読切小説
[TOP]
暗雲へのグランドスラム
「月岡!」
 昇降口でいきなり呼び捨てで呼び止められた。振り向いてみるとクラスメートで野球部員の工藤久司がそこにいた。
 これから練習なのだろう。汗と泥の染み付いたユニフォームを身に着けている。その無粋な匂いに私は軽く眉をひそめる。もう慣れてきたし仕方がない匂いではあるが臭いのは確かだ。

 初めて工藤と会話したのは去年の夏、ちょうど今頃、夕立が来て帰ろうにも帰れなくなってしまった私に練習から帰ってきた彼が傘を貸してくれたのがきっかけだった。
「お? なんだ、月岡じゃねえか。なんだ? 雨で帰れないのか? しゃーねーなー、俺の傘貸してやるよ。俺? いいよ、もう練習で濡れネズミになっちまったから、今更どうもこうもねーよ。んじゃな!」
 人間の分際で私に気安く話しかけてきて、押し付けるような強引さに私は閉口した。加えてあのとき、雨でずぶ濡れだったはずなのにその汗と泥臭さに耐えられなかったものだった。
 最初の私の彼に対する印象は良くなかったが、それでも彼に助けられたのは事実だ。同じクラスだったこともありそれ以降もちょくちょく私と工藤は会話することがあった。おそらく、人間の中では教師を除いて一番彼と会話しているだろう。泥臭さや汗臭さに悩まされることもあったが今はもう慣れ始めている。そんな自分がちょっとちょっと怖い。
 しかしなぜだろうか。たまたま時間が合わなくて、あるいは彼がいつの間にか合宿などに行っていて、数日間連続で顔をあわせなかったら、少し不安になった。大なり小なり、いつもと違うことは不安感や刺激感を与える。私もそれだろう。そして久しぶりに工藤と顔を合わせたら、やはり私は彼の汗臭さと泥臭さに顔をしかめたものだった。

 その彼が今日も私に声をかけた。明らかに私がこの昇降口にやってくるのを待って立っていた。知らぬ仲とは言え人間が何の用か……
「ああ」
 短く挨拶を返し、無言で私は彼に要件を促す。
「俺、今年はようやくレギュラー入りしたんだよ!」
「そう、おめでとう」
「ありがとな!それでだな……」
 私のそっけない返事にも飛び上がらんばかりに嬉しそうにお礼の返事を工藤はする。そして傍らに置いていたドラムバッグをあさり始め、小さな茶封筒を取り出した。それを私に突きつける。
「……何かしら?」
「今度、地区予選があるんだ。それに月岡に観に来て欲しくて……」
「……」
 返事をせずに私は封筒を開いた。中には紙切れが二枚入っている。チケットが一枚とメモが一枚。地区予選はその県のあらゆる野球場で行われるらしく、そのチケットはどの日どの会場でも共通らしい。そのためにメモには日程と会場が記載されていた。この日に彼は観戦に来て欲しいらしかった。
「……どうせならこんな小さな大会じゃなくて、甲子園に出た時に誘えば良いものを……」
「ええ、いやぁ、まあ……そうなんだけどな……」
 工藤の返事がはっきりしない。彼も分かっているのだろう。勝ち進めることはないことを。そこそこの難関大学進学率を誇る愛の宮北高校であるが、スポーツに関しては弱小校なのだ。だからこそ彼は初戦を観に来て欲しいと言っているのだ。
「……弱気ね。勝てそうにない試合に私を招いていいのかしら?」
「うぅ、まあ試合はちょっと厳しいんだけどね……けど俺はがんばるぜ! だからな、その……月岡!」
 彼らしくもなく口ごもってから、不意に工藤は姿勢を正し、まっすぐに私を見てきた。急に改まって何事か。自分より格下である人間の工藤だが、ここでそっぽを向いていい加減な態度を取るのも淑女らしくない。私は手元のチケットから目を上げ、楽な姿勢で彼の目を見た。次に何を言われるか、まったく考えずに。
「この試合で、俺がホームランを打ったら……付き合ってくれ!」
「……は?」
 急な言葉に私は思わず、ぽかんと口を開けてしまった。彼は今、何を言ったか。驚いている私を置いておいて、工藤は一人続ける。
「俺、ずっと前から月岡のことが好きだったんだ! だから……」
「待て待て待て。あなた、私の気持ちも無視して何をいきなり……!」
「頼むよ!」
「……」
 開いた口がふさがらなかった。時代は変わり、貴族と言う身分がなくなった今でもヴァンパイアは誇りと言うものを持ち、人間というものを下に見る。私も工藤と話をする仲になって一年くらい経ち、傘を貸してくれたところなどはある程度評価しているが、基本は変わらない。そんな彼にいきなり告白され、交際を迫られて私は、ごく控えめに言って、困惑していた。
「あ、わりぃ! もう行かないと……!」
 私のことは相変わらず捨て置き、彼は重そうなバッグを拾い上げて肩にかける。今日もいつもどおり練習があるのだろう。だが今は私と長く会話したため、時間の余裕がないらしい。あっという間に彼はスパイク・シューズを履き、昇降口を飛び出す。そこで一度私の方を振り向き、彼は叫んだ。
「考えといてくれよ! いや、絶対来いよ! それじゃ!」
 あっという間に彼の背中は見えなくなる。後には彼に渡されたチケットとメモを持って立ち竦んでいる私が残された。
「本当に、私のことを考えずに……」
 ため息をつきながら私はメモを見下ろした。試合は3日後の昼だ。場所はここからそう遠くはない小さな野球場。別に行けなくはないが、ヴァンパイアにとって昼の炎天下に出て試合を観戦するなど、かなり面倒なことだ。
「私を口説くのならもうちょっと気遣ってもいいんじゃないかしら?」
 それにホームランを打ったら、という条件も気に入らなかった。高校生でホームランを打つなどよっぽどの強打者でないと無理なはずだ。彼は確かに体格にも力にも恵まれた強打者ではあるが、はたして可能かどうか……そんな不可能に近いことを条件に出すだなんて……私をどうしたいのか。
 やれやれと私は首を振って革靴を取り出す。もう一度、メモ紙に目を落としてみた。3日後……さて、どうするべきか……



 3日後……私は野球場にいた。照りつける太陽、それによる暑さ、まとわり付くような湿気が不快だ。しかも観客席の人間や魔物娘たちによる混雑で蒸し暑さはさらに厳しいものとなっていた。来るんじゃなかったかな、と私はハンカチで額を拭いながら腹の中で思う。服装も私服でゆったりとして涼しいワンピースにするべきだっただろうか。だが、応援に来るのはほとんど学生らしく、皆制服で来ると聞いていたため、私も制服できた。
 なお、暑いことは確かなのだが、日光による能力弱体の影響はあまりない。昨日、帽子屋でクラーケンのスミを染料に使ったハットを買った。クラーケンのスミは光を遮り、擬似的な闇を作り出す。このハットはその魔力を応用して、被っている者を日焼けから守ったり、私のようなヴァンパイアを日の光から守ったりするのだ。本当のところは日傘を持ってきたかったのだが、観客席で日傘を広げると周囲に迷惑がかかるのではないかと思ってやめた。それで正解だったようだ。地区予選の初戦だと言うのに日曜だからか観客席は結構混んでおり、日傘を広げられる雰囲気ではない。ヴァンパイアとして周囲には迷惑を掛けたくない。
 さて、試合の様子はどうなのか……散々な有様だ。一回表は相手高校の鈴竹高校の攻撃だったが、この攻撃ですでに3点取られてしまった。一方、愛の宮北高校だが……強打者が置かれるらしい4番に工藤は置かれている。だが彼の打順が来る前にチェンジになってしまった。つまり、ランナーは一人も出ずにチェンジ。当然、得点は0点。鈴竹高校の観客席は盛り上がり、逆に私が座っている愛の宮北高校側の観客席には重苦しい雰囲気が立ち込めた。
 続く二回。鈴竹高校は相変わらず好調。3点を得た。そしてチェンジとなり、打順が工藤に回ってきた。
「……せいぜい頑張ることね」
「素直じゃないわねぇ」
 私のつぶやきに反応する者がいた。去年同じクラスの村野美穂だ。話題が豊富で頭の回転も早く、話していて楽しいサキュバスなので、仲良くしている。恐ろしくうわさ話などのアンテナが広い上に勘も鋭いので、敵には回したくない。
 それはともかく
「素直にホームラン打って欲しいって言えばいいのに」
「……バカを言わないで。なぜ私がそんなことを願わなければならないの?」
 吐き捨てるように言う私に美穂は笑みを崩さない。
「私、知ってるのよねぇ。ヴァレンタイン・デーの時にあなたがクラスの魔物娘たちに配っていた友チョコ、男では唯一工藤くんに渡していたのを♪」
「……! 余っていたから、それなりに仲の良い彼に渡しただけよ。他意はないわ」
 そんな会話をしているうちに、工藤がバッターボックスに立った。1球目。初級狙いで工藤は振った。結果はファウル。彼の考えを知っている私としてはため息をつかざるを得ない。
「……本当にホームランを狙っているの? チームのことを考えた方が良いと私は思うのだけど……?」
「まあまあ、そう言わない。惚れている女の前で一世一代の勝負をしているんだから」
 そう会話している間にも2球、3球とボールは投げられる。最終的な結果は……三振。悔しがって歯ぎしりしている表情が、観客席でも見られた。私はまたため息をつく。いや、ため息なのか? いつの間にか私は手に持っていたハンカチをギュッと強く握りしめていた。知らず知らずのうちに力が入ってしまったらしい。なぜ……? なんだかんだ言って、私も彼がホームランを打つことを期待していた?
「……バカバカしい」
 ベンチに走っていくの背中を見るともなしに見ながら、私は吐き捨てるように言った。
 三回表、鈴竹高校は4得点。対する愛の宮北高校は一度ヒットが出たものの得点はなし。10点差の四回。鈴竹高校はさらに4得点を得た。一方的な試合展開に私は帰ってしまおうかとすら思った。だが、ここでようやく愛の宮北高校も意地を見せた。四回ウラで最初に打席に立った3番の打手がヒットをうち、続く工藤が二塁打を打ったのだ。これだけなら得点にならなかったのだが、ここで相手が送球エラー。愛の宮北高校は1点を返すことに成功した。重く沈みきっていた応援団も息を吹き返す。だが反撃はここまでだった。続く打者は全員凡退。1点を返すだけで四回ウラは終わった。
 そして五回。
「さて、困ったわねぇ」
 それまで、応援団と一緒にはしゃぐように応援していた美穂だったが、これまでにないくらい真剣な表情で呟いた。
「五回で10点以上の差がついた状態で終わると、コールドゲームになっちゃうのよ。このままだと工藤くん、なんにも見せられずに終わっちゃうわ」
 すでに得点差は13点。まずい状態だ。この絶望的な状況を盛り立てるかのように、空には暗雲が立ち込めてきた。どうにかすると雨になりそうだ。そしてこの回、ダメ押しとばかりに鈴竹高校は3点を入れた。もはや愛の宮北高校に望みはないだろう。私を含めて誰もがそう思った。ゲームセットのカウントダウンとなる五回ウラ。ゴロ、ピッチャーフライと続いてあっという間にツーアウト。このまま惨めに試合は終わるかに見えた。
 ここで1番が打った。普通だったらピッチャーゴロだっただろう。だが、ピッチャーも疲れが出ていたらしい。そのゴロの処理に失敗し、1番は出塁した。続く2番が打った。ボールは三塁を抜け、ツーアウト一塁二塁。そして3番はフォアボール。ツーアウト満塁と言う状況になった。ここで出たのが工藤だった。
「かっとばせー! ヒ・サ・シ!」
 ゲームとしては負けだろうが、相手に一泡吹かせられそうな状況に愛の宮北高校の観客席は盛り上がっている。少々、やかましい。そんな歓声の中、工藤は静かにバッターボックスに立って構えた。
 ピッチャーが一球目を投げる。工藤は彫像のように動かない。判定はボール。冷静に見極めているらしい。続く二球目。工藤がフルスイングをする。カキンと派手な音が立ち、ボールは飛んだ。だが落ちた先は一塁観客席。ファウルだ。しかし、球がもう少し三塁側にずれていたらホームランになりそうな当たりであった。
『これはもしかして……』
 美穂が大声で応援している横で、私はハンカチを胸の前で握り締めた。胸が高なっている。三球目、ボール。四球目、空振り。後がなくなった。そして五球目。ピッチャーの手から離れた球が工藤のバットと接触する。カキンと独特の金属音が、先ほど以上に伸びやかに、派手に響いた。
「行け、行け……!」
 気づいたら私は叫んでいた。工藤のバットで弾かれたボールは真っ直ぐに、軽く二塁を飛び越し、まるで曇天を突き破らんばかりに飛んでいく。
 割れんばかりの歓声が観客席から沸き起こる。ボールはグラウンドの外にあった。グランドスラム。満塁ホームランだ。
「やった! やったわ!」
 美穂はまるで自分が打ったかのように飛び跳ねて喜び、横にいる同じ高校の女子生徒と抱き合っている。
 周囲の騒がしい歓声の中、私は静かに席に座っていた。よく分からない気持ちが私の中で高ぶっている。約束通りであれば、私は人間の工藤と付き合わなければならない。ヴァンパイアより下等で、汗臭くて泥臭い球児と。だが、それが不思議と不快ではなかった。
 打順が変わる前に鈴竹高校がピッチャーを変えた。コールドゲームに持ち込むため、ここでケリをつけてしまおうと思ったのだろう。狙い通り、5番は2球でツーストライクまで追い込まれる。
 その時であった。球場を覆っていた暗雲からとうとう雨が落ち始めた。最初は大したことない量であったが、あっという間にその量は増し、バケツをひっくり返したような激しい雨となる。対処する暇もなかった。
 愛の宮北高校の観客席では、工藤のホームランで上がっていた歓声が悲鳴に変わる。鈴竹高校の方でも悲鳴があがっていた。
「あーんもうやだー! びしょ濡れー!」
 私の横で美穂がやはり悲鳴をあげていた。そして私は
「ん、んんんん!」
 私も悲鳴を上げそうになっていたが、歯を食いしばってそれをこらえていた。しかし、私の悲鳴は周囲の驚きや濡れるのを嫌がることが原因ではない。ヴァンパイアは真水に触れるとそこからしびれるような快感が発生する。真水でなければ問題ないのだが、ヴァンパイアにとって雨は真水に入るらしい。そのため、雨に打たれている私は全身に快感がびりびりと走っていた。びくびくと身体が勝手に震える。雨に当たっていないはずのショーツが濡れてきているのを感じた。
「やだ〜、透けちゃう〜!」
 美穂が不満を露わに叫んでいた。首を捻ってそちらを見てみる。タオルを広げて少しでも雨に濡れるのを防ごうとしている美穂だが、そのタオルも全く用をなしていないほど、すでにずぶ濡れだ。そして、雨に濡れたブラウスが肌にピッタリと張り付き、さらにブラジャーをくっきりと浮かび上がらせていた。サイドやバックはもちろんのこと、カップの形や大きさからデザインが白地に黒いハートが散らされている柄だということまで手に取るように分かってしまう状態になっている。美穂だけではない。他の生徒もワイシャツやブラウスが肌に張り付いており、女子生徒はほぼ全員、ブラジャーが透けてしまっている。
「……!」
 雨による快感以外で私は顔に熱が登るのを感じた。私も同じ制服なのだ。つまり、今の目の前にいる美穂や他の女子生徒と同じ状況が私にも起きているのだ。しかも今日に限って白黒チェックでフリル付きのブラをつけてきてしまったのだ。
 下着が透けているという状態での発情……プライドの高い夜の貴族たるヴァンパイアとして羞恥の極みだ。だがどうすることもできない。雨の快感に私はうずくまって耐えるしかなかった。
 その間に、試合の方は決着が付いてしまったようだ。放送席からアナウンスが流れる。
「この試合、五回終了時点で17対5であるため、勝者、鈴竹高校として試合を終了とします。なお、雨天のため、勝者の学校の校歌斉唱は行いません。お忘れ物のないようにお帰りください」
 そのアナウンスが終わらないうちに観客席の者はきゃーきゃーわーわー騒ぎながら撤収の準備を始めた。美穂もわたわたと帰る準備をする。一方、私は雨に打たれてガタガタ震えており、動けない。心配そうに美穂が声をかける。
「大丈夫? 動ける? イキ狂ってない?」
「うるさい……そんなわけない、しょぉ……下品なことを言わないで
 弱々しく私は言う。言葉の通り、イキ狂ったりはしてない。でも、実は一回イッていた。アソコに触れてもいないのに、雨の刺激だけでだ。そして今、またイキそうになっている。
「うーん……まあ、いいけど。ほら、帰るよ」
「ダメ……工藤を待たないと……」
「それは今度でいいでしょう? こんな事態だから工藤くんだって分かってくれるって!」
「ダメ……約束を……守らないと……貴族だったヴァンパイアなら……約束を……、っ……!」
 最後まで言い切れなかった。ギリギリまで雨で高められた快感が私の身体の限界を超える。身体を掻き抱き、ぶるぶると震えながら私は達した。私の様子を見て美穂がため息をつく。
「仕方ないわねぇ……ほら、とりあえず邪魔にならないように行くよ。メールは私が打っておくから……」
「ごめん……」
 二人で観客席を立つ。フィールドをちらっと見てみると、先ほどの戦いが嘘だったかのように誰も残っておらず、雨に濡れたフィールドが残るのみだった。


 暗雲は残っているが、豪雨はあっという間に去っていった。まるでさっきまでバケツをひっくり返したかのような豪雨が嘘だったのように。だが、草や地面、そして私は濡れており、先程まで雨がふっていたことを物語っていた。
 私は野球場の裏手にいた。そこで私は工藤が来るのを待っている。この場所は美穂が指定した場所だ。なお、彼女は「後は二人の問題よ」と言って帰ってしまっている。
「うっ、んっ……!」
 ぴくんと私は身体を震わせる。雨水に濡れたブラウスが肌に張り付いており、そこから快感が全身に走る。本当のところは着替えたかったのだが、着替えを持って来なかったのだ。故に私はブラジャーが透けている濡れた制服を着たまま、工藤を待っていた。
「わりぃ! 待たせた!」
 試合が終わって30分ほど経ったころだろうか。工藤が私のいるところに走ってきた。大きな荷物を持ってダッシュしたというのに、その息は乱れていない。一方、水の影響で絶え間なく快感を味わわされている私の息は乱れている。
「…………」
「…………」
 工藤も私も、何も言わない。ちらちらと私を、正確には透けているブラを工藤は見ながら、軽く口を開け、何か言おうとしている。だが何も言わない。私から口を開いても良かったのだろうが、快感で頭が回らず、何も言えない。ふたりとも相手に話しかけるタイミングを失ってしまった状態だ。沈黙が二人を包んでいた。その沈黙は愛の宮北高校が負けていて沈んでいる応援のような重苦しい沈黙ではなく、何かこれからすごいことが起きそうな、期待のようなものに満ちた沈黙だ。その沈黙を先に破ったのは工藤だった。
「……見てくれたよな、俺のホームラン」
「……ええ、見たわ」
「それじゃ、約束通りだ。俺と付き合ってくれ、月岡」
 いつもの彼の調子が戻ってきたようだ。人間の男が得意げに、有無を言わさぬ調子でヴァンパイアの私に要求する。傍若無人な彼に私はため息をつきながら答えた。
「約束は……確かにしたわ。けどその割には……っ、工藤はひどい……人の都合も考えずに強引で、わがままで、その結果、炎天下と土砂降りの雨の中、貴族たるヴァンパイアの私に試合を観戦させるなんて……」
「あー、まあ、それは悪かった」 
 少しバツが悪そうに工藤は頭を掻いた。少しは反省はしているようだ。
「なら相応の責任をとって……今すぐ、ずっと……」
 人間の要求に屈せずに応じる、私の精一杯の言い方だった。無粋で体育会系の彼が私の答えを理解できるかどうかは不安だったが……彼は大きく頷き、力強く言った。
「ああ、任せろ。俺を誰だと思っている?『ホームランを打ったら付き合ってくれ』と言って、ホームランを打った俺だぜ?」
「あっ……」
 次の瞬間には私は彼にいきなり抱きしめられていた。工藤の体温、頑強な身体、汗と泥が染み付いた匂いに私は包まれる。跳ね除けるほこなどできなかった。むしろ、雨の影響で着いていた官能の炎がいっきに燃え上がったのを感じる。気づいたら私は首を少し伸ばし、彼の首筋に噛み付いていた。


「ん、んん……んぐっ、んん……」
 赤ん坊が母親の乳を吸うかのごとく、私は彼の首筋に食らいついて血を吸っていた。彼は私がされるがままにしている。いや、されるがままというわけでもなかった。吸血と真水の快楽で立っていられない私を力強く抱きしめて支えてくれていた。
「んぐ……工藤、もういい……横にして……」
 支えられているのは嬉しいが、そろそろ私の身体が限界だ。察した工藤は私の背中と腰を抱えたまま、そっと自分の膝を折り、自分が下になった。私を汚さないようにするためにするためだろう。だが、牙を抜いた私は首を横に振った。
「始めから私に跨らせて動かさせるつもりかしら? 男ならちゃんとエスコートして」
「だけどここじゃ汚れるぞ?」
「いいから……」
 草の上なら汚れても手で払える程度だろう。それにもうすでに雨でびしょ濡れなのだ。これから泥にまみれようがどうしようが構わない。少し困った表情をしていた工藤だったが、私の希望に応えることにしたようだ。ぐるりと体勢を入れ替え、私を組み敷く。その目がある一点で止まる。さっきも見ていた、濡れたブラウス越しのブラジャーだ。
 やはり工藤も男。そこには興味があるらしい。今日のブラは白黒チェックでフリル付きで透けやすい。だがブラは完全に見えているわけではなく、ブラウスという障害物がある状態。それがなおさら見てみたいという欲を煽っているようだ。
「……いい」
「え?」
「脱がせても……いい」
 言ったはいいが恥ずかしい。私は顔を背けた。彼がどんな表情をしたかは分からない。だが次の瞬間には彼の手が胸に伸びていた。もどかしそうに彼の手がブラウスのボタンを外そうとする。やや手間取っていたが、すぐに第二ボタンが外された。続けて第三、第四のボタンが外されていく。
「……!」
 恥ずかしさに私は顔を覆った。透けて見えるというのもいやらしくて恥ずかしかったが、まだ一枚の障壁があるという安心感があったようだ。なくしてから分かる。今、私の下着は直接、彼の目にさらされているのだ。さらに、ブラジャーに覆われていない胸の丸みの部分まで……
 ボタンがとうとう全て外され、さらにブラウスの裾がスカートより引きずり出された。これで私の前面はほぼ無防備。
「あ、あんまり見ないで……」
「やだよ。だって月岡、綺麗だもん」
 体育会系の工藤ならではのストレートな言葉。言われて嬉しい言葉ではあるが、こうも正面から言われると少し恥ずかしい。頭に血が上って爆発するのではないかと思った。
 そんな私にお構いなしに、工藤は私のブラを押しのけて胸を露出させた。むにゅりと無遠慮に現れた果実を掴む。
「すげ、柔らか……」
「んっ! ちょ、いきなり……!」
 真水による快感も相当なものであったが、心を許している男の肌に触れられるのもかなりの快感であった。ぴくりと彼の下で私は身体を震わせる。
 私が震えているのをよそに工藤の意識は私の胸に釘付けになっている。よほど私の胸を気に入ったのか、それとも……
「工藤、ちょ、待……あんまり、見な……いで。恥ずかし……!」
「そこまで言うなら分かった。見ないよ。代わりに……」
 工藤が視線を私の顔に移した。そして目を閉じる。何をしようとしているのか理解するより先に彼が行動を起こした。彼の顔が近づいてくる……
「ん、んん……」
 私は彼に口付けをされていた。舌とかは入ってこない、押し付けるだけのキスだ。それでも私をとろかすには十分なキスだった。キスをして工藤は私の胸を見るのはやめてくれたようだが、手は止めてはくれない。柔らかさを確かめるように手のひらで揉みしだきながら、指ですでに硬くなっている乳首を弾いてくる。弾かれるたびに私は身体をわななかせた。
 気持ちいいのは確かだが、このまま良いようにされるのはヴァンパイアとして、魔物娘として少々癪だ。私は腕を伸ばして彼の下腹部に触れてみた。すでに工藤のソコは硬く張り詰めていた。
「もうこんなに硬くして……変態」
「……うるせぇなぁ、月岡が綺麗でエロいからそうなるんだよ」
 まるで私の格好や仕草が淫らだと言われているようで少し不快ではあったが、女として魅力的だと言われていることに対する喜びの方が強かった。喜びのため調子に乗った指がより大胆な行動に出る。ジジジっと私の指がユニフォームのファスナーを下ろした。その合わせ目に指を入れる。先程以上に工藤の象徴が感じられる。それは金属バット硬く、そして熱かった。
 工藤が私を手伝うように手を下腹部に伸ばした。ベルトを器用に片手で外し、さらにボタンを外す。彼のパンツがくつろげられた。私は工藤が下に穿いていたトランクスを引き下ろし、その肉棒を露出させた。まさしく肉棒と呼ぶべき見た目だ。色は黒っぽかったが、それと比べて先端はややピンク色だ。その先端には小さな切れ込みが口を開いており、透明で少し粘ついた汁を垂らしている。そのグロテスクな外見に少し驚いた。だが……
「あ……」
 汗や泥の匂いに混じって私の鼻を突いたのはオスの匂い……彼のペニスの先から香る、青臭い匂いであった。工藤の先走り汁に呼応するかのように、私の秘裂がじゅんと愛汁を吐き出す。
 もぞもぞと脚を動かしたら工藤の脚に当たった。それで胸とキスに夢中になっていた彼も私の動きに気づく。
「どうした月岡?」
「……」
 ぷいっと私は横を向く。自分が発情しているのを指摘されることほど恥ずかしいことはない。だが工藤は無遠慮にニヤニヤと笑いながら私の耳元で囁く。
「もしかして、アソコも濡れてきちゃった?」
「ば、バカっ……! んむっ、んん!」
 まくし立てるより先に工藤は私の口を口で塞いだ。声を発することもできないし、キスの甘さで私の身体からは力が抜けてしまう。私をどうすれば黙らせることができるのか、もうコツを掴んだらしい。
 私が脱力したのを見計らって工藤の手が名残惜しそうに一撫でして胸から離れていった。その手が降りて私のスカートを軽く退けて奥へと目指していく。そして彼の手は私のショーツを上側からズラし、内側へと侵入した。思わず私は腰を引く。だが今の私は彼に組み伏せられているも同じ状態。逃げられなかった。彼の手は私の下腹部を撫で、中指が秘裂に触れる。
「んんんっ!」
 ぎゅっと私は目を強く閉じ、私の下半身をいじっている工藤の腕を掴む。恥ずかしいのでやめて欲しかった。だが私の腰は、もっと彼に触れて貰いたいとばかりにいやらしく揺れた。
「ん……月岡、すげぇ濡れてる……」
「バカぁ、言わないで……! んんっ!」
 私が文句を言っている間に工藤の指が少し入ってきた。自分の物よりはるかに太い物が入り口を広げる。
 声を上げた私に、不安そうに工藤が話しかけてくる。
「あ、わりぃ。痛かったか?」
 私は首を横に振る。少しキツい感じはあったが、我慢できないわけではない。むしろ、私のソコは掻きたくても掻けないようなもどかしさがあり、早くその指で掻き回して欲しかった。
 痛かったら言えよ、と工藤は言ってさらに指を進めてきた。私を気遣う優しさも持っているらしい。傍若無人な体育会系、と決めつけ気味だった私は少し彼を見直す。
 工藤の指が奥まで入り、私の子宮口を撫でた。その指が今度は外へと引きぬかれていく。もどかしいほど、ゆっくり。
「あっ、ああっ……くあっ!」
 ある一点を擦り上げられたとき、思わず私は大きな声を出してしまった。バッターとして観察眼が磨かれていた工藤は、それを見逃さなかった。
「やっぱ、入り口の方がいいんだな」
 そう言ってくりっくりっと、恥骨に膣壁を押し付けるようにゆっくりと愛撫する。激しくない愛撫はぐいぐいと私を高めていった。
 彼は執拗に私のそこを指で擦り続けた。緩急こそあるが、ツボは絶対に外さない。私が羞恥や恐怖で工藤の腕を掴んで退けようとしても動かなかった。
「やっ! あっ! 工藤っ! それ、だめ……ひぅ!」
「本当にダメ? ……じゃねーじゃん。それともイキそう?」
「バ、バカ……本当に……あああああっ!」
 見抜かれていた。イキそうになっていたのだ。そして限界は私が思っている以上に早く来た。工藤に草地に組み敷かれた状態で、彼の指で絶頂に導かれてしまった。
 身体をぐったりと弛緩させ、荒い息をついている私を工藤が覗きこむ。
「月岡……イッた?」
「う、うるさい! バカぁ! 見ないで!」
 私は両手で顔を覆い、工藤に背を向けるようにしてゴロリと横向きに転がった。工藤に気はあるが、彼はまだ下等な人間。その人間に一方的にイカされてしまったのはちょっと屈辱的であった。だがその屈辱感を上回って身体と心は悦びに打ち震えており、もっともっとと快感を要求する。
 恥ずかしさを堪え、私は工藤に向き直った。そして脚を軽く広げる。
「あ、あの……月岡?」
「……言わせないで欲しいわね……」
 まさか、羞恥プレイでもないのに私の口から「挿れて」っておねだりさせるつもりなのか。さすがの工藤もそのつもりはなかったようだ。私が言わんとすることを察し、ユニフォームの下を脱ぎ捨てた。私のスカートの中に手を突っ込み、ブラと同じデザインのショーツを抜き去る。そして私の脚の間に身体を割り入れた。
「……優しくする」
「あ、当たり前だわ! ゆっくり……!」
「ああ、任せろ……」
 そう言う割には彼の身体は緊張で硬くなり気味だ。亀頭を私の秘裂に擦りつけてはいるが、入り口を探り当てられていない。見かねた私は一度彼を止めた。
「工藤……貴方、余裕ぶったり私をイカせたりしたけど、童貞でしょう?」
 随分慣れたように見えたけど、胸や膣内の感触に感動し、夢中になっていた様子は少々青臭かった。図星だったようだ。口をあんぐりと開け、驚いた表情を工藤はする。ホームランを打ち、私をエスコートしていた彼の今日一番の間抜け面だ。そんな顔にしてやった自分にくすりと笑いながら、私は続ける。
「大丈夫だから……いつもの貴方らしく、して……」
 工藤の顔が間抜けなものから、いつものフランクさを取り戻した。右手を自分の股間に持っていく。おそらく、ペニスの位置を調整しているのだろう。やがて彼の先端が私の入り口を探り当てた。
「いくぞ、月岡……」
 そう言って工藤は体重を前にかけて身体を私の方に押し込んできた。彼の肉が私の肉を掻き分けて入ってくるのを感じる。痛くないと言えば嘘だ。思わず私は工藤の腕を掴んだ。
「痛かったか? 月岡?」
「……いいから」
 痛くはあるのだが、それ以上に満たされたような気持ち良さがあった。彼に貫かれ、彼の匂いと体温に包まれる……とても心地良かった。こんな快感、一人では得られない。
 私の表情から大丈夫そうだと判断したのだろう。工藤はゆっくりと腰を押し進めた。最初の乙女の証だけが辛かったようだ。濡れている膣壁は陰茎との摩擦を快適なものにしていた。狭い入り口を抜けると思いの外スムーズに入っていき、ついに私と工藤は一番深い場所で結ばれた。
「月岡……奥まで……入ったよ……」
「そうね……悪くない、わ……」
 互いの股間が密着していた。工藤の堅いのが私の中でいっぱいになっているのを感じる。
 工藤は動かなかった。いや、動けないようだった。深呼吸を何度かして落ち着こうとしている。動いてしまうと暴発してしまうのだろう。せっかくの初体験なのだ。長く味わいたいらしい。だが、それでは私の方が我慢できなかった。無意識のうちに腰がゆっくりうねる。
「ちょ、月岡……そんな風に動かされると……」
「何? んっ、イッちゃいそう?」
 少し恥ずかしそうに笑いながら工藤は頷く。それを見て私は、腰の動きは緩めずに逆に動ける限りに激しくした。
「お、おい! そうされるとイクって……うぅ!」
「あんっ、んっ……さっきイカされた仕返しよ……」
 にやりと私は笑い、ますます腰をくねらせる。効果はてきめんのようだ。工藤の顔からは余裕がなくなり、さらに私の中にあるペニスが膨れ上がった気がする。
 そして工藤の情けない声と同時に、射精が始まった。私の中で肉棒がどくんどくんと脈打ち、温かい液体が身体の奥に打ち付けられる。
「ああっ、中で……出てる……私、工藤に中に出されている……!」
 目を閉じて身体を震わせ、私は工藤の体液を受け止める。自分より下等な人間に、泌尿器からの汚液を体内にぶちまけられているというのに、全く不快ではなかった。むしろこの中出しの快感はやみつきになってしまう。この感覚を味わえるのであればヴァンパイアとしてのプライドとか立場とか、どうでも良くなる。気がつけば私は工藤の腰に脚を巻きつけていた。
 何秒ほど経ったのだろうか。工藤の射精が終わった。がくりと彼は脱力して首を垂れる。本当のところは突っ伏したいのだろうが、私に体重をかけないように肘で突っ張っていた。そして、私の体内に収められている彼のモノは未だに硬く大きいままだ。
「……いつまで大きくしているのかしら?」
「いやぁ……月岡のナカ気持ち良すぎるし、月岡は可愛いし、ちょっとやそっとじゃ収まりそうにないわ」
 臭いことを恥ずかしげもなく工藤は言ってのける。その言葉がどこまで本気かは情欲にとろけた私の頭では分からないが、その雄々しい勃起が全てを物語っていた。
「抜いた方がいいか? 月岡がそう言うなら……」
「別にいいわ。もう一回くらい出したいんじゃないの?」
「……まあね」
 工藤は苦笑した。それに対して私は鼻を鳴らしてみせる。
「まあ、人間の男ってそんな物ね……ほら、シたいなら……ひぅう!?」
 私の言葉は途中で遮られた。いきなり彼が私の奥をペニスで突いてきたからだ。肘と足のつま先だけで身体を支えて彼は覆いかぶさるような体勢で腰を動かす。
 剛直に貫かれた上に精まで受けた私の膣肉はすでに慣れて来たようだ。ビリビリと電気のような強いしびれるような快感が下腹部から全身へと回る。肌に張り付いているシャツの水がその快感を増幅させた。
 気持ちいい。気持ち良すぎる。
「あっ、あっ、あうぁ……くど……あ……!」
 私を愛している男の名前を呼ぶ。今、自分が気持ち良くなっていること、それが嬉しいことなどを伝えたいのだが、気持ち良すぎて頭が働かず、名前を呼ぶので精一杯だ。だが、私の頭が働かないのは快感だけではない。
 私を包む彼の汗の匂いと泥の匂い、そして結合部から上る彼の精液の匂いが私の頭をかき混ぜ、混濁させていた。
 工藤がグッと身体を更に倒し、私とこれ以上にないくらい密着する。彼の匂いが強くなった。目から火花が散っているかのように感じる。
「月岡、気持ちいい?」
「あ、あ、ああああっ……!」
 もはや答えようとしても答えられない。壊れた人形のように頭をガクガクと縦に振って肯定の頷きのような動きを見せる。
 私はこんな状態だが、工藤もかなり気持ちいいらしい。彼の息遣いはランニング直後より荒くなっている。彼の吐息が私の耳をくすぐった。その吐息ですら気持ちいい。
「やべ、月岡……くっ、また……イキ、そうだ……!」
 押し殺したような声で工藤が囁く。私のナカに放精するべく、彼の肉棒がぷくりと膨れ上がった。ラストスパートとばかりに彼の腰の動きが早くなった。私の膣内がぐちゃぐちゃと掻き回され、快感を蓄積させていく。私の性器も彼の性器も爆発するかのように思えた。
「ぐっ、がはっ……!」
 血でも吐いたかと思うような呻き声が工藤の口から搾り出される。それと同時に彼は射精した。私の子宮口に生温かい液体が荒波のように打ち付けられる。そして私も達していた。工藤の精液をさらに搾り出すかのように膣肉が彼のペニスを締め付ける。
「つ、月岡……」
「か……だ……あああ……」
 私を呼ぶ工藤に対して返事をしたかったのだが、口がぽかんと空いていてできない上、息を吸うこともできなかった。ただでさえ快感でとろけている脳が軽い酸欠状態になってさらに動きが鈍くなる。
 彼の匂いとぬくもり、そして股間にある彼の象徴を感じながら、私は意識を手放した。



「……責任、取って」
「はい……」
 気絶したのはほんの数十秒だった。すぐに私は復活し、起き上がった。そして二人して並んで座っている。
 快感から覚めると自分が外でこんなに破廉恥なことをしていたのか、と自覚させられた。それは工藤もそうだったようだ。気恥ずかしさから私達は黙りこむ。
 その沈黙を破ったのが、今の私の言葉と彼の返事だった。
「……何に対して責任を取るのか分かってるかしら?」
「……二回中出ししてしまったこと」
「いや……それもあるけど……」
 私は下腹部を押さえて口篭った。彼に出された精液の感触を魔物娘の私はしっかりと感じる。魔物娘は妊娠しにくいが、あくまで「しにくい」だけだ。する可能性だってもちろんある。確かに膣内射精をしたことは、男として責任を取るべき事態だろう。
 だが、私が彼に責任を取って欲しいことは他にもあった。
「けど……?」
「……もう、知らないわ」
 恥ずかしさと鈍い工藤への苛立ちに私は横を向く。だが、身体はちゃっかり彼に預けられていたのは失敗だったかもしれない。
 私が彼に責任を取って欲しいこと……それは、彼の今回の一連の行動で、私が身も心も工藤の物へと変えられてしまったことに関してだ。
 私は彼に対して少なからず好意を抱いていた。ヴァンパイアのプライドで堅く縛られて隠されていたが、そうだった。事が終わって冷静になっている今なら分かる。おそらく、今回のような事がなかったら私は遠くないうちに工藤から吸血し、じっくりと私の魔力を馴染ませて彼をインキュバスにし、そうしてからその間に育った自分の気持ちを打ち明けただろう。
 だが今日の一件で、やや強引な、それでいながら口先だけでなく結果を出した工藤に私は心をグッと惹かれた。さらに雨に打たれて発情した状態で彼と肌を重ね、その精の味を知ってしまった。そしてその間に、野球部の彼特有の汗と泥の匂いをたっぷり嗅がされ、刷り込まれた。
 その結果が今の私だ。今の私は工藤が横にいることに心が跳ね、さらにその匂いを感じるだけで身体が情交の準備をしようとしている。
 こんな私になった私に、責任を取ってほしい。
 具体的な私の思惑は分かっていないかもしれない。だがある程度は察してくれたようだ。工藤は私の手をがっしりと握り、言った。
「任せろ。俺を誰だと思ってる? 月岡と付き合いたいがためにホームランを本当に打っちまう男だぜ?」
「……ふん。偶然かもしれないのに調子の良い事を」
 私は鼻を鳴らした。嬉しいのに、やっぱりヴァンパイアなのか、ついつい工藤を人間と見てしまい、強がるような発言を口にしてしまう。
「あ……」
「お、晴れて来たな」
 二塁側の空が明るくなる。ちょうど、工藤がホームランを打った方向だ。すぐに雲は切れ、日の光が帯状に射しこんで来る。まるで、あの絶望的な状況の中で人間の可能性を見せたシーンを再現するかのようだった。その光景を私たちは眺める。
 日光に力を奪われていくのを感じながら、私はそっと工藤の手を握り返し、そして小さくつぶやいた。
「信じているわ」
13/08/10 23:17更新 / 三鯖アキラ(旧:沈黙の天使)

■作者メッセージ
「ゲリラ豪雨がきたら高校野球を見ろ」死んだじいちゃんの最後の言葉でした。
……いや、私の実の祖父ではないですが。
てなわけで上記のツイートとその写真を見て納得してピンと来たので書いてみました。
雨で透けブラ&真水でびくんびくんヴァンパイア&高校球児の匂いのコンボSS!
甲子園が始まったこの時期に何投稿しているんじゃ、私は
いやぁ、五感を生かしたSSを書きたいと思って、私のSSで手薄な「嗅覚」を盛り込んで見ようと思ったのですが、いかんせん難しいですね(汗)
さらに視覚の方も、透けブラがうまく表現できたかどうか……

まだまだ未熟な私ですが、これからも頑張っていこうと思うのでよろしくお願いします。

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33