連載小説
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上 花雲縁馴初(はなのくもえにしのなれそめ)
「足跡から見てまちがいない…」
「いずれは山をおりてくる…」
「このままでは里があぶない…」
「だれかを人柱にするよりほかに道はないが…」
「しかし働き手一人失うだけでも、貧しいこの里はやっていけなくなってしまうのだぞ…」
「いったいどうしたものか…」

「ご免下さいまし。ごめん下さいまし!」

「おお。こりゃ良い所へいけにえが…」
「これで助かったぞ…」

◆◆◆◆◆◆◆◆

ここはジパングのある山間。一人の旅人が山の中をさまよっていた。鼠掛った縞木綿の古着に、もう色の褪めた股引。手甲脚絆に草鞋履き。道中差を腰に、荷物を背負い菅笠をかぶっている。
「困ったな。また道に迷ってしまったんだろうか…」
もう日はとっくに西へと傾き始めている。これなら里で握り飯の一つでも作ってもらえば良かったと、今さらながらに後悔していた。

彼は新助と言って、櫛簪、紅白粉等の小間物商いで方々を旅廻りしている。女相手の商売柄、眉目秀麗とまではいかないが男振りは決して悪い方ではない。本来小間物屋は女相手のいかがわしいことも商売の内なのだが、新助は身持ちが固いせいで女当りも得意ではなく、従って稼ぎもたいして上がらずに、ようやく路銀を得るのがやっとであった。
昨日泊まった宿場をいつものように暗い内に立って山越えをすることにしたのだが、何処をどう踏みちがえたものか、山向こうの宿場に日がかなり高くなってもまだ着けない。道も獣道同然の細いものになってしまっていて、何時途絶えるか分かった物ではない。
「困ったな。道に迷ってしまったらしい…」
菅笠を外して、手拭で額の汗を拭いながらふと顔を上げると、立ち上る煙を見つけた。
「おお!有難い!」
きっと人家が有るに違いない。新助は背中の荷物を背負い直すと夢中で足を速めた。辿り着いたのは古びた家ばかりの山里だった。
「ご免下さいまし。」
里の入り口近くの家に声を掛けたが、返事が無い。しかし人は住んでいると見えて、鶏籠の中に鳥がいる。別の家に声を掛けてみる。
「ご免下さいまし!」
やっぱり返事が無い。こうなればと、里の中でひと際目立つ大きな家にやって来た。煙はその家から立っていた。
「ご免下さいまし。ごめん下さいまし!」
「…はいはい。少々お待ちを。」
しばし在って出て来たのは、頭には一毛も無く白髭を蓄えた年寄だが、壮健と見えて腰は曲がっていない。しかし、その後ろからこの里の人たちらしい老若男女がたくさん顔をのぞかせているのに新助は驚いた。
「お待たせ致しました。どちらさまで?」
「相済みません。旅の者でございますが、道に踏み迷って難儀いたしております。街道に出るにはどう参ればよろしいでしょうか。」
「街道はこの里を抜けて下りますとすぐですが、わしはこの里の長老です。旅のお方と見て、ひとつお頼みしたいことがございますが。」
「何でございましょう。」
「じ、実は今、十年に一度という祭りの相談を里の者が集まってしておりましたが、この山の上…に咲いている桜の花を神前に奉納するのがしきたりなのです。しかしこの花を取るのは、他所からこの里を訪れた人ではなくてはならぬ決まりなのですが、久しくここに来る人も無く、どうしようかと額を寄せ合っていたところなのです。あなたが丁度お越しになったのが我らの幸いでございます。御苦労ながら桜の一枝を採ってきてはいただけませぬでしょうか。御礼には直会の酒肴を差し上げますので。」
「しかし麓ではもう葉桜でした。まだ花が咲いておりましょうか?」
「山家のことでございます故、今なら七分というところでしょう。お願い出来ませんでしょうか?」
「左様でございますか。御覧の通りの小商人、急ぐ旅という訳でもございません。そういう訳ならお引き受けいたしましょう。」
「ありがとうございます。」
「しかし、ここまで迷ってきて息が切れております。気付けに水を一杯頂けませんでしょうか。」
「おお、どうぞ。どうぞ。」
下男らしい男がすぐに古ぼけた茶碗に水を汲んで差し出してきたので、新助はのどを鳴らして一息に飲みほした。
「それでは、行って参ります。」
「どうぞお早く。」
山上への道を聞かされた新助は皆に背を向けて出ていった。
「あれが末期の水とも知らずに…」
「哀れなものだ…」
当然ながら、新助はその里人のつぶやきを聞く由もなかった。


教えられた通り山に分け入ったものの、またしても右も左も判らなくなってしまった新助は傍らの木の根に力なく腰を下ろした。
「おお、ここであったか。」
声もろとも片辺の木立から現れたのは白地の小袖に藍染めの袖無し羽織、手丈夫そうな小倉の袴。大小を手挟んで黒塗りの笠をかぶり、足拵えも厳重な姿は武者修行の体のようだ。だが、その笠の下から覗く顔立ちは尋常ならざる人品を湛えていて、思わず新助は居住まいを正した。
「お侍さま、何か私にご用事でも。」
「まずそれはさて置いて、顔色が良くないようだが具合でも悪いのか。」
「いえ、山上の桜の枝を取ってくるように、この下の里の人に頼まれて登ってきたのですが道に踏み迷ってしまって、ひどく空腹でございまして…」
「そうか。ひだるいのならばこれをやろう。」
侍は懐から飯行李を出すと、中から不思議なものを取り出し新助に与えた。
「な、なんですか??このコンセイさまみたいな茸は?」
この国では男女の和合は全てを産み出す貴いものとされ、男のモノを模ったコンセイと呼ばれる石や木で作られたものがあちこちで祀られている。渡された茸は先がくびれ、無数の青筋のような線が走っていて、まさに猛り切った男根そのもののようであった。
「これを食えば難を避けられよう。汝は里の者に嵌められたのだ。」
「は?」
「あれらは通り掛かった汝に災難を押し付けようとして、甘言を以てこの山中に寄こしたのだ。」
「なんと…しかし、お侍さまはどうしてそれをご存知で?」
「何やら胡乱な雲気が見えたので、来てみると下にあの里が在った。忍んで様子を窺うと『災難も去った』『哀れな旅人』等と囁いていたので、尚良く聞くと『生贄』『山上』と言う言葉が耳に入ったので、捨てておかれぬと思い汝を探していたのだ。しかし、まずはそれを食してしまう事だ。」
しかし男である以上、この茸に先からかぶり付くのは何となく気が引けるので田楽のように横からかじる。ピリッと辛い味がする。飯の菜には良さそうだが空口では少々つらい。が腹の減ったには勝てずに、あっという間に平らげてしまった。
「それからこれを持っていくが良い。」
「…これは…」
渡された風呂敷包みを解くと、中から出てきたのは目にも綾な金襴の着物とこれまたきらびやかな帯だった。如何な小商人でも、大枚を叩かねば手に入らない代物だと一目で判る。
「こ、こんな高値そうな物をただ頂戴する訳には参りません。」
「いや、遠慮は無用だ。我が思う相手にと思って作らせたのだが、贈る前に世を去られてしまったので、まさか墓に着せる訳にもいかず、さりとてこれほどの物、捨てるには惜しく、正直な所持て余していたのだ。必ず汝の為になろう。それとこれもやろう。」
鼻紙袋から取り出したのは真ん中に眩い黄金の輪をはめ込んだ朱塗りの櫛である。これはもっと高価そうである。
「その櫛にはめてある金輪は謂れがあるものだ。」
「どのような謂れでございましょう。」
「昔、ある男が千人力を授かってきて、家に入ろうとして足を掛けた途端に上がり框を踏み壊してしまったのだ。驚いた男は力を授けた相手に『必要な時に必要な力が出るようにして欲しい』と願い、この金輪を授かった。それから男は力を思う様に御することが出来るようになったのだ。」
「…しかし、そのようなものが何故このような女物の櫛にはめられているのでございますか?」
「すぐに解る。そこからしばらく上がったところが汝の目指す所だ。行けば会えるだろう。」
「何にでございますか?」
「行けば解る。では武運を祈る。」
「あ、あの…」
言葉を掛ける間も無く、侍はすたすたと山を下りていった。
新助は戸惑いながらも櫛を懐紙に挟んで大切に懐中へ納め、自分の荷物に風呂敷包みを結びつけると、教えられた通り山を登り始めた。だが、どうにも体がおかしい。腹から一物に熱い何かが流れ込むような感じがして、すっかり硬くなってしまった。歩くたび下帯に先がすれて劣情が増す。
あれほど迷っていたのに、僅かの間に山桜のある所まで来ることが出来た。平らな少々の草地だった。里人の言った通り、麓ではもうどこも葉桜なのに高所に在るためか、ここの桜はまだ六、七分咲きだった。しかし、その花も今の新助の目には入らない。
「はあ、はあ、はあ、はあ…」
激しく息を吐いているのは山登りした為ではなく、はけ口を求めている一物のせいである。
「うううぅぅ…」
これまで夜鷹も買えない程の食うや食わずの小商人だったのだが、今はすぐにでも女の中へねじ込みたい。わなわなと身が震える。
『お、女はいないか…』
前かがみになりながら、ぼうっとした頭で考える。

そこへ出し抜けに声が聞こえた。
「へっへー、男だぁ。里まで行かなくても男がいたぁ。」
桜の後ろの藪陰からずっと出てきたのは、おどろに乱した髪から伸びるねじくれた二本の角。緑色の肌に所々黒い毛を模様のように生やした体。熊と見まごう手。腰から下は大きな蜘蛛の姿をした妖怪、ウシオニであった。人里を襲い、男をさらう凶暴な怪物だ。
普通なら尻に帆かけて逃げ出す筈なのだが、新助の劣情は限界に達していた。漂う女の匂いに、彼の理性は吹き飛んだ。相手が異形だろうと関係は無かった。
だが同じように、里を襲って捕えた男を散々に犯し、逆巻く炎情を叩きつけようという熱に浮かされているウシオニには、そんな新助の異様な雰囲気をうかがい知るべくもなかった。
「ぐふっ、捕まえてやる。犯してやる!」
ウシオニは太い蜘蛛の糸を新助目掛けて投げつけた。ところが新助はひらりとそれをかわして、背中の荷物と菅笠、道中差をおっ放り出すと脱兎の如く走り寄り、ウシオニにかじりついて、その口を吸った。
「んぐぐっ!?」
糸をかわされた驚きに抵抗を忘れていると、くちびるを押し割って舌が侵入してきた。
「うぐっ?!んんっ!んっ!」
口の中を舐め回され、いっそうの驚きに身体の力が抜けた所で、ウシオニの巨体はあっけなく裏返しにされてしまった。新助にのしかかられて草の上へ押し付けられる。どうしてなのか力を入れてもはね返す事が出来ない。
「ああ…」
これまではその怪力でなんでも思うままにしてきたのに、今まったく抵抗できずに自らを自ままにされる混乱と恐怖をウシオニはその目に湛えていた。再び口の中を蹂躙される。
「んぐっ!んんっ!ぐうっ…」
口中を隅々まで舐め回されて、力がどんどん抜けていく。口を外して尖った耳を舐められる。
「あうっ!」
今まで感じたことのないに声を上げてしまった。今度は首筋を舐め上げる。
「あああああ…」
与えられる刺激に、身体はいちいち不思議な感触に襲われる。乱暴に両乳房を揉みしだかれて、さらに身体は感じてしまう。
「あうっ!あんっ!」
普通ならもっとその身体の感触を楽しむところだが、激烈な情欲に躍らされている新助は、片手で穿いていた股引を引き下して、急いで下帯を外した。先程食べた茸のように青筋を立てて猛り切ったモノをウシオニのソコに当てると、一気に中へ押し入った。慣らしも無しに突き込んだ一物は処女膜を引き裂いた。
「ぐうっ!」
乙女の血が新助の魔羅に広がる。
「うおぅ?!!」
ウシオニの血は魔力に満ちていて、それを一物に浴びた新助はたちまち湧き上がる嵐のような激情に完全に我を忘れてしまった。猛然と腰を動かし始める。
「ああっ!?あっ!あうっ!!」
新助の先が秘奥へ突き当たるとウシオニの身体がしびれた。
「あっ!!ダメぇ!あう!あっ!あっ!あっ!」
「うううぅ…」
熱に浮かされたようにうなりながら、新助は自らを包むウシオニの中の感触に酔いしれていた。中はとても熱い。火所とは良く当てた字だ。それでいて、柔らかく自分を締め付けてくる感じは絶妙で、ひたすら快楽を求めて腰を打ちつける。
「あうっ!あっ!あんっ!あっ!ああっ!」
突き立てられる度にウシオニの体中にしびれるような快感が走る。抽挿がいっそう早まってくる。
「あ!あ!あ!あ!あ!あ!あ!あ!あ!あ!!」
ずちゃずちゃという音と共に、畳み掛けられる快感にウシオニは押し流される。
「ぐううっ!!…」
新助は低く呻くと凄い勢いでウシオニの中に放った。
どくっ!!どくっ!どくっ!どくっ!どくっ!…
「あっ、あっ、ああ…」
奥へ流れ込む熱いものの感触にウシオニはまた身を震わせた。
「はあ、はあ、はあ…」
少し息が治まると新助はまた腰を激しく動かし始めた。
「あっ!あ!ああっ!…」
新助はただ燃え上がる情欲のままにウシオニの身体を貪り続けた。
































「うっ…」
「ああぅ…」
もう何回目なのか分からない放出にようやく新助はウシオニの中からモノを引き抜いた。
「はっ、はあ、はあ、はあ、はあ、はあ…」
二人は激しく息を吐いた。
ようやく正気を取り戻した新助は、急いで下帯を締めて股引をはき直した。空を見上げるとやはり日が傾いている。だが日の位置がここへ来た時よりも上だ。いったいどれ程の時間が経っていたのか全く分からなくなっていた。
ウシオニはあおむけで両手を一文字に広げたまま、まだ荒い息を吐いていた。散々身体を踏み荒らされたのに、あれ程渦巻いていた炎情はあとかたも無くなって、とても満たされた気持ちだった。
「…ま、負けちまったぁ。クマもオオカミも逃げてくあたしが、負けちまったぁ…」
放心状態でウシオニは誰に言うでもなく、そうつぶやいた。
「…もうし。」
「え?」
「このような事になろうとは夢にも思わなかった。まさか手籠めにしてしまおうとは…詫びたとて許される筈も無いが…済まぬ事をした。」
「あんた…」
ウシオニはきょとんとした。
「あたし、あんたに同じことしようとしてたんだよ?まさかかえり討ちにあうなんて思いもしなかった。あんたって強いんだな…」
「こうなった上は私と一緒になってくれないか。共に来て欲しいのだ。」
「ああ、どこだって行くよ。どっちにしたって、もうあたしはあんた無しじゃいられないんだ。」
ウシオニは新助に手を取られて体を起こした。
「私はしがない小商人の新助という者だ。名前は?」
「…ないんだ。」
「え?」
「あたし、名まえないんだ。」
「何と。では二親は?」
「わからない。気が付いたら、この山にいた。ずっとひとりで生きてきたんだ。」
「そうか…私も二親は知らない。済まぬ事を聞いてしまった…」
一人が当たり前だったウシオニは、そんなことを考えたことが無かったので再びきょとんとした。
「それならば、私が呼び名をつけよう。『此処らあたりは山家ゆえ紅葉のあるに雪が降る』ではないけれど、この山中にまだ咲き残った山桜。この花の下で契ったのも何かの縁だ。どうだろう。『桜』としては。」
新助は梢の満開の花を目に掛けながら言った。
「あ、あたしそんなガラじゃないよ。」
「いやいや。その顔形はおさおさ桜に劣らないよ。」
「え?…でも、あたし自分の顔なんて水のむ時だってよく見たことないし。」
「女がそれではいけない。如何な美しい玉であろうとも泥が付いていては光らない。まずはその乱れた髪を梳き付けてあげよう。」
懐から、あの朱塗りの櫛を出して髪を梳いてやる。たった今、桜となったウシオニは髪を梳いてもらいながら間近で新助の顔を見ていると、心になにか温かいものが満ちてくるのを感じていた。梳き付け終わると、すっかり整った髪の上に櫛を、そして放り出していた荷物から商売物で一番の値打ちの銀の簪を取り出して、右前髪に差してやった。
「出来たよ。」
髭抜き用の鏡を出して顔を見せてやる。
「えっ?これがあたし??」
きちんと櫛目の入った髪に、朱塗りの櫛が頭頂近くに差してあった。
「この赤いのはなんだい?」
「櫛は夫婦の証し。これからずっと二人でいる印だよ。」
「そっか…こっちで光ってんのは?」
「かんざしさ。商売物だが、おまえを飾ってみたかったんだ。」
「へぇー…」
桜は物珍しそうに鏡を眺めた。
「それから、これからは人なかで暮らすんだ。これを着ておくれ。」
「わぁ、きらきらしてる。」
金襴の着物を着せてみると、裄丈共に桜にぴったりだった。何故か袖口が大きく取ってあったので、大きな桜の手も簡単に通った。
帯を締めてやった新助が見た桜は、出会った時の猛々しさもどこへやら。その整った顔立ちは、一枚絵の美人も足元にさえ及ばない。
「あ、あの、変じゃないかい?こんなカッコして…」
「本当に美しい。人間の女なんぞ目じゃない。こう見たところは天人のようだ。」
「よせよ!はずかしいよ…」
着物と帯の美々しさは花嫁衣裳に打って付けだった。
「本当に美しい花嫁だ。三々九度こそ出来ないが、今からが二世の契りだ。桜。これから生涯、女房として離さないぞ。」
「あんた…」
二人は花の下でそっと抱き合った。桜の両腕は怪力と恐れられるウシオニとは思えない程やわらかく新助を抱いていた。
『もしや…』
髪の朱塗りの櫛の金の輪は力を御すると言った、あの侍の言ったことはこれであったのか。新助は手早く身支度を整えた。
「では、これから旅立つ事になるけど、何か持つ物はあるかい?」
「あたし、ものなんてなんにも持ってないよ。」
「そうか。では…おっと、忘れる所だった。」
新助は満開の花の本に寄って道中差を抜くと、手の届く場所で一番きれいに咲いている一枝を切り落とした。
「じゃあ山を下りよう。ここともお別れになるが名残惜しいかい?」
「いいや。あんたがいればそれでいいよ。」
「嬉しい事を言ってくれる。行こう。」
「うん。」

新助は桜と共に山を下り始めたが、なぜあんなに迷ったのか不思議なほど簡単に里へと差し掛かった。すると向こうから、背負子を負った男がやって来た。
「?!!う、うわあーっ!!!」
男は桜を見るなり尻もちを突くと転がるように逃げ出した。
「な、なんだ!どうし…!!」
叫びに近くの家から出てきた男はへなへなとその場にくずれ落ちた。
「なんだ?あいつら、なんなんだ?」
「桜を見たことが無いので驚いているのさ。」
ウシオニを怖れていることぐらい重々承知だが、新妻に嫌な思いはさせたくない。やがてあの大きな家の前へやって来た。
「ごめんなさいまし!ただ今戻りました。」
そこへ笊を抱えた下女らしい女が庭の方から出て来た。
「ぎゃあああっ!!」
笊をおっぽり出して、座り込む。腰を抜かしたらしい。
「なんだ!いったいどう…!!!!!」
時ならぬ声に走り出た人々の顔はたちまち恐怖に引きつる。いっしょに出てきた長老もそのまま固まった。
「これは長老さん。お約束の花の枝です。どうぞ御神前に。」
枝を渡された長老の手はぶるぶる震えて、花びらが一つ二つ落ちてしまった。
「それから私、山の中で女房を見つけました。桜と言います。女房をお世話下さり有り難う存じます。酒肴には及びませんのでご辞退申します。」
新助は頭を下げたが、誰も答える者はいなかった。
「じゃあ行こう。」
「うん、あんた。」
仲良く立ち去っていく二人を里人たちはあっけに取られて見送るばかりだった。
14/05/28 02:16更新 / 平 地貞
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■作者メッセージ
次からウシオニさんが『世間』の中へ入っていきます。彼女がその能力を使って活躍する所を書く予定です。

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