読切小説
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約束


―――俺の名前はバルト。これといって特徴もない……強いて言えば、人の手が加わっていない美しい自然が残った土地にある、畑を代々耕している家系の長男として生を受けた。
森、河川、山岳に平原……近隣に建つ王国や資源豊かな土地と比べるとまさに自然しか誇る事の出来ない、いわゆる田舎に点在している農村の一つ、そこで野菜等を栽培している俺の家族は、典型的で殊勝な農民だ。

正直に言えば、俺はもっと大きな仕事がしたかった。
毎日野菜を耕し、収穫し、売る。そんな毎日を過ごしているなかで村に訪れた名も知らない、眼鏡が特徴的なあちこちを放浪しているという生物学者の男から聞いた話……大きな街で見た様々な仕事に就いている人々という話がとても魅力的だったからだ。
だから俺は街に出て、鍛冶屋、芸術家、政治家、そういった仕事に就き、精を出したかったのだ。

しかし、問題はそういった街が近くにないという事である。
それがネックとなり、甘んじて家の仕事を手伝う日々が続いた。

だが、そんな問題はつい最近になって解決される。
すぐ近くにある村が、とある富豪に目をつけられ大きく様変わりした末に、今では立派な商業都市へと成長したのだ。
これが俺にとって僥倖であるのは言うまでもない。いずれ俺はその都市へ赴き、自分に合った職を探そうと考えているのだ。

その時が来るまで、俺はこの村で資金を貯めなければいけない。今日もいつもと変わらぬ日々がやってきた。

……人肌にちょうどよい暖かさをもった朝陽が、俺の頬を照らす。その温度と光は、俺を深い眠りから引き起こしてくれるのに一役買ってくれた。

「んん……朝か」

固くもなくやわらかくもない簡素なベッドの上で半身を起こした俺は、すぐ横の窓から広がる村の光景を一瞥する。眼下には我が家を囲う木製の柵が見え、不規則な間隔で並ぶいくつもの民家があり、どの家の煤けた煙突からも煙が立ち込め、村人は皆朝の支度をしていると主張していた。そして村の中央には大きな羽根車を回している威風堂々とした佇まいの風車が存在しており、その風から変換した力で製粉や灌漑など村の農業に大きく貢献している。この風車が、唯一俺がこの村で気に入っている場所でもあった。

なぜ気に入っているか……。それは、自分が幼い頃に ―今もまだ未熟な若造だが― 一目で由緒正しい家柄が伺える高価な馬車に乗った貴族が、村を偶然訪れた。その馬車には自分と同い年ぐらいの女の子も乗っていて、馬を休ませている間暇を持て余すように辺りをうろうろしている。

こんな何もない村だし当然だろうと見かねた自分は、その女の子を楽しませてあげられそうな景色を唯一見せられる、大きな風車に連れて行ってあげ、てっぺんからの風景を見させてあげた。その彼女の喜んでくれた笑顔が、自分にとっても嬉しかったからだ。


そんな色あせた思い出をやんわりと思い出しつつ、とにかくベッドから出る。次いで、殊勝な農民らしく朝早くから畑仕事に精を出す為の準備を進める。
服を着替え、顔を洗ったりなどしていると早くも2階にある俺の部屋、その階下から父親の声が階段を通って響き渡って来た。

「おいバルト、起きているのか?」

「父さん起きてるよ」

俺は暖かい布の上着を今しがた着終わったところで抑揚のない返事をする。

近隣に建つ誰もが知る王国に住む名士の家が、どうも俺の村の野菜に目をつけたらしく、明日野菜を運ぶ為に使いの者をよこすとの話があった。もしこれで気に入られれば村としても安泰である事は確かな大きな取引。故に親も気合いが入っているのだろう。

いつも通りの朝を無事迎えた俺は階下に降り、朝食を済ませた。
そしてそのまま他の村人と同じ様に畑へ赴き畑を耕したり、明日王国へ出荷する野菜の収穫など様々な仕事をこなす。太陽の光は暖かいとは言ったが気温は中々の低さであり、一度雲などに太陽が隠れて風が吹こうものなら、途端に寒さが身を襲い指先などはすぐにかじかんでしまう。

そんな辛い畑仕事を今日も終え、家に戻り暖かい夕飯を食べ、眠りについたといういつもと変わらない日を過ごした。……だが神は無慈悲にも、なんの予告や前兆もなく突然俺に試練を与えたのである。

次の日、目が覚める。
まず最初の違和感は、ふかふかで暖かい寝床だ。
眠りから覚めた俺の前には、清潔感漂う白色でしっかりとした毛布がきちんとかけられている。後頭部を支えるのは、確認してはいないが恐らく羊毛なんかが詰められた上等な枕だ。そして今自分が横たわっているベッドを、半身を起こして見る。
見た事のない綺麗な材木で作られた脚、美しい細工の施された本体……一目で容易く購入出来る代物ではない事がわかった。

それだけではない。ベッドから身を起こし自分が居る部屋を見ると、毛足がやわらかい絨毯、壁に掛けられた風景画、金の取っ手が鮮やかなチェスト……どれもこれも上等かつ高級品の家具ばかりだったのだ。

「……なんなんだこりゃ?」

とりあえずここが自分の部屋ではない事が明らかになった。上等なベッドで寝たせいか頭がすっきりとしており、有難い事に思考はよどみない。

立ち上がり、周りを物色する。チェストの中身はいくつかの着替えが仕舞われていた。
しかし恐ろしい事にそれはどれも男物で、なおかつ手に取ると見事に自分と同じ服のサイズなのだ。

「……俺の服……なんだろうな」

偶然とはいえない。この部屋は自分に用意されあてがわれた部屋。誰かが使っていたこの部屋でうっかり眠っていたと考えるよりはそちらの方が断然納得いく話であった。
だが問題なのは誰がそんな事をしてまでここに連れてくる必要があったのか、である。

俺はなんの説明もなしに急展開をみせた状況にやや苛立ちを覚えていた。こうも勝手に人の生活を妨害し、操作してもよいものなのか。

ベッドの脇にあった、これまた高級そうな白く塗装された木製の扉のノブに手をかけ、回す。ほんの少し緑青が生えたドアノブは一定の所まで回転したあと、止まった。
何かに阻まれるようにそれ以上回らないのだ。

「鍵をかけられてるなんてな」

自嘲気味に呟いた俺は、小さく舌打ちをする。上等な部屋に置かれていたとはいえ ―粗末な部屋であればそれはそれで怒るが― 一体どんな事情があるのかは知らないが、余程の事がない限り俺をこんな羽目に合わせた張本人へパンチの一つや二つお見舞いしたい気分だった。

蹴りを扉の中央辺りに入れてみるものの、当然だが壊れる気配は全くなかった。
暴れるのは、いつまでたっても進展がなさそうになってからでも遅くはないだろう。
ひとまず自分を落ちつけ、自分が先程目を覚ましたベッドに腰を下ろす。

……そうしてしばらく経った頃だ。
突如、白い扉からカチャ、カチャという金属質な音が立ち始めた。それに釣られ扉へと視線を向けるとほぼ同時に「カチャリ」という、鍵が開く音が鳴る。

素早く立ち上がり扉に向かうと、ドアノブは素直に回転し、扉も開いたのだった。
ドアを通ると、端が金の糸で刺しゅうされた豪華な紅い絨毯が敷かれた廊下に出る。慌てて左右を見渡すものの、曲がり角などすぐにない長い廊下で人影を確認する事は出来ない。

「……魔法か?」

恐らくなんらかの魔術などでドアを遠隔的に開けたに違いない。
……となると、この館らしき場所に連れてきた人物が誰なのか、更にわからなくなってくる。

ひとまず右の方向は行き止まりだった為、左の方へ歩き出す。
光源として等間隔に蝋燭が置かれた廊下にはいくつか扉があったが、どれも俺が居たような部屋だったので無視していく。
すると、遂に他の部屋とは違うような、両扉が備えられた部屋に辿り着いた。

その威厳あふれる佇まいに思わず生唾を飲み込んでしまう。

警戒しながら近づき、扉を押し開けた。途端に開いた扉の隙間から香しい料理の匂いが流れ込み……そこにはとある人物が居た。

「おはよう、バルド」

余裕たっぷりで笑みを浮かべた人物が、目の前に横たわるとても長い、白いクロスの敷かれたテーブルを隔てた向こう側の椅子に座っている。
椅子の背もたれもテーブルの長さに比例するかの如く縦に長く、テーブルに沿う形でいくつも同じ椅子が置かれていた。そしてそのテーブルの上には、思いつく限りの料理を並べたのではないか、というほど豪勢かつ色とりどりな料理が押し並べられており、“質より量”という言葉を否定するかのように、上質な料理がたくさん並んだ光景は圧巻の一言だった。

そして椅子に座った肝心の人物。丁寧に手入れされている事が伺える美しい金の髪、赤い花をモチーフにした髪飾り、人間ではない事を表している尖った耳、その耳から垂れる赤く煌めく宝石のイヤリング……そしてなによりも特徴的な、こうもりの羽を想起させるマントを羽織り、赤いグラデーションのかかったドレスを纏った姿は、それ程学がある訳でもない俺でもただ者……人間ではない事がわかる姿だった。

「……ヴァンパイア……?」

その美しく妖艶な顔立ちをした女性に恐怖を抱きつつ、脳裏に浮かんだ魔物の名前を口走ってしまう。
もし、この女が本当に魔物で、それもヴァンパイアだとすれば、俺に命はないだろう。
話によればとてつもない怪力と、目にもとまらない俊敏さを誇るヴァンパイアから逃れる術なんて到底思いつかなかった。
目の前の女が万が一首を縦に振れば、俺の人生はここで終わりを迎えてしまうのだ。

「そう、私はヴァンパイア。そしてここは私の家よ」

相変わらず笑みを浮かべ、右手を広げるヴァンパイアと打って変わり、俺は目の前が真っ暗になった。最悪の事態に陥ってしまったのだ。

「そんな、ヴァンパイアだなんて……一体なんで俺をここに? 俺の血でも吸い尽くそうっていうのか!?」

恐怖に駆られた俺は思わず語気を荒げる。だが、命の危機が迫っているのだ、少し取り乱すのも無理はないだろう。

「落ち着いてよバルト。貴方の命は決して奪わないわ。これは本当だし、約束してあげるから安心して」

対照的に彼女は、俺が慌てるのを見越していたかのような冷静さで口を開く。その血の様な紅い色をした瞳で居抜かれた俺は気持ちを落ち着かせようと努力した。

「……それじゃ、詳しく説明してもらおうか? ヴァンパイア……」

そこまで言った時、ヴァンパイアは割って入るように言葉を発した。

「クラリス」

そのまま彼女は続けて口を開く。

「……クラリス=ルシエよ。ヴァンパイアなんていう呼び方は止めてほしいわ」

飽くまで自分の中だけの話ではあるが、こんなにも急な展開で物事が進んでいる自分の目からは、クラリスと名乗ったヴァンパイアの冷静さがいささかシュールにさえ感じられた。
しかし、そんな事よりもふと疑問に思った事がある。

「クラリス……。……そう言えば、なんで俺の名前を?」

先程は気が動転して考えが及ばなかったが、クラリスは俺の名前を既に知っていた。自分の持ち物には名前を確認出来るものはなかった。一体どういう事なんだろう。
俺が感じた至極当然な疑問をクラリスに投げかけると、彼女は一瞬だけ酷く驚いたように目を見開かせた。だが、それはほんの一瞬だけの出来事であり、驚いたのも眼の錯覚だったのではないかと思う程だった。

「……それはもちろん、あらかじめ調べたからに決まってるでしょ?」

またもや余裕が含まれた笑みをたたえた後、クラリスは細く華奢な両腕で肘をつき、組んだ手の甲の上にその白い小顔をちょこんと乗せて見せた。

そんな動作に紛らわされる事なく、調べた事自体が異常なのは当然であり、そもそもその説明だけではこんな事態が起こった説明にはならないので、相変わらず俺は怪訝な表情でクラリスの顔を睨み続ける。
すると俺の意思を酌んだ彼女は、俺が何か言う前に口を開いた。

「単刀直入に言うと、バルト。貴方を私の召使いにする為、ここに連れてきたのよ」

クラリスが発した言葉が俺の耳に入った瞬間、思わず口をあんぐりと開けてしまう所だった。

「なんだって?」

理性が働くよりも数刻早く、言葉が口をついて出てしまう。

「だから貴方を召使い……」

「いや、いい」

頭では理解出来ている。しかし、体が勝手に拒否反応を起こした際の言葉なので、もう一度言い直そうとしたクラリスを遮る。
命の危険がない、という事は彼女の雰囲気を見る限り本当らしく、そもそも寝ている間になにもされていなかったのが証拠だ。それ自体は幸運で、俺自身も喜ばしい事である。

だが、更なる問題が起こるとは。

俺のうろたえた様子が理解しかねるのか、クラリスは手の甲の上に置いた顔を、少しばかり斜めに傾げた。

「どうしたのかしら? 寝床はもう見ただろうし、食事やお風呂だって困る事はないのよ? 少なくとも、貴方が元居た家よりは、断然生活水準が上がっていると思うんだけれど……」

「そんな事じゃない。お前は俺をからかっているのか?」

クラリスの柳眉が八の字になった顔を見るに、彼女の疑問は決して俺をバカにしているのではない事がわかったが、それでも我慢出来ずに苦言を呈してしまう。

「何をからかっているっていうの? ここに用意した料理は、新しく迎える召使いの貴方を歓迎する為のものよ? もっと喜んでもいいのに……」

その言葉通り、もう一度テーブルに並べられた料理を見る。
大人数が一堂に会し食事を取る事が出来る長さのテーブルには、端から端まで料理が並べられていた。ここまでの量を俺とクラリスで食べきる事はどうみても不可能であり、食べる行為関係なしに量は歓迎の証、という金持ちにしか出来ない所業を平然とやってのけている事から、俺が歓迎されている事がわかる。

「それは有難いな。だけど、俺はいきなりこんな場所に連れて来られて不服に思ってるんだよ。歓迎云々の前に、俺の存在を無視して勝手に話を進めないでくれるか、って事だ」

「不服……でも、召使いとは言っても、私の身の回りの世話とか家の雑用とか、そんなに大変じゃないわよ? 料理だけはこっちで用意するから気を使わないでいいし!」

不服を言ったのが少し効いたのだろうか、笑みが消え、少々たじろいだ様子で挽回するクラリス。だが、どうやら俺にとっての問題点と彼女にとっての問題点は食い違っているようだ。

「嫌だね」

端的に自分の意思を表明する。堂々と仁王立ちしながらはっきりと拒否を示した俺に少なからず怒りを抱いたのか、もはや笑みを浮かべる事がなくなったクラリスは、険しい表情へと静かに変わっていった。その顔を見て、遅いながらも彼女を怒らせるべきではない事に気がつく。

「……まぁいいわ。なんと言おうと、あなたは私の召使いになったのよ。そう、人間の貴方に……決定権なんてないんだから」

静かな怒りが込められた言葉を放つクラリス。
だがそれでも納得できない俺は、相手をこれ以上怒らせないよう配慮しつつ、自分の意思を表してみる事にした。

「だけど、お前……」

そこまで口にした時だった。

「お前、じゃないわ。“お嬢様”と呼びなさい」

今度ばかりはクラリスが強い意志を秘めた瞳で俺を睨む。
その迫力に俺は思わず出かかっていた言葉を、途中で飲み込むしかなかった。
とは言うが突然そんな事を言われても、とてもじゃないが“お嬢様”と呼び仕えるなんて出来る事ではないのは確かである。

「貴方は私の召使い。いいかしら? バルト……ふふ」

そして、その日を境に俺の生活は根本から一変したのだった―――





―――突然とあるヴァンパイアにさらわれ、突然召使いにされた俺は、もちろん少なからず抵抗を見せた。……しかし、“お前”と言えばすぐさま“お嬢様と呼びなさい”と訂正され、召使いとして家の掃除などの雑務を拒否すれば、クラリスの瞳が妖しく光った途端体が言う事を聞かず、命令通りの行為をし始める。ヴァンパイアが持つ強力な魔術なのだろうが、自分にとってこの上ない屈辱だった。

もちろん何度も家から脱走しようと試みた。正面の玄関には鍵がかかってあり厳重に閉ざされているし、窓はどれも開かない。クラリス曰く“逃げだす気がなくなったら外にも自由に出してあげる”との事だ。

以上の事を受けて大抵の抵抗が無駄だと悟った俺は、無理矢理命令を聞かせられるよりも自分から仕事をこなす方が良いと考え始め、今ではすっかりと何も言われずに仕事をこなす召使いになっている。彼女に使う敬語も、皮肉を込めて使っている内に癖の様になってしまった。
だが勘違いしてもらいたくはない。心までは決して、お嬢様ことクラリスになびいてはいないのだ―――



―――……あれから数週間経った。
慣れとは恐ろしいもので、順序もひったくれもなくいきなり飛ばされたこの館に、早くも俺は順応し始めていた。
確かに館は広く、ここへ来て最初の数日は何度も館で迷いクラリスに文句を言われながらも助けられる程だったし、外が寒い日でも高等な術式が施された館は暖かい。
それに誰がどうやって用意しているのかは定かではないものの、料理だけは俺が作らずとも、常に多彩かつ出来の良いご飯が食卓に並んでいて快適な生活があった。とは言ってもあれほど拒否していたこの生活が体に馴染んできているのが、自分でとても驚きだ。

因みにクラリスから聞いた余談だが、俺の家族には別に使いを出し、俺は召使いとして貴族のこの家に来てもらったと話すとすんなり事は済んだらしいからより怒りが増してくる。

……今日も早起きした俺は、“居間の汚れが目立つから、居間は念入りに掃除しなさい”という言いつけ通り、ひとまず掃除から召使いとしての業務をこなす事にした。
今では手慣れたもので掃除用具置き場の部屋へ赴き、モップとバケツを取り出した俺は早速居間へと向かう。

重量があるダークウッドの扉を押し開け、中へ入る。模様の美しい白い大理石が敷かれた居間には背の低いテーブルが鎮座し、見た事のない花と蔦の意匠が施された所を見る限りどこか遠い国から取り寄せたと思われる黒いソファは見事という一言だ。
壁には貴族御用達の鈍い銀色に輝く騎士の甲冑が立ちこちらを睨みつけているし、値段を推し量る事も出来なさそうな細長い壺や絵画もその存在を誇示している。

非の打ち所が見つからない、完璧な貴族の居間に足を踏み入れた私は、水がちゃぷちゃぷ音を立てるバケツを床に置いた。そしてモップの先端をバケツの中へ。
いつも通り、美しい光沢を放つ大理石の上をモップで撫でていき、家具は床に傷をつけないよう注意を払って動かした。それに家具も湿らせたタオルで丹念に磨き上げていく。

ちょうど、棚をなんとかずらして裏に溜まった埃 ―といっても毎日掃除をしているので少量だが― を取り除こうと汗を流していた時だ。
唐突に扉がギギィと音を立てるのを耳にする。

今の所俺とクラリス以外にこの館には人が居ない。扉が開閉する音を聞く事自体、とても珍しいのだ。
掃除を一時中断し、一粒の汗が頬を伝う顔をあげ音のした方向を見やる。

そこにはサラサラの金髪を揺らし、歩み寄って来るクラリスの姿があった。

「頑張ってるわね」

苦心してずらした棚の裏へ手を加えようとしていた為、床に片膝をついていた体勢によりちょうどクラリスに見下ろされる形になる。

「……ええ、お嬢様」

抑揚のない返事をする。今の言葉に若干の皮肉を込めたのは否定しない。

クラリスは俺の手にしている雑巾と、移動されたばかりの棚を交互に一瞥し、最後に俺の目を見る。そこで俺は口を開いた。

「……で、お嬢様は何か用でも?」

さして興味もなさそうな口調で尋ねる。

「いや、別に。ただ貴方が頑張っているのかどうか確認しに来ただけよ」

「そうですか」

正直鼻を鳴らし、さっさと掃除に取りかかって仕事を消化したかった。
だが既に、召使いとしての自覚が恐ろしい事に芽生えてきたのか、この数週間の内に最低限度の返事はするようになってきたのだ。

「やっと素直になってきたわね、バルト……」

クラリスは微笑を浮かべ、満足といった様子だ。
確かにここへ来た当初と比べれば俺の態度は雲泥の差が出ているであろう。人間を蔑むヴァンパイアという者の性質は、館で過ごす内に身にしみる程痛感したのだ。こうやって人間、しかも人間の中でも位の低い俺が従順になって来た事で、充足感を得ているんだろう。

「お陰さまで」

それでも俺は反抗する素振りを見せない。それは最初の頃でとうにやり尽くした。
しかし状況が好転する訳でもないし、し続けるだけ無駄なので馬鹿らしくなってきたのである。……ただ、皮肉めいたものは時折混ぜる事があるが。

そこで、珍しく俺の仕事を見に来たというクラリスに純粋な疑問が心の底から浮かんできた。

「そう言えばお嬢様、この館にはお嬢様しか住んでいなかったのですか?」

すると彼女は俺が質問を投げかけた事に驚いたのか、一瞬きょとんとした後、嬉しそうに笑った。

「いや、元は私の一族が代々この館を受け継いでいて、母と一緒に住んでいたの。だけど、長い事ここに住んで飽きていたのも手伝ったのか、私の父と旅行に行った先で腰を落ち着けてしまって……それで“貴女もいい歳なんだし、立派に一人立ちしなさい”とここを任されちゃったわ」

クラリスはどこか遠い目をして中空を見つめ、ため息をつく。その姿から母親はとても自由奔放な性格をしている事が容易く見て取れた。
そこでクラリスは中空から俺の瞳に視線を戻す。

「……そしてヴァンパイアには召使いや家来が必要。そこで貴方を私の一人立ちに伴って、拾ってきたのよ」

その瞳からは、俺が初めてクラリスと会った際に見た時と同じものを感じた。故に否応なく当初の事を想起せざるを得なくなり、まじまじと記憶が蘇ってくる。

運がなかったんだな俺は……。
クラリスの話を聞く限りでは特に決まったルールなど無く、とにかく健康で働く事に差し支えがない人間なら召使いとして、つまりどんな奴でも良かったのだ。人間などそこら中にごまんと居るじゃないか。
その人間の中から偶然選ばれてしまった俺は、運がないとしか言いようがないだろう。

「ねぇ、バルト……」

そんな事を考えていると、突然頭上から言葉が降ってきた。声の主、クラリスの方へ顔をあげる。
その頬にはとても注意しないと判別出来ないほど些細に、紅潮がみられた。それを確認した私は「ああ、もうそんな時間ですか」とため息交じりに呟く。

そうして立ちあがる俺を見て、彼女は若干ながら申し訳なさそうに口を開いた。

「……吸わせてくれるわよね?」

クラリスはヴァンパイアだ。ヴァンパイアは血を吸い、生命の糧としている。
それはクラリスも例外ではなく、一日に一度、彼女は特に決まった時間はなくとも血を吸いに俺の元へ来るのだ。そして今日の吸血はこの時間だった、という訳である。

初めて彼女から俯き気味に“血を吸いたい”と言われた時は、正直生きた心地がしなかった。
もしかすると血を体中から全部抜き取られ、命を奪われるのではないか。それとも吸われる事により、なんらかの異常 ―ゾンビの様になってしまったり― が体に出るのではないかと危惧もした。

だが、実際そんな事ありはしない。もはや今では慣れたもので、さっさと彼女の食事を終わらせようと俺の白いシャツの襟首をずらし、クラリスが血を吸いやすいよう自ら首筋を晒すほどである。
……ただ、俺が想像した問題とは別の些細な問題が吸血の際に起こるのは確かだ。

「ありがとう」

彼女ははにかんで礼を言うと、すっとこちらへ近寄り、差し出した首筋に顔を近づけた。もう何回も行ったとはいえ、不細工だとは僻みとしても到底いえない顔立ちをしたクラリスがここまで俺に近寄る事態は、年齢的にもデリケートな俺の精神を否応なく興奮させていくという事実を、悔しいが否定できない。

どこかふわふわとした落ち着かない気持ちを抑え、早く吸血が終わるよう願うばかり。

「かぷっ」

クラリスの鋭い牙が、俺の首筋にたてられる。

「……っ」

流石にその瞬間はチクリとした痛みがある。
だがすぐにそれもなくなり、代わりにじんわりとした温かみが噛まれた箇所より広がり、むしろうっとりとするような不思議な感覚が、すぐ近くにある脳へ伝達するのだ。

クラリスが優しく配慮しているからだろうか、一切苦痛が感じられない吸血はどんどん言葉にできない感覚……快感に近いものを俺の中から喚起していく。
次第にそれは大きなものへと変貌していき、酷い時には呼吸さえ荒くなってしまう。

「んん……っ」

小さな喉を鳴らしたクラリスは、首筋から口をはなす。唾液で少し濡れた首筋に新鮮な空気が触れ、肌寒く感じるのも慣れたものだ。

なんともいえない気持ち良さに翻弄され、蕩けた頭はめまいに近い状態へ陥ってしまっている。意識をなんとかはっきりさせつつ、クラリスの方を見ないようにシャツの乱れを正していく。

クラリスも吸われている俺と似たような感覚に襲われているのか、いつも吸血が終わった後は頬を紅潮させ、視線は定まらず、何か艶っぽいものを秘めた呼吸を断続的に繰り返しているのだ。正直、自分もあまり正常ではない気分なのでそんなクラリスを視界に収めたくはなかった。

「はぁ……はぁ……」

吸血が終わってから少しばかり経つと、この様に乱れた呼吸音が聞こえる。
クラリスの方へ顔を向けると、きっと紅潮した顔でマントの端をぎゅっと握るクラリスの姿が現れるだろう。最初はとても動揺したが、本人に聞くなんてもってのほか、ヴァンパイアとはこういう生き物なんだと自分に言い聞かせる事しか出来なかった。

俺は何もする事がない手を働かせようと、先程中断した掃除を再開しようとする。だがまたもやクラリスの声でそれは妨害されたのだった。

「ねぇ、バルト……私の為に紅茶を用意しなさい。食事が終わった後の口直しよ、早く」

なんとか落ち着いたのか、いつものような冷静さを取り戻したクラリスは毅然とした態度で俺に命令を下す。それを聞いた俺は今持ったばかりの雑巾を再度床に置き、立ち上がった。

「はい、お嬢様」

素早い所作でクラリスの横を通り抜け、俺は扉に向かう。そして赤い絨毯が目を引く長い廊下を通り、茶葉の匂いが微かに漂う給仕室へ到着した。唐突に紅茶が飲みたい、と言われた時の為にポットやティーはすぐに取り出せるよう工夫されて置かれている。
白い陶磁器のポットと対になったカップは、俺から見ても家に飾りたい ―家はここになったが― と思うほどの美しさを持っていた。
そして手際良く紅茶を入れ、自分でも予想以上に早く戻ってきた俺は、銀の盆に載せた紅茶を零さない様に細心の注意を払いながら扉を静かに開けた。

……するとそこには。

「……お嬢様?」

静かに進入したからか俺の存在に気付いていない様子のクラリスが、掃除用に置いてあったモップを握り、床を一生懸命拭いていたのだ。
とてもプライドが高く、人間を見下すヴァンパイアがモップを握り、大理石の床を真面目に拭いている光景はとても奇怪で、つい言葉が口から洩れてしまう。
その言葉で一瞬ビクンッと体を強張らせたクラリスは、慌てて両手で掴んだモップを胸の前まで持ち上げこちらに向き直った。

「あっ、ば、バルト!? 早かったわね……いつからそこに……」

かなりの早口で言葉を紡ぎ出すクラリスはとても慌てている。しかし途中でその会話は妨害される事になったのだった。

「――――――っっ!?」

彼女が持っていたモップは十分に水切りされておらず、慌てて持ち上げたモップの毛先から余分な水が垂れ落ちる。それが彼女の太腿にかかってしまったのだ。
途端に彼女は少し離れた所からでもわかるほど産毛を総立ちさせ、目を大きく見開き、体を強張らせる。
声にならない声をあげたクラリスは、しばらく硬直したあとモップを落とした。

カランカラン。
モップの木製の取っ手が心地よい音を二度たて、床に落ちる。
代わりにクラリスの瞳は熱を帯び、吸血し終わった時よりも幾分酷い呼吸の荒れ方になっていく。

「……大丈夫ですか?」

相次いで起こった出来事に呆気にとられた俺は、クラリスの安否を確認する事しか出来ず、部屋に戻った際の位置で棒立ちのままだった。

「はぁ……い、いや、大丈夫よ……なんとか……」

やや体を縮こまらせ、腹部に手を置くクラリス。そのままソファに近寄り、背もたれに手を置いて支えにした彼女は静かに目を伏せた。

「それで、お嬢様。モップで何を?」

一連の出来事に驚かされたものの、彼女が特に問題ない事を確認すると、次に不可解だったクラリスがモップで床を掃除していた事を思い出し本人に質問する。

「あ、あれは、ね……貴方の掃除が不十分で、それが気に食わないから私が思わず拭いてやったのよ。もっと丹念に掃除しなさい!」

若干ぎこちない様子で不十分な掃除に不服を表すクラリス。だが、自分はクラリスの言った通り丹念に掃除をしたつもりだった。
たとえ見えない場所だってしっかり目を通し清潔に保つ。それがまず目に入る床なら尚更だ。主観を除き、客観的に見たとしても、床はピカピカに磨かれていたはず。
彼女の言い分と自分の気持ちが食い違った事実は心外で、純粋に苛立ちを覚える。

「……そうですか。以後気をつけます」

しかし俺はその気持ちをぐっと堪え、飲み込む。ここで反抗してもなんの意味も、成果もない事は目に見えていたし、痛感していたからだ。

一方のクラリスは俺にそう言われたあと、何故かしゅんとした面持ちで、項垂れたようにも見えた。そのままその美しい金髪を揺らし、クラリスは俺が持ってきたばかりの紅茶を受け取ろうともせず部屋を出て行こうとする。

「お嬢様、紅茶は?」

右の手の上に置かれた、光沢ある銀色の盆に乗っている白いカップからはまだ湯気が立ち込め、とても良い甘い香りが漂っていた。

「……いい」

俺の問いかけにたった一言だけを残し、振り返る事も立ち止まる事もなくクラリスは部屋を出ていき、居間には盆を持った俺だけが取り残されたのだった。

その後俺は通常通り掃除をこなし、広い館を清潔に保ってから洗濯、服のアイロンがけなどをこなしていく。奇妙な事が連続して起こった日だったが、それ以外は特に滞りもなく仕事が進み、いつも通りの日常 ―そう感じれる程自分の感性も麻痺した― に戻ってきた。

「やっと落ちつけるな」

そんな独り言を呟きながら、雑務をこなす。もうこれ以上、変わった事は起こらないだろう……そう、心から信じ切っていた。


―――次の日。
朝を迎えた俺の体に、はっきりと感じ取れる異常が起こっていたのだ。

「なんだ、こりゃ……」

思わず独り言を呟いてしまうほど体の芯が熱く燃えるように熱を発し、体を流れる血液は沸騰している錯覚に陥って脈拍はどんどん上がっていく。更に心臓は胸を突き破るような勢いで鼓動していた。

ひとまずどんな異常なのかはわからないが、痛みも特になく気分も悪くはないので下手に刺激しないよう、目を覚ました状態のまま横たわる。
なんとも言えない体の興奮が、時間によって徐々に引き、昂りを鎮めていく。

しばらくするとそれらは完全に鳴りを潜めたものの、未だに熱っぽい頭は完全にすっきりとはしなかった。

「熱にでもかかったか……」

とりあえず何かの病気にかかったのは間違いないだろう。
額に手をあてる。誰が見ても明らかに火照った体を動かし、給仕室に向かったあとコップに入れた水を持ち、時折それを口に含みながらなんとか居間へと移動する。

廊下を通りいつもの扉を開けると、中にはゆったりとした大きめのソファに座るクラリスの姿があった。
扉が開閉する音を聞いたクラリスは、ぱっと顔をあげこちらを見やる。

「あ、バルト、昨日は……!」

その時だ。俺を視界に収めたクラリスの表情が、見る見る内に驚愕の表情へかわっていく。
見事な驚きっぷりに俺は少々怪訝な視線を送っていたが、しばらくしてクラリスは物凄い勢いでソファから飛びだし、俺の方へやってきたかと思えば全力で抱きしめてきたのだった。

「バルト、貴方やっと♪」

彼女の細い両腕が俺の背中に回り強く引き寄せられ、彼女から漂う花の様ないい香りがふわっと俺の鼻腔に入って来る。俺の胸に顔をうずめるクラリスの顔にはこれ以上ないという程幸せそうな笑顔が浮かべられている。

「お、お嬢様、一体……?」

突然の行動に仰天する。あのプライドの高いヴァンパイアが突拍子もないこんな行動をしたのを目の当たりにすれば、誰もが同じ態度を取ったに違いないだろう。

「あぁバルト、貴方遂に“貴族”になったのね!!」

ハァ、という感嘆の息を漏らし、相変わらず強く抱きしめてくるクラリス。だが俺は彼女の言葉がよく……いや、全く理解出来ていなかった。

「……すいませんが、言っている事がよくわからないのですが」

率直な疑問を、相変わらず胸に顔をうずめ感動に打ちひしがれたような雰囲気で目を伏せている彼女に投げかける。

「匂いと魔力ですぐわかったわ。……貴方、“インキュバス”になったのよ」

インキュバス……クラリスによると、長い間魔物の魔力にあてられた男は、インキュバスと呼ばれる魔物に変身してしまうという。しかし魔物といっても魔力を体内に保有しているだけであり、通常の人間と見た目も変わらず、特に大きな変化はないため人間とほとんど変わらないという。……ただ、精力の大幅な増大と、寿命の増加という変化以外は。

そしてヴァンパイアはインキュバスを、ヴァンパイアと同じ位の貴族として扱うらしい。
つまり、彼女の吸血によって送り込まれた魔力でインキュバスになった俺は、人間ではなくなった為今では貴族になったらしいのだ。
だから、同じ身分になった俺にこんな真似をしているという。

「……それで、俺がインキュバスになったのはわかりましたが、その説明じゃお嬢様のこんな行動の理由を説明出来ないと思いますが?」

「バルトぉ、私、貴方の事がずっと好きだったのっ♪ずーっと、ずーーーっと好きで、出来る事なら貴方をこの家に迎えたその日からこうしたかったぁ♪」

この館に来てから一度も聞いた事のない声音と口調で、俺への愛を言い連ねるクラリスの表情はとてもうっとりとしていて、頬もほんのり紅く染まっていた。

「……でも、私はヴァンパイア。幼い頃から、位の低い人間と関わるなと言われ続けた私は、家の誇りと代々のしきたりによって人間である貴方へ思う様に接する事が出来なかったの。……だけど、今は違う」

そこまで言ったクラリスは、体が少し痛むほど強く俺の体を抱きしめ直す。

「もう、貴方も貴族。私を邪魔するものはなくなったわ♪」

彼女から漂う香りが鼻をくすぐる上に、服を間に挟んでいるとはいえ十分な弾力性とやわらかさを持ったやや大きめな胸が、俺の胸あたりに押し付けられている。そして当の本人の顔は幸せそうで、しきりに俺への愛を呟いている。

そんな光景を目の当たりにして、俺は熱っぽく思考が鈍っている状況と合わさり、まるで実際に音を立てるのではないか、というほど強く心が揺らいだ。

……しかし、俺は純粋にこのヴァンパイアを嫌っている。

なんの脈絡もなくいきなり俺をさらい、人生をめちゃくちゃにしたクラリスを。

もちろんいつかはこの館から逃げ出せるかもしれないが、そんな事態になった事を想定しても、彼女への腹の虫はおさまらない。
だから、少しでも心が揺らいだ自分にとても腹が立ったのだ。

と、何も言わずただしがみつくクラリスを見下ろしていた時だ。突然彼女は顔をあげ、情欲の炎を宿した紅い瞳で俺の首筋へ視線を投げる。

次の瞬間クラリスの鋭い牙が首筋に食い込んだ。

「なっ!」

一言漏らすのが精いっぱいだった。
一瞬の出来事だった為、何も抵抗できず彼女に吸血されてしまう。
すぐにあの独特な暖かさが噛まれた箇所より広がって、次に快楽が体の芯より湧き起こって来る。……そこまでは、いつもの吸血となんら変わりはなかった。

「あぁっ……」

……インキュバスになったせいだろうか、足腰が勝手に震えてしまうほど今までの吸血と比べ物にならない快感が湧いて来て、体の中を蹂躙し暴れ回る。
自分でも情けないような熱を帯びたため息が自然と口から発せられ、ただただクラリスの口に身を任せる事しか出来ない。

いつもの食事より長い吸血を終えたクラリスは、俺の首筋から顔を離し「ぷはっ」と息を吸う。呼吸すら忘れ血を吸った彼女の肌は上気し、クラリスの内側の太腿がぐっしょりと透明な液体で濡れそぼっていたのを確かに俺は見た。

このままでは間違った気を起こしかねない。そう判断した俺は、とりあえず抱きつき続ける彼女を体から離そうと手を肩に置いた。しかしその瞬間、クラリスの顔が俺の顔へ近づいて口づけを行ってきたのだった。

「んちゅっ♪ ……んっ、れるっ……ふぁ……♪」

まず唇が重なる。次いでクラリスの細い舌が俺の唇を割り、口内へ入ってきた。吸血した際の血液が残っていたのか、じんわりと鉄の味が口内に広がったのを感じる。
そして俺は相変わらずなんの抵抗もとれないまま、ひたすらに彼女の舌を受け入れ続け、唾液を交わらせ続けていた。

「バルトぉっ♪ おいしいよぉっ♪」

くちゅくちゅという液体状の物体が交わる音が、延々と重なり合った俺とクラリスの口から発せられ、二人以外誰もおらず、なんの音もたたない静まり返った居間に響き渡る。
激しいキスの合間にも俺の名前を呼ぶクラリスの顔はとても恍惚としていた。

どれほど口づけを交わしていただろうか、どちらともなく顔を離した俺とクラリスは、何も言わず視線を絡ませる。

「もう私、我慢出来ないの……ベッドにさえ行けそうにない……ここで、ひとつになりましょう……♪」

そう言い、クラリスはその細くて長い指を、すっと俺の股間の上へ移動させ、これ以上なく優しい所作で撫で上げた。
止めに彼女の美しい紅い色の瞳に居抜かれた俺は、とうとう熱に浮かされ我慢が出来なくなり、思考を放棄した。

無言で彼女を抱き寄せ、近くのソファに押し倒し、片膝をソファに乗せる。今まで片手を塞いでいた、自分の熱を鎮める為に用意した水の入ったコップも、今では意味をなさないためテーブルの上へ乱雑に置いた。

突然押し倒されたクラリスは「んっ」と小さく喉を鳴らし驚いた様子だったが、すぐに何かを期待する気持ちと、興奮が複雑に入り混じった視線で俺を見上げた。
その光景は俺にたまらなく劣情を抱かせ、下半身に血液を送りこんでしまう。

俺を誘うヴァンパイア……そのヴァンパイア本人は、俺の生活を考えもせずさらった上に今まで俺を良いように召使いとして使ってきたクラリスだ。
そのクラリスが、隠れつつも実は今までずっと俺の事を愛してやまなかったという事実を告げ、俺の目の前でひとつに交わろうと懇願している。
情欲で散々懐柔された雄の思考と理性に加え、いいように扱われてきた不満が、目の前に居る雌のヴァンパイアへの嗜虐心を駆り立てていった。

「誘ってきたのはお嬢様ですから、しっかりと責任を取って下さいね? 俺も男ですから、こうまでされちゃ優しく出来ませんから」

そう一言だけ告げ、ズボンのベルトを緩めていく。
もとより彼女の返事を意に介そうとは思っていなかったものの、クラリスは荒い息をついたままコクコクと小さく頷いていた。

ガチャリ、という音と共にバックルを外して緩めたベルトからズボンが落ち、下着が露わになる。下着の中には既にそそり立ち、大きなテントを張った俺の性器の姿が確認出来た。

「……♪」

ソファの上に片膝を乗せ、ソファに座るクラリスの体勢からして俺の股間は彼女のすぐ眼前にある。形などはもちろん、性器から発せられる臭いだってすぐに感じ取れる位置にあった。下着が露わになった瞬間、彼女は意識しているのかいないのか判断のつきにくい表情のまま、既に唾液で濡れた口を待ちきれないように半開きにさせていた。

下着を下ろす。勢いよくクラリスの眼前で跳ねた性器を、彼女は愛おしそうに眺める。
そしてそんな姿を見下ろす俺の心の中には、今まで感じた事のない得体のしれない感情が沸々と湧き起こってきたのを覚えている。

「さぁ、お嬢様。これを咥えてご奉仕して下さいよ」

片手で根元あたりを持った性器を、クラリスの艶やかな唇の近くへ持って行く。彼女は差し出された肉棒を見てしばし逡巡したあと、俺の性器を咥えた。

じゅる、じゅる、という音が彼女の口内から聞こえるたび、腰が震えてしまうほどの快感が竿を通して伝わってくる。細い舌が余すことなく性器に吸いつき、舐め上げる。ヴァンパイアのテクニックなのか、彼女自身のテクニックなのかはわからないが繊細な舌の動きには、とてもではないが平然としてはいられない。
なんともいえない切なそうな顔のクラリスはそんな、まさにご奉仕という表現がしっくりくる丁寧な口淫を披露してくれた。

「んっ……れろっ……はぁっ……んぅ……」

今までクラリスが長い間我慢していた反動が如実に表れている光景である。
向こうから誘ってきたとはいえ、おもむろに突き出し“奉仕しろ”と言った性器を、なんら抵抗もみせずしゃぶるクラリスの姿はとてつもない支配欲を満たしてくれた。

一心不乱に舐め続ける彼女の姿に、どんどんと俺の気持ちは昂っていく。
それは俺をなんとかギリギリで抑えつける理性を壊そうと容赦なくにじり寄ってきた。そしてついに、その快感は俺が心の奥底にしまっていたクラリスへの怒りと混ざりあい、かろうじて残っていた理性を打ち壊したのだ。

何をするでもなくぶら下げていた両手を、クラリスの綺麗な金髪が生えている頭を両側から強く掴む。そして腰をぐっと更に奥まで突きいれた。

「んんっ―――!?」

なんの断りもなく行った俺の行動に、目を見開かせ驚きの声をあげるクラリス。
無理もない。もう理性を失った俺に残ったのはただ快楽を求めるという雄の本能だけだからだ。

彼女の頭をしっかり固定し、腰を振る。もはや彼女の奉仕だけでは飽き足らず、俺は自ら快楽を貪ろうと積極的な行動に出たのだ。
思わずクラリスは両手を俺の腰にあてる。しかしそれだけで、彼女は時折喉を鳴らしながらも俺の腰振りを受け入れてくれていた。

「ああ、お嬢様の口の中……気持ち良いですよ。唾液でとろとろで、体が全部とろけてしまいそうです。喉の奥もぬるぬるで格別だ」

俺の口から、卑猥な数々の言葉が意識せず飛び出していく。
だが口を使われ腰を振られているため、彼女はなんの返事も出来ずただただ俺の言葉を聞くしかない。そして俺の言葉を聞いている証に、彼女はその尖った耳を端まで羞恥により赤く染め上げていたのだ。

しばらくかなりの勢いで腰を振っていたものの、すぐに射精感は高まっていった。精子が腰の奥底から湧いてきて、今にも排出されようと準備し始める。

そして、彼女の眼前で振っていた腰をぴたりと止め、肉棒を突きいれていた口内へ遠慮なく、どくどくと精液を流し込んだ。

「――――――っっ!!!」


声にならない声をあげ、喉を震わせるクラリス。一方の俺は、凄まじい快感によりおぼつかない意識をなんとか繋ぎながら、ただ腰から届く快楽に浸っていた。

自分でも驚くほどの量の精液を口内へ流し込んだ。これもインキュバスになった効果だろう。人間の時のそれより遥かな性欲と精液の量だった。
その証に今しがた彼女の口を乱暴に使い、出したばかりの性器がまたもやむくむくと膨れ上がり、恐ろしい事に次の快楽を貪ろうと充血し始めたのである。

「んくっ、んくっ、んんっ♪」

彼女はようやく、俺から放たれた精液を飲みほした様子だった。
とろんとした瞳で何度も嚥下し、口を空にしたクラリスの顔にはもはやいつもの凛とした表情の面影もなく、毅然とした態度の誇り高いヴァンパイアの姿もない。そこにはただ一人の雌しか居なかった。

「すごい……バルトのせいしぃ、美味しすぎるよぉ♪」

口の端から白い液体を流しつつ、夢見心地な表情を浮かべるクラリス。若干開いた口の中から覗くのは、全体的に白みがかった彼女の舌だった。

「凄いですよ、お嬢様。断りもなく使わせて頂きましたが、お嬢様のお口は絶品ですね」

言って俺はまだ大きく勃起した自分の性器を満足させようと、クラリスの服を脱がしにかかる。なんとも複雑なドレスだった為、脱がせるのに時間がかかったが、代わりに露わになった彼女の裸は素晴らしいものだった。

日の光が苦手なため、必然的に太陽に当たらない肌は白く、シミひとつない絹の様な肌だ。
ヴァンパイアなので人間を遥かに凌ぐ力の持ち主ではあるものの、見た目は年相応の華奢な体格であり、体はとても細く、腰も見事なくびれをもっていた。

それを見るだけで自分の性器がビクンと跳ねる。これから、どうやってクラリスをめちゃくちゃにしてやろうか……そんな考えで頭が埋め尽くされてしまうほど、彼女の裸体は美しかった。

「それじゃお嬢様のお望み通り、交わりましょうか」

その言葉に、クラリスは顔を輝かせる。小さく頷き、近寄る俺の背中に両腕を回した。

まず俺はソファに横たわるクラリスの胸に顔を近づけた。
決して小さくはないものの、大きいともいえない曖昧な大きさのそれに、舌を這わせる。
重力に逆らい丸いラインを保つ彼女の乳房はとても若々しく、妖艶だった。

ちゅぅ……じゅる……

俺が彼女の胸に吸いつく音が部屋に響き渡る。もちろん、わざと大きめに音を立てているのだ。

「あぁっ、バルトぉ♪ そこ、そこ気持ち良ぃっ♪ でも切ないの、がまん出来ないっ♪ はやく入れてぇぇ♪」

彼女が身も蓋もない様子で、早く行為を始めたいと懇願してくる。だが俺は決して彼女の言う通りにはしなかった。
代わりに、快感にやられてだらしなく突き出していた舌を視界の端に収めた俺は、左手の人差指と中指を彼女の口へ入れる。

「ん……ちゅるる……ふぁぁ……ぢゅるっ」

何も言わず彼女は指をしゃぶる。よく出来たお嬢様だ……と心の中で呟き、満足する。そしてクラリスの胸を責めていった。
綺麗な白い肌にある桜色の小さな突起が、かなり硬くなって自己主張をしている。
それを口に含み、甘噛みしてやると、彼女の体がビクンと跳ねる。どうもクラリスは感度が良いみたいだった。心の中で愉快に笑い、責めを再開する。

相変わらずちゅぱちゅぱという指をしゃぶる音が聞こえ、俺の気持ちを興奮させていく。お返しと言わんばかりに右手で右の胸を揉み、左の胸を吸い上げていった。

「んーっ、れろぉ……ん、はふほぉ、はやふぅ……♪」

胸から伝わる快感でどんどん舌の動きが鈍ってきたクラリスが、遂に我慢ならないといった様子で言葉を漏らす。
そこで俺は「仕方ないですねぇ……」と呟き、乳房から顔を離し、ちゅぽんっと小気味の良い音をたてながら指を引き抜いた。

その行動で彼女はやっと本番が始まるのだと思ったらしく、クラリスは遠くから見て分かるほど息を荒げ、腰を妖艶にくねらせた。

だがそんなつもりは毛頭なかった。
せっかくのお楽しみは、もっと貪る様に楽しみたかったのである。ぞくぞくと背筋が震え、彼女の反応がどんなものになるのか期待が高まっていく。

胸ポケットから、とある小さな白い包みを取り出した。
それを見た彼女は、一体俺が何をしようとしているのか分からないという風な面持ちだ。

包みを彼女の目の前でゆっくり剥がしていく。徐々に徐々に、中身が露わになっていく光景。未だに彼女はこれがなんなのかを理解していない様子で、俺は更に興奮していった。

「これ、何かわかります?」

俺がそう言い、完全に包みを剥がした物体を見た彼女は途端に、絶望に近い感情が一瞬で顔に広がったのだった。

そう、俺が包みの中から取り出したのはニンニクの粒だったのだ。

「それはっ……!」

驚き、焦りの表情を浮かべるクラリスとは対照的に俺はニヤリと意地の悪い笑みを浮かべる。

「流石貴族の家ですよね。書斎には色んな本がありまして、暇な時にそれを読ませて頂きました。すると面白い事に、ヴァンパイアに関する本があって、事細やかにヴァンパイアの特徴が書かれてましたよ。……弱点の事についても、ね」

そう。召使いとしての業務が終わり、時間に余裕があった時にはこの館にあった本を読んでいたのだ。その本の中にヴァンパイアについて書かれた本があり、弱点として色々なものが存在するのを知ったのである。

その内のひとつがニンニク。本によれば、匂いを嗅ぐだけで思考が定まらなくなり、口にいれようものなら完全に思考が飛ぶという。
だから俺は上手くこれを使い、館から脱出しようと常にニンニクの欠片を持ちあるいていたのだ。

……だが、自分でも鬱憤を晴らすためにここでニンニクを使うとは予想だにしていなかったが。

「や、やめてバルト。それはダメなの、本当に頭が、どうにかなっちゃうからぁ♪」

ニンニクの粒を、彼女にゆっくり近づける。
すると彼女は激しくいやいやと顔を横にふり、拒絶の意を表す。
だが当然俺はやめようとはしない。彼女の上にのり、逃げられないようにした上で手に持ったニンニクの粒を彼女の眼前に持ってきた。

「―――っ♪」

匂いを嗅いでしまったクラリスは、恍惚の表情を浮かべる。
どうやら本に書かれていた通り効果は絶大なようで、もはや言葉を発する事もできずに顔を振ることもしなくなったのだ。
匂いだけでこれなら、口に入れた場合どうなってしまうのだろう。
そんな邪な好奇心が、俺に次なる行動を促す。ニンニクの粒を自分の口に入れ、彼女へ口づけを行ったのだった。

「んんんっ」

ささやかな声を漏らすクラリスに、俺は容赦なく舌を割りこませる。
真一文字に結んだ唇の割れ目に上手く入り込んだ舌が彼女の口をほぐし、粒が入り込むスペースを確保した。
そして遠慮なく俺は粒をクラリスの口内へ送る。

「んん―――っ!! 」

その声だけで、完全にクラリスから理性が飛んだのが確認出来た。
あられもない様子で頬を赤く染め、体をよじらせる様はヴァンパイアが持つ威厳の欠片もなかった。

それでも俺はまだ仕返しをやめない。更に俺は身を起こし、一旦彼女から離れる。

先程まですぐ近くに居た俺の温もりがなくなった事に気付き、ニンニクのせいで火照り昂る体をソファの上でよじらせながら彼女は口を開いた。

「バルトぉ♪ なんで離れるのぉ、私寂しいよ、お願いだから、早くキてぇ♪」

良い調子だ……思わず笑みを浮かべてしまう程、俺は満足していた。
あのプライドの高いクラリスが、こうも堕落している様子がたまらなく心地良かったのである。

ここまで来たからには更に彼女を乱れさせたいという気持ちが、俺の本心だった。

傍らに置いてあったテーブルに視線を移す。そこには、偶然ながらも俺が持ってきた水の入っているコップがあったのだ。

それを手に取る俺を見たクラリス。しかし、それがどんな意味を持っているのかを察する事が出来ないほど理性が吹っ飛んでいたのか、彼女は相変わらず俺を求める言葉しか口にしていない。

「今、イイものをあげますからね」

期待の感情が溢れる口調で呟いた俺は、彼女に再度近づき、水が並々と注がれたコップをゆっくり傾ける。中の水がどんどん傾いていき、限界を迎えた水はついにコップから零れ、真下に居たクラリスの腹へと零れていった。


「―――――――――――あぁぁぁっっっっ!!♪♪」


するとクラリスは絶叫する。無理もないだろう。本によれば真水に触れたヴァンパイアの体にはとてつもない快楽が走るというのだ。ニンニクの匂いを嗅ぎ、粒を口内に入れられ、じらされた上に真水をかけられる。
人間の俺でも、それがどれ程の威力をもっているのか想像に難くなかった。

なんどもなんどもクラリスは背筋を反らせ、体を跳ねさせる。
次第にそれが落ち着いた頃には、もはや体に力は込められておらず、完全に脱力していたのだ。

「ああぁっ……らめ……もう、なんにもかんがえられなひよぉ♪ ばるとぉ、おねがい、おねがいだからぁっ♪ なんでもいうこと聞くからぁ、バルトのおちんぽちょうだいっ……♪」

俺が行った様々な責めに、もはや上手く呂律も回らない口でなんとか言葉をクラリスは紡ぎ出す。
目に涙を浮かべて胸が大きく上下するほど荒い呼吸を繰り返し、手は自然に秘部へと向かいくちゅくちゅと自分を慰める。
高貴なヴァンパイアも形無し、といった光景に俺は完璧に満足した。

「お嬢様がここまで乱れるとは思いませんでしたよ……それじゃ、頑張ったご褒美に、お嬢様がお望みのものをあげましょうか」

もう俺の方も我慢できない。目の前で繰り広げられる淫らな光景に、自身の一物も限界まで怒張していたのだった。

「……ばるとぉ♪」

ふにゃふにゃになった笑顔で、俺がやっと交わろうとするのを迎えいれる。
小さく俺の名前を呟いたクラリスは、絶頂に達して脱力した体を俺にゆだねた。

「それじゃ、入れますよ」

しきりに自慰を行う彼女の両手をなんとか引き離し、彼女のぴったりと閉じた毛が一本も生えていない割れ目へ性器を宛がう。
クラリスの割れ目と性器の先端が触れあい、少しばかり待ったあと、その秘裂を一気に貫いた。

「あぁぁっっっ♪」

脱力しきった彼女の体が大きく跳ねる。じゅぷっという、もう既に濡れきった彼女の秘部から粘着質な音が耳に届いた。

「どうですか? とろけきったお嬢様も、今ので目が覚めましたか?」

肉棒に伝わる快感。クラリスの膣内は、彼女の言葉通り俺を待ち望んでいたかの如く性器を受け入れ、竿を瞬時に締め上げる。襞が細かく動いて俺の性器をしぼりあげてくるのをひしひしと感じた。

その快楽は言葉にするのが出来ない凄まじいものだった。
一瞬でこちらの理性も消え、夢中で腰を振る。自分の腰が砕けてしまうのではないかと思える勢いで腰を彼女に打ちつけ、更に奥へと性器をねじ込んでいく。

「ひゃぁぁっ♪ キた、バルトのおちんぽが、やっとナカにきたぁっっ♪」

一方クラリスは、耐えに耐えた今までの快感が爆発したのか、またも舌をだらしなく突き出しつつ今まさに俺と繋がっている自分の股間を見て、恍惚とした笑みを浮かべていた。

自分が腰を強く打ちつける度に、彼女の胸が揺れる。その光景がたまらなく淫靡であった為、よりそれを楽しみたいと思った俺は彼女の両手をそれぞれ掴み、こちらに引き寄せる。すると彼女の腕に挟まれた胸は形をかえ、更に中央へと寄せられた。

「いい光景ですよ……お嬢様。美しいです」

支配欲が満たされていく俺は、彼女にそう囁く。
そんな言葉を耳元に受けた彼女は、やっと理解したのか数刻遅れてから言葉を返した。

「ほんとっ? 私今……きれいなのぉ?♪」

相変わらず腰を打ちつけられ、ガクガクと上下に揺らされながら彼女は嬉しそうに目を細める。俺は彼女の腕を離す事なく「ええ、きれいです」と返事をしながら一心不乱に腰を振っていた。

膨張した俺の肉棒が、クラリスの狭い膣をえぐる感覚がとてつもない気持ち良さを俺に与えるので、一生このまま過ごしていたいという気持ちに少し駆られてしまう。
頭を左右へ小さく振り、邪念を打ち消した俺は目の前の行為に集中した。

快感に打ちひしがれている時間が終わりに向かう事を告げる射精感が、腰にやんわり広がってくる。

「ばるとぉっ♪ いいよっ、もっとうちつけてぇっ♪ あなたのせいし、そそぎこんでぇっ♪」

クラリスは自身に腰を振る男を見上げ、幸せの極みにいる様子だった。目には涙を浮かべ、胸が上下するほど大きな息をしつつ両手を掴まれているが、それでも彼女はこれ以上に淫らな行為を要求してきた。

それに答えるように、性器はまた大きくなっていく。張った傘が彼女の膣内をえぐり、掻き乱す。その感触は病みつきになってしまうほどの快感をもたらしたのだった。

「もうそろそろ……ですかね」

こちらも余裕がなくなり、必死に声を絞り出す。それを聞いた彼女は意識してそうしたのか、膣をギュッと締め付けてきた。それが決め手となり、絶頂へ向かう速度を更に加速させたのだ。

「イくっ♪ イくっ♪ もう、らめぇ……っっ♪」

恥も外聞もなく淫らかつ本能に従順な言葉を言い連ねるクラリス。
それにつられ、俺も限りなく気持ちが昂っていき、最後には腰を強く打ちつけて性器の先端を彼女の一番深い場所へ突き入れたのと同時に……果てた。

「うっ……!」

「あぁぁぁっ、バルトの精子がぁっ……あぁっ―――――――♪」

びゅるっ びゅるるるる

こんなに離れているのに、音が聞こえてしまうのではないかと思えるほど激しく俺は射精した。とめどなく溢れる奔流に、俺は思考や理性が全て持って行かれると本気で思ってしまったのだ。

射精している最中も、時折腰を振ってしまう。それに合わせ、彼女も絶頂の中体を震わせた。だが彼女の子宮はそんな時でも貪欲に俺の鈴口にキスし、更に精子を吸いだそうと吸いついてきた。

「あぁっ……んっ……♪」

人間の時とは比べ物にならない量の精液を、休むことなく彼女の子宮に注ぎ続け、しばらくしてやっと射精が止まった。
一気に疲労感が湧き起こり、全てが終わったのだと俺に実感させる。

流石に息を荒げる事を我慢出来ず、肩で息をした。
体裁を取り繕えなくなるほどの快感だったのだ。それに追い打ちをかける疲労感に、俺は耐えられず疲れの色を顔に浮かばせる。

「はぁ……バルト……わたし、幸せだよ……♪」

心の底から言っている事がわかる程、純粋に笑みを浮かべるクラリスは今しがた解放された両手を、俺の首の後ろへゆっくりと回した。

「とっても淫らで、プライドの欠片もなかった姿でしたよ」

俺がそう囁くと、途端にクラリスは行為の最中を思い出したのか耳の端まで真っ赤に染め、吸血もせずただただ俺の首筋に噛みついてきたのだった―――








―――行為が終わり、互いに少しばかり休んだあと身を起こす。
服など身につけておらず、一糸纏っていないクラリスの姿が横にあった。
俺をさらったクラリス……しかも魔物の彼女と情事を重ねるなんて、ちょっと前の俺には有り得ない事だった。

しかし、今ではその妖艶な姿に魅力を感じざるを得ない自分が、悔しいが確かに居る。
クラリスの顔を見ようと彼女の方へ視線を向ける。
……ちょっとした異変が、そこにはあった。

「……?」

ずっと俺と交わる瞬間を望んでいたといっていたのに、クラリスは悲しそうな面持ちで俯いている。それが不思議で、俺は思わず声をかけていた。

「……どうしたんですか、お嬢様?」

そう優しく問いかけたのだが、クラリスは視線をこちらに合わせず、ただ虚ろな目で俯いているばかりである。

「……お嬢様?」

もう一度、そう呼んだ時だった。

「バルト、なんで思い出してくれないの?」

クラリスは俺の方を強い瞳で見つめる。
その目にはなんともいえない、悲しい気持ちが浮かんでいるのが見てとれた。
……しかし、クラリスの言葉を理解する事は出来なかった。

「一体どういう意味ですか」

事態が上手く飲み込めない俺は、純粋に浮かび上がった疑念を晴らすべく、彼女へ質問を投げかける。

「私……貴方とずっと昔に、もう会っているのよ」

その言葉に、俺は驚きを隠せなかった。
俺とクラリスが、既に会った事がある?
咄嗟に記憶を思い返してみても、心当たりがなかった。しかし、今こんな状況で彼女が嘘をつく理由なんてないだろう。だとすると一体どこで……。

逡巡を始めた俺に対し、クラリスは続けて口を開いた。

「……私がまだ幼い頃。両親と共に馬車へ乗って、遠くへ出かけた時の事よ。馬を休めようと立ち寄ったとある農村に、貴方は居た。私は馬車から下りて、村の子供達と遊ぼうとしたのだけれど、貴族の私に近寄ろうとする子は一人も居なくて、とても疎外感を感じたわ」

彼女は遠い目で過去を語り始める。その顔を見るだけで、俺も自然と聞き入ってしまう力がそこにはあった。

「でも貴方は違った。誰からも話しかけてもらえず、皆どこかへ行ってしまい一人になった私に貴方は花を持ってやってきたの。そこで、臆することもなく私の手を引いて、貴方のお気に入りの場所……村の中央にある風車へ連れて行ってくれたわ。風車の上から広がる光景はとっても、綺麗だった。そこで私、貴方に言ったの」

一呼吸置いて、クラリスは切なそうな表情で俺に向き直る。

「“大きくなったら、私と結婚してくれる?”って。すると貴方……バルトは、笑って……」

そこまで言うと、彼女は瞳に涙を浮かべた。俺は立ち眩みに似たものを覚え、一瞬視界が白くそまる。
……確かに、俺がとても小さい頃、貴族の馬車が村に立ち寄った事があった。
立派な黒い馬に、高価な材木で作られた馬車。美しい装飾が施されたそれは、農村で過ごして来た俺にとって想像すらつかない物体だった。

そして一目でわかるその貴族の馬車を俺の村は快く受け入れ、馬を休めさせた。すると馬車の扉が開き、一人の少女が降りてきたのを覚えている。
美しかった。
きれいな金髪に、俺とは大違いの美しい服。何から何までこの村に居る人間と違う少女は、今目の前にいるものの完全に別世界に居る人間に感じられたのだ。

少女は退屈していたのか、この村の子供達に積極的に話しかけてきた。
しかし皆、俺と同じ思いだったのか中々会話しようとは思わず、散り散りに逃げていく。それを目の当たりにした少女は、瞳に涙を浮かべていたのを俺は見たのだ。

俺は咄嗟に近くに生えていた野花を摘み、彼女の下に駆け寄る。
そしてそれを無愛想に、何も言わず突き出したのを彼女は笑顔で受け取ってくれた。それが嬉しくて、彼女の話を聞こうともせず手を引っ張り村中を紹介したのだ。

……そして、風車のてっぺんに連れて行き、俺のお気に入りの場所へ連れてきた時だ。風が止む事なく吹き渡り、俺とクラリスの髪をなびかせる。ビュービューという風の音以外には、クラリスの声しか耳に届く音はない。

「……わたしと、大きくなったら結婚してくれる?」

恥じらいながらも、誰も居ない風車のてっぺんで恐る恐る少女は言った。
それを聞いた俺は、とても嬉しくて、大きく頷いてみせたのだ。

……記憶の片隅……いや、もっと最果てに置かれ忘れていた記憶が、鮮やかによみがえる。
その後、少女は馬車に乗って出発して以来俺は彼女に会う事もなく、過ごしていく日々の中でその出来事を忘れ去っていたのだ。
だが、まさかその少女がクラリスだったとは……


「私、あの時の事をずっと忘れられなかったの。出来る事ならすぐに貴方の居る村に行きたかった。……だけど、反魔物派の土地だから易々と自由に動けないし、家のしきたりによって積極的に貴方と接触する事もできなかったの。だから歳を重ねる度すぐに母へ“召使いを雇っていい?”と尋ねたわ。私にただの人間の貴方と接触する方法はそれしかなくて。だけど、一人前になるまで召使いを雇うのは認めてくれなかった。ずっとずっと、この歳になるまで貴方が家に来るのを待ち焦がれていた……」

今までの経緯を説明するクラリスの顔には、悲痛な思いが込められていた。
俺はそれを無言で聞き遂げる事しか出来ず、胸が締め付けられる思いだった。

「でも、やっと一人前と認められたお陰で“召使い”を雇う事が出来た。だけど、貴方がここに来た日、貴方は私の事を忘れていた……それがとっても、辛かった。それで怒った私は、無理矢理貴方を従わせようとしたんだけど……それも辛かったの。いやだと思いつつも、私を全く覚えていない上に逃げだそうとする貴方を前にすると、無理矢理従わせる事しか出来なくて……」

そこまで言い終えると、音もたてずクラリスは涙を流した。一粒の水滴が、一筋の線を白い頬に浮かべる。

「何年も待ち望んだ、さっきの行為だって、貴方は私を思い出してくれないからずっと“お嬢様”って……。本当は“クラリス”って、村に行ったあの時の貴方みたいに、自然に接して欲しかったの」

最初に彼女とここで会い、俺が何故名前を知っているのか尋ねた際の驚いた顔を思い出す。言いようのない自責の念が浮かび、俺を戒めていった。

「それに、人間の男の人は家庭的な……料理が出来る女性が好きだって聞いたから、一生懸命料理を覚えたの。今まで貴方がここで食べたご飯、私が作ったのよ」

俺は額に手をあてる。まさか、ここまで思われていたとは。
我ながら自分の鈍感さにつくづく呆れてしまう。今までずっと出てくる手の込んだ料理に感心すら示さず、外部の使用人か何かが用意しているものだと適当に決めつけていたのだ。

彼女が食事中、やけにこちらを見ていた事も全て合点がいく。彼女にとっては何年も何年も待ち続けていた光景だったのだ。

それなのに俺は、ひたすらに彼女から逃げ出そうと画策し、彼女へ冷たい言葉や皮肉を浴びせ続けていたのか……。

俺は我慢出来ず、彼女を抱き寄せる。不意に抱きしめられたクラリスは「あっ」と小さな声を漏らした。

「……本当に、申し訳ありませんでした。お嬢……」

言葉を止め、一呼吸置く。彼女の甘い香りが、空気と一緒に肺へ流れ込んできた。

「クラリス」

彼女は何も言わず、俺の背中に両腕を回し抱きしめた。今までのどの抱擁よりも暖かく、心地良い抱擁だった。

「クラリス……悪かった。鈍感な俺を許してくれ」

そう謝罪する俺に、クラリスは無言で首を縦に振る。俺は心に決めた。昔交わした約束通り、彼女と結婚して幸せな生活を築こうと。

固く決心した俺に、クラリスは顔をあげ、その紅い瞳をこちらに向けた。

「本当に許して欲しいと思ってるの?」

不安そうに、だが何かを期待するような面持ちで俺を見上げるクラリス。俺は当然「もちろんだ」と返した。

その瞬間、彼女の瞳が妖しく光り、一瞬で体の自由が利かなくなったのだ。

「クラ……リス……?」

突拍子もない行動に、俺は一瞬にして思考が止まる。一方彼女の顔には一転して意地の悪い笑顔が浮かべられていた。

「大好きな貴方と想いを遂げられたんですもの……どんな事だって許せるに決まってるでしょう」

そう言い、彼女は片方の手をすっと前に移動させる。

「……でも、あの“ニンニク”だけは許せないわね。仕返しに、身動きがとれない状態で私が今まで我慢した数年分、たっぷり気の済むまで貴方をイジメさせてもらうわ……♪」

彼女の手が俺の股間辺りにまで移動したものの、俺は石のように固まって何も行動がとれなかった。



……どうやら、まだまだクラリスとの夜は終わらないみたいだ。
13/11/29 15:27更新 / 小藪検査官

■作者メッセージ
どうも、小藪検査官です。
サラマンダーのお話に続き、今回で2作目です。
正直な話、前のお話で叩かれて小説書くのやめるんだろうなぁと、虚ろな目しながらガチで思ってましたw 2作目頑張れたのも本当に皆さまのお陰です!
有難う御座います!

早速ですが反省点。やはり……今回も長くなってしまった……。
どうにか展開を早めようと努力しても、ワードに表示される文字数は増えるばかり……。いずれ出来る限り短く、読み易いお話を書けるよう精進したいです。

……余談ですが、前作をお読みになって頂けた方ならもしかするとお気づきになったかもしれませんが、今回も発展した商業都市付近が舞台です。それに調子こいてますが、しばらくはこの舞台でお話を書き、それぞれのお話が互いの話になんらかの影響を及ぼす感じにしたいと思ったりしてます。……ほんのちょっぴりですが。
今回の作中にも、次に書こうとしてる話に関わる展開を匂わせてます。

ここまで読み切ってくれる方が今回も果たしていらっしゃるのかどうか……

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