読切小説
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竜殺しの呪い
 立ち寄った町の近くにある洞窟に、ドラゴンが住み着いたらしい。
 ドラゴンを恐れて魔物も住み着かず、討伐に出向いた騎士団やら教団やらも、ほうほうの体で逃げ出すのがやっとだったのだという。
 町としては、手を出さなければ無害ではあるし、ドラゴン討伐に来る連中が金を落としていってくれるので、静観を決め込んでいるんだとか。
 この世界に来てから、ドラゴンは見たことが無いなと思い立ち、ひやかしに行くことにした。
 洞窟自体は大したことなく、複雑な構造でもなければ強力な魔物が出るわけでもない。ただ、どこからか恐ろしげな唸り声のようなものが聞こえてくるのはわかった。
 やがて洞窟の最深部らしき場所に着いた。唸り声の出所はここだった。
 見るも恐ろしい巨大なドラゴンが地面に寝そべり、地の底から響くような唸り声を上げていた。
 しかし、俺はその姿に奇妙な第一印象を抱いた。

 なんだか今にも死にそうに見えたのだ。

 地に臥せているのも、苦しくて体を起こしていられないように見えたし、あの恐ろしい唸り声は押さえきれない苦悶のように聞こえた。
 一体何がドラゴンを苦しめているのだろうと思い、気配を消しつつドラゴンに近寄った。

「……何者だ」

 バレた。
 包み隠さず正直に言う。

「あ、旅人でーす。ドラゴン見に来ただけでーす、どーぞお気になさらずー」
「……消えろ」

 不機嫌そうに鼻を鳴らすドラゴン。俺は気にせず、ずけずけと彼女に近寄った。

「死にそうに見えるけど、大丈夫?」
「消えろと言ったぞ」

 傷は見当たらない。血の跡も無さそう。ということは何だろう。

「何だろう。毒? 呪い?」
「消えろ!」

 一喝されてしまった。あたりまえか。
 しかし、ドラゴンの怒りの声には覇気がなく、疲労が滲んでいる。やはりかなり消耗しているようだ。

「呪いか」

 魔力視をつけたら、ドラゴンの体にべっとりとまとわりつく黒いモノが見えた。
 ぐちゃぐちゃの悪意に満ちた呪い。彼女がまだ生きているのが不思議なくらい。ドラゴンの存在なんかよりも、よほど恐ろしく見えた。

「よく生きてるな、あんた」
「…………」

 ドラゴンは、ぐったりと、本当に心の底から疲れきったようなため息を漏らした。
 返ってくる言葉が無かったので、遠慮なくドラゴンの呪いを検分する。
 べっとりとまとわりついた呪いは一見無秩序なように思えたが、実は複雑に絡み合い、混じり合い、影響しあっているようだ。
 なるほど、これほどの呪いならば、たとえドラゴンであっても死に到らしめることが出来るだろう。それも、とにかく苦しんで苦しんでから死ぬ。
 どうやらよほどの相手に恨まれているようだ。

「なあ」
「…………」

 ドラゴンに呼び掛けたが、返答はなかった。
 気にせず続ける。

「この呪い、貰っていい?」
「…………は?」

 お、返答あった。

「……どういう意味だ?」
「あんたからこの呪いを剥ぎ取って、貰う。こんなすげぇ呪い、初めて見た。ぜひ保管したい」
「……そんなことが出来るのか」
「多分」
「多分……」

 ドラゴンの表情の変化なんかわからないが、きっと呆れた顔をしているんだろうな。

「生きてる呪いを剥ぎ取った経験はある。だから、この呪いも剥ぎ取ることはできるはずだ。問題があるとすれば、こんなクソみたいに難易度の高い呪いを剥いだことはないってこと」
「失敗したらどうなる?」
「死ぬ」
「お前が?」
「あんたが」
「…………」

 ドラゴンは閉口した。
 まあ、下手ないじり方したら、多分巻き込まれて俺も死ぬ。
 それはともかくとしても、間違いなく言えることが一つある。

「一応言っておくけど、このまま何もしなかったら、あんた死ぬよ」
「……呪いごときでドラゴンが死ぬか」
「いや、死ぬ」

 俺はキッパリと言い放った。

「死ぬ。間違いなく死ぬ。苦しんで苦しんで、でももがき苦しむ体力も無く、身動きも取れずに死ぬ。これはそういう呪いだ」
「…………」

 ドラゴンは何も言わなかった。
 しばらく待ってみても、口を開かない。
 話を進めるために、俺はぱちんと手を打った。

「でね!」

 できるだけ明るい口調で、アホっぽく。

「せっかく呪いを貰うんだったら、貰う前に死なれても困るし? 協力して欲しいなぁーって思うんだけども!」

 どう? と首を傾げる。
 ドラゴンは、ほんの少しだけ顔を上げて、ゆっくりと言葉をつむいだ。

「……何が目的だ」
「何が?」
「私に恩を売ろうとしているのか」
「いや、別に? 趣味だけど」
「……趣味?」
「そう、趣味。複雑に、精密に組まれた術式は、見ているだけで面白い。後学のために、ぜひ手に入れたい」

 目を閉じ、伏せるドラゴン。

「……好きにしろ」

 小さく鼻を鳴らして、そう言った。

   +   +   +

 さて、まずは呪いの精査からだ。

「――――と、その前に」

 ショルダーバッグから、飴を取り出す。
 回復薬を水飴で固めた飴で、一気に薬を飲ませるのではなく、少しずつ飲ませることに適している。糖分も補給できる。

「口開けて」
「…………」

 無言で口を開けたドラゴン。その中に大玉の飴を二つ放り込む。

「……これはなんだ」
「回復飴。少しくらい体力を補給しないと体がもたない」
「……味がしない」
「味覚ダメ、と」

 メモ帳に症状を書き込む。

「本格的に診察を始めるぞ」
「……ああ」

 複数の魔法を展開して、ドラゴンの状態と呪いの術式を比べ、どんな内容の呪いなのかを判別する。術式のどの部分が、どの効果を担っているかを判断するには、自分の知識しか頼りに出来ない。類例と推測から当たりをつけていく。

 十五分後。

 全部で122個の呪法が検出されました。

「マジかよ……」

 思ったより酷い有り様だった。

「これだけ呪い盛られて生きてるって、ドラゴンってすごいんだな」
「当然だ。ドラゴンだからな」

 ……それでも、放っておけば、このドラゴンは死ぬ。
 解析も済んだので、除去に取りかかりたいのだが……。

「どこから手をつけたものやら」

 術式が複雑怪奇すぎて、どこから手を着ければ良いかわからない。
 セオリーとしては、細かいものから始めていくべきなのだが、小さな式を除くと大きな式が効力を増す仕組みになっているようだ。
 かといって大きな術式は、周囲の式が邪魔で手を出せない。
 結局は細かい式から手をつけなければならないが、効力を増す大きな式にドラゴンが耐えられるかどうか。
 強い薬や回復魔法でドラゴンを回復させたいが、回復に対して反発を起こす式がいくつかある。それも結構大きいのが。
 一番ヤバい大きな式に手を出すには小さな式を消す必要があり、小さな式を消すにはヤバくなる式に耐える体力が必要で、体力を回復させると逆に消耗する。
 あれ、これ詰んでね……?

「……どうした」

 動けずにいる俺に、ドラゴンが声をかけてきた。

「いやちょっと……途方に暮れてる」
「……出来ないなら早々に失せろ。傍をうろちょろされると気が散る」
「ぐ……頑張るのでもう少し我慢を……」
「……ふん」

 そう言って、ドラゴンは目を閉じた。
 やはり体力的にも辛いのだろう。あまりのんびりもしていられない。
 とりあえず呪いの構成はわかったんだから、最優先の式を除くためには、とにかく手を出さなければ。
 最も優先するべきなのは……回復への反発だ。
 体力がもたなければ、強くなる苦痛に耐えられない。まずはそれを除くための道筋を立てよう。

「よし、方針が決まった」
「そうか」
「実際に呪いを取り除くにあたって、一つ注意点がある」
「なんだ」
「あんたがかかっている呪いの、最も大きなものの一つに『呪いの数が少なくなるほど苦痛を与える』呪いがある」
「そうか」
「この呪いは根っこの一つで、恐らく最後の最後まで残るだろう。その他の呪いを解いていく以上、呪いの数は減り続ける。それによって強くなる苦痛の程は、俺にはわからない」
「そうか」
「……だから耐えろ」
「わかった」

 なんかすげー淡々としてる……。大丈夫なのか。わかってんのかな。

「あの……大丈夫? 相当きついよ?」
「いいから早くしろ」
「アッハイ」

 余裕が無いんだと言うことにしておこう。

「あ、そうだ。痛いときは痛いって言ってくれ」
「痛い。早くやれ」
「はい急ぎます」

 用意を急ぐ。

「……ただいまより、名称不明の大呪法の除去を開始する」

 そして、俺とドラゴンの長い戦いが始まった。

   +   +   +

「……む」

 回復反発の呪式の12個目、特段にでかいヤツを除去すると、ドラゴンが小さく唸った。

「でかいのを取り除いた。キツくなっただろ」

 式が減った分だけ術が強くなっているはずだ。

「……この程度……」

 ドラゴンはそう強がっていたが、言葉の最後の方は小さかった。
 しかし、ヤバイのを取り除くことが出来たので、これで回復魔法がかけられる。

「『ヒール』」

 回復魔法を弱めにかける。

「……ん」
「どうだ?」
「わからん」
「少し強くするぞ、『ヒール』」
「……ああ」

 もう一度かけると、ドラゴンは長く大きく息を吐いた。

「……楽になった」
「よかった」

 とりあえず、これで第一段階は完了だ。体の事を考えると、まだあまり強い魔法や薬は使えないが、回復が出来るようになったと言うのはかなり安心感がある。
 と。

「――――よし」
「あ?」

 ドラゴンが何かの気合いと共に、

「――――っ!」

 立ち上がろうとしていた。

「ちょ、ちょちょちょ!」
「――――、くっ……」
「待て! 待てこら! やめなさーい!!」
「……ぐ、くぅ……」

 なんとか身を起こそうとしていたが、やがてわずかな苦悶とともに、再び倒れ伏した。
 これにはワイ激おこ。

「なにしてんの!?」
「立てない」
「たりめーだ! てめー今の自分の状況マジでわかってねーらしいな!」
「教えろ」
「お前の今! 呪いで内臓どころか骨やら筋肉までボロボロだからな! その状態で長い間じっとしてるもんだから、間接も健も固まりきってろくに動けやしねーの! そんな状態でドラゴンみてーなでけー体支えられるわきゃねーんだ! おわかりか!?」
「……わかった」

 少しだけ悄気たような声音。反省したようだ。

「……もうちょい除去が進めば、大回復で傷付いた体内はある程度修復できる。それから少しずつ体を動かしていけばいい。それまで大人しくしててくれ」
「ああ。よろしく頼む」

 素直にそう言って、ドラゴンは目を閉じた。
 ……仕事を急ごう。次は内臓を荒らしてるヤツを取り除いて、それから骨と筋肉だ。

   +   +   +

「……『リザレクション』」

 大回復魔法。傷付いた体組織を再生する。時間が経っていなければ、欠損さえ再生させる強力な呪文だ。
 役目を終えて力を失った呪符を焚き火に放り込んで、魔法薬を空ける。

「……ふぅ」

 流石に疲れた。夜通しの作業でくたくただ。洞窟の中で、太陽も見えないので時間感覚もあやふやになっている。その分作業は進みはしたのだが。
 度重なる魔力消費と薬による回復で、そろそろ底が見えてきた。頭痛がして、指先が冷たい。魔力の使いすぎによる消耗だ。薬の効きが悪くなってきて、最終的に回復しなくなると、2、3日ほど魔法が使えなくなる。

「……ひどい顔だな」

 ドラゴンが声をかけてくる。回復魔法で癒したにも関わらず、その声は弱々しい。
 除去した呪いも、もう半数を超えた。その反動がキツく出てきているのだ。

「……てめーも同じような顔だろうよ。つっても、ドラゴンの顔色なんてわからんが」
「……ふむ」

 ドラゴンは、何かにひとつ頷くと、その巨躯が急激に縮まり始めた。

「へぁ!?」

 やがて俺と同じくらいの大きさになって、

「……どうだ」
「いや、どうって……」

 人型に姿を変えた。

「……くそ、やっぱりこの姿の方がキツいな……」

 回復魔法で体が治ったからか立ち歩くことは出来るらしい。険しい顔で、俺の隣に座った。

「え……なに? なんで?」
「お前がドラゴンの顔色なんて分からないと言うから」
「ええ……」

 ドラゴンの考えはわからん。

「それで……どうだ?」
「どうって何が」
「顔だ」
「さあ……思ってたより美人で驚いている」
「…………」

 ドラゴンは驚いたように目を見開いたが、すぐにぷいとそっぽを向いた。

「バカなことをいうな。……反応に困る」
「へいへい」

 焚き火に手をかざして、冷えた指先をよく揉む。

「寒いのか?」
「いや……魔力が薬で回復しなくなってきたんだ。魔力が隅まで行き渡らないから、先の方から冷えてくる」
「そうか……」

 と、何を思ったか、ドラゴンは手を重ねてきた。

「――――ひっ」

 その手は、ゾッとするほど冷たかった。

「お前、手ぇ冷たっ!!」
「そうなのか? あまり感覚がないからよくわからない……」
「俺の手から熱を奪うのやめろ。お前が火に当たれ」
「……そうする」

 大人しく火に手をかざすドラゴン。
 急に距離詰めてくるんだもん反応に困る。
 二人並んで火に当たる。
 先に口を開いたのはドラゴンの方だった。

「おい」
「なんだ?」
「……名前はなんて言うんだ」
「あん? ……単衣だ。単衣志郎(ひとえしろう)」
「ヒトエ、か。変な名前だ」
「うっせ。単衣は名字、姓だ」
「じゃあ、シロ」
「せめてシローって伸ばしてくれません?」
「知らん。シロと呼ぶ。決めた」
「クソぁ……」

 犬かなんかか。

「……私はグラフィナという。姓はない」
「ほーん。グラフィナね。カッコいい」
「そうだろう」

 火にかけておいたお湯が沸いたので、インスタントコーヒーを淹れる。

「……飲むか?」
「いいのか」
「いいぞ」

 予備のコップにコーヒーを注いで渡した。
 グラフィナが一口すすって、眉をひそめた。

「……味がしない」
「まだ味覚戻ってないのか」

 それからしばらく黙ってコーヒーをすする。
 次に口を開いたのは彼女の方だった。

「……生まれはどこなんだ?」
「ああ……えーと」

 返答に困った。

「遠くだよ。すげー遠く」
「全然わからん」
「そりゃな」

 時空迷子だなんて、言ってもわかんないだろうし。

「……お前は冒険者なのか?」

 会話を続けてくるグラフィナ。

「ん? んー……そうだな。そうなる」

 まだ学生だからプロの冒険者ではないが、まあ冒険者の括りに入れてもいいだろう。

「旅をしているのか」
「旅って程じゃないが……あー、今は、はぐれた仲間がいて、そいつらを探してる」
「はぐれた? 何故だ?」
「あー、まあいろいろあって……」
「そうか……」

 また答えをはぐらかす。そろそろ気を悪くするかも。

「…………」
「…………」
「…………おまえは」
「うん」
「私と話すのは嫌か?」

 そう来るか。

「ちゃうねん」
「すぐ答えをはぐらかす」
「いろいろ事情があってね?」
「会話が続かない」
「他人に言えることと言えないことがあるんです?」
「…………もういい」

 拗ねた。お前ほんとにドラゴンかよ。

「はやく続きを始めろ」
「魔力回復するまでもうちっと待ってくんないスかね」

   +   +   +

 呪いの除去作業も大詰めだ。
 根幹を成している、最も大きな呪いを3つ残すのみとなった。
 たった3つだが、その呪いの影響力は凄まじく、グラフィナもついに原態でいる力を無くして、蒼白い顔をしていた。
 どうせ人間体なので、作業のしやすいように魔法陣を書いたシートの上に寝てもらっている。

 ……それにしても。
 本格的に具合が悪い。
 頭痛どころか目眩までするし、吐き気と寒気が止まらない。肺と心臓が刺すように痛んで、息を吸っても吐いても苦しい。なのに咳が止まらなくて、死にそうなほど苦しかった。
 何が悪いのかを考える思考力は既に無く、とにかく呪い除去のためにこれまでに立ててきた手順を、失敗無く終わらせることに余力を結集させていた。
 あと3つ。あと3つで全部終わる。
 心臓と、脊椎に沿ったものと、全ての呪いを繋いでいた最も重いやつ。
 俺ももう体力が無いし、グラフィナも限界だろう。特にグラフィナは、この大物が一つ一つ減っていく反動に耐えられないだろう。
 だから、この3つを同時に抜く。
 絶対にしくじれない。
 残った体力と魔力、それと集中力をかき集めて、最後の除去に臨む。

 ミスリル製の長い棒三本に魔力を通し、呪い除去の術を付与する。
 グラフィナの体にまとわりつく呪いに棒を突き立て、除去術を半解放。するとミスリル棒が呪いを吸い上げる。この状態では、まだグラフィナと呪いは繋がっている。
 グラフィナ側に半解放の除去術を残したまま、棒を持ち上げて魔力の込められた紙に突き立てる。
 グラフィナの除去術を少しずつ解放しながら、棒が吸い上げた呪いを魔力紙に落としていく。
 3つの呪いを同時に。完了が同時になるように、除去解放と呪い落としの速度を調整しながら。
 一時間ほどかけて、魔力紙に呪いを落としきる。グラフィナの呪い除去は完了。
 最後に、魔力紙の呪いに封印をかけて、終わりだ。

「…………終わった……のか?」

 グラフィナが体を起こす。額を、胸をペタペタと手で触り、呆然と。

「痛く、ない」

 呪い除去が終わったら飲むように、と渡してあった薬を一息に空ける。

「薬を飲んでも苦しくならない、吐き気もしない」

 手を振り、頭を振り、自分の無事を確かめる。

「……治った。治った!」

 喜びの声をあげるグラフィナ。

「シロ! やったぞ! お前はすごい!」

 グラフィナが俺に抱きついてくる。

 が、俺はそれ所じゃなかった。

「どうしたシロ! お前も喜べ!」
「……待て、待ってくれ……」
「なんだ? どうした?」


 ――――次の瞬間、グラフィナの体が血で染まる。


「…………は?」


 ごぼりと、嫌な音を立てて口から血を吐いたのは、俺だった。


「げほっ、げほっ! ごぼっ」
「し、シロ……? なんでお前が……!?」

 口から血を溢れさせる俺を、グラフィナは構わず抱き止めた。俺ももう立っていられなかった。肩を支えられて地面に膝を突く。

 しくじった。完全に。死ぬ。
 なんで今まで気付かなかったのか。なんで考えが至らなかったのか。
 震える手で懐を探る。
 取り出したのは、一枚の大きな呪符。
 これは俺の『偽装魂式』。魂にかけてあるフィルターの様なもの。
 幾重にも折り畳んであるそれを広げて見ると、元の色が解らないほどに真っ黒に染まっていた。
 この黒は呪いだ。恐らく、グラフィナの呪いを「解いた者」に返ってくる呪い。グラフィナが自力で解けばグラフィナ自身に返り、協力者がいればその協力者を殺す。
 なんで今まで気付かなかったのか。なんで考えが至らなかったのか。
 ちまちま一つずつやっていたから、呪いの進行に気付かなかったのか。なまじフィルターなんかを挟んでいたせいで、自分の衰弱に鈍感になっていたのか。
 気が付けば俺の偽装魂式を殺し、俺自身も、いま正に死のうとしている。

「シロ! シロ! しっかりしろ!」

 グラフィナが俺を揺する。どこかへ飛んでいた思考が帰ってきた。
 ああ、生き延びなければ。こんなところで死ぬわけには。

 グラフィナの解呪でありったけの魔力を使いきった。いま死に行く体には生命力も残っていない。
 それでも、まだ微かに絞り出せる。
 呪符がある。あとはそれを制御する力があればいい。
 ほんのわずかに魂を削って
 解呪の大術を
 念の め2つ繋げ
 呪い 解い ら
 回 魔法を
  ぬま に
 はつ う

「『スペル……エクゼ…キュ……」

 発動の言葉を言い切る前に
 俺は意識を失った。


   +   +   +


「――――かはっ、けほ、げほげほっ! ごほっ、ごふっ、おっえ、おろろろろろ!」

 起きた。噎せた。吐いた。
 吐き出したのは血の塊で、あとから出てくるのは胃液とわずかばかりの水分。

「げほっ、げーっほ! おえ、おう、がーー! ぺっ!」

 口の中がぐちゃぐちゃで、唾を吐きたいが水分がもうない。

「……ん」

 いつのまにか隣にいたグラフィナが、コップに入った水を手渡してくれた。
 ひと口ふた口ゆすいで、残りを飲み干す。

「あ゛ーーーー! ……死ぬかと思った!」

 死ぬかと思った。

「……死んだぞ。お前は」
「あ゛あ、やっぱ死んだか。だろうな……」

 うう、胃が荒れてる。ムカムカする。

「……なんで生きてるんだ、俺は」
「……これだ」

 グラフィナが、何かの瓶を投げて寄越した。もう空になっている。

「なんだ?」
「蘇生薬」

 そせいやく。解釈が間違っていなければ、死者を蘇らせる薬なのだろう。

「……本物?」
「いま正に目の前で生き返ったんだから、本物なんだろう」
「もしかして、貴重なものだったりする?」
「二度は手に入らないかも知れない」
「あー……それはなんというか、申し訳無い」

 俺のヘマなんかで、貴重な薬を使わせてしまった。グラフィナも、ムッと機嫌の悪い顔をしている。

「薬のことはどうだっていい」
「え?」

 薬のことで怒ってるんじゃないのか?

「死なないんじゃなかったのか」
「は? 誰が?」
「お前が」
「なんで?」
「そう言っていただろう」
「………………ああ!」

 なるほどそういうことか。
 確かにしたした、そんな会話。

「俺が死なないとは一言も言ってないけど」
「……なに?」
「あれだろ? 失敗したらどうなるかの話のことだろ?」
「そうだ。お前が死ぬのかと聞いたら、死ぬのは私だと」
「確かに言った。でも俺が死なないとは言ってないんだなこれが」
「…………は?」
「まあいいじゃんもう。その話は」

 生きてたんだからセーフ。

「――――ふざけるな!」

 が、グラフィナに胸倉を掴まれた。

「な、なんだよ」
「ふざけるなよ……私が、どれだけ心配したと」
「と、通りがかりの人間一人が死んだくらい、別にどってことないだろ。ドラゴンなら」
「その通りがかりの、たかだか人間一人に、私は命を救われたんだぞ……。その人間が目の前で死んで、何も思わないような冷酷な生き物とでも思っているのか!」
「…………」
「私が……どんな気持ちでいたか、わかっているのか……」

 ……俺だって別に死ぬつもりだったわけじゃない。
 もちろん死なないように仕事を進めたつもりだ。
 結果的にしくじって死んでしまったわけだが。
 その辺を言っても仕方がない。

「……心配かけて悪かったよ。ごめん。それと、ありがとう」
「……バカ」

   +   +   +

「さて」

 解呪に使った道具やら、鍋やら薬の瓶やらを全部片づけてしまってから。

「そろそろ帰ろうと思うんだが」

 グラフィナにそう告げた。

「えっ」

 信じられない、とでも言いたそうに眼を丸めるグラフィナ。

「なんで」
「なんでもなにもねーよ。三日くらいまともに寝てねーし、魔力も空っぽだし、一回死んだし。一刻も早く宿で寝たい」
「う、ぬ……それも、そうか……」

 頭も体も、鉛が詰まったように重い。出来ることならこの場で突っ伏して寝てしまいたいが、こんな場所では回復するものも回復しない。

「つーわけで、じゃあな。お互い命あって何よりだ」
「待て!」

 洞窟の外へ向けて踵を返した俺の背中に、グラフィナの声が飛ぶ。

「なんじゃい」
「いや、その……ええとだな……」

 何やら歯切れが悪い。

「その、そう! 死にかけの恩人を一人帰らせるわけにはいかない。危険だ」
「むー。そうかな」
「そうだぞ。帰り道で野盗にでも襲われたらおしまいだぞ」
「テレポかなんかで飛んで逃げれば」
「その魔力が無いんだろう」
「……そうだった」

 いかん。頭が回ってない。

「シロの目的は、帰ることというよりも、寝ることなのだろう?」
「まあ、そうなるな」
「泊まっていけ」
「……この岩だらけの洞窟に?」
「……奥に来い。ベッドがある」
「なんでまた」
「人型でいることの方が多くなったからな」
「ほーん」

 グラフィナに連れられて奥に入ると、確かにベッドがあった。
 天蓋付きの、めちゃくちゃにデカいベッドだった。

「おおー……」

 部屋の隅に積まれた金銀財宝にも興味はあるが、とりあえず眠気の方が先に立つ。

「こんなベッドで寝るの初めてかも」
「……このベッドに他人を寝かせるのは初めてだぞ」
「ありがたやありがたや」

 一応、「乗ってもいいの?」的な目くばせを送ると、彼女は一つ頷いた。
 ので、荷物を置き、ローブを脱ぎ、靴を放ってベッドにダイブ。もふーん。

 あ、やばい。すごく気持ちいい。めっちゃ眠くなる。

 休眠モードに入り始めた頭を動かして、グラフィナの方を見た。
 裸だった。

「えちょ待って」
「どうした?」
「なんで裸? ホワーイ?」
「……私はベッドで寝るときには裸で寝る」
「アッハイ」

 そうこうしているうちに、裸になったグラフィナがベッドに乗る。
 あさっての方を向いて距離を取る俺の襟首を、グラフィナが掴んだ。

「来い」
「なんで!?」
「いいから来い」

 グラフィナに引きずられて、ベッドの真ん中らへんに投げ置かれた。

「ここで寝ろ」
「なんで?」
「いいから」
「うす……」

 観念して仰向けに寝転がると、彼女は満足げに笑って、俺の隣で横になった。
 たまらず石になる俺。

「………………」
「……どうした?」
「……ちかくない?」
「そうか?」

 ごろんとこちらを向くグラフィナ。
 近い。とても近い。
 思わず背中を向ける俺。

「……むー……」

 うなり声が聞こえた気がしたが、聞こえないことにする。

「お、おやすみなさい……」
「……おやすみ」

 ぎゅっと目を閉じて、さっさと眠ってしまうことにした。
 幸い、当の昔に限界を超えていた体は、あっという間に眠りの底へ落ちて行った。

   +   +   +

 どんなに疲れていても、決まった時間に起きる訓練というのをしてきた。
 その習慣は、一度死んだ後でも十全に発揮されたようだった。

 大きく深呼吸をすると、意識がはっきりしてくる。
 ポケットから時計を取り出そうとして、動けないことに気が付いた。
 グラフィナが、俺の体をしっかりと抱きかかえていた。

「……zzz……zzz……」

 すやすやと寝息を立てている。起きそうな気配はない。
 が、念のために。

 魔力の残量を確認する。昨夜、魔力の回復薬を飲みはしたが、やはり消耗が激しかったようで全快とはいかなかった。が、まあ10パーセント程度は何とか回復できているようだ。
 黙って魔力を練り、眠りの魔法を展開する。
 ドラゴンの魔法耐性はよく知っているが、ことグラフィナに関してであれば、俺はおそらく本人よりも熟知している。より深く眠らせることは難しくないだ。

 グラフィナを深く眠らせたところで、彼女の腕の中から抜け出して、
 抜け出して……? 抜け、出し、このっ。
 ……抜けない。

 三十分ほど格闘して、何とか脱出に成功する。
 大変だった……分身やら縮小やらの呪符を使うことになるとは……。
 この世界に来て一番無駄な呪符消費だった。

 さて。
 黙々と身支度をする。

 グラフィナが起きる前に退散してしまおう。
 ここに長いこといると、良くない。
 というかね、もうね、グラフィナがヤバいのがひしひしと伝わってくるというかね。
 何なのあのヒト。急に距離詰めて来すぎじゃない? 正直めっちゃ怖い。
 このままここにいるとどうなるか分からん。
 三十六計逃げるに如かず。早々にお暇させていただこう。

「……ん……シロ……」
「――――!」

 唐突に名前を呼ばれて息が止まる。
 グラフィナの方を見ると、魔法で作った身代わり人形をギュウと抱きしめていた。

「…………」

 いろいろな感情が胸中を駆け巡るが、ここに居続けても仕方がない。身代わり人形も十分ほどで消えてしまう。早く出よう。
 単衣志郎はクールに去るぜ。

「…………じゃあな」

 声に出すつもりは無かった言葉を呟いて、俺はその場を後にした。

 もう会うことも無いだろう。

   +   +   +

 それから数日後。
 とある反魔物領の町で食事をしていた時だった。

 店の外が俄かに騒がしくなる。

「ど、ドラゴンだーーーー!!」
「――――……」

 ドラゴン、という言葉に思わず食事の手が止まってしまった。
 うーん、思ったよりも引き摺っている。
 フォークで白身魚のフライを解体しながら、グラフィナのことを思い出す。
 あの後どうしただろうか。やっぱり怒ったりしたのだろうか。
 などと考えていると。

「うわーーーー降りてきた!!」
「逃げろー!!」

 大騒ぎ。外にいた人たちがバタバタと屋内に避難し、店の中にも入ってくる。

「なんでドラゴンがこんなところに……」
「うわちょこっち来たなんで!?」

 どうやらドラゴンがこの店の方に来ているらしい。
 ちらと窓の外を見る。

 グラフィナだった。

「ぶーーーーーーーーー!」

 噴いた。噎せた。

 カランカランとドアベルが鳴って、中へ入って来るグラフィナ。
 店内を見まわし、咳き込む俺を見て片眉を上げた。

「…………」

 無言でつかつかと俺の方へ歩いてきて、俺の対面に座る。

「……おい、店主」
「へ、へえ、なんでしょう」

 可哀想に、怯え切った店主がカウンターの向こうから顔をのぞかせている。

「こいつと同じものを」
「へ、へぇ……ですが、その……」
「なんだ? 魔物に食事は出せんか。金なら払うぞ」

 そう言って、グラフィナは何かを店主に向けて放り投げた。

「き、金貨!?」
「釣りはいらん。何ならもう一枚くれてやる。作れ」

 もう一枚金貨を放る。店主は見事にキャッチをして、びしりと敬礼を決めた。

「へい! 直ちに!」

 厨房の奥へ消えた店主を見送って、グラフィナは改めて俺と向き合った。

「……お前……まさか追っかけて来たのか……?」

 ようやく咳の止まった俺には、それしか言えなかった。
 グラフィナはフンと鼻を鳴らして、そっぽを向く。

「自惚れるな。お前を追って来たわけじゃない。私に呪いをかけた騎士団だか教団だかをちょっと燃やしてやろうかと探していただけだ」
「そうなのか」
「そうなのだ」
「じゃあ俺はこれで」
「まあ待て」

 席を立った俺の首根っこをグラフィナに掴まれた。
 逃げそこなってしまった。

「そんなに急ぐことは無いだろう。付き合え」
「いやもうほんと勘弁してくんない?」
「食事くらいおごってやる。座れ。おい店主、こいつに何かデザートを」

 また金貨を放る。バタバタと厨房がさらにあわただしくなった音が聞こえた。

「まあ座れ」

 グラフィナに強引に椅子に座らせられる。彼女は対面に戻ったが、俺の腕を掴んで離さなかった。

「……よくもまあ一言も無く出て行ったな」

 じろりと睨みつけられる。やっぱり怒ってた。

「あれだけのことがあって、黙って出て行くとは。思っていた以上に薄情者だな」
「いやまあ、俺も俺で急ぎの用事があるわけで……。先に起きたし、そっちの目が覚める気配が無かったし、律儀に起きるのを待つ理由も無かったし……。ねえこれ放してくんない?」
「用事……用事か。何の用事だ? 前に言っていた、はぐれた仲間を探すことか?」
「そうだよ。ねえこれ放してってば」
「探す当てはあるのか?」
「有ると言えば有るが、無いと言えば無い。はーなーしーてー」
「そうか、当てもなく探すのか」
「ねえ俺の話聞いてる?」

 なぜかグラフィナはニヤリと笑みを浮かべた。今の話に笑い所あった?

「いいだろう。お前の仲間探し、私が手伝ってやろう」

 …………は? なんて? なんで?

「どうした? 変な顔をして」
「……いや、待て、ちょっと待って。なんて?」
「お前の仲間探しを私が手伝ってやると言ったんだが」
「なんで?」
「嫌か?」
「めんどい」
「は?」ギュウウウ
「痛い!」

 ドラゴンの握力で腕を思い切り握られると滅茶苦茶痛い。

「マジでなんでなの? グラフィナには関係ない話じゃないか?」
「もう無関係な間柄では無いだろう。……お前に礼をしたいという気持ちもある」
「呪いを解いた話なら、蘇生薬で相殺だと思うんだが……」
「あんなの礼のうちに入らん。ノーカンだノーカン」
「えぇ……」

 めっちゃぐいぐい来る……!

「呪いをかけた連中をどうこうって話は良いのかよ」
「別にいい。気が向いたからそうしようと思っただけで、もう気が変わった。そもそも連中の顔も覚えてないからな」
「ああそう……」
「とにかく!」

 グラフィナは、俺の腕を掴んでいた手を放した。
 と思ったら、今度は手を絡めてきた。

「私はお前に付いていくぞ。お前が何と言おうとな」
「あー…………」

 これはもう、梃子でも動かないと言った感じだ。
 俺は両手を上げて、降参の意を示した。

「わぁーかったわかった、わかりましたよ。もう好きにすればいいよ」
「ふふん」

 グラフィナは満足げに笑った。

「さて、今後の予定も決まったことだし、食事にしよう。というか、私の注文はまだ来ないのだろうか」
「さあ、知らんけど……飯食べてる暇は無いかも」
「ん?」

 俺の言葉に彼女が首を傾げるのと同時に、店のドアが乱暴に開かれ、

「重騎士隊、突入ぅぅーーー!!

 ドタバタと騒がしい音を立てて、全身鎧を着込んで大盾と大槍を構えた騎士たちが店に雪崩れ込んできた。

「ちっ、教会騎士か。五月蠅いのが来たな」

 グラフィナは心底嫌そうな顔で舌打ちをする。

「私のブレスで丸焼きにしてやってもいいが……」

 ちら、と店の厨房の方へ視線をやるグラフィナ。そこには、今まさに料理を出そうとしていたのか、お盆を抱えてオロオロするウェイトレスの姿があった。

「ま、店に迷惑がかかるから辞めておこう」
「おお……ドラゴンってもっとこう、自分良ければすべて良し的な思考をするのもだと思ってた」
「もちろんそういう輩もいる。私はそこまででは無いだけだ」
「なるほどねぇ。……えーと、騎士さん方。俺たち穏便に店を出るから、お店で暴れるのやめない?」

 俺も店への迷惑を嫌って、そう提案する。しかし、

「重騎士隊、構え!」

 聞く耳を持たず、ガチャガチャと槍がこちらへと向けられる。
 これは良くないのでは。

「ちっ、馬鹿どもめ」
「いいよ、俺が穏便に止めるから」

 グラフィナが苛立たし気に構えるのを制止して、呪符を取り出す。

「重騎士隊、突撃ぃぃぃーーーー!!!!」
『ぅおおおあああああああ!!!!』

 一列に槍を構えた騎士たちが、椅子や机を撥ね飛ばしながらこちらへ突っ込んできた。
 そうね、そう来るよね。

「『タイトロープ』」

 予想は出来ていたので、呪符から魔法を発動する。
 これは魔力のロープを張る魔法。消費は安く、誰でも簡単にできて、丈夫なロープ。
 これを突撃してくる騎士たちの足元に張ってやると、

『どわぁああぁぁぁああ!?』

 見事に転んでくれるわけである。

「『ソーイング』」

 ついでに魔力の糸で、騎士と騎士を、騎士と地面を縫い付ける。

「うわ、なんだこれ!?」
「う、動けんぞ!」
「んがぁぁ!! 絡まった!!」
「お前たち何をしている! 立て! はよ立たんか!」

 隊長らしき騎士に怒鳴りつけられる騎士隊。しかし、縫われて絡まって、身動きが取れない。
 俺は肩をすくめてグラフィナに向き合った。

「窓から出ますか」
「そうだな。おい店主」
「へぁっ!?」

 やっぱり厨房から様子をうかがっていた店主が、いきなり呼ばれて肩を跳ねさせた。

「邪魔をしたな。迷惑料だ。取っておくがいい」

 グラフィナはそう言って小さな袋を投げた。どうせ金貨か何かが入っているのだろう。

「よし、行くぞシロ」
「へいへい」

 窓から外へ出る。

「ヒェッ! ドラゴンが出て来たぞ!」
「第二小隊、応戦準備!」

 外には野次馬しに来たらしい人々と、待ち構えていたらしい騎士たちがいた。
 グラフィナはそんな連中には目もくれず、

「おい、シロ。空は飛べるか?」
「飛べない」
「そうか。……掴んでいろ」

 そう言って、俺に手を差し伸べた。何も考えずにその手を掴む。

「………………」

 彼女はしばらく握りを確かめるように俺の手をにぎにぎして、

「――――行くぞ」

 バサリと背中の翼を大きく広げた。
 あ、これ絶対腕がしんどいやつ。

「あ、ちょ、ちょっと待ってー!」
「待たない」

 グンと手を引っ張られて空を舞う。グラフィナの手にぶら下がった状態で、空を飛んでいた。

「ひえぇ……」

 ジャンボジェット以外で空を飛ぶのは初めてだ。
 さっきまでいた町がみるみる小さくなっていく。
 これは……落ちたら死ぬ。いや、浮遊の魔法ならあるから、死なないかもしれんけど。
 落ちないように、グラフィナの手を強く握る。

「どうした?」
「落とさないでくれよ!」

 俺の言葉に、グラフィナは小さく笑みを浮かべた。そして前を見て、

「……――――」

 何かを言った。が、風の音に遮られて聞き取れなかった。

「なんてー!?」
「…………」

 グラフィナは答えなかった。俺に向けての言葉では無かったのかも。

 彼女に連れられて、どこかへ飛んでいく。
 どこへ飛んでいくのか、俺にはわからないが。
 グラフィナが嬉しそうだから、まあいいか。と、少しだけ思った。



 おしまい
18/04/28 17:35更新 / お茶くみ魔人

■作者メッセージ
じんぶつしょうかい
俺:単衣志郎(ひとえしろう)。術式マニアの変人。時空迷子。図鑑世界のどこかに、あと3人迷子仲間がいる。
冒険者養成学校三年生(高校三年相当)。「いかに敵を出し抜くか」にすべてをかける異色の支援魔術士。出来ることの引き出しが多く、困ったらとりあえず頼られる。ただし専門性に欠ける。


グラフィナ:呪われドラゴン。実際マジで死ぬ寸前だった。志郎が命を懸けて救ってくれたので、もうメロメロである。解呪の最中からメロメロだった。財宝をため込んでてお金持ちの19歳。


   +   +   +

 シロの手を握って空を飛ぶ。
 何故か頬が熱い。心臓が高鳴る。顔が緩む。

 おかしい。おかしい。おかしい。

 なんで私がこんなことに。
 なんで私がこんな気持ちに。
 なんで私が人間なんかを。

 きっとシロが私に呪いをかけたんだ。
 きっと。おそらく。ぜったいに。

 不意に、手を強く握られた。

「どうした?」

 聞くと、シロは青い顔をして叫ぶ。

「落とさないでくれよ!」

 そう言われて、小さく笑みが浮かんだ。

「……二度と放すものか」

 私に呪いをかけた責任は、追い追い取ってもらうこととしよう。



   +   +   +

 また一年ぶりに書き上がった。
 呪い、呪いってなんだ。

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