読切小説
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最初で最後の告白を
 ミュージシャンを目指して上京したものの、自分と同じような人間などはいて捨てるほどいるんだという現実にブチあたった。それでも諦めきれずもがいていたある日のことだった。
「死んだ……アイツが?」
「ああ。葬式挙げるから、くだらねぇ意地張ってねぇで今週中には一回帰って来いよ。積もる話もやまほどあるからな」
「……わかった。また連絡する。わざわざありがとうな、親父」
「こんなことでも親に礼が言えるようになるとは、お前も成長したんだな……ま、それはいいや。またな」
 親父からの電話だった。もはや数年聞くこともなかった声を懐かしがる暇もなく、俺は通話の切れたスマートフォンを見つめる。
「……アイツ、体弱かったもんな……デビューするまでは帰らないなんて見栄張っちまってたから、死に目にも会えなかったってことか」
 安アパートの自室で一人つぶやく。昔から抜けてない癖で、緊張感が抜けるとつい虚空に向けて喋ってしまう。
「いつか消えていきそうで……それでも強く生きるんだって……いつも言ってたよな、お前は」

 話に上った『アイツ』とは、幼馴染の女の子である二宮恭子のことだ。家が隣同士、親同士も昔から仲が良かったらしく、家族ぐるみの付き合いをしていた。それが小学校を卒業し、中学生高校生と成長していくにつれ、お互いになんとなく距離を置いていた。当時恭子のことはただの幼馴染以上の感情は抱いておらず、当時恋人ができたと聞いたときも素直に祝福したものだった。本人はどことなく納得がいってなさそうだったが、相手は長身かつ爽やかな雰囲気を放つイケメンでサッカー部のホープ。ユース代表に呼ばれているというのを聞いて、同じ男ながら憧れと妬みのようなものを俺も持っていた。ろくに話したこともないし、当時文芸部にいた彼女がどこで彼と接点を持ったのかは不明だが。
 俺と彼女の距離が決定的となったのは、俺が上京すると決めたときだった。当時俺の武器となりうるものなど、中学の頃から好きだったギターと歌しかなく、それで食っていくしかないと本気で信じていた。今となっては何をバカなことを考えていたんだろうと痛感させられ、フリーターをしながらオーディションとレッスンを繰り返してなんとか食いつないでいる状態。通ったオーディションはまだ皆無だけど。
「まぁ、受けに行くだけでも周りを見て勉強になるしな……しかしこの言い訳も何度したかわからん」
 こみあげてくる悲しみと怒り。どこから?悲しみはわかる。怒りはどこからだろうか。家族?彼女?それとも自分?気持ちが整理できない。とにかく寝てしまおうとしても寝付けない。夜も遅いからギターも弾けないし歌うこともできない。故郷を飛び出してから気付き、暖め続けた思いをこめた歌を届けたい相手は、もう二度と会えないところにいってしまった。久し振りに、眠れない夜を過ごしてしまった。

 その次の日、ニュースを見て俺は驚愕した。恭子の遺体が安置書から消失したというのだ。翌朝監視員が交代した時に気付いて通報したという。しかも監視カメラに移った映像からは、その瞬間が全く移っておらず、不可解な事件として一躍世間を駆け巡った。開いた口がふさがらないとはこのことだろうか。
「一体何が起こったんだ……?完全に死んでいたんじゃないのか恭子は?」
 俺の足りない脳みそではいくら考えてもわからず、親父もお袋も慌てた様子で俺に電話をかけてきた。ただ、一番驚いてるのは恭子の両親だろうなぁ……。
「わっけわからん……悲しむべきなのか怒るべきなのか、それすらわからん」
 生きているのだろうか。生きているなら顔が見たい。上京して独りぼっちになると、故郷のみんなが恋しくなった時期が何度も訪れた。フリーターだからかっこつけれないため同窓会にも顔が出せず、連絡してきたと思ったらこれである。どうすればいいのか、正直頭が混乱している。
「……とりあえず仕事行くか」
 浮かび上がった答えは、とりあえず日常生活を普段どおりこなすことだった。

 事件性などもちろん不明。人為的に起こすにしても監視カメラを騙すなどというのは普通に考えると有り得ない。この日はどこへ行っても、どのワイドショーを見てもこの話題で持ちきりだった。二宮恭子が何者か知らなくてもショッキングだろう。仕事を終えた俺は帰宅すると、改めて親父に連絡をとる。
「何か情報つかめたか?」
「いや、何もない……ってわけでもないな。奇妙な女を見た奴がいたそうだ」
「奇妙な女?」
「深夜パトロールをしていた警官の話によると、艶やかで長い銀髪をたなびかせた美人だと言う話だ。なんでも、翼と尻尾が見えたらしい」
「何だよそれ。御伽噺か何かか?」
「俺も眉唾物だと思っているんだがな……そんな噂が流れるくらいこっちはパニックなんだと思ってくれ」
「わかった」
 そういって電話を切った。確かにそんな事態に陥ればオカルトの類だと思っても仕方ないだろう。まともな神経じゃいられない。俺自身できる限り平静を装っているつもりだが、頭の中は混乱状態だ。こんな日は歌ってスッキリして寝ようと、ギターを担いで家を出た。

「君は知らなかったろうけど、一人になって気付いたよ〜……」
 普段の自分らしくない、どこか気弱でかつ陳腐なラブソング。
「君が好きだって〜……」
 高校を卒業し、一人家を飛び出してようやく気付いたバカな自分。等身大の自分。それに気付いてから衝動で書き上げたこの歌詞。今の自分なら言える自身がある。しかし、もう二度と会えない。一日空けてわけのわからないことが起こってはいるが、それだけは変わらないのだ。

「ふーん、好きな娘に先立たれちゃったんだ……」
「……」
 すると突然俺の横に、悲しげな顔をした美女が座っていた。メリハリのあるプロポーション、美しく整えられた顔、艶やかで長い黒髪を持つ黒いワンピース姿の彼女は、俺の方を向いてそういった。こんな人は知らない。覚えいていないわけではない。知らない。こんな目が覚めるような美人さんなら、一度見たら絶対忘れない。
「でも大丈夫、すぐに会えるよ」
「……勝手なことを言わないでもらえますかね。失礼します」
「君の歌、すごく気持ちがこもっててよかったよ。でもそれだけに可愛そう。気持ちを向けられない二人が……」
「……」
 自分の唯一の武器であったはずの歌。美女にほめられて、本来なら嬉しいはずなのに、素直にそう思えないのは第一声があれだったからか。それともいつからか本能が訴え続ける「この女はヤバい」という信号からか。
「今夜、この近くの古い洋館に行ってごらん。いいものが見れるよ」
「……考えておきます。それじゃ」
 とにかく、この女と共にいるのは危険だと感じた本能に従って、退散することにした。

「で、なんでのこのこやってきてしまったのかね、俺は」
 夜になり、言われた場所にやってきた。東京とはいえ、大都会から外れた地域にある俺の家は自然がちらほら見受けられてはいた。しかし、こんなに木が生い茂った山などあっただろうか?その癖整備されており、道の舗装もされている。ギターを背負い、バイクを門の前に止めると、なんと門が自動で開いた。感知式にしても無用心な気がするが、なぜか入らないといけない気がした。恐怖があるといえばあるが、怖いもの見たさとはまた違う、なんとなく俺をいざなう強制力のようなものがある。
「……誰かいるにしては静かだな……ただ人間に反応しただけか?」
 俺が知る限りこの洋館はまだ空き家であり、本来なら誰も住んでいないどころか所持者もいないはず。
「しかしまぁ、おしゃれな建物だったんだな。今となっては見る影もないが」
 洋風建築の美というものだろうか、きちんと手入れされていればちょっとした名所になったであろうその二階建ての大きな館は、見る限りボロボロである。それでも何かがいる気配が消えない。俺を呼ぶ空気はますますねっとりとまとわりついてくる。まるで妖艶に誘う女の体のように、くすぐるように俺の肌をなぶる。
「お邪魔しますよー」
 変な話だ。ここには誰もいないはず。そう、誰も……

「こんな時間に招待もしていないお客様なんて、珍しいこともあるものですね……どちら様でしょうか?」
「な……」

 館の正面玄関が自動で開くと、そのロビーには美女がいた。血の気が通っているようには見えないほど肌が白いが、それさえ気にしなければ極上である。昼間の女と匹敵すると言っても過言ではなかろう。豊満なスタイルの癖にメリハリがあって、妖艶な黒いドレスを身に纏うその女は、どこか「彼女」に似ていた。
「しかし、目覚めてすぐこんなところに連れてこられるとは思っていませんでしたよ……誰もいないし、誰が私を目覚めさせたのか。病院のベッドの上で静かに生を終えたはずなのに。おかしいと思いません?」
「え、あ、えぇ……」
 落ち着け、まだ「彼女」がそうだと決まったわけではない。アイツと同じくらいの年で死んだ人間など何人もいる。どう考えても「彼女」ではない。しかし、優雅に魅せようとするそのしぐさのところどころを注意すると、生きていた頃の彼女の名残を残しているように見える。
「さて、こんなところまでわざわざご足労いただきましてありがとうございます。まずはあちらのお部屋でお茶でもいかがですか?」
「……その前に一つ、聞かせてください」
「はい?」
 彼女は妖艶に微笑み続ける。しかし、その笑みすらどこか「彼女」に似ているのだ。思い切って聞いてみた。
「二宮恭子と言う名前に、聞き覚えはありますか?」
「え?」
 初めて見た彼女の驚いた顔。そして、彼女の表情が変化して行く。戸惑いから安堵、そして泣き顔へと。
「ひょっとして、雄介?……佐藤雄介なの?幼馴染の?」
「俺を、覚えているのか?」
「うん。忘れるわけないよ……だって、死ぬ前に一番会いたかったんだもん!」
「恭子ォ……」
 これだ。この口調、砕けた表情。間違いない、これが恭子だ。ここは天国か?それとも現世との狭間だろうか?死人と会えるなんて、このまま死んでしまってもいいくらいだ。大好きだった彼女が、俺を覚えてくれていた。そして会いたいと思ってくれていた。俺はもうそれだけで充分だ。
「雄介、雄介ェッ……」
 彼女が俺を抱きしめて泣き崩れる。妖艶なあの表情はどこへやら、完全に素が出てしまっている。
「私、もう人間じゃなくなっちゃったよ……」
「見たらわかるさ……だが、恭子だってわかればそれでもいい」
 もう一度会えるなら。彼女だと認識できるなら、それでよかった。
「ありがとう……ありがとう……」
 すすり上げる彼女の声。俺の声も、顔もおかしくなっているだろう。さきほどから涙が止まらない。かっこ悪いが、そのまま俺が彼女に告白したら、快くOKしてくれた。むしろもう二度と離さないとまで言われた。その一言だけで俺は昇天しそうだった。
 ああ、これから親父達の説得も大変だろう。それでもいい。好きな人に「さよなら」なんていうくらいなら、例え人間じゃなくなってようがそんなことどうでもいい。あの黒髪の女はキューピッドだろうか。邪険に扱ってしまって非常に申し訳なかったと、また会えたら謝りたいものだ。
「ところで、なんで俺だってわかったんだ?」
「雄介が私のことを私だってわかったのと一緒だと思うよ」
「……そうか」
 細かいことは気にするな、ということだろうか。

 それからしばらくした後、俺達二人は日本から……というより、現世から離れていた。どこでくらしているかは……秘密だ。ただそこで俺は二人で王国を作り、様々な住民達の面倒を見ながら生活をしている。なぜそんなことができたかというと、彼女はどうやら魔法でよみがえったらしく、その肉体を維持し続けるのに大量の精が必要とのことだ。何でも今の彼女はアンデッドの女王たる存在であらせられるらしく、自然と動く死者達が集まるのだとか。これだけ聞くとただのホラー映画だが、彼女達の目的は好きな男と一生を添い遂げることだというのだから平和なものだ。そんな俺は、この世界でもまた、彼女のために歌い続けている。ちなみに、こっちに来る前のあれはまさしく、俺にとっての「地球最後の告白」と言えただろう。ここが地球かどうかすらわからない以上、それは余談か。
13/09/03 16:30更新 / ☆カノン

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