連載小説
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倒すまで
洞窟に足音が響いた。

「 また来たのか。 」
この洞窟には彼しか訪れることは無い。
以前は無謀な冒険者が溜め込んだ財宝を狙い挑んできたことがあった。
だがここが危険な竜の巣だと伝わると命が惜しい冒険者が挑んでくることはなくなった。
しかし。

こんにちは。と、まるで私が怖くないとでも云うかの様に少年は現れた。

「 ええ、僕は貴女を倒す事に人生をかけています。今日も挑ませて頂きます。 」
温和な顔をした少年が現れた。
そう、少年である。まだ青年とは言えない幼い顔で私に笑いかけてきた。

「 何度挑んでも無駄だというのが理解できないのか。愚かな頭をしているわけではあるまいに。
  だが付き合ってやろう。私も暇を持て余しているのでな。楽しませて貰うぞ。 」
そう告げ、翼を広げる。少年を迎え撃つ場所はこの洞窟で最も広い空間と決めている。
「 いざ、尋常に。 」
少年も剣を鞘から抜き、まるで決闘でもするかの様に右手を前に出す半身の形で構える。
幾度とない少年の挑戦において彼は竜に正面から堂々と挑んできた。
一度たりとも卑怯な手段は使ったことは無い。
そのためこの戦いを不快と思ったことも一度も無い。
さて、先手必勝だ。少し力を貯め、地面を強く蹴る。

跳躍。

竜の膂力を用い少年に飛びかかる。翼で機動を修正し一瞬で少年との間合いを詰めた。
普通の人間ならば知覚することも困難な速度で急激に少年に接近する。
並みの冒険者であれば構えていたとしても避けることも防ぐことも叶わない一撃。
右手の爪を少年を本気で切り裂くつもりで振りぬく。
少年は一歩下がり、危なげなく剣で爪の一撃を弾く。衝撃を吸収し、手から剣を落とすこともない。
追撃。爪を使った一撃を次々と繰り出すが、少年は間合いを取りながら冷静に捌き切る。
更に追撃を仕掛けようと一歩踏み出そうとしたが、少年が反撃を繰り出してきた。
少年の左手の人差し指から電光が走る。狙いは鋭く、翼を正確に狙ってきた。
この一撃で翼が使えなくなるほどの威力は無いが、わざわざ危険を犯す理由も無い。
横に跳躍し、少年から大きく離れる。回避は出来たが少し飛びすぎてしまった。
詠唱は一切無い。少年は様々な魔法を用いるが詠唱をすることが殆ど無い。
その隙があれば私に付け込まれるというのを理解しているからだ。
比較し辛いが、魔法の実力に関しては以前挑戦してきた冒険者達とは比べ物にならない。
そのため、少年に時間を与えると次々と魔法を繰り出してきて厄介なことこの上ないのだ。
距離が開いたために一瞬の隙が出来た少年は、一言紡ぎ剣の根本から先まで左手で撫でる。
武器に雷の魔力を付与したのだ。
隙を与えてしまったのでわざわざ念入りに詠唱までして魔力を重ねた。
これなら竜の鱗で刃が弾かれたとしても雷撃が通る可能性がある。

思わず笑みを浮かべてしまった。
少年は相変わらず私に勝ちに来ている。私を倒すつもりで戦いに来ている。胸がざわざわする。
暇潰し、と先ほど表現したがそれは嘘だ。
今、長い年月を掛けた私の生きがいはこの少年の成長を見届ける事である。
宝石の原石を徐々に磨いていき輝きを増していくのを見ていくのが楽しくてしかたがないのだ。
少年は私と戦い、私の為に強くなり、私を倒そうとしている。
少年の成長は早い。いつか私に勝利するだろう。そう遠くない日に。
無論手を抜くつもりは無い。私は彼を殺してしまわない程度とは言え全力で戦っている。
むしろ抜いてしまったら彼という宝物を穢してしまう。そんなことは許されない。
故に。

息を大きく吸い込む。少年も反応したようだ、口と左手が動いている。ならば問題は無い。
竜が繰り出せる最大の一撃、それは呼吸器から繰り出されるもの。それを全力で吐き出す。


ドラゴンブレス。


灼熱の吐息が洞窟の空間全体に広がる。
熟練の冒険者ですら一撃で消し炭になってしまう灼熱の炎。
この空間が広い理由は、何度も何度もこの一撃を繰り出した為に岩が"溶けて"しまったからだ。
逃げ場は当然無い。そもそも隠れる空間は全て溶かした後なのだ。
今回も洞窟の地面や壁がドロドロな溶岩と化し、未だにチリチリと赤熱している。
竜の吐息の直撃を喰らい普通の者は少年は生きていないと思うだろう。しかし。

バサァ。と布を翻す音が聞こえた。
この場で音を立てる程の大きさの布は少年のマントしか存在しない。
少年はさも当然、と言わんが如くその場に立っていた。少年の足元の岩だけ溶けていない。
今の一瞬で風を操作し、空気を冷却し、熱と炎を防御した。三種類もの魔法を使用したのだ。
いや詠唱が早過ぎる。最早、対ドラゴンブレス専用の魔法を作り上げたのかもしれない。
感動した。ここまで彼が成長していたとは。たった一週間前には完全に防げていなかった。
もうブレスでは彼を倒せない。私の最大の一撃を完全に防御してみせたのだ。
一つ一つ、少年は私に勝つための要素を積み上げている。
徐々に徐々に、私だけの宝石になっていく。

「 よくぞ私のブレスを防ぎきった。褒めてやろう少年。 」
「 その攻撃は何度も見ていますし、対抗策も用意してます。抜かりはありませんよ。 」
言わせてくれる。ブレスを防ぎきるなど、並大抵の方法では不可能だというのに。
しかしそれを容易く彼はやり遂げたのだ。
風の魔法を使ったのか、一瞬で間合いを詰めた少年が剣を突き出し私に襲いかかる。
それを爪で防御し、反撃を繰り出す、すぐさま少年は対応し、攻撃を捌きながら私の隙を探る。
攻守がくるくると入れ替わる攻撃の応酬になった。

そうして通算127回目の戦いは続いていった。






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綺麗だった。

子供達だけでの探検。
昔からこの山には恐ろしい竜が棲むという話を聞いていたが迷信だと思っていた。
この辺りは魔物も出ないというし、野山で遊び慣れた子供達はよく山を遊び場にしていた。
僕は子どもたちの中でも一番年下だった。
けれど、かけっことかは得意だったし年長さんによく連れ回されていた。
今思うと相当危険なことをしていたのだと思う。大人が見てない所で危険な遊びを繰り返していた。
一番年上のガキ大将が、きょうは洞窟探検だ!と意気込んで洞窟にみんなで潜っていった。


そこで、ひとりの魔物に出会った。
大きい爪。大きい翼。子供でも分かった、これは出会ってはいけないものだ。
此方をひと睨みするだけで、子どもたち皆が震え上がり、みんなは泣き喚きながら逃げ出した。
みんな凄く怖かったのだろう。当然だ。あの頃の僕でもその空気の恐ろしさは理解できた。
殺されちゃうんだろうな、その気になれば僕なんかすぐに死んじゃうんだ、と一瞬で感じれたのだ。


でも、それでも僕は。彼女をずっと見上げていた。
怖いとは思わなかった。


神様だと思った。


怖いというより、仕方がないという気持ちだった。
神様にだったらこの命をあげてもいいと思ってしまった。
見上げているだけの僕に近づいてきた彼女は、睨みつけながら僕に近づいてこう言った。

「 弱い人間などには興味は無い。私の視界から消え去るが良い。 」

そう、僕の耳に聞こえたので。単純に強くなれば興味を持ってくれるのだろうと思った。
素直に、わかった、と答えてしまいばつが悪い思いをしながら帰っていった。

その後、僕以外の皆は泣き叫びながら家まで辿り着いた。
大人たちは何事かと皆思ったんだろうけど、子どもたちの見たものを大人たちは信じなかった。
これ以降、子どもたちで遊ぶことは少なくなった。少なくとも山で遊ぶことはなくなった。
僕も、皆と遊ぶことはなくなってしまった。やることが出来たのだ。
木の枝を持って騎士ごっことかは子どもたちの間でよくやっていた。
けれども、まだ子どもたちの中で一番幼い僕は年長さんに勝てるほど強くなかった。
幼い僕は必死で考えた、どうやって強くなろうかな。と。
僕のお家はどうやら村で一番大きいお家で、騎士の人たちがよく訓練していた。
だから、一日中それを見ていた。剣の振り方、身体の動かし方はそれで覚えた。
あとは木の棒でちょっと練習してみた。
誰も僕の動きを見てくれる人は居ないけど、たぶん上手く行ってるんだろうと思った。よし。


「 たのもー! 」


とりあえず挑んでみた。彼女は凄い目で僕を見てた。
しっぽではたかれた。棒は折れて吹き飛ばされた。擦り傷がいっぱい出来た。
今思うととてもやさしい一撃だった。骨とか折れなかったし。半ベソだったけど。
どうやら僕は全然強くなかったらしい。また挑みに来ます!と帰っていった。
「 いや、もう来るな馬鹿者。 」
ばかといわれてしまった。僕は余り勉強が得意でないことを見ぬかれてしまった。
うむむ。頑張って勉強をしよう。苦手だけど。
埃だらけの服のまま帰って傷を消毒したらすぐ勉強を始めた。強くなる勉強だ。
一週間いろいろな本を読んだ。殆どが魔法の事を書いた本だった。
勉強は嫌いだったんだけど、むずかしい魔法の本もスラスラ読めた。
実践。えい。指先に炎が灯った。じっくり一ヶ月くらい勉強したり、木の棒を振り回してみた。
よし、いけるかな? れっつごー。負けちゃった。炎の魔法を使ってみたけど弾かれちゃった。
「 その歳で魔法が使えるとは思わなかったが、ドラゴンに炎が効くと思ったのか・・・? 」
どうやら炎の魔法というのがいけなかったらしい。他の魔法も覚えてみよう。
これから少なくとも一ヶ月に一回、彼女に挑んだ。面倒だ、と口にしながら僕の相手をしてくれた。
僕は色々なことを覚えてはそれをすぐ実践してみた。
新しい武器の振り方を覚えたらすぐそれを試した。毎回軽くいなされた。
新しい魔法を覚えたらすぐそれも試した。毎回簡単に弾かれてしまった。
当然、その程度じゃ通用するわけはなかった。なので何度も何度も反復練習した。
大人達は相手にしてくれなかったので、僕は一人でずっと棒を振り回したり魔法を覚えた。
彼女の動きは全部頭の中に残っていた。
僕は頭のなかで彼女と戦った。ずっと、朝から晩まで戦ってた。
ちょっと大人に近づいた頃、訓練用の剣を勝手に借りてそれを振り回すようになった。
毎回新しいことを試した。僕はこれが本当に楽しかった。
彼女は、手加減が上手かったのだろう。僕が大怪我を負うようなことはなかった。
そして彼女は強かった。誰よりも強かったのだ。だから僕は彼女に全力でぶつかりにいった。
自分の書庫で必要そうな魔法には全部目を通して、それは全部覚えた。
使えそうに無い魔法はさっぱり覚えることができなかった。
僕にとってはあってもなくても変わらないものだったし、頭に全く入ってこなかった。
相変わらず大人たちは相手をしてくれなかったけど、訓練している騎士の動きは全部見て覚えた。
その後、訓練用の剣で反復練習して、それを全部出来るようにした。
挑戦は一ヶ月に一回、が二回になり、三回になり、一週間に一回になっていった。

少しずつ、彼女も自分に力を見せてくれた。
だからどこまでも僕は彼女に追いつこうと必死になった。

一つ一つ、できることを増やしていって。一つ一つ、彼女と戦うための術を身につけていった。
彼女の攻撃を少しずつ捌けるようになった。
彼女の隙を徐々に突けるようになっていった。
彼女の動きに対応して動けるようになっていった。
彼女の前で隙を見せぬように魔法の技術を上げていった。

あとは只管、彼女と戦うだけである。
遊んでばかりの放蕩息子と見放されていた僕は、ひたすら彼女との戦いにのめり込んでいった。

そして数年が立ち、僕の背丈は伸び、彼女の本気を出せるまでに僕は成長した。
相変わらず彼女の言葉遣いは高圧的だが、間違いなく彼女を楽しませているという実感はあった。
だから僕は挑み続ける、彼女を楽しませるために。そして彼女に勝つために。

向かい合い、いざ尋常にと告げながら彼女との戦いの火蓋を切った。
結論から言うと、また勝てなかった。 次の一手を考えなきゃな、と帰路で思案していた。





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今日は朝から空気が違った気がする。運命の日になるな。と私の勘が告げていた。
水浴びをして身体を禊ぎ、彼を正面から待ち構えていた。
足音が洞窟に響いた時、最後の時が来たと悟った。

そうか、今日私は負けるのか。

最強の生物としてのプライドはある。最期の最期まで手を抜くことは有り得ない。
しかしついに最強の一撃であるブレスを防がれるようになってしまった。
私とて成長をしないわけではないが、人間の勇者の成長速度にはかなわなかった。
自分を倒す存在を自分で育てたことになる。少年は私を倒したらどうするつもりなのだろう。
竜を倒したという名誉を得ることができれば人間の中で一目置かれる存在になる。
そのような名誉欲のために負けるつもりは毛頭無い。
しかし、本当に少年がそれを望むのであればそれも善しとすら思えた。
少年にならば倒されても良い。そう純粋に思ったのだ。
そして少年は現れた。いつもの様に無邪気な笑みを浮かべて。
「 よくぞ来た少年。  始めようか。 」
少年が何かを感じれたか人の機微に疎い私には分からないが、なめらかな動きで構えを取った。




勝負は一瞬で終わった。




全力のブレスを放った後に突撃。軌道を翼で変えフェイントも兼ねる。
それを魔法で防御しながらブレスの一部を反射しカウンターを仕掛けてきた。
自分のブレスに焼かれながらそれに反応した。しかし私を雷撃が襲ったのだ。
少年自身が私のもとに辿り着く一瞬の間に先行して放った雷撃は私を直撃した。
一瞬の硬直。首元を狙いすました一撃。

「 私を超えたな。少年。」
刃は寸止めされた為に首は繋がっている。
振りぬいていたら竜の鱗を貫いて私の首が飛んでいただろう。
ああ、ついに負けてしまったのだ。一瞬で全てを出し、それを上回られたのだ。悔いは無い。
少年は私に勝つことで完璧になった。
だが、少年は、戸惑いなのか歓喜なのかわからない表情をしていた。




――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




「 ついに、貴方に勝ったんですね。僕。 」
勝利、というものが認識できなかった。なにせ一瞬だったからだ。
今日は全力を出してくるなと感じたけれども、それがこんな一瞬で終わるとは思わなかったのだ。
彼女に勝つ、というイメージは常に抱いて居たが勝った後の事を考えたことは一切なかった。
勝ってしまった為に、もう彼女との戦いは終わってしまったのだ。
酷く悲しくなった。
勝利とはこんなにも何もないものなのか。彼女に勝って何がしたかったのだろう僕は。
いや、そう。彼女に勝つ事そのものが目的ではなかったのだ。最初の目的はなんだったか。
「 財宝でもなんでも奪って行くが良い。ドラゴンを倒した勇者にはその権利がある。 」
彼女はそう言った。財宝が欲しいと思ったことは一度もない。
ただ、構って欲しいという浅ましい子供の願望だった。そうだ、僕は。僕が欲しかったものは。

「 僕は、財宝なんかはいりません。貴女に構ってもらいたかっただけです。 」
だから。何かを貰えるのであれば。
「 だから、僕は貴女が欲しい、僕のお嫁さんになってください。 」
僕は彼女に恋をしていたのだ。だから、僕は跪いて彼女に求婚した。

断られるかもしれない。
そう思うとドラゴンである彼女に睨まれた時とは比べ物にならないほど怖かった。
驚いたような顔で僕を見る彼女の顔が徐々に綻んでいき、花のような笑顔を僕に向けてくれた。
綺麗な人だとはずっと思っていたけど、恋する少女のような顔を見たのは初めてでドキッとした。
彼女が柔らかい表情で僕に告げた。
















「 だめ。 」






「 えっ。 」






その表情でそれを言うんですか。僕は絶望に包まれた。












「 ドラゴンの習性を知ってるかな少年。 」
いつもの口調で、それでもとても優しい音色で僕に語りかけてきた。
「 ドラゴンはな、本能にとても忠実なんだ。
  そしてドラゴンは自分より強いオスを求める本能がある。
  だから私より強くなった君はドラゴン以上の存在になってしまって。
  もう私にとっては逆らうことが出来なくなっちゃうんだ。 」
僕にも分かる、彼女の声が色を帯びてきた。
「 だからな、少年。なってください、なんて下手に出る必要は全然無いぞ。 」
なんとなく理解は出来た、彼女が言って欲しい言葉。それはもっと強い表現。
彼女は僕に奪って欲しいのだ。

「 分かりました。いや、分かった。
  僕が君をお嫁さんにしてあげる。君の全部を僕が貰おう。 」

最初に出会ってからずっと綺麗に見えた人が、今は恋する女の子にしか見えなくなってきた。
彼女は僕に恋をしてくれている。
もう一週間に一度なんてことは言わない。ずっと一緒に居よう。


「 少年、いや、旦那様。私のぜんぶをあげます。 私を旦那様の色に塗り替えてください。 」
15/05/11 01:08更新 / うぃすきー
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■作者メッセージ
15/5/9 今更ですが他の方のSSの内容と丸かぶりしてましたね。失礼しました。

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