連載小説
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第一話:夜型少女の昼下がり
 

 近江 俊哉(おうみ としや)。人間。16歳。
 志磨市立第二高等学校に通う高校一年生。
 特定所属の部活動無し。
 所属無し理由は「放課後は縁側で緑茶啜って猫膝に抱きたいから、却下で」という爺臭いものである。

 本来フレッシュの代名詞として扱われる筈の新年生だが、本人の纏う空気はやや枯れている。
 一部の魔物娘からは『年齢の割に物腰が落ち着いているストイックな少年』と評価自体は悪いものではないのだが、本人にしてみればどうでも良いらしく魔物娘に対しても同級程がっついてお近づきになる存在ではない、という認識を持っていた。
 なら、魔物娘に対して何故興味が薄いのに魔物娘のいる学校をわざわざ選んだのか。
 とある同級は当然の疑問をぶつけたのだが、その時の彼の回答は【魔物娘】という存在を知っている者からすれば聞いて尚理解に苦しむものだった。

 曰く、
 
 ・何の気なしに自宅に近い立地条件の学校で無難に友人と学校生活を過ごしてそのまま卒業したいから。
 ・その過程で目に入れるのであれば人間関係を含め美醜の程度差が大きい人間より魔物娘の方がまだ利が大きいから。
 
 その程度の認識で選んでいるので、卒業までに誰が誰と付き合おうが構わないとスッパリ切り捨ててきたのだ。
 無論『君が可愛い彼女とでも付き合う事になるんなら、祝福くらいはするぞ』と真顔で付け加えるのは忘れていない。
 
 会話内容だけであれば正直只の格好付けである。
 実際部活動の勧誘にかこつけたナンパや告白の呼出等も何度か受けた事があったのだが、彼から発せされる意識が冴えるような匂いと年中死んでいるかのような光の無い眼で真顔で断る妙な圧迫感のせいで段々彼と特別な付き合いを希望する者は姿を減らしていった。
 
 友人関係以外特に興味がない。
 
 今まで彼はそう思っていたしその関係は自分が生きていく限り変わらないと思っていた。
 それが変わったのは極最近。

 大きな変化ではなく、学び舎の中でならどこにでもある日常の風景。
 彼自身ですら記憶に残らない程の微々たる付き合いを経て、彼の普遍の日常は変わる事となった。
 その変化は既に日常に溶け込んでおり、どうする事も出来ない。
 彼自身も無理に変える事へも必要性を感じない為、そのまま惰性で日々を生きていた。

 「母さん、風呂場空いてる―――って先輩ですか。お早う御座います」

 手早く着替えを済ませ、色々な液で濡れまくった有麗夜をタオルケットで包み彼は部屋を後にした。
 ちなみに床は防水加工を施しており、本棚等はブルーシートで覆っていた為水が撥ねて本を濡らすという事態は起こっていない。

 「おはよう少年。少し怠けすぎじゃないかな?もうすぐ昼だよ」

 テレビを見ながら優雅にソファに座り、湯気の昇るお茶を味わいながら挨拶を返す金髪の女性。
 白いシャツ、Gパンと若い女性にしては飾り気が無いのだが、俊哉をしても華を感じるのは矢張りその女性が異性としての魅力に溢れているからだろう。
 最低限の挨拶をすると、俊哉は居間を見回した。
 目的の人物が見つからないのだ。

 「真崎先輩、うちの母は何処でしょうか?」

 「やり直し」

 即座に返された返答の真意を理解できなかった俊哉。
 だが、理解出来なかったのも束の間。
 状況と関係を再度頭の中で整理し、俊哉は言い直した。

 「悠亜さん、うちの母は何処でしょうか?」

 「春海さんなら夕ご飯の材料を買いに行くと言っていたよ。私はその間、留守番を頼まれたんだ」

 
 近江 春海(おうみ はるみ) 。
 俊哉の実母であり、そして謎多き人物である。
 主婦業に専念しているようだが外見年齢が若く下手をすると俊哉の姉に見られかねない。
 以前買出しに付き合った次の日には、昨日俊哉の横にいた人物とは付き合っているのか、家族なら紹介してくれ等男女共に矢継ぎ早に質問攻めにされた思い出が彼にはあった。

 「悠亜さんは本日どのようなご用事で?」

 居ない理由は分かったが、彼女が居る理由がまだ不明である。
 その質問に悠亜は大した間もなく返答した。

 「そうだね、まずは可愛い妹の作戦がしっかりと実を結んだかの確認と―――」

 俊哉が小脇に抱えているタオルケットの塊に視線を移しながら、言葉を続ける。

 「哀れな敗北者の回収に、かな。こうなる事は予想出来ていたからね」

 よく見ると俊哉が抱えている塊は時折痙攣のような動きをしており―――靴下に覆われた爪先らしきものも覗いていた。
 
 「悠亜さんの連絡のお陰ですよ。僕一人ではどうなっていたか分かりません」

 「君なら私が連絡しなくても一人で何とか出来そうだけどね……まぁ感謝されるのは悪い気はしないかな」

 その会話に反応したのか、俊哉が小脇に抱えている塊が跳ねだした。
 巻いたせいで布に厚みが出たのか大きな動きではないが、自由にならない状況に対し異議を申し立てる。
 
 「な、何この状況!?どうなっての!?うーごーかーなーいー!!」

 バタバタと足を暴れさせて何とか拘束を振り解こうとする何か。
 中身は―――有麗夜であった。

 「やあ、有麗夜おはよう。お姉ちゃんだよ」

 「悠姉っ!?何で俊哉の家に居るの!?」

 ビクッと頭らしきところが持ち上がる塊。
 人間大の芋虫が身をくねらせたような動きだが、悠亜は気にせず続けた。

 「可愛い妹の作戦が上手くいったかの確認と、そのフォローに来たんじゃないか。必要なかったかい?」

 中腰屈んで塊の頭らしき部分に顔を近付ける悠亜。
 自然、俊哉に対しても屈むようになるので悠亜の豊かな女性部分が作る谷間が見える。
 俊哉は軽く目を閉じると、抱えていた塊に対して言い放った。

 「取り合えず続きをやるなら自分の足で立ってくれ。下ろすぞ」

 「へ?きゃあ!」

 唐突な宣言と共に塊を床に下ろす俊哉。
 一応腰を落とした状態からだったので高度は下がっているのだが、有麗夜は動けない為そのまま横になる形となった。

 「ちょっ、優しく!女の子は壊れ易いんだから丁寧に扱いなさいよ−!」

 「先生、お願いします」

 「どうれ」

 有麗夜の声は無視し、悪徳商人のように悠亜を呼びつける俊哉と活劇のように時代がかった口調で応える悠亜。
 悠亜はタオルケットの端を掴むと、そのまま勢いよく引っ張った。

 「うきゃーーーっ!悠姉止めてーーー!!目が回るーーーーーー!!!」

 「ほうれ、良いではないか良いではないか」

 とても生き生きと布を取り払う悠亜。
 出てきたのは、若干水分を過多に含んだ衣服を纏い髪の乱れた有麗夜であった。

 「うー……悠姉ひどいー。もうちょっと優しくしてよー」

 「済まない有麗夜。私は彼の命令に逆らえないんだよ。何せ彼は私の恋人なのだからね」

 「悠亜さん、もう少し笑える冗談をお願いします。……有麗夜も睨むな、僕等はそんな関係じゃないぞ」

 悠亜の発言に目に見えて眉を顰め俊哉を見る有麗夜と、その光景をニヤついて見る悠亜。
 その状況に、俊哉は話題を変える事にした。

 「で、悠亜さん。先程有麗夜のフォローと言ってましたが、具体的には何をされるつもりだったんですか?」

 矛先が自分に向かってきた為、ニヤついた顔を止めて移動する悠亜。
 移動先は、先程座っていたソファの隣に置いてあった紙袋であった。
 
 「ああ、どうせこの子の事だ。私が立案した作戦も失敗するだろうと思ってね。俊哉君が行うであろう対策を考慮し、替えの服を持ってきたんだ」

 そう置いてあった紙袋を目線の高さまで持ち上げる悠亜。
 その準備の良さに俊哉は感心した。
 
 「悠亜さんが良い姉で良かったな、有麗夜」

 「ふふーん。我が姉は妹想いの頼れる姉なのです!頼れるお姉ちゃんが欲しいんなら、俊哉が私と結婚する事ね!」
 
 「そうだな。欲しくなったら考えるよ。それじゃ済みませんが悠亜さん、有麗夜が風邪引くといけないんで風呂入れてやってくれます?」

 「ふむ、構わないよ。私も自分用の代えの下着くらいは持ってきているからね。久々に妹と裸の付き合いをしようじゃないか……成長ぶりも見たいしね」

 わきわきと指を動かし、何やら邪悪な気配を漂わせる悠亜。
 指の動きは何というか、いやらしかった。
 
 「俊哉……私一人で入りたんだけど」

 「僕に言うな。悠亜さんに言え。無駄だろうけどな」

 小動物のような怯えた視線で助けを求める有麗夜を、バッサリと切り捨てる俊哉。
 視線を向けた瞬間、有麗夜の背後に悠亜が音も無く立つ。
 
 「さ、行こうか悠亜。お姉ちゃん一緒に入れるから楽しみだなー♪」

 先程の俊哉のように小脇に有麗夜を抱える悠亜。
 唐突な出来事に一瞬借りてきた猫のように大人しくなる有麗夜だが、状況を悟ったのか姉から離れようと必死に藻掻くが万力で固定したように悠亜の腕は動かなかった。
 一縷の望みを託し、再び俊哉に縋る有麗夜。

 「俊哉も!黙ってないで何とか言って!」

 その声にしばし黙考する俊哉。
 腕を組み片手を顎に添えて彼は口を開いた。

 「風呂場は廊下を出て左、突き当りを右ですよ。悠亜さん」

 「あぁ、リフォームしたって春海さん言ってたっけ。位置が変わったんだねぇ。有難う、助かるよ」

 片手に紙袋、片手に有麗夜を抱えて部屋を後にする悠亜。

 「ぅ裏切りものおおおおぉぉぉぉ…………」

 走っているのではないかと疑いたくなるのだが、歩く速度に合わせて遠ざかる有麗夜の声。
 
 「ごゆっくりー」

 適当に手をひらひらさせて見送った後、俊哉は遅い朝食の準備を進めた。











 湯上りの美女は確かに目の毒だと、俊哉は思う。
 温度が体温が上がった事で上気する、ほんのりと紅つく肌。
 水分を含んだ髪は光を散らす眩さではなく、光すら取り込み己の輝きにせんとしていた。
 普段より潤んだように見える瞳で見つめられると、枯れていると自認している自分ですら胸の奥が一拍高まったような感覚を覚えるのだ。

 「いいお湯だったよ。有難う、俊哉君」
 
 「うー……、この、うらぎりものおー……」

 片や満足したかのように輝く瞳と艶々とした肌で満面の笑みを浮かべる女性。
 片や搾り取られたように濁った瞳と脱力した身体で冥府の底から呻いているような女性。

 例えそれが全く逆のベクトルの状態であっても損なわれない美しさは、彼女達魔物娘特有のものだろう。

 「いやあ、聞いてくれないか俊哉君。この子、私の知らないうちにまた胸が大きくなっていたんだ。私のお母様から考えると大きくならないかと思っていたんだが、ちゃんと成長しているみたいで安心したよ」

 「汚された……また悠姉に汚されちゃったよ私……。俊哉ぁ、責任とって結婚してよぉ……」

 苦笑いを浮かべながら、二人が風呂に入っていた間に作った簡単な朝食を披露する俊哉。
 少年の作る料理は本当に簡素なものだったのだが、二人は喜んで席についた。

 (今更ながら、金髪美少女二人が家で食事を摂るって凄い絵面だな……)

 簡素な朝食を口に運び、俊哉はこの慣れきってしまった光景の始まりを思い出していた。



14/01/01 17:37更新 / 十目一八
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■作者メッセージ
原付で車と正面衝突してしまい足に打撲と擦り傷を負いました。十目です。
膝が旧ガンプラのような稼動幅になってしまい、バイトもお休みを頂いた次第。
年の瀬に迷惑を掛ける事を忘れない困ったちゃんとなっています。

さて、唐突ですがこの作品内のヴァンパイアはアホの子です。
理由としては単純で、『もし普通の家で生まれた時からツンデレ成分の抜けたヴァンパイアが居たらどうなるだろう』という好奇心から来ています。
更に妄想ヶ原氏の庶民ヴァンパイアなるジャンルをリスペクトさせて頂き『普通の家で普通の教育をされたらどうなるのだろう』という要素を追加した結果化学反応が起きてしまったようです。
構想時はもう少しまともだったのですが、今ではこれはこれでと気に入っています(笑)

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