読切小説
[TOP]
イグニス「旦那が火を使ってくれない」
 パチパチ



「何やってるんだ? もう日が暮れるぞ」

「魚とか焼いてる」

「お、今日は持って帰ってこれたのか」

「珍しく」

「よくグリズリーとかに取られなかったな」

「なんか蜂の巣に顔突っ込んでた」

「運が良かったな」

「ほんと」


「ところで、なんであたしの火で焼かないんだ?」

「今日はいい魚が釣れたから」

「む、あたしの火は万能なんだぞ」

「うん。わかってる。でもだめ」

「……なんか気に食わないな」

「ごめんね。……はいこれ。キノコのスープ」

「あ、ありがと」

「魚はそれでも食べながらちょっと待ってて」

「むう、……あちっ」

「ふふふ」


「今日は何してた?」

「お前がいないからさみしくしてた」

「……ごめんね」

「へへ、いいさ」

「でもさ、ホルスタのルルさんが来てたんじゃなかったの?」

「ん? 知ってたのか?」

「帰り道で会ってちょっと話したんだよ」

「そうだったのか」

「ついでに魚を一匹あげた」

「気前がいいな」

「大漁だったから。ところでどんな話してたの?」

「ルルは旦那の話ばっかりだった」

「あー、いつものパターンか」

「な? さみしくなるだろ?」

「ごめんね」

「なんでもしばらく前に結婚記念日があったらしい」

「そういえば今頃だったかもね」

「ゴブリン製のブレスレットをもらったそうだ」

「それって高いんじゃないの?」

「割と」

「さすがに商家は違うなあ」

「金だけじゃないぞ、一部に旦那手製の魔法陣も刻まれてるんだと」

「へー、すごいや」

「なんでも暑さをしのぐ効果があるらしい」

「『夏お前が暑そうにしてるから』とかなんとか言って渡したのかな」

「そうらしいぞ」

「いい旦那さんだなー」

「そうだな。……そこで終わればいい話だったんだがな」

「ん? まだなんかあるの?」

「そこから夜の話に持っていきやがった」

「あは、台無しだ」

「うん、台無しだった」



「できたよ」

「お、食っていいのか?」

「冷めないうちに」

「味付けはしないのか?」

「先にちょっとだけ塩をふってあるよ」

「塩だけでいいのか」

「あ、食べる前には」

「おっと、そうだな。いただきます」

「はい召し上がれ」

「……あ、おいしい」

「でしょ?」

「なんか、淡泊なのにしっかり味がする」

「はい、ご飯。一緒に食べるともっとおいしいよ」

「……あ、ほんとだ。ご飯が進む」

「ご飯は味を引き立てるからね」

「そういうもんなのか」

「うん。ほんとはご飯も炊きたてにしたかったんだけどね、時間が合わなくなるから温めなおしただけになっちゃった」

「十分おいしいぞ」

「よかった。僕も食べよ」


「ごちそうさまでした」

「ごちそうさまでした」

「日が暮れちゃったね」

「ちょっと食べすぎたかな」

「おいしかったみたいで何よりだよ」

「ところで、焼くのに使ってたその壺はなんだ」

「七輪っていうんだって」

「それだとあたしの火よりいいのか?」

「うーん、一概には言えないけど、これにはこれの良さがあるからね」

「どんなところがいいんだ?」

「じゃあ逆に聞いてみようか。いつもと何が違うと思う?」

「……網?」

「うん正解。網でやるから、魚の余分な味が落とせるんだ」

「炭は?」

「魚に香りがつくんだ」

「炭に香りなんてあるのか?」

「わずかだけどね。あと、さっき言った魚から落ちた余分な味は炭に落ちるでしょ」

「ああ、それが煙になって魚に香り付けするのか」

「ちょっと違うけどそんな感じ。あと、七輪って丸いでしょ」

「それが何かあるのか?」

「風の流れが乱れにくいんだ。だから熱がまんべんなく行きわたる」

「ほー、よく考えてあるな」

「初めて作った人は実際には何も考えてなかったんだと思うよ。結果的にそれが最高だった、そんな感じじゃないかなあ」



「はい、ホットミルク」

「そんなのも作れるんだな」

「工夫すればね」

「……おいし」

「まあでも、七輪の良さは、それだけじゃないと思うんだ」

「というと?」

「七輪って重いじゃない」

「? だろうな?」

「それに炭に火をつけるのも大変」

「??」

「そんでもって寒い中ずっと焼けるのを待たなきゃなんない」

「??? それが良さか?」

「うん。だからこそ、ってやつ」

「だからこそ?」

「だからこそ、出来上がったときの感激が格別なんじゃないかなあ」

「そっか、苦労したかいが……ってやつか」

「そういうことだと思うよ」

「なるほどねー」

「あと、僕にはもう一つ七輪を使う理由があるかな」

「?」

「いつも君がいてくれることのありがたさを再認識できるじゃない」

「……」

「あれ? 臭かったかな?」

「……」

「うわっ、ちょっと、いくら夜だからって、外でするのはさすがにまずいよ」

「いいじゃないか、あたしのおかげで寒くはないだろ?」

「そりゃそうだけど……、あ、このミルクって、ルルさんからもらったものだから……」

「ホルスタウロスのミルクだろうな」

「……あちゃー、熱くさせすぎたかな」

「へへ、いただきます」
12/12/03 21:27更新 / 辰野

■作者メッセージ
七輪信者が増えるといいなと思いついて書いた。
来年まで生きる糧としたい。

相変わらずエロ要素無くてすいません。

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33