読切小説
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牛丼はデートに入りません
 その日の飲み会は大荒れだった。医学生の宅飲みなど荒れるのが相場と決まってはいるが、試験明けの開放感と追試への不安は酒を呷るペースをいつになく激しくさせた。ビールや酎ハイはあっという間になくなり、安い日本酒やウイスキーに手が伸び始める。酒を胃袋に入れてはトイレにもどし部屋に戻ってまた飲まされる。彼らは辛くて面倒な毎日を忘れようと必死だった。最初こそ飲ませ飲まされの不毛なつぶし合いが勃発していたものの、その日はわずか二時間で総勢10人の内の半分が寝息を立て始めていた。もう半分は大学生活への愚痴や不満をしみじみ語り合い、先ほどまで騒がしかった部屋はいまやお通夜のようになっている。西窪直人は部屋の隅にうずくまり寝たふりをしていた。彼は飲み会は嫌いではないが、酒にはむしろ弱い方である。二日酔いにならない程度に楽しく飲んで後はつぶれたふりをするというのが彼の常套手段であった。加えてその日は日曜日。明日はまた朝から夕方まで講義がある。先日の試験の結果が芳しくなかった以上、できるだけ出席数で評価を稼ぐしかない。折しも去年留年して直人と同学年になった男が今そばで愚痴をぶちまけているが、ああはなりたくないというのが直人の、いや世間一般の感想である。時計をこっそり見ればもう深夜一時半。彼はむくりと立ち上がり、隣で寝転がっている同級生を揺さぶる。
 「起きろコテツ。帰るぞ」
 コテツと呼ばれた女性はしばらく揺すられていたが、程なくして目を覚ました。目を擦って直人の顔を見ると、こくりと頷いて手を差しのばす。直人はその軽い身体を引っ張りあげ、肩を担いで玄関を目指して歩き始めた。途中冷やかしの声と帰すまいとする手が伸びてくるがなんとか躱し、いったん彼女を玄関前に下ろして靴を履く。付き合っているとかそういう関係ではない、そう何度言っても彼らは信じない。だが正直自分が向こうの立場でも信じないだろうとは思う。
 「ほれ、靴だ」
 「うん」
 コテツは寝ぼけ眼で差し出されたクロックスに足を突っ込んだ。彼女は酔うと従順になる癖がある。彼女が両足履き終えたのを確認すると、直人はこれ以上ちょっかいを出されないうちにと素早くコテツを担いで同級生の家を出た。
 「ごめんね、毎回送ってもらって」
 本当にごめん、彼女はろれつの回らない口調で道中何度もそう謝る。彼女、峰山虎徹は俗にいう懺悔型で、酒が入ると従順になって謝り続ける。酒に弱いくせに差し出されたグラスは断らずに飲んでしまうので、結果すぐに酔いつぶれてしまうのだ。その上最近は直人にかけられたコール――酒を飲ませるためのかけ声のことだ――を横取りして勝手に飲んでしまう。いろいろストレスやら何やら溜まっているんだろうか。本人にきいても何もないというし実際そこまで何かに悩んでいるようにも見えないので、単純に酒が好きなのだろうと直人は結論づけていた。途切れ途切れに隣から漏れ出す謝罪を聞き流しつつ彼は虎徹のアパートを目指し歩く。気付けばもう大学も三年目。魔物娘というファンタジーから出てきたような存在がこの現代社会に露わになって、そして虎徹との奇妙な関係が始まってから、もう一年になるのだ。あの日の衝撃は今でも鮮明に思い出すことができる。
 彼女らは一般国民が知らないうちに全世界の政府と権力者へ緻密な手回しをしていたらしい。ある日突然魔物娘という存在は政府によって明らかにされた。はじめはもちろん信じない人、恐れる人、怒り暴動を起こす人が少なからず見られたが、彼女らのその性質と態度によってそういった動きは急速に小さくなっていった。人に危害を加えるわけでも食料や仕事を奪うわけでもなく、意思疎通ができるどころか容姿端麗にして驕らず、さらには見返りを求めずに新しい技術や知識、そしてなによりも快楽を与える存在。ほとんど完璧とも思える彼女らを敵視する勢力は人魔両方からの平和的圧力によりほぼゼロになった。
 直人はといえばまだまだ性欲の盛んな大学生であったし、当然彼女らを歓迎した。そしてそれは男子大学生のほとんどにおいて同じであった。女子に関しては自分たちより容姿も性格も優れた存在が増えるということでおそらく一定の反対派はいたと思うが、理由が理由だし魔物になろうと思えば簡単になれたので表面化はしなかったのだろう。
 だが直人は男女交際においてはやや無欲であった。中学生の時に二年間ほど同級生の女子と付き合っていたことがあるが、卒業する前に向こうからフラれてしまった。理由はあまり教えてくれなかったが、きっと別にいい男ができたのだろうと彼は思っている。だが彼は特段悔しいとは思わなかった。自分でも理由はよくわからない。強いていうならば男友達と遊んでいる時の方が充足感があった。一応述べておくと直人は男が好きなわけではない。好きな女性アイドルもいるし自慰はスマートフォンで大衆的なアダルトビデオを見て行う。だが実際に女性と付き合うとなると、自分から告白してまでそういった関係を作る気力がどうにも湧いてこないのであった。
 その無欲さは大学に入っても変わらなかった。昔やっていた剣道のサークルに入り、同期とつるんで適当に過ごして、その生活に不満はない。なかでも峰山虎徹とは特に仲が良かった。虎徹は大学生から剣道を始めた初心者で、よく直人に指導を仰ぎに来ていた。彼は167pと男子にしては身長がやや小さい。それを逆手にとってか直人が教えた抜き胴がかなりうまくなり、今や油断すると一本取られることがある。講義の席は隣同士で昼飯もよく一緒に食べていたし、試験勉強も二人で固まってやることが多かった。押しが弱くおとなしい彼の性格は直人にとって居心地が良く、恋人が居なくても気の合う友達――虎徹が居れば別に困らない、そんな思いは増す一方だった。
 魔物娘が現れてから程なくして、その事件は唐突に訪れた。あれは大学二年の春だったろうか。例によって講義5分前に後ろの方の席に座ると、いつもならとなりに座って勉強しているはずの虎徹が居ない。電話をかけてみると彼にしては珍しい寝坊であった。慌てた様子で声も裏返っている彼に今日の講師は出席確認しないから慌てるなと伝えて電話を切り、近くの席の同級生と笑い合う。真面目なあいつでも寝坊するんだし俺たちももっと寝坊しようぜとか、お前は講義中に寝るから関係ないだろとか、そんなくだらない会話をしていた気がする。そのあたりは直後の出来事の衝撃が大きすぎてよく覚えていない。
 数分後、講義室の後ろの扉を開けて誰かが入ってきた。その足音は直人の方に近づいてきて、そのまま彼の隣に座る。おい、ずいぶんと遅いお出ましだな。そう小声で話しかけながら横を向くとそこに居たのは虎徹ではなく女の子だった。最初は他の同級生かと思い慌てて人違いを謝ったが、こっそり横目に顔を伺うと見たことのない女の子だ。直人は自身をそれなりに社交的であると自負している。100人超の大人数とはいえ丸々一年間も共に過ごした学年でまだ知らない顔がいるだろうか。その上よくわからないことには彼女がやたらと親しげに話しかけてくるのだ。その時は講義中ということもあって適当に受け流して小声の会話は終わったが、80分後に講義が終わるまで直人はずっと考え続け、最終的には「知らない同期の女の子が俺を誰か男友達と勘違いしている」という結論に至った。
 「あの、どちら様でしょうか」
講義が終わってすぐに直人はおどけた声で尋ねた。すると彼女は不思議そうな顔で応える。
「峰山だけど…さっきからどうしたの?」

 そこからはひたすらにかみ合わない会話が続いた。直人が一つの可能性――虎徹が自分の姿の変化に気付いていないのではないかという――に思い至り、彼女を男子トイレの洗面台につれていくまでは。

 政府のガイドラインによると、虎徹はアルプという魔物になったらしい。非常に珍しい魔物で研究が進んでおらず、性別さえ変わってしまうその仕組みはよくわかっていないという。いろいろネットで調べてみても数自体が非常に少ないようで、大した情報は得られなかった。程なくしてどこかの研究機関から虎徹宛に研究協力依頼が届き、彼もとい彼女は定期的に福岡の研究所まで飛んで検査を受けているらしい。
 とはいっても直人達の関係はほとんど変わらなかった。虎徹自身が気を遣われるのを嫌ったのもあるし、直人自身としてもいまいち虎徹が女に変わったことを認識できずにいたのだ。声が少し高くなり肩が少し丸くなったとはいえ、口癖も仕草も話し方も――要は接し方が変わらない。稽古が終われば牛丼の大盛りを一緒に食べるし、一つのスポーツドリンクを飲み回すこともある。男だった頃と何も変わらない。ずっと気兼ねのない友達で居られる。直人はそう思っていた。
 だがある日その関係性に疑問を抱く出来事が起こる。練習終わりのこと、直人はいつも通り虎徹と牛丼のチェーン店を訪れていた。二人とも葱玉のトッピングで大盛りを頼んだことを覚えている。たわいもない会話をしながら半分くらいまで食べすすめたとき、彼らの元に同級生が現れる。小泉という男で、直人とはよく話すが虎徹とはあまり面識がない、そんな奴だった。食べ終わって会計を済ませたところで二人にきづいたらしい。
 「随分味気ねえデートじゃん」
 その冷やかしを直人は笑って受け流したのだが、向かいの虎徹はぶふっと牛丼を吹いて顔を真っ赤にした。その様子に彼はにやにやしながら去って行ったが、虎徹の顔はしばらく赤いままだった。その反応に特段の感情を抱くことはなかったが、彼の頭はデートという単語に反応した。虎徹とデートか。ありきたりな展開であれば映画なり水族館なりで遊んで、夜景でも見る。実際虎徹とならどこに行っても楽しめそうだ。そして楽しんだ後はあわよくば家に招き――。その先を考えて直人はどきりとした。つまりは――できてしまうわけだ。虎徹はもう男ではない。いや男でもできなくはないだろうがそこには直人自身の趣味も含めていろいろな障壁があるだろう。だが彼女はもはや女なのだ。一般的なセックスというものができる。その事実に直人は少なからず動揺した。目を上げると牛丼をかっ込む彼女の顔はまだ赤いままだ。彼女の胸を、そして女性器を刺激すれば今と同じように頬を赤に染め、さらには真っ黒な瞳に涙をためて震わし――。そこまで考えて直人は自制した。それは申し訳ない。こいつにそんなことを考えるのは倫理的に褒められたことではない。虎徹と俺は友達なんだから。直人はそう頭を振り、牛丼を一気にかき込んだ。一時浮かんだ邪念もろとも腹の中に隠すように。

 考え事をしている内に虎徹の部屋についた。ここまでで良いから、そう言い張る虎徹を無視して玄関を開けさせる。直人の下の学年で、未成年の学生が部屋の前までたどり着くもそこで寝てしまい翌朝警察に通報された、そんなことが昨年か一昨年あった。この二人はとっくに成年済みだが、教員や学務に目をつけられるのは避けたい。
 「おい待てよ…靴ちゃんと脱げって」
 「…ごめんね……ん…脱ぐ……脱ぐ………ん、いしょ」
 クロックスのままふらふらと家に上がった虎徹は振り向いて、とさりと尻餅をつき、クロックスを脱ぐと思いきやTシャツを一気にたくし上げた。折しも8月初旬。直人も虎徹も上には1枚しか着ていなかった。当然控えめに膨らんだ双丘が玄関先で露わになる。
 「ま、まてまてまてっ」
 思えばここで一歩退いて扉を閉めて帰れば良かったのかもしれない。だが公然での露出をやめさせなければという危機感があったのか、はたまた無意識に魔物の魅力に惹きつけられてしまったのか。直人は部屋の中に入って扉を閉め、虎徹を止めに掛かってしまったのだった。
 「いいのいいの…ひとりで……ぬげるから…」
 虎徹はその白い細腕からは考えられない程の力で直人の腕を押し切って今度は暗い紺のジーンズに手をかけた。これは流石にまずい。そう思い本気で止めようとしたがなぜか虎徹の腕力に押し負ける。魔物の膂力が人間のそれを優に超えていることを彼はまだ知らなかったのだ。そしてゴム入りでストレッチ素材のジーンズはするするとあっけなく下に降りていってしまい、白地に桃色のストライプの入ったショーツが直人の目にさらされる。その光景は彼に不思議な興奮をもたらした。実を言うと彼は虎徹のジーンズの下にトランクスを想像していたのだ。サークルでは虎徹専用の更衣スペースが設けられているから直人は彼女の下着を見たことはなかった。加えて先ほども述べたように虎徹の胸はお世辞にも大きいとは言えない。それに恥ずかしいと言って彼女はブラジャーをしたことがなかった。そんなこんなで今まで目に映るところで虎徹に女性を意識できなかったせいだろうか。女の子らしいそのぴったりとした小さな下着を虎徹がつけているという事実に、直人は倒錯した興奮を覚えたのだった。
 「…ん…これは……ぬぐの…?」
 虎徹は従順そうなとろんとした目つきで見上げてくる。彼女の細い指はショーツを肌から浮かせ、鼠径部のくぼみがちらちらと覗く。半ば無意識に直人は応えていた。
 「あ、ああ…それもだ」
 直人の声に彼女はこくんと頷くとショーツを一気にずり下ろした。蛍光灯の下で虎徹の性器が露わになる。彼女は腰を下ろし足を開いているので、その秘部は当然直人に丸見えになった。直人はごくりとつばを飲み込む。かろうじて残った理性を総動員して頭ごと目を逸らすと、心の中で悪魔と天使が猛スピードで口論を始めた。友達を襲うなんて許されることじゃない。まして相手は元々男だ。だがまだこの時間なら酔っていたという言い訳がきく。それに元々男、それがどうした?今はもう――。
 「ねえ」
 足下から声が聞こえてきた。
 「…どうしたの…?」
 きっとそれは深い意味のある問ではなかったのだろう。だが正常な思考ができない状態の直人にとってそれは誘っているともとれる言葉だった。いや、むしろ酔いが抜け頭は冴えていたからこそそんな言い訳じみた曲解が可能だったのかもしれない。
 「……体洗おう。おいで」
 「ん」
 短く頷いた虎徹をまた引っ張り上げ、風呂場を目指す。酔った彼女の従順さにつけ込む罪悪感は悪魔がどこかに隠してしまったようだった。虎徹はこれから何が起こるのか理解していないようで、目を擦りながらよたよたとペンギンのようについてくる。直人は風呂場の折り戸を開いて虎徹を先に入れ、素早く服を脱いだ。風呂場に入ると既に虎徹は地べたに座り込んでうとうととしていた。シャワーヘッドからぬるま湯を出して彼女の後ろに回りこみ、ゆっくりと肩から濡らしていく。閉じかけていたまぶたが少し持ち上がって、また気持ちよさそうに細まった。小さな体躯からは力が抜け、後ろの直人に寄りかかっている。鎖骨越しには白くて僅かに膨らんだ胸、その上に乗った桃色の突起が見えた。そしてさらに先には毛一本生えていないなめらかな丘が膨らみ、そのすぐ下には割れ目が一本入っている。粘膜ははみでていない。未熟さの残るその身体は寧ろ背徳感をそそり、直人の劣情に訴える。熱く膨らんだ肉棒が彼女の腰のあたりに軽く当たっているが、気付いていないようだ。さらさらしたショートヘアから漂う爽やかなシャンプーの匂いが直人の鼻腔をくすぐる。全身を濡らしたら今度はボディーソープを掌に押し出し、きめ細かく泡立てた。
 「腕あげて」
 「ん………」
 心臓の高鳴りを自覚しながら彼女の腕を持ち上げ、その下からわずかに膨らんだ胸に手を伸ばす。あと10p。5p。1p。掌が目標にたどり着くまでが永遠のようだ。
 それはとても柔らかかった。マシュマロなどというやさしいものではなく、言うなればプリンのようであった。サイズこそ小さいものの、手ですっぽりと包めるのがむしろ柔らかさを味わうのにうってつけだ。直人は夢中になってその双丘に泡をすり込み続ける。しばらくその手触りを堪能していると、膨らみの中央に硬い感触が現れた。見ると鮮やかな桃色の蕾がふっくらと膨れている。
「ひぅっ…?」
思わず親指と人差し指でそれをつまむと、かわいらしい声と共にその肢体が跳ねた。
 「動かないで、じっとしてて」
 「う、ん…」
 こんな理不尽な命令にも虎徹は従順だった。唇をかんで荒い息を抑え、後ろにしがみついて身動きしないようにつとめている。そんないじらしい姿に直人は劣情の高まりを感じてしまう。この健気な子犬をもっと苛めて鳴かせたい、そんな気持ちが鎌首をもたげた。
 「じゃあ足洗うから、股開いて」
 「…ん…」
 虎徹が素直に足を開くと、再び秘部が露わになった。ほっそりした太ももの付け根に柔らかそうな肉がのっており、そこに一本通った割れ目は股を開いてもぴっちりと閉じている。全体が少し盛り上がっていて、その柔らかさが見て取れた。直人は掌の泡をすすいでからその盛り上がりに手を伸ばす。割れ目の両側を引っ張ると柔らかい肉が押し分けられ、くち、という小さな水音と共に桃色の粘膜が現れた。そっと手を触れてみるとぬるぬるしていて、離した指には糸が引く。童貞である直人にはそのひくつく女の部分をどう扱ったものか、どうすれば快楽を与えられるのかがわからない。ただ鼓動だけがどんどんと早くなっていく。友達同士なんだし気を遣わなくても大丈夫だろう?悩む彼の頭に再び悪魔が顔を出し、そう吹き込む。直人はその囁きに従って、おそるおそるといった感じで桃色の穴をいじりだした。初めて触れるその肉は押すと柔らかく沈み込むが、離すとすぐに元の形を取り戻す。膣口の周りの肉を指でやさしく押し込むとじわりと粘液が漏れ出た。それを潤滑油にして彼の指の動きは次第に大胆になっていく。まだ弾力の強かった粘膜はだんだんと柔らかさを増し、粘液の分泌される量も増えてきた。不意に、入れようと思ったわけでもなく中指がにゅるりと肉器へ侵入すると、直人はその感触にびくりと体を震わせた。まだ膣口近くだというのにその肉はゆっくりと蠢いて彼の中指を舐めしゃぶる。まるで指が犯されているかのようだ。虎徹の顔に視線を戻すと、彼女はまだ言いつけを守って必死に声を抑えていた。だがその肩はふるふると震え、両手の指先には力がこもっている。中で指を動かすと小さな喘ぎが喉を震わし、それと同時に膣が侵入者をきゅんと締め付けた。こちらを見上げる黒い瞳からは今にも涙が零れてしまいそうだ。ここまでされてもまだひたすら指示を待つかのようなその視線に直人はひどく興奮した。同時にこのひくひくと蠢く肉筒に自分のものを突っ込んだらどれだけ気持ちいいだろうか、そんな期待がむくむくと大きくなる。
 「虎徹。我慢やめていいから、仰向けになって」
 「ふ、ぁい…っ」
 ろれつの回らぬ声で返事をするものの、彼女はもう四肢に力が入らないようだった。直人は腋に手を入れてその肢体を持ち上げる。脱力した躰は猫のように柔らかく伸びきり、決して広くはない風呂場に寝かせるのに苦労した。
 「んぅ…ごめんなさい……」
 謝る彼女の股をぐいと開き、煮えたぎる欲望をその花弁に押し当てる。
 「うお…っ」
 既にこれまでになく膨れていたその肉棒は十分すぎるほど敏感で、亀頭に粘膜が触れただけで白濁が飛び出てしまいそうだった。もはや挿れたらなどと想像している時間も惜しい。彼は欲望のままに肉棒を膣へ突き立てた。
 「ん、くぅっ……」
 「あ、すまんっ」
 瞬間、彼女の声から漏れる声に少なからず混ざった苦痛の色が彼を冷静にした。動きを止め、彼女の様子をうかがう。震える目尻から涙が一粒零れ、頬を伝った。その様子と経験のなさ故の知識不足も相まって、彼の不安は大きくなる。やはりやめた方がいいだろうか。そんな想いが頭を走った。が、突如不安を快楽が押し流す。
 「ぅあっ…!?」
 先ほど指で味わったあの甘美な蠕動が彼の亀頭を襲ったのだ。緩慢な動きで柔らかい肉壁が絡みつき、じわじわと確実に吸い付きを強めていく。
 「だいじょぶ…すきにして、いいよ…?」
 甘い声に顔を上げ虎徹の目を見れば気持ちよさそうにとろりと濁ってはいるものの焦点はこちらにしっかりと合わせられていた。その言葉通り彼女は嫌がることも欲することもせず、こちらの動きをじっと待っている。もはや献身的と言っていいほどの彼女の態度に直人の理性はついに瓦解した。
 「ふぁ……っ、ん、んっ」
 腰をゆっくりと前に突き出し、肉棒を彼女に沈めていく。獣のように一気に挿入しようにもいくつもの柔らかいヒダが亀頭にひっかかり竿にまとわりつき、あまりの快楽に腰が抜けそうになる。暴発しそうな欲望を抑えるにはゆっくりと時間をかけて挿入するくらいしか為す術がなかった。だが相手は魔物。その肉体に人の子の抵抗は意味をなさない。挿入している間にも肉ヒダは蠕動をやめず、腰を振っていないにも拘らずしゃぶられているような快楽を肉棒にすり込み続ける。そして――。
 「あ、やばい…っ」
 肉棒を引き抜く時間も、引き抜く快楽に耐える余裕もなかった。未だ挿入しきっていないそれは失禁するように精液を吐き出し始める。腰ががくんと震えた。その間も膣は蠢き続け、精液を奥へ奥へと運んでいく。一番敏感な瞬間にも肉棒を襲い続ける快楽に、直人は歯を食いしばりながら耐えた。挿入途中での暴発は少なからず彼のプライドを傷つけたが、それより大きかったのは中で出してしまったことへの不安だ。彼は避妊具をつけていない。流石にやってしまったかと思い虎徹の顔を見やると、意外にもその表情は快楽にとろけ、喜色で満たされていた。
 「いいよ……もっと、すきにして……っ」
 「…っ」
 彼女の従順な瞳の奥に貪欲な色が覗き始める。ここでやめる選択肢などどこにあろうか。直人は全く萎えそうにない肉棒で再び肉をかき分け始める。だが一度目の射精で感度を増したそれはまたもや容赦ない蠕動運動を浴びせられ、すぐにびくびくと律動を始めてしまった。しかし流石に二度も挿入途中で漏らすことには自尊心から来る抵抗がある。これ以上は持たないと判断した彼は二度目の射精が訪れないうちに一気に膣奥まで肉棒を押し込んだ。
 「ひゃふっ」
 まるで下から肺を押したかのように彼女の口から空気が漏れる。同時に大きく膨らんだ肉棒が跳ねた。今度は漏れる感じではなく、中から音が聞こえてきそうな程勢いの良い射精だ。目の前がちかちかと光り、思わず目を閉じて眉間にしわを寄せる。あらゆる音が遠くなり、自分の中の大きな鼓動だけが頭に響いている。足腰は震え、立ち膝のバランスを取ることさえ難しい。油断すると快楽で緩んだ情けない顔をさらしてしまいそうで、直人はひたすらうつむきながら射精の快楽に耐えた。いつもは数回精液を吐き出して黙る彼の肉棒は強烈な快感に歓喜してふるえ、虎徹の中に何度も何度も白濁を注ぎ込む。その律動は10回ほど続いてからようやく落ち着き、それでもなお足りないとでも言うようにとろとろと精液を漏らし続けた。数秒間射精後の余韻に浸っていると、不意に直人の首に腕が回される。目を開くと虎徹の上気した顔が目の前にあった。彼女はそのまま直人を抱き寄せ、耳元で囁く。
 「…その……もっと……」
 当然だ。彼女がまだ達していない。すっかり色欲に染められた虎徹の瞳を見て、直人は疲労感をこらえ腰を動かし始める。二度の射精で僅かに余裕ができた彼は、目の前の雌を悦ばせるべくがむしゃらに腰を振った。湿った肌と肌がぶつかりあい、愛液と精液がかき混ぜられ、大きな水音を立てる。ペース配分も突く場所も考えない稚拙な動きではあったが、一突きするたびに目の前の女からはいやらしい喘ぎが漏れ膣が強く収縮する。自分のもので虎徹をよがらせているという事実が彼の心に満足感と征服感をもたらした。と、その余裕が不意に吹き飛ぶ。突如として膣が弾力を増し、規則的に激しく収縮を繰り返し始めたのだ。
 「えへへ……なおと……っ」
 虎徹を見やればその顔にはぞっとする程の淫らな笑みが浮かんでいた。何か本能的な恐怖を感じた直人は動きを止める。だが腰を引こうとしても肉ヒダがしがみついて離さない。膣口の肉が柔軟にその形を変えべっとりと肉棒に吸い付いている淫靡な光景が彼の興奮を誘う。脳髄を揺さぶる生殖本能は直人の腰を無理矢理動かし始め、結果その腰の動きは膣奥をゆさゆさと小刻みに揺するようなものになった。亀頭のかさがちょうど虎徹の敏感な部分をなんども擦り、さらに膣の収縮を激しくさせる。根元から先端へ、まるで精液を根こそぎ搾り取ろうとするような動きだ。虎徹の口からは目の前の男の名と意味をなさない喘ぎ声とが止めどなく漏れ出し、それでもその濁った瞳は余裕のない彼の顔を愛おしげにじっと見つめていた。
 やがて肉棒はその亀頭を大きく膨らませて痙攣し、三回目の吐精の準備を始める。虎徹はそれに備えるかのように両足で直人の腰にしがみついた。すると膣の角度が少し変わり、直腸側のヒダが竿の裏側に強く密着してまとわりつく。だめ押しの一撃に直人は思わず息を止め、対抗するかのように思い切り腰を打ち付けた。
それは今までの人生の中で一番激しく気持ちの良い射精だった。先ほどは視界がちかついて終わりだったが、今度は目の前が真っ白になった。精液の一撃ち一撃ちが永遠にも感じられ、尿道の中を大量の白濁が流れていくのがはっきりとわかる。気持ちいい、それ以外の感情は何処か遠いところに消えてしまったようだ。どくどくという脈動と共に命が吸い出されていくような感覚が彼を襲う。直人に精エネルギーに関する知識はなかったが、肉棒から自分の中の何かが吸い出されている、そんな確信を彼は抱いた。それと同時に代わりに何か違うものが流し込まれ、自身が変容していくような感覚も。強すぎる快感に彼は平衡感覚を失い、半ば倒れ込むように虎徹に抱きついた。細く柔らかな彼女の躰もびくびくと震えており、その薄い胸は荒い呼吸で上下して彼を押し返す。三回射精したとはいえ普通では考えられないその疲労感に彼女のなめらかな肌触りも相まって、直人の意識は急速に遠のいていく。疲れからだろうか、彼女の背中に黒い翼と尻尾が見えたような気がしたのを最後に彼のまぶたは閉じ意識は途絶えた。


 目が覚めるとそこはベッドの上であった。防音加工が施された天井には見覚えがなく直人は一瞬混乱するが、すぐに昨夜の記憶が戻ってきた。ぼんやりした焦燥に駆られ、掛け布団をはねのけて勢いよく起き上がる。
 「あ」
 なじみのある声の方を向くと、すぐ横の椅子に虎徹がちょこんと座っていた。伏し目がちなその顔には僅かに朱が差し、脚は閉じられてその隙間で小さな手がもじもじと動いている。
 「その……」
 本来ならば気まずい空気が流れるところなのだが直人は虎徹の姿に呆気にとられてそれどころではなかった。その頭にはヤギのような角が、その背中には黒くなめらかな翼が、その腰には細く先端がハート型に膨らんだ尻尾が生えていたのだ。サキュバスを見たのは初めてではない。テレビでは勿論のこと実物が街を歩いているのも見たことはある。だが今まで普通の――女になったとは言え――人間の姿をしていた彼女がそれらを手にしている光景は彼に少なからず衝撃を与えた。そのままぽかんと口を半開きにしていると、こらえきれなくなった様子の虎徹が口を開いた。
 「あ、あかちゃんはできてないからっ」
 「へ?」
 全く予想だにしていなかった話題に直人は間抜けな声を出してしまうが、そんなことはお構いなしに虎徹はしゃべり続ける。
 「だからその、安心して大丈夫っていうかその、えっとこれ福岡の先生が言ってたんだけど魔物は妊娠した際に強い確信を持つっていうのがあって『テヴェレの確信』っていうんだけどこれ来年あたりの国家試験から範囲になるらしいから覚えておいた方がいいかもっていうか、それはいいとしてその、今回のその…あの…え………え、えっち…では…そういうのなかったし…魔物はできづらいからたくさん…その、で、できるっていうか…」
 「……」
 「……」
今度こそ気まずい空気が流れる。言っていることはなんとなくわかるが言っている意図がわからない。ここは直人が怒られるところではないのか。彼女の同意は形だけこそあったとはいえ泥酔していたわけで、そこにつけ込んで行為に及んだのは紛れもない事実である。常識的に考えて言語道断、決して許されない行いだろう。彼の脳内では悪魔が途端にしゅんとして天使にはたかれなじられている。寝起きの頭がはっきりするにつれ申し訳なさが大きくなり、直人は口を開く。
 「……ごめん」
 「あ、え、そんな…」
 「え?」
 直人が謝ると虎徹はなぜか絶望的な顔をした。
 「や、やっぱだめだよね…僕なんか男だったわけだし…うん、わかってた…」
 「え、ちょ、まてまてまて」

 誤解が解けたのは数分後。話を整理するとアルプというのは男が好きとか女性化願望がある男性がまれになる魔物らしい。虎徹の場合は前者が主だったようで、その想い人とはもちろん――。
 「…俺ってことか」
 「う、うん…」
 直人はつとめて冷静な顔を維持しようとした。驚きは大きかったが一方でやはりかという思いもあった。今思えば牛丼屋でのあの態度はそういうことだったろうし、それ以外にも普段の接し方で妙なところはあった気がする。だがそんなことより彼自身少なからず戸惑っている感情は確実にわき上がっている喜びの念である。つまるところあの日のあの妄想は腹の奥にしまってからずっと燻っていたということだろうか?あまりにも近い存在だったから自分の本当の気持ちに気づけなかったのだろうか。そもそもこの喜びは虎徹への好意からだろうか。それとも彼女が居るという一種のステータスに対してだろうか。いくつもの疑念が直人の頭を駆け巡る。詰まるところ彼は自分の本心がよくわかっていなかった。ただ――。
 「あの、それで……直人は…ど、どうかな、なんて」
 ただ、一つだけ確かなのは、わからないなどと答えたら目の前の女の子はきっと泣き出してしまうだろうということだった。それだけはなんとなく嫌だった。なんとしても避けなければいけない気がした。
 「なんつーかその……あれだ、友達はやめにしよう。付き合ってくれないか」
 なんとも格好のつかない告白に、しかし虎徹は一気に顔を明るくする。それから呼吸が震え、肩が揺れ、顔をうつむかせる。直後響いてきたのはすすり泣きだった。
 「あー…もう…ああもう…裏目にでたか…」

 虎徹はそれから5分ほど嬉し泣きしていた。なんとかなだめすかして泣き止ませて、それでも隙あらば直人にくっついてきて泣き始めるので厄介だった。その繰り返しは一日中続くかに思われたが、それを遮ったのは直人の腹の音だった。気付けば11時。因みに起きたのが10時頃で、講義が始まっていたのは8時50分。今日の講義は全部切ろう。講義なんかよりきっと大切なことがある。
 「お昼どこにしよう…まただけど牛丼でいっか」
 そう言って身支度を始めようとした虎徹を直人は引きとめる。
 「…その…しゃれた店を知ってるんだ。そっちにしよう」


 カタカナ三文字を口に出すのはまだ少し恥ずかしかった。それでも牛丼から一歩だけ前に進んだ、そんな気がした。
17/07/21 02:57更新 / キルシュ

■作者メッセージ
あんまり煮え切らない話ですみません。

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