連載小説
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ヤッホーー!!と叫ぶのは常識です(後半)
 山肌を駆け登ってきた風がそのまま吹き抜けて行く。
 強烈な風に対して、全員がしゃがみ込む。ゴウッと耳に響く音が通り抜けてゆくと、漸く立ち上がる。
「皆さん、大丈夫ですか?」
 バフォメットの相手、兄様が後ろを振り向きながら確認する。
「大丈夫ですよ」「心配ないぜ」「平気だよ」とパーティーのメンバーから声が上がる。伏せていた兄様の下からバフォメットが這い出てくると、埃を叩き落しながら愚痴り始める。
「う〜〜、儂の服が汚れてしまったのじゃ!何でこんな目に合うんじゃ!忌々しい風め!」
 差し出された手を掴んで立ち上がると片手を掲げて呪文を唱え始める。
「これで一気に山頂まで」
「はい、そこまで」
 モフモフの毛に覆われた手を握り締めると、鼻先で人差し指を立てて注意する。
「ここに登る時の条件、忘れたのかい?」
「も、もちろん覚えているのじゃ」
「魔法は非常時以外、使わないんだよね」
「うむ、その通りじゃ」
「この山に登る時の決まりをサバトの長の君が破るなんて」
「そ、そんなことはせんぞ!これはその・・・そう、あれじゃ!これから登るための精神統一じゃ」
 慌てて誤魔化しているバフォメットに兄様は微笑むと恐ろしいことを話す。
「そう良かった。もし魔法なんて使っていたら、嫌いになっちゃうとこだったよ」
「!!!!兄様〜〜〜ホントにほんとじゃ!そんな事、ちっとも思ってオランのにゃ!だ、だから」
「嫌いになるはずないだろ。さ、涙を拭いて」
 ハンカチで涙を拭いているその光景にアンテがはーっと深いため息をつく。
「甘やかしすぎですね・・・・というより、何ですかアレは?」
「対バフォメット用の魔法封じだな」
「この腕輪で封印しているのでは?」
 自分のしている腕輪を指さしてみせるアンテにオレは首を振る。
「バフォメットの魔力をこの腕輪で封印するとしたら、100個在っても全然足りないな。彼女たちの魔力は強力なの知っているだろ」
「ゴーレムの私とは段違いですね」
 頷くアンテから視線を外して空を見つめる。
 青空は澄み渡っており、雲一つ無い立派な快晴だ。
「これなら雨の心配は無いな」

 それから一時間程登り続けると、休憩を摂る様に声が掛けられる。
「はいベルツ、紅茶とビスケットです」
 ありがとうと答えて受け取ると、渡された紅茶を一口飲んで目の前を見上げる。
 大小様々な石が斜面全体に敷き詰めたみたいに広がっている。所々に巨大な岩が姿を見せており、低木はおろか草すら生えてない荒涼とした風景を生み出している。
 そしてその先には茶色の岩肌を晒した山が悠然と聳え立っている。
「これからあそこを登るのですね」
 紅茶を飲むと、そういえばと休憩しているメンバーに
「皆さんは登山が趣味なのですか?」
 アンテの質問にアマゾネスが笑い出す。
「アッハハ!!違うよ、アタシは試練だよ」
「試練ですか?」
 隣の少年に見える夫の頭をグリグリと撫でながら頷く。
「アタシは部族の長の娘でね。跡を継ぐためにこの山に来たんだ」
「長に成る方法は他にも在るんですけど、これがいいって聞かなくて」
「お袋みたいにトカゲ一匹倒すだけじゃ、アタシのプライドが許さないんだよ」
「イタタッ、トカゲってあの方はドラゴンですよ!一対一の素手によるタイマン勝負で引き分けたって聞いてますけどって痛いですよ!」
 細かいことは言うなと更に激しく撫でる。因みにそのドラゴンとアマゾネスは今では飲み友達で毎晩飲み比べをしているという。
「私たちは運試しをした結果よね」
「これからの旅は今までより厳しくなるはずです。それでこの山を登りきれたら、これから先何が起きても大丈夫だと思うんです」
 ミミックと青年の向こうでハーピーとその相棒が頷く。
「オレたちも同じかな。今度オーディションに出場するんだ」
「このメンバーに選ばれるだけでも十分だけど、どうせなら登っちゃおうと思って来たんです」
「選ばれる?」
 それぞれが語ってくれた理由の中で聞こえてきた言葉に疑問を感じる。
 その疑問を聞き出そうとベルツに訊ねるより先に、兄様が説明を始める。
「この山は登れる時期が決まっているんです。これから私たちが登るルートに太陽が垂直に当たる90日間。その期間がこの山の登山期間です。その期間を過ぎると意味が無くなるのです」
 こほんと咳払いをすると他のメンバーにも語り掛ける。
「この山の頂上には朝日が当たると同時に水が湧き出す岩があります。そして湧き出した水に真上に来た太陽が映ると砂金に変わるんです。この砂金には特殊な魔力が宿っています。これは中々手に入らない貴重なモノです。そのため【陽光の砂】と云われ、これを入れたペンダントを持つだけで様々な災いから身を守ってくれるといわれています」
「実際魔界化した土地から魔物化せず歩いて通り抜けた者が居るそうじゃ。もっとも、ソヤツはその後自分からユニコーンの夫に成ったがの」
 今では15人の娘が居るぞとバフォメットが付け足す。
「あと理由は詳しく解りませんが、魔術を使用したり期間以外で頂上に辿り着いたとしても泉が湧き出さないんです。頂上で待ち続けても同じです。決められた時期、麓から登った人だけに登頂の証として山が渡している様に思えるのです」
「そこで我がサバトがこの山の管理と皆の安全を買って出たのじゃ!」
 今まで座っていた岩の上に飛び乗り高々と宣言するバフォメットの前で兄様が真相を語って注意する。
「嘘を吐いちゃダメだよ。独占禁止法違反でオシオキされそうに成ったから慌てて一般解放したんだろ」
 それはと目を逸らして口篭もるバフォメットに対してメンバーからの非難の眼差しが集中する。必死に成って謝りだすバフォメットのそばで、アンテが水筒を見せる。
「この水筒の意味は?」
「砂金を魔力汚染しないで持ち帰るための物です。現在は今回のメンバー分しか用意出来てなくて」
「因みにオシオキの内容は?」
「僕との性行為を100年禁止、サバトの経理を一生一人ですることです」
 ごめんなのじゃー!と謝るバフォメットを後目にオレは兄様に提案すると彼も頷いた。
「一応入山規制はした方がいいと思うんだが」
「一回の人数は多くするつもりですが、その方向でいくつもりです」
「わ〜〜〜ん!!!ごめんなのじゃ〜〜〜!!!」

 全員が整列すると改めて注意事項が伝えられる。
「これから登るのですが、落石や足を滑らせる等十分危険に注意して下さい。それでは出発します」
 その言葉を合図にパーティは山頂に向かって歩き出す。
 先頭に立つ兄様の背中には背負われロープで固定されたバフォメットが張り付いている。
 蓋を閉じたミミックを背負ったアンテがオレの次、三番目に登り青年、相棒、ハーピー、最後に少年を背負ったアマゾネスが石を踏み出した。
 
 登り出した当初は皆楽しく笑い合ったり景色を楽しむ余裕もあった。島のほぼ中心にあるため遠く水平線まで眺めることができ、彼方の雲は風で形を変えながらも白い壁の如く存在している。眼下には灰色にしか見えない地面が広がっている。
「あそこに道が見えませんか?」「あれは昨日泊まった広場じゃないか?」「高いのじゃ〜(ヒシッ)」「(パカッ)うわ〜、初めてみました」等と話し合っていた。
 それも太陽が山肌を照らしだすと、一変してしまう。
 照りつける日差しがメンバーに容赦なく襲い掛かり、気温が上昇していく。このまま上昇すると時期に汗が噴き出してきそうだ。昼食時、宝箱の中にある異空間に入ったアンテはそのことについて質問する。
「登っているのですから普通気温は下がるはずですが、この暑さはおかしくないですか?」
 アンテからの質問に受け取った紅茶を飲みながらアマゾネスが頷く。
「アタシも山登りは何度もしているから解るけど、火山でも無いのに暑くなる登山なんて聞いたこと無いよ。アンタは如何なんだい?」
「僕も上空は寒いとし聞いていません」
「ひゃいもくけんひょうもひゅかんのひゃ!(皆目見当もつかんのじゃ!)」
 口一杯にハムサンドを頬張ったバフォメットは紅茶を受け取るとそのまま流し込み、ふうと一息付く。
「おそらく日差しが照りつけているためじゃろう。・・・ところで兄様、食事の時位降ろしてくれんのか?」
「僕も出来ればして欲しいのですが?」
「「ダメだ」」
 二人のお願いは即座に却下される。
「こんなに可愛いのに止めることは出来ません」
「恥かしがるこたーねえよ!夫を守るのがアマゾネスだ!アンタはアタシに黙って守られればいいんだ」
 背負われた二人はがっくりと肩を落とす。
 お二人ともお似合いですととどめを刺して凹ませるアンテにミミックがそろそろ時間ですと声を掛けてくる。
「もうそんな時間ですか」
「はい・・・・すみません、私にもっと魔力が有れば皆さんを休息させるだけの空間を作れるのですが」
 皿やコップを受け取りながらミミックはすみませんと呟く。
 そんなミミックにアマゾネスとバフォメットがニヤリと微笑み
「気にするこたーねえぞ!これからダンナとヤりまくって力付けりゃいいんだ」
「その通りじゃ。如何じゃ、今サバトに入ればお得なお楽しみグッズも付いてくるぞ?」
と話し掛けて、それぞれの相方によしなさいと窘められてしまう。
 そんな事をしていると、頭上からコンコンと叩く音と開けていいかと声が掛けられる。その声にアンテが手を打ち鳴らしながら二人を整列(背負っているため事実上は四人)させる。
「いいですよ〜、開けてください」
 パカッと蓋の開く音が響き
「ジャジャーーン!!宝箱はミミックでした!!」
 叫び声と共に飛び出したミミックは目の前の青年に抱き着き、一緒に飛び出した三人(背負っているため事実上は五人)はクルクルと宙を舞うと華麗に着地する。はっ!と声を出して何処かのヒーローみたいに決めポーズまで決めてみせるとその場に座り込んでいたメンバーから拍手が巻き上がる。
「凄いです!流石です!もう一回見たいですー!」
「こりゃこりゃ、見世物では無いんだぞ」
 感激して騒ぎ出すハーピーに背負われたバフォメットが何故か自慢するなか、オレとアンテはミミックに食器を渡して仕舞い込んで貰う。それからミミックを背負い固定すると隊列を組んで再び登り始める。
 昼食を摂ったため一行の歩みは快調だったが、日差しは変わらず容赦なく気温を上げてゆく。日差しによって出来た影は、黒い色を更に濃くしてゆく。額の汗を拭いながらアマゾネスがぼやくと、バフォメットが大声で叫びだす。
「ふー、堪んねえなー。風でも吹いてくれねーかな?」
「そうじゃぞ!!こりゃ、山よ!!少しは儂に気を使わんか!!」
 するとそれに答える様に風がピユーッ!と音を立てて吹き抜けてゆく。その風に一行がおもわず顔を綻ばせるとバフォメットがうむうむと頷く。
「うむ、それでよいのじゃ。のう」
 自慢気に顔を振り向け
「「「「「「「プッ!!!!!!!」」」」」」」
 目の周りに黒い枠、鼻の先にも黒い印、頬に二本の髭。(タヌキを想像してください)タイミングから山がしたとしか思えないイタズラに後に並んでいたメンバーが下を向いてしまう。※これよりタヌキットと命名
 そのまま俯いて震えるメンバーにタヌキットが首を傾げる。
「如何したのじゃ?何があったのじゃ?」
「いやなんでもない」(ククククク)
「何でもありません」(ぷるぷる)
「そうだよ、ナンデモナイゼ」(プププププ)
「そ、そうですよ」(ピクピク)
「な、ナンデモナイヨ。ね〜〜〜」(ウププププ)
「ソウソウ、ソノトオリ」(ぶるぶる)
「何でもないさ。なーー」(〜〜〜〜〜)
「如何したのですか〜?開けますよ〜・・パカッ・・!!キノセイデスヨ・・パタン」(ガタタンガタタン)
 訳が分からないタヌキットと兄様に促されて立ち上がったメンバーは笑いを堪えながら歩き出す。その光景に山も気を良くしたのか時々緩やかな風を吹かせてパーティを労ってくれる。それに感謝をしながらパーティは山を登り続ける。
 暫く登り続けると、徐々に日差しが弱まってくる。やがて太陽が山の裏側に消えてゆくと、完全に日陰変わってしまう。その変化に合わせる様に周りも暗くなってゆき、気温も下がってゆく。
 仕舞い込んで貰っていた防寒着(スキーウェアと同じ服)をミミックから渡してもらうと着込み始めるオレの隣りで同じ防寒着を着用したアンテがハーピーの着ている防寒着を見て訊ねる。
「それはベストみたいですけど、寒くないですか?」
「へっへ〜〜ん。このベストはですね、ヌックイ草の繊維を編み込んでいるので大丈夫なんです。そのうえ肩の袖口から温まった空気が噴き出るので腕の部分も問題無しなんです」
 胸にΩの印を施したベストをハーピーが得意気に見せびらかす。もちろんそのベストも防寒着やバック同様、サバトからの貸し出し物だがどうやらハーピーは気に入ったようで相棒にも見せびらかしている。
「気に入ったのならプレゼントしてやろうか?もちろんサバトに」
「どうぞ、差し上げますよ」
 二人羽織のように防寒着を着た兄様に毛糸の帽子を被ったタヌキットが目を向く。被っている帽子はもちろん兄様の手編みでお気に入りだ。驚いているタヌキットを後目に兄様がその代りとある提案をする。
「これから歌う時、僕たちのサバトを宣伝して欲しいんだ」
「もちろんいいわよ、ね〜〜」
「ああ、それぐらいなら構わないさ」
 二人の了解にタヌキットがそうかと納得する。
「成程、これで広告代が浮きますね」
「本人が気にしてね〜んなら構うこた〜ねえよ」
 夫を背負ったまま防寒着を着たアマゾネスがほら行けよと顎で示すのに合わせ、日陰になり冷え込んできた道をオレも歩き出す。
 隊列を組んで歩き出したパーティに力添えをする様に山も風を止めてくれる。
 山の裏側で輝いている太陽の日差しによる明るさが残るなか、登山を続ける。その明るさが段々と弱まってゆくのに合わせて、吐き出す息は白さを増してゆく。
「一定のスピードを保ったまま歩いて下さい。山頂が見えてきましたので、皆さん頑張って下さい」
 先頭の兄様が掛ける励ましの声に後に続くメンバーから気合の入った声が次久と上がる。手を擦り合わせるだけでなく、握ったり開いたりして指先を動かしながら歩き続ける。
 誰も後どれくらいとは言わない。
 ここまで来た、辿り着ける、その思いだけを胸にして歩く。声にするのは落ち着いて行こう、頑張ろうの掛け声とそれに対する返礼だけ。
 ゆっくりと足を上げ、一歩ずつ踏みしめて歩いて行く。
 周りの明るさが弱まってゆき空に星が表れ始める。一つ二つと輝きだしたころ、その言葉が唐突に流れる。
「着きました」
 聞こえてきた声に一瞬立ち止まる。それから走り出してゆき、そこに立ち止まる。
 道が無かった。壁が無かった。山が無かった。
 見えるのは広い空と沈んでゆく太陽。それで分かる水平線。
 山頂に辿り着いた。
「「「「「「「やったーーーー!!!!!!!」」」」」」」
 その声に反応したミミックが降ろしてくださいよ〜とアンテの背中で騒ぎ出す。その行動にアンテはすみませんと謝りながら宝箱を降ろすと蓋を開ける。飛び出したミミックはその場で身体を一回転させ周りを見るとはわ〜〜〜っと呆け
「やりましたーーーー!!!!山の天辺、頂上に来ましたーーーー!!!」
 宝箱ごとジャンプしまくると、オレとアンテにペコリと頭を下げる。
「有り難うございます。お二人のお蔭で来ることが出来ました」
「僕だけだったら彼女を連れてくることは出来ませんでした」
 隣に立つと一緒になってお辞儀をする青年にアンテは困惑する。
「私はマスターであるベルツに従っただけです。礼を言われることではありません。御礼でしたらベルツに」
「そんな謙遜しないでください。山頂まで私を背負ってくれたのは、彼とアンテさんです。彼にはこれからずーっと尽くすので、アンテさんにお礼を言うのは当たり前です。もちろんベルツさんにもです」
 再度頭を下げると二人は登頂側とは反対側に向かって行く。それを見送るとオレはアンテを見る。
「感想を一言」
「・・・なんでしょう。ベルツに言われたからしただけなのですが、不思議な感じがします。擽ったいような・・・ムズムズするような・・・ですが」
 ワイワイと騒いでいる二人を眺めるとさっぱりとした顔で答える。
「気持ちいいですね。あのように笑顔で言われるのは」
 その返事にオレはそうかと頷く。
 昨日泊まった中腹より少し狭い山頂を歩いていると怒鳴り声が響き渡る。見ると山頂に降ろしてもらったタヌキットが杖を振って騒いでいた。
「こりゃーー!!なにしとるんじゃ!!早く食事の支度をせんかい!!」
 顔にマーキングされて騒ぎ立てているタヌキットに漸く顔を見た兄様を含めたメンバーは笑いを堪えながら夕食の準備を始める。
 落ちていた石でアマゾネスが手早く竃を作ると、野菜や肉を切り分けてシチューを作り始める。窯番はアマゾネスとオレが引き受け、ミミックから差し出されたテーブルをアンテが受け取り設地する。シチュー皿を手に一列に並んだメンバーに出来上がったシチューを装っていくと、タヌキットがもっとじゃ!と抗議をして兄様に窘められる。最後にパンとココアが配られると準備完了。
「無事登頂を祝ってカンパイなのじゃ」
 タヌキットにならって全員がカンパイと叫びココアのカップを掲げると楽しい夕食タイムが始まった。
「それにしてもアンタの一喝には恐れ入ったね〜」
「さすがはサバトの長だな!」
 オレとアマゾネスの煽てにタヌキットはそうじゃろ〜と胸を張ってみせるとシチューを得意気に頬張る。そんなタヌキットに忠告しようとしたアンテと少年の口にオレは素早くパンを放り込む。目を白黒させる少年とは対照的にアンテはモグモグと口を動かすと素早くパンを食べ終え
「はい、シチューのお代わりですよ」
 皿に盛ったシチューを運んできた兄様がアンテに渡しながらさり気なく警告する。
「今、あのペイントを消されたら何が起こるか判りませんよ」
「しかしこのままでは」
「いいんだよ、可愛いんだから」
 本当に楽しそうに語る兄様にアンテは少年を見遣る。少年はアマゾネスに頭を撫で繰り回されて、悶絶している。振り向いてきたのでオレは口の前で指を建てて、シーッとジェスチャーをする。
「仕方ありませんね」
 クスッと笑うと渡されたシチューを食べ始めた。
 
 夜明け前。『狂戦士の雄叫びーーー!!!』でタヌキットを起こすと簡単な朝食を済ませる。それから使った食器や鍋にテント、寝袋をバックに、テーブルをミミックに渡して片付けると全員で整列する。何故か点呼を取るとタヌキットは持っていた杖を振り翳し先頭に立って歩き出した。
 うっすらと明るくなり始めるなか、タヌキットを先頭にしたパーティはものの数分で目印の場所に辿り着く。そこにはオレとアンテで手を繋いで囲める大きさの岩が一つだけ待ち構えていた。
「うむ、これに間違いないぞ」
 最速岩に近づくと触ってみる。予想通りヒヤリとした冷たさを感じる。岩の上部は綺麗に磨かれた平面を晒している。その中央には直径が30p位、深さが5p位の窪みが掘られていた。そこには一滴の水も無い。
「おいおい、これがそうだって云うのかい?」
 呆れてみせるアマゾネスにハーピーがえ〜〜!と落胆してみせる。
「これはただの岩です。水が湧き出す要素は何処にも見当たりません」
 岩を調べたアンテの報告にタヌキットは間違いないはずじゃがと首を捻る。気まずくなりかけたなか、少年がその場に座り込むと提案する。
「兎に角日の出まで待ちましょう。それで何も無かったら下山することで」
 少年の提案に全員が座り込むとその岩を見つめる。
 やがて夜が薄くなり徐々に空が明るくなってゆく。東の空から少しずつ太陽が昇リ始め山頂を照らし出す。そうして岩に日差しが当たり出したころ窪みを覗き込んでみると
「・・・水がありますね」
 少年の指摘通り窪みに水が溜まっていた。雲や霧は山頂に着いた時から見当たらず、日の出まで一度も出ていない。岩の側面は水滴すら付いてなく、窪みに水が無いことは確認している。窪みの縁にも水滴は付いていない。
「・・・先程より水位が上昇しています。水が湧き出したとしか思えません」
 アンテの発言にタヌキットが胸を撫で下ろした。
 全員で見守るなか太陽が昇るのに合わせ水が湧き出す。湧き出した水はゆっくりと増えて窪みを満たしてゆく。
 やがて湧き出した水が窪みを満たすと、真上に来た太陽の光を受けて白い輝きを放つ。反射的に閉ざした目蓋の裏に強烈な光を感じとる。それから少しずつ目を開き、金色に輝くソレに息をのむ。
「これが【陽光の砂】だよな?」
「でなければ何だというのじゃ?・・・さあ全員整列じゃ!」
 オレの確認にタヌキットがニヤリとすると杖を振って指示を出す。苦笑しながら一列に並ぶと、順番に兄様から渡された園芸用の小型シャベルで水筒に掬って詰め込む。
 程なくして全員が水筒に掬い終えると、待ち兼ねたように風が吹き抜ける。窪みに残っていた砂金はその風に吹かれ舞い上がると、キラキラと輝きながら空に広がってしまう。輝きながらダンスを踊る様に舞う光景に誰もが見惚れ佇む。やがて煌めきが空の彼方に溶け込んでゆき観えなくなると歓声が湧き上がる。
「観たか、兄様!!」
「ああ、もちろんだよ!!」
「すっげ〜〜もん観たな〜〜〜!!」
「はい、本当ですね」
「凄い凄い!!あんなの観たこと無いよ!!!」
「よし!!こいつで合格間違いなしだ!!!」
「・・・登頂出来ただけでなくこんな事って・・・」(グスッ)
「良かった・・・」
 皆が感想を伝えあっているのを見ながらオレは砂金が消え去ってしまった方向を観続けるアンテに近寄る。
「・・・あの砂は何所に行くのでしょうか?」
「行けるとこまで行くだろうな」
「私にも出来るでしょうか?」
「心配無いって。立ち止まったら出会った時みたいに引っ張ってやるよ」
 そう言って手を握るとアンテも笑いながら握り返してきた。
「お願いしますね、ベルツ」



「帰り方じゃと、それなら簡単じゃ。転送魔法でビューンじゃ」
「おい、魔法は使用禁止なんだろ?」
「登るときはの。帰りは大丈夫なそうじゃ」
「・・・何でしょう、このモヤモヤした感覚は」
「ぶーぶー、そんなのってあり〜〜?」
「私は・・・その・・・ノーコメントです!」
 
12/01/26 23:49更新 / 名無しの旅人
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■作者メッセージ
パーティメンバー照会
バフォメツト・・・言わずと知れたサバトの長。今回二人の滞在する街ラウンドにあるサバトを纏めている。算数が大の苦手で指を使ってしか計算出来ない
兄様・・・バフォメットの夫でアンテ曰く社会的落第者。只今同好の士募集中
アマゾネス・・・もちろんアマゾネスの魔物。長になるために今回の登山に参加。小さい子大好きで幼なじみにメロウの血を騙して飲ませた
少年・・・アマゾネスの夫。風邪薬と云われメロウの血を飲んでしまい見た目少年のまま成長。出会った時から一目ぼれだったので全て納得している
ハーピー・・・近々オーディションに挑戦するため運試しに応募して参加した。サバトラウンド支部の宣伝をするために様々な場所で歌いまくる
相棒・・・ハーピーと旅の途中で知り合いそのまま一緒に旅をしている。笛を吹くのが得意で夢は二人で一流ミュージシャンになること。Hはしているけど未婚、将来的にはするつもり
ミミック・・・何処かのダンジョンから青年に連れ出して貰ったミミック。青年に惚れ込んでおり何処までも付いてゆく覚悟。子供は三人は欲しいらしい
青年・・・盗賊に襲われて逃げ込んだダンジョンでミミックを見付けた。腕力はあるので彼女を背負って旅をすることを約束する。旅の最終目標は両親に彼女を紹介すること


今回は自分の表現力の少なさを痛感しました。何とかカタチに出来たので投稿します。思うトコロがありましたらどうぞ気軽に指摘してください

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