連載小説
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Nr.1 Donna Donna.
 穏やかな陽の光に包まれた、草花が青々と茂る平原。緑の絨毯に一本の線を引いたかのような街道の上を、二頭立ての荷馬車が時折音を立てつつ、のんびりとした歩調で進んでいる。
 馬車といえどその荷車を牽くのは馬ではなく、本来寒冷地や雪山で見られるホワイトホーンと、不純の象徴とされるバイコーン。半人半馬の身体を持つ、二人の魔物だった。
 御者台では屈強な肉体を持つ初老の男性が仰向けに寝転がり、顔の上に開いた本を置き、両腕を枕代わりにして寝息を立てている。
 荷台の上では無数の書物や樽、蓋のされた木箱や壺、そして天板と底面以外ガラスで作られた奇妙な円柱状の物体が、ゴトゴトと揺られるたびにぶつかり合い、様々な音を奏でる。
 「旦那様?旦那様?」
 荷車を牽きつつ、バイコーンが背後の男へと声をかけた。しかし男は目を覚まさず、眠りの深さを寝息で示すのみだった。
 「…粗チン。」
 呟くようなバイコーンの言葉と共に男の鼾が止み、片腕を動かし顔を覆っていた本を軽く持ちあげた。その眼からは、あまり機嫌が良くない事が伺える。
 「お眠りの所申し訳ないのですが、そろそろお昼にいたしません事?」
 男は身体を起こし、欠伸と共に伸びをした。白髭を蓄え凛々しい顔立ちだが、寝起き故か酷くだらしない表情を浮かべている。
 「昼ってお前、こいつを運び出すので大分時間を取られてもう時間に余裕が無いんだぞ?」
 背後の円柱状のガラスを二度軽く叩いて見せる。
 しかしバイコーンは見せつけるかのように身体をくねらせ、艶めかしい声を上げた。
 「既に朝食から7時間も経っていますのよ?もう身体が耐えられませんわっ♥」
 「それに、その荷物を街中に堂々と運び入れるのは、少々問題があるかもしれませんねぇ。せめてなにか被せないと…。」
 バイコーンの嬌声に続き、ホワイトホーンからも声が掛る。
 「お前まで…。うーむ、しかしだなぁ。足を速めれば割れるだろうし…。」
 男は顎に手を当て、荷台のソレへと視線を向ける。
 円柱状の物体、ガラス一枚を隔てた内部は半透明の黒い液体で満たされている。更にその中には、首元まではある白い髪を生やした、幼い少女のようなものが浮かんでいる。
 溶液ごしでもわかる程に病的な白さの肢体。頭部や腰にはイヌ科を連想させる、頭髪と同色の耳や尻尾が見て取れる。その身体にはなにも纏っていないが、性器の類は一切見当たらない。
 異常な白さや性の象徴の欠如、見る者に無機物的な印象を与えるソレは、目を瞑り口を閉じ、ただそこに漂っている。
 「確かになぁ…。こんな人形、さすがの親魔物領でも目立つだろうな。」
 「依頼には無かった代物だったのに、なんで持ってきてしまいましたの…?」
 バイコーンの質問に、男は振り替えぬままに応える。
 「勘だよ。俺の勘が、こいつは持ちだしてやった方が良いって囁いたんだ。ロマンを求める男の魂が……で……その時………でピンッと……だがしかし……であるからして………………………………
 「んー、よくわかりませんわ…。」
 男の講義に呆れた様子で、馬車を牽く作業に意識を戻したバイコーン。それと入れ替わるようにして、ホワイトホーンが口を開ける。
 「調べてみて変哲もない人形だったら、そういった趣味のお方にお売りすればよい事でしょうしねぇ。」
 このまま街まで持つといいのですが…と、ホワイトホーンは小声で付け加えた。
 しばらく円柱状の容器を眺めた後、頭を掻きつつ、男は二人へと向き直り、手を二度叩いた。
 「よし、布掛けがてら飯にしよう。」
 「やったぁ!白昼堂々青空の下でだなんて…興奮しますわっ!」
 バイコーンが馬車のくびきから手を離し、嬉々とした様子で振り返る。ホワイトホーンの方も頬をほんのりと朱に染め、熱のこもった眼差しで男を見やった。
 「ハッハッハッ!おいおい、ソッチは夜まで我慢してくれ。身体がもたんだろうが。」
 笑い飛ばす男だったが、眼の前の二人の様子がおかしい事にはすぐに気が付いた。
 男に釘付けになり、硬直している。顔には怒りとも恐れともつかぬ色をうかべ、ただ男を凝視している。
 「どうしたお前ら、冗談抜きに辛抱溜まらんのか…?」
 それに対する返答は帰ってこず、バイコーンが男の肩のあたりを指さすのみだった。ホワイトホーンに至っては文字通り石の様に動かなくなってしまっている。
 釣られるようにして男は自分の肩へと眼を落とした。そこにはなにも無かったが、視界の端に違和感を覚えた。
 御者台に座る位置をずらし、背後の容器へと眼を向けた時だった。
 男は、何者かと眼が合った。
 白い人形とではない、ガラスに移り込んだ自分とでもない。
 容器の、溶液の中に浮かぶ、黄色い眼球のような物体とだ。
 次の瞬間には、男はホワイトホーンに上着の首元を掴まれ、強引に御者台から引っ張り出されていた。
 バランスを崩し背後へ倒れ込もうとしていた男の顔スレスレの位置を、鋭利なものが掠めていく。地面へと投げ出され尻もちをついた男が見たのは、容器いっぱいに浮かぶ黄色い眼光と、容器から突き出た黒い片刃の剣だった。
 それはそのまま円柱を一周し、円柱状の物体を上下に分断してしまった。容器の上半分を背後へと投げ飛ばしたそれは、徐々に人の形状を成していく。
 「ある晴〜れ〜た〜昼さ〜が〜り〜♪」
 軽快に歌を口ずさみつつ女体の上半身を形作ったソレは、口元にのみ微笑を称えつつ、黄色い双眸の流し目を三人へと向けた。
 黒い髪、淡い青紫色の肌、対照的に白いヘッドドレスや胸元のリボン。メイドの着る給仕服のような意匠を纏ったその人物は、純白の人形を己の身体から引き出し、胸元に抱き込んだ。
 「子供を市場に売るなんて、白昼堂々青空の下、感心しませんね?」
 人形の頭を撫でつつ三人を見下ろし、おどけている様で冷淡な声色で語り掛ける。男は立ち上がりつつ二歩三歩と下がり、その女性を指さした。
 「お前は本で見たことある…。ショゴスとかいう、気味の悪い魔物だろう?」
 黒い半液状の女性は目を細め、口角をより釣り上げる。
 「初対面で気味が悪いとは、ずいぶんなお言葉ですね。」
 「始めましてが剣で一突きってのは洒落た挨拶なのか?」
 腰に括っていた鞭を構えつつ、男はショゴスへとにじり寄る。その後ろではバイコーンとホワイトホーンが、馬車のながえに括りつけてあった槍を手に取り、すぐにでも突く事が出来る構えをとっている。
 「腕に覚え有り…のようですね。さすがに三人ともなると骨が折れそうです。」
 骨なんぞ有りはしないとでも言うかのように、ショゴスはその身体をぐねぐねと動かしつつ馬車から飛び出す。
 自身の身体から伸ばした無数の触手を肥大化させ、牙を持った諸悪な黒い怪物のような形状を取らせ、男達と対峙する。
 その傍ら、ショゴスは抱きかかえていたソレを地面へと立たせ、両肩に手をかける姿勢をとった。
 「起きて…起きなさい。」
 優しく語り掛けるような言葉。男たちに対する冷淡な言葉や、背後で繰り広げられている戦闘からは考えられないようなその暖かな言葉を合図に、人形のようなソレは、ゆっくりと瞼を上げた。
16/11/07 21:39更新 / Snow Drop
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■作者メッセージ
約2900字。前日談のような感じになってしまいました。
お目汚し失礼します。

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