読切小説
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押しかけ!一角獣ちゃん
これは聞いた話なんだけど、
人生には「刺激」が必要らしい。

君にとっての人生の刺激は何だろうか。
ゲームや漫画?それとも恋人かな?

僕?

僕は___________



朝、つんと冷えた空気に震えながら身を起こす。
つけっぱなしになっていたノートパソコンを消すと、体の節々が痛かった。
シャワーを浴びてご飯を食べて玄関から出ると、寒さで耳はひりひりする。

冬の朝特有の刺すような日差しに目を細める。
空を眺めながら歩いていると、ぱっかぱっかと馬が走る音が聞こえた。
直後、硬いものが背中にぶつかってきた。

後ろを向くと、手を腰に当てた少女はわざとらしく驚いていた。
真白な額の角が太陽の火に浴びて輝く。
下半身の白い毛並みもあわせて優雅にも見えなくもないが、そわそわしていて子供っぽい。


「あら、ごきげんよう。本日は御日柄も良く」
「おはよう、早くいかないと遅刻するよ」


お嬢様か。
僕はその場を去ろうと、モミジのように小さくやわらかい手に掴まれてしまう。
振り向くと、彼女の澄んだ空のような目とあってしまう


「太郎くん太郎くん、お姉ちゃんですよ」
「おはよう、由比ちゃん。元気だね」
「お姉ちゃんですよう」
「はいはい」

ぷくーっともっちりと柔らかそうな頬を膨らませるこの子は白馬由比(はくばゆい)。
幼馴染のユニコーンの少女だ。
慣れた手つきで緑色っぽい銀髪をなでてやるとにぱーときもちよさそうに笑顔を作った。

ランドセルを背負っている通り子供にしか見えない魔物娘なのではなく”見かけ通り”本当に幼いのだ。
由比ちゃんはなぜか子供の頃から僕のことを慕っていて、「大きくなったらお兄ちゃんのお嫁さんになる」と常々言っていた。

彼女の求婚に対して僕は「大人になったらね」と返していた。
大人になってからなど、魔物娘たちにとって何世紀前の言葉だと言われそうだが。
彼女は素直に信じて大人になってからプロポーズすると言っていた。

しかし、我慢できなくなった彼女は逆転の発想で来た。
自分のことを弟扱することで自分が年上と言うことにしたのだ。
謎の発想である。


「お兄さんどーていなのはわたしにささげるためですよね」
「お姉さん設定は何処へ行った?」
「細かいことにこだわるのは子供の証です」


キョトンとした顔でとんでもないことを言い出す彼女。
素に戻った彼女に思わず突っ込みを入れる。
彼女の言う通り僕は童貞だが、由比のために守っているわけではない。
彼女のことは嫌いではないのだが、特に誰か付き合いたいという感情が無いのだ。
自分一人が気楽と言うかなんというか。


歩きながら由比の話を聞いていると、ランドセルを背負った女の子が由比ちゃーんと呼んでいる。

「ほら、お友達が呼んでいるよ。学校に行ってきなさいね」
「太郎くん、お姉ちゃんが会社行っている間、怪我しないでね」
「だから学校だって」

由比ちゃんのお友達は由比ちゃんに挨拶して、僕にもおずおずと頭を下げる。
僕は笑顔で手を挙げてその場を離れる。

世の中にはたくさんの人がいる。
由比ちゃんは僕にこだわらずにもっといい人を探すべきだ、と思うのである。
まだ子供だが、大人になればもっと素敵な人と出会いがたくさんあるだろう。


「それに僕は夢があるんだ……」
「じゃあねー、太郎くん。より道しちゃいけませんよー」
「由比ちゃんの旦那さん、またねー!」


由比ちゃんとそのお友達の声が後ろからかかってきて道行く人々の目が僕の方に向く。
やめてください死んでしまいます。



退屈な授業、友達と意味のない会話を繰り返すこと数時間。
やっと放課後のチャイムが鳴ると僕は教室を飛び出した。

学校帰りの放課後、僕はあるカフェで待ち合わせをしていた。
そして、待つこと数分。
羽の生えた妖精が僕の座っているテーブルまでやってきた。
彼女はリャナンシーの与那先輩は新人作家として活躍しているのである。


格好こそ現代風の格好だが、くりくりした目や顔つきは由比ちゃんより子供っぽく見える。
ちなみに彼女は僕よりも年上だ。


「ごめん、二宮君待ちましたか?」
「いや、全然待ってないですよ」


まるで昔懐かしの恋人同士みたいな会話であるが、そうではない。
ちなみに彼女はこう見えても既婚者だ。
そんなことを言いながら僕は取り出したUSBを渡した。

彼女はそれを受け取ると、持っていたパソコンを取り出してすごい早さで目を動かしていく。
読み終えた後、彼女は幼い表情ながら先生よりも先生らしい表情でこちらを向く。

「それじゃあ、いくつか気になったところを上げていくね」
「よろしくお願いします」



***



「だから僕は、昔懐かしいヒーロ―を書きたいんですよ。人間的な弱さがなく、些細なことではへこたれない」
「いや、うん……それは分かるんですよね」
「カッコイイキャラを書きたいという気持ちは伝わるんだけど、小説としては感情移入が出来ないんですよな」
「よなってなんですかよなって」


彼女に思わず突っ込みを入れてしまう僕。
語尾が受けなかったのが不満なのか、与那先輩は不満そうに口をとがらせる。
ミルクの方が多そうなコーヒーを口に入れた後、ところで、と続けた。


「この小説の中にきみはどこにいるの?」
「……僕はこの小説登場人物じゃないですよ」

僕は思わずきょとんとして答えたが、与那先輩は続けた。


「小説は確かに創作だよ。でもね、」
「自分の中のものを隠しては本当にいいものは書けないよ」


まるでハンマーの中で殴られたような衝撃だった。
ショックを受けた、というよりも隠していた恥ずかしい図画工作を見られた気分だった。

隠していたつもりはなかったけど、いざ指摘されるともうどうしようもなかった。


「二宮君は、ヒーロー小説じゃなくてまずは身近なものを書いてみたらどうかな」
「でも、僕の経験なんて……」
「そんなことないと思うけどなぁ。でもそうだねハードルが高いと思うなら」


与那先輩はにっこりと笑った。


「由比ちゃんのモデルに描いてみたらどうかな?」
「由比ちゃんを?」
「彼女のことならよく知っているでしょう」
「……それはそうですけど」


彼女のことを思い浮かべてみる。緑かかった銀髪、毛並み。
空色の透き通った目。
いつもぼくを追いかける少女。

確かに、僕なんかよりよっぽど小説の題材にできそうだ。



「でも由比を題材にしたら何と言われるか……」
「あの子二宮君大好きだもんね。今もカフェから窓覗いているし」
「ひぇっ!?」


カフェの外からガラスの窓に顔を押し付けて由比ちゃんはこちらを見ていた。
はっきり言えば、怖かった。



***



「それでね、太郎くん、今日はですね!」


その後、僕は与那先輩と別れて由比ちゃんと一緒に帰っている。
その時に由比ちゃんが馬の部分にのせて帰ろうかと提案してきたが、僕は断った。

彼女に背負わせるのが心配だと言うのもあるが、こどもの背中に乗って帰るのが恥ずかしいからだと言うのは言うまでもないだろう。

何やら興奮したように話す由比ちゃんには悪いけど、僕は先輩に言われた言葉を思い出していた。
本当の僕、か…。


「太郎くんは小説が好きなんですよね?」
「え…、まあそうだね」
「わたしにいつも本を読んでくれたのをいつも思い出します」
「よく覚えていたね、そんなこと」
「太郎くん、忘れちゃったんですか?」
「そうだね」


本当は覚えている。
運動が得意でなかった僕は、彼女に勉強を教えてあげたりする間、由比ちゃんに絵本をいつも読んであげていた。
時には彼女に自分の作ったお話をしてあげたこともあったと思う。

ふと、由比ちゃんに目を戻すと青い目がキラキラと輝いていた。


「いいこと思いつきました!」
「どうしたの?」


由比ちゃんは凹凸の少ない胸をそらして手を当てる。
彼女が考える大人っぽい態度なのだろうか。


「ふっふーん!わたしが太郎くんの小説の手伝いをしてあげます。お姉さんとして」
「いや、別にいいよ」
「何でですか!」
「由比ちゃん。時間は大事だよ。自分の時間は自分で使いなさい、ね」


由比ちゃんは僕の言葉にキョトンとした後、可愛らしくにっこりと笑った。


「わかりました」
「”わたし”のために、太郎君のお手伝いをします」


その時彼女は少しだけ、大人びて見えた。
風で彼女の長い髪が揺れた。


「そしてその後はしっぽりムフフと……ウフッウフフフフフ」


悪い方向にも大人になっているようである。


ぬいぐるみがたくさんある女の子の部屋。
由比ちゃんの部屋で、僕は自分のパソコンで作業を続けていた。
すると、ケーキのクリームをほっぺに着けた由比ちゃんは「あっと」声を上げた。

「太郎くん、ここ重複してます」
「うん、ありがとう」


あの後僕は由比ちゃんに押し切られて結局手伝ってもらっている。
僕はそのお礼にとさっきケーキを買ってきて二人で食べながら作業しているのだ。


「ねえ。由比ちゃんは僕のどこがそんなに気に入ったの?」
「生まれる前から好きでした」


ずいぶん情熱的なことである。
ちなみに彼女とは出会ったのは赤ん坊の頃に会った時である。
まさかそんな時から惚れているというのは……ははは、まさかね、うん。


僕は彼女に話しかけようとして、彼女の横顔を見た。
その時の顔は、なぜかとてもきれいに見えて。

少しだけ僕はドキドキしたのだった。


そんなことを考えながら彼女をじっと見ると、彼女はにぱっと笑いながら僕の方を向く。
さて、彼女へのお礼は勿論ケーキだけで済ませるわけにはいかない、と思っていた。
かと言って彼女は物は受け取らないだろう。


彼女が喜ぶものと言えば決まっている。


「ねぇ、由比ちゃん。今週の日曜日なんだけど……」



***



晴天に恵まれ、冬にしてはやや暖かい。
僕は気持ちよさそうに背筋を伸ばす。


「太郎くん太郎くん、次あれ乗りましょう!」

冬服のもこもこした可愛らしいコートにマフラーを巻いた少女が、興奮したように飛び上がる。
僕と由比ちゃんは今、遊園地に来ていた。
話題になっていた人化の術を使わなくても乗れる人魔共同で遊べる遊園地だ。

由比ちゃんが何時にもまして元気なのは、もちろん遊園地を楽しみにしていたと言うこともあるだろう。

だが、何よりもも彼女はデートだとはしゃいでいるのだ。
何せ由比ちゃんの家まで迎えに行った時も彼女のお母さんがデート頑張ってねと言っていたくらいなのだから。
「エスコートしてあげます!」と大人ぶっていた彼女も今ではすっかり子供モードだ。


「太郎くん、ベンチでお弁当食べましょう!私の手作りですよ」
「わぁ、おいしいそうだ。よく頑張ったねえ」


由比ちゃんが渡してくれたお弁当の中身は、彩り鮮やかなお弁当だった。
とてもきれいだ。はーとまーくで大好き、と書かれているのは見なかったことにする。
チラチラこちらを見ながら言いたげにしているのは気のせいだろう。

ちなみに、このお弁当を作ったのは由比ちゃんのお母さんだ。
今日までに料理の上達は間に合わなかったようで、僕にこっそり教えててくれたのだ。
もちろんそんなことを由比ちゃんには言ったりはしない。


「あれ、二宮君に由比ちゃん奇遇だね、こんなところで」


僕たちがが食べ終わって弁当を片付けようとしたところ、声をかけられた。
由比ちゃんはその声に弁当を鞄に隠すと僕の手を掴んで、後ろに隠れた。
視線を上に向けると、カジュアルな格好の与那先輩がふわっと浮いていた。


「与那先輩」
「こ、こんにちは」


僕は驚いて、後ろから覗き込むように由比ちゃんはおずおずと挨拶をした。
びっくりしたのかどうかは分からない。


「君たちも遊園地のイルミネーションを見に来たの?」


与那先輩は由比ちゃんをなでながら、にこやかに聞いてきた。
そう言われたとき、


「ええ。クリスマスデートにぴったりですからね」


自然と、言葉が出ていた。
由比ちゃんもえっと声を上げた。驚き、青い目を揺らしてこちらに見ている。
先輩はあら〜と言っているが、言った僕も驚いていてた。


「じゃあ、お邪魔ものは退散するね〜」


おほほとでも言いたげに口元に手を当てると、そのポーズのまま与那先輩はじゃあね〜と言いながら飛んで行った。
僕はしばらく彼女の飛んで行った先輩を見た後、由比ちゃんの方を見た。
彼女は顔を真っ赤にしてぼーっとしていたが、ようやく我に返って僕の方を見た。


「あ、あのお兄さん」
「……なにかな?」


「て、つないでいいですか?」






2人そろって、イルミネーションに照らされた遊園地のパレードをながめる。
あれから由比ちゃんはすっかりおとなしくなって、言葉も少なかった。


「ごめん、由比ちゃん。変なこと言って、緊張させちゃったね」


僕の言葉に、由比ちゃんはぶんぶんと首を振る。角が当たりそうで危ない。


「ううん、とっても嬉しいんです」


でも、由比ちゃんは視線を下げる。


「お兄さんも気づいていると思いますが……今日のお弁当もお母さんが作ってくれたんです」

この服装も、お弁当も全部。
彼女は消え入りそうに呟いた。


「私、本当はお兄ちゃんに相手にされないことはわかってたんです。
だから、大人になれば女の子として見てくれるって……」


続けて由比ちゃんは、与那先輩を見て、自分のごまかしがばれるような気がしたのだと言う。
でも、結局お兄ちゃんに甘えてたたげでした。
そう言って彼女は下を向いた。
僕は彼女を抱き寄せて、髪をなでる。


「さっき言ったことは嘘でも何でもないよ」
「それに、甘えてもいいんだ。少なくとも今日はね」

「いいんですか?」
「ああ」


甘えられる関係から先は、もう少し時間はかかりそうだけど。


「ありがとう、大好きです、太郎くん」


夜のパレードは寒さの中でも美しく、眺める人々に寒さを忘れさせていた。
僕と由比ちゃんも、マフラーを共有しながら、だけど何だか暖かさを感じていた。

きっと、明日になれば恥ずかしくて悶絶してしまうのかもしれない。
でも、いつかこの思いを忘れないよう書きおこしたいと思うのだった。



もしそれを文字にしたのなら、最初に隣の少女に見てもらいたいと思う。
そして、いつか僕が彼女の真の「刺激」になれたら。



それはとても……素敵なことだになりそうだ。




「太郎くん太郎くん、新婚旅行にはレスカティエに行ってみたいです!」
「いや、僕たち来週は二人とも学校でしょ……」
「愛の為なら学校なんて関係ないんです」
「いや、学校には行きなよ」




17/12/24 03:30更新 / カイント

■作者メッセージ
生きてます。
来年はもっと書かなくては……!
ユニコーンさん可愛いよユニコーんさん。

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