「さて、帰るとするかね」


任務を達成し、帰還する。
報告もあるので速やかに本部へ戻らなければならない。



俺の名は、スヴァル＝ソルトヴェルデ。


『教団』では特殊な役職、「魔物調査員」を務めている。

「魔物調査員」とは、その名の通り魔物娘を調査し観察、のちレポートにまとめて教団本部の資料室へと保管される。


一応大事な役職なのだ。
だが、ついこの間出来たばかりである。

全部が全部、調査で統一という訳ではない。
稀に諜報員の役割も受け持つことがあり、先程の任務は諜報の任務だった。


と、自分語りをしているうちに教団本部へと辿り着いた。




「……という訳で、報告は以上です。
細かい補足はレポートを参照して下さい」

「了解。スヴァル中尉、自室待機を」

「では、失礼します」


簡潔に淡々と報告をすませた。

俺のクラスはまだ中尉。目指すならもっと上を目指したいものだ。
貰える給料だって相当違うだろうし。

「よし、行くとするかな」


そして、俺は自分の部屋には戻らず、ある所に向かった。



毎度の事ながら、そこに行くには少し距離がある。

「やっぱり遠いよな…」と悪態をつきながらもそこへ到着した。




「あ、スヴァルお帰りー」

迎えてくれたのはカラステングの娘。

「ただいま、ミロク」


ここカラステングの一族が住まう集落、「黒旋谷」に俺は任務を終えると必ず立ち寄る。


基本的に『教団』の人間は魔物との接触、及び交流をもってはいけないとされているが、「魔物調査員」である俺ならば多少の嘘が通る。

なので開き直って、様々な魔物娘達と交流を今も続けている。


「で？今日はどんな任務だったの？」

「…ん〜、何かアルタイル地区周辺に教団のアンチが潜んでいそうだから偵察してこい、ってさ。いそうなだけで、影ひとつすら無かったんだけどね。
自意識過剰も大概だよ全く」

「へえ〜。今度私も調べてみるよ。
ま、そんなことより私も色々調べてきたよー」

なぜカラステングである彼女と親しい関係なのか、それは数年前に遡る。



俺が未熟だった頃。
いわば今の役職に就く前―――新人の諜報員だった頃だ。

新人の俺に任された任務。
夜通し状況を伝え続ける観察任務で、帰還途中の暗い森の中でよろめいて足を挫いてしまった。

おまけに、霧が視界を妨げ、通信機器もジャミングという最大の不幸に見舞われた。

寝ていない俺の意識は朦朧としており、どこをどう歩けば本部に戻れるのか分からず、立ち往生していた。


そこに、現れた一匹の魔物娘。
それがミロクだった。

最初見た瞬間、何者だと思ったが思考が働かず、やはり報告をしてでも仮眠を取るべきだったと後悔して、意識を失った。

ミロクは俺が意識を失ったのが分かると、身を案じて黒旋谷へと引っ張って来たそうだ。


意識が戻った時、一族みんなが敵対心を剥き出しにしていたが、後にしっかり和解し族長によって出入りが許された。

不穏な動きがあれば容赦はしない―――とも忠告されたが、恩人に手をあげる程俺は残忍な人間ではない。

「でさー、どうやら近々バフォメットの黒ミサがあるみたいなんだ」

「へえ、そうなのか。
……だとすると、それについて任務が言い渡されるかもな」


実は、ミロクとの出会いがきっかけで「魔物調査員」という役職を作るよう本部に要請した。

動機は、「魔物全体の動き、ダークマターの出現の察知、種族ごとの習性を観察」……など、必要性という出任せを並べ立てた様な物だが。

本当の理由は、「教団が嫌っている魔物達の、それぞれの種族と繋がりを持ち、いつか教団という組織を無くす」という野望があるからである。


俺は思うのだ。共存は可能だと。
教団を無くすかはさておき、魔物娘と人間は分かり合える。
たとえそれが、身体だけの関係であろうと…。俺はそう思う。



「――――ねぇ、聞いてた？」

「ん？聞いてる聞いてる、大丈夫だ。
さすがはミロクだ。俺だったら優秀な部下として傍に置きたいくらいだ」

「あっ……当たり前でしょ！スヴァルにだって負けないもん！」


彼女は照れながらも、えっへんと胸を張った。

「むしろ……部下じゃなくて……その……」

「？　どうした？」

「……もうっ、知らない！」

彼女は近くで遊んでいた子供達の所へ飛んでいってしまった。

どうやらミロクは俺に好意を持っている様だが、俺は生憎まだ覚悟が出来ていない。

俺だってミロクは魅力的な女性だと思う。
だが、今はまだだ。

まだ、手を出せない。

「ほっほっ、青春ですなぁ」

「あ…、お邪魔しています。族長、体調はいかがですか？」


隣にやってきたのは族長だった。


黒旋谷を仕切る族長一代目、『ダイグレン＝ゴールド』。

黒旋谷を造り上げ、カラステングの妻を持つ彼は、いくつもの修羅場をくぐり抜けてきたと言われる人間だ。

「なぁーに、まだまだ現役じゃぞ。スヴァル君には負けない自信がある。
またいつか、お手合わせ願おうかの」

「はは……。年長者には敵いませんよ」


さながら族長、にこやかな笑顔とは裏腹に、纏うオーラは歴戦の覇者の様だ。

この人と本気で殺り合ったら、命がいくつあっても足りないだろう。

「ミロク……あの娘は素直かと思えば見栄を張るからのぉ、もう少し正直になれば良いんじゃが」

「そこが彼女の個性でもあります。俺は好きですよ？…ああいうところ」

「ほう―――心得ているな」


歳が離れた男二人が、一人の女性について語り合っている事など、彼女当人は知る由もないだろう。

「ほっほっ、若造が……ぬかしおる」

「全く…親でもないのに親バカですか？」

「集落の子供は皆、儂の子供みたいなもんじゃ……何よりの宝じゃのぉ」


族長は遠い目をした。
ミロクは近所の子供達とはしゃぎあっていたが…。

「儂も、いつ天寿を全うするか分からん。
その時は、皆を宜しく頼むぞ」

「……止めてくださいよ、余所者の俺に」

「余所者の中じゃ、腕が立つしの。なぁ、スヴァル君」

「族長が言うんでしたら、そうなんでしょうね…」


二人で語り合っていると、ミロクが子供達を連れてこちらにやってきた。

「じじ様、皆が遊んで欲しいって」

「おお、そうか。ミロクよ、スヴァル君を送ってきなさい」

「分かりました、じじ様。さ、スヴァル。近くまで送るよ」

「ああ、いつもすまない。では族長、失礼します」

「ではの……スヴァル君。
ささ、子供達ー？今から儂が活躍した昔話を始めるぞー？」


俺はミロクと共に集落を後にした。




「ここまででいいよ、ありがとう」

「そう？んじゃ、さよならだね」


ミロクが背を向け帰ろうとした所を、俺はそれを引き留めた。

「なぁ、ミロク。１つ聞きたいんだが」

「…ん？何かあるの？」


「俺の帰りをいつでも待ってくれるか？」


ミロクは頬を染め驚いた様だったが、すぐに笑顔になり、

「待ってるよ、スヴァル。いつまでも。
しっかし…、急に何だよ……。まるでプロポーズみたいな事言ってさ」

「いや、なんとなーく、ね。……もしかして、照れてる？」

「てっ、照れてへんわ！」


とは言いながらも、盛大に関西弁である。


「でも、俺には帰る場所があるんだな」


「――うん。私がいるよ。
ちゃんと帰る場所に、私はいるから」


俺はミロクの手を取り、力強く絆を確かめる様に握りしめた。

ミロクの温もりを感じた。

「そろそろ行かないと。んじゃ、またな」

「うん、またね」


(ミロク―――。
それは俺が、心を許せる大切な居場所。一番大事な俺の…繋がり。)


一人と一匹は、それぞれの街へと戻っていった……。




数日後。

「スヴァル＝ソルトヴェルデ中尉。今から任務を口頭で伝えます」


俺に告げられた次なる任務――。

「近日アルデバラン地区で行われるというバフォメット、魔女の黒ミサを追跡、及び内容を調査せよ。
――――任務の概要は以上だ」

「了解。
スヴァル＝ソルトヴェルデ、これより任務を開始します」


支度を済ませ、現地へ向かう。

「さてと……行きますか」



―――俺は次なる任務へと向かった。

■作者メッセージ
スヴァル君の物語始まり始まり〜……っつてね。

稚拙な文章かと思います。力不足ですね。

こっからどんどん書いていきたいです。

次回はバフォメット回ですね。

暇潰しに読めるような物語にはしますので、どうか。