『聖都』を覆うほど巨大だって絵まであるんだから！」

　パイアーさんははぁっと呆れたため息をついた。緑の髪をまるで人間のようにいじりながら、さらに言う。

　「まあいいや。それは追々わかるだろうし。ね、とりあえずあんた、セイレーンなんだし……歌ってみたら？」

　「う、歌？」

　ぞくりと背筋が震え、心臓が締め付けられる。

　――きみはご両親から手ほどきを受けていないのかね。不信な。
　――もっと祈る気持ちをこめなさい。神への冒涜ですよ。

　「あ、あ、あ……」

　がくがくと脚が震えて、立てなくなる。蒼い羽がはらりと翼から抜けて落ちた。

　「あれ？　どしたの？　あんた……」

　歌うことが怖かった。

　来る日も来る日も歌のことを考えて、寄宿舎の夜すら、月光の下で歌うみんな。
　わたしもそれに付いて、がんばって声を震わせた。
　それは幸せだと思った。歌は大好き。歌うことは素敵。

　でも、そう思っていたのに――――


　「だめ。歌えない……」

　「どうしてさ。セイレーンの歌は魔物一。歌えばどんな魔物も発情する魔法の歌って聞いたんだけど？」

　「わたしには、歌えないの……やだ。歌いたくない……っ」

　パイアーさんはふっと息を吐いて、わたしの前に木の実や果物を置いた。

　「ま、とりあえず食べとけば」

　わたしがどうしてこんな森の奥にいて、今がいつなのかわからないけど。
　食べたこともなかった森の恵みの味は、とても美味しかった。



　森の中は明かりもなくて、夜は暗い。
　だけど月の光を反射する泉が青く輝いていて、パイアーさんも花の中から身を乗り出して月を見ていた。
　パイアーさんはアルラウネという花の魔物で、わたしはセイレーン。確かにわたしは魔物になったけど、なんだか聞いた魔物と随分姿が違うし、別に人間を食べたいとも思わない。

　頭がぐちゃぐちゃしてよくわからないけど、森のさざめきと月光がとても綺麗で、不思議ともう、痛くない。

　「……パイアーさん。セイレーンって、どこで暮らしてるんですか？」

　「ん？　だいたい木の上じゃない？　ハーピーと同じだから、高い木の上にコロニーでも作って暮らしてるんじゃないの」

　木の上……。わたしは両手の翼を広げて、ぐっと力を入れる。翼がはばたいて、いとも簡単に体が浮き上がる。自然とバランスを取って、近くの木の枝まで飛んで座る。ひんやりと冷たい。

　「ねぇ。こういう時こそ歌ってよ。男のいない寂しいあたしと、この月光のために」

　まるで酒場みたいなノリで、わたしはくすっと笑ってしまった。演劇の中でしか見たことがないことが、まさか本当にあったなんて。

　「……うん」

　ほんの一フレーズだけ。

　わたしは、水の精霊に捧げる歌を歌った。


　とてもとても澄んだ声。

　限界の見えない息。どこまでも高く伸びていく余韻。


　わたしは驚きすぎて木から落ちてしまった。ぱちぱちぱちとパイアーさんが拍手してくれる。

　「いい。いいじゃない。あたしの知らない歌だけど、なんかいい感じ。人間の歌？」

　「……うん。まあ」

　「全部歌ってよ」

　喉にひりつく熱さもなくて、でも心臓はまだ震えていた。わたしは首を振った。

　「……わたしが、もっとうまく歌えるようになったら、聞かせてあげる」


　わたしは決めたんだ。

　セイレーンたちのところへ行くって。




　日が昇って、わたしは泉から上空に飛び上がった。一際高い木。その枝の隙間に、小さな足場がたくさんある。ほんのかすかな記憶だけど、わたしは確かにあそこに立っていた。

　迷いはあった。魔物の中に混じったら、本当にわたしはもっとひどい魔物になってしまうかもしれない。今の姿はまだ人間に近いからで、向こうのセイレーンは本当の魔物なのかもしれない。

　色んな『かもしれない』が頭をかけめぐる。けれどわたしは、まっすぐそこへ飛んだ。



　見つけた一匹のセイレーンに、わたしは声をかける。わたしのように半分人間の姿をしたセイレーン。髪の色も翼の色も似ているけど、わたしと違う。

　「あの。わたし、歌を練習したいんですけど……」

　「え？　あれ、あなたもしかして、昨日森に落っこちたキュリア？」

　「キュリア？　森に落ちたのは確かにそうですけど、わたしはアンジェ……」

　「あーはいはい。やっぱりあんたね。パーティの子から話聞いてるから。ほんと、おっちょこちょいね」

　セイレーンは明るく笑って、わたしの翼を掴んで片翼だけで大きく旋回するように飛ぶ。木のまわりを回って、ある足場に止まる。その端に大きな、藁を固めて作ったお椀型の鳥の巣みたいなものがある。

　そこに二匹のセイレーンが、翼をたたんで眠っていた。

　「連れてきたわよー。キュリアってこの子でしょ？」

　二人が起きて、わたしを見て、「そうそう！」と言う。わたしはあっという間にその二匹のセイレーンに囲まれた。

　「もう。初ライブの前に落ちるって何なの？　あんた昨日あんなに食べたのに……」

　「ふふー。セリアちゃん、結構心配してたのよ？」

　わけがわからない。まるでわたしを仲間みたいに……。

　「あ、あの。ど、どういうことですか？　わたし、キュリアじゃなくて、アンジェ＝フォスラなんですけど……それで、セイレーンにされて……」

　どんどん空気がおかしくなっていくのが自分でもわかる。目の前に立つ、わたしを仲間だと思っているセイレーンたちから笑顔が消えていく。
　だけどそうしないと、自分が人間でなくなっていく気がして、退くことはできなかった。


　でも、なぜか、ぷふっと片方のセイレーンが笑った。

　「またおかしくなってるわね。リリア。ちょっとあれお願い」

　「はいはーい」

　少し背が高く胸の大きいセイレーンが、わたしの後ろに回りこむ。そして、ぎゅうっと抱きしめられた。びくんと体が跳ねて、顔が一気に熱くなる。

　「はわっ。は、ひゃっ、あのっ、えっと」

　「いい子いい子。キュリアちゃん。いい子いい子」

　甘く優しい声で、心臓がゆっくりといつもの速さに戻っていって、わたしは笑顔を浮かべていた。わたしを包む分厚い翼を、自分の翼でそっと掴む。頭を少し動かすと、ふにょふにょと柔らかい。「あんっ」と後ろで声がする。

　「正気に戻ったか？　キュリア」

　わたしの正面にいた、長いストレートの髪に青いリボンを巻いたセイレーンの人――たぶんセリアさん――が言う。

　「え？」

　「まーたカートゥーンでも読んでたんだろ。もうあたしら買うのやめよっか？」

　「だーめ。あれ面白いじゃない。『侠気渡世物語』。私もジパングってところに行ってみたいわー」

　わたしを抱きしめているセイレーンの人――たぶんリリアさん――がおっとりと言う。

　「でもさー。そのたんびにこいつおかしくなるしさ。ライブに支障出るじゃん。これからだと」

　よくわからないけど、わたし、頭がおかしくなったって思われてた？

　「あ、あのっ。わたし、そうじゃなくて、ほんとに人間……ふわっ！」

　またぎゅうっと抱きしめられた。リリアさんの体はわたしよりだいぶ大きくて、まるでお母さんにずっと昔ぎゅってしてもらったみたい。
　言いたかったことが霧散する。

　「ほら。いつもこうなるし。キュリア。忘れないで。あんたはあたしらのパーティの一人、キュリア。あたしらの大事な一翼」

　よくわからないけど、わたしはキュリアかもしれないと思い始めた。




　なんとか色々追求するのをやめて解放してもらって、巣の中に座る。ささくれ立った藁は思った以上に快適で、ここで翼をたたんで眠ることもできそうだ。

　「ん……」

　両腕を交差して、脚をたたんで眠る。人間だった頃ならまずしない形だけど、どうしてかとてもリラックスする。
　体の感覚もセイレーンになりはじめているのかな……。

　「ほら。キュリア。寝てる場合じゃないって」

　セリアさんの声でわたしは起き上がる。背の高いセリアさんはわたしを見下ろして、「まったく……」と少し呆れ顔。

　「いい？　キュリア。あたしらは明日からライブで回るんだから。気合いれてよね」

　「ら、ライブ……？」

　「……まだ寝ぼけてるの？　ライブよ。ライブ。公演して回るの」

　公演といわれても何の公演かわからない。でも聞くのもなんだか怒られそうで困っていると、わたしの横に座ったリリアさんがそっと耳打ちしてくれた。

　「私たち、もう十歳でしょ？　だから、色んなところで歌を歌ったりしながら世界を回るの。それがライブ」

　「う、歌を？」

　「そう。曲はもうセリアちゃんが作ってくれたから、後は歌詞だけなんだけど、キュリアちゃんに訊いたらいきなり森に落ちちゃって……心配したのよ？」

　めっ、と可愛らしく怒るリリアさん。わたしにはそんな記憶はまったくないけど、「ごめんなさい」と謝った。にっこりと笑ってくれた。

　「でも、ごめんなさい。わたし、歌詞とかはちょっと……」

　「うーん。私もセリアちゃんも、詩をかくのは苦手なのよねー」

　セリアさんがちょっとばつの悪そうに頷く。

　「あたしはもっと直感でさ、音だけでいいと思うんだけど……それじゃセイレーンの伝統じゃないってさ」

　「そういうのはもっと大人になってからってことみたい。お母様もそう言っていたわー」

　セイレーンにもちゃんとした文化や伝統があるんだ……。ただ乱暴に人間を襲って食べたりするだけじゃない……のかな。

　「あの、どんな曲、なんですか？」

　「ん？　昨日聞かせたはずなんだけどな……。まあいいや。じゃあちょっと歌うよ」

　セリアさんはそう言って、軽く翼を閉じて歌う。


　高く伸びる、聖歌隊の人のようにとても整った歌声。緩急の付いた、どちらかと言えばポップな曲調。


　わたしはその声に聞き入っていた。とっても綺麗で、体の奥底までしみる歌声。体の奥から熱を生じさせる声。うらやましいと思った。
　わたしも歌ってみたいと思った。


　「どう？　こんなのだけど」

　ぱちぱちぱち、とリリアさんが拍手する。わたしも翼の手で精一杯拍手した。セリアさんがちょっと照れたように笑う。

　「キュリア、なんか書けそう？」

　「うーん……あの、歌のテーマとか、そんなのは……」

　セリアさんが「はぁ？」とまた呆れた声を出す。

　「決まってるじゃん。男を捕まえること。それしかないじゃない」

　「お、男を……？」

　何か途端に、さっきの歌が色あせて見えた。でもセリアさんはふざけているように見えないし、リリアさんは頬を赤らめてうんうんと頷いている。

　「やっぱり三人は欲しいわー。取り合いとかになると悲しいし……」

　「まあ、ね。ってことでキュリア。なんかないの？　あんたの読んでたカートゥーンの中の台詞とか使ってもいいからさ」

　そう言われて思い浮かぶわけもない。
　でも……。

　「……ちょ、ちょっと子どもっぽいかもしれませんけど……」

　わたしは、高まる熱のままに気持ちを吐き出していた。男の人と交わりたい。抱き合いたいっていう、今までのわたしにはなかった気持ち。

　セリアさんは「ふーん……」と少し考え込んで、

　「ま、いいんじゃない。あたしらの歳ならこれぐらいでも」

　「えー？　そうかな？　もうちょっとぐいぐい行ってもいいと思うんだけどー」

　これでもだめなの!?　と内心思ったけど、セリアさんとリリアさんが色々言い合うこと何度か。わたしの歌詞が採用されることになった。

　歌詞なんて書こうと思ったこともないし、ましてや男の人をムラムラさせるための歌詞なんて考えもしなかったけど、どうしてか今の――セイレーンのキュリアとなったわたしには、いとも簡単に思いつくようなものだった。

　体の芯がぞくりと震える反面、なぜか、嬉しくもあった。



　セイレーンは、夜のかなり早い頃には眠りにつく。

　お風呂に入る習慣はないけど、わたしたちの住むコロニー（って言うみたい）の下にある冷たい川で水を浴びて、巣に戻って眠る。

　わたしは寄宿舎にいた時代、遅くまで起きて練習していたから眠くはならない。
　眠れない要因があるから、というのもあるけど。

　「……わたし、どうしちゃったんだろう……」

　どうしてあんな、ひ、卑猥な言葉を並べた歌詞なんか考えたんだろう。ほとんど考えずに、心のままに出来てしまった。しかもそれがセリアさんに気に入られた。

　少しずつおかしくなっていくような、足元からじわじわとセイレーンのキュリアが、わたし――アンジェ＝フォスラに覆いかぶさっていくような感覚。

　「うう……っ」

　怖い。
　ぬくもりが欲しい。

　寄宿舎でもずっと一人が寂しくて、家からもってきたぬいぐるみを抱いて寝ていたからか……何かに抱きつきたいと思った。
　同じ巣で眠る、二人のセイレーンを見る。セリアさんとリリアさん。

　ちょっと迷って――セリアさんは怒られそうだから、リリアさんにそっと抱きついた。腕に押さえられて大きく張り出した胸がうらやましい。そこにちょっとだけ、顔を近づける。

　「リリアさん……」

　今日一日過ごして、わたしはこの二人のことが少しわかっていた。
　リリアさんは、もしかしたらわたしが元人間だって言っても大丈夫かもしれない。落ち着いて、お姉さんみたいに話をきいてくれて、元に戻る方法を探してくれるかもしれない。


　「あんっ……。あ、キュリアちゃん。どうしたの？」

　起こしてしまった。ごめんなさいと謝りながら離れようとすると――大きな翼で包まれる。翼の中の薄暗い空間で、目の前にリリアさんの顔。甘いにおいがする。

　「ふふふ。眠れないのね、キュリアちゃん」

　「は、はい。そうなんです……」

　「わかるわー。男がいないし、さびしいわよねー」

　いや別に男の人は関係ないんですけど、と言おうとした口をいきなり、唇で塞がれた。
　暖かい舌が困惑するわたしの口の中を撫で回し、そこから熱を広げていく。

　「くちゅっ……はっ、り、リリア、さん、ひゃにを」

　「んふふー。キュリアちゃんも、おいしい」

　唇が離れ、そのまま胸にぎゅうっと抱きしめられる。片腕がわたしの体から離れ――わたしの服の、襟元から中に。下着もない胸に、羽が触れる。

　「ひゃっ……！」

　びくん！　とありえないほど体が跳ねる。

　「ねぇ。わたしのもー」

　もう片方の手でわたしの腕を掴んで、服を大きく押し上げるリリアさんの胸へ。少し硬いものを撫でる。「あんっ」と嬌声。

　「り、リリアさん、何、するつもりですか……ひゃっ！」

　「なにってー。オナニーに決まってるじゃないー。ほら、キュリアちゃんもだいぶ濡れちゃってるし」

　耳を疑った。

　内股を温かい液が伝う。ツンと鼻を突くにおい。
　わたしだって……い、一応、オナニーはしたことあるけど、でも、こんな……誰かになんて……。

　「や、やめてください……そんな、リリアさんが、そんな」

　「ふっふー。セリアちゃんも最初はそう言ってたわねぇ。大丈夫。すぐに気持ちよくなるからね」

　リリアさんの手がわたしの胸の先端――服の感覚をはっきり感じられるほど立った乳首を回すように撫でる。わたしの体は勝手に腿をこすって、温かい液を流し続ける。

　「きゅう……リリア、さん……」

　わたしは自分の意思でリリアさんの襟のボタンを外して、ぽよんと大きく震えて出てきた胸の先端、乳首に舌を這わせる。「ああっ！」とリリアさんが叫ぶ声が、きもちいい。
　脚を動かして、少しだけわざと開けてられている股の間にすべりこませる。ぐっ、ぐっと動かして、リリアさんも感じさせる。

　「ふふーん……キュリアちゃん、かなしいよね？　男いないんだよ？　私も毎日毎日悲しくて、ずっとずっとオナニーしちゃうんだから」

　「は、はい。そう、ですね」

　リリアさんはにっこり笑って、わたしの秘所を直接、ぐっと掴んだ。細かい小さな羽が中まで入り込んできて、こそこそと振動する。

　「ひゃあああっ！」

　耐えられるわけもなかった。
　わたしはがくがく震えて、大きく潮を噴いて「はぁっ」と息をついて力が抜ける。でも、一人でしてた頃よりはよっぽど気持ちいい。

　「あふ……リリアさん、きもちいいです……」

　「だめだめ。こんなので気持ちよくなったら、男の我慢汁だけで満足しちゃうよ？」

　ひくっとさっきまで液を出し続けていた膣が震える。ほしい。もっとほしい。わたしは餌をほしがる雛鳥のように、力の入らない手で自分の胸をまた揉む。
　一度だけほんの間違いで見た、兄の裸とその立ったペニスが頭によぎって。

　「そうそう。もっともっと乾かない性欲をもたないと。ね？」

　「ふぁい……」

　もうろれつが回らない。でもリリアさんはまたその大きな翼の手で、わたしの乳首を絶妙に撫でてくれる。倒れたわたしに馬乗りになってくれるから、わたしはリリアさんの乳首に吸い付いた。
　ちゅうっ、ちゅうっと吸うと少しだけど甘い味がする。ぞくぞくするような背徳感。人間だった頃じゃ味わえない、オナニーなのにあまりにも強い快楽。

　「あ、そうだ。忘れてた。はい、キュリアちゃん。これ飲んでね」

　ピンク色の小さな瓶を渡されて、わたしはためらいなくそれを飲んだ。かあっと心臓が熱くなって、昔見た色んな男の顔が頭をかけめぐる。
　襲いたい。セックスしたい。強すぎる熱。

　「したいっ……したいのっ……わたしもぉ……」

　「うんうん。そうだよねー。だからがんばって歌を歌って、男をさらおうね」

　「うんっ」

　わたしはまたリリアさんのおっぱいを吸う。脚でリリアさんも気持ちよくしてあげることだって忘れない。ただわたしのほうがもう絶頂が近くて、また一瞬の弛緩がくると思うと名残惜しい。
　そうならないようにずっとずっと吸い付いて、必死で飲もうとする。

　「んふふ。セリアちゃんより積極的ね……♪　いい子いい子」

　頭じゃなくて、わたしの秘所を撫でてくれる。どろどろになって糸が蒼い羽にからみついていく。

　「あんっ、やんっ……。もっと、もっとなでてぇ……」

　「ふふ。ほしがりさん♪」

　当たり前。リリアさんのおっぱいもほしいし、きもちよくするなでなでもほしい。お姉さんのリリアさん。ますます大好きになった。

　「じゃあ、もう一回……えいっ」

　ぎゅうっとまた掴まれて、わたしは長い息と共に潮をふく。リリアさんのふくよかな太ももを汚していくのが快感だった。

　少しだけ凪が訪れて、またひくひく膣が痙攣し始める。本当に終わりがない。ずっとずっと思う。男とセックスしたい。つっこんでもらいたい。
　そんな思いをこめて、片手をリリアさんの秘所にあててぎゅっと掴む。

　「ひゃあんっ！」

　リリアさんも絶頂に至った。すごい量の潮をふいて、わたしの翼がどろどろに染まっていく。わたしはためらいなくそれを顔に撫で付けた。
　リリアさんはそれでまた喜んでくれる。

　「ふふ。やっぱりキュリアちゃん可愛い♪」

　「ありがとうございますっ」


　数え切れないほどの絶頂とおねだりを続けて、いつしか眠っていた。







　翌日。朝起きて、服を着替えてみんなで歌の練習をした。

　わたしだけ逃げることも許されない。体は震えたけど、わたしの――セイレーンの体は、人間じゃ何年も修練しないと出ないような安定した歌声で歌うことが出来た。
　歌詞のせいでどうしても詰まるけど、なるべく考えないようにと、ただ音を追いかける。


　「ふー。ま、このへんでちょっと休憩するか」

　昼下がり。セリアさんの号令でわたしとリリアさんは川辺に座り込む。セリアさんもだいぶ疲れているみたいで、襟元を開いてぱたぱたと風を送っている。

　「…………」

　見比べると、わたしのほうがちょっとだけ胸が大きい。「やった」と呟くと、リリアさんがおしとやかに笑った。
　セリアさんの開いた襟元から、わずかにふくらみが見え隠れする。

　「手、いれてみたいな……」

　「ん？　なんか言った？　キュリア」

　「い、いえっ！　なんでもないです！」

　何を言っているんだろう。わたし……。川の冷たい水をばしゃっと浴びて、意識をはっきりさせる。流れる水が服を濡らすけど、不思議な素材で作られているみたいですぐに乾いてしまう。
　羽の根元まで水が染みて、わたしも気持ちいい。

　「ライブは夜からだから。キュリア、さっきのつまったとこ練習しといてよ」

　「はいっ」


　わたしたちセイレーンの講演周り――ライブは年齢によって時間や場所、歌の種類までも違う。
　わたしたちみたいな新人だと、夜から明け方。つまり、一番性欲が高まる時に便乗するわけだ。歌詞も直接性欲に訴えるようなもの。

　一見すると便利に見えるかもしれない。だけど、そこをライブに裂くということは、もし男が取れなければわたしたちは満たされない性欲に欲求不満と疲労を抱えたまま朝を迎えることになる。
　そんなことは避けたい。

　もっと歳の上の、熟練した人たちなら、昼から夜にライブをする。当然、実力がなければ男は釣れなくなる。その実力は歌だけでなく、女としての魅力ももちろん必要。
　人間だった頃に教わった「人を襲う」というのは、実際は歌で誘惑されるってことだったのかも。


　そういうわけで、わたしはリリアさんに見守られて練習する傍ら、コロニーから離れた大草原の景色を楽しむ。

　「……平和、だったんですね。こんなに」

　「えっ？　どういう意味かしら？」

　「人間の頃……じゃなくて、えっと、カートゥーンで見た世界だと、もっとこういう、国のない場所は怖いところだったんです。でも、実際見てみると、のどかで、平和で……」

　ふふっとリリアさんが笑った。背の高いリリアさんが、わたしの頭を撫でてくれる。

　「この草原だけじゃなくて……この世界はどこでも、いつだって平和よー。お母様も、どんな村でも歓迎されたって話してくれたわー」

　「人間の村ですか？」

　「もちろんよー」

　本当なのかな……？　教団の人たちがいたら、殺し合いになるかもしれないのに……。


　そういえば今のわたしも、人間が恐れる魔物、なんだよね……。忘れかけていたけど、大丈夫なのかな……。

　わたしは恐怖をやわらげるため、リリアさんの豊満な胸に頭を押し付けていた。にっこりと笑って、わたしの頭を撫でてくれるリリアさん。

　「あう……ありがとうございます。リリアさん」

　「リリアでいいわよー。セリアちゃんも、普通に呼んであげて。私たちは同じパーティなんだから」

　「う……リリア、それでいいんですか……？」

　「もちろんよ。可愛いキュリアちゃん」

　なんだかお姉さんみたいなリリアさ……リリアを呼び捨てにするのは、すごく気が引けるんだけど、それもなんだか、気持ちいい。
　ずっとリリアに近づいたような気がする。

　「ふふ。キュリアちゃんはなんでも重く考えすぎ。もっともっと、気楽にいかなきゃ。みんなそうよ？」

　セイレーンはみんな楽観的ってこと？
　そんなこと言われても、いつ人間に戻れるかもわからないのに楽観なんて……。


　……わたし、本当に人間に戻りたいのかな……？


　「あのっ、リリア。セイレーンって、人間の女の人に対しては何かするんですか？」

　「うん？　特に興味はないかなー。欲しい男の近くにいたら、歌で眠らせたりするけど……。人間の女の人を欲しがる魔物もいるから、あんまり大きな声じゃ言えないけど……正直ちょっと邪魔かなーって思うぐらい。あ、私はってことね」

　リリアに抱かれていなければ、わたしは倒れていたところだった。


　わたしがもしアンジェ＝フォスラに心身共に戻ったら、セイレーンから――セリアやリリアから邪魔がられるってこと？　男をつなぎとめておく存在で、セイレーンの目的の邪魔になるから……。


　「あっ！　ごめんなさい。キュリアちゃん、人間の女の子が好きだった？」

　慌ててリリアが訊ねてくる。わたしは首を振った。まさか、わたし自身が元人間で、セイレーンになんかなりたくなくて、今すぐ人間の世界に帰りたいなんて言えない。


　……本当に、帰りたいのかな……？



　リリアと明かした一夜が鮮明に頭によみがえる。
　思い出すと恥ずかしいけど、とっても気持ちよくて、生きている実感があって。

　どんな歌だって歌えそうな歌声も手に入れた。今ならあの聖歌を歌って先生に褒めてもらえる自信がある。お母様もお父様もきっと喜んでくれる。


　でも、わたしの体がもし人間に戻ったら……。


　「……いい子いい子。キュリアちゃん」

　撫でてもらう暖かみに、ふっとわだかまりが霧散して――わたしはまた、何も考えずに景色を眺めた。





　夜になり、わたしたち『フリージア』のライブがついに始まった。

　わたしたちが行くのは親魔物の村に近い草原の窪地。旅人や隊商がよく立ち寄り、そこで小さな宴会をする人たちも多いらしい。
　まさにわたしたちにとってうってつけの場所だ。


　三人で窪地の近くの木に降り、宴会が始まっていることを確認する。男が四人、女が二人……隊商の一団みたい。

　「あたしが前口上をやるから。みんな、準備はいい？」

　わたしとリリアが頷く。セリアもちょっと緊張気味に頷いて、ばさりと翼を一度震わせ笑顔を取り戻す。楽天的なセイレーンの生来の笑顔。
　わたしも不安を押し殺して笑ってみる。リリアが「いい笑顔」とほめてくれたから安心した。



　わたしたちは一斉に飛び上がる。蒼い翼と華美な衣装をを月光に煌かせて。
　隊商の一人がわたしたちに気付いて無警戒な歓声を上げる。

　「こんばんはーっ。一曲いいですか？」

　宴会の端に降り立ち、高らかに言う。翼を広げて、いつもよりずっと過激な衣装も見せる。
　ぐっと男たちの視線がわたしたちに集まる。ぞくりとするほどの快感。

　「お、面白いね。聞かせてくれよ」

　争いどころか警戒すらない。わたしたちは一度呼吸をあわせ、歌う。



　高まり続ける性欲を歌に乗せて、高く、淫靡に歌うセリアの後ろでしっかりと歌う。
　わたしの中にあった黒く冷たいものが氷解していくような。

　たくさんの人の目を受けて歌うこと――――こんなに気持ちいいことだったなんて。



　歌も佳境に迫る頃になると、わたしたちも男たちも幻想の中にいるような錯覚を覚える。セイレーンの歌にある強い魔力のせいだ。
　リリアがまず、すっと襟元をずらして誘う。

　「ねぇ、来て？」

　体格のいい男の人が、ふらふらと、でも顔ははっきり嬉しそうに近寄る。リリアの胸に手を触れると、リリアがわざと「あんっ」と声をあげて倒れる。
　男の人はそのままリリアに抱きついて、その胸に食らい付く。

　「お、俺も！　そこの姉ちゃん、俺も！」

　そうなるともうとめるものはいない。なだれ込むようにリリアに、セリアに、そして――わたしに男たちが群がる。くらくらするような男のにおいに、わたしも触れられてすらいないのに濡れてしまうほど。

　「ね、ねぇ。わたしのこと、犯したくない？」

　「あ、ああ。もちろんだよ。やらせてくれっ！」

　細身の眼鏡をかけた男の人。セックスに慣れてないことがバレバレ。でもそういうところが、今のわたしにとっては丁度いいかなと思う。
　正直、すごい大きな男の人がきたらわたしも怖いし……。情けない話だけど。


　「おい待ちなボンクラども！　そいつらぁ魔物だよ！」

　隊商にいた女の人のうち一人――短い剣を構えた女の人が声をあげる。
　「魔物？」「おい待てよローラ姉」と何人かが理性を取り戻そうとする。

　「キュリアっ」

　「はいっ！」

　わたしはわたしのキープした男の人を足先の鉤で掴みあげて、そのまま飛びあがる。セリアとリリアも（リリアは男二人を抱えて）飛びあがる。
　なんだか女の人の悲鳴と魔物の咆哮が聞こえた気がした。


　セリアは抱きしめた男の人にキスをした。わたしも驚きと性欲の狭間にいる足元の男の人に「もうすぐあげるからね。わたしのはじめてっ」と声を飛ばす。
　両手を使えないからどちらも待ちぼうけをくらっている気分で、自然とはばたく力は増す。足にもうほとんど力が入らなくて、こすり続ける内股だけにすごい力が入ってしまう。

　「リリア、わたし、もう我慢が……」

　「ふふふ。もうちょっとだからね。私ももう限界♪」

　リリアにへばりつく男の人は、飛んでいることに何の驚きもあげず、リリアの豊満な胸に顔をうずめている。小さく涎が散るのが見えるから、おっぱいを吸ってるのかな。

　「……もう。昨日までセリアちゃんとキュリアちゃん専用のおっぱいだったのに」

　「それじゃあ寂しいって言ったのはおまえだろ？」

　セリアが悪戯っぽく笑って言う。わたしもうんうんと頷く。

　わたしのあそこも、色んな男に突っ込まれるのかな。

　「……早くほしいなぁ」

　代わる代わる犯されるとかも楽しそう。四回もセックスできるなんて……♪





　朝日の眩しさに目を覚ます。

　「ふあっ……」

　足元も翼もあれだけぬれていたのに、朝にもなるともうすべて乾いていた。真白くこびりついた男の人たちの精液がわたしの翼に新たな彩を添えていて、誇らしく思う。

　わたしの驚くほど深かった性欲も、さすがに朝にもなるとだいぶ薄れていた。

　「ふゃう……あ、キュリア。起きたの？」

　背の高い男の人を押しのけて、セリアが顔を出す。わたしは頷いて、セリアが裸なことに気付く。まあ、わたしもなんだけど。

　「…………なんか、ちょっと落ちつくと恥ずかしいわね」

　「えっ？　そうですか？」

　わたしは別にそんなこと思わない。みんな裸だし、疲れて寝ているとはいえ男の人の前で裸なんて……ムラムラする。
　あ、また乳首が勃ってきた……。

　「……キュリア、あんたって意外と手が早いんだね。リリアもそうだけど」

　「ええ。まあ。だって気持ちいいじゃないですか！　わたし、あんな気持ちいいセックス初めてですよっ！」

　セリアが顔を赤くする。意外と大きい胸を翼で隠して、「ま、まあそうだけどさ……」とぶつぶつ呟く。

　「あ、あたしもフェラしたり、上と下同時にいれたり……気持ちよかったけど、やっぱり、ちょっと恥ずかしくて」

　わたしはむっと声を出していた。翼を軽く広げて飛び上がって、セリアの後ろに着地する。がしっとセリアの胸を掴んだ。

　「ひゃんっ！」

　「だめだよーセリア？　わたしたちは歌ってヤれるアイドルなんだから。それにほらー、ほんとはまだ足りないくせに」

　すうっと秘所を撫でると、わたしの翼の先がべっとりと濡れる。セリアはさらに顔を赤くして、でも内股をこすることはやめない。

　「はうぅ……リ、リリアには言うなよ……」

　わたしがにっこり笑って頷くと、セリアはかくりと脚を折って寝ながらも勃っている大きなペニスに食いつく。「んうっ、んううっ……」と吸い上げるたびに、セリアの腿がだらだらと濡れていく。

　「……わたしもしたくなっちゃった♪」

　わたしに最初に声をかけてくれた彼――ユリーの元へ戻って、キスで優しく起こす。べっとりと濡れた髪を見るだけでわたしの膣は貪欲にうごめく。

　「ねぇ。まだまだ欲しいの。お願い……」

　「え、いや……」

　渋ったので無理やりわたしがまたがって襲った。心臓まで一気に突かれたような衝撃と快感。「はぅん……」と淫靡に喘いで、ユリーの首に甘噛みする。ユリーの顔はとても赤い。

　「も、もういいよ……キュリアさん。か、勘弁……」

　「またまたぁー。こんなにどくどくしてるくせに。正直にならないとソンよ？」

　セイレーンだって人間だってそう。やりたくないことを無理してやったっていいことないんだから。歌だって何だって。

　「……歌が嫌？　そんなことあったっけ……？」

　よく覚えてないけど、まあいいや。





　二日目も三日目のライブも大成功で、三人どころか四、五人連れて帰れることがほとんどだった。

　連れて帰った男はひととおりセックスして、寝てる間にそのへんの草原にかえす。もちろん服や食料も置いておくから危険はなしだね。他の魔物に襲われることもあるけど……。


　オークやゴブリンのようにずっとそこに置いておくのもわたしとしてはありなんだけど、コロニーを作り集団生活するセイレーンとしては場所がなくなるのでだめらしい。
　まあ、そのほうが色んな精液の味が楽しめるし。

　人間だった頃はぜんぜん知らなかったけど、人によって精液の味は違う。味っていうのはもちろん、膣の中で味わうほうね。フェラで搾り出す分でも違うんだけど、わたしはやっぱり女の子として下のほうがいいかなーと思ってる。

　もっと早く知れば良かったなーと思う。わたしは確か十三、十四歳ぐらいだったはずだけど、逆に言えばそれだけの年数何にも知らずに時間を無駄にしていたことになってしまう。なんてもったいない！


　もちろん歌唱力も確実に上がっている。ただ綺麗な歌声ではなくて、そこにわたし――キュリアとしての色を混ぜられるようになったというか。ライブの時のＭＣもできるようになったし。

　場所を毎日変えるけど、それでもわたしに会いに来てくれる人だっている。
　たとえリリースしたって、わたしたちと過ごした極上の夜を忘れられるはずなんかない。毎夜毎夜わたしたちを探してさまよう人が増えれば、わたしたちもいつも男に困らなくなるってわけ。他のパーティの子たちや他の魔物のためにもなるし。


　「歌に彩りを、声に個性を……かぁ」

　「なぁに？　新しい歌詞？」

　遠くを眺めていたリリアがわたしに振り返る。
　ここはコロニーから遠い海岸。

　「どこかできいたことある言葉をちょっと思い出したの。どこだったかなぁ……誰か、わたしが好きだった女の人が言ってた気がする……」

　「そっか。なんだか異国の歌かと思ったわー」

　異国の歌……？　ああ、そうだ。パイアーさんに今度歌を聞かせてあげないと。
　ええっと、何の歌だったっけ……。まあいいや。わたしたちの歌のほうが絶対喜んでくれるし。


　「異国の歌？　ワタシたちはたくさん知ってるよ」

　ばしゃんと音を立てて、海の中からマーメイドが現れる。青く綺麗な髪に、豊満な胸。鱗の並びが綺麗な魚の下半身。

　そう。わたしたちはマーメイドに会いに来ていた。セリアだけちょっと席を外してるけど。

　「歌よりも、なんかいい噂とかがほしいわー。ねぇランシアート、もってない？」

　リリアの知り合いランシアートさんはぱたぱたと耳の横のヒレを動かして、

　「噂って言えばー……なんか遠くのほうの人間の村で、すごい大火事があったみたい。心配だわー……」

　「あらあら……。大丈夫なのかしら」

　誰も死んでいなければいいけど……特に男は。



　わたしたちセイレーンは、魔物の中で最も噂にくわしい。

　海のおしゃべりさんのマーメイド、言わずと知れた魔女。どちらにも会えるわたしたちセイレーンは、色々な噂を知っているし、そんな話も大好き。他人の恋の話だってムラムラするし、オナニーする時のいいおかずになる。まあ聞いている間も楽しいけどね。

　おしゃべりはわたしたちも好きだけどね。練習の休憩時間とかもよく森に降りてジャイアントアントやハニービーと話をしたりする。

　そのおしゃべり好きが功を奏して、魔界で『ラジオ』っていう色んな話の演目をやっている人もいるみたい。後、なんだっけ……。魔女の人たちが作った『アニメ』っていうもので声を出したりもしているみたい。
　いつか機会があったら見てみたいけど、まだまだ試作段階みたい。


　そんな噂話やいろんな人の営みの話が、新しい曲や歌詞のネタになる。

　今度は媚びた感じじゃなくて、ちょっとサディスティックなほうがいいかなぁ。





　何週間か経って、わたしたちフリージアの名前もだいぶ売れてきた。男どもの間ではファンクラブまであるみたいだし、命がけで会いに来る人もたくさんいる。
　なんかよくわかんないけど、教団とかいう人たちに見つかるとまずいらしい。

　「ねーセリアー。今日はどこー？」

　「東の森のあたり。最近あのへんによく商人とかがいるらしいから」

　また商人かー。ガタイいい男のほうがいいんだけど……。まあ、ヒョロくたって巨根っていうのもなかなかいるし、楽しみではある。


　一度リリアに、街の中でライブしてみたいって言ったことがある。でもさすがに街の中は命の危険があるからだめだっていわれた。
　命の危険ねぇ……。そんな言葉ここ最近使ってないから錆びちゃった。

　みんなもっと淫乱に、もっと正直に生きるべきなのよ。男を連れて行く時静かに泣いてる女とかがいると、ほんと後味悪いし……。

　「だいじょうぶよ。すぐにその人も魔物になるから」

　リリアが言う。

　「そうなの？」

　「わたしたちが歌うと、魔物も寄ってくるの。うーん……ワーウルフやマタンゴ、ケセランパサランなんかが寄ってくるんじゃないかしら。後はその子たちが女の人を襲って、魔物にして万事解決、って感じね」

　ワーウルフかー。会ったことはあるけど……あんまり気が合いそうな連中じゃなかった。


　そんなことを話しながら衣装に着替える。今日の衣装は薄い布一枚。ほとんど乳首も見えちゃってるし、濡れたら一目でわかる優れもの。サキュバスの魔力がしみこんでいるから、振りまく香りだけで劣情を誘う優れモノ。


　「ねぇセリア。考え付いた？　あの歌」

　わたしが鼻歌を歌っていると、リリアがいつもの笑顔と少し違う表情で訊ねる。セリアは苦い顔をした。

　「いいや。そもそもヒントが少なすぎなのよ。何？　魂から生まれるって……」

　「何の話？」

　リリアが「『特別な歌』のことよ。お母さんからきかなかった？」と訊いてきたけど、わたしはそんな記憶はない。お母さんは確かにおしとやかなセイレーンだったけど……そんな話は聞いたことないな。

　「セイレーンにはね、『特別な歌』があるのよ。自分の夫にきかせる、大切な歌なの」


　「え？　夫？」

　ああ、つまり結婚相手？　そういえば考えたことなかったなぁ。
　そんなことを呟くと、セリアがやれやれと肩をすくめる。

　「あたしらセイレーンは確かに男をひたすら集めるけどさ。一応……少なくともあたしは、夫が欲しいと思ってるの。子どもの時から」

　「ふふ。私もよー」

　「いや、リリアは違うだろ……。そ、それに……。そ、そろそろだろ。あたしたち」

　「え？　何が？」

　わたしが訊いてもセリアは顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまう。リリアがふふっと笑って教えてくれた。

　「発情期よ。そろそろ赤ちゃんを作りたくなる頃なの。女の子には欠かせない日ね」

　「そうなんだ？　発情期なんかあるんだ……」

　そんなに体に変化はない気がするけど、そういえば最近いくらセックスしたって満たされない感じはする。

　「でもセリアちゃん、去年に発情期きてるんじゃ……」

　「あ、あたしは！　は、発情期は色々まずいことになるの！　リリアだってそうだったじゃない！」

　リリアは悪びれずに「誰だってすごいわよー」ところころ笑う。

　「だ、だからそうなる前に、『特別な歌』も探したいの！　わかった？」

　わたしは自分の発情期を想像してわくわくしていたから、曖昧に頷くだけだった。



　その夜。
　いつものようにライブを開いて、男二人組の商人がわたしたちの歌に吸い寄せられてくる。
　小柄で子どもっぽい男と、茶髪のいかつい男。今のわたしたちの歌の強さならもう、少し聞くだけで魅了してふらふら近寄らせるぐらいたやすい。

　「……ん？」

　この小さい男……なんか、いいかも。気に入った。

　そう思った時。


　わたしの歌声が豹変する。
　すべてを包み込むような、吹き荒れる大嵐のような激しい歌。暴風のように吹き荒れる音の中に、わたしの心そのものを曝け出す。

　「あ、あ……」

　セリアとリリアも驚いている。歌うことをやめて、ただどこかぼうっとした目でわたしを見ている。

　わたしは音の嵐の中で、その男を抱き寄せる。

　「ねぇ。名前は？」

　「あ、アグニ＝メッセ」

　「アグニ。あんたのこと、気に入ったー」

　何の理屈もない直感。わたしは更に思うまま歌う。


　ざわざわと茂みが動いて、ワーウルフやワーシープが集まってくる。近くに男がいるのに襲わず、ただわたしの歌に聞き入っている。
　近くを走っていた真白い馬車が止まって、白い鎧をまとった男が何人か出てくる。武器を持っているのにそれを使わず、ワーウルフのすぐ後ろで歌を聞く。


　その歌はしばらく続いて、唐突に止んだ。


　止んだ途端に、ワーウルフが唸り声を上げて近くの鎧の男に襲い掛かる。あっという間に鎧を砕かれ、犯される。
　男の悲鳴と魔物たちの嬌声が咲き乱れた。

　「キュ、キュリアちゃん。それ……それが『特別な歌』、なのかも」

　「えっ？　この歌……？」

　うん、と頷いて、リリアも連れて帰るはずだった男に襲い掛かる。セリアは男を取れずに、「うーっ……」と迷ったのも一瞬、びりっと衣装を破いてオナニーをはじめた。
　男を取れなかったほかの魔物も近くの岩や木でオナニーする。

　「あ、あの。もっと、もっと歌ってください。えっと」

　「わたしはキュリア」

　「キュリアさん。もっと、歌って……はぁっ」

　わたしはアグニに唇を奪われた。革のズボンを破らんほどに勃ったペニスをいそいそと取り出し、そのままわたしにいれる。

　「ひゃんっ！」

　アグニはただうつろに「もっと……もっと……」と呟いている。だけどそれはわたしも同じ。
　アグニともっとセックスしたい。もっと……愛し合いたい、と思った。

　わたしの口はまた『特別な歌』を紡ぐ。歌っている間だけすべての魔物が、人間が動きを止め、終わった途端に爆発的な性欲にまた振り回される。

　結局パーティがコロニーへ戻ったのは翌日の朝だった。




　わたしはアグニと結婚した。
　まあ、子どもできちゃったせいもあるけどね。今まで何度セックスしたってできなかったのに……これが愛なのかな。

　「えへへ……」

　わたしはぷっくりと膨らんだお腹を翼でなでる。かすかな胎動を感じる。

　「もうっ。しあわせそうな顔しちゃって……」

　頬の赤いリリアがふてくされて言う。まさかわたしのほうが先に気に入った男を見つけるなんて。

　『特別な歌』は魂……魔物のもつ、一人の男と愛し合い共に歩みたいというそれだけの気持ちから生まれるもの。なんてことはない、理屈じゃないものだった。


　「キュリア。ほんとによかったのかい？　あっさりパーティ脱退なんて……」

　わたしの羽を少し織り込んだ服を着たアグニが、ちょっと遠慮がちに言う。

　「いいの。もう目的がなくなったし」

　わたしたちがまだライブ回りしていた頃は知らなかったけど……パーティっていうのはあくまで男をたくさん取りやすくするために作られたシステムに過ぎなくて、男をたくさん取るってことは、気に入った男を見つけやすくなるってこと。
　ライブとは出会いの場。わたしたちが男と出会うための場所だったの。
　つまり、早く結婚して子どもを産むための手段に過ぎなかったってわけ。


　「まあ脱退って言っても、わたしはアグニ以外とセックスしないだけで歌には参加するけどね」

　リリアとセリアにも理想の夫を見つけてもらいたい。そろそろ発情期に入る頃だから、セリアがあわあわ言ってるし。

　「助かるわー。あ、でも『特別な歌』はだめよ。あれをきいたら私もセリアも男を見定めるどころじゃなくなっちゃうから」

　「わかってるって。あれはアグニ専用なの。ね？」

　「ああ。僕だけのものさ」

　また、愛しい人とキスをした。

　最初は前戯が長めで、正常位で軽めなセックスだったけど、今じゃもう巣が落ちそうなほど、色んな体位を混ぜた激しいセックスになる。
　『特別な歌』をきくほどどんどん効き目が強くなって、アグニの男の部分もどんどん大きくなるってわけ。もはや野獣ってレベルね。まあ、それが気持ちいいんだけど♪
　一緒に聞かされていたセリアとリリアも効き目が強くなるから、「もう勘弁して」って言われたりしたけど、それはまあ別の話。




　子どもがうまれてある程度大きくなったら、今度は『ラジオ』で声でもやってみようかな。魔女のキャンプから募集も出てたし、もっとたくさんの人に、素直になってほしい。
　男をとっかえひっかえで遊ぶことはなくなったけど、それは一人の愛しい人がいるから、必要がなくなっただけ。



　「ふふん……♪」


　わたしは幸せを噛み締めて、大空へ歌う。

　今この身に感じる幸せを。




　セイレーンの世界は、歌に彩られた淫らな世界。けれども、愛を探す楽しい世界。

　どこかでわたしの歌を聞いたら、素直にセックスしちゃいなさい。

■作者メッセージ
　やや遅めの更新となってしまいました。いつもの通り、セイレーンの世界をお送りいたしました。いかがだったでしょうか。


　最初に謝っておきますが、今回は過去の作品以上にセイレーンの設定があまり生かされていない作品となってしまいました。申し訳ありません。

　ろくに図鑑を確認せず、ある程度の連想から思いついたネタだけ集めて書いた結果です。最後まで書いて気付いていくつか修正したのですが……もういいかな、と思いこの形にしました。
　そんな無計画なせいか文字数も非常に多いです（約２万字です）　申し訳ありません。

　魔物娘として、男をとっかえひっかえはどうなんだと思うところはありますが、セイレーンという魔物娘の（主に視覚的な）イメージからどうしてもこういうタイプしか思い浮かびませんでした。
　『男を引き寄せて選ぶ』ことが図鑑の設定で、『男をたくさん引き寄せて連れて帰ってセックスしまくる』ことが私の勘違いから生まれた設定でした。


　そのため、最後の転に当たる部分がやや強引なつなぎ方をしてしまうことになりましたが……興ざめしてしまったらすいません。一応、『特別な歌』の話で終わることは決めていたので、うまくまとまったとは思うのですが……。


　ライブについてですが、これも完全に創作です。セイレーン自体が魔物の中でもアイドル的立ち位置だというイメージから創出しました。
　そのライブの裏の意味も図鑑を読んで急遽決めたものです。すいません。

　生息地が海辺だと書いていたのに色んなところに出るタイプとしたのも創作です。
　海辺だけだと周りながらのライブと合わないので……といういい訳ですが。申し訳ないです。


　このように無計画さが露呈した作品となりましたが、皆さんいかがだったでしょうか。
　楽しんで頂けたのなら、とても嬉しく思います。


　読みきり作品やかなり冒険だった前回の章も含め、たくさんのvote、感想を頂きとても嬉しいです。
　まだまだエロシーンが苦手で拙いですが、そちらの方も、物語としてのまとまりや盛り上がりなどの技巧も、精進して参ります。



以下、感想への返信です。
【返信】ゲオザーグさん　：　こちらこそ、ありがとうございます。
　なるべく人間たちの醜さを出せたらいいなと思いました。感動して頂けるとは、この上ない喜びです。
　平常運行と信じたい今回の作品もお楽しみ頂けたら幸いです。

ＳＣＬさん　：　ありがとうございます。お待たせしてしまい申し訳ないです。
　『〜の話』系でちょっとずつ明かしていくつもりです。あんまりストーリーばかりですと、この物語全体の主旨に反しますので、あくまでおまけ程度で。