連載小説
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太刀洗彼方は人外を惹きつける その1
 世の中にはどうしても説明することができない事象が多々ある。異次元への砦や魔の三角海峡とも呼ばれるバミューダトライアングルや水源の確保や建造物に必要な資材の運搬方法が今日でも解明されていない『空中都市』とも呼ばれるマチュピチュなどがあげられる。説明することができないからと言って、そこに存在するものを無視することができないのが人間のサガというものなのだろう。今年で小学3年となった俺、太刀洗彼方はそんなことを日々考えて過ごしている。以前近くの神社に住むお姉さんにこのことを話したら「カナくん、日本にはね、『好奇心猫をも殺す』って言葉があるんだよ」と言われた。あんなすばしっこい猫を殺せるなんて好奇心っていうのは相当な手練れだなと思った。とにもかくにも気になることはとことん追求したくなるのか俺の存在のすべてだ。
「おーい、外いかねーのかよー」
 つまり、今ものすごく気になることがある俺にとって目の前にいる女子は非常に鬱陶しい存在なのであった。
「おーい聞こえてるかー?おーい!」
「……」
 いい加減我慢もできなくなったので睨み付けて文句の一つでも言ってやろうかと思うと、
「ちょっと、もういいって菅野さん!」
「そうだよ、マジでやばいって!」
 彼女と違い俺という人間をよく知ってくれているクラスメートが怨敵菅野愛梨を引き剥がして引っ張っていく。
「えー!何でだよ!たまには連れていこーぜ!」
「無理無理、あいつと遊んでも楽しくないから」
「去年の遠足とかも行ってもずっと無表情で楽しいんだか楽しくないんだかわからないし」
「そーそー、普段自分の椅子に座ってるだけだと思ったらいきなり変なことやりだすし」
「なんか人形を相手にしてるみたいなんだよなー」
 各々が好き勝手に俺の話をしながら下駄箱へ向かっていく。よし、これでようやく図書室に行くことができる。
 あいつ、菅野愛梨は転校生だ。話を聞く限り以前いた学校のこととか家族のことは一切秘密にしており、時々妙に大人ぶった口調で説教をしている。俺が知っていることといえばそのことに加えて女子のくせに自分のことを『俺』ということと明るく誰とでもすぐに打ち解けることができることぐらいだ。はじめは『男女』なんて呼ばれていたがすぐにそう呼ぶ者はいなくなり、今ではクラスの中心にいるといってもいいと思う。正直クラスの中心とかはあんまり気にしていないからわからないけど。
 「……さて」
 昼休みの時間は限られている。できるだけ早く『アレ』に関する答えを見つけ出したいところだ。しかし、正直この図書室で調べられることはほぼない。もしあるとすれば―
「不思議!現代の妖怪大辞典……こんなのに興味あるのか?」
「おふぉりょあ!?なんでお前がここにいる!?」
「おふぉりょあってなんだよ!」
 とっさに出てしまった自分の意味不明な情けない叫び声に恥ずかしさを感じつつも目の前でケタケタと笑う菅野愛梨を睨み付ける。
「関係ないだろ、あっちいけ」
「いーじゃんか俺暇なんだよー」
「サッカーはどうした」
「飽きた!!」
 なんてやつだ。自分から輪の中心に入っていきながら自分が飽きたからさっさと抜け出すとは。
「先生……暇つぶしが……したいです……」
「バスケでもやってれば」
残念だがこれ以上この鬱陶しいやつにまとわりつかれるのは御免だ。放課後また来よう。
「サッカーいくのか!」
「……いかない」
「じゃあなにするんだ?」
なんでこれほど嫌がる人にまとわりつくのだろうか。それとも嫌がっていることにすら気がついていないのか?おそらく今後もこいつはまとわりついてくる可能性が高い。もう諦めるしかないか……―



―「……ついてきて」
目の前の少年、太刀洗彼方は諦めたような、残念なものを見るような目で俺を見てくる。初めのうちは嫌われているだけだと思っていたけど、どうやら誰に対しても壁を作っているというか一定の距離をとっているようだ。それでも話しかけ続ければそれなりに反応してくれるしなにより他の子とは違う雰囲気というかニオイがどうしても気になったから俺は絡み続けた。それに俺の計画的にも適任だと思うしな。
彼方に先導されて着いたのは学校によくありがちな学校創設者の銅像の前だった。ただ、とある偉大な人から様々なことを教えてもらった俺にはわかる。このどうぞうには若干魔力の痕跡があった。
「……やっぱりおかしい」
「……別に銅像ぐらいおかしくねーだろ」
「そうじゃない」
ごそごそとポケットの中から何枚かの紙切れを出す彼方。
「まずはこれを見て」
渡されたのは学校創設者の顔写真。どうやって手に入れたんだこいつ。いや、それよりも―
「毛が生えてる……だと……!?」
顔写真にはばっちりと髪が生えている。なんというかものすごいカツラっぽいけど一応頭部に毛がある。しかし目の前の銅像には何もない。太陽の光を鈍く反射している。まあ髪(ズラ)の部分があっても反射はするだろうけど。
「んー、でもそんなに気にすることか?像を作るときにズラを引退してただけかもしれないし、それか作ってもらうときにズラが外れてたとか」
話しているうちに段々可笑しくなってくる。ズラを引退ってなんだよズラは生涯現役だろ。引退するなら最初からズラなんか使うなよ。っていうかそもそもなんで小学校にきてハゲの銅像の話をここまで真面目にやってるんだ俺は。
「はじめはそういう風に俺も考えた。だけど―」
2枚目の紙切れを渡される。どうやら集合写真のようだが……
「こ、これお前?相変わらずクソつまんなさそうな顔してんな!」
完全に止めを刺されたっていうか面白すぎる。他の生徒が思い思いにピースサインをしたり、変顔とかをしてるのにこいつだけは完全に無表情の直立不動のポーズ。隣にいる子が若干引き気味なのがさらに面白さを引き立たせている。
「ふざけるなら返せ」
「いや、じょ、冗談だって……プッ」
 爆笑したいところだがだんだん不機嫌なオーラが膨らんできたので笑いを堪えながらも必死に真面目な顔を作る。こいつの完全無表情な点を除けば一見ごく普通な集合写真に見える。顔ぶれから俺がここに来る直前の4月にでも撮影したものだろう。担任を中心にして3列に並ぶクラスメートたち。校舎と銅像をバックに桜がみんなの邪魔にならない程度に舞い落ち―
「髪が生えてる……だと……!?」
「そこまで驚くことなのか……?」
若くして感情を失ったお前にはわかるまい。確かに写真の銅像には髪……というかズラの部分がちゃんとあった。
「ズラかぶった銅像が最近になってハゲであることを暴露されたのか……」
「言い方が悪い。でもそうなんだ」
まあ確かにサッカーなんかよりよっぽど面白いし興味が引かれるよな。ただ―
(……やってることはくだらないけどここまできれいに加工できるのは並みの魔法じゃないよな)
ちらりと横の少年を見る。必死に答えを導こうとしているようだが子供の手に負える案件じゃないな。早々に切り上げるべきだ。
「これはとりあえず先生に伝えて直してもらおうぜ」
「もう言ったし写真も見せた」
「そしたら?」
「パソコンが上手なのねー、でもいたずらに使っちゃだめよーって言われた」
「なるほどなぁ……」
 明らかな矛盾があっても現実ではうやむやになり無理にでもつじつまが合ってしまう。きっとこいつはそれが気に食わないんだろう。
そうこうしているうちに午後の授業の予鈴がなる。この件は確実に俺達魔物が関わっている。放課後になればまた自分の気の向くまま徹底的に調べ始めるのは目に見えている。さすがに9歳の子供を得体のしれないことに巻き込むのはよくないし……。俺の計画に彼方は適任だし……。何とか別のものに気をそらさないとな―



―初めてだった。自分でもくだらないことだと解っていることだし、他の人から笑われるようなことを一生懸命にやる自分はとても変なことだと思うしもしかしたらこれが原因でいじめにあうことも覚悟してた。実際に菅野も噴き出していたし最後のほうなんかずっとニヤニヤしていた。それでも俺は菅野が何気なくつぶやいたなるほどなぁの一言をすごく嬉しく思ってしまった。グイグイ来るのは鬱陶しいし、声が大きいのも嫌だけど、もしかしたらそんなに嫌な奴じゃないのかもしれない。ムカつくけど頼めば手伝ってくれるかもしれない。そう思わせる雰囲気が彼女にはあった。
「とりあえずチャイムもなったし教室に戻ろうぜ」
 そう言って差し出してきた彼女の手を自然に握り返してしまった自分に驚いている。まるで何かの魔法にかかったかのようだった。そんなことが頭の中でグルグル回っているうちに退屈な授業が終わり、女子の怒った声が木霊する掃除を終え、放課後になった。
「なあ彼方」
「ん?」
 普段なら多くのクラスの奴と帰る菅野が全員の誘いを断り、まっすぐに俺のところへやってきた。
「あの銅像だけど……これ以上調べるのはやめようぜ」
「なんだよ急に」
 確かにこれ以上は『自力では』どうにもできないがだからと言って俺の好奇心は止まらない。
「あれは俺たちがこれ以上関わっていいものじゃないと思う」
「理由は何」
「そ、それに先生に言ってもかわされたんなら手詰まりじゃね?」
 怪しい。あんまり関わりのない俺でもここまで歯切れの悪い菅野は見たことも聞いたこともない。最も自分の中ですでに次の一手は考えてある。ここで諦めたそぶりを見せればきっと菅野の鬱陶しい絡みはなくなるだろう。それでいいんだ。好き勝手に動けたほうがやりやすい。なのに―
「……俺の家の近くに白樺神社ってところがある。ほんの少しちょっとだけ他の人と比較したら仲のいい人がいるからその人にも見てもらう予定だけど」
―なぜここでこの後の予定を自分から言ってしまったのだろう。そんなことを言えば確実に『俺も行く!』って言いだすに決まっているのに。
「え!?マジか!もう次のこと考えてたのかよ!でも……わざわざ言ってくれるってことは俺も行っていいってことだよな!」
 ニカッと笑うと鞄を持って俺のところへきて肩に腕を回して肩組みしてくる。何をやってるんだろう俺は―


―彼方の言う白樺神社に行くまでの間、何とかして情報を聞き出すことに成功した。歴史が長く、由緒正しき神社であり、古くから水の神様を奉っているらしい。そこにいる巫女さんと本人曰くほんの少しちょっとだけ他の人と比較したら仲がいいらしいので見てもらうとのことだった。……のだが。
(うわー、すげー魔物のプレッシャー感じるわー……)
 神社に近づくにつれ途方もない威圧感を感じ肌がピリピリしてくる。この国の宗教っていうか魔物のことはあまりよくわからないから下手に動くこともできない。そうこうしているうちに件の神社に到着した。石段を登るにつれプレッシャーも強くなってきている。正直完全に足が震えているし、もし一人だったら完全に腰を抜かしていると思う。そう感じさせるほどの威圧感があった。石段を登り切ると広い境内にでた。そこには一人の巫女が石畳を丁寧に竹ぼうきで掃除をしている。
「いたいた、丁度よかった」
 彼方のいう仲のいい巫女さんとは彼女のことなのだろう。雪原を思わせるほどの白銀の髪とその髪と対照的に迫りくる夕闇のような深紅の瞳が特徴の凛とした空気をまとった巫女だ。
(あれは確か……白蛇?だったか?)
 素早く頭の中で情報を整理する。基本的に彼女らは大人しく、はかなげな印象を持っているがひとたび自分の男が他の女と会おうものなら嫉妬の炎で襲い掛かってくる……だったか?
「カナ君、おかえりなさい」
「ただいま……雪ねぇ」
 衝撃。あの妖怪鉄仮面少年が恥かしそう視線をさまよわせている!?雪ねぇと呼ばれた白銀の巫女を見ると―完全に勝者の笑みを浮かべていた。こちらが白蛇という正体に気が付いたように相手もこちらの正体に気が付いているようだった。
「ねぇカナ君。カナ君の後ろにハイエナのようにくっついてきて年齢詐称してる怪しいちんちくりんな魔女は誰かな?」
「俺は彼方の親友の菅野愛梨だ。よろしくなアンチエイジング努力が必要な年増のお・ね・え・さ・ん」
 もはや戦争である。相手のほうが核が上とか関係ない。人がちょっと年をサバ読んでいるからと詐称まで言った挙句ちんちくりん呼ばわりされてへこへこしているほど俺はちっちゃくない。ましてや魔物のことを知らない人の前で正体を明かすなんて言語道断だ。
「魔女でもちんちくりんでも年増でも別にいいけど話し始めていい?あと相手を悪く言わなきゃ自分が上だって思えないのはカッコ悪いぞ二人とも」
 はい。完全に正論です。反論の余地もありません。白蛇のほうもそう感じたのか少しばつの悪そうな顔をしている。っていうか魔女の部分はスルーするのか……まあばれたらそれはそれで面倒だけど。
「菅野、この人はこの神社の店員の白川雪路……さん」
 ちゃんとした巫女を店員呼ばわりとは……やっぱりこういうところは小学生っぽいなぁ。……そして先ほどのように『雪ねぇ』と呼ばれなかったことに結構ショックを受けているようだ。憐みの目で見てやろう。
「こっちが菅野愛梨。俺の……と、友達……一応」
 ……いま、友達って言ってくれたのか!?やばい、すごくうれしいぞ!他人行儀にされた雪路さん(笑)を聖母のようなほほえみで見ると完全に雪路さんは目が死んでいた。

 ざっくりと今回の件の内容を話すと白川さんも魔物が絡んでいると気が付いたらしく、こちらに何度かアイコンタクトを飛ばしてきた。わかってる。俺だってこいつを今回の件で巻き込むつもりはない。
「カナ君ごめんね、菅野さんと少しお話したいからちょっとだけ待っててね」
「?わかった」
 そのまま本殿のほうへ行く彼方。さて―
「もうわかってると思いますが……私は白蛇の白川雪路。……み、未来のカナ君のお、お嫁さんに……ぁぅ」
「無理しないほうがいいんじゃねーの」
「無理なんかしてません!!」
「恥ずかしがるなら最初からやるなよ……」
 こういうのをギャップ萌えというのだろうか。
「俺は菅野愛梨。魔女。まーなんつーか、未来の旦那様を探しにきた感じ?」
「そんな軽いノリでよくこっちの世界に来る許可が下りましたね……」
「ほら、だって俺魔女だし?バフォ様の七光り的な?」
「……。」
 ものすごく汚いものを見る目でこっちを見てくる白川。失礼な奴だ。
「私はこの件に関してこれ以上カナ君を関わらせるわけにはいかないと思ってます。というか正直私以外の雌と関わってほしくないです」
「関わらせないってのは同感だがそれで止まるようなタイプじゃねーと思うけど。あとひとのことさらっと雌とかいうな」
「あなたを含めた精神的、肉体的に女に分類される生き物を一括りに雌といっただけです」
「なお悪いわ!」
 やはり聞いていた通りに独占欲が強いというか嫉妬心が尋常じゃないな。
「まあともかく、あんたから『解らない』って言えばさすがに諦めるだろうし、そういうことにしようぜ」
「そうですね」
 話がまとまったところで彼方を呼ぶ。異常であることはわかるが原因とその解決方法がわからないことを白川が伝えると『わかった』とだけ言い、あっさりと引き下がり、帰っていく。っていうか
「おいてくなよ彼方!」
「呼び捨てにするなよ」
「まあいいじゃねーか!んで、このあとどうするんだ?」
 この後彼方がどうするのか。それによってはまた引き止めなければいけないし、放置はできない。
「とりあえず……盛り塩をしておこうと思う」
「盛り塩ってお前……」
 ネタか本気かわかんないな……とりあえずついていくか―
17/01/20 02:00更新 / かすてら
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■作者メッセージ
魔物娘成分が足りない?ヘッヘッヘ……旦那。彼方少年と愛梨嬢の物語は始まったばかりですぜ。
 ……冗句はともかく、人肌程度の生暖かい目で見ていただけると光栄です。

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