読切小説
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名無しのリリム
私はリリムである、名前はもちろんある、魔王である母上と、かっては最強の勇者とも言われた父上から頂いた名前だ。
そして現在、私は愛する夫と娘たちに囲まれて幸せな生活を送っているが、両親から頂いた名前とは違う名を名乗っている。
夫と娘たちは誰も私がリリムであることと、私の本当の名前を知らないのだ。

私はリリムとしては平凡な存在だった、生まれつき強大な魔力と美貌を持ち、魔界の王女という特殊な社会的地位を持っていて平凡というのはおかしな話だが、魔王城と言うところは口の悪い者に言わせれば「石を投げればリリムに当たる」ところである。
姉妹の中には過激派として積極的に主神や教団との戦いに赴く者もいるし、そうでなくても魔界のため、魔物のため、人間のため、何らかの形で活動している者も多い。
私は特にそう言うのには興味がなく、いずれは似たような性格の夫と結ばれて、毎日のんびり暮らしたいと思っていた。

「人生山あり谷あり」という言葉があるが、何故かそういう生き方を希望している私にも山があった、その山とは魔王である母上だった。
一般的にリリムはある程度成長したら両親は放任主義になり基本的に生活に干渉しない、姉妹の数がやたらと多いので必然的にそうなるのだ。
母上は何故か私に限って、ある程度大きくなってからも複数の教師を専属で付けて様々なことを学ばせた。
その一つは戦闘技術だ、魔法による戦いだけでなく、剣をはじめとする各種武器、弓矢と言った飛び道具、素手での戦いまで学ばされた。
別に嫌というわけでは無かったし、自分が強くなっていくのを実感するのは楽しかったので、リリムの中では戦闘力は上の中と言えるとこまで強くなった。
もう一つは奇妙なことにサバイバル術だった、特に食については徹底的に教えられた、雑草の食べ方、魔物では無い動物を食べる方法などなど、たとえ性行為を伴わなくても腹が減ったら人間の男女や、その気になれば魔物娘からも吸精ができるリリムにしてみれば本来は不要な技術だった。
全く素手の状態で、転移魔法を制限され、人間も魔物もいない辺鄙な地域にほうりだされ一人で一カ月生き延びるという訓練を抜き打ちでやらされたこともある、何とか達成したが、間違いなく人生の山と言っていいだろう。
ここまでくれば母上は私に何か特殊な任務と与えるつもりだろうと予想したが、その予想は外れた。
母上は私に様々なことを学ばせたが、それ以外のことは全くの自由で、あれしろこれしろとは全く言ってこなかったのだ。
父上は一連の事情を知ってはいたが、肝心の何故母上が私を特別扱いするのかは全く分からなかったようだ、何度も聞いたがそのたびにはぐらかされてしまったとのことだ。
魔王城の中では私を次期魔王にするのではないかといううわさも流れたが、母上はそれを明確に否定した。
戦闘技術やサバイバル術もだいぶ上達して、一部の教師たちからはもう教えられることは無いと言われ、暇な時間も増えてきたころに「それ」は起こった。

私は友人知人を積極的に作ろうとはしなかったのでそれほど多くは無い、その数少ない友人にあるバフォメットがいた。
彼女はサバトを率いるということはせずに全くの一匹狼だった、孤独を好む性格もあるが研究内容が性的なこととは全く関係なかったのも一因だろう。
彼女は時間魔法の研究をしていた、時の流れを一時的に早めたり遅くしたり、最上級だと時を止めるということもできる魔法だ。
彼女はそれをさらに進めて時を戻すということに挑戦していた。
そんなことができるのかと聞いたらところ。
「時の流れというのも結局のところ水の流れや空気の流れと同じものだ、速さを変えることや止めることができるなら逆流させることもできるはずだ」
私が彼女の友人になったのも彼女の研究に興味を持ったせいもある、そんなある日重大な実験をするが大量の魔力が必要なのでぜひ手伝ってほしいと言われた、当時は暇な時間が多かった私は手伝うことにした。
彼女の研究室の中にはきわめて複雑な魔法陣が書かれていて、その中心に植木鉢があり、花が咲いていた、実験の内容はこの花の時間を戻して種にするというものだった。
彼女は複雑で長い呪文を唱え始めて、私も補助的な呪文を唱えた。
私の呪文が終わったころ、魔法陣の中の植木鉢ががたがた震えて倒れてしまった。
今にして思えばなんであんな軽率なことをしたのか全く分からないが、私は倒れた植木鉢を戻さねばと思い、何の注意や警戒もせずに歩いて魔法陣の中に入ってしまった。
後ろから彼女の「バカッ、止めろ!」という声が聞こえた瞬間私は意識を失った。

どれだけの間気絶していたのか全く分からなかったが、意識を取り戻した時は野原の真ん中にいた。
周りを見回したが、魔界のどこかであるということ以外は分からなかった、それと同時に強烈な違和感を覚えた、しかしこの時はその正体が分からなかった。
今どこにいるかがわからないと転移魔法が使いづらいので、適当な方向へ歩きだしたら幸いにも道があったので、道沿いに歩き始めた。
しばらく歩いていたら、前方から何かが近づいてくるのが分かった、それが何なのか判った瞬間目を疑ってしまった。
それは「オーガ」だった、しかし私の知っている魔物娘のオーガでは無く、昔魔王城の図書室で教団が旧魔王時代に作成した魔物図鑑を読んだことがあったが、それに出てくるオーガだった。
外見からでは雄か雌かは判断できず、一目で意思の疎通の困難さが予想できる凶暴そうな雰囲気を漂わせていた。
そのオーガは私を確認した瞬間、何故か怒りだし、手に持った棍棒を振り上げて襲いかかって来た。
幸いにも強めの睡眠魔法がよく利いたため、戦いにならずにすんだ。
眠っているオーガをそこに残して道を進んだら、遠くに見覚えのある山が見えてきた、あれは魔王城から少し離れたところにある山だ、自分の今いる場所が大体把握できたので転移魔法を使うこともできたが、何故だか使う気になれず、歩いて魔王城に向かった。
魔王城に近づくにつれて絶望的な気分が強くなる一方だった、目にする魔物達はことごとく化け物だった、魔物娘は一人もいなかった。
そして先ほどからずっと感じていた違和感の正体がわかった、魔界に漂う魔力である、お母様が発するサキュバスの魔力では無い別種の魔力が漂っているのだ。
万が一お母様が勇者に討ち取られたとしても、大勢いる姉妹の誰かが次の魔王になるのだから、魔物娘が旧時代の魔物に戻るということはあり得ない。
もう間違いない、私は時間魔法の実験の事故により、旧魔王の時代に来てしまったのだ。

現状を理解してから真っ先に考えたのが、今日のご飯はどうしようということだった。
財布に金貨は入っていたが、魔王城の周りには城下町は無く、店はどこを探しても無かった。
幸いにも森の中で食べることのできる植物をいくつか見つけたので、空腹をしのぐことはできた。
少し考えて分かったが、お金で物を買うという常識はこの時代の魔界には無かったのだ。
この時代の魔界の常識はただ一つ「弱肉強食」だ、食料を手に入れるには、自分で探すか、自分より弱い魔物や人間から奪う、あるいはそれを食うしかないのだ。
私なら魔物から吸精をして飢えをしのぐことができるかもしれないが、どうしてもこの時代の魔物には性的魅力を感じられなかったので、それはできなかった。
結局食事に関しては、魔物では無い植物や動物を自分で捕まえて食べるということにした、自分にサバイバル術を学ばせた母上にとても感謝した………あれ?
もしかして母上は私がこのような目に会うことを知っていてサバイバル術を学ばせたのだろうか、母上が予知能力を持っているというのは聞いたことが無い、ひょっとして母上はこの時代に来た私と会ったことがある?
この考えにはショックを受けた、だがそう考えるといくつか解ける疑問がある、私にだけ特別に戦闘技術とサバイバル術を学ばせたのは、弱肉強食のこの時代を生き抜くためには必要不可欠な技術だからだ、私に任務を与えなかったのもこの時代に来てしまうことをあらかじめ知っていたからだろう。
だったら事前に教えてくれてもいいんじゃないかと思ったが、いまさらどうしようもない話だ。
私のやるべきことは決まった、この時代の母上を探すことだ。

母上を探すことにしたが、この時代の母上はどこで何をしていたのか全然知らないことに気付いた。
母上は自分の過去について一切語った事が無い、それについて私を含め姉妹たちの間ではいろいろうわさ話がささやかれていたが、自分の年齢を知られたくないからだというのがほぼ定説だ。
まずは魔界で母上を探すことにしたが、これが大変だった。
何が大変かというと、この時代の魔物は、たとえ魔物でもよそ者を見ると、ほとんどが逃げるか、襲いかかってくるかのどちらかだった。
逃げる魔物はとっ捕まえて、襲ってくる魔物は戦って勝てばこちらの言うことを聞くようになるが、知能が動物並みの魔物もかなり多かったので徒労に終わることも多かった。
自分の腕にはかなり自信があったが、とてつもなく強い魔物も多くいた、手加減して勝てる相手ではないので、殺してしまうこともあった。
最初はそのことに強い罪悪感を覚えていたが、実に悲しいことに――――そのうち慣れてしまった。
何とか話の通じる相手には、生き別れの姉を探している、種族は(当然だが)サキュバスで、外見は私とよく似ているが知らないか、と尋ねた。
残念ながら母上に関する情報は全くなかった、簡単には見つからないだろうとは覚悟していたのでそれほど気落ちはしなかった。

次に人間界を探すことにした、サキュバスは魔物の中ではいろんな意味で人間に近いのでこちらにならいるだろうと思った。
人化の術を使って潜入することは簡単だったが、いたとしても母上も当然人化の術を使っているだろうから探すのは難しかった。
人間界で最も厄介だったのは潜入する魔物に対する教団の監視網だった、自分ではうまくごまかしているつもりでも見つかってしまうことは何度もあった。
元いた時代では見つかることはほとんど無かったのになんで?と思ったが、この時代の勇者は魔物との生死をかけた戦いを生き抜いた連中で、経験や実績が元いた時代のとはまるで違うのだ。
戦っても勝ち目がないので、ひたすら逃げるしかなかったということが何度もあった。
結局ここでも母上に関する情報は全く集まらなかった。

この時代の魔物を見ていると、母上の人間好きはかなり珍しいということが分かった、この時代のサキュバスとは何人か会ったが、人間を精を吸うための餌としか見ていないのも割といた。
ひょっとして旧魔王時代から人間と魔物が共存しているジパングでそういう考えを持つようになったのではないかと考えて、ジパングに渡った。
ジパングなら住みやすいだろうと思ったが、その考えは甘かった。
旧魔王の中にはジパングを征服しようと攻め込んできたことが何度もあった、その都度ジパングでは人間と魔物が協力して旧魔王に戦いを挑んだ。
人間と魔物が共存しているのはそういう歴史があるからだった、当然私のような大陸の魔物は旧魔王の手先ではないかと警戒され、排除されかけたことも何度かあった。
この分だと母上はここにはいないだろうと結論付けてジパングを離れた。

ある日、人化の術で化けて、人間界の宿に泊まろうとした時に今日は何日だったけかなと壁に掛けてある暦をみていたら、今日の日付がどこかで聞いたことがあるということに気付いた。
思い出そうと努力して、思い出した瞬間衝撃を受けた、父上の生まれた日だ。
母上が旧魔王に反乱をおこして、魔王になるまでもう時が無い。
今まで心の隅で、母上はまだ生まれていないのではないのだろうかと考えていたが、ここまで来るともうそれは無い、より熱心に探すようになったが、それでも母上は見つからなかった。

更に年月がたったある日、あるヴァンパイアから招待を受けた。
母上に関する情報かもしれないと、あわててそのヴァンパイアの名前も聞かずに駆けつけたが、用件は全く違った。
そのヴァンパイアは魔王に対する反乱を計画していて、私を仲間にするつもりで招待したのだ。
何故私を仲間にしたいのかと聞いたが、サキュバスにしては魔力がとても高く、高名な魔物や勇者と戦って勝ったことがあり、どこにも属さない一匹狼と、魔界ではかなり知られているからだとのことだった。
うかつにも自分自身の知名度に関しては今まで全く考えていなかった、魔界ではそこそこ有名になったらしい。
魔王への反乱をおこす理由について聞いたら、最近教団におされぎみだが有効な対策を取ろうとしない、それどころか有能で忠実な部下を相次いで粛清している、このままでは魔物が滅ぼされてしまうとのことだった。
時期から言ってもそろそろ母上が反乱をおこすころだ、自分も加わればどこかで会えるかもしれないと考えたので誘いをうけることにした。
念のため母上について知らないか聞いてみたが、私のようなサキュバスには会ったことが無いとのことだった。
「ところで君の名前は?」
そう聞かれてばれたかと思った、私はこの時代に来てからずっと「ジョン・スミス」と名乗っていた、人間界では偽名としてよく使われていて、身元不明の死体にもつけられる名前だ。
本来は男性の名前だが、魔界では怪しまれたことはほとんど無かった、だがこのヴァンパイアは人間界の事情にも詳しいらしい。
「その前にあなたの名前を聞いていないのだけど」
そう返したところ、ヴァンパイアは微笑して名前を名乗った。
その名前を聞いて私は混乱した。
私は元いた時代、このヴァンパイアに会ったことがあったが、今目の前にいるヴァンパイアは男性なので同一人物だと気付かなかった。
そのヴァンパイアは母上が反乱をおこしたときに最初に協力した魔物だった。
それならばこのヴァンパイアの前にいるのは私ではなくて母上のはず……?




!!!
私はここですべてを理解した、母上をいくら探しても見つかるはずがなかったのだ。
以前私が次期魔王だとうわさが流れた理由の一つは、姉妹たちや父上にさえ間違われるほどに私が母上に瓜二つという事実だった。
瓜二つなのも当然だ、私と母上は………。
「私の…名前は…」
この日から私は母上になった。

14/11/08 23:32更新 / キープ

■作者メッセージ
私の別作品を作成するときに、魔王の出自についていろいろ考えた中の一つです。

この設定は没にしましたが、もったいなかったので、単発の作品にしました。

よってこの設定はこの作品のみということになります、別作品での設定は決まってはいませんが、基本ギャグ路線で行きます。

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