読切小説
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米はいらない
良い魔族の読み物
『米はいらない』

作「ルキフグス・ディオクレイス』
出版「魔導社」



 むかしむかしあるところにひどくケチな男が住んでいました。
 どれぐらいケチな男だったかと言うと、収穫した米を満足に食べずに溜め込んでは米俵を蔵に積み上げて喜んでいるというそんな男です。

 長いこと独り身でしたので何度か村の人から嫁はいらないかと尋ねられましたが、その度に。

「嫁を貰えばその分米を食わせなきゃならない。ああいやだいやだ」

 などと言って嫁を断ってしまう始末でした。

 ある日のこと、そんな男のもとに一人の美しい女性が尋ねてきます。

「もし、どうか一晩お泊めいただけませんか?」

「泊めるのは構わないが食わせる米はないぞ?」

「ご心配なく、私はお米は食べません。そのかわり……」

 さっとその女性は男の股間に顔を近づけると、そのまま恐ろしい速度で睾丸を口辱し精液を搾り取ってしまいました。

「こちらをいただければ結構です。それではお休みなさい」

 男は女性のあまりの手際と、もたらされた快感にしばらく目と口を開いたままの放心状態です。
 ようやく気を取り戻すとそのままぐったりと死んだように眠ってしまうのでした。




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 翌日美味しそうな匂いに目を覚ますと、昨日の女性はすでに起きて部屋を清掃しています。
 
「おはようございます。勝手かと思いましたが、昨夜のお礼に朝餉をご用意させていただきました」

 机の上にはご飯と味噌汁、それに美味しそうな焼き魚が用意されており先ほど調理したばかりなのかホカホカと湯気をあげていました。

「おお、気がきくじゃないか、ありがとう」

 ガツガツと食事をすませると、そのまま元気溌剌、仕事に向かいます。


 ところが奇妙なことにその日家に戻るとまだ女性はいて、しかも夕食の支度をしていました。
 次の日もそのまた次の日も女性は旅立つ様子はなく、また食事もとりませんでしたが、決まって夕刻男が戻ると精液を搾り取るのです。

 男のほうもなんだか女と生活するうちに身体に活力がみなぎるような気がしてある日ついに告白しました。

「なあ、俺の嫁になってくれないか?」

「もちろんです。よろしくお願いします」

 その晩寝室がどんな有様になったかは敢えて伏せておきます。

 それから数日して嫁はどこからか機織りを調達してきてなにやら反物を織るようになりました。

「これを街で売ってきてください」

 どんな糸で編まれたものかはわかりませんが質の良いこと、あっと言う間に売れてしまい、しかも日中暇なのか毎日のように反物を織ってくれます。

「米は食わないし、別嬪だしよく働くし、最高の嫁を貰ったなあ」

 その日は反物も早く売れたのでルンルン気分のまま男は早めに家に帰りました。

「おーい、今帰ったぞ」

 扉を開けてみると人の気配はなく、家の中も静まり返っています。

「おや? 買い出しにでも出かけたのかな?」

 そう思いながら奥の部屋を覗いてみて男はびっくり仰天しました。なんと部屋の真ん中に下半身が蛇の女がいて、スルスルと尻尾の真ん中部分あたりから脱皮していたのです。

「ま、まさか俺の嫁は白蛇の妖怪か!」

 慌てて男は蔵に入ると、片手に棍棒を持って恐る恐る戻ってきました。

「あら? おかえりなさいませ」

 夢だったのでしょうか? 家の中にはいつもと変わらぬ嫁さんがニコニコと座敷に座っています。
 そのまま奥の部屋も調べてみましたが、あれだけ大きな脱け殻の破片すら見つかりませんでした。




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 しかしそれから男は目に見えて落ち込むようになってしまいました。

「俺の嫁さんが蛇の妖怪だったらどうしよう」

 別に妖怪だろうとなんだろうと今となっては気にしないのですが、妖怪はみんな好色な上性欲抜群の絶倫と聞いていたので心配になったのです。

「あなた、赤ちゃんが出来ましたよ」

 そんなある日のこと嫁さんがそう告げたため、男はようやく安心しました。
 妖怪との間に子供は出来にくい、つまり嫁さんが妖怪なら身籠もるはずがないという発想です。

 日に日に大きくなるお腹を撫でる嫁さんを見ていると男もなんとも言えない嬉しさと充足感が湧き上がってきました。

「それでは今から出産に入りますが、私が良いというまでどうか見ないで下さいね」

 そう言うと嫁さんは奥の部屋に引っ込んでしまいしばらくウンウン唸り始めます。
 男は心配でしたが入るなと言われていたので、とりあえず薬用に菖蒲とヨモギを摘んで戻ってきました。

 戻ってくると奥の部屋から嬉しそうな嫁さんの笑い声が聞こえてきます。

「まあ、なんて可愛らしい私の子供たち」

 そんな声を聞いているうちに男はもう良いだろうと思って奥の部屋に立ち入りました。

「わあっ!」

 思わず声をあげてしまいましたが、そこで見たのは五匹ほどの小さな赤目の白蛇に囲まれてニタニタする嫁さんの姿です。

「まああなた、見てはないと言ったのに」

 次の瞬間嫁さんの足は一つになり、巨大な蛇の尾へと変わりました。
 艶々としていた黒髪も一瞬で白髪に変わり両目が赤く染まります。

「私は白蛇、せめてあなたがショックを受けないように子供たちは人間に見えるようにしようと思ったのに……」

 残念そうに呟く嫁さんでしたが、男はすでに姿にはこだわらずに嫁さんが好きになっていました。

「わ、これが俺の子供たちか」

 シューシューと足元にまとわりつく小さな白蛇たちをヨモギの湯で拭いてやると、男は嫁さんに綺麗な菖蒲の花を差し出します。

「こんなケチな俺だけど、どうかこれからも俺のとこにいてくれ」

 菖蒲の花を差し出された嫁さんはしばらく唖然としていましたが、やがて嬉しそうに首を縦に振って花を受け取りました。

「っ! は、はい、勿論です!」

 その日は端午の節句でしたので、今でもその地域では人間と仲良く出来るように、五月になると菖蒲を飾りヨモギを食べて祈るのです。










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作者あとがき


 この不思議な話しを聞いたのはジパングのとある地方に旅行に行ったとき、旧友の龍にどうして菖蒲をこの季節飾るのかを訊いたのが発端であります。
 反魔物国家ならば白蛇は嫌われ、男に逃げられてしまいそのまま追いかける話しとなるのかもしれませんが、ジパングらしく外見よりも中身を重視する魔物娘に近い観点を主人公たる男性は自然と備えており、そうはならずに済みました。
 これは長い期間過ごしているうちに相手が魔物娘でもどうでも良いくらい男性が惚れ込んだためとも考えられます。

 我々魔物娘も強引に既成事実を結ぶだけでなく、ときにはこのように緩やかに惚れさせていけるように努力したいものです。




「ルキフグス・ディオクレイス」
19/08/22 14:31更新 / 水無月花鏡

■作者メッセージ
真の作者あとがき

少年期水無月「いや、正体蛇でなんか問題あるのかな? そこは逃げずに説得して説き伏せろよ」

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