連載小説
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Born To Meet You
死が天から降ってきた。

それが両眼が機能していた頃の最後の記憶だ。

嵐が運んで来た見えないそれはツンとするような甘い匂いがした。
雨と混ざり合ったそれはたちまち全てを溶かし、僕等に降りかかった。

たちまちお父さんとお母さんはそれに触れた痛みで絶叫した。どれほどの痛みだったかは想像するまでもない。僕も良く知っているから。一年間放置したサビまみれの剃刀で皮膚を指先から剥がされるような痛みだった。

皮膚が触れた箇所から葡萄大の吹き出物を作り、それが爆ぜると膿と共に気体が吹き出して身体を溶かした。

結婚祝いにお婆ちゃんがお母さんに送ったお気に入りの着物が溶けた皮膚と触れて張り付き、綺麗な花柄模様がお母さんの皮膚にすっかり写ってしまったのを覚えている。

お父さんは叫びながら慌てて水で腕を洗ったけれど、皮膚はすっかり溶けてしまって泥みたいに腕から離れて流れてしまう。顔も汗で流れ落ち、元々少し痩けていた頬から骨が見えてしまっていた。

そういう僕も右眼を擦ってしまったせいで眉毛から涙袋までがすっかりこそげ落ち、水たまりに写る空っぽの眼窟を晒した僕を見つめていた。
眼を拭くのに使った手拭いに持ち主をほっぽり出した右眼が張り付いている。

何にも悪い事はしていなかったと思う。


何故。どうして。なんの目的で。いまだにわからない事だらけだけど、ただわかっている事はあの嵐が運んだ何かが僕の家族を殺したことだ。






そう、僕はまだ生きている。あの人が助けてくれたから。

あの人は荒い息をしながらこっちを見ていた。溶けないで済んでいるのは着ていた雨具のおかげだろう。張り付いた赤い模様が蛇のように蠢くその雨具は、なんでも溶かすあれを普通の雨と同じように弾いていた。

その人は崩れてグズグズになった両親に駆け寄り、何かが入った瓶を差し出した。それがなんの為にあるのか、そしてその量から救える人数が一人しかいないのが、お父さんもお母さんも分かっていたんだと思う。
穴だらけの潰れた喉と溶けた指で一人を選んだ。

だから僕はまだ生きている。

その人は僕の眼窟に瓶の中身を全部注ぎ込み、動けない僕を無理矢理着ていた雨具の中に押し込んだ。

その時になって始めて僕はその人が女の人だって知った。

でもその時は恥ずかしいとか吃驚したという感情は無くて、ただ怖くて仕方がなかった。

そのお姉さんは震える僕を優しく抱きしめると走り出した。

雨具の中で密着したまま抱きかかえられた僕は、お父さんとお母さんをその場に残し、意識を失った。
14/03/11 15:00更新 / 蔦河早瀬
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