読切小説
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怒りと憎しみの鉄拳を……
「ぜやっ! はあっ! でやぁああ!」
 とある山林から鋭い男の掛け声が響いている。森の開けたところで男が拳を突き出し、脚を振り回していた。男は一人でそれをしているのではない。男の 格闘に相手をしている者がいた。
 女だ。男の攻撃を、身体を逸らして躱すたびに、胸にたわわに実った乳房が揺れた。だがその女の象徴の下にある胸筋を始め、腹や四肢の筋肉は彼女が一流の闘士であることを示している。
 さらに彼女を特徴づける物があった。手足と、腰から伸びる尾……黄金の地に漆黒の縞を持つ毛皮にそれらは包まれている。その毛皮は虎の物に他ならない。だが彼女は虎の毛皮を纏っているわけではない。これは彼女の身体の一部だ。
 人虎。霧の大陸に住む魔物の一種だ。その名の通り、虎の気高さを備えた誇り高き獣人である。強靭な精神と鋼の肉体を持つ、魔物娘らしからぬ勇猛果敢な戦闘種族だ。
「せやあっ! はああっ!」
 男の左拳が人虎の顔を狙って突き出される。並の人間では目視も難しいそれを人虎は軽く身を反らせて躱す。だがそれだけでは終わらない。男の腰がひねられ、右足が斧のように彼女の脇腹に迫る。
 人虎の顔色が少し変わった。だが少しだけ。次の瞬間彼女は体勢を戻した。いや、戻しただけではない。戻す勢いも利用して男の懐に潜り込み、そのみぞおちに右拳を叩き込んだ。
「ぐへっ……!」
 胃全体が潰されたかのような衝撃に男は膝を突く。だが心は折れなかったようだ。すぐに顔を上げて人虎を睨み。立ち上がる。そして右拳を振りかぶった。
「はああ……っ!」
 それを見た人虎の表情が残念そうに歪む。男の右拳を軽く躱しながら彼女は軽く嘆息した。
「やれやれ……また怒りに捕らわれたか」
 男は聞いていない。渾身の右拳を躱されてたたらを踏んだが、すぐに体勢を立て直し、今度は左回し蹴りを放った。しかしその速度はさっきの右蹴りと比べると勢いも鋭さもない。腹部への衝撃が残っていたのもあるが、何より怒りが彼の動きを硬くしていた。
「ふんっ!」
 人虎が男の懐に潜り込み、太腿を押さえ込んだ。そして鋭い手刀を首筋に叩きこむ。男の目がぐりんと上を向き、糸が切れた人形のように崩れる。
どさりと倒れた男を見て人虎はもう一度ため息をついた。
「本当に残念だよ、シエン……」
 男、シエンは聞いていない。彼の意識は怒りも何もない、暗闇の世界に送られていた。



「うぅ……」
 男が呻き声を上げる。目を開けると、見慣れた洞穴の天井が映った。ぱちぱちと枝が燃える音が右から聞こえる。そしてそこに何者かの気配を感じた。
「気づいたか?」
「フーウェン師匠……」
 首を捻ってみると、果たしてこの洞穴の主であり、シエンの師匠である、人虎のフーウェンが静かにシエンを見下ろしていた。
 フーウェンはその大きな虎の手で火にかけられていた湯沸かしを取った。中の湯を急須にいれ、そしてその急須の中身をお椀に注ぐ。不思議な香りがする翡翠色の湯がお椀に満たされた。
 人虎のみに伝わる秘密の湯薬をフーウェンはシエンに渡す。シエンはそれを無言で飲んでいく。甘さと苦さが混じった独特の味なのだが、組手で負けた後に飲む湯薬の味は、その敗北の味と同じように苦さが際立って感じられるようだった。
「さて……分かっているな? 今回の敗因は?」
「……」
 シエンの顔が歪む。フーウェンは何も言わない。本人の口から言わせないと意味がないのだ。
 しばらくシエンは渋い顔をしていたが、やがてぽつりと答えた。
「そうだ。何度も言っているはずだ。怒りは戦士から冷静さを失わせる。冷静さを失った戦士の動きは単調になる。怒りはさらに戦士の身体を硬くする。硬くなった戦士は速度を失う。いいことなしだ。そう何度も教えたはずなのに、なぜ分からない……」
 彼女の説教はため息混じりだった。フーウェンがシエンを弟子に取ったばかりの時は、鉄拳制裁をしながら怒鳴って説教をしていたが、今はこの通り。のれんに腕押しと分かっているフーウェンの説教には力がなかった。シエンは湯薬の苦味とフーウェンの小言に顔をしかめる。
 毎日毎日、朝にフーウェンと組手をし、最後に叩きのめされ、起きたら苦い湯薬を飲みながら師匠の説教を聞く……これがシエンの日課になっていた。
「戦士は怒ってはいけない。怒ったとしてもそれは私憤ではなく、義憤でなくてはならない……」
「家族を皆殺しにした王国への怒りは義憤になりませんか?」
「……何度も言っているはずだ。復讐をする、根底にその気持ちがある以上、お前の怒りは私憤だ」
「……」
 シエンは口をつぐむ。彼が何を言いたいのか、フーウェンは分かっていた。
『何も知らないくせに』
 そうシエンは言いたいのだ。以前、本当にそうこぼしたことがあった。師匠であるフーウェンに対してあまりに失礼な言葉に、普通だったら彼女は彼にまた鉄拳制裁を加えたことだろう。だが事情を知っている彼女はその拳を振るうことができなかった。

 彼はもともと、とある遊牧民族の一人だった。豊かな草地を求めて霧の大陸を西へ東へ。時には人間や魔物の隊商と取引をしながら、彼らは厳しくも平和な自然を生きてきた。
 だがある時、彼らの民族は少し西へ行きすぎた。彼らが足を踏み入れた地はルーフェレン王国、反魔物派の大きな国家だ。主神への信仰を絶対とする彼らにとって、自分の神を信じぬ者は魔物とそう対して変わらない。問答無用で警備隊を遊牧民にけしかけ、蹂躙した。戦士は皆殺しにされ、殺されなかった男や子どもは奴隷に、女は慰み者として連れ去られた。その虐殺の中で唯一逃げることができたシエンは誓ったのであった。必ず、ルーフェレン王国に借りを返すと。
 生き残ったシエンは放浪しているうちにこの山林に辿り着き、そしてフーウェンと出会った。人虎が魔物娘の中でも武芸に優れた種族の一つであると知った彼はフーウェンに弟子入りを志願した。復讐のための格闘を教えるつもりはない。そう言ってフーウェンはシエンの願いを断った。しかし、シエンの願いを断るはいいがそのまま捨て置いたら、彼は野垂れ死んでしまいそうな状況だった。やむを得ずフーウェンはシエンを保護した。彼が回復したら追いだそうとは思ったが、彼は自分に武術を教えてくれるまでは出て行かないと居座ってしまった。根負けしたフーウェンは、修行を積むうちに彼の気持ちが変わることを期待して、彼を弟子に取った。

 そうするうちにかなりの月日が経ったが、彼が怨念を捨て去る様子は見られなかった。
 本人には言っていないが、正直なところ、シエンはもう十分に強かった。遊牧民生活で鍛えられた彼の身体は並の戦士よりはるかに頑強である。ただ今まで野生動物を相手にしていたから対人の戦いを知らなかっただけだ。基礎体力作りの修行はほとんど省いて、フーウェンはシエンに拳術を教えこんだ。
 その結果、力と技術とスピードを兼ね備えた強力な戦士にシエンは成長した。だが精神は戦士としては極めて未熟だった。強力な攻撃を叩き込まれると自分の弱さと攻撃してきた相手に逆上してしまうのか、シエンは熱り立ってしまう。頑固な弟子にフーウェンは手を焼いていた。
 しかし彼女も不器用であった。彼に拳術を教え、精神論を説く以外にやり方をしらない。彼の凝り固まった復讐の念を解きほぐす術を知らない。
「湯薬を飲んだら薪を割って、そして夕飯を作れ」
 不器用な自分に、頑固な弟子に歯がゆさを感じながら、その気持ちを吐き捨てるようにフーウェンは弟子に言う。そしてフーウェンはのっしのっしと、水浴びをするために洞穴の外に出た。



「う、あ、あああ……っ!」
 シエンが怨念を捨て去る様子はない。それは稽古の時以外でも良く分かった。
 ぴこぴこと虎の丸い耳がシエンの呻き声を捉える。それで眠りを破られたフーウェンは身体を起こした。そして闇夜でも効く目を横に向ける。
眠っているシエンが苦悶の表情を浮かべながら、芋虫のように寝床の上でもがいていた。その口から時々、意味のある言葉が漏れる。
「やめろ……やめて、く、れ……」「チュンシア……!」「ころす……、ころ……」
 寝ながらにしてその怨念のこもった言葉に、強力な獣人の人虎であるフーウェンもぞっとした。
『何も知らないくせに』
 とシエンは言った。事情はフーウェンは知っている。だが、彼がどれだけ自分を苦しめた存在に対して憎しみを抱いているかは、フーウェンは確かに分からなかった。
 自分は幼いうちから両親の元を離れ、一人この山林で修行をしながら暮らした。故に、大切な存在を失うという気持ちがまだフーウェンには分からなかった。
 分かるのは彼が苦しんでいるということだけ。
彼の気持ちが分からない、そしてその苦しみの根本を取り除く術も分からない。この状況がフーウェンには苦しかった。不器用な彼女にできることは彼が求めるがままに強くなる術を教えること、恨みを捨てるようにと説くことのみ……いや、実はもう一つある。
 彼女は再び寝床に身を横たえた。だが、仰向けには寝ない。身体をシエンの方に向ける。そして片手でシエンの手をとり、そしてもう一方の手でシエンの頭を優しく撫でた。
「私にできることはこのくらいだ……すまない……」
 彼が起きている時には絶対言わないような言葉が、搾り出すような声で洞穴に響く。それに混じるシエンの呻き声は少しだけ、その勢いを弱めていた。



 ある朝のことだ。
「師匠……さすがにもう起きてください。朝の稽古をお願いします」
 フーウェンは寝坊をした。普段は鳥の鳴き声とシエンの声掛けで目を覚まし、寝床から出るフーウェンだが、今日はなかなか起きようとしなかった。仕方なくシエンは先に起きだし、身繕いをして朝の稽古の準備をしたのだが、その時間になってもフーウェンは起きようとしない。
「……今日は一人で稽古をせよ」
「はい? え、なぜ今日いきなりそのような……」
「行け」
 有無を言わさぬ調子でフーウェンは言う。しかしその声にはどこか力がなかった。シエンもそれに気づいたようだ。
「師匠、体調が優れないのでしたら湯薬などの準備をしますが……」
「一人でできる! お前は稽古をしてくるのだ……!」
「……承知」
 腑に落ちない表情をしていたシエンだったが、くるりと背を向けて洞窟から出て行った。あとにはフーウェンが残された。
 もぞもぞとフーウェンは布団を被る。頭は少しぼーっとしているが、眠いわけではない。体調が悪いわけではない。では何なのか。数回、過去に同じような経験をしたことが、彼女にはあった。
「ん、はぅ……こ、こんなに……」
 寝間着の下に手を突っ込み、さらに下帯に手を入れる。虎の毛皮がべっとりと彼女の体液に濡れた。それは尿や汗などではない。男を受け入れんと欲し、その準備を整えている、彼女の女性器からの液であった。
 発情期だった。
 気高い武闘家である人虎だが、それでも魔物娘であり、そして獣人だ。彼女らにもソレは訪れる。発情期に入ると普段は自分を律している人虎も、一匹のメスとなってしまう。その変貌ぶりは普段、魔物としての本能を押さえつけている反動があるせいか、激しい。それはフーウェンとて例外ではなかった。
 本当のところはシエンが出て行く前に襲いかかってしまいたいところだったのだが、彼女にもまだ理性やプライドがかすかに残っていた。そして、自分の気持ちを整理する時間が欲しかった。
 だが、襲い掛かってくる激しい性欲は彼女のその気持ちを無視して押し流す。彼女の下腹部は耐え難いくらいに疼き、女の象徴と頑強な筋肉の奥にある心の臓は痛いくらいに締め付けられているかのようだった。
「あ、あ……はううう……」
 無意識のうちに虎の太い指が秘裂を撫でる。前の発情期のときもこうすると気持ち良くなった。頭がふわふわになり、何も考えられなくなる。
 前は気持ちいいこと以外に何も考えられなくなったが、今は少し違う。桃色に染まる世界に一つの存在が浮かんでいた。
「シエン……あ、ああ……シエン……」
 その存在の名をフーウェンはつぶやく。彼女の頭の中ではいろんなシエンが踊っていた。
 真剣に自分の教えを学ぶシエン、怒りにとらわれているシエン、うっかり水浴びをしているところに遭遇してしまって頬を赤くしていたシエン、そして自分を貫いてくるシエン……
「はぁあう!」
 自分と交わっているシエンのことを想像すると、フーウェンの身体がさらに燃え上がった。
 甘美な想像と快感に、人虎は寝床で身体をくねらせる。その姿は禁欲的な普段の様子とは程遠い。夢中になって人虎は自分の秘裂を擦っていたが、ふとその手が急に止まった。
「シエン……?」
 彼女の脳裏をシエンの何かがよぎった。何か、彼に呼ばれたようにフーウェンは感じた。そして急に不安になる。いつも自分と一緒にいる弟子が横にいないことに対して。今、彼はどこで何をしているのか……怨念にとらわれているという難はあるが、真面目な彼のことだ。一人稽古をしていることだろう。だけど……
 何か不安が拭えなかった。
 火照る身体を押さえ、下着も変えずに簡素な稽古着を羽織って、フーウェンは洞窟を出た。


 魔物娘は男の精には敏感だ。離れていてもその精を嗅ぎ分けることができる。まして、獣人系の魔物娘である人虎の彼女だ。犬ほどではないが鼻は効く。すぐに彼女はシエンの居場所を突き止めた。いつもの森の広場に彼はいた。
 だが、彼女の悪い予感は半ば的中していた。
 その広場に二人の人間が伸びていた。服装からして、旅の魔法使いと戦士だ。その近くにシエンは膝をついていた。黙祷を捧げるためではない。力尽きているのだ。膝をついている彼の前に二人の人間が立っていた。女盗賊と、男のモンクだ。
「やれやれ、二人を伸ばされた時にはちょっと驚いちゃったけど、大したことなかったじゃない」
「いきなり襲いかかってきおって……ルーフェレン王国の人間に盾をついたらどうなるか分かっておろうな?」
 離れたところでその言葉を聞いて、フーウェンはすぐに理解した。
 おそらく、四人は魔物討伐の旅に出ているルーフェレン王国の者だ。そしてたまたまこの山林を通り過ぎた。だがそこで、ルーフェレン王国とその人間に恨みを持っているシエンと出会ってしまった。相手がルーフェレン王国の人間と分かったシエンは彼らに襲いかかったのだろう。そして魔法使いと戦士はねじ伏せたが、速さが優れている盗賊とモンクに倒されてしまったのだろう。
「それじゃ、さようなら」
 シエンの首を掻き斬ろうと女盗賊のナイフが閃く。だが次の瞬間、彼女は蹴り飛ばされていた。無論、フーウェンのしわざだ。
「な、何者じゃ貴様!」
「し、師匠!?」
「危ないところだったな?」
 フーウェンはシエンの方を振り返る。彼の首に傷はない。間に合ったようだ。フーウェンは胸を撫で下ろす。
「なるほど……ルーフェレン王国に楯突くただの愚か者かと思っていたが、まさか魔物と関係していたとはな……これはますます、粛清せねばなるまい」
 モンクが鉄棍を構え、腰を軽く沈める。対して、フーウェンはシエンをかばうように立って、身構えた。
「破ッ!」
 鉄棍が突き出される。フーウェンはそれを軽く弾き、さらにモンクの懐に踏み込んだ。その胸に掌底を叩き込む。だが手応えはあまりなかった。踏み込まれることを予測していたか、モンクは後ろに跳んでいた。だが完全に逃げ切れたわけではなかったようだ。彼は着地に失敗してよろける。
「いやあああっ!」
 追撃をかけるべくフーウェンは前に出る。間合いを離すためにモンクは棍でなぎ払う。一度フーウェンは足を止め、その棍が振り切られる瞬間を狙って飛び込もうとした。それはモンクも考えていたようだ。
「排ッ!」
 振り切られた棍が振りかぶられ、フーウェンに向かって叩きつけられる。横に軽く跳んでフーウェンはそれを躱す。だがそれで終わりではなかった。モンクが前に跳んでおり、フーウェンに体当たりをかましてきたのだ。
「ふぐっ!」
 いつもならこれくらいの駆け引きには勝つことができたはずだ。だが発情期で集中力が乱れてしまっていたフーウェンはそれを受けてしまった。
「魔物などその程度か! トドメ! 絶ッ!」
 よろけているフーウェンの頭を目掛けて鉄棍が振り下ろされる。慌ててフーウェンはその鉄棍を両手で白刃取りをするかのようにして受け止めた。しかし、モンクの真の狙いはトドメではなかった。
「ぐああああっ!?」
 フーウェンの口から激痛の咆哮が上がる。彼女の脇腹をナイフが抉っていた。先ほどフーウェンに蹴り飛ばされた女盗賊が立ち上がり、フーウェンに奇襲を仕掛けたのだ。
「くっ、おのれ……!」
「滅せよ! 絶ッ!」
 脇腹の痛みに耐えているフーウェンの頭に、モンクが大上段に鉄棍を振りかぶった。大ぶりすぎるその攻撃をフーウェンは受け止める。だが安心はできない。女盗賊がナイフをフーウェンの腹に突き立てたままだ。このままナイフを振り抜かれると、いかに頑強な魔物娘でもちょっとした怪我では済まない。
女盗賊を蹴り飛ばすべく、フーウェンは足を折りたたむ。それでも女盗賊がナイフを滑らす方が早いかもしれない。しかし結局、女盗賊はそれができなかった。
 ばきっ!
 鈍い音が森に響く。シエンの右拳が盗賊の頬を捉えていた。相手が女であるのに容赦のない一撃だった。ぐぅとも言えずに女は気絶する。
「シエン……!」
「砕ッ!」
 突然のシエンの乱入に驚いたフーウェンとモンクだったが、モンクの方が立て直しが早かった。鉄棍は諦め、フーウェンを蹴り飛ばして間合いを離す。だが着地するより先に、フーウェンも気持ちを立て直していた。
「ぜぁあああっ!」
 強烈な掌底がモンクのみぞおちに叩き込まれる。その威力はモンクの身体を浮かせ、そのまま数メートル彼を吹き飛ばした。大木に身体をしたたかに打ち付け、モンクも気絶した。
 これでシエンを攻撃していたパーティーは全滅させた。だが二人はまだ安心できない状態であった。


「師匠、しっかり! 今すぐ薬湯を用意します!」
「薬湯では足りない……軟膏を……そこの棚のツボに入っている」
 森で気絶させた四人は森に住む魔物たちに任せ、フーウェンとシエンは住処の洞窟に戻ってきた。シエンは身体にいくつも生傷を作ってボロボロであるが、まだマシだ。フーウェンの傷は小さくはない。重厚に鍛え上げられた彼女の脇腹に、傷口が赤くぱっくりと開いていた。幸い大きな血管や内臓を傷つけた様子はないが、放っておいて平気な傷ではなかった。彼女が魔物娘でなかったら命は失われていたかもしれない。
「これですね?」
「ああ……それを私の傷に塗るんだ。内側もな」
 つまり、傷口に指を突っ込んで塗れと言うのだ。治すためには必要なことなのだろうが、それに伴う痛みを考えるとシエンは思わず身震いした。だが迷っている暇はない。シエンは軟膏を指にとり、フーウェンの傷口に指を突っ込んで薬を塗りたくる。
「ひぐっ、ぐぐ……」
 頑強な身体を持つ魔物娘であっても、痛いものは痛いらしい。歯を食いしばるフーウェンだが、その口から苦しげな呻き声が漏れる。がりがりと虎の爪が床をひっかいた。
 何度か軟膏を指に付け直し、シエンはフーウェンの傷に難航を塗り終えた。
「師匠、塗り終えました」
「……」
「ちょ、師匠!? 起きてくださいよっ!」
 フーウェンは答えなかった。心臓を冷たい手で鷲掴みにされた気分だった。動かず、応えないフーウェンの姿に、かつて生活を共にした民族の姿、家族の姿、愛馬の姿などが重なる。
 肩に手をかけ、揺すってみる。ぐらんぐらんと頭が力なく揺れた。
「し、死なないでくださいよ、師匠! 師匠までいなくなったら、俺は……俺は……!」
 ぺしぺしとフーウェンの頬を叩いてみる。それでもフーウェンの目は閉じられたままだ。耐えられなくなり、シエンは叫ぶ。
「俺は生きていけない……!」
「やかましい!」
 怒号が洞穴に響き渡る。それまで、それこそ死体のようだったフーウェンがカッと目を見開き、叫んでいた。同時に彼女は掌底を放つ。仰向けの体勢で十分な威力が出せないはずなのにシエンの身体は跳ね、仰向けに倒された。
「人が身体を休ませようと寝たところをお前は何叫んでいるんだ……」
 うんざりしたように言いながらフーウェンは上体を起こす。その声はしっかりとしており、少なくとも死に瀕しているようには聞こえない。ホッと胸を撫で下ろしたと同時に、自分を心配させた師匠にシエンは少し腹が立った。
「寝ていただけですか、師匠。それならそうと宣言してから寝てください」
「まあそう言ってくれるな。それに……」
 そこで、寝起きで不機嫌そうな顔をしていたフーウェンがにやりといたずらっぽく笑う。
「真面目だけどすぐに怒るお前の口から、あんな言葉が聞けた訳だしなぁ?」
「う、うわぁあああああ!!」
 激痛の声以上の咆哮がシエンの口から漏れた。死んでしまったのではないかと考えて取り乱してしまい、思わず本音を漏らしてしまった。座っていたフーウェンは四つん這いになり、ニヤニヤ笑いを広げる。
「『まだ師匠から教わることがある!』とか『弟子にとってもらったお礼を言っていない』とかならやっぱりお前は弟子だと思えるんだが『師匠までいなくなったら俺は生きていけない!』と言うとはなぁ?」
「ぐわぁあああああっ!?」
 カマかけなどではなく、全部聞かれていたようだ。顔を覆い、シエンは芋虫のように身体を丸める。穴があったら入りたいというのはまさにこういう状況だろう。
 うずくまっているシエンにフーウェンは上から覆い被さった。そして耳元にささやく。
「詳しく聞かせてもらおうか? 私がいなくなったら生きていけない、と言う意味を……」
「うぅうう……」
 シエンは呻くばかりだ。言えるはずがない。フーウェンのことを師匠として見ていると同時に、女として見ていたなどと。シエンも男。組手の時はそんな意識は吹っ飛んでいるが、一緒に暮らしている間は意識せざるを得なかった。しかも二人は寝床を並べて寝ている。彼がフーウェンに抱く思いが師弟の念から慕情へと変わるのはそう不思議な話ではなかった。
 シエンがフーウェンに叩きのめされて逆上する理由の一つ、それは自分が惚れた女を守りたいのに、それすら叶わない自分の実力の不甲斐なさというものもあった。
「言えないのか? 言わないと私が良いように解釈するぞ? くくく……魔物娘があんなことを言われて大人しくしていられるはずがないだろう? 寝ていたのに一発で起きるほどだぞ?」
 彼女の発言にハッとしてシエンは自分の師匠を見た。そこには普段、自分を厳しく鍛錬する武闘家の姿はなかった。眉尻を下げ、頬を戦いでもないのに紅潮させ、口をだらしなく開いてそこから熱い吐息とよだれを出している、性欲に翻弄されたメスがいた。
「師匠、まさか……」
「ああ、発情期だ。だから、さっきの戦闘でも少々ヘマをしたな。師匠としては少々不甲斐なかったが……まあ、師匠と弟子ではなく、女と男という関係ならちょっとした愛嬌ということで見逃してくれるだろう?」
 言いながらフーウェンはシエンの稽古着を剥いでいく。
「師匠……お怪我に障ります」
「なに、軟膏のおかげでもう大丈夫さ」
 フーウェンの行為を止めようとしたシエンの言葉を、彼女はあっさりと退ける。すでに彼は人虎によって上半身を剥かれていた。遊牧民時代から鍛えあげられ、さらにここ最近フーウェンによって鍛えられた肉体が顕になる。フーウェンの目がぎらりと、獲物を前にした肉食獣のように煌めいた。
 人虎はさらにシエンの帯を解き、下に穿いていたズボンを下着ごと取り去る。思いを寄せている女にのしかかられていた男は反応をしていた。
「なんだ、お前もその気だったんじゃないか」
 にやにやと笑いながらフーウェンは自分の稽古着も脱ぎ捨てる。腰布一枚を残すだけの格好にフーウェンはなる。腹筋、背筋、腕と太腿の筋、それらはまるで鎧のように硬く引き締まっている。その中で乳房がふるふると揺れ、彼女が女であることを魅せていた。
「あー……私の身体は、どうだ?」
 今までの強気な姿勢を消し、おそるおそると言った感じでフーウェンは尋ねた。山に篭っている彼女だが他の魔物娘ともそれなりに交流している。その魔物娘の多くはフーウェンとは異なり、柔らかそうな身体を持っていた。時折、夫といちゃつく魔物娘を遠目から見たこともあったが、その柔らかい身体を男は楽しんでいるようであった。
 戦士として鍛えられたこの身体を誇りに思っているフーウェンだったが、一方で女としてはいかがなものなのかと、時々彼女は悩んでいた。発情期に入っていなくても、そこは彼女も女であった。
「……」
 師匠の問いにシエンは答えない。だが彼の視線と勢いを増した勃起が全てだった。しかしそれだけではフーウェンは満足しない。
「ほら、師が訊ねているんだぞ。答えないか。正直に答えたらサービスしてやっても構わんぞ?」
「綺麗、です……」
「……なんのひねりもない答えだが、まあ正直な答えだから許してやろう。では、約束どおりサービスしてやろう」
 フーウェンはシエンの下腹部へと手を伸ばした。そしてフーウェンの肉体に種付けを望んでいる牡器を握った。
「うっ……」
 握られただけ、それだけでシエンは声をあげていた。拳を武器とする彼女の手は、そうとは思えないほど柔らかかった。それだけではない。フーウェンは人虎。その手は人の物ではないのだ。ぷにぷにとした肉球は人の手では味わえない感触であった。
 虎の物の手が、上下に動き出す。まるで、前足で押さえつけた獲物をいたぶるかのように、それでいて武術に使われている手とは思えない妖艶な動きであった。
「どうだ? 気持いいか? 普段、お前に鉄拳制裁を加えていた手だが……?」
「き、気持ちいいです……」
 シエンの言葉に嘘はない。彼女の手の中で肉棒はぴくぴくと震え、鈴口からは透明な先走り汁をこぼして毛皮をべとりと濡らしていた。その先走り汁の匂いはフーウェンの股間をさらに濡らす。
「ふふふ……憎しみにとらわれていない時はお前も可愛い者なのに……こうしてあえいでいるときはさらに可愛いな」
 嬉しそうにフーウェンは笑った。その手で男をよがらせていることに女としての矜持がくすぐられる。
「では、もうちょっとだけサービスをしてやろう」
 そう言ってフーウェンは牡器を握ったまま、身体を下の方へとずらした。顔を下腹部へと近づける。そのまま彼女は軽く、亀頭にくちづけをして見せた。
 普段は凛とした武闘家が、裂帛の気合と説教を放つ口で性器に触れた。そのことがシエンの興奮をさらに高める。
「これだけでもイキそうだったか? そうはいかんぞ。サービスはここまでだ。ここからは私も楽しませてもらわないとな……」
 人虎が肉棒から手を離す。その手は自分の腰に持って行かれ、下布を取り去った。薄布に隠されていた、男の種付けを待っている牝器が露わになる。戦いで一度は覚めたが、今はまた朝に自慰をしていた時以上に濡れていた。
 笑いながら人虎は男を跨ぐ。いくぞ。彼女の笑みがそう告げていた。ゆっくりとその腰が落とされていく。
 にゅぶ……
 なんとも言えぬ淫靡な音を立てて、人虎の陰部が男の陽物を包み込んでいった。
「くっ、あああっ……! シエンが、入って……!」
「し、師匠……うううっ!」
 ひとつになったふたりの嬌声が絡まり合う。二人は今は師弟ではない。男と女、いや、一対のオスとメスとなった。
「なに……なんだこれは……!? 気持ち……いい……!」
 シエンの身体の上でフーウェンは身体を震わせる。初めての挿入は彼女にとって苦痛ではなかったらしい。むしろ快感しかないようだ。
「ふあ、あ……ダメ、だ……これ、クセになる……!」
 そうかもしれないとフーウェンの下でシエンも思った。フーウェンの中は熱くぬめっていている。だが特筆すべきはキツい締め付けだろう。全身が鍛えあげられているフーウェンは腹も、そして膣肉も強靭であった。その締め付けは男のモノを、精液を搾り出すかのように刺激する。この本人の身体を象徴する女性器は確かに一度知ったらやみつきになるだろう。
「あ、あ、あああ……」
 股間から上る快感に人虎は酔い、目がうつろになる。その腰が本能に従い、緩やかに動き始めた。
「うっ、ぐ……!」
 思わずシエンは呻き声を漏らす。肉棒をキツく握りこんだまま膣肉がこね回していた。その刺激に思わず暴発してしまいそうになる。身体に力を入れてそれを防ごうとする。
 だがそんなシエンの努力はつゆ知らず、フーウェンは自分の欲望に忠実に、腰の速度を早めていく。彼女は腰を前後に、尻尾をうねらすかのようにぐねぐねと動かした。
「や、あああっ! ダメ、気持よすぎて……あうあああっ!」
 フーウェンは上体を倒しそうになり、慌てて手をシエンの胸の上に突いた。支えを得た彼女の動きがさらに大胆になる。身体が少し倒れたため、彼女の腰の前後の動きはシエンにとっては上下に近い動きに変わっていた。キツい締め付けが敏感な亀頭にもたらされ、しかもそれが動く。暴力的にも思えるその快楽にシエンは悶えた。
「ああんっ♥ いいっ♥ コレ、イイ♥」
 フーウェンは完全に一匹の獣になっていた。自分への気持よさと、自分の下で悶えている男の表情が、彼女の腰使いをより激しく、艶かしいものにする。上下左右に腰を動かして自分とシエンを攻め立てた。
「や、やめ……師匠! このままだと出る……!」
「出る……? せーえき? せーえきが出る?」
 人虎の顔がまるで豪勢な菓子を前にした子どものような表情になる。目を爛々と輝かせ、口がまるで三日月を作るかのように笑いの形を作る。口の間から肉食獣の象徴である鋭い犬歯が覗いた。
「いいぞ……たっぷり出して……んはぁう♥ 私を孕ませろ♥」
「ちょ、師匠を孕ませるって……うああああっ!」
 自分の師のことを女性として意識したことはあったが、まだ子どもとかそのようなことは考えたことはなかった。実際、まだ師匠とこのような関係になれると思っていなかったため、子どもを持とうとする気持ちはまだない。だが、凛々しい武闘家の「孕ませろ」という言葉は牡の本能の引き金を引いた。
「ほ、本当に……出るっ! うくぅ!」
「あはぁあああああ♥ 出てる……♥ シエンの熱いのが、腹いっぱいに……♥ くぅううう♥」
 どくどくと子種が吐き出され、人虎の子宮に種付けがされていく。そのことにフーウェンはメスとしての喜びに打ち震えた。
 初めての交わりで興奮していた上に、手や口での愛撫は寸止めであったため、かなり溜められていたようだ。こぽりと音を立てて精液が二人の結合部から漏れた。
 シエンが、師匠であるフーウェンに白濁の汚液をその大事なところにぶちまけた証拠だ。
「んんん……こんなにたくさん♥ 搾ればもっと出してくれるか?」
「なっ……はうっ!」
 シエンが短く悲鳴を上げる。フーウェンが腹に力を込めていた。腹筋に連動するかのように膣肉がぎゅぎゅっと収縮する。その刺激がシエンの肉棒にもう一仕事を命じていた。
「今度は私も気持ちよくさせるんだぞ♥」
「……努力します、師匠」
 師の命令に弟子は頷き、上体を起こした。フーウェンが後ろに倒れないように左手でその背中を支える。
「ふっ……そんなことされなくても、私は倒れたりはしないぞ?」
 シエンの首に腕を回し、緩やかに腰を動かしながらフーウェンは挑発的に笑う。対してシエンも軽く笑った。
「まあ、俺にも抱かせてくださいよ」
 この弟子が頑固であることはよく知っている。しょうがないなとばかりにフーウェンの笑みが苦笑のようなものに変わった。だがシエンに気を使われるのは、やはり嬉しい。
「んっ、んっ、んはぁああ♥」
「くっ、むっ……師匠……!」
 対面座位の体勢で二人は抱き合い、互いに腰をゆすり合う。二人の口からはひっきりなしに嬌声が漏れた。少し首を曲げれば、結合部が見える。そこではシエンのモノがフーウェンの中へと出入りし、ぐちゅぐちゅと淫らな音を立てていた。
「シエンんん……♥ ん、んん♥」
「んちゅ……んん……」
 二人のくちびるが自然とつながる。まるでじゃれあう虎子のように、二人のくちびるはあまがみをする。
「ん、ぷはっ……師匠のくちびる、柔らかい……それに、ここも……」
「ふああっ♥ やっ、そんなに揉むなぁあ……♥」
 右手を伸ばしてシエンは師の胸の感触を楽しんでいた。身体を鍛えて筋肉を詰めたぶん、脂肪をその胸に集めたのではないかと思うくらいに、それはシエンの手に収まらないほど大きく、柔らかい。
 楽しむべきはそこだけではない。その胸のいただきで尖っている乳首もシエンはかわいがった。彼女が孕めば、いずれは子どもが母乳のために吸うところ。だが今はシエンのためだけに晒されている。シエンは親指でその乳首を弾き、もう一方は口で吸いたてた。
「くひぃいいいん♥」
 女の身体の中で敏感な部分を攻め立てられ、フーウェンは身体をのけぞらせてあえぐ。
「そんな……おっぱいばかり……♥」
「ここばかりでは不満ですか? では、実は私が師匠の身体で気に入っているところを……」
 シエンの右手が胸から下りる。その手がふわりとフーウェンの腹筋を撫でた。
「ふあっ!?」
 思わずフーウェンは声を上げた。彼女の腹筋は腹への打撃は跳ね返す鎧のような代物であった。何度か拳撃や蹴りを受けたこともある。だが、今のシエンのような触られ方をしたことなど一度もない。
 そして、打撃とは全く異なる"愛撫"の快感は、男のように鍛えられた腹筋でも、アリスのような柔肌の腹でも、大差はなかった。
「やっ♥ あっ♥ なんだコレ……ぞくぞくする……♥」
 快感もあるが、少しくすぐったいらしい。フーウェンは身体を左右によじる。その動きが結合部に伝わり、二人に声を上げさせた。
「ああっ、も……ダメッ♥ 何か……何か来るっ♥」
 不意にフーウェンが両手両足を使ってシエンを抱きしめる。シエンも左手で彼女を抱きしめ返した。ピッタリと、二人の上半身が密着する。腹を撫でられなくなったシエンは右手をフーウェンの頭に持って行って撫でた。時折手のひらをかすめる耳の感触が気持ちいい。
「本当に……はぁん♥ シエンっ♥ 一緒に、一緒にイクぞ……♥」
「はい……っく、うっ!」
「はぁああああん♥」
 二人がそれ以上我慢できなくなるのはほぼ同時だった。シエンの牡器が再び精を吐き出し、重力に逆らって人虎に種付けをしようとする。一方で、重力に従って動くもあった。
「あ、あ、いやあああああ♥」
 羞恥と快楽に染まった声をフーウェンがあげる。それに混じって何かが吹き出るような音が洞窟に響いていた。彼女は絶頂と同時に潮を吹いてしまったのであった。
「こ、こんなの恥ずかし……ひああああっ♥」
「くっ、うう!」
 師匠と弟子の枠など二人は飛び越え、今は身も心もどこまでも一つになっていた。



「なんとなく、分かった気がする」
 激しい交わりを終え、一度休憩。シエンの胸板にフーウェンは顔や頭を擦りつけていた。その仕草は虎と言うよりもはや猫だ。そんな彼女の頭をシエンは撫でていた。耳を撫でるたびにそれはぺこりと折れ、手が通り過ぎると再びピンと立った。
「何がですか?」
「お前の気持ち、怒りだ……正直、両親の元を早くに発ち、一人ここで修行をしていた私に、大切な人を失う気持ちと言うものは分からなかった」
「……」
「だがお前の思いを聞き、そして一つとなったあとで思ったのだ。もし、シエンを殺されたら私はどうなるのかと……考えるだけでも恐ろしい。お前を失うことの恐怖と、その恐怖に屈する自分が……お前をしなったら私は怒りに狂ってしまうかもしれない。それこそ獣の虎になってしまうかもしれない」
 シエンの胸板に顔を埋めたまま、ぽつりぽつりとフーウェンはつぶやく。黙ってシエンはフーウェンを撫で続け、続きを促した。
 真剣な表情でフーウェンはシエンを見上げ、釘を刺す。
「勘違いするなよ。お前の怒りを肯定しているわけではない。怒りが戦士の障害となるのは変わらない。だが……シエンの気持ちは理解できた気がする」
「そうですか……でもですね。俺もちょっと変わりましたよ」
 フーウェンの視線を受け止め、シエンは柔和な笑みを返す。首を傾げるフーウェンにシエンは続けた。
「今までは憎しみが俺の動機付けをしていました。でもこれからは違います。これからは、師匠を守るために頑張りたいと思います。それに、好きな師匠の困った顔は見たくないですからね」
「そうか……だが弟子よ、こんな時は"師匠"と呼ばず、私の名前を呼ぶべきだぞ?」
「うっ……」
 シエンの顔が赤くなる。それに対してフーウェンはシエンから目を逸らさない。ゆっくりと左右に揺れる尻尾とキラキラと光る瞳が、言い直しをシエンに求めていることを、雄弁に語っていた。
「……これからは、フーウェンを守るために頑張りたいと思います。それに、好きなフーウェンの困った顔は見たくないですからね」
「ふっ、弟子が何を生意気に守るなど……だが、期待しているぞ、シエン……♥ では……」
 シエンの腕の中からフーウェンは抜け出し、彼に尻を向けた。その中心では愛液と精液が混じりあってぽたりと垂れている。その淫らな光景に、すでに二度吐精したシエンの牡器が力を取り戻していく。
「誓いの印に交わってもらおうか」
「師匠が……フーウェンが言うのであれば……」
 シエンはフーウェンの腰を掴み、そして肉棍をその蜜壺にねじり込んだ。
武闘家の人虎が住まうその洞窟に、淫靡な嬌声はずっと響き続けた。



 人虎のフーウェンとその夫のシエンはのちに武闘家として名を馳せる。悪名ではない。
 それは、シエンが自分の拳を復讐に使わなかったことを意味していた。
 さらにそれは、シエンがフーウェンとともに幸せな生活を送ったことを物語ってもいたのであった。

13/09/06 00:41更新 / 沈黙の天使

■作者メッセージ
はいどーも、呼ばれても求められてもないのにジャジャジャジャーン、沈黙の天使です。
今回は更新された人虎SSでした。
タイトルの怒りと憎しみの拳は人虎さんの徳(?)に包まれて崩されました、良かったよかった。
鋭くクールな表情、強そうな拳と鋭い爪、それでいながらかわいい丸耳、なにより腹筋とおっぱいのコントラストに興奮して筆を取ったのですが……執筆速度もダメ、「復讐のための拳は教えぬ」のコンセプトも被せられるという、散々たることにorz
心が折れかけましたが、ここは踏ん張って書いてみました。
エロも書きたかったしね♪
沈黙の天使にしては珍しく♥を多用しましたが、いかがだったでしょうか?
武人系な娘が武人系な口調を保ったまま乱れるのを表すのに実に使いやすい♥でした。
勉強になったなぁ……


では今回はこの辺で。
最後にことわざを一つ!
『虎穴に入れずんば虎子を得ず』
えー、おあとがよろしいようで。

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